持つ者の願いをかなえてくれる不思議なアイテム「魔宝」。それを探す旅に3つのパーティから誘われた。異世界から来たとかいううさんくさい男と、見るからに頭悪そうな黒ずくめの魔族と、くそやかましい世間知らずの王女。さてどこに入るべきでしょう。

>金持ってそうなヤツ

 はい。当然ね。





王女と盗賊







「もぅ、まだ出発しないの?あいつらに置いてかれちゃうじゃない!」
「ガキは引っ込んでなさいよ」
「だ、誰がガキよ!無礼者!」
「はーーいはいはい」
 あーーーーっババ引いた!
 ここまで小憎らしいくそガキとは思わなかったっ!金は思ったほど持ってなかったし、性格のねじまがってることと言ったらさすが王族。宮殿で甘やかされて育てばこうなるっていい見本だわ!
 しかも旅に同行する連中がこれまた役立たずばかり。
「す、すみません姫さま。もう少々お待ち下さいっ」
 ひたすら情けないアイリス。
「ええと…。い、いえ、なんでもないです」
 見ててイライラしてくるティナ。
「レミットさんてやる気十分ですねっ!」
 ただの大バカ、若葉。
 こーーんな連中と関わってしまった自分の不運が恨めしいぃぃ!ああ、あたしのツキも落ちぎみかしら。最近盗賊稼業に行き詰まり感じてたところで新たな人生への旅立ちだったはずなんだけど、最初の一歩でつまずいてる気がするなぁ。
 といってあたしがさっさとトンズラしないのは魔宝に興味があるからだったり。願いをかなえるってのはさすがにウソくさいけど、一応何らかの力は持ってるみたい。今のとこあたしらのところにひとつ、異世界人のところにひとつ、バカ魔族のところにひとつ。そんな状況で第4の魔宝を探している。しっかしこんなことなら別の2つのパーティにしとくんだったとひたすら後悔する毎日でもある。
 そんな旅の途中でとある街に着いたある日のお話。

「わぁい、やっと着いたっと」
「けっこう大きい街みたいですね」
 宿屋で騒いでる一行から密かに離れ、あたしはその街の盗賊ギルドに向かった。盗みはやっぱやってて後味悪いんで足洗うつもりなんだけど、ギルドの仕事はそれだけじゃないのよね。調査とか尾行とか影の仕事。ま、今この街で仕事しようってわけじゃないけど、顔出しといて損はないってとこかな。
 しかしあたしの後ろからバカが息を切らせて駆けてくる。
「ま、待ちなさいよっ!」
「なによ」
「ど…どこか行くときはリーダーに一言断ってからにしてよね!もうっ」
 リーダー?誰?
 なんていちいち返す気力も失せて、あたしは無視して歩き出した。と、いきなり左足が重くなる。見るとレミットがしがみついてる。
「無視しないでよ、バカ!」
「バカにバカ呼ばわりされたくないなぁ」
「な、なによっ!ばかばかばかばかばかばかばか!!」
「はー」
 なんなんだかねぇこのお子様は。埋めてやろうかと思ったとこへ今度は別のバカが走ってくるし。
「ひ、姫さまお待ちくださいっ!」
「リラさんどちらかへおでかけですか?わたしもお供いたしますっ!」
 あーーーーー頭痛い!ひょいとレミットをつまみあげるとアイリスと若葉に押し付ける。断じてこんな連中と仲間だなんて思わないわよ。とっとと旅終えて縁切りたいっ。
「仕事よ仕事。邪魔しないでよね」
「まあ、リラさんて働き者ですねっ。わたしでよければお手伝い」
「やかましいわこの大ボケ娘!!」
「がぁーーん!」
 ショックを受けてしくしく泣き出す若葉。レミットが怒ったようにずいと前に出る。
「なんてこと言うのよ!そりゃあ確かに若葉はちょっとボケてるけど」
「姫さまフォローになってません…」
「と、とにかく若葉に謝りなさい!」
「あっかんべー」
「こ、こっちだってあっかんべーだ!だいたい仕事って盗賊のでしょ。そんな悪いこと許さないんだからぁっ!」
 ギッ!
 あたし得意の刺すような眼光。温室でぬくぬく育ってきたような連中には十分で、たじたじと壁際まで後ずさらせる。
「な、な、何よ…」
「何がどう許さないって?ええ?お姫様。盗賊の仕事どころか自分じゃ何一つできないヤツがよくそんなこと言えたもんだわ。偉そうな口きくならねぇあんた1人で生きてみなさいよ一生かかっても無理だろうけどね!!」
 一気にまくし立てて背を向ける。これくらい脅かしとけば十分でしょ。
「な、何よ…何よ…。ばかーーーーーーーっ!!」
 街の中にレミットのわめき声が響きわたった。どうしようもないね本当。


