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『何もかも違う私たち 楽しむために一つになった
 みんなの心が集まって 生まれるよ最高のライブ!』

 あのときネタかぶりにパニックに陥り、実力でも完敗した因縁の曲。
 それを今のWestaは、落ち着いた表情で横から見ていた。
 特に夕理にもう迷いはない。
 再びテーマがかぶったとしても、今度は表現で負けたりしない。
 それにスクールアイドルの素晴らしさを歌った曲、こうして再び聞けるのは喜びだった。

(ヴィッキー!)
(深蘭!)

 二人の動きが交差しながら、三年間の記憶が浮かんでくる。
 留学生同士、入学したときから交流はあったけれど、部に誘われたのは五月の末だった。

「Worldsは知ってるやろ? うちの学校のスクールアイドル。
 やってみたらこれがかなり面白いねん。深蘭も入らへん?」

 深蘭は当初は興味を引かれなかった。
 自分は勉強するためにこの国に来たのであって、アイドルごっこをするためではないのだ。

「本当、ハンセルさんは関西弁が上手だね」
「先祖が神戸に住んでたことがあったんや。それで前から興味持っててん。
 って話そらさんといて! どうやろ? 見学だけでも」
「アイドルって柄じゃないしなあ。それに人種が違うだけで見世物にされるのもね」
「そう悪く考えなくてもええやろ。外国人なのは大事な個性やないか。
 異国から来た私たちだからこそ、誰かに伝えられることもあるはずや」
「私以外にも留学生はいるでしょ?」
「みんなに声はかけるつもりやけど、深蘭が一番気が合いそうやから!」

 そう言われると悪い気はせず、ついつい見学に行ってしまった。
 実際に気が合ったのも、部活が面白かったのも確かで、結局入部して現在に至る。
 彼女がこげ茶色の髪を金髪に染めたときは驚いたが、本人が楽しそうならそれで良かった。
 そのヴィクトリアが、産まれた地は遠く離れた親友が、流れる金髪を振ってソロパートを歌う。

『Let's sing! Song for shining. Our world is ringing!』

 ネイティブ英語に沸く観客に、ネイティブ中国語のよく通る声が続く。

『我在舞台上 有个好朋友!』

 本来ならこの後に、サヤンのインドネシア語があるはずだった。
 だが先ほど本人から、辞退することを提案された。

『せっかく挑戦を受けたのでス。
 部長と副部長同士の対決に徹した方が盛り上がるはずでス』

 三年生たちは驚くと同時に喜んだ。
 大人しい顔をして、なかなかライブの流れを分かっている後輩は、今は後ろで楽しそうに踊っている。

(ほんま、うちの留学生は頼もしい奴ばっかや!)

 実感した湊がサヤンと並んで踊る前で、ヴィクトリアと深蘭の手は繋がれ、真っ直ぐ前へ差し出される。

『ひとつひとつ手作りのライブ だからこそ胸に刻まれる
 遠方より来たりて いつか遠方に去るとしても
 忘れられるわけがない 私とあなたのステージを!』

 視界に広がるのは、三年間を過ごした異国の学び舎。窓の外の神戸港。
 声援を送ってくれる他の留学生たちも見える。
 ファンの海に囲まれながら――
 Worldsの船は、見事に今回の航海を終えたのだった。

『限られた時間を繰り返し
 想いは継がれるいつまでも
 スクールアイドル・フォーエバー!』


 本日最大の拍手が彼女たちに送られた。
 Westaの面々も、特に夕理と勇魚が、スクールアイドルへの愛を感じて涙ぐんでいる。

 下で見ている晴に恐れはない。総合的には、地区予選で六位だった夏とあまり変わらない。
 各人が練習して実力を上げた一方、三年生が二人抜けてトントンだからだ。
 夏から実力も人数も上がったWestaなら、まだ勝算はある!

 立火が舞台中央に進み出て、晴れやかな顔で客に宣言する。

「今日のライブもいよいよ最後や。
 私たちにとっては京都、明日香、神戸と旅してきたロードの終着点。ほんまに楽しかったで!
 でもやっぱり楽しいだけでは足らへん。私たちは勝ちたいんや!
 今日初公開のこの曲で、なにわの闘魂を見たってや!」
(え、新曲!? 地区予選とは別に!?)

