美樹原X'mas-SS
手の中の動物園
「あ、こら。だめよムク」
「クーン」
こたつに座っている私にムクが体をすりよせてきたので、ちょっと揺れてしまいました。
白とピンクのクリスマスカード。そのまま渡すのも寂しいので、一枚ずつ動物の絵を描くことにしたんです。
「ねぇムク、見晴ちゃんにはなんの動物がいいと思う?」
「ワン!」
「うん、そうだよね。ありがと、ムク」
うーんと色鉛筆を選んで、こたつにかがみ込んでさっさっと描いていきます。あまり絵は上手じゃないんですけど、動物の絵は昔から好きだったんです。
「そ、それじゃムク…。ぬ、主人くんのカード描くね」
「‥‥‥‥ワン」
「ど、どうしたのムク?ちゃんとムクの分も作ってあげるから大丈夫よ」
ムクはぷいと横を向いて出て行きかけましたが、私の言葉にすたすたと戻ってくるとひざの上にもぞもぞと乗っかってきました。せまいよムク…。
「それじゃ描くから、邪魔しちゃだめよ?」
「クーン」
「あ、こら、邪魔しちゃだめだってば」
「クーンクーン」
クリスマスイブといってもいつもと変わらない冬の夕暮れ。でもなんだか空気が透明で、耳を澄ますと鈴の音が聞こえてきそうな気がします。
「ごめんね、動物はだめなんだって。おみやげもらってくるから、ね?」
「クゥーン」
「ピーピー」
「はい、みんなのクリスマスカード」
ムクはふんふんとカードのにおいをかいでいます。かごと鳥かごと水槽の前にもカードを並べました。テリアにカナリアにハムスターに金魚にどじょう。いつも見てるから描きやすかったです。
「それじゃ行ってきまーす」
「愛、タッパー持ったタッパー!なるべく高いものを詰めてくるのよ!」
「…行ってきます」
お姉ちゃんの声援を受けて外に出ると、ちょうど詩織ちゃんが歩いてくるところでした。
「メグ、メリークリスマス」
「メリークリスマス、詩織ちゃん。今日も綺麗…」
「や、やだ。何言ってるのよメグったら」
コート姿の詩織ちゃんはヘアバンドのかわりに大きなリボンをしていて、まるで雪の妖精のようでした。見とれている私に詩織ちゃんは困ったように笑うと、私の手を取って小さな包みを渡します。
「はい、プレゼント。先に渡しとくね」
「あ、ありがとう…」
詩織ちゃんのクリスマスプレゼントは小さな白熊のぬいぐるみ。私からはペンギンのブローチと、一番に渡すって決めてたクリスマスカード。
「ありがと。わぁ、今年はトナカイさん?」
「う、うんっ」
「嬉しいな。メグの絵ってかわいいものね」
「そ、そう?…ありがとう」
詩織ちゃんはお返しにピンクのリボンを取り出すと、私の頭に結んでくれました。
「これで公くんともうまくいくといいね」
「そ、そんなっ…。で、でもっ」
「駄目よ、もっと自信を持たなきゃ。ただでさえ公くんは鈍いんだから」
「う、うん…」
「本当に、こんな可愛いメグの気持ちに気づかないんだものね」
私は真っ赤になったまま、白熊を抱きしめてパーティ会場へ向かいました。悪いのは主人くんじゃなくて、自分の気持ちも伝えられない私。さすがにサンタさんもそれを届けてはくれません。
あたりはしんしんと暗くなって、年に一度の聖なる夜。もしも何かを望めるなら、少しの勇気がほしいのだけれど。
「公くん、どこに行っちゃったのかなぁ…」
門番の人に快く通してもらって、伊集院さんの家は今年も賑やかです。目のくらみそうな大きなツリーとイルミネーション。まるで北欧のお祭りの中にいるような。
「ツリーの前で待ち合わせって言ったのに、本当に当てにならないんだから」
「あ、あの詩織ちゃん…。やっぱり私…」
