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「午後も張り切って参りましょう!
 エントリーNo.11、今回で九連続の出場です!
 難波大学附属高校『Number ∞』!」

 食後にこいつらかよ、と渋い顔の立火と夕理である。

「今年の夏も暑いですね! 異常気象に負けないよう、最っ高に熱くいきましょう!」
『おー!』
「もっともっとー!」
『おおー!』

(相変わらず、ただ客に迎合するだけの中身のない連中や……)
(――と、天名さんは思ってそうだけど、それで現実に全国へ行ってる)

 姫水は以前聞いた。見学に行ったとき、桜夜も小都子も人気では敵わないことを否定できなかったと。

(でも、私一人だけでも勝つつもりでいないといけない)
(この人たちにも、その次の羽鳥さんにも)
(それくらいでないと、桜夜先輩との約束は守れない……!)

 求められた通りを体現する姫水は、決して先輩との約束を諦めたりしない。
 何としてもナンインを越えると、気合いを入れて観察していたが……

『今日のあなたはWAOWAO 朝日に向かってイエーイイエーイ』

(あれ?)

「みんな、ありがとー!」

 会場は盛り上がったものの、姫水には少し空振りの感があった。
 他の部員の頭越しに部長に尋ねてみる。

「予備予選の方が良かった気がします。立火先輩はいかがでしたか」
「なんか、いつも通り過ぎてマンネリっぽかったな。手え抜いたんやろか、戎屋らしくない……」

 とはいえ普段のサービスにより、ファン層は最も固いナンインである。大きく落としたりはしないだろう。
 当の鏡香はといえば、頬杖で溜息をついていた。

(予備予選で無理しすぎた……)
(絆なんてないし打算で繋がってる部や。これ以上無理させたら離反されかねへん)
(けど地区予選は当日投票。広告会社は使えへんからな! 三人のお荷物を抱えたゴルフラなら、余裕で倒せるやろ!)

 とにかくGolden Flagを叩き潰したい彼女は、LakePrincessに勝つのは既に諦めている。
 鏡香に限った話ではない。
 会場の大部分が、一位を疑いもしない絶対王者――。
 大波の前兆のように会場が静まる中、司会の声が響く。

「続いてはエントリーNo.12。
 ついに登場です。関西予選史上初の三連覇なるか!?
 滋賀県代表、湖国長浜高校『LakePrincess』!」

 わあああああああ!!
 本日最大の大歓声の中、静佳は波一つない湖面のように、落ち着いて舞台へ進み出る。
 後ろには二人のバックダンサーがいるが、誰も見向きもしていない。

「また、この季節が訪れましたね。時が経つのは早いものです」

 自信の現れか、装飾の少ないシンプルなドレス姿で、静佳は穏やかに言った。

「いつも通りの私やし、そう大したものは見せられませんけど……。
 少しの時間、お付き合いくださいな」

 嫌味か!と言いたくなるような謙虚なMCの後、女王はすっと右手を伸ばす。
 超然としたその瞳は、客ではない誰かを見ているかのようだった。

(来る!)

 姫水も全神経を集中する。

(確かに天才だとは思う。でもあくまでアマチュアで、私はプロ)
(勝てないなんて思っちゃいけない。絶対勝つ)
(そして頑張ってきた先輩たちが、報われる未来を……)

 幸いにも異様な存在感を持つ静佳を前に、現実を隔てるガラスは薄い。彼女を越えるため、一挙手一投足も見逃すまじと目を見開く。
 その行動こそが――
 姫水にとっての致命傷になった。

「お聞きください。『Eternal Planet』」


 それからの二分間は、悪く言えば蹂躙だった。
 先ほどまでサイリウムを振っていた客も、身動きできないまま静佳の世界に取り込まれた。

『この惑星ほしに落ちた 数多の生命の中で
 今も貴方を探している
 罪も悪意もなくとも 決して許されぬ存在を』

 生で聞く圧倒的な歌声は、動画とは比べものにならず、観客の意識を刈り取っていく。
 決して激しいダンスではないのに、優雅に雄大に舞うさまは、琵琶湖そのもののようだった。

(くそ、化物め……!)

