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※『ハリー・ポッターと賢者の石』のネタバレを含みます。


 ミニオンズと怪盗一家の騒動に付き合った後、勇魚と並んで出てきた夕理は疑問を呈する。

「あのおじさん、なんで関西弁やったん?」
「うーん、元の英語でも方言なんやろか。ねえ姫ちゃん……」

 振り向いて尋ねようとした声が途切れる。
 つかさがごまかし笑いを浮かべながら、姫水に再度謝っていた。

「さ、さっきはごめんねー」
「もういいから」

 素っ気なく返して、姫水は花歩と何か話し始める。
 一人あぶれたつかさは、表面上はにこにこしながら、内心ではどん底だった。

(終わりや……)
(変態セクハラ女と思われた……)

 お友達から始めるつもりが、なぜこんな事になってしまったのだろう。
 いや、完全に自業自得なのだけれど……。

 少し前では、勇魚が夕理の隣で嬉しそうにしている。
 自分と違って、あちらは上手くいったようだ。

(……言うても、夕理はだいぶ疲れてそうやな)

 いくらスクールアイドルの話でも、一時間以上他人と話すのは、単純に慣れないのだろう。
 それでも、交流を広げるため夕理なりに頑張ったのだ。
 まだ会って一か月半の勇魚には、察しろというのも酷な話だけど。

(あたしが、どうにかするしかないか)
(あたしのユニバは大失敗に終わったけど……)
(せめて夕理には、楽しんで帰ってもらわへんと)

 誰にも見られないように軽く両頬を叩き、足を速めて四人に並ぶ。
 花歩たちは次に行く場所の話をしている。

「ウォーターワールドが休みなのが辛いなー」
「ファイナルファンタジーとセーラームーンは、私も元作品を知らないわね」
「うちらプリキュア世代やもんね!」
「あ、あのさ」

 つかさの声に振り向く視線が――姫水の目が冷ややかなように、被害妄想気味のつかさには映る。
 何とか空元気を出し、用件を伝えた。

「あたし、見たいのがあるんやけど」



「――わ!」

 始まったパフォーマンスに、夕理の目は一瞬で釘付けになった。
 三人のヴァイオリニストが、軽快に歩きながら弦を鳴らしている。



『ヴァイオリン・トリオ』

 路上で行われる、一流パフォーマーによる生ライブ。
 洋楽ナンバーの音色が流れる中、周囲を取り囲む観衆の一隅で、夕理は立ったまま聞き入っていた。
 隣では勇魚が同じような様子で。
 そして少し後ろで、花歩が小声でつかさに話しかけた。

「そ、そっか。これなら夕理ちゃんにも――」
「楽しんでもらえるやろ? これだけは外せへんって思っててさ」
「くっ、夕理ちゃんと仲良くし隊の私が気付かへんなんて」
「あはは。まあ、半年くらい付き合えば分かるようになるって」

 夕理は割と分かりやすい子やからね、と内心で呟く。
 姫水と友達になるどころか、完全に嫌われてしまった現状でも。
 純粋に目を輝かせている夕理を見れば、幾分か救われた。

 そんな自分を、姫水が少し優しい目で見ていることに、つかさは気付かない。


 *   *   *


 時刻は三時半。
 さすがに皆の足も疲れて、ベンチに座って一息つく。

「後はハリポタで最後にしよか」
「せやね! パレードもあるしね!」

 つかさの案に勇魚はうなずくが、花歩はまだ名残惜しそうだ。

「ええー、早すぎない? ハリドリは? ジョーズは?」
「今から並ぶのも辛いやろ。また来たらええやん」
「あの」

 と、珍しく姫水が願望を言った。

「USJといえば客いじりがあるんでしょう? 少し興味があったんだけど」
「あ、ターミネーターね……」
「ないとは思うけど、万一夕理ちゃんに当たったら大惨事やからなあ」
「ちょっと花歩、どういう意味や」

 ヴァイオリンの余韻に浸っていた夕理が、現実に戻って抗議する。
 ターミネーター自体は座って見るショーだが、その前座で主任の『綾小路麗華』による毒舌客いじりがある。
 といっても夕理は知らないので、とりあえずで抗議したのだが……。

