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『弥生さんへ。
 私は今、東京へ向かっています』

 新幹線の中、メールを打つ手がしばらく止まる。
 引っ越して以来、自分からコンタクトを取るのは初めてだ。
 少し考え込んでから、飾らず素直に伝えることにする。

『明日、ラブライブの全国大会を見学するためです。
 ですが、あなたには会うことはできません。
 全てに決着がつくまで、もう少し時間をください』

 隣に座る母は、久しぶりの東京にウキウキしている。
 姫水は東京への感慨はなく、ただ目的を果たすことだけを考えていた。

『あなたに会える私になるため、この旅が一つの階段になると信じて』


 *   *   *


 東京へ行く三日前。
 姫水は勇魚の部屋で、幼なじみに詰め寄っていた。

「勇魚ちゃん。今残ってる宿題を全部出して」
「ひ、姫ちゃん?」

 あまり進んでないのは事実だが、高校生にもなって情けないことも言えず、勇魚は強がる。

「だ、大丈夫や。自力で何とかするから!」
「去年もおととしもそう言いながら、夏休み最終日に半泣きで徹夜してたって、花歩ちゃんに聞いたけど?」
「うぐっ。花ちゃん、あんまりや……」
「今年は私がいる以上、勇魚ちゃんをそんな目には遭わせません」

 夏休みは残り二週間。
 渋々提出された宿題を見て、姫水は完璧な計画表を作成した。

「はい。この通りにやれば、無理なく夏休み中に終わるから」
「お、おおきに……って、今からの予定、『二人で衣装デザイン』って!?」
「……花歩ちゃんが一人で成果を出してるだけに、自力で頑張りたいのは分かるわよ」

 大阪曲の歌詞も、もう半分以上できているらしい。
 花歩を追いかけようとする勇魚の前に、割り込むのは無粋かもしれないが……。

「でも私、勇魚ちゃんの役に立ちたいの。
 勇魚ちゃんと力を合わせたい。私たちは友達でしょう?」
「ひ、姫ちゃん……。
 ぐすっ、姫ちゃんの言う通りや! うちが間違うてたで!」
(こう単純だとちょっと心配になるけど……)

 とにかく勇魚が四苦八苦していたデザインは、姫水の協力であっという間に完成した。
 花と魚を合体させるのは諦め、二種類の衣装を作ることで。
 勇魚は魚の衣装、花歩は花の衣装。

 姫水は――敢えて花の衣装。
 花と魚の友情を歌うFFFフラワーフィッシュフレンドで、自分がお呼びではないのは分かるけど。
 衣装だけでも、勇魚の相手役になりたかった。


 *   *   *


 かくして姫水は、心置きなく東京にやってきた。
 最初に向かった先は、所属する事務所である。
 たまには挨拶せねば、いつクビになるか分からないと、母がしつこく勧めたのだ。

 都内にあるビルの中、事務所の社長は冷ややかな態度を向けてくる。

「それで結局、君は女優を続けたいの、続けたくないの」
「……まだ、自分でも分かりません」
「それでは話にならんね」

 全くその通りで、姫水も返す言葉はない。
 事務所の子たちは今も役を取るため頑張ってるのに、いったい何をしているのだろう。
 うつむいてしまった娘に、怒りの母は社長に食って掛かった。

「そ、そんなの病気なんだから仕方ないでしょう!」
「この業界、病人に優しくなんてしてくれませんよ」
「だいたいねえ、ここの事務所のせいで娘はこんなことになったんですよ!
 事前に防げなかったんですか!? プロのくせに!」
「やめて、お母さん」
「だって姫水……!」
「お母さんが言えた義理じゃないでしょう。何も気づかなかったじゃない。母親のくせに」
「……それは……」
「離人症については私も遺憾ですが、芸能人が心を病むのはよくあることです」

 しれっと言った社長は両手を組んで、真剣な目を姫水に向ける。

「もし今後完治したとしても、一度そういう病気になった者は、使う側も躊躇する。
 無理せず引退して、スクールアイドルに専念した方がいいんじゃないのかい。
 もちろん、君の才能はこちらとしても惜しいが。
 それでも悪役みたいなことを言わせてもらえば……」

