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第17話 開幕! ラブライブ!


「あかんー、ここまでやー」

 姫水は思う。ギブアップする勇魚も可愛らしいと。
 一人で作詞した花歩を見習おうと、姫水に頼らず独力での衣装デザインに挑戦していたのだが……。
 本番まであと二週間、時間切れだった。

「花ちゃんみたいにはできひんかったなあ」
「仕方ないわよ、やっぱり作詞よりデザインの方がハードルは高いもの。二人で考えましょう?」

 没案とはいえ、ノートに描かれた可愛い衣装たちは姫水の心を暖める。
 こうして勇魚の部屋で、一緒にいられるなら。
 病気なんて、別に治らなくてもよいのではないか……。

「ひめちゃん、うちもできたー」

 と、隣で絵を描いていた勇魚の妹が、スケッチブックを見せてきた。
 幼稚園児らしく、服らしきものが元気にクレパスで描かれている。

「うん、上手ね汐里ちゃん。将来はデザイナーかな?」
「わーい! ひめちゃんがほめてくれたー!」
「汐里はほんまに姫ちゃんが好きやね!」
「うんっ、だいすきー!」
「……ありがとう、汐里ちゃん」

 やはり駄目だ。治さないと。
 勇魚の大事な人や大事なもの。東京で待たせている弥生。それら全てにきちんと向き合いたい。
 ラブライブに出れば、少しは改善するだろうか――。


 *   *   *


 デザインが完成し、晴と勇魚は布を買いに行ったので、残った面子で練習を行う。
 歌もダンスもほぼ形になっており、後はブラッシュアップだが……。

「振り付けをもっと可愛くしたい!」
「振り付けかー」

 桜夜の提案に、立火が腕組みして考える。
 Westaに振り付けの専任はおらず、晴が過去のダンスから作ったベースを全員で改良する。
 が、今回ほど可愛い曲はWestaとしては初めてだ。

「思い切った新しい動きが必要かもしれませんね」
「よう言うたで小都子! ほな、何か可愛い動きしてみて」
「ええ!?」

 墓穴を掘って桜夜から無茶振りされた。
 一年生たちからもワクワクの目を浴び、仕方なく猫のポーズを取る。

「に……にゃーん」
『かんわいいいいいいい!!』

 全員にはやし立てられた小都子は、真っ赤になって頭を抱えた。
 大いに満足した桜夜は、続けて後輩に狙いを定める。

「つかさと夕理もやってみて。きゃるーん♪って感じで」
「ちょっ、カンベンしてくださいよ! あたしそういうキャラとちゃいますって!」
「で、でもそれで振り付けが良くなるなら……真摯に取り組む姿勢としては……」
(げえっ! 夕理がやる気になってる!)

 大慌てで、つかさは別の生け贄を探す。
 目に入ったのは、今日も男前な部長だった。

「部長さんはどうなんです!? お手本を見せてほしいっすねえ!」
「ん? ええよ」
「いいんですか!?」
「あー、あかんあかん。立火はやると決めたら恥なんて捨てるから」

 つまらなそうに言う桜夜に、立火は両頬に人差し指を当ててにっこり笑った。
 衝撃を受けた花歩が悶絶している。

「中途半端に恥ずかしがる方が、かえって恥ずかしいんやで」
「ううう……」

 つかさと夕理は顔を見合わせると、仕方なく両手を顔の下へ持ってくる。
 きゃるーん♪

「あははははは!」
「花歩おおおおお! こんにゃろう、アンタもやれ!」
「ちょっ、つかさちゃん、ギブギブ! 私は補欠やから!」
「こらこら、スリーパーホールドはあかん。いい振り付けやったから採用するで」
「マジっすか……」

 部長の言葉につかさがぐったりしている一方、桜夜の目は残る一年生に向けられた。
 姫水とは、今回は二人セットでの振り付けが多い。

「てことでメインは私たちや! 姫水はあんまり恥ずかしがらないし、おもろないけどなー」
「恥じらいなんて持ってたら女優なんかできませんよ」
「よし、いくで!」

 曲が流れる中、桜夜の自由な動きに、姫水は完璧に振り付けを合わせる。
 猫のポーズ!
 きゃるーん!
 そして二人の手でハートを作る!