「なら試してみよか。勇魚、綾小路さん役で夕理と話してみて」
「え、うちが!?」

 仲良し作戦に少しは協力しようと、つかさがいきなり無茶振りした。
 女優の幼なじみの前で恥ずかしい勇魚だが、たどたどしく演じ始める。

「み、皆さまようこそサイバーダイン社へ! そちらのリボンのお嬢様、どちらからいらっしゃいましたの?」
「大阪や」
「あらまあ大阪! また近い所からいらっしゃいましたわねえ、あーつまらない」
「大阪がつまらないのは私のせいとちゃうわ! 何やねん失礼な!」
「うん、確かに大惨事ね」

 姫水が深く納得し、ターミネーターは選択肢から消えた。
 結局、しばらく足を休めてから、先にお土産を買うことにした。
 閉園間際は混雑するので、早目に買っておくのがコツなのだ。


「先輩たちには全員からお菓子でいいかしら」
「せやね」

 姫水とつかさに皆も同意する一方、夕理だけは少し心配そうだ。
 先ほどからつかさは、姫水とはこんな事務的な会話しかしていない。
 もう完全に諦めてしまったのだろうか……。

「ね、ねえ、つかさ」
「せや夕理。丁度ええから、花歩の誕生日プレゼントも買うたらええやん」
「あ……うん」

 実はその件はずっと悩んでいた。何を贈ればいいのか全然思いつかなくて。
 また助けられてしまった。
 嬉しさと心苦しさの混ざる前で、花歩がへらへらと笑っている。

「えー、なんか悪いなー。無理しなくてええからねー」
「そんな緩んだ顔で何言うてんねん。ええと……何か欲しいものある?」
「花ちゃんはスヌーピーが好きやで!」

 花歩には少し離れててもらって、残る四人でスヌーピーグッズを物色する。
 明後日の誕生日には、花歩の鞄はスヌーピーまみれになるはずだ。

「あとは汐里にミニオンと……晴先輩にもお土産買わな! ねー夕ちゃん、晴先輩は何なら喜ぶと思う?」
「あの人は何も喜ばないと思う」

 正直に返される回答に、勇魚は困ったように笑う。
 実のところ勇魚自身もそんな気はしている、けど……。

「でも先輩のおかげでテストも手応えあったし、ダメ元で渡してみる!
 夕ちゃんは小都子先輩に何かあげへんの?」
「こ、買うた方がええんやろか。何なら喜んでもらえるのか分からへん……」
「小都子先輩は逆に、何でも喜んでくれると思うで!」
「う、うん……せやな」

 結局勇魚は砂時計つきのマグネットを、夕理はメモ帳を購入した。
 それを見て、花歩も自分の分を物色する。

(芽生へのプレゼントと……部長にもお土産買おうかなあ……)
(それにしてもUSJの物価ってほんま高いな! 千円以上のばっか!)
(何かのお返しでもないのに、お土産で千円以上は重いよねえ……)

 何とか三桁価格のキーホルダーを見つけて、それを買った。
 一方のつかさは贈る相手もなく、手持ち無沙汰に店内をふらふらしている。
 友達はユニバに行き慣れた子ばかりだし、特に親しい先輩もいない。
 店の反対側で、姫水が興味深そうに棚を眺めている。

(藤上さん……)
(仲良くなれてたら、お土産交換とかしたかったのにな……)

 ぐす、と泣き出しそうになる顔を慌てて押し留める。
 正直帰りたいが、遊び人の名にかけて、最後まで皆を楽しませないといけない。
 いつもの器用な顔を作ったところで、会計を済ませた夕理が戻ってくる。

「なんか店員さんに馴れ馴れしく話しかけられた……」
「あはは、ま、ユニバはそういうとこやねん。みんなも買い忘れはもうない?」

 集まってきた他の三人も同時にうなずく。
 東の方向を指さし、つかさは高らかに宣言した。

「ほな行こか。本日最後の目的地、ホグワーツ城へ!」


 *   *   *


『ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター』

 4年前に450億円かけて作られた、ハリーポッター世界を再現したエリアである。
 混雑日は整理券が必要だが、今日はフリー入場だった。

 入口まで、森の中の道を結構歩くのが雰囲気をかき立てる。
 そこを抜けた瞬間、さすがの夕理も思わず感嘆の声を上げた。

「へえ……!」

 ここは魔法使いの住むホグズミード村。
 雪が屋根を覆う欧州風の民家が並び、別世界のような空間を作っている。
 右手に鎮座する大きな汽車は、作中でハリーが魔法学校へ行くとき乗ったものだ。
 花歩が自分のことのように得意になっている。



