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第12話 裁断される心

「では全員集まりましたので、曲を発表します」

 花歩のお土産の『玉ねぎパイ』を食べていた面々は、夕理の言葉に手を止める。
 久し振りに顔を合わせた九人の部員たち。
 それまでの歓談も止まり、緊張が部室内に走った。
 スマホを取り出した夕理も、いつもより少し固くなっている。

「曲名は『若葉の露に映りて ~growing mind~』」
(タイトルからして意識高そう……)

 嫌な予感しかしない立火だが、とにかく曲がないと何も始まらない。

「よし、心の準備はできたで! どんと来い!」
「何で音楽を聴くのに戦闘態勢なんですか……では再生しますね」

 夕理の指がスマホを押し、バイオリンの音色が部室に流れる。
 既に覚えるほど聴いていた小都子は、いくつもの箇所が変わっていることに気付いた。
 中には数小節分、がらりと雰囲気が変わったところもある。

(夕理ちゃん、あの後も頑張って改良してたんやなあ)

 これが100%の完成形。繊細で荘厳。夕理の全身全霊を込めた曲に、小都子はしばし浸っていた。
 二分間の曲が終わり、アウトロが静かに消えた途端――

「すごーい! これほんまに夕ちゃんが作ったん!?」

 真っ先に反応したのは勇魚だった。
 心からの賞賛を込めて、勢いよく拍手をしている。

「うち、めっちゃ感動したで! これならラブライブも優勝間違いなしや!」
「悪いけど、佐々木さんは何聞いても誉めそうやから当てにならへん」
「そんなあ」

 情けない顔をする勇魚の隣で、つかさがくすくすと笑みをこぼしていたが……
 とうとう堪えきれないように、大声で笑い出した。

「あっはは、マジで夕理って感じ!」
「つ、つかさ?」
「なんかさー、この前のPVで批判食らったから、少しは世間に迎合するのかなあって思ってたんやけど。
 逆にもっと我が道行ってるやん! それでこそ夕理やな」
「つかさ……!」

 夕理の顔がぱあっと晴れ渡った。
 つかささえ肯定してくれるなら、他の全てがどうでもいいとまで思えた。
 もちろんWestaの作曲担当としては、それでは駄目なのだけれど。
 そして隣の花歩は、複雑な顔で様子をうかがっている。

(うーん、少しくらいは迎合した方がええと思うけどなあ……)

 特に歌詞について、言い回しが難しすぎると何度も意見したのだが、そこは夕理のこだわり的に変えられないらしかった。
 ファンあってのアイドルが、我が道一本槍でいいのだろうか。
 現に花歩の目の前で、部長が反応に困っている。

「あー……あれやな、雰囲気的にモルダウとか大地讃頌って感じやな。合唱コンクールの」
「パクリって言いたいんですか!?」
「いやいや、そうは言うてへんやん。何カリカリしてんの……」
「……結局、良いんですか駄目なんですか」
「ま、まあ、ええ曲とは思うで、うん」

 珍しく煮え切らない立火に、夕理も小都子も一気に気分がしぼむ。
 もしかしたら奇跡が起きないか、と少し期待していたのだけど。
 やはり奇跡は起きず、三年生の好みには合わないようだ。
 立火はまだいい方で、桜夜はあからさまに不満そうな態度を見せている。

「い、いかがですか……」

 仕方なさそうに尋ねる夕理に、桜夜は拗ねた顔でそっぽを向いた。

「いかがも何も……どうせ私の言うことなんか聞く耳持たへんのやろ」
「一応、小都子先輩と花歩に事前に聞いてもらって、改良したのがこの曲です」
(私の意見は却下されたけどね!)と花歩が内心でツッコむ。
「なので、良い指摘があれば取り入れますが……」
「へー、なら言わせてもらうけど」

 ダン!
 机を叩く音に花歩と勇魚がびくりとする中、桜夜は大声で感想をぶちまけた。

「何やねんこのクソ真面目な曲!
 なんも面白ないわ! ファンのこと考えてんの!?
 ファンはもっと気軽に盛り上がりたいんや!
『イエーイ!』とか『ハイハイハイ!』とか言いたいんや!
 こんなんライブでやったってお通夜になるだけや!」
「はああ!?」

