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「晴ちゃん、昨日は大丈夫やった?」

 朝の自転車置き場。小都子が話しかけた相手は、珍しく不機嫌そうだった。

「瀬戸で買うた花入れが落ちて、先が欠けた」
「あらあら。固定してへんかったん?」
「固定は見た目と使い勝手がな……。まあ、しゃあない。形あるものはいずれ壊れるものや」

 諦めた晴の言葉に、小都子は少し心配になる。
 昨日一日を費やし、最初の形ができた夕理の新曲。
 その行く末は、一体どういう結末になるのだろう――。


 *   *   *


『羽ばたけ! スクールアイドル』
 生徒たちが頑張って自分の手で作り上げる、その素晴らしさを歌い上げた曲。
 あるいは、Golden Flagへの当てつけの曲――と取る人もいるかもしれないし、それは否定しない。

 放課後の部室で聞いた皆の評価は、おおむね良好だった。
 桜夜も絶賛とはいかないが、それなりの反応を返した。

「まあ、若葉よりはだいぶ良くなったんとちゃう? けどやっぱり真面目やなー」
「そこは夕理の曲なんやから当たり前やろ。Supreme Loveはお前好みになったんやから、文句言わないように」
「別に文句は言うてへんてば。あとタイトルがダサくない?」
「何でや! 青春ぽくてええやろ!」
「まあ立火は好きそうやな」

 続けて立火は、作詞についての決定事項を姫水と花歩に伝える。
 二人ともうなずいて了解した。

「確かにこのテーマでは、私が書いても薄っぺらくなりますね。天名さんの歌詞で良いと思います」
「難しい箇所を分かりやすく変えればいいんですね! 明日までにやっておきます!」
「頼むで! 他に誰か質問は?」

 つかさが軽く手を上げ、ぶしつけなことを聞く。

「予備予選で負けたら、この曲は無駄になるんですか?」
「縁起でもないやっちゃな!」
「さーせん。でも可能性はありますし」

 考えたくもない立火に代わり、小都子が優しく答える。

「その場合は残念会ライブをするか、文化祭で使うことになるかな。夕理ちゃんの努力は無駄にはならへんから、心配しなくてもええよ」
「べ、別に心配したわけじゃ……ちょっと気になっただけです」

 ぷいと横を向くつかさに、夕理は胸が暖かくなるのを止められなかった。
 そして何周か聞きこんだ晴が、初めて入れた要素を突っついてくる。

「この中途半端に一つだけ入ったコールは何なんです?
 入れるなら三つ四つ入れるか、いっそ入れない方がよいのでは?」
「い、いや、私と小都子が頼んだんや。夕理が悩みに悩んで一つだけ入れてくれてん」
「つまり妥協の産物ってわけですか」
「嫌な言い方しなくてもええやろ。お互いが歩み寄った結果やで」

 晴の三白眼が小都子と夕理へ向く。
 自信満々とはいかないまでも、二人ともよく考えた結果であるのが、表情から見て取れた。
(まあ、夕理が歩み寄ったこと自体は喜ぶべきか)
 そう判断した晴は、それ以上は追及しなかった。

「分かりました。あって悪いものでもないですしね」
「納得してくれて何よりや。他にはない?
 よし、さっそく練習始めるで!
 天王山の曲や、センターは私がやる! サブセンターは小都子!」
「私ですか!?」
「この曲に込められた想いを、一番形にできるのは私たちや! せやろ小都子!」
「うっ。確かに私も、いつまでも地味とか言うてられませんね。夕理ちゃん、頑張るからね!」
「はい、よろしくお願いします!」

 そう言う夕理も、本当なら自分でセンターをやりたい。だが入部二ヶ月の一年生には荷が重いのも分かる。
 地区予選ともなると、観客の求めるレベルも上がる。
 夕理の目がちらりとつかさへ向く。練習に熱心ではなく、器用さ頼りの彼女がどこまで通用するだろうか……。