こんな時にやっぱり緊張してきて、出てくるのはいつもの弱気。手の中のクリスマスカードがそれに拍車をかけます。だってこんなの、もらっても迷惑なだけかもしれないし。
「…とりあえずこれ食べて」
「う、うん。詩織ちゃんも…」
「私は公くん探してくるから!ここで待っててね!」
「し、詩織ちゃんっ!?」
詩織ちゃんは私にお皿を渡すと、私が止める暇もなく会場の人混みの中へ走っていってしまいました。私はしばらく立ちつくしていましたが、お皿の上のアイスが溶けてきそうだったので他にどうしようもなく口に運びます。彼女に頼ってばかりの自分が情けないです…。
「やーっぱ1年間楽しみにしてきたかいがあったよね!あ、これ超おいしー!らっきらっきらっきー!」
「そうですねぇ〜」
落ち込んでる私と対照的な声に顔を上げると、サンタ服を着た女の子が元気に飛び回っていました。隣ではお姫様のようなドレスに身を包んだ女の子が、しずしずと歩いています。
「あっれーめぐちゃんじゃん」
「まぁ、これは奇遇ですねぇ」
「夕子ちゃんゆかりちゃん、こんばんは」
「何してんのそんなとこで」
私がわけを話すと、夕子ちゃんはふーん、というふうに頭をかきました。
「でもさー、クリスマスぐらいもーちょっと自分から積極的になってもいいんじゃない?」
「そ、そうだよね…」
お皿を持ったまましょぼんとする私に、夕子ちゃんはあわてて手を振ります。
「あ、いやいやあたしも他人に説教できるほど偉くないしさ。ほらチーズシフォンあげるから元気出して」
「う、うん…」
「そうですよ〜。なんと言っても斬り捨てさまの誕生日ですし」
「それを言うならキリストさまでしょーがっ!」
「あら〜」
2人の漫才に私はくすっと笑うと、ふと思い出してお皿を下に置き、クリスマスカードを取り出しました。
「あの、これ、良かったら…」
「えーっなになに?くれんの?」
「まぁ、それは美樹原さんがお描きになったのですか?」
「う、うんっ」
私は夕子ちゃんにうさぎさんのカードを、ゆかりちゃんにパンダさんのカードを渡しました。
「さあんきゅっ。でもゆかりだったらカメとかじゃない?」
「まぁ、そうなのでしょうか?」
「あはは、冗談冗談。それじゃめぐちゃん、公くんのこと頑張ってねー」
「べ、別にそんなっ」
「それでは失礼いたしますぅ〜」
「…ばいばい」
2人が見えなくなるまで小さく手を振ると、私はチーズシフォンを食べました。ほどよい甘さでおいしいです。
「Hi!メグミ。Merry X'mas!!」
「きゃっ」
いきなり後ろから声をかけられて振り向くと、変わった髪型の女の子がしてやったりという風に笑っていました。
「まったく彩子は相変わらずなんだから…」
「ハハーン?」
「メリークリスマス、美樹原さん」
「う、うん。メリークリスマス」
仲良し3人は今日も一緒に来ていました。特に沙希ちゃんは格別に嬉しそうです。
「なにかいいことあったの?」
「いやまったく、沙希ってば食べてばかりいるしさ」
「や、やだ望ちゃんてば。わたしはただお料理の研究を…」
「Oh、そういえば1時間前より丸っこくなったんじゃない?」
「彩ちゃん〜〜〜〜〜」
私はくすくす笑うと、クリスマスカードを取り出します。
「あの…これ、どうぞ」
「ワッツ、私にくれるの? Thank you.」
「いや、悪いなぁ。え、おまけに手描き?」
「愛ちゃん…。あなたにはきっと幸せが訪れるわ!」
沙希ちゃんが断言してくれたので少し幸せになった気がします。でも彩子ちゃんじっとカードを見てる…もしかして、怒っちゃった?
