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 九割の期待と一割の心配が、静まり返ったドームに満ちている。
 リーダーである三年生、高海千歌の大声が、その静寂を切り裂いた。

「新たな1へ! そして無限の可能性へ! Aqours――」
『サーーンシャイーーン!!』

 座席を揺らすほどの大号令に、前回が決して一時のブームではなかったと実感する。
 何かと勇魚が話していたグループを、ついに直接見る時が来た。
 双眼鏡の向こうから、千歌の切ない瞳がこちらを見ている。

「前回優勝させていただいた後、浦の星女学院は廃校になりました。
 それでも皆さんのおかげで、ラブライブの歴史に永遠に名を残せました!
 そして統合先の静真高校で、Aqoursはこれからも続きます!」

 続いて前に出たのは、二年生の中心である黒澤ルビィだ。

「今回のステージには間に合いませんでしたが、新しい部員も入ってくれました。
 たとえ学校がなくなっても、Aqoursがなくならない限り。
 浦の星の記憶はずっと残ってる!」
「全国のリトルデーモンたち! 新たな魂のステージに達した我らを、刮目して見るがいいわ!」
(あの人が、勇魚ちゃんがファンだっていう……)

 津島善子、いやヨハネ先輩と呼ぶべきだろうか。
 勇魚に喜んでもらうため、特に彼女を観察することにする。

「さあ始めるわよ、私たちの堕天を! ギラン!」
(ギラン!)

 頭の中で模倣する前で、流れる曲とともにライブが始まる。
 作曲者は同じなだけに、全体の雰囲気は変わらない。
 だが三人が卒業した分を補うように――
 六人は、特に二年生の三人は、前回より著しくレベルアップして感じられた。

(そういえば、もう廃校を阻止するためでも、学校の名を残すためでもないんだ)
(今回からが天名さんの言うところの、純粋なスクールアイドルなのかもしれない)

 浦の星を応援していたファンたちも安堵した。静真高校も心置きなく応援できることに。
 ライブは万雷の拍手とともに終了し……
 渡辺曜が次の演者へバトンを渡す。

「この後の全国大会も! 全速前進――」
『ヨーソロー!!』

 ドーム内を震わす嬉しそうな声。
 技術も大事だが、こういう”愛される”ことの強さを姫水は実感する。
 現に隣のお姉さんも大興奮している。

「いやー、相変わらず花丸ちゃんは可愛いな!」
「お姉さんは国木田さんのファンなんですか?」
「というか、方言の女の子って可愛くない? 上州弁はそうでもないけど」
「ふふ。それやったら、私も大阪弁使た方がええんやろか?」
「おおーいいねいいね! もっと喋って!」
「こらこら、年下の子に何やらせてるの」

 などと、ふざけて現実逃避している場合ではなかった。

「関西地区代表、湖国長浜高校『LakePrincess』」

 アナウンスされた名前に、姫水も一気に真顔になる。
 全国出場は三回目とあって、お姉さんたちにもお馴染みのようだ。

「Aqoursの次とは運が悪いわね」
「六人の絆を見せられた後だと、一人なのは寂しく感じちゃうよね。いくら天才でも……」

 所が変われば扱いも変わるものだ。
 静佳に地区予選のような圧倒性はなく、逆に気の毒がられる立場である。
 しかし当の本人は、五万人の前でも相変わらず超然としていた。
 そして今回も、バックダンサーは誰の目にも入っていない。

(演技のために百回以上動画を見返した。もう苦手意識はない)
(羽鳥さん。あなたの才能、今日は目を背けず糧とさせていただきます!)

 姫水の舐めるような視線の先で、優雅な白鳥がステージを舞う、と思いきや……

『激しく打たれる雨のように! Oh yes!』
(!?)

 全会場の予想を覆し、まさかのロックだった。
 ジャンルを問わない彼女の歌唱力が、ドームを熱く震わせる。

(こ、こう来るなんて……)

 少し動揺するが、なにぶん遠すぎて現実の壁は壊されそうにない。
 キレ良く動く静佳を目で追いながら、吸収することに専念した。
 ライブ終了後、双子の姉の方がぽつりと言う。