 もしかしてそれは、姫水を気遣って言ってくれたのかもしれないが。
 その態度は、本人の言う通り悪役にしか見えなかった。

「君の代わりはいくらでもいる……とまでは言わないが、それなりにはいる」


 打ちひしがれて事務所を後にする母の隣で、姫水はぼんやり東京の空を見上げる。
 社長の言うことは実にごもっともで、ぐうの音も出ない。
 スクールアイドルを続けた方が、部のみんなだって喜んでくれるに決まってる。
 だったら、もう女優に対して未練がましい気持ちは捨てた方が――。

(……駄目)

 まだ決められない。
 少なくとも、他人の言葉に流されていいものではない。
 来年三月のタイムリミットまでに、何としても自分の意志を取り戻さないと……。


 *   *   *


 ホテルで母と気まずい一夜を過ごしてから、翌朝。
 ひとりで駅を降りた姫水は、人の流れに沿って歩いていた。
 頂点を目に焼き付けるべく、多くの観客が目指すその場所へ。

(ここが……アキバドーム)

 広大な建造物も、姫水にはテレビ越しに見るのと変わらない。
 しかしそれで済ますなら、ここへ来た意味がない。
 弥生には会えないが、東京には他にも知り合いはいるのだ。

「藤上さん!」

 待ち合わせ場所で声をかけてきた女生徒の、制服がまず目に入る。
 白いシャツに薄黄色のベスト、青いスカート。
 ――音ノ木坂学院!
 小学四年生の姿を重ね合わせ、相手の顔を認識する。

「お久しぶり、里崎さん。急に会いたいなんて言ってごめんなさいね」
「とんでもない、藤上さんは私の恩人だもの。
 あのとき穂乃果さんのサインをもらえて、私の人生は変わったんだから!」

 里崎祐子。
 六年前、μ'sの秋葉原ライブの際、姫水が手伝ってサインを手に入れた子。
 もしかしてあれをきっかけに音ノ木坂に進学したのでは……と推測し、つてを頼りに調べてみたらビンゴだった。

「それにしても、藤上さんまでスクールアイドルになってるなんてね」
「成り行きでね。でも、あの日あなたたちが誘ってくれたことも影響してると思う」
「だったら嬉しいな!」

 ドーム前の敷地では、いくつかのグループがパフォーマンスをしている。
 全国大会には出られなかったが、せめてこの場で……ということなのだろう。
 祐子に連れて行かれたのはそのうちの一画、人だかりの中、黒髪の女生徒が演説をしている場所だった。

「ということで私たちは生まれ変わりました!
 μ'sの後継者として、冬のラブライブこそは奇跡を――。
 みんなで叶える物語を再演してみせます!」

 拍手するギャラリーの中には、マスコミの記者らしき人もいる。
 その客たちに向かって、彼女は最上級のにっこり笑顔を見せた。

「それでは皆さんご一緒に。にっこにっこにー!」
『にっこにっこにー!』

 周囲の一同が唱和する。
 そして解散というところで、うち一人がさらに台詞を続けた。

「あなたのハートににこにこにー!
 笑顔届ける矢澤にこにこー!
 にこにーって、覚えてラブにこっ!」



 動画でしか見たことはないが、上手く演じられただろうか。
 幸いにもお眼鏡にかなったようで、女生徒は賞賛の表情で姫水に近づいてきた。

「うわあ、そっくりですね! 一瞬、本人かと思いました!」
「ありがとうございます。そして初めまして、私は大阪から来ました……」
「モノマネ芸人さんですか!?」
「……最近はそんな感じです」

 苦笑する姫水に、慌てて祐子が説明する。

「部長、このまえ話した藤上さんですよ」
「ああ、女優の! これは失礼しました」

 年下にも礼儀正しい彼女は、すっと右手を差し出した。
 いつでも最高の笑顔をという、姉の教えそのままの表情で。

「初めまして。ネオμ'sの部長、矢澤こころです!」


 *   *   *


 ここ数年、音ノ木坂学院アイドル研究部は全く勝てていなかった。
 予備予選こそ突破するものの、東京地区予選では十位以内にも入れない。
 既にμ'sの栄光は過去遠く、次から次へと新たな強豪も生まれてくる。