「あははっ、イルカかぁ。あたしにぴったりだね」
「わぁ、可愛い子犬…。ありがとう、お礼に手作りクッキーあげるね」
「う、うん。ありがと」
「彩子は何?」
望ちゃんの声に彩子ちゃんはようやく顔を上げると、私の方に目を向けました。
「あの…、あの…」
「メグミ…。あなたって…」
「ご、ごめんなさいっ!」
「なんてFantasticなの! I'm hardly moved now!!」
「い、いったい何のカードだよ!」
なにやら感動してるらしい彩子ちゃんから望ちゃんがカードをひったくります。ああっ見ちゃだめ…。
「…カモノハシ…」
「NiceよNice! Very nice メグミちゃん!」
「よ、良かった…。彩子ちゃんなら喜んでくれると思って…」
「…よ、よく見ると根性ありそうだよね」
「…そうか?」
そして帰り際、3人ともカードを手に言ってくれました。
「いや実際なかなかいい絵だと思うわよ。今度また絵の話をしようよ」
「そうよね、とっても暖かみがあると思うな」
「次はよかったら花の絵を描いてよ」
「う、うんっ!ありがとう…」
みんな喜んでくれて嬉しいです…。作ってきてよかった、かな…。
「あっ…。ひ、紐緒さん」
「あら、美樹原愛」
私に気づかず通り過ぎようとした紐緒さんを、思わず呼び止めてしまいました。紐緒さんじゃクリスマスカードなんてほしくないですよね…。そもそもこの場にいること自体不思議です…。
「そう、あなたも一部ブルジョワジーの浪費を目に革命の決意を新たにしに来たのね?」
「べ、別にそういうわけじゃ…」
「心配しなくてもいずれ富は公平に分配されるのよ。ああ、燃えてきたわ!」
「は、はぁ…」
ツリーもジングルベルも、紐緒さんにはまるで違って映るみたいです。ましてや動物のカードなんて。
「そもそもクリスマスなんていう風習自体が誤ってるわ。宗教なら宗教、お祭りならお祭りときっちり分けるのが筋というものでしょう」
「ご、ごめんなさい…。でも神様信じてない人でも年に一度くらいはこういう機会が…」
「しょせん凡人の考えね。それじゃ私は失礼するわ」
「ま、待ってください!」
思わず呼び止めてしまいました。冷たい視線がこちらを見ます。
「何よ」
「あの…、クリスマスカード、いりませんか?」
「クリスマスカード〜〜?」
な、何言ってるんでしょう私…。でも紐緒さんの話聞いたら…なんだかどうしても、受け取ってほしくなったんです。
「くだらないわね」
「でも、あの、これ紐緒さん用に描いたんです。その…」
「‥‥‥‥‥‥」
「あの…」
私の声はだんだん小さくなっていって、そのまま消えてしまいました。どうしようもなくなって下を向いたままの私の手から、不意にカードが離れます。
「紐緒さん…」
「ふ、ふん。まあ未来の支配者に対する当然の礼儀ね」
「は、はい…。あ、ありがとうございます…」
横を向いた紐緒さんの表情は髪に隠れて見えませんでした。そんなところなんとなくあの動物がいいと思ったんですけど…。
「鷹ね…。悪くないわ」
「う、嬉しいです…」
「別にあなたを喜ばせるために言ってるわけじゃないわよ。それじゃ研究があるから失礼するわ」
「は、はい。さようなら…」
今日も研究なんですね…。でも紐緒さんは、クリスマスカードを大事にポケットの中にしまってくれたのでした。
詩織ちゃんはまだ戻ってきません。その場を離れるわけにもいかず、ぼんやりと行き交う人を眺めていました。男の人が目の前を通ると、少し身が固くなります。
「おおーっこんな日に女の子がたった1人で!これはチェックだチェック!」
「きゃっ」
「こらぁっ!バカお兄ちゃん!!」
反射的にツリーの陰に隠れた私が、おそるおそる顔を出すと早乙女くんが優美ちゃんにプロレス技をかけられているところでした。
「美樹原先輩は男の子が苦手なんだからね!まったくお兄ちゃんは!」
「だーーっわかったわかった!ああこんな日に妹と一緒だなんてついてねぇ…」
「こっちのセリフ…だよっだ!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!ロープロープ!」
早乙女くんはばんばんとツリーの枝を叩いていました。い、痛そうです…。
「あ、美樹原先輩平気ですよー。かみついたりしませんから」
「そ、そう…」
「俺は猛獣かい!」
