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 三日間のテストが終わり、桜夜はゾンビのようになっていた。
 久々に集まった部員たちに、部長はいい笑顔で挨拶する。

「みんな、テストお疲れ様! あとは一か月後のラブライブまで一直線や!」
「あの、桜夜先輩の様子がおかしいんですが……」
「半年分くらいの頭を一気に使うたからな。ま、そろそろ復活するやろ」

 小都子の心配を軽く流し、立火の目は夕理へと向く。

「で、曲の方やけど……」
「作曲は昨日、テストが終わった後に完成させましたが……」

 と、夕理が机に置いたスマホから、バイオリンの音色が流れ出す。
 可愛らしい曲だが、歌声はない。
 曲と対照的に、夕理の表情は苦渋に満ちている。

「作詞は色々試行錯誤したものの、自分の満足いくものが書けそうにありません。無念ですが、今回は断念します」
「え、そうなの? やっぱりつかさソングになってまうん?」
「というか、それ以外を書いても薄っぺらくなってしまうというか……」

 当のつかさは苦笑いしていて、夕理は恥ずかしさと情けなさに下を向く。
 自分で決めたくせに、『ラブソングになんかしなきゃ良かった』と何度思ったことか。
 でも、これも一つの機会なのかもしれなかった。
 他人との合作を経験するための。

「となると、花歩と姫水が作ってるいう話やけど……」
「私の分はもう完成しています」
(うわ、やっぱり!)

 デジタルで書いていた姫水はスマホを取り出し、全員へテキストを送る。
 それを開きつつ花歩の胃が痛くなる。こっちはまだ半分しかできていない。
 さっそく読み始める部員たちに、立火も桜夜の肩を揺らす。

「おーい、お前のセンター曲ができたでー」
「え、私の!?」

 生き返った桜夜が、生気のいい顔で歌詞を読んでいく。

『キミの瞳を 釘付けにするMagic
 恋する乙女の アツアツのスマイル
 ねえ 可愛いでしょう?
 耳元でささやくの 抵抗はしないでね Supreme Love』

「ええな! 私の乙女心にズキュンときたで!」
「これ歌うのこっ恥ずかしいな……。いやまあ、歌詞としてはええと思うで」

 三年生たちの評価に、姫水はいつもと変わりなく微笑む。

「やっぱり桜夜先輩がセンターですよね。そういうイメージで書きました」
「まあ、テストの結果次第なんやけどな」
(誰になるにせよ、この歌詞でないと私が困るんです……)

 これくらい勇魚のイメージとかけ離れた詩でないと、平常心で歌うことができない。
 そのために夕理を煽ったりして、正直自己嫌悪もあるけれど。
 他に方法が思い浮かばなかった。

 その勇魚は事前に意見を求められて読んでいるので、にこにこしながら部員たちの様子を見ている。

(これなら大衆受けしそうやな。この前の夕理とは大違いや)と晴。
(悪くはないけど……やっぱり、藤上さんの顔が見えてこない。言いがかりになるから言わへんけど)と夕理。

 そしてつかさは、自分の感情に戸惑っていた。

(あれ……あたし、藤上さんのこと好きになったんだよね?)

 なのに衣装の時と同じく、イラっときてしまった。
 こいつ作詞もできるのかよ、と。
 友達になりたいなら誉め言葉の一つも吐くべきなのに、全くそんな気になれない。
 代わりに以前からの気持ちが、相変わらず残っていることに気付く。

『彼女に、マウントを取られたくない――』

(って、何やねんあたし! ひねくれ過ぎやろ!)
(と、とにかく日曜のユニバや。あそこで一緒に遊べば、誰だろうと仲良くなれるはず……)

 歌詞そっちのけでそんなことを考えているつかさを除き、部員全員に好評だった。
 このまま決まりそうな雰囲気だったが、そこは部長がきちんと押し留める。

「あとは花歩の歌詞を待つだけやな。楽しみにしてるで!」
「あの、締め切りはいつでしょうか」
「え?」

 思いつめたような花歩に、立火は慌てて手を振る。

「いやいや。まだ時間はあるんやし、そう焦らへんでも……」
「でも、いつまでもお待たせすることはできませんし! ラブライブ本番ですし! 締め切りまでに絶対完成させます!」