「可愛すぎて自分が恐ろしくなるで……。もう予備予選はトップ通過やろ」
「そこまで甘いわけないけど、インパクトは上がったな。よし、全体を通してやるで!」

 三年生たちの会話に、つかさと花歩は少し複雑な顔をする。
 確かに良くはなったけど、京橋で見た高度なダンスに勝てるとは思えない。
 だが、今は信じて突き進むしかないのだ……。


 *   *   *


 翌日から衣装作り開始。
 今回はフリルやリボンが多く、ファーストライブの時より複雑である。
 皆が悪戦苦闘している中で、立火は小声で夕理に尋ねた。

「地区予選の曲の調子はどう?」
「難航しています……すみません」
「いやいや、まだ時間はあるから大丈夫やで。でも大変やったら、衣装は勇魚に作ってもらって夕理は作曲を」
「衣装を自分で作りもしないで、奴らを非難する資格があると思いますか!?」

 また潔癖な、という部長の視線を浴びながら、夕理は自らに歯噛みする。
 筆が速いことだけが長所なのに、それすらなくなったらどうなるのだろう。
 だが、次の曲は色々な意味で疎かにはできなかった。

「とにかくGolden Flagとその支持者に、目にもの見せる曲を絶対作ります」
「うーん、あいつらをそこまで気にするのもどうかと思うんやけど」
「今週中には完成させます!」
(それやと期末テストを除いて、練習期間は三週間ちょいか……。まあ、何とかなるやろ)

 悲願のかかった地区予選。『まあ何とか』で済ませたくはないが、夕理を急かすわけにもいかない。
 分かった、頼むで、とだけ言って、立火は自分の作業台に戻る。
 と、話が終わるのを待っていたのか、晴から確認が飛んできた。

「本番前ですが、日曜は部活をしますか」
「あ、ああ、せやなあ」

 去年は本番二週前くらいから、休みなしで練習していたが……。
 つかさが『意地でも休むぞ』という顔をしているのを見て、立火は諦めた。

「練習は十分できてるし、今回はええやろ。地区予選の時はまた考えよ」
「分かりました」
(ラッキー、何して遊ぼう)

 同じく日曜に部活なんてしたくない桜夜が、内心で大いに喜ぶ。
 裁縫を止めてスマホの天気予報を見ると、曇りで降水確率30%。
 梅雨のただ中にしてはマシな天気だろう。

(せや! 勇魚を誘おう!)
(七月になったらクソ暑いし、今しかないやん!)

 作りかけの衣装ごと勇魚の隣へ行き、甘い声で話しかける。

「ねー勇魚、日曜空いてる? この前約束したし、遊びに行かへん?」
「二時からクラスの友達と約束があります! それまでやったら大丈夫です!」
(うーん、半日コースかあ)

 物足りないが、次にいつ誘えるか分からない。
 たとえ半日でも自分の魅力でメロメロにすれば、次は勇魚から誘ってくるはず……とかアホなことを考えた桜夜は、OKの笑顔を見せた。

「ええよ、行こ! 友達との待ち合わせはどこ?」
「はいっ、梅田です!」
「それやったら北の方がええな。エキスポシティ行こう! 私ニフレル好きやねん」
「いいですね。ご一緒します」

 隣からの声にびくりとすると、勇魚のセコムがにこにこと座っている。

「あ、うん、姫水も誘おうと思ってたで……」
「それは何よりです。勇魚ちゃん、何があっても私が守るからね」
「私は何やと思われてんねん!」
「じ、事故とかあっても大丈夫って姫ちゃんは言いたいんです! たぶん……」