 部屋の端で歌詞ノートを広げる花歩を除き、一同は練習を開始する。
 体操着に着替えながら桜夜がぼやいた。

「うう……並行での練習って苦手やねん。Supreme Loveとごっちゃになりそう」
「おいおい、頼むでセンター。本番で歌詞間違えとかは勘弁してや」
「これを乗り切るには、可愛い後輩パワーが必要やな! ねー姫水に勇魚、帰りにお茶でも……」

 言いかけた桜夜の言葉が途切れて舞う。
 その先では、姫水だけが寂しそうに微笑んでいる。

「あ……そっか。勇魚は当分いないんやな」

 さすがの桜夜も声のトーンが落ちる。
 いつも部室に響く元気な一年生の声は、今日はどこにも聞こえなかった。


 *   *   *


「しばらくの間、ボランティア部に行かせてください!」

 時は遡って昼休み。
 三年生の教室に来て頭を下げる勇魚に、立火は面食らうと同時に、予想していなかった自分の鈍さを呪った。

「あ、ああ、せやな、地震やもんな。確かにボランティア部の出番や」
「茨木市や高槻市で、かなりの被害が出てるみたいです。
 土日には受け入れ態勢も整うやろうし、ここで行かな何のための部やって、部長も言うてて」
「土日、ってことはラブライブ本番は……」
「すみません! でもうち、困っている人を放っておけません!」
「いやいや、何を謝ってるんや。勇魚は偉いことをしてるんやで」

 正直、ボランティア部はあまり活動しない影の薄い部と思っていた。
 だが事態がこうなると、あちらの方が立派な部に思えてくる。
 スクールアイドルをいくら頑張ったところで、被災地の役には立たないのだから。

「こっちこそ、こんな時にラブライブなんかしててええのかって気になるな……」
「それはちゃうと思います! 世の中が暗いときこそ、スクールアイドルが盛り上げてください!」
「うーん、それもそうか」

 確かに災害のたびに自粛自粛となる風潮は、前から疑問に思っていた。
 割り切った立火は、敢えて娯楽に興じる覚悟を決める。

「分かった。勇魚が頑張っている間に、私たちも予備予選を突破する!
 そして地区予選には必ず一緒に行くで!」
「はいっ! うちは、自分のできることをしてきます!」

 初のラブライブでこんなことになるのも不運だが、自然が相手では仕方ない。
 気持ち的なことはともかく、実務的には勇魚がいなくても特に問題ないのは、不幸中の幸いだった。


 *   *   *


 翌日。歌詞の修正版を持ってきた花歩は、夕理と激しくやり合うことになった。

「ここは変える必要ないやろ!? 元の単語でも通じるやろ!」
「いやいや、分からへんって。みんながみんな、夕理ちゃんみたいに頭ええわけとちゃうんやから」
「この程度も理解できひんなら、中学生からやり直すべきや」
「もー、すぐそういうこと言うー。ていうか中学生のファンだっているやん」
「うっ……で、でも全国常連でも難しい単語使ってるとこあるで? 小中学生は雰囲気で理解してると思う!」
「いやでも優しいに越したことは……」

 すったもんだの末、一時間を費やして歌詞の修正は終わった。
 メンバーはさっそく歌の練習。
 そして――花歩はやることがなくなった。

「ごめん! こう本番が近いと、晴にも色々仕事があるんや。誰も見てあげられなくて悪いけど……」
「いえ、気にしないでください! 自主練してますから!」

 申し訳なさそうな部長に、花歩は慌てて手を振る。
 ファーストライブの時と違って、裏方の仕事はスクールアイドル協会がやってくれる。
 花歩は皆の練習を眺めながら、部室の隅で体を動かすしかできない。

(なんか……いよいよラブライブなのに、私は取り残されてる感じ)
(こうなると、勇魚ちゃんがいないのは辛いなあ……)


 部活終了後、勇魚がホームセンターに寄るそうなので、花歩と姫水も付き合った。

「軍手は家にあるから……ヘルメットと安全靴を買わな! うちの足に合うやつあるかなあ」
「ボランティアで靴なんているの?」
「瓦礫とか壊れた家具なんかを片づけるから、尖ったものを踏むと靴を突き抜けんねん」
「ひい! やめてやめて痛い話は!」
「勇魚ちゃん、本当に気を付けてね? 誰かを助けるために、勇魚ちゃんが傷ついたら意味ないんだから」