「もちろん、これはμ'sの皆さんも望んだことです。
 スクールアイドルが広まり、より盛り上がっていった結果です。
 とはいえ元メンバーの妹としては、忸怩たる思いもあるわけでして」
「東京予選も激戦区ですものね。お気持ちお察しします」

 近くのベンチに座って、溜息をつく三年生に姫水は答える。

 伝説の九人の女神の一人、矢澤にこの妹である矢澤こころ。
 全国へ行けないまま三年目を迎えた彼女にとって、選択肢は二つあったという。
 このまま普通に活動して、望みの少ないラブライブに出るか。
 それとも――μ'sの妹であることを最大限利用し、『ネオμ's』として一発逆転を狙うか。

 姫水を挟んで反対側に座る祐子が、しみじみと言った。

「部内でも揉めましたよねえ。それはさすがにどうなのって」
「勝てるならまだしも、負けたらμ'sの名に泥を塗るわけですからね。
 トロフィーや記念品を残さなかったμ'sメンバーの意志にも反してるかもしれない。
 でも私は、普通に負けて終わるのだけは嫌だった。
 どんな手であろうと、使える手は使って状況を変えたかった」
「部内は、それでまとまったんですか?」
「何とか。とことん話し合って、一人の脱落者も出さずに。
 夏のラブライブには間に合いませんでしたけどね」

 世間から、特にμ'sのファンからは非難もあるだろう。
 だが全てを覚悟し、突き進むことを決めたこころの目は揺るぎなかった。
 一方で年下の姫水に対しては、にこやかに優しい目を向ける。

「μ'sと直接話した人と会えたのは嬉しいです。年々減ってますからね」
「こちらこそ。矢澤にこさんとは会えてないんですけど」
「案内してくれたのはことりさんでしたっけ? あの方が一番出世しましたね」
「今は海外でデザイナーですもんねえ」

 祐子も懐かしそうに、あの時の優しいお姉さんに思いをはせる。
 と、音ノ木坂の制服の一群が、ぞろぞろと近づいてきた。
 先頭にいた快活そうな少女が声をかけてくる。

「こころ姉ー、チラシ配ってきたぞー」
「ここあもみんなもお疲れ様。反応はどうでしたか?」
「うーん、賛否両論って感じ」

 姫水は彼女のことも知っている。
 こころの二つ下の妹、矢澤ここあ。彼女もまたμ'sの妹である。
 話したかったがそろそろ開演時間だ。
 部員たちが集まる中、邪魔にならないよう退散することにした。

「お話、聞かせていただいてありがとうございました。これ、大阪土産なので良かったらどうぞ」
「あらら、わざわざすみませんねえ」

 たこ焼きせんべいを渡し、立ち上がった姫水にここあが声をかけた。

「もしかして、祐子の友達の子?」
「あ、はい」

 友達というほどの交流はなかったけれど、他に答えようがない。
 ここあはにっと笑って、後ろにある商業施設を親指で指した。

「ならさ、お昼は一緒に食べない? 一人で来たなら、他に食べる人もいないでしょ?」
「……お邪魔じゃない?」
「いいっていいって、あなたみたいな美人は大歓迎!」
「祐子がうちに入ってくれたのって、あなたのお陰なんでしょう?」

 他の部員たちもそう言うので、お言葉に甘えることにした。
 なら昼にあそこのフードコートで、と話し、それぞれの入場口へと一旦別れる。
 音ノ木坂学院――。
 伝説の重圧を背負いながらも、生徒たちはあの日の穂乃果のような、晴れやかな人たちのようだった。


 *   *   *


 入場した姫水は、溜息をつきながら指定の席に座った。

(スタンド席、後ろから三番目……)

 現実感のなさゆえにショックも少なかったが、でなければチケットを破きたくなったかもしれない。
 はるか遠くにあるステージでは、演者は豆粒にしか見えないだろう。
 直接見た方が模倣もしやすいとわざわざ来たのに……。

(……文句を言っても仕方ない。同じ場にいるんだから、部室で画面越しに見るよりは現実感もあるはず)

