この作品は「CLANNAD」(c)Keyの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
風子、ことみに関するネタバレを含みます。
KEYSTONE主催の「第7回くらなどSS祭り!それと便座カバー(テーマ:下心)」に出展したものです。
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HeartObject
一瞬、鏡かと思いました。
昼休みが終わり、波が引くように生徒が消えた廊下。
同じようにひとりきり、同じように何かを抱いて、同じように少し俯いて。教室に入れず、どこかへ向かおうとしていたのですから。
ただ、風子が抱いていたのはヒトデで、その子のは本でしたけど。
「…こんにちは」
風子が挨拶しているのに、その子はきょとんとした顔で固まっていました。
とても失礼です。でも風子は心が広いので、すぐ本来の目的を思い出します。
「これ、どうぞっ」
「???」
「あなたに」
「私?」
よく分かってなさそうな顔の相手に、ぐっとヒトデを押しつけました。
「!?!??」
「プレゼントですっ」
強引に手に握らせます。今日のお昼は誰にも受け取ってもらえなかったので、風子もちょっと必死です。
が…
しばらくヒトデを見つめていたその子の目に、じわ、と涙が浮かびました。わ、わわ。
「わーっ、ごめんなさいっ。嫌なら受け取らなくていいですっ」
「違うの…」
「でもヒトデの気持ちも考えてくれると嬉しいで…え?」
「私、この学校で誰かにプレゼントをもらうのは初めてなの…」
涙を拭きながら、小さな声でそう言いました。なんだか寂しい女の子のようです。
「とってもとっても、うれしいの」
大事そうにヒトデを抱きしめてくれて。風子の方があっけに取られてしまいます。
「え、ええと…」
「それに、とっても可愛いヒトデなの」
「わかりますかっ!」
その一言で、風子の戸惑いも吹き飛びました。ああ…神様ヒトデ様、ありがとうございます。初めて理解者に巡り会えました。
「そうですよねっ! 特にこの足の角度が素敵 すぎます。あれ?」
一瞬目を離した隙に、女の子の姿はかき消えてしました。
まさに煙のようにです。風子、夢でも見ていたんでしょうか? ミステリーです…!
「風子…参上」
五時間目が終わると同時に、岡崎さんを捕まえました。
「ふふふの風子」
「いや、意味わかんないからさ…」
「実はかくかくしかじかで、さっきの子に結婚式のことを伝えてませんでした」
説明して、びっと岡崎さんを指さします。
「一緒に探してください」
「なんで俺が」
「岡崎さんもたまには人の役に立つべきです」
「ムカついたから寝る」
「し、仕方ありませんっ。特別に風子のサイン入りヒトデをあげますからー!」
「わかったよ手伝うよ…。ヒトデはいらないから」
なかなか謙虚で良いことです。短い休み時間なので、急いで廊下に出ます。
「授業中に一人で出歩いて、本を抱えた女の子でした」
「なんだ、ことみか」
「お知り合いですか」
「たぶん図書室のへんにいるだろ」
「岡崎さんは女の子のお知り合いが多いんですか。もしかしてハーレム狙いですか。エッチですっ」
「頼むから少し黙れ…」
なんでも頭がよすぎて、あまり授業に出なくてもいい子なんだそうです。
はたして図書室の前に行くと、廊下で本を抱えて休み時間が終わるのを待っていました。こちらに気づいて近づいてきます。
「さっきは話しかけても答えてくれなくて、泣きそうだったの」
「お前、またぼーっとしてたんだろう」
「風子、ぼーっとしてないです。ロンドンで落ちる針の音も聞き分けるほど研ぎ澄まされてます」
「それって人間じゃないからな」
「でも、可愛いヒトデをくれたの。とってもいい人なの」
女の子は頭上にヒトデを掲げて小躍りしています。早く用件を…伝えなくちゃいけないんですけど。
風子は岡崎さんの腕を引っ張って、少し離れた場所で耳打ちしました。
「ど、どうしましょう」
「どうって? 早く話せばいいだろ」
「だってこれじゃあまるで、姉の結婚式を祝わせるという下心でヒトデをあげたみたいじゃないですかっ」
「事実じゃん…」
「そこはかとなくイメージが悪いです! もっと可愛い言い方を考えてください」
「なんだ? 先に物を渡して断りにくくしてから頼み事をする策士、とでも言えばいいのか?」
「イメージ最悪ですっ!」
もう、岡崎さんは頼りになりません。仕方ないので風子が女の子の前に進み出ます。いきなり直接的な内容を言うのもどうかと思いますので遠回しに…
「それを受け取ったからには、風子の言うことを聞いてもらいます!」
……。
って、思いっきり最悪の言い方をしてしまった気がしますーっ!
