「あの…、ちょっとお時間、空いてますか?」
「うん、美樹原さん。なに?」
「あの…、一緒にロッ○リアに…、あの…。は、恥ずかしいっ!」
「ああっ美樹原さん!?」




シェーキSS:めぐめぐい○ごの実シェーキを飲む





 ああ…ばかばか、愛のばか。
 私は自分の頭をぽかぽかと叩きながら、一人でロッ○リアのドアをくぐりました。彼と一緒に飲むはずだったシェーキを2つ頼み、やけシェーキをしようと席を探していたのですが、満員の店内でなぜか一隅だけがらんと椅子が空いています。その中心では白衣の女の子が、シェーキを前にため息をついていました。
「はぁ…」
「あの…、こ、こんにちは…」
「あら、美樹原さん。ふっ、嫌なところ見られちゃったわね」
「そ、そんなことないです…」
「らしくないついでに言うけどスランプなのよ。ああ、怪しいシェーキのアイデアが思いつかないわ…」
「そ、そうなんですか…。あの、がんばってください」
 私は紐緒さんの隣にちょこんと座ると、真剣な彼女の顔をじっと見つめていました。そうだ、紐緒さんみたいな優しくて頭のいい人なら、私みたいなダメな女の子でもなんとかしてくれるかもしれません。
「あの…、勇気の出るシェーキって、ないですか?」
「は?」
「あの、お願いします!私に勇気の出るシェーキを作ってください!」
「ち、ちょっと何を言ってるのよ!ええい離しなさい!」
 紐緒さんは私をふりほどこうとするのですが、こっちだって後がないから必死です。何度も何度もしつこく頼み込んで、とうとう紐緒さんは肩をすくめて立ち上がりました。
「仕方ないわね…。ついてきなさい」
「は、はいっ。ありがとうございます!」
 紐緒さんは私を連れてレジのところへやってきました。とたんに店員さんの顔がひきつります。
「いいいらっしゃいま…」
「い○ごの実シェーキひとつ」
「い…い○ごの実シェーキーーーー!!」(ガビーン!)
 がターン!店員さんはのけぞって後ろの壁に頭をぶつけ、奥から店長さんらしい人が飛び出してきます。
「ててて店長!い○ごの実シェーキっていったい何ですか!?」
「な、何かは知らんが恐ろしいものに違いない…」
「ぶつくさ言ってないでとっとと持ってきなさい!」
「は、はいっ!ただいま!」
 そしてい○ごの実シェーキが差し出され、お店の人は後ろでしくしくと泣いています。私はちょっと不安になりながら、シェーキを手に席に着きました。
「ほら、勇気の出るシェーキよ」
「はあ…」
「まだ実験段階だけど特別に試させてあげるわ。ありがたく思いなさい」
「あ、ありがとうございます」
 なんて、なんて用意のいい人なんでしょう。私は感激に目を潤ませながら、ストローに口をつけるのでした。
 んぐんぐ
「あの…、普通の味ですね」
「そうね」
「あの…、実はただのシェーキだったなんてオチじゃないですよね?」
「あなた、私のやることが信用できないの!」
「ご、ごめんなさい!飲みますっ」
 んぐんぐんぐ。いちごのソースがおいしいです。
「こ、これで勇気が出るんでしょうか?」
「当然ね。ほら、都合よく彼が来たからさっさと告白してきなさい」
「えええっ!?」
 あわてて外を見ると、本当に都合よく彼が歩いています。でもいきなり告白だなんてそんなっ!
「ええい、そうやって先へ先へ引き延ばす態度が見ててイライラするのよ!シェーキ飲んだんだからこの場でケリをつけてきなさい!」
 た、確かに紐緒さんの言うとおりかもしれないです。このい○ごの実シェーキを飲んだ今こそこの想いを彼に…
「あ、あの、主人くんっ!」
「わっ!み、美樹原さん?」
 ど、どうしよう。心臓がぱくぱく言ってます。せっかくシェーキ飲んだのに。ああシェーキシェーキ…
「あのっ、実はシェーキ!」
「は?」
「(どうしよう、間違っちゃった…) は、恥ずかしいっ!」
 再び店内に駆け込む私を、主人くんは呆然と見送っていました。

 店の中では紐緒さんが、頬杖をついたままシェーキを飲んでいます。私はしょぼんとうなだれたまま、とぼとぼと彼女のところへ歩いてきました。紐緒さんのシェーキでもダメだったなんて、私ってどうしてこうなんでしょう…。
「あの…、ごめんなさい、ダメでした…」
「そう、残念だったわね。まあ中身はただのシェーキだから当然ね」