 立火と鏡香はうめき、和音は感動の涙を流している。
 もう他のグループなんてどうでもいい、ずっと彼女の歌を聴いていたいと、観客の大多数に思わせながら……。
 静かな湖の波が引くように、ステージは終わる。
 爆発するような拍手と歓声、号泣し絶叫する者までいた。

「………」

 Westaの面々も言葉のない中、勇魚だけが無邪気に拍手する。

「ほんまにすごかったね! でも、うちの姫ちゃんだってすごいで! ねえ、姫ちゃん……?」

 勇魚の声が消えていく。
 少し首を屈めて、幼なじみの顔を覗き込んだ。
 様子がおかしい。
 現実を感じられないはずの彼女が――

 顔面蒼白になって、小刻みに震えていた。



「あんなの、勝てるわけがない……!」
(姫ちゃん!?)

 慌てた勇魚は、他の部員から隠すように覆いかぶさり、小声で尋ねる。

「ど、どうしたんや。何があったの?」
「私は、スクールアイドルを甘く見ていた……」
(う、うちなんかは、すごいなあ歌上手やなあとしか思わへんかったけど)

 だが、一流は一流を知る。
 姫水だからこそ、静佳の本当の怖さを理解できてしまったのだろうか。
 あの底知れない才能は、姫水の壁を力ずくで粉砕してしまった。

(い、いやでも、これはええことなんやろか?)

 畏怖と恐怖というマイナスの方向とはいえ、現実感は得られたのだし……。
 そんな逡巡をしている間に、事態は容赦なく次へと動く。

「よし、観戦はここまでや。行くでみんな!」

 Westaの出番まであと三つとなり、部長が出陣のため立ち上がってしまった。

「頑張ってください! まだまだチャンスはあります!」
「奇跡を起こすと決めた以上は、最後まで貫いてください」

 席に残る花歩と晴に、立火と小都子も力強くうなずく。

「ピンチの中にこそ活があるんや! この不利、絶対覆してみせるで!」
「私たちの心はいつも一緒や。応援お願いね」

 みんな前しか見ておらず、姫水の状況に気付いていない。
 桜夜が勇気を奮わせ、夕理も決然と席を立つ。
 遅れては不自然なので、姫水も立たざるを得なかった。

「……勇魚ちゃん、行ってくる……」
「ひ、姫ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫……いつもみたいに、現実を遠ざけて他人事にしてしまえば………」
「で、でも姫ちゃん、それは……」

 せっかくの治るチャンスを、自分で手放すことになるのでは……。
 その迷いは姫水も同じで、他人事にしきれないまま歩き出す。
 そして、とっくの昔に諦めていて、前の向きようのないつかさだけが気付いた。

(藤上さん……?)

 様子のおかしい想い人を見ながら、つかさも本番へと向かう。


 一流は一流を知る。
 もうひとりの一流も、姫水と同じ被害を受けていた。

「光、しっかりしてや!」
「だ、大丈夫です……。くそう、上には上がいるけんな……」

 天真爛漫な光が、初めて感じた絶対的な敗北感。
 無意識のうちに、その手はポケットをまさぐり、飴玉の包みを捜し当てていた。

(あの子、勇魚ちゃんって言ったっけ……)
(敵のはずの私を、本当に心から応援してくれた……)

 なのに情けない姿は見せられないと、光は共に舞台へ上がる三人の名を呼ぶ。

「葛先輩! ユカ先輩! さっちゃん!」
「な、何や?」
「羽鳥先輩は一人じゃけんど、私は違います!
 そこだけは勝ってます! よね!」
「せ……せやな!」「うん!」「光ちゃん!」

 たとえ才能に天地の差があっても。三人とも光の手を握り、肩を抱くことはできる。
 暁子はほっと息をついた。
 幸いにも、自分たちはWestaより2グループ分の時間の猶予がある。
 何とか立て直すことはできそうだった。


 *   *   *


 楽屋は複数ある部屋を順繰りで使うため、この部屋はWestaの六人で独占となる。
 待遇は上がったはずだが、予備予選の賑やかな着替えを思い出し、何だか寂しい。

「ねえ、姫水」

 桜夜が後輩の変調に気付かなかったのは、後ろめたさで視線が下を向いていたからだろう。
 他の誰にも聞こえないよう、着替えながら小声で言った。

「この前の約束やけどな。こんな状況やし、やっぱり無茶やったよね。あれは忘れて……」
「先輩。私は約束を忘れることなんてありませんよ」

 瞬時に考えた台詞を微笑んで口にする。
 なんとか演技はできるようになった。

「でも、あんな約束をさせた以上は、先輩もしっかりしてくださいね」
「も、もちろんや!
 せやな。よく考えたら留学生よりも羽鳥よりも、私の方がずっと可愛いやん!」
「はい、その意気です」

 単純な桜夜は気にもしなかったが、聞き耳を立てていたつかさは気になった。

(今の藤上さん、なんか演技っぽくなかった?)