「え…」
案の定女の子は天国から地獄へ落とされたような顔で、ショックでがたがたと震え始めました。
「プレゼントじゃ…なかったの…」
見ず知らずの相手に渡されて、ただのプレゼントと思い込むこの人もどうかと思いますが。
「ち、ちょっと待ってくださいっ…」
「待て風子。ここは俺から説明しよう」
「岡崎さん…。お願いします」
頷いた岡崎さんは、女の子の肩に軽く手を置きます。
「なあことみ。今時、何の見返りもなしに物をくれる奴がいるわけないだろ?」
「悲しい世の中になったの…」
「って、なんだか風子が極悪人ですーっ!」
「これからは物をもらう時は気をつけような」
「気をつけるの」
「風子、悪徳商法の勧誘員ですかっ!」
「とりあえずな」
「とりあえず勧誘員なんですかっ! 大ショックですっ!」
ああ…風子の純真さがピンチです。しかも目の前の女の子がまたいけません。涙目でじーっと見られると、自分が汚れた人間に思えてきます。危険ですっ。
風子はこほんと咳払いして、真実を説明しました。
「こういう理屈は成り立たないでしょうか? 結婚式のお祝いに来てくれる人に、前もってお礼を渡していた…」
「成り立たないよ!」
「とにかくっ! 風子の心は綺麗です。日本一ピュアな少女だと近所でも評判です」
「わ。それはすごいの。尊敬するの」
「こいつの前でもまだ日本一ピュアだと言い張るか? 本気で?」
「ごめんなさい、二番目でいいです…」
その間に六時間目開始のチャイムが鳴り、岡崎さんは駆け足で行ってしまいました。
図書室からも人が出ていき、二人だけで取り残されます。なんだかとっても気まずいです。
「いじめる? いじめる?」
「はぁ…もういいです。実は風子の姉が結婚するので、お祝いしてほしかったんです」
「え…」
「よかったら一緒に祝ってくださいっ。それじゃっ」
ヤケ気味に言って歩き出しました。やっぱり不純なんでしょうか、物を渡して祝ってくれなんて。
でも手ぶらでお願いするというのも、奥ゆかしい風子には気が引けるのです。
そんなことを考えながら歩き出して…あれ、前に進んでいません。
振り返ると、制服の裾がさっきの子に掴まれてしました。
「一ノ瀬ことみ」
「はい?」
あ…自己紹介ですか。
「ことみ」
「風子です」
「ひらがなみっつで、ことみ」
「漢字ふたつで、風子」
「呼ぶときはことみちゃん」
「呼ぶときは…おねぇちゃんは『ふぅちゃん』って呼んでました」
「ふぅちゃん?」
「はい」
ことみちゃん、と名乗ったその子は少し考え込んで…
「ふぅちゃん♪」
なんだか気に入ったらしく、少し嬉しそうに風子の手を取りました。
「一緒に図書室に行くの」
「え…風子、あまり好きではないです。いえ別に活字を見ると眠くなるということではありません。どちらかというと読書家です(近所の猫よりは)」
「3時のおやつがあるの」
「行きましょう!」
はっ、気がつくと既に図書室の中にいましたっ。
目の前ではことみちゃんが、机にカップケーキを並べています。ふらふらと席についてしまう風子です。
「いただきま「いただきますっ」
ああ…甘いものを食べられるなんて何年ぶりでしょうかっ。
「おいしい?」
「んーっ、おいしいですっ」
「ところで、お願いがあるの」
ぶっ。
思わずケーキを吹いた風子の前で、彼女は変わらず微笑んでいます。
や、やられましたーっ!
こんな形で仕返しされるなんて。何がピュアなものでしょうか。ことみちゃん…恐ろしい子です!
