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(やっと――ここまで来られたんや)

 Westaの九人目、最後のメンバーがステージに上がる。
 目の前には、ほぼ埋まった体育館。
 手を振ってくれるクラスメイトたち。
 舞台袖から見守る胡蝶と、天之錦の人たち。

 勇魚は隣の姫水とぎゅっと手を繋ぎ、無言で心を通わす。
 他の面々も登壇する中、花歩だけ少し固くなっていた。

(姫水ちゃんがしてくれたみたいに、今回は私が勇魚ちゃんを引き立てないと……)
「花歩」

 と、いきなり声をかけられびくりとする。
 振り返ると、部長の熱く温かい目が見つめていた。

「余計なことを考える必要はないで。
 元々二人のための曲やったんや。少し遅れたけれど、今こそお披露目の時や!」
「そうやで花ちゃん! 二人で最高に楽しくするで!」
「部長……勇魚ちゃん……」

 そうだった。自分は姫水とは違うのだ。
 今は二人で一人前。全身全霊で、この曲の本来の姿を表現しよう!

 それぞれ立ち位置について、部長が一番前で紹介する。

「後から来た客もいるので再度説明するけど、この一年生は今からがデビューや。
 今年最後の新人、その名は佐々木勇魚!」
「よろしくお願いします! ほんまに嬉しくてワクワクしてます!」
「大阪といえば花博記念公園と海遊館! 大阪陣営のトリ、聞いたってや!」

 こじつけだが、大阪の曲ということにしてラストの曲名を叫ぶ。
 完成形、今年のフルメンバーになった八人全員で。

『フラワー・フィッシュ・フレンド!』


 曲が始まり、勇魚のパフォーマンスが初めて観客の目に触れる。
 もう完全に、歌もダンスも自分の一部になっていた。

『それは一面の花畑
 咲くのを待つ蕾たちの上を 空飛ぶ魚が跳ねていく』

 本当に嬉しそうで跳ねんばかりの勇魚に、花歩は慌ててついていく。
 下から見ている晴も冷や冷やするが、何とかライブの形に収まりながら、勇魚の初舞台は続く。

『開いた花が顔を出す ようやく会えたねこんにちは
 ずっと仲良くなりたかった!』

 センターはあくまで立火なので、ここから勇魚は端へ移動するターンだ。
 途中、涙をこらえている幼なじみとすれ違う。

(姫ちゃん!)

 そして後輩の成長を、心から喜んでいる先輩たち。

(桜夜先輩! 小都子先輩!)

 入部を後押ししてくれた友達に、もうすぐ友達になってくれる女の子。

(つーちゃん! 夕ちゃん!)

 そして微笑みながら見守ってくれている晴に、勇魚も笑い返す。
 このステージこそ、色とりどりの花が咲き誇る花園。
 そこを跳ねながら中央に戻り、立火の前で花歩と合流する。
 一瞬のアイコンタクトの後、親友たちは全力でサビを歌い踊った。

『フラワー・フィッシュ・フレンド 私たちは友達
 フラワー・フィッシュ・フレンド 輪になって踊るよ
 フラワー・フィッシュ・フレンド 出会いは宝物
 フラワー・フィッシュ・フレンド いつまでも友達!』

 最高に楽しい心のまま、初めてのライブは終点にたどり着く。

『咲き誇る花は もう見失わないね
 フラワー・フィッシュ・フレンド!』




 一年三組の生徒を皮切りに、館内は大きな拍手に包まれた。
 泣き笑いの勇魚は何度も何度もお辞儀をして、立火に促されてようやく袖に引っ込んでいく。

(……技術的にはまだまだやけど)

 妙良はそう思いながらも、今は素直に拍手した。
 誰でもデビューの時はある。
 そしてそれは、祝福されるべきものだった。


「さあっ! 夕理ちゃん!」

 袖に隠れるやいなや、花歩は夕理の前に親友を押し出す。
 夕理としてはもう少しさりげなく呼びたかったが、こうなっては仕方ない。
 一瞬だけ呼吸して、はっきりと言葉で伝える。

「勇魚、デビューおめでとう。ほんまに頑張ってきたと思う」
「うう……夕ちゃあん……」
(友達になった以上は、色々と言いたいこともあるけど)