 つかさに気取られるほど、姫水の演技力は落ちていた。
 静佳に受けたダメージと、それでいて現実感を手放したくない迷い。
 それを取り繕おうとするほど、姫水ばかり見ていたつかさには違和感を与える。

(やっぱ藤上さん、なんか変や!)
(な、何か声かけた方がええんやろか?)
(でも、来る前に勇魚と話してたっけ……)
(勇魚に解決できないなら、あたしには……)
「彩谷さん?」

 じっと見すぎたせいで、向こうに気付かれてしまった。
 慌てて出てきたのは、平凡な言葉だけ。

「いや、あのー……が、頑張ろうね」
「ふふ、彩谷さんが珍しいわね」
「ま、まあ、こんな時やし」

 それが耳に届いた夕理は、事情を知らないので素直に受け取る。

(つかさも頑張るって言うてくれてる!)
(同じテーマでも、表現はそれぞれちゃうんや)
(Worldsの人たちに、こういう表現もあるのかって思わせてみせる!)

 着替えが終わり、メンバーは立火の元に円陣を組む。
 花歩と勇魚が作ってくれた衣装が、二人の応援を伝えてくれる気がした。

「私たちは今日、まだ何もしてへん。全てはこれからや!
 これから私たちの未来を作るんやで!
 絶対に全国へ行く!」
『はい!』
「燃やすで、魂の炎!」
『Go! Westa!!』

 状況が圧倒的に不利なのは誰もが分かっている。
 もはや、一か八かの全力での突撃しかない。
 覚悟を決めた上級生と夕理の前で――
 結局つかさは、何も言えないままだった。

(だ、大丈夫やろ。藤上さんは、完璧なんやから……)


 *   *   *


「さあどんどんいきましょう!
 エントリーNo.15、大阪市代表、住之江女子高校『Westa』です!」

 味も素っ気もない紹介に、期待されていないのかと花歩は落ち込む。
 ぎりぎり四位で上がってきた身では、それも仕方ないのかもしれない。
 その空気を何とか吹き飛ばそうと、立火と桜夜が袖からステージへ笑顔で出てきた。

「どーもどーもー、Westaの立火でーす」
「桜夜でーす」
「今日もえらいお客さんやなあ。皆さんスクールアイドル好きやねえ」
「私も好きやで! アップルパイの三倍くらい」
「微妙すぎて分からへんわ! けどまあ、生徒たちが自分で作り上げるってええもんやねえ」
「それ、どっかで聞いたんやけど」
「曲もダンスも衣装も自分たちで作れんねん!」
「午前に聞いたんやけど!」
「ってことで、あはは、かぶりましたー。
 でも海外の方にそう言うてもらえたのは嬉しいで!
 浪花からの気持ちも聞いたってや!
 ほな行くで、『羽ばたけ! スクールアイドル』!」
(よし、無理なく入れた!)

 晴が小さくガッツポーズを取る。これならパクリとか二番煎じとは思われまい。
 晴たちからは伺い知れなかったが、離れた席のWorldsのメンバーも期待に目を輝かせている。
 既に他の四人も準備完了し、愛と希望に満ちた曲が流れ出す。が――

 わずか数小節にして、異変は既に明らかだった。

「姫水、どうしたんや!」
「え?」

 分かってない花歩の隣で、晴が緊迫の顔で小さく叫ぶ。
 特にミスがあるわけではない。歌も振り付けも正確にこなしている。
 でも、それだけだった。
 明らかに精彩を欠いている。一言でいうなら――
 今の姫水は凡庸だった。

「勇魚、何があった」

 晴の鋭い声に、勇魚はしどろもどろに説明する。

「は、羽鳥先輩がすごすぎて、萎縮してもうたみたいです。
 でも、でも姫ちゃんは大丈夫って言うてたんです! そう言うて……」
「姫水ちゃんが……」
「高スペックは、もっと上の高スペックに殴られるのか……」

 がくりと前の椅子に手をつく晴だが、まだ諦めるわけにはいかない。

(そもそも姫水の存在が、うちにとってはチートみたいなもんやったんや)
(今こそほんまの実力が問われる。何とか他のメンバーでフォローしてくれ……!)