「やっぱり初めて見ると感動するよね! 私も魔法で記憶消してほしいなー」
「か、感動ってほどとちゃうわ。でもまあ……大した凝りようやな」
「せやろー? 姫水ちゃんももっと感動してよ~」
「してるわよ。素晴らしい再現度ね。入場者数が増えたのも分かるわ」
「ね、ね、お城行こ! そっちも感動するから!」

 勇魚に引っ張られ、客でごった返す村の中を歩く。
 すぐに、その姿は見えてきた。
 湖に面してそびえ立つ、高さ46mのホグワーツ城が。

「……ふうむ」
「あはは、何やねんその反応は」
「いや、お金かかってんねんなあって……」

 笑うつかさに、夕理はそんな言葉しか返せない。
 無節操なテーマパークだが、このエリアだけは評価してあげてもいいと思う。
 だが、素晴らしいエリアということは、来る客も多いわけで……。

『フォービドゥン・ジャーニー 90分』

 既に疲れている夕理は、その待ち時間を見るだけで気が滅入る。
 だがつかさの方も、そのまま並ばせるつもりはなかった。

「こっからはチキンレースやで。
 日曜夜は遠くから来た人は帰るから、待ち時間はどんどん減っていく。
 かといって粘りすぎると、八時のパレードが見られなくなる。
 とりあえず六時くらいまでは夕ご飯食べてのんびりしよか」
「そ、そんなテクがあるんやな! うち、前に来たときは二時間並んだで!」
「勇魚はもっと要領よくならないとねー」

 とりあえず、ホグワーツ城を背景にパシャリ。



 杖の店や魔法用具の店を回りつつ、レストラン『三本の箒』へ向かう。
 ここも少し並んでいた。

「姫水ちゃんは、やっぱりハリポタは全制覇してるん?」

 つかさが聞くと思ったのに聞かないので、花歩が尋ねる。

「映画は一応ね。最近忙しくて、スピンオフまでは追えてないけど」
「そっかー。私は最初のは見たけど、結構怖くてその後は見てへんねん」
「割と暗い雰囲気も多いものね」
「うちは途中まで見たけど、長すぎて最後まではついてかれへんかった!」
「あたしもそんな感じやなー。結局名前を言うたらあかん奴って倒したん?」
「うーん、さすがにそれは自分の目で確かめましょうね」
「あ、あはは、せやね」

 姫水と話す気はないのに、うっかり姫水しか答えられないことを聞いて、つかさは気まずく口ごもる。
 夕理から見ていると痛々しさしかない。
 なのにつかさは明るい顔を作って、そのままお鉢を回す。

「夕理はどうなの?」
「小説の一巻は読んだ。面白いことは面白かったけど、最後の校長が気に入らへんからそれっきり」
「まあ、あの加点は未だに議論になるところね」

 困り笑いを浮かべる姫水に、他の三人も展開を思い出す。
 第一作『賢者の石』のクライマックス。主人公の属するグリフィンドール寮は、ライバルのスリザリン寮に素行点で水をあけられていたが……。
 賢者の石を巡る主人公たちの活躍と、一人の少年の地味な行動に、ダンブルドア校長が次々と点を入れた。

『敵に立ち向かうのは勇気がいるが、友達に立ち向かうのはもっと勇気がいる』

 その言葉は、今の夕理も少し身につまされる。
 結果としてグリフィンドールは大逆転し、めでたしめでたしという顛末だ。
 花歩と勇魚は、あの話運びに感心した記憶がある。

「私は上手い展開やったと思うけどなー」
「ああせえへんかったら、ネビルくんはいたたまれないままやったし! 立派な校長先生やと思うで!」
「そこは別にええねん。スリザリン生が気の毒すぎるだけや」
「まあ、嫌味なスリザリンが痛い目に遭うことで、物語的なカタルシスを得るところだものね」