 さすがに夕理もぶち切れて、椅子を蹴って立ち上がる。

「盛り上がればそれでいいんですか!?
 そんなのその場限りで、すぐ消費されて忘れられるだけやないですか!
 私はそんな曲書きたくない、もっと人の心に残る曲を……!」
「あーはいはいご立派でございますね! その場の盛り上がりで何が悪いねん!
 楽しかったらそれでええやろ! アイドルってのはそういうもんや!」
「そんな安易な曲でいいなら、私が書く意味なんてない!」
「やっぱり私の話なんか聞かへんやないか! なら最初から『いかがですか』なんて言うな!」
「だ、だって、先輩のそれは意見やなくて……」

 夕理の声が徐々に途切れ、かすれるように小さくなる。
 うつむく顔は、泣き出しそうになるのを必死で堪えていた。

「全否定やないですか……私が連休を費やして作ったもの、全部……」
「う……」

 さすがに桜夜も口ごもる。
 この子が本当に一生懸命、曲作りに打ち込んでいるのは分かっている。
 どうしてその努力を、もっと世間受けする方へ向けてくれないのか……
 気まずい雰囲気が漂う中、冷たく切り裂いたのは晴の声だった。

「頑張ったで済むのは小学生までやって、この前自分で言うてたやないか」
「そ、そうですけどっ……」
「とはいえ部長、今から曲を作り直す時間はありません。
 まったく勝算がないわけでもありません。
 Westaのカラーには合いませんが、センターのキャラには合っているとも言えますし」
「せ、せやな。姫水や!」

 部員たちの目が、先ほどから穏やかに微笑んでいるだけの姫水へと向いた。
 彼女にセンターを任せることにしたのは連休前。
 こんな曲になるとは思わなかったが、確かに知的で優美な姫水には相応しいのかもしれない。

「どう? センターやれそう?」
「スクールアイドルのことはよく分かりませんが、音楽としては素敵な作品だと思います。任せていただけるなら全力で努めますよ」
「そっかそっか! 姫水のお披露目と考えたらバッチリやな! なあ桜夜!」
「まあ、別にええけど……」
「よし、これで決まりやな。ライブに向けて、この曲を全力で練習していくで!」

 最後は部長が強引にまとめて、何となく前向きな空気ができあがった。
 周りの一年生たちも安堵の息を漏らすが、夕理の沈んだ気持ちは戻らない。

(同じ部の三年生も感動させられへん曲が、観客の心に響くんやろか……)

 とはいえ今の自分にこれ以上の曲は書けない。自分もステージのメンバーとして、全力で届けるしかない。
 来週末に、嫌でも審判は下されるのだ。


 *   *   *


「さて、これから衣装を作るわけやけど!」

 立火は一年生を見渡してから、面目なさそうに声を落とす。

「実は私たちの誰一人として、衣装のデザインをやったことはないねん……」
『ええー!?』
「い、いや、去年の先輩に教わろうとはしたんやで?」

 驚きの声を上げる一年生に、桜夜が一生懸命弁解する。

「けどあの先輩、『私はセンスだけでやってるから教えるのは無理!』とか言うて、そのまま卒業しはって……」
「夕理ちゃんとは別の意味で芸術家肌の人でしたねぇ」

 小都子も苦笑しながら、気まぐれだった上級生に思いをはせる。
 作詞作曲振り付けデザインと何でもできる人だったが、かといって頼りすぎた結果が今の苦境である。

「ま、とにかく一度描いてみようやないか。やってみたら案外簡単かもやで。みんなノート出してー」

 部長の指示で、部員たちは鞄からノートと筆記用具を取り出す。
 例によって根拠のない自信を持った桜夜が、つかさに向かって親指を立てた。

「大丈夫! 私たちはオシャレさんやから、いい線行けるはずや!」
「ちょっ、勘弁してくださいよ。服買うのと作るのじゃ全然違いますよ」

 つかさにしてみれば、いきなり降ってわいた試練としか言いようがない。

(変なの描いたら、センスない奴って思われるやないか……)
(特にあいつから……)