「こういうのもできるんだ。羽鳥さんにばかり目がいくけど、何気に曲も毎回いいわよね」

 姫水もそれには大いに同意した。

「いくら羽鳥さんが天才でも、曲が駄目なら全国へは来られませんからね。
 作っているのはマネージャーさんだそうですが……」

 今回のような曲も作れるなら、相当優秀なようだった。
 静佳一人と思っていたLakePrincessだが、実は二人だったのかもしれない。


 *   *   *


 アキバドームの舞台には魔物が潜むという。
 今回餌食になったのは、関西地区最後のグループだった。

「い、以上、赤穂四七義少女でした!」

 彼女たちに送られる拍手には、気の毒そうな成分が含まれている。
 最初の挨拶で噛み、剣劇ライブはミスこそなかったものの、少し固い印象は否めなかった。

「今の学校は全国は初めて?」
「はい。初出場で緊張してしまったようですね。地区予選の方が迫力がありました」
「まあ、普通の高校生が五万人の前で歌って踊れってのも酷な話だよね……」

 とはいえWestaも他人事ではない。
 悲願の予選突破が実現できたとしても、次の待つのは赤穂と同じ状況なのだ。

(瀬良さんみたいな心臓に毛の生えた人でないと、初出場で平常心を保つのは難しいのかな)

 全国大会もいよいよ終盤。
 ここで登場したのは、優勝候補の筆頭格だった。

「東京地区代表、帝央学園『クイーン・レイ』!」

 Aqoursに劣らない大歓声に、姫水も観察の集中度を高める。

(私と同レベルの子が九人いる――と天名さんが言っていた――って花歩ちゃんから聞いた)

 同レベルでしかないなら、あまり参考にはならないかもしれないが……。

(!!)

 ライブが始まると同時に、そんな考えは吹き飛んだ。
 確かにメンバーに天才はおらず、一歩届かない秀才の集まりに見える。
 だが九人という人数の力は、一人の天才を十分に凌いでいた。

 絆や団結といった精神論ではない。計算し尽くし努力を重ねたコンビネーション。
 リーダーの井上響が全体を統括しつつ、ダンスの上手い子、見た目に華がある子等、各人の役割を的確に生かして一つの作品を作り上げている。
 ある意味、最も東京らしいグループといえる。

(絶対的な才能はなくても、優秀なスクールアイドルが九人集まれば)
(ここまでの力を発揮できるんだ)

 非常に参考になる光景だ。
 静佳や光に届かない身としては、むしろ目指すべき場所といえる。
 九人の有機的な動きに、姫水は自らを重ねていく。

(私も自分だけでなくて、Westaの中でどう力を合わせるか考えないといけない)
(……他の皆には失礼だけど、今のWestaで私と近いレベルなのは立火先輩しかいない)
(桜夜先輩たちをもっと引き上げるか、あるいは……)
(うん――じっくり考えよう。やっぱり、直接見に来る価値はあった)

 全国トップクラスのライブを前に、淡々と計算するだけの姫水を、二つ隣の女子大生が少し心配そうに見た。


 *   *   *


 その後は特に波乱もなく、最後に関東代表がライブを終えて、投票タイムに入った。
 隣人はあまり悩まずに決まったようだ。

「私はDreamと……Aqoursに入れようかな。六人になっても頑張ってるし」
「私は……Number ∞かしら」
「え、そうなんですか?」

 妹の選択は納得したが、姉の選択には思わず疑問を返してしまった。
 ん?というお姉さんの目に、慌てて言い訳する。

「いえ、決して異を唱えるものではないんですが、クイーン・レイに全てにおいて劣っていたのでは……」
「まあ優秀な子を九人揃えたのに比べたら、Number ∞の子たちは凡人かもしれないけど」
「……誰が抜けても代わりがいる、組織の歯車と、うちの部員が評してました」
「でも、そういう子でもこの舞台に立てるのは夢があるじゃない? 私たちはそっち側だったから」

 姉の言葉に、たはは、と妹も苦笑いで同意する。
 そういう物の見方もあるのか。
 姫水は姫水で、自分の見方で投票するしかないけれど……。

(Dreamも良かったし、初出場なのに堂々としていた瀬良さんにも入れたい)
(でもやっぱり、一番参考になったのは……)

 我ながら面白味のない選択と思いつつ、クイーン・レイとAqoursに入れる。
 そして結果発表を待つ間、隣から感心された。

「あなた、一日ずっと真剣に見てたよね。情熱があって立派だなあ」
「……いえ、そんなことは」

 何とか笑顔を貼り付けたが、罪悪感は湧いてくる。
 情熱なんてないし、勇魚のようなスクールアイドルへの愛もない。
 ただ技術を盗みにきた自分は、お姉さんにそう言ってもらえる資格なんてない……。