 でも今日はおめでたい日。
 説教は先延ばしにして、今は反対側の舞台袖を指す。

「泣くのは早い! 天之錦さんのライブを見届けてからや!」
「う、うんっ……!」

 目をこすった勇魚は、指された側にいる恩人に視線を移す。
 そして彼女たちが手にしている得物に驚いた。
 最後に選ばれたのは、扇でも手ぬぐいでもなく……。

「傘や!」


 *   *   *


「さあ、泣いても笑ってもこれが最後や」
「Westaには負けてられへんでー」

 和傘を手にした葵と小梅が舞台に出ていく。
 それを追いながら、胡蝶の目は小さな弟子へ向いた。
 頑張ってください! と元気に手を振っている。

(あの子の最初のライブに続いて、私たちの最後のライブ)
(ほんま、人の縁は異なものやねぇ)

 今回は竹緒も舞い手に入り、舞台上に揃った八人の中で、部長がはきはきと挨拶した。

「三年生はこれが最後の舞です! 今までありがとうございました!
 創作日舞『四季京彩』!」

 DTMで作った和楽器の音色に乗せ、八人の唄と舞が流れ始める。


『疎水の流れを横に見て 覆うは桜の白天井
 そぞろ歩くは哲学の道 人の存り様を思う場所』

 桜の天井のように開いた傘が上がる。
 そこから右に振り左に振り、舞う花びらを表現する。

『祇園祭はコンチキチン 灯りの中に浮かぶ宵山
 エンヤラヤーの辻回し 山と鉾とが賑やかに行く』

 三年生が閉じて上に掲げた傘の下で、下級生は下で車輪代わりに開いて回す。
 ステージの上での山鉾巡行だ。

『高尾・栂尾とがのお槙尾まきのおの 三尾を彩る紅葉の錦
 清滝流れる深山に 永く伝わる鳥獣の戯画』

 京都市北西の山中は、古来より名高い紅葉の名所。
 傘はいったん下に置き、赤い着物が紅葉のように舞う。

『雪の金閣 金銀世界 降る白の向こうに見ゆる金色
 池に映りし舎利殿に やがて射す陽のきらきらと』

 葵が開いた傘を金閣寺に見立て、雪の降る中を少女たちが歩く。
 肩の上でくるくる回る傘は、反射する陽の光のようだ。

『紡ぎし糸を変えながら 四季折々を繰り返す
 ひととせ ひととせ 織られ重なる京のきぬ――』


 静かに見入り、聞き入っていた観客たちは、反動のように手を打ち鳴らした。
 今日のイベントで最大の拍手だった。
 傘を置いて挨拶しようとしたが、その前に小梅が感極まってしまう。

「葵ちゃん! 胡蝶ちゃん! 今までほんまにおおきに!」

 勢いよく抱き着かれた二人も、胸を詰まらせながら感謝の言葉を述べる。

「こちらこそ、ありがとうね。
 頼りない部長やったけど、楽しかったで」
「私の人生で、二年きりの寄り道やったけど……。
 ほんま、絶対忘れられへん寄り道や」



 Westaも観客も拍手が止まらず、勇魚に至っては大泣きしている中、妙良は黙って会場を後にする。
 自分もじき同じように引退するが、その前に……
 振り返ると、舞台袖の立火と目が合った。

(関西七位の力、見せてもろたで。
 だがお前たちを越えない限り、Westaは全国へ行かれへん! 残り三ヶ月、必ず追い越す!)
(私たちも最後のチャンス、やすやす逃すつもりはない。
 どちらの引退が延びるか、生死をかけた勝負や!)