 双眼鏡を取り出して開演を待っていると、席もかなり埋まってきた。

「ちょっとごめんね」
「あ、はい。どうぞ」

 前を二人組の女性客が通り、足を引っ込める。
 見た感じ大学生だろうか。
 姫水の隣に座った片方が、にこやかに話しかけてきた。

「ずいぶん後ろになっちゃったねえ」
「そうですね。でも初めて来たので、雰囲気が味わえるだけでも嬉しいです」
「そっかそっか……って、ずいぶん綺麗な子だね!?」
「恐れ入ります」

 微笑みながら、自分も相手の顔を見て驚く。
 ロングヘアの二人の女性。花歩と芽生ほどではないが、よく似た外見をしている。

「お姉さん方は、双子さんですか?」
「その通り! 私が妹で――」
「私が姉です。今日は一日よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」

 丘本家とは逆で、妹は明るく姉は落ち着いた性格のようだ。
 一人で観覧する覚悟だったが、こういう出会いがあると少し安心する。

「あなたは現役?」

 姉の方から尋ねられ、姫水は高校生らしく爽やかに返す。

「はい、高一です。大阪のグループですが、地区予選で負けて今日はこの席です」
「地区予選まで行けたなら凄いじゃない! でも関西弁じゃないんだ」
「中学までは東京に住んでいたので」
「そうなんだー。私たちも元スクールアイドルで、群馬で活動してたんだけどねえ」

 よく喋る妹の方が、回顧して浮かべたのは苦笑いだった。

「こっちは予備予選すら突破できずじまいよ」
「最後の年は、結構いいところまで行ったんだけどね」

 姉の遠い目から、色々なことがあったのだと伺わせる。
 それらを振り払うように、妹が混じりけのない笑顔を見せた。

「ま、今も廃部にならず、後輩たちが続けててくれてるからね。
 スクールアイドルとしては、それが一番幸せなことかな」
「そういう、ものですか……」

 もし女優に戻ったら、Westaの後輩に何かを繋ぐことはできない。
 それは一番不幸なことなのだろうか……。
 考えている間に、突如としてドームが大歓声に包まれる。

「みんなー! はっちゃけてるかーい!」

 いつものレポーターの声に、地区予選の五倍、五万人の拍手が鳴り響く。
 姫水も雑念を捨て、今は目の前の祭典に集中する。
 レポーターの挨拶の後、まず呼ばれたのは馴染みのグループ名である。

「関西地区代表、難波大学附属高校『Number ∞』!」

(桜夜先輩も立火先輩も、今ごろ渋い顔でネット配信を見てるんだろうな)

 500km離れた部室を想像しながら、姫水は双眼鏡を目に当てる。
 全国31校の精鋭が競い合う、頂点の大会が始まったのだ。


 *   *   *


「いやー、大阪の学校はすごいね! まさにド派手って感じで!」

 ライブ終了後の拍手の中、双子の妹の方が感嘆の声を浴びせてきた。
 姉の方が苦笑してたしなめる。

「その子にとってはライバル校でしょ。誉められても嬉しくないんじゃない?」
「あ、そっか。私たちも群馬代表は素直に応援できなかったもんなあ」
「確かに部としては宿敵ですけど、関西代表として頑張ってほしい気持ちもありますよ」
「うーん、心が広くて偉い!」

 実際は他人事なだけなので、お姉さんに誉められるのは少し気まずい。
 何にせよNumber ∞は、ひたすら豪華絢爛に徹して見事に観客の心を掴んだ。
 数日前に晴が言っていたことを思いだす。

『戎屋さんはOGの批判を逆手に取って、”ならゴルフラに勝つために寄付しろ”と迫って資金を集めてるらしい』

(結局お金で解決するのはどうかと思うけど……)
 全国で勝つには、そういうえげつなさも時に必要なのだろう。
 とはいえ組織力が売りなだけに、姫水の演技には参考にならなかった。
 次に期待しようと、再び双眼鏡を構える。


 東北代表は、涼やかでお洒落なライブ。
 四国代表は、豪快で力強いライブ。
 いずれもさすがの高水準だが、姫水の脳を動かすには至らない。
 ただ淡々と双眼鏡を見ながら、演技の参考になりそうな部分を吸収していく。
 盛り上がっているお姉さんや観客の姿に、自分の場違い感を覚えなくもない。