「‥‥‥‥‥‥」

 紐緒さんはそしらぬ顔でシェーキを飲んでいます。ひどい、ひどすぎます。私の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちました。
「ち、ちょっと!なにも泣くことはないでしょう!」
「ひ、紐緒さんみたいに強い人にはわからないかもしれないけど…私、いっつも勇気のない自分がくやしくて、かんじんな時に臆病な自分が嫌で、だから紐緒さんがシェーキくれてすごく嬉しかったのに、なのに…っ…」
「いや、つまり人に頼ろうというその精神が…」
「ひっく…ひっく…」
「ああーもうわかったわようっとうしいわね!作ればいいんでしょう作れば!」
 紐緒さんはヤケのように立ち上がると、私の手を引いて店の奥へ歩いていきました。あわてて涙をふく私が見たものは、ロッ○リアの地下へ続く秘密の階段でした。

「お店の下にこんな研究室があったんですね…」
「未来の支配者にとってはラボラトリーのひとつでしかないわ。それより勇気の出るシェーキね。くだらないけど、兵士の士気を高めるのに有効かもしれないわね」
 あの、それはなんだか違うような…。
「そもそも勇気とは一体何か?それは恐怖を克服することであり、自分の意志を忠実に実行することである。しかし人間という不完全な生き物にはそれを妨げる要素が多々存在する」
 紐緒さんは白衣をひるがえすと、あごに手をやったまま研究所の中をぐるぐると回り始めました。
「それはたとえば失敗に対する恐怖だったり、嫌われることを恐れる気持ちだったり、ただの緊張だったり、世間の常識やくだらないしがらみだったりする。そんなものは完全体となるためには一切不要であり、それを消去させ廃棄させることが必然的に要求される、と…。む、来た来た来た来た来た来た来た!!」
 なにかインスピレーションがわいたらしく、紐緒さんは部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開きます。
「これよ、この前作ったスト○ベリーシェーキがあったじゃない。上述した理論によりこれに改良を加えれば、まさしく完璧なシェーキが出来上がるわ!」
「そ、そうなんですか?」
「そうよ。それじゃあなたはそのへんに座って待ってなさい」
 といっても椅子なんてないので、私は研究室の床に体育座りをして待っていました。紐緒さんは冷蔵庫からいちごの山を取りだし、ミキサーにかけ、スライドグラスにのせて薬品をたらすと顕微鏡でのぞき込みます。
「苺に含まれるスファロシン酢酸には精神を沈静化させ動揺を抑える効果がある…。この作用をシェーキという触媒により有効に発現し、なおかつ前頭葉の一部機能停止を」
 な、なんだか怖いような気がします。でも私怖いの好きだから大丈夫です…。
 そして数10分後、紐緒さんはシェーキの入ったビーカーを高く掲げました。
「完成!真・い○ごの実シェーキ!!」
「す、すごいです!」
「ふっ、私にかかれば雑作もないことよ。これであなたには最強の人格が備わるわ」
 そのシェーキは一見するとただのい○ごの実シェーキですが、なにやら発しているオーラの色が違います。いいえ私にはわかるんです。
「えーと、ストローストロー…」
「あ、あの、直接でもいいです」
「何を言ってるの、シェーキにストローは必需品よ。ほら、あったわ」
 わ、私のためにそこまでしてくれるなんて…。これで美樹原愛は救われました…。
「それじゃ、いただきます」
「自分の才能が怖いわ」
 私はい○ごの実シェーキを一気に飲み込みました。いちごの種がおいしいです。
 あ、なんだか頭がはっきりしてきた気がする。なんとなく自信もついてきたみたい。ああ…


 まあまあの効果ね。愚民にしては上出来だわ。
「どう?美樹原さん。効果のほどは」
「そんなものをいちいちあなたに報告する必要はないわね。いずれわかるわよ、ふふふ…」
「は?」
「さあ、ここでこんな事はしてられないわ。一刻も早く世界をこの美樹原愛の足元にひざまづかせるのよ。ああ、燃えてきたわ!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 何をぽかんと口を開けてるのかしら。これだから愚民は嫌よ。
「…そう、そういうこと…。くっくっくっ、確かに最強の人格ね。目的を着実に遂行するあたり、やっぱり私は天才ね」
「何を言ってるの?あなたの才能なんて私に比べればゴミのようなものよ。まあどうしてもと言うなら下僕としてこき使ってやらんでもないわ」
「あああっなんて嫌な女なの!まあただの凡人よりはよっぽどましだけど!!」
「フン、相変わらず意味不明なことを口走ってるわね。女王美樹原愛さま誕生の暁には、あなたみたいな人間は再度教育してやる必要があるわ」
 紐緒結奈は無言で頭を振ると、冷蔵庫の中からシェーキをひとつ取り出した。
「それを一体どうするつもりよ」
「それはね…あなたに飲ませるに決まってるでしょう!」
 い、いきなり未来の支配者の口にカップをつっこむなんて!よく見れば「解毒用」などと書いてある。しまったまさかクーデターかッ!いっいかん日本が世界が変わる。大美樹原帝国崩壊の足音が聞こえてくる。ホワイトハウスはこの事を…