(姫水?)

 客席からほどは明確ではないが、ステージ上の皆も徐々に異変に気付く。

『私たちの手は小さくとも 集えば夢を生み出せる
 作ろう曲を ダンスを 衣装を 世界に一つのステージのため』

 その歌声にいつもの響きがない。まるで機械人形の声のようだ。
 歌では特に多くを姫水に負っていたことを、今さら実感する。

(わ、私のせいや! やっぱり私との約束がプレッシャーをかけたんや!)
(あたし、やっぱり何かできたんとちゃうか? 今まで何度も助けてもらった分、あたしが何か……)



 後悔が、桜夜とつかさの動きも鈍らせていく。
 一方で、ひとり気を吐いていたのが夕理だった。

(今まで、藤上さんにばかり頼ってたツケが回ってきただけや)
(そもそも大してスクールアイドルが好きでもなさそうやし、この曲に限っては最初から当てにしてへん!)

 と、意識を高く持ったのはいいが、頭に再現されるのは午前中のWorldsのライブだ。
 同じテーマなのに、あの表現に追いついていない。曲が進むにつれ、その差は大きくなっていく。
 自分の実力が関西レベルではないことを、嫌でも実感させられる。
 もっと練習していれば、もっと表現力を磨いていれば。

(悔しい……!)
(でも、これが今の私の実力なんや。これで評価を受けるしかないんや!)

 内心で歯を食いしばりながら、夕理の全力は続いていく。


『この振り付けはどうかな こんな動きはどうだろう』

 立火と小都子、向き合う二人が考え込むポーズを取り、互いにいくつかの動きをテンポ良く見せる。

『空想を形にして 思い切ってDance!』

 花歩が丸めてくれた歌詞に沿い、今日も切れのいいダンスを見せる立火。
 小都子から見て、彼女の実力はこの地区予選でも遜色ないと思う。
 だからこそ、自分自身に対して夕理と同じようなことを感じる。

(なんで私は、こう地味なんや……!)

 午前見た留学生たちに比べ、あまりに華がなさ過ぎる。
『あはは、私は地味やからねえ』
 なんて呑気に笑っていた過去の自分を殴りたい。
 キャラクター性の面で、やはり関西レベルではなかった。

『小都子!』

 いずれ自分に部長を引き継ぐ人が、近づいた瞬間に無言で叱責する。
(分かってます……)
 今、それを嘆いていても仕方ない。
 せめて、目一杯の笑顔を広大なホールへ向けた。


 決して、盛り上がっていないわけではない。
 センターで踊りながら、立火がすっと両手を上げる。ラブライブでの暗黙の了解。次のタイミングでコール入れてね、だ。

『目指す空 理想へと今 羽ばたこう!』
『ハイ!』

 一万人の観客たちは、快くコールを入れてくれる。
 花歩と勇魚も、晴までも大声を上げ、場は一体になったように思える。
 ああ、でも――

『We are スクールアイドル!!』

(私、知ってる、これ……)

 歌が終わり、後奏が流れる中、場の空気に一番覚えがあるのは花歩だった。

【普通】

 悪くはないが、特別良くもない……。
 それに見合った拍手が、舞台上の六人に降り注ぐ。
 ぎゅっと拳を握り、立火が明るくお礼を言おうとした時だった。

「私は、スクールアイドルが好きです!!」

 あまりにも唐突に、夕理の叫びが響き渡った。
 ぎょっとして振り向くメンバーの前で、彼女は涙を必死で堪えていた。

(悔しい、情けない、口惜しい……!)

 こんなことは曲で表現すべきことだ。口で言うなんて、どこまで不甲斐ないのか。
 それでも、言わずにはいられなかった。

「夕理……」

 立火は、そして桜夜も、どこか救われたようになって、客席へ漫才風味で挨拶する。
 つかさに肩を叩かれ、小都子に手を引かれながら、夕理は退場していく。
 その叫びを理解した少数の観客だけが、しばらく拍手を送っていた。


「みんな最高やったと思います! きっと全国に行けますよ!」

 勇魚の言ってることが本気なのか、現実逃避なのか、花歩は時々分からなくなる。
 立ったまま身じろぎしない晴が、おもむろに口を開く。

「勇魚」
「はいっ!」
「それに花歩も。捨て石にする案は却下されたが、冬に繋げること自体は必要や」
「え……」
「全てのグループから学んで吸収してくれ。やはりお前たちの力もないと、全国へは行かれへん」
「は、はい!」