私はおずおずと前に出てきます。早乙女くんがいい人なのは知ってるけど…やっぱり緊張してしまいます。
「お、さっき詩織ちゃんに会ったぜ。公の奴も来てるはずなんだけどなぁ」
「そ、そうですか…」
「大丈夫ですよぉ。いいなぁ美樹原先輩は、ちゃんと好きな人がいて」
「そ、そんなことないよ」
「あーあ、優美もあと1年早く生まれてればなぁ」
優美ちゃんにそう言われるとちょっとフクザツです。だって優美ちゃん…私より背高いから…。
「1年早くてもガキはガキだろ」
「べーだ」
「あ、あのね…。それを言うなら、優美ちゃんのひとつ下の子もそう思ってるんじゃないかな?」
優美ちゃんはしばらくきょとんとしてました。へ、変なこと言っちゃったかな…。
「そっかぁ、それもそうですね!」
「う、うんっ」
あ、今ちょっとだけ先輩らしかったかも…。
「それじゃ優美ちゃんにこれあげるね」
「わぁい、ニャンコのクリスマスカードだぁ」
「あ、いいないいなー。俺には?」
「え」
「こらっ、お兄ちゃん!」
早乙女くんの分は用意してなかったので、私はあわてて予備のカードを取り出しました。
「あの…、お好きなのどうぞ…」
「お、悪いねぇ」
「もう、図々しいんだから」
「それじゃぁ…これだ!ウキー!」
ほ、本当にそれでいいんでしょうか…。お猿さんのカード…。
「お兄ちゃん、自分からそれでどうすんの…」
「優美よ、世の中には敢えて道化を選ぶ奴だっているんだぜ。お前にゃまだわからんかな」
そ、そういうものなんでしょうか…。
「はーいはい。それじゃ先輩、またね!」
「んじゃぁな、良いクリスマスを!」
「は、はい。さよなら…」
なんだかんだで仲のいい2人を、私はしばらく見送っていました。私にもあんなお兄ちゃんがいたら、男の子苦手にならなくてすんだのにな…。
通りかかったクラスの友だちにもカードを渡します。みんな喜んでくれましたが、詩織ちゃんはまだでした。
「ふぅ…」
小さなため息に横を見ると、眼鏡の女の子がツリーのそばで休んでいました。人混みにあてられたのでしょうか。
「(如月さん…。どうしようかな、あんまり話したことないし…)」
私はしばらく迷っていましたが、今日はせっかくのクリスマスイブです。私は1枚のカードを手にすると、勇気を出して話しかけました。
「あの…、こんばんは」
「え…?あ、はい。こんばんは、何でしょう?」
少し驚きながら微笑む如月さんに、私はツバメの絵のカードを差し出しました。
「あ、あの…。メリークリスマス!」
「え、わ、私にですか?」
如月さんの眼鏡の向こうの目が丸くなりますが、カードは受け取ってくれました。
「ありがとうございます。お返しするものが何もないのが申し訳ないのですが…」
「い、いいです!そんな」
「優しいんですね…。だからお友だちが多いんですね」
「え?」
「あ、すみません。私ったら…」
そう言って少しうつむく如月さんは、そういえばひとりでした。みんな誰かとクリスマスを過ごしてるのに…。
「えと、あの…。誰かに話しかけてみたらいいんじゃないかと思います…」
如月さんの微笑みは少し寂しそうです。
「いえ、私は体が弱いですから…。迷惑がかかりますし…」
「あの、でも…。クリスマスカード、迷惑でしたか?」
「まさか、そんなことはないですよ。可愛い絵ですし」
「そ、それじゃ如月さんもそんな風に言うことないと思います」
あ、自分でもなんだか偉そうです…。私は言葉が続かなくなってしまいましたが、如月さんは少し考え込むと、優しい口調で続けてくれました。
「ありがとうございます…。そうですね、燕だって生きるためには海も渡るんですものね」
「は、はいっ」
ふと如月さんは会場の方へ目を向けました。見ると2人とはぐれたらしい沙希ちゃんが、きょろきょろとあたりを見回しています。
「それじゃ…。ちょっと行ってきます」
「は、はい。メリークリスマス」
「メリークリスマス。あなたの優しさに幸がありますように…」
如月さんに肩をたたかれた沙希ちゃんは、嬉しそうに話しかけました。
年に一度の聖夜に、すべての人に幸がありますように。
「あら、こんばんは」
「やあ愛君、楽しんでいるかね?」
「は、はいっ。こんばんは…」
鏡さんも伊集院さんと一緒のときは親衛隊の人たちもいないみたいです。そういえば私伊集院さんだけは平気なんです。なんでなのかな…。
「あの、招いていただいてありがとうございました」
