片桐SS: Going my way !
「でねぇ、その瞬間ぴしゃーんとインスピレーションがカムカムしたわけよ。『私はこの絵を描くために生まれてきたのよー!』って感じかしら?」
「あーはいはい。この前もそんなこと言ってたな」
「HAHAHAHAHA. それだけ一筆入魂してるってことよーん」
そろそろ日の沈みかけた学校で、片桐彩子は恋人モドキの公と話しながら、のんびりと放課後の時間を楽しんでいた。と、ここまでなら普段と変わりはないのだが、今日はいきなり校門のそばから別の声が聞こえてきたのである。
「えっと、やっぱり、な、なんでもないの。そ、それじゃ!」
「あれ?」
顔を向けると見知った顔がなにやら話している。片方は公の友人の水泳部の少年で、もう1人は緑の髪の女の子が…弾かれたゴム鉄砲のように走り去った後だった。
「ソーリィ、コウ!今日は一緒に帰れそうにないわ」
「OK、飛び出して車にひかれるなよ!」
「Yes,thank you!」
呆然と立ちつくしている少年に歩み寄る公を後に、彩子は望を追って駆け出した。鉄人ロードワーカー望の姿はあっという間に見えなくなってしまったが、それでも通常の帰り道をしばらくランニングした結果、ようやく電柱に頭を打ちつけている望を発見したのである。
「バカバカバカッ!あたしのバカッ!」
「Hey 望、そんなことしてると元々ない脳みそがシェイクされて混ざっちゃうわよ」
「あ、彩子!!」
おでこを腫らした望は、しまったという顔で彩子に目を向けた。だがいつもと変わらず気さくに笑っている彼女に、恥ずかしそうにぷいと横を向く。
「な、なんだよ…。彩子なんて実はその後ろのお団子に脳みそが全部詰まってるんだろう!」
「ガガーン気づかれてしまっては仕方ないわ!ちなみに災害時に便利な着脱式よ!」
「‥‥‥はあ」
望は笑おうとしたのだが、上手く行かずにそのままうつむいてしまう。落ちそうになる涙を必死で押さえている彼女を、彩子は軽く肩を抱いて駅の方へ歩き出した。
「ホラ、とりあえずゴーホーム。こんなところ人に見られたくないでしょ」
「うん…」
彩子と望は小学校の頃からの友人である。というより、彩子の方が押し掛け友達になったと言っていいだろう。
そもそもの始まりは望の泳ぐ姿に感銘を受けた彼女が、自分の水恐怖症も忘れてプールの中の望に声をかけたことだった。早口で喋りまくる彩子に、望はいつの間にか彼女の親友ということにされていた。
「ああ…高校に入れば別れられると思ったのに…」
「ホント、残念よねぇ…。こうなったら一生付き合ってくしかないわね」
「嬉しそうだぞお前…」
「あっはっはっ、腐れ縁腐れ縁」
とどめというか望の家は彩子の家から自転車で10分である。自宅がルーズなのをいいことに、しょっ中スケッチブック片手に当然のように上がり込んできては落描きをして帰っていくのが彼女の日常だった。
「まったく、人の迷惑を考えない女よね」
「わかってるならやめろよ!」
「HAHAHAHAHA, 細かいことは気にしちゃダメよー」
膝を打って笑う彩子に望は深々とため息をつくと、ばふんとベッドに倒れ伏す。ここのところ彼とあまり話せなかったので、今日こそはと思って校門で待ち伏せすればあのザマである。
「どうせ変な女の子だと思われたよな…」
「It's so nice. 人間ちょっと変なくらいが丁度いいのよ」
「…彩子みたいになりたいよ、ホントに…」
そう考えてしまう自分は嫌なのだが、それでも公と彩子の関係を見るにつけつくづくそう思う。彼を好きになるまではそんなこと一度たりとも思いはしなかったのだが…。
「望だって可愛いじゃない」
「見えすいた慰め言うなよ!」
