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「みんなー! はっちゃけてるかーい!」
『いえーい!』



 ラブライブではお馴染みのレポーターのお姉さんに、場内は元気よく声を返す。

「激戦区の関西地区予選、今回も最高に熱くなりそうだなー!
 時間も押してるので、早速エントリーNo.1!
 先頭を飾るのは兵庫県代表、宝塚南高校『絢爛カサブランカ』!」
愛を込めてアヴェカムール!」

 美声とともに飛び出したのは、フランス貴族のごとき衣装を身にまとった一団だった。
 男役とおぼしき男装の女生徒もいる。

「宝塚の地から、ファンの皆様に愛を届けます!
 私たちの魂のレビュー、とくとご覧あれ!」

 リーダーがバラの花を投げると同時に、一番手のライブが開始される。
 グループ名の通り、豪華な歌に絢爛たるダンス。
 派手な衣装で、足を高く上げて踊りまくる。

『嗚呼 マロニエに映る貴方の影
 君がため 我が命も惜しくはない
 全ては愛ゆえに!』

 これが関西レベル!と花歩たちが圧倒されているうちに、あっという間の二分間は終わる。
 大歓声を浴びながら、幕開けを飾った演者たちは笑顔で去っていった。
 ブランドに弱いつかさが冷や汗をぬぐう。

「さ、さすが宝塚って感じですね……」
「単に宝塚市にある高校ってだけやけどな。歌劇団とは何の関係もない」
「なんか詐欺っぽくないですか!?」

 晴にネタばらしされてつかさは憮然とするが、それでも観客の大歓声は本物だった。
 いきなりの実力者に、立火の脳内でそろばんが弾かれる。

(た、たとえこいつらが二位やったとしても……まだ三位と四位が空いてるから……)
(ってアホか! 初っぱなから弱気になってどうするんや!)

 幸いというか、二番手はなじみのあるグループである。

「洋風のグループが続きます! エントリーNo.2、天王寺福音学院『聖莉守』!」

 来た、とWestaの面々が身を乗り出す。
 花歩は観客席に芽生の姿を探すが、この大人数では見つかりようもなかった。
 宝塚とは打って変わり、しずしずと登場したメンバーの中、和音が清らかに挨拶する。

「今日この場に立てたことを、天にまします我らが父、そして皆様に感謝いたします。
 私たちの祈り、どうかご覧ください。『円環のオラトリオ』」

 曲名は凉世も共に唱和する。
 始まったのは、ファーストライブを正当進化させたようなステージだった。
 オペラの如き美声が、和音と凉世に加えてさらに二人。
 バレエについてもデュエットが中心の構成になっている。

『捧げましょう 切なる祈り
 世の安らかならんために』

(予備予選が少し変わり種だったのはこのためか。
 地区予選を最後と決めて、集大成のステージを作ってきたな!)

 立火の想像通りなら、やはり聖莉守に勝つ気はない。
 自分たちらしいライブができればよいという、その言葉を有言実行している。

『この歌の届く全ての人へ 祈りましょう 幸あれと……』

 神聖なステージは終わり、場内は拍手に包まれた。
 とはいえ敬虔な空気に、観客も熱狂は控えている。

(ま、いつもの聖莉守やからまた八位くらいやろ。それより上に行くには真面目すぎんねん)
(って、今回はうちも結構真面目やった……)
(夕理が作ったんやから当たり前やけど、コールひとつでどこまで盛り上がってもらえるやろか……)

 その夕理をちらりと見ると、普段にも増して真剣に観覧している。
 確かに出番はまだ先。勝ち負けの計算ばかりしていても仕方ない。
 立火もしばらくは、観客に徹することにした。

「続きましてはエントリーNo.3、京都府代表南宇治高校――」


 *   *   *


『僕が手に取るのは 心を開くKEY
 絶対! 回してみせるよ OPEN YOUR MIND!』

「エントリーNo.6、和歌浦わかのうら女学院『KEYs』の皆さんでした。ありがとうございました!」

 六番目ともなるとWestaの一年生も慣れてきて、多少は評価する余裕も出てくる。
 それを感じ取った小都子が花歩へと声をかけた。

「KEYsは歌詞に力を入れているそうやけど、花歩ちゃんとしてはどうやった?」
「え、そうなんですか? その割にはって感じですが」

 うっかり正直に答えてしまい、後ろの席のつかさからいじられた。

「いやあ、花歩も偉くなったもんやなあ。和歌山の代表にダメ出しするなんて」
「あ、あわわわ、たぶん私のアンテナが低かっただけやから! あ、ほ、ほら、次は京都やで!」

 その言葉通り、小梅、葵、胡蝶と下級生三人が、たおやかに登場した。
 下級生の一人は三味線を抱えて端に正座する。

「小梅ー! 私がついてるでー!」

 桜夜が叫ぶ前方で、手拭いを持った葵が自分たちについて説明する。
 祇園甲部の都をどり、宮川町の京おどりを参考にしていること。
 それらは毎年春に行われており、学割もあるのでぜひ見に行ってほしいこと。

