「でさぁ、そいつってば店出るときになって『サイフ忘れた』なんて言いだしてん
    のよ」
    「うっわー、マジぃ?」
    「チョベリバって感じだよねー」
    「だ、だよねー」
     ここ数日、あたしはちょっと悩んでた。
     ホントどうでもいい悩みだったけど…。


                 朝日奈SS:トレンドにご用心


    「で、なんなんだよ」
     喫茶店の中は冷房がガンガン効いててちょっち寒い。あたしは目の前のクリーム
    ソーダをかきまぜながら、しばらくそのままだまくっていた。
    「いくら俺でも、黙ってちゃわかんないぜ」
    「う、うん」
     あんまり頼りになりそうにないけど、ヨッシーくらいしか相談する相手もいない
    しなぁ。しょうがないっか。
    「チョベリバ…」
    「…そんなに深刻な悩みなのか?」
     思わず身を乗り出すヨッシーに、あたしはあわてて手を振った。
    「じゃなくて『チョベリバ』って最近流行ってるけどぉ…
     なんか超ダサな感じしない?」
    「は?」
    「いや、だからね…」
     あぁ、そんな顔しないで。でもチョベリバだもんねぇ、チョベリバねぇ、うーん…
    「‥‥‥‥‥‥」
     ヨッシーの奴はおもむろにアイスコーヒーを飲み始めた。ちょっとぉ、空気が重
    いじゃんよ。
    「そうか、それで最近ずっと悩んでたのか…く、くくっ、
     うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
    「あーーっ!!何いきなり笑い出してんのよ!!」
    「だ、だってよぉ。くだんねー…」
     くぉのサルがぁぁっ!この朝日奈夕子が今後も流行を追うかどうかの瀬戸際だっ
    てのに、もう超信じらんない!!
    「あたし帰る!」
    「まあまあ。待てってばよ」
     ようやく笑い終わったヨッシーはあたしの手をつかんで引き留める。その目はわ
    りかしマジだったので、あたしは座り直すとぼそぼそと話し始めた。
    「ほら、流行ってるしぃ、みんなも使ってるしあたしも使いたいんだけどさぁ…。
    どうもなじめないっていうか、超変!っていうかぁ…。でも流行りは流行りじゃん?
    …どうしたもんかなぁ」
     ヨッシーの奴はうんうんとうなずきながら、あごに手を当てて考え始めた。自分
    で相談持ちかけといてなんだけど、そんなに真面目に考える事?
    「なあ夕子、確かに流行を追うのもひとつの生き方かもしれない。でも他人のこと
    ばかり気にしてても自分を見失うだけなんじゃないか?」
     あたしはうつむいたまま、もう一度クリームソーダをかき回す。
    「結局俺たちは俺たちでしかいられないんだ。もっと視点を高く持って、本当に大
    事なものを見つけた方がいいと思う」
     コップの中で炭酸が弾け、氷がぶつかってからん、と涼しい音を立てた。
    「ヨッシー…あたしにそんな立派なこと言っても、右から左へ抜けてくだけだよ…」
    「それもそうだな」
    「悪かったねぇ!!」
     きーっサルのくせにサルのくせにっ!あんたそんな偉そうなこと言うなら、自分
    で実行してみなさいよねっ!!
    「どうも話聞いてくれてありがとっ!じゃあねっ!」
    「おい、伝票は?」
    「あー傷ついた傷ついた。今のあたしのハートに支払いなんてできないや」
    「おいっ!」
     彼の叫びももはやあたしの耳には届かなかった。ありがとう好雄君そしてさよな
    ら…。
    「ツケだからなぁぁ!!」