「Not a lie! 本当だってば。少なくとも私よりは可愛いと思うわよ」
「…そう言われてみればそうかもしれないけどさ…」
「落ち込みつつも言うことは言ってくれるわね…」
まったくもって不毛な会話である。2人とも並んでベッドに腰掛けると、彩子はトレードマークの髪の毛をかきまわした。
「んー、結局望はどうしたいわけ?」
「ど、どうって…」
「あーんなことやこんなこと?」
「ば、ば、馬鹿っっ!!」
「じゃあ、何?ホワット?」
「いや、だからね…」
望は林檎のように真っ赤になって、下を向いたままぼそぼそと口にする。
「べ、別にそんな大したことじゃなくて…。ただ女の子として見てほしいというか…」
「Oh!彼は望を男の子として見ているわけね。ひどい話よねー」
「こっちは真面目に話してるんだよ!」
「ちょっと話がheavyになってきたから少し和ませようと」
「‥‥‥‥‥」
望は無言で彩子をベッドの上から押しやると、とうとう頭から毛布をかぶってしまった。
「いいんだ、もう…。どうせあたしなんて男女なんだ…」
「まあまあ。望が実はすごく女の子らしいコだってのは私が一番よく知ってるわよ」
「この上なくしらじらしい…」
「悲観的ねぇ。ぐちぐち言ってる暇があるなら行動しなさいよねー」
望はとどめを刺され、毛布の奥深くへと潜っていってしまう。彩子は肩をすくめて苦笑すると、毛布越しに望の頭を軽く叩いた。
「ちょうど明日休みだし、可愛い服でも買いに行かない?望の着るのってズボンばっかりじゃない」
「え!?だ、だ、だって」
がばと跳ね起きる望の顔の前で、彩子はちっちっと指を振った。
「実は着てみたいと思っている」
「うっ!」
「But, 自分には似合わないと思うし笑われるのが怖くて出来ない」
「いや、だから…」
「やーねぇ着てみないと似合うかどうかなんてわからないじゃない。ということで明日決行ね。あ、コウにも来てもらおうかしら」
「(どうしていつもそう強引なんだーーっ!!)」
望の心の叫びを無視して彩子は人の電話を勝手に取ると、鼻歌を歌いながら押しなれた番号を押す。
「ハ〜イコウ、グッドイーブニーング。元気?楽しい?最高?特になんでもない?イヤそんなことはどうでもいいんだけどね。実はかくかくしかじか。え、かくかくしかじかじゃわからない?長いつきあいじゃない、維新剣心っていうでしょ。え、ちょっと違う?なに、いちいち言ったことを繰り返すな?だってそうしないと望に伝わらないじゃない。え?」
「貸せ!!」
望は彩子から受話器をひったくると、へらへら笑ってる友人を無視して受話器を耳に当てた。
「あ、もしもし、主人君?あたし」
『おう。清川さんも災難だよな』
「まったくだよ…」
「本当は嬉しいのに災難なんて言っちゃうユーたちのシャイなハート…(受・け・取っ・た・よ)」
「‥‥‥‥‥‥。彼、あたしのことなんか言ってた?」
『んー、別に今日のことは気にしてないみたいだったけどさ。でもなんか清川さんのこと心配してたぜ』
「え、そ、そう?」
嬉しさを押し殺す望の手に思わず力がかかる。
「望ぃ、受話器壊さないでね」
「あたしの電話だっ!そ、それじゃ別に嫌われてない?」
『嫌われてるというよりはむしろ…。いやいかん、こんな無責任なことを言っては!』
「ハッキリしろハッキリ!」
『だからさ…。無理して女らしくすることないと思うぜ』
はっと望は息をのむ。後ろでは彩子が肩をすくめていた。
「あ、あたしは別にっ!」
『いやわかってる、よーくわかってるとも。どうせ彩子が勝手に話進めてるんだろ?あいつはそーいう奴なんだよ』
「いや、その…」
「人間素直が一番よぉー」
「だ、だってっ!」
うろたえる望の手から受話器が落ちる。彩子はそれをすくい上げると、一転して神妙な声を出した。