「私は、そこまでスクールアイドルへの愛はなかったんだけどね」

 姉の方が不意に、優しい目でそう言った。

「そう……なんですか?」
「もちろん嫌いだったわけではないし、それなりには面白かったけど。
 私が部活を三年間続けて、今もラブライブを見に来ているのは、全部妹のため」
「き、急に何言い出してるの。この子も困ってるじゃない」
「でも、事実だから」

 恥ずかしそうな妹の前で、姉は時代を経た後輩に笑いかける。

「そんな私でも最後までスクールアイドルでいられたって、そう言いたかったの」
「そう――ですか」

 現実からの乖離が、少しだけ弱まった気がした。
 μ'sだって、純粋にスクールアイドルが好きで始めたのは二人しかいないと、何かで読んだ。
 ならば病気を治すため、地区予選の罪滅ぼしのため、この場にいる自分も許されるのだろうか……。

 思案の間に、レポーターが舞台に上がる。

「お待たせしました、それでは結果を発表します!
 まずは十位から。関西地区代表――」


 *   *   *


 恒例のアンコールを終え、クイーン・レイの面々は笑顔で手を振りながら退場していく。
 優勝は順当に彼女たち。
 二位はDream。
 Aqoursは三位だった。

「それにしても関西はレベル高いね。あなたも大変なわけだ」
「そうですね。でも泣きごとは言っていられません」

 四位はLakePrincess、五位はNumber ∞。
 そして十位にGolden Flag。
 トップテンに三校も入る地区で、冬も競っていかねばならないのだ。
 決意も新たに姫水は立ち上がり、隣の二人に深く頭を下げる。

「今日はありがとうございました。貴重な時間を過ごさせていただきました」
「こちらこそ。昔を思い出して楽しかったわよ」
「応援しかできないけど、頑張って!……って、グループ名聞いてなかった」

 かつて同じ夢を追った先輩たち。
 間近に会うことは二度とないだろうけど、他に会う方法があるとすれば――

「住之江女子高校『Westa』と申します。
 次はステージの上からお会いできるよう、全力を尽くしますね」


 *   *   *


 祭は終わり、五万人の観客はドームから吐き出されていく。

(羽鳥さんか瀬良さんに会えたら、動画を許可してくれたお礼を言いたかったけど……)
(この中から見つけるのは無理そうね)
(それにAqours……)

「Aqoursが出てきたぞーっ!」
「!!」

 声のした方へ人をかきわけていくと、大勢のファンに囲まれた彼女たちが遠くに見える。

(津島さんのサインをもらって、勇魚ちゃんに喜んでもらいたい……!)

 が、別の方角で、さっと人混みが左右に分かれる。
 空いたスペースをモーゼのように歩いてきた一団に、Aqoursのメンバーは嬉しそうに駆け寄った。

「ダイヤさん! 見に来てくれたんですね!」
「皆さん、今日も素晴らしいライブでしたわ」
「えへへ、でも三位に落ちちゃったずら……」
「十分な結果ではありませんか。
 新しい学校になっても、私たち三人がいなくても、Aqoursはちゃんとやっていけると。
 それを全国に示すには十分でした」
「ううう……お姉ちゃあん」

 慈愛の瞳を後輩に向ける黒髪の彼女は、先日卒業した元メンバーだ。
 一度頂点を極めた者が、ただ観客席から見守るのはどんな気分だったのだろう。
 その彼女が、後ろにいた同行者を手の平で示す。

「紹介しますわね。こちらは大学の友人で――」
(いけない、プライベートをあまり立ち聞きするものではないわね)

 我に返った姫水は、そそくさとその場を離れた。
 勇魚にはサインではなく、直接対決の機会を作る方向へ頑張ろう。
 あの様子なら、しばらく全国上位の座から落ちることはなさそうだから。


「藤上さん、お疲れさま!」

 待ち合わせ場所で、祐子たち音ノ木坂学院と合流する。
 頬に手を当てたこころが、感心と同情の交じった慨嘆を漏らした。

「関西地区は大変なところですねえ」
「それは東京地区も同じじゃないですか」

 優勝した帝央学園の他に、六位と九位も東京代表だった。
 しかしこれも、東京と大阪という二大都市に住む者の宿命だ。
 ここあが地元の方角を指し示して、姫水に尋ねる。