 スクールアイドルの作詞は早さも重要だ。
 一日完成が遅れれば、練習も一日減るのだ。
 どんなに良い歌詞だろうと、一週間も二週間もかかったのでは意味がない。

 立火もそれは知っているので、花歩の覚悟を受け止め重々しく言った。

「分かった。今日と明日の部活中、花歩は練習せずに作詞に専念してくれ。
 それで間に合わへん場合は、悪いけど姫水のを採用するで」
「は、はいっ! 承知しました!」

 一秒も惜しいかのように、花歩は部屋の隅へ行き、机にノートを広げて作業を始めた。
 進むカウントダウンの中、最も付き合いの長い友達は心配そうに見守る。

「花ちゃん……うちに手伝えることはないんやろか……」
「勇魚ちゃん、これは花歩ちゃんの戦いやで」

 いつの間にか近くにいた小都子が、優しく後輩に諭す。

「誰だって自分が欲しいもののため、一人で戦わなあかん時もあるんや」
「ううっ。うちは見てるしかできひんのでしょうか」
「そやね。それに勇魚ちゃんも、いつかはそういう時がくるよ」
「……うちに欲しいものはないし、戦うのは苦手です」
「今はそうでも、いつかね」

 先輩からそう言われても、勇魚は実感が持てなかった。
 姫水と花歩、どちらが選ばれてほしいかなんて、勇魚は考えたくもない。
 友達みんなに幸せになって欲しいのに……。


 *   *   *


『恋愛経験はないけど、気持ちを想像して歌ってみました!』

 あるいは

『彼氏はいないけど、私はラブライブに(or 仲間や学校に)恋をしてるんです!』

 スクールアイドルがラブソングを歌う際の、割と定番の言い訳である。
 花歩が参考にしようとネットを巡回した時も、そんな説明をよく見かけた。
 あのμ'sもそうだったと聞く。

 そして、それに対する批判も定番である。

『ならわざわざラブソングを選ぶな!
 本気で誰かを好きになったこともない奴が、どの面下げて”あなたが好き♪”とか”胸がキュンキュン♪”とか歌ってんねん!
 嘘っぽいんじゃ!』

 花歩としてはどちらの言い分もわからなくもない。
 自分も小学生の頃は好きな男の子がいた気もするが、よく覚えていないし、嘘くさい歌詞しか出てこない。
 恋に恋する気持ちはあるのだけれど……。

「ようやくテストが終わったのに、何でまた机にかじりついてんねん」

 呆れ顔の芽生に、あはは、と力なく笑う。

「ほんま、余計で無駄な苦労やなって自分でも思うよ」

 花歩が余計なことをしなければ、姫水の歌詞で今日から練習に入れた。
 二日間も遅らせて、そうして完成したところで、結局は姫水の方が採用されるのだろう。
 それでも、やるしかないのだ。
 姫水にばかり頼るのは、やはりどうかと思うし。

(あーでも、やっぱり恋とか分からへん!)
(部長をイメージしたら書けるかなあ……部長なら許してくれるよね……)
(例えば夕日に赤く染まる砂浜で……まあ泉州か和歌山行かないとないけど……)
(部長と私が追いかけっこしたりとか……)

『あはは、部長待ってくださーい……ぜえはあ』
『まだまだ体力不足やな! 私を追い越すくらいにならなあかんで!』
『はい、私頑張ります! あの夕日に誓って!』

「って、何で熱血ドラマやねん!」
「花歩あんた疲れてるんや……もう寝たら?」
「いや時間がないねん! 芽生、なんかときめくシチュエーションない!?」
「うーん、海遊館でデートして」
「おっ、定番やな」
「ジンベエザメを見上げる花歩の肩に、あの人の手がそっと回され」
「う、うん」
「優しく抱き寄せながら、イケメン顔で『花歩と一緒に見られて良かった』とか」
「きゃー!」

 恥ずかしさに身もだえしそうになりながら、しかしそんな場合ではない。この気持ちを歌詞にするのだ。

「な、なんか書けそうな気がしてきた! ありがと芽生!」
「どういたしまして」

 妹に見守られながら、再びノートと格闘する。
 一人だけ追試を受けている気分だった。
 何も持たない、将来の夢もない、0点の自分に必要な試験。
 赤点にするわけにはいかない!