「コウは知らないだろうけど…。望は本当はお花を愛する可愛い女の子なのよ。その姿を彼に見せたいと思うのはしごくNaturallyなことじゃない?」
「あ、彩子っ!」
『でもなあ…』
「そういうことで明日の1時にショッピング街ね。それじゃグッバーイ、さよならー」
『お、おいっ!俺は行かないからな!』
ガチャ
問答無用で受話器を置くと、彩子は振り返ってニヤリと笑った。
「コウに言うことを聞かせるにはコツがあるわ…。気迫よ!!」
「彼が気の毒になってきた…」
「ま、いいじゃないの細かいことは!それじゃ今夜は酒でも酌み交わしながら人生について語り合わない?」
「いい、もう寝る…」
「That's too bad. 残念ね。じゃ、Good-night.」
「おい!それあたしのベッドだぞ!!」
「ぐー」
「(この女はぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!)」
仕方なく望は床にクッションを並べて、毛布にくるまって横になった。昔から彩子はGoing my wayで、望はいつも振り回される役だ。
「でも…」
彼女だけが自分の本当の心を知っている。本当に本当だという自信は自分にもないのだけれど。でもだからこそ、誰かに決めつけてほしいかもしれない。
「(お花の好きな可愛い女の子、か…)」
ベッドの上から彩子の寝息が聞こえてきた。望はなんだか安心すると、小さく呟いて眠りに落ちていった。
「おやすみ、彩子」
しかし翌日の午後1時、公は約束の場所に来なかった。
「気迫が足りなかったようね…」
「(そういう問題じゃないと思う…)」
「ま、来ないものは仕方ないわね。それじゃブティックへLet's go!」
「お、おい!」
別に彼がいなくても彩子は全然気にもならないらしい。そういうものなのかと、望は少し釈然としなかった。
「ほら、このフリフリレースなんて着たら面白いと思わない?」
「面白くしてどうするんだよ!」
「ジョークジョーク。んー、これとこれとこれってとこかしら」
今日だけは自分の芸術を押さえて服を選ぶと、彩子は半強制的に望を試着室に押し込む。
「ほ、本当にこんなの着るの!?」
「着てみたいくせに」
「う、うるさいっ!!」
鏡の前でちょっと体に当ててみる。緑系統のその服は白い小さなリボンがあしらわれていて、女の子女の子しているというよりはむしろ秋桜のように清楚な感じだった。少し長めのスカートをはき、頭にベレー帽を乗せてみれば、そこにいたのはいつもの望ではない別人28号である。
「Hi!どんな感じ?」
「わっ!か、カーテン開けるなよ!!」
「いいじゃない女同士なんだし。ワオ、It's so cute! やっぱり私の目に狂いはなかったわねー」
実際自分で見てもけっこう可愛い…ような気がする。ちょっとだけ口のそばへ手をやって、あわてて望は手をおろした。
「や、やっぱり脱ぐ!カーテン閉めてよ!」
「なーにを恥ずかしがってるの。そんなことでデートの時はどうするのよ」
「あ、あ、あいつの前で着ろっての!?」
「たうぜんである!ささっ、買った買った」
結局ひとそろい買う羽目になった望は、今度は小物を物色しにファンシーショップへ連れ込まれた。ほとんど彩子の着せ替え人形である。
「んー、リボンなんかもいいかもねー」
「リ、リボン!?」
「猫耳とかもナイスかも」
「ねこみみーーーーー!!?」
「(はっ、いけないわ!芸術に走っては!)」
自らの芸術家魂を押さえることは彩子にとってはそれは辛い戦いだったが、それでもなんとか目的は達成された。とりあえず慣れるためと称して望にスカートをはかせている。