「うーん…」
 少しだけ気を失ってたみたいです。私がよろよろと起きあがると、すぐそばで紐緒さんが腕組みをして立っていました。私はさっきのことを思い出して、瞬時に真っ青になりました。
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ。紐緒さんにあんなこと言っちゃうなんて…」
「どうやら記憶は残っているようね。紐緒結奈になるシェーキ…。使えるようで、まったく使えないわね」
 紐緒さんはそう言うと、残ったシェーキを流しに流してしまいました。もったいない気もするけどさすがに仕方ないですよね…。
「あ…でも私、けっきょく勇気のないまんまなんですね…」
 床に座ったまましょんぼりしている私を、紐緒さんが手を引っ張って立ち上がらせてくれました。
「そう?それじゃ一瞬でも私になれて楽しかった?」
「そ、それは…」
「少し勘違いしてたようね。別に私のは勇気とは言わないのよ」
 驚いて紐緒さんの顔を見る私に、彼女はふっと微笑んで言いました。
「だって私には勇気なんて必要ないわ。勇気というのは『ある』ものではなくて『出す』ものでしょう?」
 思わず私は息をのみます。そう、私はずっと勇気がないからって言い訳してて。本当はそんなもの最初からなくて、自分で出さなければ出てこないものなのに…。
「ひ、紐緒さんはそれを私に教えるためあえてあんなシェーキを…」
「ふっ、その通りよ。(ホントは違うけど大事なのは事実ではなく事実をどう認識するかよ)」(←ムチャクチャ)
「あ、ありがとうございました。おかげで勇気の極意をつかめたような気がします!」
「極意と言われても…。まあよかったわね、頑張りなさい」
「は、はいっ!」
 ああ、なんてステキな人なんでしょう。私…私、紐緒さんに会えて良かった…。
 少しだけ口に残ったいちごの味と、紐緒さんから伝授された極意を胸に、なぜか夕日の差し込む中、私は感動の涙を流すのでした。


「いらっしゃいませー」
 そしてそれから数日後。私は主人くんと一緒にロッ○リアのドアをくぐりました。
「俺は紅○シェーキにするかな。美樹原さん、なんにする?」
「あの…、私い○ごの実がいいです…」
「美樹原さんていちご好きだなぁ」
 は、恥ずかしい…。でも、嬉しいです…。
「あっ」
「げげっ紐緒さん!?」
 例によって席の空いた片隅で、紐緒さんは今日もシェーキを前に腕組みしていました。真剣な人ってかっこいいです。
「あら、美樹原さん。どうやら上手くいってるようね」
「え、あの、その…あ、ありがとうございます…」
 私は真っ赤になったまま、その場で固まってしまいました。紐緒さんはフンと鼻を鳴らすと、もう行けというふうに手を振りました。
「み、美樹原さん。これってもしかして紐緒さんのシェーキ!?」
「あ、はい。でも大丈夫です。紐緒さんはとってもいい人で、みんなを幸せにするためにシェーキを作っているんです」
 ゴン!
 後ろですごい音がして、あわてて振り返ると紐緒さんがテーブルに頭をぶつけているところでした。
「だ、大丈夫ですか!?」
「…行きなさい。いいから」
 紐緒さんはなんだか不機嫌みたいだったけど、きっとそれも照れ隠しなんですよね。だってだって、私が今彼といられるのも紐緒さんのおかげなんですから。
「あ、あの、それじゃ2階席に上がりましょう」
「まあ美樹原さんがそう言うなら…。あとでそっちのシェーキも一口ほしいな」
「は、はい、いいですよ。え?で、でもそれって間接…」
「え…あ、あはははは」
 そして私たちは仲良くトレーを持って、一緒に席を探すのでした。
 このロッ○リアだけの不思議なシェーキ…ぜひみなさんも一度、飲みにいらしてくださいね。



<END>



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