 …ちょっとやり過ぎたかな。子供相手に。
「どうした?リラ・マイム」
「え?いやなんでも」
「しかしお前がマリエーナの王女と旅をしているとは意外だな。何か目当てあってか?」
「ん、まあ、そんなとこ」
 ギルドと互いの情報を交換して、宿屋に戻ったころにはもう暗くなっていた。
「お帰りなさい、リラさん」
「ただいま」
 なぜだかティナが出迎える。コイツちょっと苦手なのよね。
「レミットさんとケンカしたそうですね」
 ほらこれだ。
「は?やーねぇ子供なんて相手にするわけないでしょ。ちょっとビシッと言ってやっただけよビシッと」
「リラさん…」
 それ以上言わず悲しそうな目でじっと見るティナ。だーかーらー苦手なのよコイツは。
「何でもないっつーに!他の連中はどうしたのよ」
「あ、レミットさんが部屋から出てこないので2人とも説得してます」
「ほっときゃいいのよあんなガキ、ねえ?」
「そ、そういう訳にもいかないでしょうし…。リラさんからも出てくるよう言っていただけませんか?」
「やなこった」
 2階に上がるとホントに情けない連中が2名、固く閉ざされた扉の前でオロオロしてた。
「あああっリラさんっ!」
「ひ、姫さまがお夕飯食べないとおっしゃって…」
「なら食わせなきゃいいでしょ」
 扉に顔を近づけて、聞こえよがしに声を上げる。
「あんたそうやってりゃ周りに気にしてもらえると思ってんの?」
『‥‥‥‥』
 カタン、と部屋の中から音がする。
「そーいうのを卑怯者って言うのよ!バッカじゃないの、行くわよみんな。あたしお腹すいた」
「で、でも姫さまが…」
「ほっとけって言ってるでしょ!」
 言い捨ててとっとと階段を下りる。これで誰もついてこなかったら本気でパーティ抜けてやろうかと思ったけど、一応3人とも降りてきた。ただアイリスが何か思い詰めたような顔なのが少しアレ。
 食堂はまだ夕食には早かったらしくテーブルの上に皿はない。宿泊客が何人かとりとめない話をしている。
「皆さんにお話があります」
 とりあえず空いた席に座ったところへアイリスが切り出す。
「は、はい」
「なんでしょうアイリスさん?」
「姫さまのことなんですが…」
 うわーすごく嫌な予感。
「姫さまは、本当は寂しがり屋なんです」
 そして始まるアイリスの話。若葉とティナは真剣に聞く。あたし1人頬杖ついてそっぽ向いていた。一番話したかったのはあたしにだろうけど。
「あの方には王位継承権がなくて、王国でも誰も相手にしてくれなかったんです。お城の中でいつも独りぼっちで…。だから誰かにかまってもらいたいんです」
「そうだったんですか…」
 アイリスが悪いやつじゃないことは知ってる。若葉もティナも、レミットだって。でもあたしとは絶対に合わない。こいつら全員、全員嫌い。吐き気がする。
「ですから…どうか姫さまを嫌わないでください。お願いします」
「も、もちろんですっ!リラさんもですよねっ」
「わ、若葉さんっ!」
「だ…だってレミットさんかわいそうじゃないですか…」

 食堂にすさまじい音が響き、テーブルが一瞬宙を舞った。

「きゃぁぁぁぁ!」
「リ、リラさんっ!?」
 思い切りテーブルを蹴り倒したあたしがそのまま椅子も蹴って立ち上がる。
 かわいそう?
 かわいそう!?
 かわいそうだって!
「笑わせんじゃないわよ!」
 周りの客の視線も気にせず大声で怒鳴りちらした。
「アイツがかわいそう!?衣食住足りてたヤツが、他人の金で毎日いいもの食ってたヤツが、たまたま周りに構ってくれる人がいなかったからかわいそうだって!?」
 床に尻もちをついたまま怯えた目であたしを見る若葉。たぶんあたしの言うことの半分も理解できないに違いない。住む世界が違うから。やり場のない怒りが増えるだけ。
「リラさんやめてください!」
「放しなさいよ!」
 止めるティナを突き飛ばそうとして、一瞬食堂の入り口に金色の髪が目に入った。ティナの手をふりほどき大またでそちらに近づく。柱の影で小刻みに震えるレミットを、胸ぐらをつかんで引きずり出す。
「ひ…」
「良かったわね、みんなから同情してもらえて」
 そう言ってやった。相手は真っ青な顔で声も出ない。
「あんた達はいつもそうだ。他人が何かしてくれて当然だと思ってる。生きてくための苦労なんて何も知らない癖に、いつも満ち足りてて当たり前だと思ってんのよ」
「く、苦し…」
 レミットの足は半分床から離れてる。アイリスが悲鳴を上げて駆け寄ってくるのが見えた。いつもみたいに。
「あんたアイリスがいるじゃない!いつも気にしてくれる人がいる、恵まれてるじゃない!独りぼっちだった!?独りってのは…」
 唇を噛む。それ以上言えずに、あたしはレミットを突き飛ばした。咳をするレミットをアイリスが介抱する。
「けほっ…」
「姫さま!姫さま、大丈夫ですか!?」
 若葉は床に座ったまま呆然としている。ティナは悲痛な顔であたしを見る。あたしが悪者か。そうだろうね。
 くるりと背を向けて足早に宿屋を出る。後ろで誰かが何か言ってたようだけど耳には届かなかった。