 *   *   *


 投票結果の集計中、ステージでは葵がA3サイズの織物を持って宣伝していた。

「これは目出しいうて、西陣織の試作品なんやけどもねー。
 本物と変わらへん見事な紋様やろ? 西陣織会館で数千円で売ってるから、こういうところから触れていただけると……」
「結果が出ました」

 晴が渡したノートPCを、葵と立火がそれぞれ読み上げる。

「天之錦、4437票!」
「Westa、5385票!」
「というわけで、Westaさんの勝利でした。おめでとうさんー!」
「どーもどーも、おおきにー! 寿さん、お疲れ様ー!」

 拍手の中、もう一度数字をまじまじと見る。
 イベントとしては双方の顔が立つ結果だったが、立火は内心でうなってしまう。

(ん、んんんー……ここまで接戦になるとは)
(ほんまに私たち、全国行けるんやろか)
(ま、まあ最後の舞は私も感動したから……)

 頭がぐるぐるしているところへ、後ろから晴が耳打ちした。

「総票数を見れば見事な戦果です。この半分が関の山と思ってましたよ」
「え、そ、そう?
 いやあ、大成功のイベントやった!
 皆さんおおきに! もう帰ったけど松ヶ崎さんもおおきに!」
「広町さん、ラブライブ応援してるで!」
「ああ! ここからアキバドームまで全力疾走や!」

 部長同士が肩を組み、他の部員たちも一斉にお辞儀する。

『本日はありがとうございました!』

 再びの拍手の中、第一回のバトルロードは終わった。
 第二回があるのかは――神戸のスクールアイドル次第だ。



 みんなで体育館を掃除し、着替えも終えてから、立火は桜夜たちを見渡した。

「ほな、そろそろおいとましよか」
「え、もう帰るの? 抹茶とか和菓子とか出してもらわへんの?」
「どこまで厚かましいんや!
 引退いうことは、これからお別れ会があるんやろ。邪魔したらあかん」

 気を回した立火に、葵と小梅は申し訳なさそうに笑みを浮かべる。

「うん、実はその予定なんや。空気読ませて悪いねー」
「立火も意外と気遣いできるようになったやん」
「意外は余計や! ま、ぶぶ漬け出されたくないし」
「せやから風評被害やって!
 ていうか一説ではその話、上方落語が元ネタらしいんやけど!?」
「そうやったん? 昔の大阪人がえらいすんまへーん!」

 部長たちは笑いながら、別れの握手をする。
 桜夜は小梅と、小都子は福枝と挨拶をし、そして勇魚は……

「胡蝶先輩、うち……」
「お礼は先ほどのライブで十分や。これからもお気張りやす」
「は、はいっ! あ、先輩が自分を壊した時の話、まだ聞いてへん!」
「ああ、そうやったねぇ……ならそれを聞きに、また来はったらええわ」
「いいんですかっ!」

 勢い込む勇魚に、胡蝶はどこまでも雅に微笑んだ。
 スクールアイドル生活の中、ほんの一瞬だけ交われた縁を愛しく思いながら。

「京都に来れば、いつだって私に会えますえ。
 私は死ぬまで、この都を離れる気はあらしまへんからね」


 *   *   *


 少し時間が余ったので、近くて有名どころの龍安寺に立ち寄った。
 有名な石庭は、縁側が観光客で埋め尽くされ、座って眺める余裕はない。

「やっぱり混んでるなあ」
「せやから言うたやないですか。まあ、混んでいても来るべき場所ではありますが」

 桜夜と晴の会話を聞きながら、方丈の裏側に回る。
 これまた有名な知足のつくばいがある。

『吾唯足知』われただたるをしる

 『口』を中心に四文字が刻まれた手水鉢に、立火は先ほどの小梅たちを思う。
 彼女たちは十分に満足して、スクールアイドルの世界から離れていった。

「せやけど私たちは、まだまだ足るを知るわけにはいかへんのや」

 部長が呟く言葉に、部員それぞれが自分の願望を頭に浮かべる
 無謀にも全国行きを望むのは、このつくばいの文字には反することかもしれない。
 だが青春とは、時に欲深いものなのだ。


 茶店でお茶してから大阪に戻り、一人また一人と別れ、電車は長居組の三人だけになった。
 花歩がふぅと息をついていると、香流から感想が届く。

『うーっす、配信で見たでー。
 三曲目、可愛かったやん。あのデビューの子と息ぴったりやったな!』

(ううっ、ほんまにファンってありがたいで)

 お礼を送りつつ勇魚にも内容を教えると、素直に大喜びしていた。
 そんな幼なじみを見ながら、姫水は少し複雑である。

(せっかくのデビューだったのに、寿さんたちの引退にかき消された感が若干あるわね……)
(でも勇魚ちゃんは気にしてないし、私も心の狭い考えは捨てないと)

