魁!! きらめき校
最終話 「涙の別れ 決勝戦!」
「あ、彩子ーーーっ!」
「お、お前が決勝の相手じゃとーーーっ!」
「そう、そして奴こそが生徒会を得意の舌先三寸でたぶらかし、この部費争奪眼臥輩屠を開催させた張本人…。しかし何故そんなことをしたのかは俺にも分からん」
闘場でニヤニヤ笑っている彩子。沙希と望も手に拳を打ちつけて覚悟を決める。
「ヘッ、どっちにしろ奴を倒せば済むって事よ」
「おうよ、今度こそこの俺の出番だぜーーっ!」
「ば、馬鹿野郎!トリはこの俺に決まっとるだろうがーーっ!」
しーーーん
「あ…あれ?」
「と、止めねぇ…。いつもここで誰かの邪魔が入るのに…」
詩織の顔に静かに笑みが浮かぶ。
「望、沙希…。ここはお前らに任せたぜ」
突然の言葉に二人とも耳を疑い、顔を見合わせ、しばらしくてひしと抱き合うと大泣きに泣き出した。
「の、望〜〜〜っ!」
「沙希〜〜〜っ!ううっ、今まで驚き役兼解説役だった俺たちにもついに花の舞台が来たんじゃのう!」
「ば、馬鹿野郎泣く奴があるかい!俺たちの根性見せる時じゃーーっ!」
「おうよ!」
気勢を上げて闘場に向かう望と沙希。恵がいささか心配そうに詩織に尋ねる。
「大丈夫なのですかあの二人で」
「フッ、清川・虹野。奴らをなめちゃいけねぇぜ。正真正銘きらめき高校の筋金入りだ!」
途中ずっこけながらも何とか闘場にたどり着く二人。既に彩子が巨大な絵筆を持って待ちかまえている。
「ほう、お前らが相手か。これは楽しい闘いになりそうじゃわい」
「ヘッ、笑っていられるのも今のうちだぜ。沙希!」
「おうよ望!」
沙希が右手を高く掲げる。その手に握られたものを見て、運動部の面々から驚きの声が上がった。
「あ、あれは虹弁ーーっ!」
「ふ、二人とも本気だーーーっ!!」
今でこそ一般的な昼食として用いられる弁当だが、そのルーツは古代中国の拳法家が食した秘伝の料理であったという。漢方医学の粋を凝らした食事の数々を小さな箱に詰め込み、闘いの前に一気に平らげることで戦闘能力を高めたのである。ただしあくまで秘伝であることからそれを使う拳士は「これは単なる腹ごしらえだ」と弁解するのが常であり、「弁解当然」→「弁当」となったとする説が現在では多数を占める。
民明書房刊「食っキングのうきうき3分」より
「よっしゃあ!これを食って…」
手渡された虹弁を猛然とかき込む望。沙希の根性を込めた料理にみるみるうちに望の筋肉が盛り上がっていく。
「体力万全!いつもの俺とはひと味違うぜ!」
「ガッハハ、一人で戦うつもりか。二人同時でも別に構わんぞ」
「女の勝負はタイマンが基本!沙希には悪いが出番はなさそうだぜ」
「ヘッ、今回は譲ってやる。そのかわり死ぬんじゃねぇぞ!」
周囲には荒れ狂う溶岩。しかし二人の心意気は灼熱よりもまだ熱いのだ!
「決勝戦、始め!」
早好人の合図とともについに最終決戦が開始される。
「見せてやるぜ水泳部魂ってやつを!」
とか言いながらいきなり地面に飛び込みをかます望。地面に激突し、一同を呆然とさせつつ両手を地に突き立て土煙を上げる。
「み、見ろ!望の体が徐々に地面に潜っていくぞーーっ!」
「ぬうっ、まさしくあれこそ土龍撃崩泳。まさか望が修得していようとは」
「知っているのか古式ゆかり!?」
「うむ、地中を自由に泳ぎ回るという恐るべき秘奥義よ…」
土龍撃崩泳
かつて中国秦の時代、毅峰流の大師範・端不来が百人を越す敵に四方を囲まれ絶体絶命の際、自分の家で飼っていた鯉のことを思い出してとっさに編み出した技がこれである。地面を水に見立て自由自在に潜水、窮地を脱するだけでなくすべての敵を地中からの攻撃で打ち倒したのであった。両手を地面に突き立てるその独特の泳法はバタフライという名で現代に伝わるが、それが端不来に由来するものであることは言うまでもない。
太公望書林刊「スイマーは睡魔がお好き」より
「ワッハハ、どうじゃこの俺の泳ぎはーーっ!」
「成程、いかなる達人も足元からの攻撃など防ぎようはない。しかしその程度ではこの片桐彩子には通用せん」
「ヘッ、ぬかしてやがるぜ」
「構わねえ望!一気に決めたれやーーーっ!」
火口に鳴る地響きによって地中を進む望の音もかき消され、しばしの間絵筆を構える彩子だけが闘場に残る。が…
「そこじゃーーーっ!」
「ぐはぁーーーっ!!」
血を吐いて倒れたのは望の方だった。地面から顔を出した瞬間、強烈な絵筆の一撃を食らったのだ。
「の、望ーーーっ!」
「こ、こんなはずはねぇ。俺の攻撃は誰にも読めねぇはず…」
「ワハハハ、芸術家の直感というヤツよ」
「む、無茶苦茶だぜこの女…」(ガクッ)
「の、望!しっかりするんじゃーーっ!」