 ぽちゃん…
 投げ入れた小石が波紋を作る。
「なっさけなー…」
 少し歩いたところに河原があって、力の抜けたようにそこに座ってた。バカみたい、あんな連中にムキになって。大バカ、最低、軽くあしらっときゃ十分だったじゃない。
 ぽちゃん
 力なく投げられた石が音を立てる。
 不幸自慢だけはしたくない。親に捨てられて盗賊に拾われたあたしだけど、それを同情されるなら死んだ方がいい。自分が不幸だなんて思わない、思いたくない。
 …でもあいつらに耐えられなかったのは、何も知らないで幸せに生きてる連中が憎いのは、やっぱり心のどこかで自分を不幸だと思ってるからだろうか…

 ぱきっ
 枝を踏む音に振り返る。金髪の女の子がじっとこちらを睨んでいた。身を固くして。
「何よ。なんか用?お姫さま」
 だからってあたしがこいつに気を使う理由なんてない。すてばちにそう言った。
「あたしはもうクビ?あんたなら大丈夫でしょ。世の中優しいヤツが多いしね」
 レミットは答えない。拳をぎゅっと握ったまま、視線をそらして下を向いてた。
 夜の河原に風が吹き抜ける。あたしがまた独りでどこかへ行こうと腰を浮かせた時だった。

「…なさい…」

 疑ったのは耳、それから目。下を向いたまま必死で堪えてる。何を?

「ごめんなさい…!」

 それは悲鳴に近くて、謝られたはずが逆にあたしに突き刺さる。一筋、二筋、堪えきれなくなった涙がレミットの頬を伝う。王女が盗賊に謝るなんて、いや、なんでそう考えるんだろう。それ以上の声は風に紛れて届かない。
「…座りなさいよ」
 レミットはこくんと頷いてあたしの隣に腰を下ろす。必死で手の甲で顔を拭うけど、涙はどうしても止まらないようだ。なんで泣いてるか分かる。分かるの?まるで違う境遇なのに。
「悔しい?」
 びくっ、と一瞬身を震わせて、レミットはゆっくりと頷いた。誰かに頭を下げるのはたまらなく悔しい。自分の弱みを見せるのは嫌だ。虚勢を張って、強がりだけで生きてるから。そこにいるのは…昔のあたし。他人に弱みを見せないように、絶対に泣かないようにしてた。どんなに泣きたくても。
 必死で顔を拭って、涙を隠そうとするレミット。
「泣いてもいいよ」
 あたしの声に驚いたように顔を上げる。
「でも…!」
「誰にも言わない」
 数瞬の沈黙の後、レミットは膝に顔を埋める。川の音に紛れて嗚咽が聞こえた。
 そう、本当は泣いていいはずだった。まだ13歳なんだから。本当なら普通に泣いて、笑って、13歳なら、友達と遊んで、家に帰れば両親がいて。こんな旅をする必要も、王宮に閉じこめられることも、盗賊の技を教え込まれることも、神さまとやらが意地悪さえしなければ、本当はないはずなんだ。3年前のあたしは…何を考えて生きてたっけ。
 あたしはその子の泣き声を聞きながら、手の届かない星を見つめていた。