 花歩は慌ててステージを向いたが、勇魚はしばし固まっていた。
 既に諦めた晴と自分との齟齬を、何とか棚に上げて笑顔で返事する。

「はいっ、冬も全国に行きたいですしね!」

 次のグループが始めたMCに、三人は真剣に耳をそばだて始めた。


 *   *   *


 退出した先の廊下で、姫水は糸が切れたように床にへたりこんだ。

「申し訳……ありませんでした……」
「姫水! どこか痛めたんか!?」
「完全に、羽鳥さんに飲まれてしまいました……」

 自分のライブ中ですら、彼女の圧倒的な姿が頭から離れなかった。
 結果として全く集中できず、ただそこにいるだけのライブで終わった。
 立火は納得すると同時に、ほっと安心する。

「ケガとかでなくて良かった。羽鳥はしゃあない、私も最初はビビったで。次は大丈夫やろ、なっ」

 立たせようと伸ばした立火の手を、姫水は取ることができない。
 次なんて。あと一度しかないのに。

「ごめんなさい桜夜先輩。約束を守るどころか、私は……足を引っ張って……」
「い、いやいや! 悪かったのは私やから!」
「……おい、どういうことや」

 相方にギロリとにらまれて、桜夜は渋々白状するしかない。

「その、姫水なら何とかできやろ思て……立火を勝たせてあげてと……」
「アホかお前は! 一年生に何を押しつけてるんや!!」
「せやから悪かったってば!」
「あのっ!」

 ファーストライブを思い出しながら、夕理が声を上げる。
 あの時の自分に比べたら、姫水はミスはしてないんだからと慰めたい。
 だが人を慰めるのが根本的に苦手なため、結局は現実的なことしか言えなかった。

「ここは通行の邪魔になります。ロビーで少し休んで、ゴルフラのライブを見に戻りましょう」
「せ、せやな、あいつらを見届けないわけにはいかへん! 姫水、立てる?」
「は、はい……」
「ほら姫水ちゃん、私にもつかまって」
「ごめんね姫水、ほんまごめん……」

 上級生たちに立たせてもらったが、その足取りはおぼつかない。
 完璧だと思っていた彼女が、初めて見せる弱々しい姿。
 つかさは、この情景をどう捉えたものか考えあぐねていた。

(こんなことで幻滅したり嫌いになったりはせえへんし)
(優等生の仮面が外れた今、付け込むチャンスなのかもしれへんけど)

 でもやっぱり、落ち込んでいる彼女は見たくなかった。
 今度こそ何かしたいけど、自分の言葉が姫水を動かしたことなんて……

(……怒らせたときくらいやな)

 意を決して後ろから袖を引き、先輩たちから少し引き離して耳打ちする。

「あのさ、元気出しなって」
「彩谷さん……」
「たかが部活やで? いちいち真剣になる方がアホやろ。
 桜夜先輩も酷いよね。自分ができないことを人にやらせるなっつーの」
「は!?」

 あからさまにムッとされた。
 やべえやり過ぎた、と焦る前で、姫水は溜まった息を吐き出すと、すっと仮面をかぶった。
『あなたなんかの前で落ち込んだりするもんですか』という風に。

「ありがとう。別に心配してくれなくて大丈夫よ」

 優雅に微笑むが、目が笑っていない。
 いつもの姫水に戻って、スタスタと歩いていく。
 何とか上手くいって胸をなでおろしたものの、一部始終を立火が見ていた。

(うわ、また仲悪いと思われる!)

 それでも一応は顔を上げた姫水の姿に、察してくれたのだろう。
 部長は呆れ笑いを浮かべて、つかさの肩に手を置く。

「お前、器用なんだか不器用なんだか……」
「まあ……こんな事しかできませんし」

 つかさも笑い返そうとしたが、そんな状況ではないことを思い出す。

「部長さんも、あんまり落ち込まないでくださいよ」
「……ああ……」

 認めるしかない。乾坤一擲の突撃が不発だったことを。
 出番の終わったグループに、もうできることは何もない。
 それ以上は無言のまま、六人はロビーへ向かった。

 せめて、この後もたらされる結果を潔く受け止めるために。



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