 *   *   *


 翌日。
 体育祭の準備で一時間ほど遅れた小都子が部室に来ると、花歩が追い詰められていた。
 血走った眼で鉛筆をかじりながら、ようやく思いついた語句をノートに書き留める。と思ったら消す。
 中間テストでも、ここまで必死になった生徒はいなかっただろう。
 さすがに不憫になって、ボイトレ中の部長に話しかける。

「あの、もう少し締め切り伸ばせませんか」
「あいつがやる言うたんや。女と女の約束、軽くは扱えへん」
「相変わらず男らしいですね……」
「というか自分かて、花歩一人の戦いやーとか言うてたやないか」
「き、聞こえてたんですか。ううっ、恥ずかしい」

 時間は砂粒のように落ちていく。
 花歩は気ばかりが焦っていく。テストがダメダメだった時の、刻一刻と終了時間が迫る、あの感覚だ。
 文字自体はすでに全部埋まっていた。
 でも、これが正解とは思えない。もっと正しい単語が、相応しいフレーズが、どこかにあるはずなのに。
 他のグループの作詞担当たちは、それをどうやって見つけているのだろう……。

 下校十五分前のチャイムが鳴った。

(ここまでや……)

 下校時刻ぎりぎりに出して、みんなを残業させるわけにはいかない。
 作業時間も含めて今の実力なのだ。
 立火がちらちらと様子をうかがう中、花歩は鉛筆を置き、深呼吸してから言った。

「完成しました」
『!』

 机の上に広げたノートに、部員たちが集まってくる。
 改めて、ラブソングの歌詞を皆に見られるなんて、とんだ公開処刑である。
 けれど、その程度乗り越えられなければ、ラブライブで歌ってもらえるわけもなかった。

「あちこち書き直してるので、読みづらくてすみませんけど……」

『あなたが立ち向かうのは 山よりも大きな壁
 それでも笑顔を忘れずに 前を向くあなたが好き
 力強く意思を 秘めたその瞳に 私の心は吸い込まれそう
 あなたの隣で 追いかけたいの 一緒に夢を』

 状況にデジャブを感じつつ、小都子が困ったように言う。

「あのね花歩ちゃん。これ全部、立火先輩のこと……」
「いけませんか!?」
「開き直った!?」

 仰天する一同の前で、花歩は拳を握って絞り出すように叫んだ。

「わっ……私の気持ちは、ただの憧れかもしれませんけど!
 でも一番恋に近いのは、やっぱり部長への気持ちなので!
 それをそのまま書きました! 何も恥じることはありません!」

 と言いながら、その顔は恥ずかしさで真っ赤になっている。
 つかさがニヤニヤ笑いながら、立火の肩にぽんと手を置いた。

「部長さん、罪な女っすねえ」
「いやいや、こうまで憧れてもらえて嬉しいで。先輩冥利に尽きるってもんや」
「うわ、華麗にさばいた!」

 そして夕理は、少しだけ花歩を見直した。
 恥も外聞も捨てて、自分に足りないものを補おうとした姿勢に。
 もっとも歌詞自体は稚拙すぎて、到底認められるものではないけど。
 心情的には花歩を選びたいが、音楽に真剣である以上は姫水を選ばざるを得ない。

 一方で技術の良し悪しなんてわからない桜夜は
(いやー、初々しくてええ歌詞やなー。ほんま花歩って可愛い)
 と読みながら考えていたが、あることに気付いて慌ててノートから飛びすさる。

「ちょっ、やっぱりあかんわ! 花歩には悪いけどボツ!」
「え……」

 覚悟していたとはいえ、実際言われるとやはりショックだった。
 いつも可愛い可愛いと言ってくれる桜夜の目にも、没にされるレベルだったのかと。

「そ、そうですよね。姫水ちゃんに比べたら駄目すぎますよね……」
「い、いや、そういうことやなくて……だって私がセンターで、こんな曲歌ったら……」

 桜夜の顔が赤くなっていく。
 口にするのも恥ずかしいが、言わなければ伝わらないので、仕方なく叫んだ。

「まるで私が、立火のこと大好きみたいに思われるやないか!!」
「あ゛」

 全員が『あ』と気付く中、とっくに気付いていた晴が、広報の立場から提案する。

「ええやないですか、ラブライブ本番で告白したって話題になりますよ。票のため犠牲になってください」
「なるかアホ! とにかく無理! 姫水の歌詞でよろしく!」
「うーん、しゃあないな。花歩、今回は残念やったけど」
「は、はい。あはは……」

 かくして花歩の何日もの努力は、わずか数分間で水泡に帰した。
 それでも単に下手と言われるよりは、体のいい理由ができて良かったのかもしれない。
 桜夜にそんなつもりはないだろうけど。

 夕理が近づいてきて、花歩に反省の弁を述べる。

「やっぱり身近な人物を題材にするのはあかんな……」
「せやね……」

 スクールアイドルのラブソングなんて、少し嘘っぽいくらいで丁度いいのかもしれない。
 本物の恋なんて歌詞にしたら、たぶん生々しくて仕方ないのだろう。

「で、姫水の歌詞はなんてタイトルなの?」

 気を取り直して明るく尋ねる桜夜に、姫水が流暢に曲名を述べる。

「『Supreme Love』。最高の恋ということでいかがでしょう」
「え? シュークリームラブ?」
「そういうボケを期待していました」
「姫水もノリが分かってきたようやな! もう予備予選はトップ間違いなしや!」
「そんな簡単なわけないやろ。そもそもテストの結果はどうなんや」
「き、今日返ってきた分は赤点は免れたで。叶絵大明神のおかげで」
「後で何かおごっとけよホンマに」

 話している間に18時のチャイムが鳴る。
 部長が解散を告げ、皆が部室を出ていく中、花歩は内心で溜息をついた。

(結局、みんなの練習を遅らせただけやったなあ……。あれ、ノートどこ?)