 天王寺に向かう地下鉄の中。
 心配そうな姫水は、本音ではラブライブなんて放り出して勇魚と一緒に行きたいが、それが無理なのも分かっている。
 勇魚は大丈夫と胸を叩いた。

「うちの分も楽しんできてね! うちも予備予選は見たことないから、話聞くの楽しみや!」
「あ、そうやったん。なんか97グループも参加するらしいで」
「めっちゃ多いんやね!」
「今日、出場順が発表されたわよ。
 WestaはエントリーNo.68で、会場には三時までに集合。
 聖莉守とナンインは午前だから、芽生さんには会えないわね。
 そして私たちの二つ前。No.66が京橋ビジネス学院――Golden Flag」
「そうなんや!」

 勇魚は残念そうながら、一方で嬉しそうだった。

「なら光ちゃんに会えるかもね! うちが行かれへんのは残念やけど、二人とも仲良くしてきてね!」
「いやいやいやいや、強敵に何言うてんの。順番近いし、比べられるんやろなあ」
「先輩たちと天名さんは『やつらを前座にしてやる』って息巻いてたけど、実際どうなるのかしらね」
「ちょっ、姫水ちゃ~ん。他人事みたいに言わんといて」
「ご、ごめんなさい。もちろん真剣にやるわよ」
「なーんて、私もあんまり現実味がないんやけどね。あと三日なんて実感ないなあ」

 花歩の使った単語に、姫水も勇魚も曖昧な笑みを返すしかなかった。


 *   *   *


 木曜が終わり、金曜が終わり……。
 授業と自主練の日々を過ごす花歩は、とうとう土曜日の朝に到達してしまった。

「ほな、私は先に行くから」
「う、うん。頑張って」
「いや私も観戦だけやけどね」

 笑った芽生が部屋を出ていく。
 部活の始まる時間が近づき、花歩は姫水と登校する。
 勇魚も今頃は、被災地へ向かっているはずだ。

 その日の練習は『羽ばたけ~』は一旦休み。
 最後の仕上げとして、『Supreme Love』をひたすら反復した。
 花歩も意見を求められたが、もはや言えることはなかった。
 完全に完璧に仕上がっているように見えた。

「よし――行くで! 出陣や!」

 午後二時。部長の号令で、メンバーは衣装を入れた鞄を肩に、いよいよ学校を出発する。
 会場近くの駅までは地下鉄で十五分。
 吊り革につかまりながら、つかさが立火に話しかけた。

「部長さん、さすが慣れてる感じですねー」
「何だかんだで五回目やからな。つかさは緊張してる?」
「まっさかー。お祭りと思って楽しみますよ」
「頼もしい奴や!」

 夕理は小都子と、姫水は桜夜と互いに励まし合っている。
 晴は一人でスマホを見ていて、花歩だけが浮いていた。

(ううっ。やっぱり今の私には、ラブライブなんて遠い世界なんやろか)
(いや! いつか出場する時のために、今日は見聞を広めておくんや!)
(多くのスクールアイドルが一堂に会する大会。さぞかし豪華絢爛な会場なんやろなあ……)

 などと空想しながら四ツ橋駅で降り、徒歩数分。
 ついに見えたオリックス劇場と、その隣接する公園は――
 花歩のイメージを大いにぶち壊した。

「出番が済んだグループはすぐ帰ってくださーい!」
「道路にはみ出さない! 近隣の迷惑です!」
「エントリーNo.60! いないんですか!? 失格にするで!」

 協会スタッフの怒号が聞こえる中、公園はまさに芋洗い状態。
 出番を待つスクールアイドルと、座席の空きを待つ客たちがひしめき合っている。
 騒ぐ者はいないとはいえ、浪花の女の子の大集団が普通に喋っていて非常にやかましい。