 何とか光の当たる場所で咲き誇ろうとする花歩も素敵だけど。
 たとえ縁の下だろうと明るく健気に咲く勇魚も、姫水は誇らしい。
 違いがあるからこそ、この二人は良い親友なのかもしれない。
 なんて考えていると、花歩が伺うように覗き込んでくる。

「それにしてもつかさちゃん、悔しがってたね」
「そうね……」

 ライブといいラップといい、姫水に活躍され地団駄を踏んだつかさは、別れ際に捨て台詞を言ってきた。

『次はこうはいかへんで! 必ずあたしが勝つ!』

「……本当、困った人よね」
「姫ちゃん、そう言いながらちょっと楽しそうやで!」
「え!? そ、そんなことないわよ」
「またまたー。だんだん気になってきてるんとちゃう?」
「そんなわけないってば。彩谷さんなんて全然気にならないんだから」

 少し早口になりながら、姫水は強引に話題を変えた。

「ほら、駅に着いたらケーキを買うんでしょう? 勇魚ちゃん、高いの頼んでいいからね」
「そうやでー。太るとか気にしたらあかんで」
「うんっ、今日は遠慮せえへんで!
 あれ、でも姫ちゃんにはいつ買うてあげたらええの?」
「ほんまや! 姫水ちゃんにもあげないと不公平やん!」
「それは……」

 花歩は日常を壊さないため、病気には触れないでいてくれるけど。
 自分から言う分にはいいだろうと、姫水は努めて軽い口調で答えた。

「病気が治ったら、お祝いしてもらおうかな?」


 *   *   *


「たっだいまー!」
「おねーちゃん、おかえりー」

 幸せ気分で帰宅した勇魚を、小さな妹が出迎える。

「汐里、お遊戯会はどうやった?」
「んー……うまくできたけど」

 今年のお遊戯会も白雪姫で、かつての姉のように汐里も小人役だったのだ。
 なのに当人は口をとがらせている。

「うち、しらゆきひめがやりたかった……」
「ま、まあまあ。小人さんも大事な役やろ?」
「! おねーちゃん、それケーキ!?」
「こ、これはあかんで! 姫ちゃんと花ちゃんがうちのために買うてくれたんや。
 ほら、汐里にはお土産の八つ橋があるから!」
「いややー! ケーキがいいー!」
「なんやなんや」

 両親も出てきて、大騒ぎの妹を何とかなだめる。
 結局夕食後に、一口だけあげる羽目になった。

「ほらっ、これがお姉ちゃんのデビューライブや!」

 晴が配信から切り出してくれたライブ動画を、家族に見せる。
 スマホを覗き込んだ両親は、感心して手を叩いた。

「へええ、大したもんやないか」
「勇魚はもちろん、花歩ちゃんも姫水ちゃんも可愛らしいねぇ」

 そして汐里は、ループする動画を見ながら固まっている。

「汐里?」
「おねーちゃん、かっこいい……」
「ほんま!?」
「うちもやってみたい!」
「ううっ……お姉ちゃんは感激やで。なら後で、少し練習してみよか?」
「うん!」

 正式にスクールアイドルになれるのはずっと先だけど。
 妹がこの気持ちを持ち続けてくれたら、また歴史をひとつ繋げられるのだ。
 胡蝶のことを思いながら、そんな未来を夢見てみる。


 お風呂から出て汐里とダンスして、部屋に戻ってから床に大の字になる。
 今日は本当に最高の日だった。
 明日はボランティアなので早目に寝ようとすると、スマホにメッセージが届く。
 京都の竹緒からだ。

『やっぱり私たち、日舞を続けていくことにしました。
 たまに和ロックなんかも挟みながら……いう感じやけどね。
 勝ち目はないけど、ラブライブも実力試しに出るで。
 お互い頑張ろうね』
(たけちゃん……!)

 疲れなんて吹っ飛んで、返信を打ってからカレンダーを見る。
 激動だった九月は明日で終わり、十月からは冬のラブライブが始まる。

 夏の完敗と涙は、まだ記憶に新しいけど。
 どんな結果になったとしても、見ているだけよりずっといい。
 今度こそ出場する側として、全力で楽しもう!


<第25話・終>

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