 ちらりと見た先の姫水は、幼なじみと楽しそうに話している。
 その傍らでは花歩が浮かない顔だ。

「なんやお絵描き大会みたいでおもろいな!」
「そうね勇魚ちゃん、頑張りましょうね」
「二人とも前向きでええなあ……あの部長、何か参考になるものとかないんですか」
「他のグループの衣装を見たらええやん。ネットにいくらでも上がってるで」
「な、なるほど」

 花歩がスマホを手にしたところへ、首を伸ばした晴が釘をさす。

「ただし盗作だけはあかんで。全国大会に出るほどのグループですら、衣装の盗作がバレて炎上したことがある」
「うわあ、無意識に真似しちゃいそうで怖いんですが……」
「その時はパクリ野郎の汚名を一生背負うんやな」
「ひい! 衣装作りがこんなに恐ろしいものやったなんて!」
「脅さない脅さない。並べて描きでもしない限り、そっくりにはならへんて」

 苦笑してフォローした立火は、部員たちが席に着いたのを見て号令を下す。

「よし、今から20分間や。よーい始め!」


(どのグループも、こうして見ると凝ってるんやなあ)

『スクールアイドル 衣装』で検索した花歩が、スマホを見ながら感心する。
 普段あまり意識しないが、細かいところまで見ると色々工夫がある。
 リボン、ブローチ、ファー等々に加え、翼を付けたり人形を縫い付けたり。
 中にはちょっと際どい衣装もあった。

(いやいや、際どいのはあかんで。私たちは健全な高校生!)

 部室内には夕理の新曲がエンドレスで流れている。
 この曲に合うイメージも意識しないといけないのだ。

(タイトルが若葉の露に何とかやから……若葉のイメージ? こう葉っぱを敷き詰めたような……)
(って、そんなのどうやって作んねん。作りやすさも考えないと……)
「あと10分!」
(うわああああ!!)

 スマホを眺めている間に半分過ぎてしまった。ノートはまだ真っ白だ。
 とにかく人の形を書いて、リボンをくっつけて……といったことをしてみるが、子供の落書きにしか見えない。
 消しゴムをかけて書き直して、その間にも時間はどんどん経ってしまう。

「はいそこまで!」
「ま、待ってください! あと1分! 1分だけ!」
「あかんでー、こういうのは時間切れも含めて面白いんやから」

 楽しそうな立火に花歩が無駄な抵抗を諦め、全員が筆を置く。
 ノートを手にして、皆で輪になって座った。

「ほな一斉に見せるで。はいドン!」

 九冊のノートが一気に反転する。
 全員がしばし他人のデザインを眺めてから、まず桜夜が得意げに絵を掲げる。

「どや、この豪華絢爛な衣装! 曲がなんか地味やから、衣装だけでも派手にしたで!」
「何これ小林幸子?」
「最近紅白に出なくて寂しいもんやな、ってそんな話は関係なくて!」
「作るのに一か月くらいかかりそうやけど。ライブはいつやったっけ?」
「あ、あはは。それより立火のは何やねん!」

 立火のデザインはプロテクター的な、バトル物で装着してポーズを決めそうなものだった。
 これまた本人は得意げに解説する。

「こう、腕のここが盾になってやね。なかなか強そうやろ」
「誰と戦うんや誰と!」
「あのー」

 三年生のコントに、つかさがジト目で手を上げた。

「これ大喜利大会やったんですか? なら最初からそう言うてほしいんですが」
「ごめん! 真面目に考えてこれやねん!」

 そう言うつかさの絵に全員の視線が集まる。
 ファッション誌に載っていそうなイカしたデザインだ。

「初夏にふさわしい白ベースに、キュロットと合わせたコーデにしてみました」
「ふむふむ、センスはええけど……」
「これ私服やん」
「せやからいきなりアイドル衣装なんて無理ですってば!」