 *   *   *


 衣装も振り付けも一週間で完成し、そして本番前最後の日曜日。

「あれが! かの有名な太陽の塔やで!」

 万博記念公園駅で降り、桜夜が北を指した先に、両腕を広げて顔がついた塔が見える。

「あれが芸術は爆発だの方が作った塔ですか」
「中に入れるようになったんですよね!」
「予約で一杯やけどなー。私は空いたら行こっと」

 今日行くのは塔とは逆の南側だ。
 かつては遊園地があったが、不幸な事故により閉園となった。
 今は商業施設が作られ、遊園地の面影はどこにもない。

「うち、こっちの方に来るのは初めてです!」
「そうなん? なら丁度よかったやん。ニフレル面白いでー」
(ニフレルって、結局何なのかしら)

 建物の前まで来たが、白一色の外観からはよく分からない。
 入ってからのお楽しみと、桜夜には聞かずに足を踏み入れてみたが……
 おしゃれな空間に並ぶ水槽に、姫水と勇魚はその場で固まった。

「す、水族館だったんですね……」
「あと動物園! 先の方にカピバラとかいるで」
「そ、そうですか……」
「ん? 姫水は動物は苦手?」
「いえ……普通です」

 心配そうな勇魚の視線を受けながら、姫水はいつものように笑顔を貼り付けた。


「わーい! カメレオン!」

 職員のお姉さんが腕に乗せている爬虫類に、大喜びの桜夜とともに見学に加わる。
 解説が始まる中、勇魚が小声で話しかけてくる。

「姫ちゃん、大丈夫?」
「平気よ。何も感じないだけだから」

 大好きなはずの動物たちを間近に見ても、テレビ越しに見る程度の現実感しかない。
 改めて、自分が欠陥人間なのを確認した。
 それだけのことだ……。

「勇魚ちゃんは、気にせず楽しんでね。桜夜先輩を見習って」
「う、うん……先輩は、ほんま楽しそうやね」

 話しぶりからすると何度か来ているはずなのに、無邪気な子供のように目を輝かせている。
 今の姫水には、どうあっても真似できない姿だ。
 一方の勇魚は、言われた通りに見習ってテンションを上げていく。

「先輩先輩! このホワイトタイガー、アクアちゃんって名前です!」
「勇魚はほんまにAqours好きやなー。それはええけど、私らも全国行くから戦うことになるんやで」
「そ、それはちょっと、うちには想像できないです……」

 混ざれそうな会話に、姫水は動物のことは忘れて桜夜に尋ねた。

「桜夜先輩は、Westaが全国に行けることを信じてるんですね」
「だ、だって立火が先輩たちと約束したし。立火を嘘つきにはできひんやろ」
「ふふ、そうですね」
「あーもう、立火のこと好きとかとちゃうからね。ただの相方!」

 勇魚と顔を見合わせて笑い合う。
 本当にこういうところは、外見とは別の意味で可愛い先輩だ。


 *   *   *


 観覧車に乗った後、お昼にタイ料理屋に入った。

「うわ、姫水のめっちゃ辛そう! 大丈夫?」
「ええまあ、少し刺激が欲しいというか……」

 どす赤いスープを口に運ぶが、舌が痛いだけで何の効果もなかった。
 そういえば医者から言われていた。『離人症患者は現実感欲しさに自傷行為に走ることがあるから、気を付けるように』と。
 アホな行動を後悔する姫水の前で、桜夜はにこにことガパオライスを食している。

「二人とも、ここは私がおごるからねー。遠慮なく食べるんやで」
「そ、そんなの悪いです! 桜夜先輩、いつもお金ない言うて困ってはるのに!」
「ぐふっ。い、いや、今日はほんま大丈夫やから」
「勇魚ちゃん、ここは後輩として先輩の顔を立てるところよ」
「うーん、分かりました! ごちそうになります!」
「うんうん、二人は素直で可愛ええなー。夕理に爪の垢を飲ませたいくらいや」

 などと、マンゴージュース片手に安請け合いしたのはいいが……
 いざ会計の段になると、桜夜がレジの前で固まっている。
 疑問符を浮かべた姫水たちの方へ、青い顔の先輩はゆっくりと顔を向けた。