 姫水のごもっともな解説に、夕理は苦虫を噛み潰す。

「嫌われ者やったら何されてもええんか!」
「うーん、そっちに感情移入しちゃったかー」
「べ、別にそんなんとちゃうけどっ」

 つかさの指摘に、夕理はぷいと顔を背ける。
 現実の教室で嫌われ者で、組み分け帽子は即スリザリン行きを言い渡しそうな自分。
 なのにこの四人は今日一日、嫌な顔もせず一緒に回ってくれた。
 全員が楽しい思い出を持って帰ってほしいけれど……。


 皿の上には小さいポークリブとスモークチキン、そして皮付きトウモロコシが丸々一本。
 ホグワーツ城を望むテラスで、早目の晩餐が始まった。
 つかさは姫水と遠い対角線上に座り、目も合わせようとしない。

「夕ちゃん夕ちゃん! トウモロコシは好き!?」
「普通……」
「レストランで丸かじりするって面白いよね!」
(ちょっと鬱陶しいな……)

 顔に出てしまったのか、勇魚はうっと息をのむと、話し相手を姫水に変えた。

「ひ、姫ちゃんはディズニーランドで何食べたん?」
「ドナルドのハンバーガーだったかな」
(……ごめん佐々木さん)

 今日、頑張って距離を縮めようとしてくれるのは分かっている。
 ウザくならないよう、勇魚なりに気を使ってくれてもいる。
 だが今の夕理は、とにかくつかさが心配だった。

「つかさ、ちょっと付き合って」
「ん? 別にええけど」
「あ、夕ちゃんトイレ? ならうちも……」
「佐々木さんはいいから!」

 思わず大声を出してしまい、勇魚はしゅんとなって座り直す。

「そう……」
(ほんまにごめんなさい!)

 内心で必死に謝りながら、夕理は早足で歩き出した。


 *   *   *


「あれ、トイレとちゃうの?」

 テラスの端の方、空席が並び、陰になっている場所につかさは連れていかれる。
 ついでにメイクを直そうと思ったのに……と右手のポーチを眺めるつかさに、夕理は思いつめた顔で言った。

「このままでええの!?」
「ええのも何も……」

 何に関してかは言われずとも分かり、つかさは気まずそうに目を逸らす。

「藤上さん、あたしなんかとは話したくないと思うし……」
「考えすぎやって! 謝ったのにしつこく怒る人とちゃうやろ!?」
「冷静に考えたら、藤上さんが好きなのは勇魚みたいなピュアで一生懸命な子やし……。あたしみたいなチャラくて下品な奴なんて、根本的に好みじゃないに決まって……」
「つ、つかさにも良いところは一杯あるから!」
「あのさ夕理」

 湖面に映るホグワーツ城の傍らで、つかさは曖昧な笑みを浮かべた。

「協力する気満々みたいやけど、そういうのいいからね? 別に頼んでへんやろ」
「あ……」
「い、いや、迷惑とかとちゃうで!?」

 絶望で目の前が暗くなる友達を、つかさは慌ててフォローする。

「だって、夕理に協力させるって……客観的に見て、あたし酷くない?」

 そう言って、困ったように視線をさ迷わせている。
 自分のことを好きな女の子に、他の女の子と仲良くなるのを手伝わせる。
 それは確かに、客観的に見れば外道の行いだろう。
 でも、夕理はそれでも役に立ちたかった。
 少しでもつかさにとっての存在意義を得たいという、浅ましい考えかもしれないけれど……。

「とにかく、余計なことしなくていいから」
「う……うん……」

 何の成果もなく席に戻ると、花歩がスマホを見て嘆いている。

「待ち時間、なかなか減らへんなー」
「うーん、パレードのある日は厳しいかな。ま、もう少し粘ろ」

 そう答えて席に着こうとするつかさを、夕理の手が押し留めた。

「つかさ、席替わらへん?」
「え、何で」

 夕理の席は、つまりは姫水の正面だ。
 言ってるそばから……と呆れるつかさの目を直視できず、うつむいたまま言う。

「そ、そっちの方が湖に近いし……」
「大して変わらへんやろ。余計なこと考えてへんで、早よコーン食べちゃおう」
「い、嫌や! 何が何でも替わってもらうで!」
「ち、ちょっ!」

 花歩たちがぽかんと見ている前で、夕理は何とかつかさを座らせようとする。
 どうしてこんな不器用なことしかできないんだろうと、泣きたくなりながら。

「――あ!」

 もつれた拍子に、つかさのポーチが宙を舞った。
 床に落ちた衝撃で中身が飛び出す。
 近くの勇魚が慌てて拾おうとして、緑の輝きに目を丸くする。

「こ、これ宝石!? 大変や、傷がついたかも!」
(うわあああああ!?)