 袖に下がりかけていたヴィクトリアが、驚いて振り返る。
 すぐに桜夜が、誤解を解くように言葉を続けた。

「私たちは地区予選もこの曲で出るつもりや。
 今日はその試金石! みんな正直な反応を見せてくれてええでー!」
(A-RISE方式なのか。思い切ったことするなあ)

 深蘭も意外そうな目を向けつつ舞台袖に引っ込む。
 事前に手の内をさらすなんて、よほど自信のある曲なのか、それとも他に手段がないのか――
 二人の強敵が見定める前で、立火と桜夜が大声で叫んだ。

『バトル・オブ・オオサカ!』



 二曲目と打って変わり、勇壮で誇り高さを感じる曲。
 キレのよい直線的なダンスに、歌声もまた果敢に響く。

『最後の戦いの幕が開く 誇りと魂の全てを懸けて
 鍛え励んだ私の力 今こそ解き放つ時や!』

 笑顔もまた二曲目とは違う。ある者は不敵な笑みを、ある者は高揚の笑みを。
 準備は整い、ライブは真剣勝負に突入する。

(立火!)
(桜夜!)

 アイコンタクトを交わしながら、二人の振り付けがぶつかり合う。
 練習を重ねてもなお、この相方と戦う気になるのは難しかったけど。
 なら演技でもいい。二人で協力して、最高の決闘を演出する!

(簡単に勝っても負けてもあかん。一進一退になるように)
(そうやで桜夜、それがプロレスっちゅうもんや!)
(ああもう、乙女にやらせることとちゃうで! でも頑張る!)

『待ってるだけじゃ何も叶わない 戦わなきゃ何も得られない
 欲しいものがあるなら手を伸ばせ そのための人生やないか!』

(姫水ちゃん!)
(小都子先輩!)

 決闘がテーマだけに、二人組での振り付けが多い。
 いま前に出たこの二人の方が、むしろ三年生より戦う気かもしれない。

(そうそういつまでも後輩に負けてられへん。
 予備予選で生まれ変わった私のライブで、勝負や姫水ちゃん!)
(私なりのやり方で受けて立たせていただきます。
 秋葉原で、最後までやり遂げろと言っていた園田海未さん。あの方の武の心を今ここに!)

 二人のバトルは優しく華麗に、ステージに軌跡を描いていく。
 それがどうしても視界に入りながら、つかさは自分と組んだ相手から、申し訳なさそうな気配を感じた。

(私なんかが相手でごめん)
(何言うてるんや。確かに夕理とは勝負するって感じとはちゃうけど。
 でも息のぴったりさでは私たちが一番や! Saras&Vatiでの日々、今こそ生かすで!)
(うん!)

『ただ一人と見定めた相手 友達だけどあなたはライバル
 共に重ねた切磋琢磨で 今度こそ 決着つけるで!』

(勇魚ちゃんと私は、ライバルになれるんやろか)

 周囲の闘争心に煽られて、ライブ中なのに花歩は考えてしまう。
 親友は相変わらず、場の空気と関係なくニコニコ踊っている。
 ちょっと殺伐とした曲だから、お前たち二人は清涼剤くらいでいい……とは、事前に立火と晴から言われていた。

(いつもの勇魚ちゃんでいるのが、勇魚ちゃんなりの戦いなのかな)
(私もせめて、負けないくらい楽しく歌おう!)

 サイリウムを熱く振りながらも、客席から声は出ない。
 冷めているからではない。目の前の激しいファイトに、息をのみ見入っているのだ。
 Worldsの目も釘付けにしながら、曲はサビへと向かっていく。

 他の三つのバトルがステージ端へ散る中、センターの二人は一層激しく燃え上がった。
 激しい動きの負荷に耐えつつ、懸命に床を蹴り、拳を交差する。
 留学生のような特別な存在ではなく、そのへんの大阪人でしかない自分たちだけど。
 仲間たちの力を背に、強敵二人が見ている前で、決死の戦いを繰り広げる!

『放て! 叫べ! 命の咆哮
 あなたがどれだけ強くても 諦めたらそこで負けなんや
 燃え尽きるまで戦い抜くで! その魂の名は――』

 ジャンジャンジャーン!
 強いシンバルの音とともにくるりと回転し、遠心力をつけた拳が八つ繰り出される。

『バトル・オブ・オオサカ!!』

 最後の叫びを放って、Westaはステージ上の死闘を終えた。


 講堂そのものが、呼吸を忘れたごとく停止している。
 そんな数秒間の後、数ヶ所から徐々に声が上がり……

『お…… お……」
『おおおおおおお!!』

 闘気が伝染した客席は、拳を振り咆哮を上げていた。
 気迫ある名勝負を見た後のような、心地よい疲労感。
 一番安堵したのは夕理と花歩だった。
 堺で小都子に言われたように、客に受けるかはやってみるまで分からない。駄目なら一から作り直す覚悟だったが……
 この反応なら必要はなさそうだ。