 と、ドーム内がひときわ大きく湧き上がる。

「九州沖縄地区代表、福岡誠心高校『Dream』!」

 ステージに上がったのは二人組のユニット。姫水も知っている有名グループだ。
 少ない人数で勝ち上がってきたということは、個々の力が高いということでもある。
 気合を入れて、レンズ越しの舞台に精神を集中する。

(――これは)

 ライブが始まった途端、思わず双眼鏡から顔を離し、肉眼でステージを凝視する。
 たとえ豆粒でも直に感じたいと思うほど、あまりに見事なハーモニーだった。
 二人の間にある信頼関係が、遠くスタンドにまで伝わってくる。

(私には、これを実現できる相手はいないけど……でもいつか参考になるはず)

 終わって退場する二人に拍手しながら、隣から話しかけられる。

「あそこもかなりの老舗だよね」
「A-RISEと同時期の、スクールアイドル黎明期からのグループですよね。
 二人組ゆえに個人の資質による差が大きく、成績にもかなり波がありますが、今年は最強に近いと思います」
「おお、詳しいんだねえ」
「かなり予習してきましたから」

 夏休みの宿題はさっさと終わらせて、時間のあるときはスクールアイドルについて学んでいた。
 今や知識量は夕理に匹敵すると自負している。
 あとは机上の知識だけにならぬよう、目の前の現実を網膜に焼き付けねば。

「続きましては北海道地区代表、恵比島高校『あしも☆え~る』!」


 *   *   *


「午前最後のグループです!
 関西地区代表、京橋ビジネス学院『Golden Flag』!」
(来た!)

 双眼鏡越しの光は緊張の色もなく、三人の仲間たちとともに、ドームの大観衆に笑顔で挨拶した。
 予備予選では眼前で話した相手が、今は遥か遠いステージの上だ。
 しかしこれが、静佳に飲まれた者と飲まれなかった者の差でもある。

「それでは聞いてください! 『海とマーメイド』!」

 あれ、と姫水は思った。曲が地区予選と似通っているような。
 すぐに理由は分かった。
 葛たち三人を隠し、欠点をカバーするのは地区予選と同じ。
 そして肝心のプロジェクションマッピングが、地区予選のものの切り貼りだった。

(そうか……もう資金が尽きたのね)

 映像を使い回すしかなく、必然的に曲も前と似た感じになったのだろう。
 だが――

(瀬良さん自身は、以前より進化してる)

 夏休みの特訓を経て、成果を発揮する彼女を凝視し続ける。
 進化した彼女でも模倣はできると思うけど、オリジナルが与える感動には決して勝てない。
 それでも自分のやり方で、あの天才少女に食らいつくしかない!

 初見の観客は使い回しも気にならいようで、終演後お辞儀する光たちに、双子の妹は絶賛を送った。

「いやあ、すごい一年生もいるもんだ! 私が高一の時に、あれくらい才能があったらなあ」
「そうね。でも……」

 が、姉の方が冷静に欠点を指摘する。

「他の三人。レベルが低いから隠すしかなかったんでしょうけど、その作戦自体があまり印象は良くないわね」
「そ、そうですね。苦肉の策だとは思いますけど……」

 さすがに全国大会となると、地区予選では通じたごまかしも通じない。
 全員が高レベルでなければ許されない舞台に、勇魚と花歩は上がれるのか心配になる。
 それ以前に、ここに来られるのかが問題なのだけど……。

 何にせよ午前の部は終わり、お昼休憩に弛緩する会場の中、姉妹が聞いてくる。

「あなた、大阪から一人で来たんでしょう? お昼は大丈夫?」
「ありがとうございます。東京の知人に誘われてますので、大丈夫ですよ」
「それなら良かった。また午後にね」
「はい、午後も楽しみにしています」