「ちょっと神田明神寄ってく?
 ……って言いたいけど、今ごろ芋洗い状態だろうな」
「やっぱりみんな、帰りに立ち寄るんだ?」
「毎回絵馬は売り切れるし、参拝までウン時間待ちになってるよ」
「なら、今回はやめておくわね。
 次はグループ全員で、大会前日にお参りできるようにする」
「おっ、大きく出たねえ」

 全国に進めば学校から旅費も宿泊費も出る。
 もう一人で来ることはないようにと、いつか行く神田明神にこの場から祈る。

 そろそろ別れの時間と見て、こころと祐子が右手を差し出した。

「それでは、来年の春には必ずドームの舞台で会いましょう!」
「はい、お互いに夢を叶えましょう」
「大阪までどれくらいかかるの?」
「家まで三時間半くらいかな」
「うわあ、お疲れさま」
「でも、時間をかけても来て良かったと思う」

 二人と握手し、他の部員たちにも手を振って別れる。
 駅へ向かう途中、再度振り返った。

 『ネオμ's』が勝てるのか、μ'sの神通力が今でも通じるのか、姫水には分からない。
 でも、あの人たちは崖から思い切って跳躍した。
 きっと自分たちも、いつかそうせねばならない時が来るのだ。


 *   *   *


「くやしーっ! 十位なんて!」

 ドームを出たところで地団駄を踏む光だが、京橋の部員たちはおおむね満足していた。
 暁子がよしよしと光の頭を撫でる。

「まあまあ、初出場でトップテンやで。上出来上出来」
「でも、上に九校もあるんですよ!」
「上を見たらきりがないというか……あれ、赤穂や」

 二十五位に終わった赤穂四七義少女が、前方をうなだれながら帰っていく。

「羽鳥への仇討ちどころではなかったな……」
「でもまあ、最後にここまで来られて良かったやろ」
「泉岳寺にお参りして帰ろう……」

 彼女たちは三年生が多い。何人残るのかは知らないが、冬は厳しくなるだろう。
 もっとも、厳しいのは自分たちもだが……。

「やあやあ、お疲れさん」
(来たか!?)

 大人の声に振り向く暁子だが、いたのは太ったおっさんだった。

「なんや、理事長ですか」
「なんやはないやろ。けどまあ、年甲斐もなくハッスルさせてもろたで」
「応援ありがとうございました!」

 光のお礼に、まだ明るいサイリウムを振りながら理事長は笑う。
 が、すぐにその顔は真面目なものになった。

「それで、自分らはこの先どうするんや。また五百万を出せ言うんやったら、考えなくもないで」

 部員たちは顔を見合わせる。
 暁子に促され、ひとりの二年生が前に進み出た。

「次期部長の菅原ユカです。暁子先輩は受験なので、以後は私が引き継ぎます」
「ふむ」
「ですが……私に暁子先輩のような商才はありません。
 五百万円を扱えたのは、暁子先輩だからこそです。
 私では、お金に振り回されるのが関の山です……」
「確かに、高校生が下手に大金を持つのは身を滅ぼしかねん。
 せやけど、金なくして光をどう活動させていくんや」
「問題はそこなんですが……」

 沈黙する部員たちの中、光だけがきょとんとしている。
 日陰とはいえさすがに暑く、移動しようと暁子が言いかけた時だった。

「失礼、少々よろしいですか」

 前からの声に、一同が顔を向ける。
 話しかけてきたのはビジネスマン風の男だ。
 光だけを注視しながら、男は名刺を差し出した。

「私、252プロダクションでプロデューサーをしている者です。
 瀬良光さん、プロの世界に興味はないかな?」



(き……来た! 今度こそ!)

 暁子はこれを待っていたのだ。
 全国の舞台で上位に入れば、必ずプロの目にも止まると。
 むろん詐欺には注意すべきだが、理事長がいるのに話しかけてきたのだ。ある程度は信用できるはず!

「それは、光をスカウトしたいということですね!?」
「その通り。高一でこれだけの才能があれば、十分トッププロも狙える。
 うちは中堅事務所だが、あの矢澤にこも所属しているし、元スクールアイドルの子も多い。
 悪い話ではないと思うんだが、どうかな?」
「や、やったで光!」
「にこちゃんもいる所なら安心や~!」

 葛とまゆらも大喜びだが、当の光はよく分かってないのか、暁子に困ったような目を向ける。

「……うーんと」
「あ、ああ、急に決めろ言うても無理やな!
 すみません、大阪に戻ってじっくり考えさせてもろてもいいですか!」
「もちろん。こちらこそ大会直後にすまないね。ゆっくり検討してくれ」
「光、何か聞きたいことがあるなら、今のうち聞いときや!」
「……なら、二つだけ」