力尽きる望に沙希が駆け寄る。文化部陣営では解説役の未緒が満足そうに眼鏡を光らせた。
「フッフフ、あの女を通常のスケールで計ろうとするのが愚かというもの。常識が通用しない、それこそ片桐彩子最大の武器よ。この勝負もらったも同然…」
その言葉通り無防備に攻撃を食らった望はすでに虫の息。沙希は思わずその手を握った。
「心配するんじゃねぇ、お前の仇はこの俺が取ってやるぜ!」
「ば、馬鹿野郎。運動部の選手ならまだしも、マネージャーのお前にかなう相手じゃねぇ。に、逃げろ…」
「どんな相手だろうがケツは見せられねぇ。それが虹野沙希の根性じゃい!」
望を静かに地面に横たえ、金属バットを構えて沙希が出陣する。
「ほほう、運痴のお前が立ち向かってくるとはな。しかし根性だけではわしには勝てんぞ」
「ぬかせーーーっ!!」
バットを振り回して突っかかる沙希。しかし鼻歌混じりの彩子に軽々と交わされ、絵筆の攻撃を食らう。
「ぐわあーーっ!」
「だ、駄目だーーっ!やはり沙希では相手にならねぇーーっ!」
「も、もういい!もうやめるんだ沙希ーーっ!」
「どうだ、仲間たちもああ言っているぞ」
「ヘヘヘッ、運動部じゃ半端者の俺だがよ…。心根だけはハンパじゃねぇぜ!」
「さ、沙希…」
望に見守られながら沙希の攻撃は続く。しかし一つとして当たらず、逆に沙希の体力はもはやほとんどない。
「このまま続けても仕方あるまい。そろそろ終わりにするとするか!」
「へへへ…。あいにくだが無駄な攻撃をしていたわけじゃないぜ。俺も、望もよ…」
「ぬう!?」
がくん! 不意に彩子の体が沈む。望が先ほど地面に開けた穴に足を取られたのだ。
「ぬうっ、こ、これは…。まさか貴様は最初からこれを狙って!」
「今じゃーーーっ!!」
バットを投げ捨てた沙希が猛然と彩子にタックル。その体にしがみついたまま溶岩の海へ突進する!
「な、何をする気じゃ沙希ーーーっ!」
「望、お前は最高のダチだったぜ…。あ…あばよ…」
「ぬうっ!き、貴様!」
「や…やめろーーーっ!」
弾かれるように飛び起きた望が沙希に手を伸ばす。しかし届かず
ザバーーン!
荒れ狂う溶岩の中へ二人の姿は消えた。
「そこまで! 両者死亡、引き分け!」
早好人が冷厳に宣言する。あまりの幕引きに声も凍るきら校生たち。だが溶岩の波打ち際で膝をついていた望が、ただ一人ニヤリと笑った。
「おい、ちょっと待てや早好人。天下のきら校生がこの程度で死んだとあっちゃ世間に顔向けできねぇぜ…」
望の両腕は溶岩に焼かれきな臭い煙を発している。それを思い切り引き抜き
「ぬうっ!」
ドサッ
奇妙な塊が闘場に引き上げられた。よくよく見れば固まった溶岩。その中心に亀裂が入り、中から彩子の拳が岩を砕いて飛び出してくる!
「み、見ろーーっ!彩子は生きておるぞーーっ!!」
「あ、彩子だけじゃねぇ。沙希も一緒だーーーっ!」
「大した女よ片桐彩子。あの一瞬で特別に調合した絵の具を撒き、溶岩を固め盾としたのだ」
しかしすべての溶岩は防ぎようはなく、至るところに火傷を負い気を失っている沙希。望が地を這ってそばに寄る。
「ば、馬鹿野郎心配かけやがって…。すまねぇ彩子、礼を言うぜ」
「その女の根性に惚れただけのこと。いい勝負だった…わい…」
同じく溶岩を浴びた彩子の体がゆっくり倒れ地に落ちる。こうして勝負は引き分けのまま、部費争奪眼臥輩屠は幕を閉じたのだった…
早好人の秘薬で傷もすっかり癒え無事に山を下りた一行。しかし一同怒りの表情で彩子を取り囲む。
「どうした綺麗にオチがついたのだ。嬉しくはないのか」
「う、嬉しいだと…。花の乙女たちがこんな戦いやらされて恥ずかしいったらありゃしないぜ。なぜこんなことを始めたのか説明してもらおうか」
「俺もひとつそれを聞きたいもんだな」
殺気と共ににじり寄る生徒たちに、神妙な顔で相対する彩子。
「よかろう、ならば話してやろう。耳の穴かっぽじってよく聞けい」
一同静まり返り言葉を待つ。数瞬の沈黙の後、彩子が声を張り上げ…
「わしがきらめき高校美術部、片桐彩子である!!!
これが答えだ」
くるぅり。背を向ける彩子にさすがに一同切れた。切れました。
「ふ、ふざけるんじゃねぇそれのどこが答えじゃーーっ!」
「細かいことはネバーマインド! だって特に理由はないけど面白そうだったから、なんて言ったら怒られるじゃなーーい」
「結局そんなオチかーーっ!」
怒り狂って彩子を追い回す一同。今日もきらめき市に夕日は赤く燃えるのだった。
「わしがきらめき高校美術部、片桐彩子である!」
「待てーっ、待ちやがれこの野郎ーーっ!!」
「わしがきらめき高校美術部、片桐彩子である!!」
<完!>