     次の日も学校は暑かった。金持ち校なんだからクーラーぐらい入れろよって感じ。
    「ホント、マジで脳みそ溶けそうだよね」
    「もうチョベリバー」
    「そ、そだね…」
     まあヨッシーの言った程度のことはあたしだってわかってる。でも女には付き合
    いってもんがあるじゃん、ねぇ?
     TVに出てた学者が言うには『流行というのは周囲の人間と同じ行動を取ること
    で安心したいがために起こる』んだってさ。そりゃ1人で別行動取ったってつまん
    ないだけじゃん。話題についてきたければ流行に敏感でなくちゃいけないし、それ
    ができないヤツってのは世の中知らないってコトなんだよね。それもわからないで
    『これだから日本人は』とか言ってる学者ってやっぱバカだよね。それはともかく
    チョベリバはダサー…
    「ひなー、古式来てるよー」
    「あ、さんきゅ」
     気を取り直して教室の入り口に行くと、ゆかりが何やら不安そうな顔で立っていた。
    「どしたん?ゆかり」
    「実は夕子さんがお悩みであると主人さんからうかがいましたのですが…」
    「げ」
     しまった、ヨッシーに口止めしてなかった。でもなんだってコウ経由なのよぉ…
    「なんでもちょべりばのことでお悩みとか…」
    「だーーーっ!」
     んなことみんなに知れたらもう学校へ来られないあたしは、あわててゆかりの口
    をふさぐと屋上へと連れ出した。
    「夕子さん、いったいどうなさったのですか?わたくしでよろしければ話していた
    だけないでしょうか」
    「いや、ゆかりに相談してどうなるような問題でもないしさ…」
    「そう…ですか…」
     ありゃりゃ、ゆかりってばしょぼんとしちゃった。うーん、無駄とは思うけど話
    してみる?やっぱ親友同士で隠し事するのもなんだし。
    「ゆかりはチョベリバをどう思う?」
     …マヌケな質問だなぁ…
    「そうですねぇ、やはり有楽町線で参るのがよろしいかと」
    「そりゃ新木場でしょうが!バしかあっとらんわ!!」
    「そうですか?困りましたねぇ」
     あぁ、やっぱり無駄だったね。ううんゆかりが悪いんじゃない、ゆかりが悪いん
    じゃないのよ…。
    「そんな気にするコトじゃないって、ね。心配してくれてありがとね」
    「わたくしでは夕子さんのお役に立てないのでしょうか?」
     意外としつこいねアンタも。
    「そうそう、こういう話ならうってつけの方がいらっしゃいました」
    「え?ちょっとゆかり、どこ行くのよ!」
    「それでは参りましょう〜」
     ゆかりに引っ張られてくあたし。超嫌な予感!

     連れてかれたのは図書室。嫌な予感的中…
    「そうですね、私も昨今の日本語の乱れには心を痛めている者ですが…」
    「はい〜、実は夕子さんもそうなんですよ〜」
    「(ちゃうわーーー!)」
     なぜか関西弁の心の叫びを無視して、如月ちゃんは淡々と語り始める。
    「そもそも大和言葉というものは世界に類を見ない美しい言語だったのですが、今
    の状況を平安時代の人が知ったらさぞかし嘆くことでしょうね。春はあけぼの、や
    うやう白くなりゆく山ぎは…」
    「つれづれなるままに、日を暮らしたいですねぇ」
    「古式さんそれは鎌倉です」
    「あら〜」
     …あんたらそう思うなら日常でも古語使いなさいよ。お似合いだよ。
    「でも朝日奈さんがそのことで悩んでいたなんて嬉しいです。よかったらこれから
    美しい日本語について語り合いませんか?」
    「げげっ!ま、またの機会に!」
     思いっきり引きまくるあたしに、如月ちゃんはこの世の終わりみたいな顔をする。
    「そうですか…。やはり私のような友達もいない人間とは、話なんてしたくないで
    すよね…」
    「あ、いや、だからぁ」
    「そんなことはありませんよ如月さん。夕子さんは優しいから大丈夫です」
     ゆかりぃぃぃ〜〜〜っ!
    「朝日奈さん…」
    「夕子さん…」
     ああっ見るなっ!そんな目で見ないでぇぇぇぇ〜!!