 ようやく泣きやんで服の袖で顔を拭く。赤い目は変わらない。それでも目の前の川が流れ続けるように、現実は勝手に姿を変えてはくれない。
 立ち上がるあたしの手をレミットは反射的につかむ。
「ど、どこへも行かないよね?」
 そんなすがるような目で見てもしょうがないじゃない。
「さあ、ね」
「やだ!リラも一緒じゃなきゃやだ、わたしと一緒に来てよ!お、お金ならお父様にもらってあげるし、財宝だって…」
「やめなよそういうの…あんただって嫌なんでしょ」
 無力な少女はしょぼんと下を向く。仕方ないかもしれない、まだ子供なんだから。でも仕方ないって言ったってそれこそ仕方ないのを、あたしは何度も思い知らされたんだ。
「だ、だってわたし何も持ってないし、魅力だってないし。わがままばっかりでみんな困らせてて、アイリスだってわたしが王女でなければとっくに…」
「分かってるならなんとかしなさいよ!」
 夜の空気を声が切り裂く。
「あんたバカ!?アイリスがそんなこと考えてるって本気で思ってるの?他の連中だって自分でそうしたいから一緒に来てるんじゃない。それに応える気ないならとっとと城にでもどこでも帰りなさいよ!あんたみたいな甘ったれそれがお似合いよ」
「なっ…」
 誰も助けてなんてくれない。自分で戦って何とかするしかないから。
 レミットは立ち上がってあたしにつかみかかる。
「なによ人が下手に出てれば!あんたに言われなくたって分かってるもん!分かってる…今はまだ全然だけど、いつか見返してやるんだから!だから…」
 いつか見てろって、ずっとそう思ってた。来るかどうかわからないのに。
「いつか?」
「い、いつか…なによその目は!絶対なんだからね!」
 別にあたしは馬鹿にして笑ってたわけじゃない。だってそれを目指すしかないじゃない。そうして今のあたしがいる…ううん、あたしだってまだ途中だ。でもその日は必ず手にしてみせる。今よりもっと強くなって。
 あたしは服についた土をはらうと、そのまま軽く伸びをした。
「あーあ、夕飯もまだなのにエネルギー使っちゃったわね」
 歩き出すあたしに、レミットがあわててついてくる。
「リ、リラ…」
「ほら、戻るわよ。明日も早いんでしょ」
「い、一緒に来てくれるの!?」
「なに言ってんだか、たまたま行く方向が同じだけよ。嫌になったらすぐ別れるからねーだ」
「うん、うんっ!」
 そう。
 自分で立ち向かうしかないじゃない。神さまなんていないんだから。幸せは降って来ない。今の自分が不幸なら、自分のその手で切り開け。もっと強く、したたかに生きて。
 あたしの隣を女の子が嬉しそうに歩いていく。
「ねえ、リラ」
「ん?」
「…べ、別にっ」
 だから泣きたかったら泣いてもいいよ。その後また歩き出そう。そうすれば少しだけ背中を押すから。
 …ううん、それはあたしも同じだね。


 そしてまた旅は続く。朝早く起きて、出発の準備をして。でも当てがないわけじゃないから。
「わたしに貸しなさいよアイリス!」
「そ、そちらの荷物はもうまとめ終わりましたので…」
 準備を手伝おうとするレミット。はっきり言って邪魔にしかなってないけど、ま、今日は大目に見てやりますか。
「リラさんていい人ですねっ」
「はぁ?」
 いきなりの若葉の言葉に一瞬アゴが外れかかった。
「あんた何言ってんのよ…」
「いいえ、やっぱりリラさんはいい人でした!」
 答えようがなくて苦笑するあたしに、不意に若葉の目が真剣になる。
「リラさんから見ればわたしなんてまだまだ世間知らずだと思いますが…。直すよう努力しますのでこれからもご指導お願いします!」
「ち、ちょっとちょっと!」
 頭なんて下げられたって困るわよ〜!横を見るとティナがくすくす笑ってる。あたしは赤くなってそっぽを向いた。まあ…いいんだけどさ。
 そして出発。1日しかいなかった街。そのうちまた来ることもあるかもしれない。
 体力も考えずに先頭を歩くレミットを眺めながら、あたしもやっぱり歩き出す。穏やかな声がかかる。
「リラさん、昨日は本当にありがとうございました」
「は、何が?」
 今度はアイリス。どいつもこいつも、なんであたしなんかにこんなこと言うんだろう。
「リラさんのおかげで姫さまが元気になりましたから」
「や、やだ、そんなのあたしのせいじゃないわよ。単にあいつが単細胞なだけでしょ。やめてよね気色悪い」
「ええ…」
 アイリスは要するに…レミットが気づくのをじっと待ってたんじゃないかとなぜだか思った。一番のおせっかいはあたしだったかな?でも、ま…いいか。
「ほらそこ、お喋りしてるんじゃないわよ。次の魔宝へ急ぐんだからね!」
「はーいはい」
「あいつらなんかに負けないんだから!」
 そんな感じで旅は続いて。
 理不尽な偶然はどこにでもあるし、これからだってあるかもしれない。でもそれなら戦おう。自分のため、ついでに少しだけこの連中のためね。レミットも、アイリスも、ティナも若葉も。幸せになれるならその方がいいから。あたしも。
「リラぁー、早くってば」
「そんなに焦らなくても大丈夫だって」
 王女と盗賊でも。この旅に出た時点で本当は似てたのかもしれない。本当なら会うはずもなかった連中。なんだか変な話だけど、今の現実はここにあるんだから。
 おかしな連中とおかしな旅。そんなに悪くないかもね。





<END>




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