(私たちの部は大丈夫なんだろうか……)

 サヤンが不安そうに見上げた先輩たちは、明らかに動揺している。
 ここまでとは予想しなかった。前回26位が、自分たちを越える可能性を真剣に考えてはいなかった。
 もしホーム戦で負けたら、Worldsは世間の笑いものに――

「そこまでの力はない」

 舞台袖に冷静に響いたのは、金髪の部長の声だった。
 歓声の中だからWestaには聞こえないだろうと、部員たちに振り向いて淡々と話す。

「あの曲を地区予選でやるって事やろ。
 確かに素晴らしいライブやったけど、関西で四位以内に入れるほどとは私には思えへん」
「あ、そ、そうだね。そこまで圧倒的ではなかったね」
「なのに動揺したってことは、どこかで舐めてたんやろなあ。反省反省」

 深蘭と湊も自分を取り戻して、照れたように頭をかく。
 メンバー全員に広がる落ち着きに、サヤンも安心して微笑んだ。
 逆に言えばWestaの底は見えた。
 もちろん本番までに改良はするのだろうが、根本的には変えられないはずだ。

「全国へ行くのはあくまで私たちや。
 今のライブを軽く超えられるよう、新曲を必死で練習するで!」
『はい!』
「さて、ちゃんとイベントを終わらせないと……
 Westaの皆さん、グレートに素晴らしかったデース! それでは投票タイムデース!」

 ステージに飛び出したヴィクトリアの声に、Westaの皆も緊張の糸が解けて息をついた。
 講堂の観客も配信の視聴者も、迷いながら投票先を決める。
 京都戦や奈良戦とは比べ物にならないほど、この数字は互いにとって重要だ。
 再び緊張の空気を高めながら、数字はサーバに蓄積されていく。


 *   *   *


(私はほとんど目立てへんかった……)

 投票を待つ間、ステージの後ろで笑顔を作りつつ、花歩はまたも溜息をついていた。
 ここまで高レベルの戦いになってくると、もう自分の出る幕はない。
 ミスせず無事に終えただけでも良しとすべきだろうか……などと考えながら、眼前でMCをしている三年生たちを見ていると。
 いきなり、本当にいきなり、ヴィクトリアがこちらを振り向いた。

「そういえばツッコミ星人ちゃん、ちょっとイイデスカー」
「え……ええ!? あ、私ですか!」
「Oh、自分で作ったキャラなのに何を言ってるデース」
「あ、あはは、ほんまにこのキャラでいいのか自信が……あの、何でしょう?」
「ちょっと神戸にツッコんでみてくだサーイ」
「うえええええ!?」

 別に私、目立たなくていいのに! とさっきと逆の思考が花歩に取りつく。
 しかし心配そうに、何とかしようか? という顔の立火を見て勇気が湧いた。
 香流のため、他にもいるかもしれないファンのためにも、ここで逃げるわけにはいかない!

「で、では遠慮なく」
「ワクワク」
「なんで神戸の中心駅は神戸駅やなくて三宮やねん!
 最初ちょっと混乱したで! 大阪でも京都でも奈良でも考えられへんわー!」
「あー」

 Worldsの皆もまあね、という風に首を縦に振る。
 ハーバーランドの最寄りであり、これから帰るときに使う神戸駅。
 こんな名前なのに、利用者数は三宮の半分だ。

「確かに県外の人は迷うかもデスネー。ミナト、何でですカ?」
「昔は神戸駅の周りが賑わってたってだけやで。
 三宮が新興の繁華街として流行ってきて、そのうち市役所も移って向こうが中心になってん」
「ウーン、割とシンプルな理由でしたネ。カホはそれでいいデスカ?」
「あ、はいっ。ありがとうございました、勉強になりました!」
「……そこで常識的に返してしまうあたり、まだまだキャラ作りが足りてませんネ」
「あわわわ、すみませんっ。ハンセル先輩みたいになれるよう頑張りますっ!」

 それはちょっとどうだろう、と立火が複雑な顔をしていると、ハーバーの生徒が小走りで寄ってきた。

「投票結果が出ました」
「!」

 場に一気に緊張が走る。
 差し出されたノートPCの画面を、二人の部長が覗き込み……
 同時に強張った表情を見て、晴は結果を察した。
 何度見ても数字は変わらず、立火から読み上げる。