 つかさが悲鳴を上げた通り、実際描いてみるとかなりの難易度だった。
 他の面子のデザインも、一人を除けば似たり寄ったりだ。

「小都子はデザインも地味やなー」
「す、すみません……」
「晴のはなんや、工業製品か?」
「自分に芸術センスがないことが改めて分かりました」
「夕理……絵は下手なんやな……」
「悪かったですね! 音楽に特化してるんですっ!」
「勇魚のは着ぐるみやんけ。どうやって踊るんや」
「確かに! 考えてませんでした!」
「花歩のは上半身はともかく、下半身は何や。はんぺん?」
「時間が足りなかったんですぅぅぅ!」
「部長」

 一応ひととおり言及したところで、晴が結論を急がせる。

「茶番はそれくらいでええんやないですか。結果は誰が見ても明らかですし」
「せやな……」

 ノートを見せた時点で、既に全員分かっていた。
 姫水のデザインが頭一つ抜けていることに。
 妖精を思わせる上品な上着と、大きなネッカチーフ。
 そして腰に付けた飾り布は、緑色を使えば若葉のようにも見えるだろう。

「では姫水の案を採用ということで」
『異議なーし』
「恐れ入ります」
(もう全部こいつ一人でええんとちゃう?)

 微笑んでお辞儀する姫水に、つかさは渋い顔である。
 同時に小都子も、困ったような笑みを浮かべる。



「あまり姫水ちゃんにばかり頼ってると、来年が怖いですね」
「まあねえ」

 立火もそれには同意する。
 一年で東京に戻る――というのは姫水の精神状態次第ではあるが、戻る前提で準備はしておかないといけない。

「ま、そのために引継ぎやな。一年生は誰でもええから、姫水にデザイン力を伝授してもらうんやで」
(あ、それならあたしが……)
「はいはい! うちに任せてください! よろしく姫ちゃん!」
「うん、よろしくね勇魚ちゃん」
(……まあ、そうなるよね)
(ちぇ、何やねん……勇魚なんて、ファッションセンス全然なさそうやん……)

 ちらちらと姫水へ視線を送るつかさは、自分にもまたちらちら送られる夕理の視線に気付いていない。
(……つかさ?)
 さすがに夕理も、最近のつかさが少しおかしいことに薄々感づき始めていた。


 *   *   *


 配色についても姫水の意見が通り、必要な材料が決まった。

「では、私は布を買うてきます」
「おっ、頼むで」

 財布をポケットに突っ込んだ晴が、ステージに上がれない補欠二人をちらりと見て、部長に談判する。

「花歩と勇魚の分はいらないですよね。練習なら余っている布で十分なので」
「いやいや、そこまでケチらんでもええやん……」
「一円でも節約するのがマネージャーの役目です」

 またギスギスしそうな気配だったが、それを蹴り飛ばすように勇魚が元気な声を上げた。

「うちらのことは気にしないでください! 余りの布があるんやったらそれで十分です! ね、花ちゃん!」
「せ、せやなー」

 勇魚の無邪気な瞳に、花歩も同意するしかない。
 まあ本番で使えもしない衣装を作っても空しいので、練習用くらいで丁度いいのかもしれないが……。
 立火がすまなそうに二人に詫びる。

「ごめんな。いつか本番の舞台に立つ日まで、今は下積みやで」
「はいっ、うち頑張ります!」
「せや、勇魚も一緒に買い出し行ってみる?」
「ええんですかっ!」

 思わぬ提案に、裏方大好きの勇魚は顔を輝かせる。
 一方で晴はあからさまに嫌そうな態度だ。

「私一人で十分ですが」
「引継ぎも大事やってさっき言うたばかりやろ。お前も先輩なんやから、一年生の面倒はちゃんと見なあかんで」
「晴先輩晴先輩っ。よろしくお願いしますっ」
「はぁ……用件だけ済ませてすぐ戻るで」
「はいっ、どこのお店へ行かはるんですか?」
「戎橋筋や」

 話しながら部室を出ていく二人を、姫水が心配そうに見送っている。

(大丈夫かなぁ……あの冷たい先輩、勇魚ちゃんのこと傷つけないといいけど……)



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