     結局美しい日本語とやらの話をたっぷり聞かされたあたしは、半死半生で学校を
    後にした。夕方だってのにやっぱり暑くて、なんか家帰るのもおっくうな感じ。
     今までこんな事なかったのになぁ。流行りのもの追ってるだけで楽しかったのに、
    あたしって意外と流行感覚ないのかも…
    「おーい、朝日奈さん」
    「あっ、コウ!」
     向こうから走ってくるコウに、あたしはにこにこと手を振る。
    「最近ご無沙汰じゃん。たまにはどっか連れてってよぉ〜」
    「最近って…来週テストだよ…」
    「ああーそれだけは思い出したくなかったぁー!」
     それは忘れるのが一番!忘れよ、忘れよ。
    「そういえば好雄のやつが探してたぜ。朝日奈さんのせいで赤字だって」
     それも忘れよ。
    「ん、なに?あたしの顔になんかついてる?」
    「あ、いや」
     ふいと視線をそらすコウの顔は、よく見ると必死で笑いをこらえてる。あたしの
    流行人生最大のピンチだってのにどいつもこいつも…。
    「もう超サイテー!」
    「ごめんごめん、でも俺もチョベリバはあんま好きじゃないよ」
    「あんまなんてもんじゃないっ!」
     ほとんどヤツ当たりのように、あたしはべらべらとしゃべり始めた。
    「だいたいさぁ、センスってもんが感じられないね。『超ラッキー!』みたいなス
    ピード感もないし、かといって『バッチタイミン!』のような躍動感があるわけで
    もなく、そもそも『チョベリ』って詰まるのが気にくわないし、『バ』で終わるの
    ってなんか汚い感じがしない?」
    「『超ヤバ』もバで終わるんじゃ…」
    「あれは直前に『ヤ』って柔らかい音が入ってるでしょ!あーもうわっかんないかなぁ」
    「(わかんねぇよ…)」
     ふんだっ、誰もあたしの心をわかってくんないや。やっぱあたしぐらいのもんな
    のかなぁ…
    「バカだって思ってるっしょ」
    「お、思ってないって!」
    「ホントー?」
    「本当。そういうとこ朝日奈さんらしいって思うけど」
     コウの言葉に、ふっと暑さが引いていった。あたしを見る彼の視線が、なんだか
    優しい気がする。
    「そ、そうかな」
    「うん、自分のセンスにとことんこだわるのが朝日奈さんだろ」
    「そしてそんな君のことが大好きなんだとか!?」
    「誰もそこまで言ってない…」
     もー、ノってくれたっていいじゃない。これでもモーションのつもりなんだからね。
     …ま、そんなところがコウらしいんだけどね。
    「さんきゅ。お礼にお茶につきあってあげちゃおうっ!」
    「念のため言っとくけど、俺も今金欠だから…」
    「どうもありがとう」
    「あのねぇ!」
     えへへっ、あたしはそんなコウが大好きだよ☆


    「はぁ?」
    「ひな、なに言ってんの?」
    「だからぁ、もうチョベリバは使わないって言ったの。超ダサだから」
     ああ、言っちゃったよ。さすがにこんなことで仲間ハズレにするような連中じゃ
    ないけど、大笑いはされるだろうなぁ。
     …と思ったら、なんか重い雰囲気が漂ってきたり。
    「えと…やっぱひなもそう思ってた?」
    「朋やん!?」
    「いやぁ、あたしも使いながら変だとは思ってたんだけどさ」
     苦笑いしながら頭をかく朋やんに、そろそろと別の手が上がる。
    「はーい、右に同じ…」
    「きのっぴ!」
    「あっはっは、そんなことだろうと思ってたわ」
    「ひろりん!?」
    「あによぉ、だったら最初からそう言ってよね。私はみんなが使ってたから仕方なく…」
    「島ちゃんまで!!」
     あたしたちはしばらく顔を見合わせてたけど…こらえきれなくなって一斉に吹き
    出した。
    「なーんだ、みんなそう思ってたんじゃーん!」
    「だよねー、チョベリバなんて変だよねー!」
    「最初に言い出したヤツバカだよねー!」
    「縮めりゃいいとか思ってたんじゃないのぉー!!」
     教室中にけたたましい笑い声が響きわたる。今まで悩んでた分、あたしも反動で
    笑いまくった。お、おっかしー。
    「きゃはははははははは!」
    「好雄…俺は女ってやつがわからなくなってきたよ…」
    「言うなよ公…それを可愛いと思うかどうかが人生の分かれ目ってヤツさ…」
     ん?後ろでなんか聞こえたような…
     あれ、誰もいないや。気のせいだったかな?


    「でさぁ、いっそあたしらで新語流行らせようってことになってぇ」
    「へえ…」
    「考えたのが『SS』っていうの。『すごく最高』の略よん。間違ってもショート
    ストーリーじゃないよ」
    「‥‥‥‥‥‥‥」
     やっぱ誰かが言い出したから流行るんだもん、自分で行動しなくっちゃね。これ
    が全国的に広がればマスコミなんかで取り上げられて、『最初に考えたのはこの人
    です!』とかいってテレビに出られちゃったりして、うふふ。
    「そのためにも張り切って流行らせるわよ。コウも協力してね!」
    「は!?い、いったい何をしろと!?」
    「だからぁ、ことあるごとに超SSー、とか言ってればいいのよ。頑張って布教に
    つとめてね」
    「はぁ…」
    「それじゃお茶しに行こ!」
     そう言ってあたしはコウに腕をからませる。お互いにちょっと汗かいてたけど、
    今日はそれが心地よかったりして。
    「ほら、早く早く!」
    「はいはい。かなわないよ朝日奈さんには…」
     笑ってるコウを引っ張って、あたしたちは街へと繰り出した。まだまだ外は暑い
    けど、そんなのもう気にならないや。

     うん、SSって感じだねっ☆


                               <END>


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