「こっ……これがラブライブ……ですか……」
「まあ、大阪は人が多いからねえ」

 唖然とする花歩に、小都子が困ったようにフォローする。
 どおりで集合時刻が指定されているわけだ。
 何とか部員全員で公園に入り、立火は周囲を見渡す。

「せやけど例年に輪をかけて混んでるな。何かあったんか?」
「この前の地震で電車が止まりましたからね。みんな不安になって、早目に来たんとちゃいますか」
「なるほどなー。私たちもちょっと早く来すぎたな」

 晴の仮説に納得し、スマホの時計を見る。
 先ほどNo.60が呼ばれていたから、まだ8グループある。座るスペースもないので、みんなで立って待つしかない。
 お菓子持ってくればよかった、とか桜夜が言っている傍で、晴が一年生たちに小声で解説した。

「これだけ多いとはいえ、ガチで勝ちにきてるのは二割くらいや。
 四割は普通に部活動の一環として参加。
 三割は普段大して活動していないが、この日だけお祭り騒ぎか思い出作りに来た奴」
「残り一割はなんですか?」
「申し込んだはいいが、今日までに完成しなくて欠席の連中やな」
「あー」

 理解したつかさが受付の方を見る。
 先ほど呼ばれていたNo.60は、結局失格になったようだ。
 せめて連絡くらい入れればいいのに、マナーの悪い奴らもいるものだ。
 いやまあ、何かアクシデントがあったのかもしれないけれど。

「ですが」

 と、姫水が静かに疑問を呈する。

「ラブライブに出場するのは、高いハードルがあるのかと思いました」
「未発表のオリジナル曲?
 μ'sの頃にできたハードルやからな。六年も経てば回避する方法も色々出てくる」

 晴はスマホをつけて、どこかのサイトの画面を見せた。

「例えばこれ、AI作曲サービス。色々設定するだけで、AIが無料でオリジナル曲を作る。
 もちろんそんな曲で勝つのは無理やろうけど、参加するだけなら可能や」
「AIってすごーい」

 花歩が感心する一方で、夕理が珍しく優しい目で穏やかに言う。

「それでも他に手がないなら、最初はそれでもええと思う。
 元々プロのアイドルにはなれない子が、ステージに上がりたくて始めたのがスクールアイドルや。
 それで興味を持って楽しさを知って、段々と自分の力で成し遂げていけばええと思う。
 少なくとも! 最初から業者の高級品で勝とうとする奴らよりは百倍ましや!」

 結局いつもの夕理に戻ったところで、公園の中ほどから声が聞こえた。

『Golden Flagが来たって!』『瀬良さん、可愛いー!』

 夕理はキッとその方角を睨むと、先輩たちを振り返って決然と言い放つ。

「私、直接会って文句言うてきます!」
「ち、ちょっと夕理ちゃん。もうすぐ本番やで?」
「すぐ戻ります!」

 小都子の制止も聞かず、夕理は人の波の中に消えていく。
 そして立火と桜夜も、面白そうな顔で動き出した。

「私たちも六王に挨拶しとこか」
「せやなー。講習の時のお礼もせなあかんし」
「せ、先輩たちまで……」
「小都子たちはここで待っててや!」

 人をすり抜けていく二人をなすすべなく見送る小都子に、残った一年生たちも顔を見合わせる。
 結局、三人の意思は一致して先輩に告げた。

「私たちも念のため行きます。天名さんが乱闘でも起こしたら事ですし」
「え!? ゆ、夕理ちゃんがそれはないと思うで?」
「あたしもないとは思うけど……でも瀬良のやつムカつくしなあ」
「ちょっと彩谷さん。あなたこそ喧嘩なんてしないでよ」
「せえへんって!」
「と、とにかく行こう、ねっ」

 花歩に背中を押され、つかさと姫水も夕理が行った方へ向かう。
 荷物番に残された小都子は、晴の前で盛大に溜息をついた。

「私、ほんまに来年部長やれるんやろか……」
「もうちょっと押しの強さを身に付けてくれ」



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