 回収しようと見渡すと、勇魚が立ったまま熱心に読んでいる。

「い、勇魚ちゃ~ん。そろそろ返してほしいんやけど……」
「あ、ごめんね! あのね花ちゃん!」
「うん?」
「ええとね、ええと……」

 勇魚がうまく言葉にできないのは、以前からよくあったことだ。
 返事は急かさず、受け取ったノートをしまおうと、後ろを向いて鞄を開けた時だった。
 親友が肉体言語に訴えてきた。
 具体的には、花歩の背中に抱き着いてきた。

「い、勇魚ちゃん?」
「花ちゃんはすごいと思う!」



 背中越しでも、勇魚が笑顔なのが何となくわかる。
 そう言ってくれるのは嬉しいけど。
 でも即行で没になるような歌詞を作っただけなのになと、苦笑いが浮かぶ。

「勇魚ちゃんは何でも大げさに誉めるんやから」
「そういうのとちゃうねん! とにかく花ちゃんはすごくて、すごいから、ええと……。
 あーもう! やっぱりうちに作詞は無理や!」

 語彙力のなさを露呈しつつ、それでも気持ちを表す表現を探して……
 たどり着いたのは、ずっと大好きな静岡のスクールアイドルの言葉だった。

「そっか! 花ちゃんは0から1へ進んだんや!」
「……0から、1へ」

 その表現は、花歩の心にすとんと届いた。
 そうか。少なくとも0ではなくなったのだ。
 曲がりなりにも、一つの歌詞を完成させたことで。

「うち、花ちゃんの友達でいられて嬉しい!」
「うん……ありがとう、私も嬉しいよ」

 抱きしめられた手に、自分の手を重ねる。
 二年前に出会ってからずっと、普通に友達を続けてきたけれど、今さらながら実感する。
 頑張った歌詞が採用されず、全ての努力が無駄に終わった時……
 こんな風に言ってくれる友達の存在が、どれだけありがたいことか。

 そんな二人を優しい目で見ながらも、姫水は困ったように隣の部長を気遣う。

「二人とも、先輩が鍵閉められないから……」
「まあ、もう少しええやろ」

 四人だけが残った部室で、まだ抱き着いてる勇魚の姿に、立火は小声で姫水に耳打ちした。

「それとも、少し複雑な気分?」
「まさか。この程度で嫉妬していたら、切腹しないといけませんし」

 なんで武士やねん!というツッコミ待ちなのだろうか……と立火が悩む間もなく、姫水も小声で言葉を続ける。

「それに私、最初から花歩ちゃんのことは、少し特別に思ってました」
「え、そうなん? それは詳しく聞きたい話やな」
「ふふ。そう大仰なことではないんですが、いずれ機会がありましたら」

『できれば貴方には、貴方にだけは聞いてほしくない』

 転入してきた日の朝、バスの中で言ったことを、花歩はどう思ったのだろうか。
 いつか本当のことを話せるようになったとき、許してもらえるといいのだけれど。
 でも……

『姫水ちゃん、どっちが勝っても恨みっこなしやで!』

 一か月も経たないうちに、そんなことを言われて、それを実現されるとは思わなかった。
 このペースで三年生になったら、花歩はどんな女の子になるのだろう。
 その時には自分はいないかもしれないけれど……と思いにふけったところで、勇魚がようやく手を離す。
 急いで出口へ向かう二人を見て、姫水は一歩早く廊下へ出た。


 *   *   *


 にこにこして隣を歩く勇魚を、花歩は改めて注視する。本当に、いい子だと思う。
 だが、そんな勇魚をウザがっている友達が一人いる。

(まあ、そっちはそっちで気持ちも分かるんやけど……)

 それでも、どちらも大好きな友達なだけに、そろそろ何とかしたかった。
 校門を出たところで、花歩は心の中で決意した。


(日曜のUSJで必ず……)
(勇魚ちゃんと夕理ちゃんを、仲良くさせてみせる!)


<第14話・終>

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