 光はスカウトに向き合うと、まず一つ目の質問をした。

「何で私なんですか? 羽鳥先輩の方がどう見ても上じゃけん、それが不思議です」
「彼女にはいろんな事務所が声をかけているよ。
 だが全て断られている。生物学者になって、琵琶湖の生き物を研究したいそうだ」
「そ、そうだったんですか……」
「割と有名な話やで」

 暁子に言われて、まだまだ知らないことが多いことを知る。
 それもあって、光の心は決まった。

「もう一つ。卒業まで待ってもらうことはできますか?」
『!!?』

 仰天したのはスカウトの男よりも、部員たちの方だった。
 慌てふためく仲間たちの中で、光は屈託ない笑顔で言葉を続ける。

「やっぱり私、スクールアイドルが楽しいので!
 今の学校も、通って数か月なのにもう転校ってのも寂しいけぇ。
 もっともっとGolden Flagで活動して、満足してからプロに行きたいです!」

 部員たちには嬉しい言葉ではあるが、光の将来のためになるとは思えない。
 自分たちの心を抑え、思い直すよう説得を始めた。

「ひ、光ちゃん、気持ちは嬉しいけど無茶やで」
「私では暁子部長みたいにはできひん言うたばかりやろ!?
 金がなければ光に相応しい曲も作れへん。もしかしたら次は予備予選で負けるかも……」

 そう言う二年生たちに続き、暁子も重々しく光の両肩に手を置く。

「芸能界を甘く見たらあかん。一つ歳を取ればそれだけ不利になるんや。
 そうですよね、プロデューサーさん!?」
「その通り。若ければ若いほど良い。
 それに全国十位からプロに入るのと、予選で負けてからプロに入るのでは、周囲への印象が全く違う。
 一時の感傷で、輝かしい未来を捨てることになるかもしれないよ」

 だがそう言われても、光の表情は変わらなかった。
 瞳に自らの名の通り、強い光を宿して答える。

「それで輝けなくなるなら、私は最初からその程度ってことです。
 難しいことはわからんけぇ、今自分がやりたいことをします!」
「わっはっはっ」

 黙って見ていた理事長が、いきなり大声で笑いだした。
 暁子が情けない顔で懇願する。

「理事長からも説得してくださいよ……」
「まあ、ええやないか。生徒の自主性は大事やで。
 スカウトさん。この子の商品価値は今がピークなのはワシもそう思う。
 せやけど人の心を無視して商いはでけへん。
 光がその気になった時に、まだ価値があると思わはったら、面倒見てやってや」
「……分かりました。でも途中で気が変わったら、いつでも連絡してください」

 潔く引き下がり、芸能界の男は去っていった。
 本当にこれで良かったのか……と半信半疑の部員たちに、光はプンプンと大声を上げる。

「もー! 私はみんなのことが好きじゃけん、もっと一緒にいたいんです! 別にええじゃろー!?」

 そこまで可愛いことを言われては、部員たちも受け入れるしかない。
 頭を撫でられハグされる光を、理事長が満足げに眺める。

「よし、十位の祝いに何か食べて帰るか! ワシがおごったるで!」
「やったー!」
「東京って何が美味しいんやろ~?」

 歩き出す部員たちの後を、暁子は溜息とともについていく。

(まったく、光のやつは……)

 暁子の計算通りに事は運び、後はプロに引き渡すだけのはずだった。
 なのに最後の最後で、光が計算をひっくり返してしまった。
 本当に気まぐれで、自分に正直で、そして――

(……私が卒業するまで、大事な後輩でいてくれるんやな)


 *   *   *


「やっぱり買い物は東京に限るわねえ」

 昨日の落ち込みようはどこへやら、母は東京を満喫してほくほく顔だった。
 新幹線のホームで、姫水は呆れたように嘆息する。

「大阪で売ってるものと大して変わらないでしょう?」
「違うのよ、ハイソ感が! ほら、荷物半分持って!」
「はいはい」

 到着した新幹線に乗り込んで、指定席に座る。
 これでまた、しばらく東京には来られない。
 同じ都市にいる弥生は、今日は何をしていたのだろう。

 スマホを開き、昨日届いた返信を再度読む。
 いつも動画にくれるコメントと同じ、想いの込められた短い文を。

『あなたを信じています』

 スマホをしまって、姫水が微笑んでいる間に列車は出発した。




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