 外野席の通路に出たところで、部室の勇魚と桜夜からメッセージが届いた。

『めっちゃ素敵なグループばかりやね! さすが全国や!』
『姫水はどこが勝つと思う?』

 壁際で少し考えてから、返信を打ち込む。

『DreamかNumber ∞ですね。
 こう投票者が多いと、欠点が少なく万人に受けるところが強いと思います』
『うーん、順当すぎておもろないなー』

 と、このメッセージは立火である。
 微笑みながら、五万人が行き交うドームからひとまず脱出する。

 前回Aqoursが起こしたような奇跡は、そうそう起こらないから奇跡なのだ。
 それが不満なら、自分たちがここに来て面白くするしかないのだけど……。


 *   *   *


「藤上さーん、こっちこっちー」

 手を振る祐子と合流し、フードコートに入った。
 聞けば秋葉原に行った他の三人とは、もう交流は途絶えてしまったという。

「今こんなことになるなら、小学生の時にもっと仲良くすればよかったね」
「ごめんなさい。あの頃の私はとっつきが悪くて……」
「う、ううん! 綺麗で神秘的な子だなってずっと思ってたから、こうして話せて嬉しいよ」
「ふふ、考えてみれば不思議な縁よね」

 ネオμ'sの部員たちは、既に座席を確保していた。
 姫水もお茶漬けを買ってきて、祐子と一緒に着席する。

「午後の二番手がAqoursですね」

 部長がハンバーグを食べながら重々しく言った。
 μ'sに憧れて結成されたグループだけに、音ノ木生としては気になるのだろう。
 ここあがその名の通り、ココアを飲みながら姉に愚痴る。

「だいたい何で桜内先輩を引き込めなかったんだよ。こころ姉と同い年じゃん」
「し、仕方ないでしょう、クラスが違ったんだから!」

 Aqoursの作曲担当が音ノ木坂から転校していったのは、姫水も知っている。
 横から祐子が豆知識を教えてくれた。

「音ノ木坂は生徒が増えて、一学年三クラスになったんだよ」
「そうなんだ」
「くうう、喜ばしいことなのに、それがこんな結果を招くとは!」

 大魚を逃して悔しいこころを、別の生徒が慰める。

「桜内さんてピアノ一筋で話しかけづらかったし、誘っても入ってくれなかったと思うよ」
「うーん、田舎でのびのび活動する方が合ってたんですかねえ」
「まあ、今さら愚痴っても仕方ない。素直に彼女の活躍を喜びましょうよ」
「それより藤上さん、大阪の話を聞かせてくれる?」
「あ、はい」

 上級生たちに言われ、姫水も箸を止め話し始めた。
 東京人は大阪のことに興味はない……なんてことはなく、通天閣や大阪城の話を、興味深そうに聞いてくれる。
 もう東京には戻らないの?という問いに、一瞬言葉に詰まってから正直に言った。

「もしかしたら来年の四月には、また東京に戻るかもしれません」
「そうなんですか! うちの姉も四月に武道館でライブなんですよー」
「矢澤にこさんが?」
「良かったら行ってあげてください。A-RISEさんと合同ですけど」
「そうなんですね。機会がありましたら」

 矢澤にこもA-RISEも、今はプロとして活躍している。
 姫水は仕事で一緒になったことはないが、テレビ局ですれ違ったことはあるかもしれない。
 と、ここあが笑いながら軽く言った。

「合同はいいんだけど、家でよく愚痴ってるよ。
『ツバサのやつ、すっかりアーティスト路線に転向しやがって~』って」
「こ、ここあ! アイドルの裏側を喋ってはいけません!」
「いーじゃん。こころ姉はいつまでもアイドルに夢見すぎ」

 口ぶりからすると、ここあは既に夢からは覚めているのだろう。
 それでもスクールアイドルをしているあたり、現実的な感覚で好きなのだろうけど。

「にこ姉も来年はアラサーなんだから、いつまでもアイドル路線は厳しいと思うけどなあ」
「25歳をアラサーって言うのはやめてー!」

 そして夢を見続けているらしきこころは、涙目になって抗議する。
 部員たちが笑う中、祐子は姫水を羨ましそうに見つめた。

「女優は30でも40でも続けられるからいいよね」
「うーん。でもやっぱり、そこまで生き残れるのは本当に才能がある人だけよ」

 その頃に自分がどうなっているのか、今は何も想像できない。
 全国のステージで活躍する人たちは、十年後には何をしているのだろう。
 そんな取り留めない空想とともに、まもなく午後の部が始まる。



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