「いや、つまらなく感じてる人がいると僕もホストとして失格だからね。思う存分楽しんでいってくれたまえ、はーーっはっはっ…」
「‥‥‥‥‥‥」
あれ、鏡さんがなにか複雑な表情です。何て言っていいのかよくわからないけど…。
と、2人とも忙しいらしかったので、私は急いでクリスマスカードを取り出しました。
「あの、これ、どうぞ」
「ほほう、たまにはこういう物もいいものだねぇ」
「ふぅん、これはあなたが描いたのかしら?」
「は、はい…。へたくそですけど…」
伊集院さんは喜んでくれました。
「ははははは…。ライオンか、百獣の王とはいやまったく僕にふさわしい」
「あの…、ポチ郎さんが可愛かったので…」
ポチ郎さんていうのは伊集院さんの家のライオンさんなんです。とっても可愛いんですよ。
「いやぁ、彼も君のことを気に入ってるようだからね。また遊びに来てくれたまえ、はーーっはっはっはっ…」
「は、はいっ…」
でも鏡さんは、あんまり嬉しそうではないみたいでした。
「白鳥ね…。少し地味だわ、孔雀とかの方が良くはなくて?」
「そ、そうですか?私は合うと思ったんだけど…」
「そ、そう」
少し気まずくなってしまって、思い出したように私は伊集院さんに質問しました。
「あの…、なんで学校中の人たち呼んだんですか?」
「は?」
鏡さんも顔を上げて伊集院さんを見ます。なんだか少し間がありましたが、ようやく照れくさそうに口にしました。
「その、なんだ…。大勢の方が楽しいだろう?」
そ…そうなんですか。
「…ぷっ」
「な、なんだね魅羅君!なにがおかしいと言うのだ!」
「いえいえ…。ごめんなさいね」
私もなにがおかしいのかよくわかりませんでしたが、つまらなそうだった鏡さんがなんだか嬉しそうでした。そうですよね、大勢の方が楽しいですよね。
「そ、それでは失礼するよ。いろいろと忙しいものでね」
「は、はい」
「それじゃあね、美樹原さん。カード、どうもありがとう」
「い、いえ…」
よかった、気に入ってくれたみたいです。だって鏡さんは綺麗だから…。
「それじゃ伊集院さん、楽しいパーティを続けましょ」
「なんだその言い方は、なにか棘があるぞっ」
メリークリスマス。楽しいクリスマスパーティに。
「めーぐっ」
「あ、見晴ちゃん…」
「やーっと見つけた。こんなとこで何やってんのよ」
「あやめちゃんも…」
私は2人に事情を話して、ツリーの側に腰を下ろしました。空になった私のお皿に2人がお料理を分けてくれます。
「そっか、イブだもんね。頑張ってね!」
「う、うんっ」
「人のことより自分の心配をしなさいよ」
「う、うるさいなぁっ」
「あ、2人にもカードあげるね」
大事にとっておいたカードを2人に渡しました。気に入ってくれるかな…。
「わぁ、可愛いんだ」
「愛ってこういう特技あったんだ」
「特技っていうか…動物だけだけど、どうかな?」
「いいんじゃない、サンキュ」
「うんうん!」
よかった…。にこにこしている私の前で、見晴ちゃんがあやめちゃんのカードをのぞき込みます。
「ふーん、馬?」
「サラブレッド」
あやめちゃんにはお馬さんのカード。なんでって聞かれると困るんだけど、なんとなく。
「えへへ、わたしのカード見たい?」
「いい、見当つくから」
「あーっ、ひどーい」
見晴ちゃんはコアラのカードをばたばたさせて文句を言います。だって他に、考えつきませんよね。
「そういえば見晴ちゃんは、彼は見つかったの?」
「もうばっちり!ちゃんとぶつかってきたよ」
「そ、そう」
いきなりあやめちゃんが見晴ちゃんの頭の輪っかを引っ張りました。
「『ばっちり』じゃないでしょーが!このバカっ!」
「いたたたた、痛いってば!あやめにはわたしのデリケートな気持ちはわかりませんですよーだ」
こういうとこ、イブでもどこでも変わらないですね。ずっと、変わらないといいな…。
「愛も!」
「は、はいっ」
にこにこしながら見てた私に、いきなりあやめちゃんが指を突きつけます。
「こんなところでぼーっとしてる暇があったら、自分からさくさく行動しなさいよ!まったくもう!」
「え、えと…」
「言うだけなら簡単だよね(ボソ)」
「なんか言ったっ!」
でも詩織ちゃんにここで待ってろって言われちゃったし…。離れたら、詩織ちゃん来たときに困っちゃいますよね。
「だいたいあんたは…」
「あ、あやめ。そろそろ行かない?」
え?