 つかさが内心で悲鳴を上げた。
 アメリカ村で買った、翡翠のブローチ。
 今朝、つけるかつけないかギリギリまで迷って、結局むき出しのままポーチの中ポケットに突っ込んで。
 それがこんなところで全員の前に!
 賢者の石がバレそうなハリーポッターの気分で、努めて冷静に勇魚へ手を伸ばす。

「へ、平気やって、二千円の安物やから。ありがと勇魚、返して……」
「うわ綺麗、何の宝石なん?」

 花歩が野次馬根性を発揮して、席を立ち勇魚に近づく。
 座ったままの姫水が、その疑問に正確に答えた。

「翡翠よね。彩谷さん?」
「いや……まあ……うん」
「そうなんやー。あ、勇魚ちゃん、ちょっと貸して」

 ブローチを受け取った花歩が、そのまま姫水の胸にあてがった。
 血の気が失せるつかさの前で、渾身のギャグを繰り出す。

「翡翠をつけた姫水ちゃん、なんちゃってー」
「全然おもろないわ!」
「うう、夕理ちゃんは笑いにも厳しい……」
「花歩ちゃん、あまりふざけないの。彩谷さんが困ってるじゃない」

 花歩の手からブローチを受け取り、姫水はつかさへ手渡そうとする。

「はい、彩谷さん」
「ど、どうも……」
「翡翠、好きなの?」
「え……」

 先日、晶にも同じことを聞かれた気がする。
 あの二人が応援してくれたのに、自分は一体何をしているのだろう。
 情けなさが逆に枷を取り払い、つい正直に答えてしまった。

「うん……ヒスイあなたが、好きや……」


 ずきり、と夕理の心臓が痛む。
 とうとう、明確に言葉として聞かされた。
 その意味が分かるのが自分だけという、とんだ皮肉。

「そうなんだ」

 姫水は当然ながら宝石のことと解釈し、目を閉じて何かを思い浮かべると、左手に乗せたブローチを右手で指さした。

「『エクスペクト・パトローナム』」
「え? え?」
「守護霊の魔法。アズカバンの囚人は見た?」

 姫水の微笑みはつかさだけに向けられ、その手に優しくブローチを握らせた。

「彩谷さんを、悪いものから守ってくれるかもね」


 *   *   *


「よーしみんな、バタービール飲もう! あたしのおごりやー!」

 食事を終え、一年生たちは店の外に出た。
 ビール屋台に向かうつかさは、歓喜の涙を浮かべてスキップしている。

(良かった! 別に嫌われてないっぽい!)

 その後ろ姿を見送りながら、花歩が困惑顔で聞いてくる。

「今日のつかさちゃん、何だかテンションが変とちゃう?」
「は、ははは……」

 夕理は投げやりに笑うしかなかった。
 自分が何もできなかったつかさを、姫水は簡単な魔法であっさり元気にした。
 でも……いいのだ。彼女が笑顔になってくれさえすれば、それで……。

 一方で姫水は、勇魚から尊敬の目を向けられている。

「姫ちゃんって魔法も使えるんやね!」
「いや、さっきのは冗談だけど」

 そもそも守護霊は実体があるもので、宝石に宿るわけでは……等とファンからは言われそうだが、細かいことはいいだろう。
 それよりも、先ほど頭に浮かべた記憶を反芻する。

「あれは勇魚ちゃんの力でもあるのよ」
「うちの?」
「あの呪文を使うには条件があるから」

 同時に、列に並んだつかさも思い出した。
 ハリー・ポッターの作中で描かれていたのは、確か……。

(確か……最も幸せな記憶を思い浮かべる必要があるって)
(……やっぱり、勇魚との思い出なんやろな)
(……うん。でも、それでもええわ)

 胸につけたブローチに軽く触れて、店員に注文を伝える。

「ホットでひとつ。マグカップなしで」
「はい、600円です。甘いですよー」
「知ってます。初めての友達に飲ませてあげたくて!」



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