「ま、まさか、風子があまりにも可愛いものだから、自分のものにしようという魂胆ですかっ…」
「? うん、ふぅちゃんは可愛いの」
「わーっ! 本当にそうなんですかっ!」
「実は、もう一つヒトデがほしいの」
「マッハ最悪です…え?」
「だめ?」
おずおずと、窺うような目で尋ねられます。風子よりヒトデの方が可愛いんですか。喜ぶべきか悲しむべきか複雑です。
「だめとは言いませんけど…ちょっと欲張りです」
「それなら仕方ないの…」
「…あの、カップケーキ食べていいですか?」
「? うん」
もぐもぐ。
「…どうして、二つも欲しいんですか」
いえ、集めたいという気持ちはわかります。でも和むなら一つで十分のはずです。
風子の質問に、ことみちゃんは両手のひらを合わせて言いました。
「一緒に夕ご飯を食べるの」
「はい?」
「お父さんとお母さんのつもりなの」
ヒトデと一緒の食卓を想像してみます。
それは確かに魅力的すぎますっ。でも…。
しばらく迷ってから、風子は小声で尋ねました。お父さんとお母さんはどうしたのかと。
その時のことみちゃんの顔は、ずっと昔から止まってしまったような、透明で色のないものでした。
「今は、海の中にいるの」
次の日は、朝から図書室で木を彫っていました。
ちらりと横を見ると、ことみちゃんが尊敬の眼差しを風子の手に向けています。
なんだかヘンな気分です。
授業時間はいつも、誰もいない空き教室で一人で過ごしてきたのに。こんな風にずっと一緒にいてくれる人がいるなんて、思いもしませんでした。
そして、ただ誰かに贈るためにヒトデを彫るなんてことも。
今も辛い思いをしているだろうおねぇちゃんに、心の中で謝ります。ごめんなさい。この一個だけは許してください。
「私もやってみたいの」
「ことみちゃんは不器用そうだから無理です」
「…ちょっとショック」
「でも、料理の腕は認めてあげます」
「うん」
ことみちゃんは鞄から重箱を取り出して、どん、と机の上に置きました。
「ヒトデのお礼に、頑張って作ったの」
「…お返しはないですよ?」
別にいいの、とことみちゃんは微笑みます。
「それに、結婚式のお祝いも必ず行くの」
「え…」
「ふぅちゃんはお友達だから」
風子は一心に木を彫りながら、別にお祝いしてほしくてお友達になるわけではないですけどとか、ごにょごにょ口の中で言っていました。
「できましたっ」
木くずを払って手渡すと、昨日に輪をかけて大喜びされました。
「すごく嬉しいの。私のために作ってくれたの。一生宝物にするの」
「どうせ一つ目のは下心ありまくりですっ」
ついそんなことを言ってしまう風子に、ことみちゃんは二つのヒトデを見比べて…
「うん、一つ目のも、お姉さんを想う気持ちがこもってるの」
そんな風に、風子の下心すら肯定してしまうのです。
それは込めている自信はありますけど、けど。
「…風子は、ことみちゃんほど純粋ではないです」
あ…。
何を言ってるんでしょうか、風子は。
「ふぅちゃん?」
「な、何でもないですっ」
ぷいと視線を逸らす風子に、少しの沈黙の後、静かな声が聞こえます。
「他にも、込められている気持ちがあるの?」
ぴくん。
「言ってほしいの。ふぅちゃんの願い事なら、きっと叶えるから」
おねぇちゃんのためです。風子ができない祝福を、代わりのたくさんの人にしてもらうためです。それは決して嘘ではないです。
でも、少しだけ…
ほんの少しだけ、心のどこかで思っていたこと。
「風子が…」
そう遠くない未来、きっと消えてなくなってしまう風子が。
「ここにいたことを、覚えていてくれますか」
ぎゅっと彫刻刀を握ったまま、そんなことを言っていました。
誰の視界にも記憶にも、きっとどこにも残らない。
けど、"物"を残せば、もしかしたらって。
どこかでそんなことを…思っていたのかも、しれません。
「この時間、この場所に風子がいたことを、どこかに残しておいて…ほしいです」
そんな願い、決して叶うわけがないのに。
なのに顔を上げたとき、そこには彼女の、変わらぬ無垢な笑顔があって…
そうして風子は、泣き出しそうになるのでした。
「うん――約束」
<END>
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