「何言って…。あ、そうね。じゃあね愛」
「ち、ちょっと…」
「ばいばーいっ」
なにがなんだかわからないまま、2人は行ってしまいました。どうしちゃったのかな…。
でもそのとき、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたのです。
「だから、向こうにもツリーがあったんだってば」
どきん
「言い訳は聞きたくありません!だいたい公くんは昔から…」
「言い訳ったって…」
どきん どきん
手の中には最後のカード。動物園から飛び出した、1枚だけのカード。
どうしよう…
「メグ!」
主人くんは済まなそうに頭を下げました。
「ごめん、すっかり待たせちゃって」
「い、いえ…そんな…」
どうしよう、あんなに準備してきたのに。
口にする言葉も考えて、何度も練習してきたのに。
「ほら、メグ」
詩織ちゃんが背中を押します。どうしようどうしよう。
「あ、あの…」
「え、ええと…。メリークリスマス!」
「は、はい。メリークリスマス…」
「あ!そのリボン可愛いね」
「え…あ…あ、ありがとうございます」
「美樹原さんてセンスいいんだね」
「あの…、つけてくれたのは詩織ちゃんなんです…」
「‥‥‥‥‥‥‥そう」
詩織ちゃんの手が怒りで震えています。あの、主人くんが悪いんじゃないの。私が悪いの…。
「ええと…」
きっかけがほしいって言ってたじゃない。年に一度のクリスマスパーティ。ツリーの下で私の前にあの人。こんなこと、もう二度とないかもしれないのに。
会場に、クリスマスキャロルが流れます。
神様、サンタさん、誰でもいいです。聖なる夜に、少しの奇跡を…。
リンリンリンリンリンリンリンリン…
どこからか鈴の音が聞こえてきました。誰…?
リンリンリンリンリンリンリンリン…
少しずつ、大きくなってきます。私の心の中に
リンリンリンリンリンリンリンリン…
聞いてみて 耳を澄ませて
リンリンリン…
「あ、あの…。これ、メリークリスマス!」
カードは主人くんの手に渡っていました。詩織ちゃんはにっこり笑うと、静かにその場を離れました。
「あ…」
鈴の音は止んでいます。そのまま固まってた私に、主人くんがあわててお礼を言いました。
「あ、ありがとう!いや、嬉しいよ…」
「い、いえっ」
主人くんがカードを開きます。私の心臓が止まりました。後悔が駆けめぐって、その場から消えたくなります。
「あ…ええと…、あ、ありがとう」
主人くんはやっぱり困ってるようで、私は顔を上げられませんでした。神様ごめんなさい、こんなの卑怯だと思います。
「ありがとう…。似てるよ。絵、うまいんだ」
「い、いえ…。その…そうじゃ…」
でも神様、どうか今日だけは大目に見てください
「うん…美樹原さんに似顔絵描いてもらえるとは思わなかったな。ありがとう」
「いえ…その…」
本当はちゃんと 言葉で伝えるべきだけど
今の私には、こんなことしかできないから
「ご、ごめんなさい。似てなくて…」
「え、そんなことないよ。可愛いよ」
ずっと見てきたあの人の絵で
どうか少しだけ 伝わってください
気づいてくれれば、なんて 卑怯かもしれないけど
でもどうしても この夜に何かをしたいんです
「大事にする。美樹原さん、今空いてる?」
「えっ…? は、はい…」
「それじゃ少し回ろう。まだパーティは終わらないみたいだから」
「は…はいっ!」
サンタクロースは魔法をかけます。ひとつひとつのカードに、ひとつひとつの想い。
手の中の動物園を飛び出して、あなたと聖歌を歌いましょう。
パーティも終わって、私はおずおずと近づきました。
「あの…。も、もし良かったら…一緒に帰りませんか?」
彼はにっこり微笑みます。
「うん、いいよ。もう遅いしね」
「は、はいっ…」
鈴の音を聞きましょう 星を渡る白いそり
手の中の動物園を飛び出して、すべての人への贈り物
サンタクロースが運んでくれる、ほんの少しのプレゼント…
<END>