「それではご覧ください。創作日舞『貴船きぶねの流れ』」

『ヨォーーー』 ベン、ベベベン!
 三味線の生演奏の中、着物の五人がするすると床を動く。
 胡蝶が手拭いを振るのに合わせ、他のメンバーも次々と振り、水の流れを表現する。
 猛暑の季節に相応しく、貴船の川床を思わせる舞だ。

『鞍馬のお山を脇に見て かかるは貴船の水しぶき
 涼しやな 涼しやな』

 ……が、立火には相変わらず良し悪しはよく分からない。
(雅で綺麗なのは分かるし、素直に感じたらええんやろな、うん)
 隣を向くと桜夜が眠そうな顔をしていて、さすがにどうかと思った。

 つつがなく舞は終わり、それなりの拍手の中、立火は薄情な相方を責める。

「おい、何が私がついてるや」
「だ、だってなんか古典の授業みたいで……なんや夕理その軽蔑の目は!」
「普段の文化的素養がこういう時に現れますよね」
「きー!」

 とはいえ小梅たちも覚悟の上だ。これだけの拍手なら十分とばかり、満面の笑顔で退出していった。
 多くを望まなければ、この激戦区でも小さい幸せは得られる。
 望んでしまった自分たちはどうなるのだろうと、立火は旧友の姿に思う……。


 エントリーNo.8、泉南女学院『サザンクロス』。
 エントリーNo.9、明日香女子高校『mahoro-pa』。
 いずれも十分練習されてきてはいたが、勝てないと思うほどではなかった。
 特に後者は、どう見ても爽wingの方が上だ。
 ここに来られなかった子たちを思い、桜夜がつい愚痴る。

「奈良はええなー。あんな程度でも予備予選突破できるんやから」

 いまいちスクールアイドルが流行らない奈良が、今回も影が薄いのは事実だが……。
 そんな暴言が許されるわけもなく、二年生たちから叱られた。

「桜夜先輩? 恥ずかしいことはせえへんでって、さっき言われましたよねぇ?」
「い、いやちょっと口が滑って……」
「ちなみに右前方に座ってるの、奈良市の平城宮学園です」
「あわわわ。聞こえてへんよね?」
(桜夜のアホはともかく、今のところ今年のレベルはそこまで高くない印象や。
 ちょっと最初の宝塚でビビりすぎたな。
 この調子なら、もしかしてもしかするか――?)

 そんな立火の甘い考えも束の間だった。
 Westaにとっては運命の分岐となる、一つのグループ名が呼ばれた。

「午前最後のグループです!
 エントリーNo.10、神戸といえば異人館に中華街!
 留学生でおなじみ、ハーバー国際学院『Worlds』!」


 *   *   *


 和風でお祭り風の衣装をまとい、七人のグループが舞台に飛び出す。
 うち五人は地元の神戸っ子だが、あとの二人は……。

「ハロー! 今年も参上させていただきマシター!」

 金色の髪を持つ西洋人が叫び、最初のインパクトを与えた。
 本人の言うとおり、Worldsは地区予選常連の強豪グループだ。
 花歩が興奮気味に立火の袖を引っ張る。

「うわ、金髪ですよ金髪!」
「部長のイギリス人留学生、ヴィクトリア・ハンセルや。
 ちなみにあれは染めてるんやで。日本人は金髪が好きやからって」
「……ミーハーな日本人ですみません……」
「その隣は副部長の中国人留学生、趙深蘭チャオ シェンラン

 立火が指したのは、髪を後ろで結わえたスラッとした生徒だ。
 その彼女が、流暢な標準日本語で話し始める。

「ところでヴィッキー。お隣の大阪で、スクールアイドルの在り方を揺るがす事件が起きたね」
「いやー私も驚きましたヨー。お金で全部解決しようだなんてネー」

 ざわ、と会場全体がどよめいた。
 司会のお姉さんは身を固くし、暁子は緊張の、光はきょとんとした表情を浮かべる。
 まさかこんな場で、他のグループを非難する気か――。

「あ、別に批判とかじゃないデスヨー。
 スクールアイドルは人それぞれ!
 むしろ、改めて考えるきっかけになって感謝してるくらいデース」

 ほぼ全員が、ほっと安堵の息をついた。
 ただ九人。
 Westaのメンバーを除いて。

(まさか……)

 夕理の顔が青ざめていく一方で、ヴィクトリアは朗らかに言葉を続ける。

「私たちの国にスクールアイドルはありまセーン。
 だからこそ余計に、この文化が愛おしいのかもしれませんネ。
 曲もダンスも衣装も自分たちで作れる、作っていいという文化……」

(まさか、まさか……)

「私たちは、スチューデントが自分で作り上げるスクールアイドルが好きです。
 どちらが良い悪いではなく! ただこの胸の想いを形にした曲!
 聞いてください、『スクールアイドル・フォーエバー』!」

(かぶったーーー!)