「や、やっぱり変じゃないか?歩きにくいし…」
「No problem!可愛いんだからいいじゃない」
「か、可愛い?」
「イエース、女の子なんだから当たり前よぉー」
「あ、あははははは。彩子はこういうの着ないの?」
「着るわけないじゃない」
「‥‥‥‥‥‥‥」
彩子はといえばTシャツにジーパンの、いつものフランクな格好である。彼女がフリフリの服を着ているところを想像して、思わず望は吹き出してしまった。
「ホワット、なにか愉快なことでもあった?」
「い、いや、ごめん。あああっあたしは何て奴だぁーーー!」
「あっはっはっ、よくわからないけど気にしちゃノンノン…よ…」
言いかけた彩子の言葉が空中で凍り付く。その視線は望を通り過ぎて、雑踏の一点に固定されていた。
望が振り向いたそこには、見覚えのある背中が立っている。
「あれ、主人君…」
彼は誰かと話しているようだった。赤いロングヘアにヘアバンド。きらめき高校の生徒なら誰でも知っている名前だ。
「藤崎さん…?」
望が言うよりも早く、彩子はつかつかと歩き出していた。早くなる鼓動を必死で押さえて、できるかぎりいつもの調子で声をかける。
「Hi, コウ!こんなところで合うなんて奇遇ねー」
「あ、あ、彩子!!?」
「片桐さん…」
公の顔に明らかに狼狽の色が浮かんだ。それを確認した彩子の目に一瞬普段と異なる色が浮かぶ…が、顔を伏せて、再び上げたときには、何もなかったかのように平然としていた。
「あっ、ソーリー。邪魔しちゃってゴメンね。見かけたんで声かけただけだから」
「ち、違うんだ彩子!こ、これはそのっ」
「グッバイ!」
「片桐さん!」
詩織の制止の声も聞かず、彩子は人混みをかき分けるように走り去った。あわてて望が後を追う。
「おい…彩子!!」
近くにあった喫茶店で、彩子と望は向かい合って席についていた。彩子の表情を見る限り、何かがあったようにはとても見えない。
「このお店のケーキがねぇ、それはもうナイスなテイストなのよ。おすすめはドリアンケーキかしら?」
「あのな…」
「え、なに?付き合ってくれたお礼におごってくれる?Yahahaan, 今日はラッキーディねー」
「おいっ!」
テーブルを叩く望に、彩子は肩をすくめてコップに口をつける。
「ワッツ、どうしたの?情緒不安定時代?」
「なにわけのわかんないこと言ってんだよ!お前本当にいいのか!?」
望としては彩子の態度がとても信じられない。あんなことがあって平然としてるのが理解できないし、自分一人熱くなってるのがますます腹立たしい。
「別にいいじゃない、彼が誰と一緒にいたって。Take it easy. 気楽にいきましょ」
「彼氏が他の女の子と会っててなにが Take it easyだよ!そんな程度だったのか!ええっ!?」
「うるっさいわねぇ…」
彩子は憮然として窓の外を見る。望も店内の視線を感じて、あわてて席に腰を下ろした。
「だからー、別に彼氏って訳じゃないのよ。ホラ私って、細かいことは気にしない性格だし」
「…そんなの変だ」
「真面目ねー。そのうち頭が石になって沈んじゃうわよ」
「彩子っていつもそうだよな」
ケーキが運ばれてきたので彩子は手をつけようとしたが、望の視線がそれを許さなかった。
「いつも笑ってるんだ!気さくなふりして、大事なところはいっつも冗談でごまかして!」
「ち、ちょっと望…」
「だってそうだろ!?あたし彩子から悩み相談してもらったことないぜ!逆はしょっちゅうなのに!」
「そりゃあ、ないものは相談できないわよ…」
彩子は苦笑するしかない。別に自分としては、望を信用してないとかそういう事は全くない。ただ自分で解決できることは自分で解決してきただけだ。
「ま、ま、落ち着きなさいって。ホラケーキでも食べて」