「ごめん二人とも、千円貸して……」
「………」


「おっかしーなー、足りると思ったんやけどなー。この前水着三着買うたのがあかんかったかー」

 駅へと戻りながら首をひねる桜夜に、結局割り勘で払った姫水はにこやかに言った。

「桜夜先輩、本当に来年卒業して大丈夫ですか? もう一年やり直しては?」
「ねえ勇魚! 姫水が冷たいんやけど!」
「せ、先輩のことを心配してるんです! たぶん!」
「そもそも受験生が水着買ってどうするんですか? 今日だって遊んでていいんですか?」
「勇魚助けてえええ!」
「ひ、姫ちゃん、そのくらいにしてあげて……」

 そろそろ勇魚の約束の時間なので、モノレールに乗って梅田へと向かう。
 千里中央で乗り換える最中、姫水は隣で喋り続けている桜夜の横顔を見た。

(勇魚ちゃんが行っちゃったら、私は残りの休日をこの先輩と過ごすのかしら)
(まあ、別にいいけれど……)

 勇魚も二人のことを考えていたのか、梅田に着いて別れる時に手招きされた。
 顔を近づけた姫水の耳に、小さな声が届く。

「病気のこと、桜夜先輩に話してみたらどうやろ?」
「!?」
「細かいこと気にせえへん先輩やから、逆にええかも!」
「勇魚ちゃん……」
「ちょっとー、何やねん内緒話してー」
「す、すみません、幼なじみの話です! ほな先輩、今日は楽しかったです!」
「うんっ、次は一日コースで頼むで!」

 元気に手を振って去っていく勇魚を、姫水はざわめく胸で見送る。
 周囲に病を隠していることを、やはりよく思われていないのだろうか。

(でも話したって相手に気を遣わせるだけで……何が解決するわけでもないし……)
(まあ、桜夜先輩なら特に気とか遣わなさそう……ではあるけど……)
「うーん」

 姫水が悩んでいる一方で、桜夜も別のことで悩んでいた。
 勇魚の姿が消えてから、正直な感想を隣の子へ話す。

「勇魚って確かに可愛えんやけど……実際遊んでみると、ちょっと物足りない感じやなあ」
「は!?」
「い、いや別に勇魚が悪いんやなくて!」

 幼なじみのことだとすぐキレる姫水に、大慌てで弁解する。

「ほら、勇魚って誰にでも同じような態度やろ?」
「それはもう、誰にも分け隔てなく接するのが長所なので」
「でもそれが物足りないねん、愛に飢えてる私は!」

 叫んだ桜夜は、姫水に顔を近づけ重々しく言った。

「ぶっちゃけて言うと、立火より私の方を尊敬してる後輩が欲しい」
「ぶっちゃけ過ぎではないでしょうか……」
「花歩は完全に立火に取られてるしー。夕理はアレやし、つかさは調子ええことしか言わへんし。
 勇魚も駄目なら、頼みの綱は姫水だけや! 立火より私の方がいいよね!?」
「と言われましても……」

 姫水は大いに熟考し、所見を述べる。

「立火先輩はリーダーとして真剣に皆を引っ張ってますし、私も素直に尊敬しています。
 それに対して桜夜先輩の尊敬できるところですか……。思いつかないので、自己申告していただけませんか?」
「なんか真顔で酷いこと言われてる!!」
「申告がないなら判定を下しますが」
「待って! 分かった、今からええとこ連れてったるから!
 私の地元行こ、天神橋筋商店街! 東京って商店街はあんまりないやろ!?」
「あるところにはあるようですが、住んでいた近くにはありませんでしたね」
「ほんまええとこやで~。JRで一駅やから、さっそく行こう!」

 そう話す現在地は地下鉄の梅田駅前。
 JRへ行くには、梅田ダンジョンと呼ばれる複雑な迷路を通らなければならないが……。

「ま、私は何度も来てるから! 私についてくればバッチリやで!」
「ふふ。ではさっそく、尊敬できるところを見せていただきますね」

 そして数分後。

「あ、あれ? 確かこっちやと思ったんだけど……」
「……先輩。案内図がありましたので、私が誘導します」



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