 胃液が逆流しそうになった。
 ライブは既に始まっており、どれだけショックでも悲鳴は上げられない。
 九人――いやこの状況でも平気な姫水を除き、八人は針の上のむしろ状態で注視するしかなかった。

『何もかも違う私たち 楽しむために一つになった
 みんなの心が集まって 生まれるよ最高のライブ!』

 案の定、歌詞も似通っている。
 だが観客に与えるインパクトが違う。外国人二人が歌い踊る姿は、どうしたって大阪人のそれより印象に残る。
 深蘭が時々中国拳法の動きを入れるのも、彼女にしかできないことだ。

(それに、こいつらには恒例の武器がある……)

 立火が内心でうめく通り、ライブ中盤で飛び出したヴィクトリアが声を張り上げる。

『Let's sing! Song for shining. Our world is ringing!』

 既に十分沸いていた観客が、より一層盛り上がった。
 去年参加した立火たちは知っている。国籍は毎年違えど、その年の留学生が母国語で歌うパフォーマンス!

『我在舞台上 有个好朋友!』

 深蘭の朗々とした声は、意味は分からなくても心を打ち、会場のボルテージは最高に達する。

『限られた時間を繰り返し
 想いは継がれるいつまでも
 スクールアイドル・フォーエバー!』

 歌い終わった彼女たちのお辞儀に、割れんばかりの大歓声。
 それを聞きながら、立火は拍手しようとしても手が動かなかった。

「私たちはスクールアイドルが大好き!
 この世界に出会えたことに、心からThank you!」

 ヴィクトリアの言葉に嘘偽りはなく、彼女たちはWestaのやる事なんて知るよしもない。
 それでも、Westaに紛うことなき致命傷を負わせた。


 *   *   *


「これより一時間半の休憩に入ります。午後の部もお楽しみに!」

 司会の言葉に、一万人以上の人間がぞろぞろとホールを出ていく。
 光は少し神妙な顔で、暁子に尋ねた。

「さっきの人たち、よその国からたった一人で来てるんですよね」
「ん? そりゃ留学生やからそうやんな」
「広島くらいで泣き言なんて情けなかったです。もっと気合い入れないけん!」
「ははは、今日の光もますます進化しそうやな!」

 ご満悦の暁子の視界に、外へ歩いていくライバルの姿が映る。
 どういうわけか、その姿は葬式を思わせた。

(Westaさん? 何であんなお通夜ムードなんや)

 さすがの暁子も理由は察せなかったが、光に気付かれると面倒なので、さりげなく方向転換する。

「せっかく近いんやから京橋でお昼にしよか。しっかり腹ごしらえしたら、いよいよ午後は本番やで!」
『はいっ!』


 スマホに表示された電話番号に、つかさは思わず顔をしかめる。

「もしもしお姉ちゃん? やっぱり来てたん?
 え? 一緒にお昼?
 今それどころとちゃうねん! 大ピンチなんや!」

 電話を切って店内に戻ると、立火が虚勢を張っているところだった。

「ネ、ネタがかぶったから何やっちゅーねん!
 あいつら以上のパフォーマンスを見せたらええだけの話やろ! なっ!」
「いや立火めっちゃ動揺してるやん……」
「どどど動揺なんてしてへんわ!」
「ぶ、部長! とりあえず注文しましょう!」

 花歩に促され、重い気持ちでメニューを見る。
 ここは大阪城内に最近できた商業施設。ランチの席は確保できたが、喉を通るかが問題だった。
 先ほどからうつむいていた夕理が、絞り出すように言う。

「すみません……。ゴルフラがあれだけ話題になったんや。同じことを考える人がいるって予想すべきでした……」
「いやいや夕理ちゃん。そんなん言い出したら何も書けへんやん」

 小都子が慰め、勇魚も必死で元気づけようとする。

「ね、ねえ夕ちゃん。あの人たちもスクールアイドルが好きなんやと思うから、ええと……」

 上手く言葉にできなかったので、姫水が代わりにまとめてくれた。

「確かにかぶったのは痛いけれど、天名さんと同じ想いを持つ人がいた。
 しかも海外の方たちよ。
 これ自体は、天名さんには嬉しいことなんじゃない?」
「……せやな、その通りや」

 夕理は微笑み、ようやく皆の気持ちが落ち着いた。
 運ばれてきた料理を口に入れつつ、善後策を協議する。

「何も言わなければネタかぶりだけが印象に残ってしまいます。
 MCでかぶったことを上手く笑いに転化しましょう」

 晴の方策に、三年生の漫才コンビが重くうなずいた。
 具体的な口上を考えている間に、昼休みは矢のように過ぎていく。
 どんどん追い込まれているが、最後まであがくしかないのだ。



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