「じゃあ主人君の事は!?」
ぴくん、と一瞬だけ彩子の手が止まる。すぐになんでもないような顔をして、彩子は軽く手を振った。
「だからね…」
「本当は平気じゃないだろ?そうやって笑ってるけど、全然平気じゃないんだろう!彩子はうそつきだ、強いところだけ見せて、弱いところは絶対見せようとしないんだ。彩子は…」
「Shut up !!!」
彩子も思わずテーブルを叩きつけて立ち上がっていた。いくら望でも、いや望だからこそ、自分への侮辱は許せなかった。
「平気じゃないけど平気なのよ!彼が誰と付き合おうが彼の自由でしょ!?私のこと好きじゃないならそれまでの話だし、そう割り切ってるから平気なのよ!そんなこといちいち望に説明する必要なんかないわ!!」
「なにが割り切ってるだよ!そんな簡単なもんじゃないだろ!!?本当に好きならうろたえたり不安になったりして当然だろ!!?」
「こんなことで焼き餅焼く自分は嫌よ!じゃあ何?彼に取りすがって捨てないでって頼めばいいの?It's a bad joke!冗談じゃないわ!なんでこの片桐彩子がそんなことしなくちゃいけないのよ!」
「思い上がってる!だいたい彩子は!!」
「望は!!」
「お客様」
凍り付いた店内で、店長らしき男がにこやかに微笑んでいた。周囲の注目を集める中…2人はおしゃれな喫茶店からごく丁重に追い出された。
望は手を頭の後ろで組んでそっぽを向いている。彩子も下を向いたまま相手の顔を見ようとしない。2人は一言も話さないまま、どこへというあてもなく街を歩いていた。
「…ちょっと熱くなりすぎた、かな」
いかにも渋々、といった感じで望がつぶやく。彩子も苦笑いして顔を上げた。
「ソーリー、私も言い過ぎだったわね」
「あ、あたしの方こそ」
「ううん、望のそういうところ大好きよ。本当に」
でもそれを羨ましいとは思わない。自分が絵に一家言持っているように、人生にだってそうありたい。高校生のくせにと言われればそれまでだが、一応自分なりの美学というものはある。
「…あたしは、ないな。あいつのこと考えたらそれだけでもう…」
「うん、だから望のそういうトコは好きなの。でも他の誰かと同じなら自分がいる意味なんてないしねー」
だから『自分』を好きになってくれないならそれまでの事。片桐彩子が片桐彩子でいられないなら死んだ方がマシと、常々そう思っていた。それが彼が他の女の子と一緒にいたくらいでこれでは、やはり言うとするとは別らしい。
「んーっ、でも仕方ないわよね。Take it easy!」
「お、おい。どこ行くんだよ」
大きく伸びをして走り出した彩子は、望の声にくるりと振り返った。
「コウを探しに行くに決まってるでしょ。Isn't it?」
「あ、いや、ならいいんだけどさ」
「ちょっと性急に過ぎたって感じだしね」
だからとりあえず彼と話してみよう。その後のことは…それから考えよう。
片桐彩子の行動を取れるかどうか解らないけど、でも自分にだって譲れないものはある。
「それじゃ早く行こうぜ。Hurry up!」
「Oh god!望が英語使うなんて、雨でも降らなければいいんだけど」
「…お前、あたしを何だと思ってるんだ?」
「あははは、気にしないー。それじゃレッツゴー!」
自分と並んで走る望の顔を見て…やっぱり彼女が一番の親友だと思った。
それを口に出せればいいのだろうけど、今日だけはやめておいた。
「あはははは…。あっはははははは!」
「ガッデム…。ここぞとばかりに笑ってくれるわね…」
「だ、だってさぁ。あははははは…」
あの後公の姿はすぐに見つかった。向こうもこちらを探していたから。
ぎごちなく声をかける彩子を見つけて、公はあわてて釈明したものだった。
「お前なにか勘違いしてただろ!だいたいいっつも人の話を聞かないんだよな!」
「はあ?」
「公くん、定期入れを落としちゃったのよ。それでたまたま通りがかった私が一緒に探してたってわけ」
2人の目が同時に丸くなる。情報を整理しようとして、彩子は軽く頭を叩いた。
「だ、だったら私も一緒に探したのに!なんでそう言ってくれなかったのよ!?」
「それはねぇ…」
「お、おい詩織!」
詩織はくすくす笑うと、3人の顔を見比べた。
「彼の定期入れにはとっても大事なものが入ってたの」
「詩織ぃぃぃぃ!!」
「ホワット、何なの?私にも見せられない物?」
彩子の視線が公に突き刺さる。しばらくの間沈黙が流れたが…ついに観念したように公は口を開いた。
「…彩子の写真」
その時の彩子の顔といったらなかった。下を向いて、横を向いて、foolishとかなんとか数語口にして、とうとうその場から走り去ってしまった。
「おい、彩子!」
彼の声を背に駆けていく彩子の顔は、それはもう耳まで真っ赤だったという。
「ひーっひーっ、お腹痛い…」
「So noisy!うるさいわよっ!!」
「だ、だってさあ…。でも良かったじゃないか、愛されてて」
「全然良くない…」
まったくもって穴があったら入りたい。しかも望に知られるなど、片桐彩子一生の不覚である。
「いいわよ、もう…。一度じっくりと人生を見つめ直すかな…」
「山にでもこもる?」
「山は疲れるから嫌ね、やっぱやめるわ。でもね!」
彩子はびしりと望の顔の前に指を突き出す。
「確かに早とちりしたのは後悔してるけど、それ以外のことは全然後悔してないわよ。私はあくまで私の道を行くわ!」
「懲りないよなぁ…」
「別に人間自分の生きたいよーに生きればいいのよ。私の人生は私の物!あの服を着るかどうかは望の勝手!Viva Freedom!」
「あーはいはい」
『自分』だからって、『自分らしく』する必要なんてない。いや、正しい生き方なんてないのかもしれない。
でも自分らしく生きたい彩子の、それは選んだ道だから。その行く先がどこであろうと、自らの責任なら後悔はしない。
「そりゃもう少し修行が必要とは思うけどね」
「でもあたしはちょっと安心したな。彩子が普通の人間だってわかって」
「今まで私を何だと思ってたのよ…」
「そ、それにこれであたしも勇気が出たよ!今日の彩子見たら、もう恥ずかしいのなんてなんでもないよな!」
「Jesus, ちっとも誉めてなーい!!」
彩子はふてくされてギターを取り出すと、適当につま弾いて歌い出した。
「♪ああ若人よ、悩むなら悩め〜 それが若さというものさ〜」
どうやらカッコつけるのとカッコ悪いのとは紙一重であるらしい。でも片桐彩子は自分なりにカッコつけたいと思う。ただなんとなく生きるよりは、絶対にそうしたいと思う。
「だからね、見てなさい。今はただの高校生でも、いずれ世界に名を響かせてやるしね!」
「うんうん」
彩子を見つめる望の目は、いつになく嬉しそうだった。結局腐れ縁というのも、それなりの理由があってこそ成立するものらしかった。
「♪私の後ろに道はない〜 私の前に道はある〜
そうよ私は片桐彩子〜 世界で1人の片桐彩子〜」
可愛い服の掛けられた望の部屋に、今日も彩子の歌声が響く。地球全体から見れば取るに足らない存在の、それでも精一杯の自己主張の。
「でも明日どんな顔して彼に会うんだ?」
「あああっそれを言わないでぇ〜」
そして夜は更けていき、また一つの絵の具が置かれる。
まだまだ未完成のキャンバスだけど、いつか最高の絵ができるまで!
<END>
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