「Westa、7295票!」
「Worlds、8413票!」
「いやあ、負けたけど悔いはないで! ヴィクトリアの名前通り、見事な勝利や!」
「いえいえ、私たちをここまで追い詰めるとは! リッカたちも素晴らしいデース!」

 大歓声の中、表面上はにこやかに握手する。
 それでいて二人の胸の内には、日本語と英語で悔しさが渦巻いていた。

(くそっ、勝てへんかった! 票差が四桁ではアウェイを言い訳にもできひん!)
(叩き潰すつもりだったのに、こんな辛勝ではとうてい胸は張れない……ガッデム!)

 結果は痛み分け。
 とはいえイベントとしては丸く収まった形になり、桜夜は深蘭と固く握手する。
 姫水には湊が右手を出してきた。

「ナンバー1と2はうちの勝ちやと思うんやけど。
 ナンバー3のあなたと私の差で、ここまで追いすがられたのかなあ」
「とんでもない。小和田先輩も長い蓄積を感じる、素晴らしいパフォーマンスでしたよ」
「ふふ、最後まで演技っぽいなあ。ま、つかさちゃんとの仲は応援しとうよ」
「……ありがとうございます」

 そしてデビュー戦で負けずに済んでほっとしているサヤンに、勇魚が飛んできて手を握る。

「サヤンちゃん、今日は楽しかったで! 必ず一緒に全国へ行こうね!」
「……はい、そうできたらいいと思いまス」
(もう勇魚ちゃん、Camphoraの人にも同じこと言ったじゃない)

 姫水が演技を解いて優しい目で見ている。
 勇魚の言うことは甘くて非現実的だけど、痛み分けの傷を負った双方には、少しばかりの救いだった。
 最後にファンに向け、部長と副部長たちが笑顔で挨拶した。

「バトルロード、これにて無事終結や! おおきに! 三戦とも見てくれた人は特におおきに!」
「みんなに桜夜ちゃんからサービスや! んー、ちゅっ」
「本番はここから! 関西地区予選は来月の22日デース!」
「どうか引き続きの応援、よろしく頼むよ!」

 温かい雨のような拍手の中、メンバーたちは手を振って舞台袖に消えていく。
 晴も手を叩きながら、ここまで大きくなったWestaに満足したくなる。
 だが、これで満足するわけにはいかないのだ。


 *   *   *


「できればアフターヌーンティーといきたいところデスが……」

 着替えて部室に戻ってくると、双方には再び火花が散っていた。
 終わったばかりだが、すぐ次を考えなければならない。

「お互い、そんな余裕はないようデースネ」
「ああ、これから皆で反省会や。
 残り一ヶ月、もう一刻の猶予もない。まだまだ全国は諦めへんで!」
「その闘志を体現したのが、あの曲というわけデースカ。
 結構、今日はこれでお別れしまショウ。次は地区予選で白黒つけマース!」
「あのっ、最後に一つだけいいでしょうか!」

 手を上げたのは意外にも夕理だった。
 思い詰めた目をヴィクトリアに向けている。

「今日の『バトル・オブ・オオサカ』、何かご意見があればいただけませんか?
 厚かましいのは承知の上です。でも、少しでも良い曲にしたいんです。
 私からもそちらの気になった点は後で詳細に送りますので、どうか……」
「ユーリ……」

 本当、どこまでも真剣で、良い音楽のためならなり振り構わない子だ。
 なので敵だと分かっていても、ついヴィクトリアはほだされてしまった。

「うーん、曲については特にないデスガ……。敢えて言うなら振り付けやな」
「振り付け!」
「徒手空拳なのは、少々間が抜けてる感じがしたで。
 ユーたちは深蘭みたいに武術をやってるわけでもないからね。
 武器でも持った方が、もう少しサマになるんとちゃう?」
「いやいや、武器も急には無理だよ。あと一ヶ月しかないのに……」

 深蘭は思わず止める。武器で思い出すのは、自分たちがある意味勝ち逃げされた赤穂四七義少女だけど。
 あれだって長い修練を重ねたうえでの剣撃のはずだ。
 が、夕理も立火も真面目に受け止めた。

「ありがとうございます、試してみます! いいですよね広町先輩!」
「ああ、難しいけど、できれば大きな進化やで。ここまで敵に塩送ってええんか?」
「HAHAHA、敵は太らせてこそ倒しがいがあるのデース。
 ……サクヤが深蘭に塩を送ってくれたからね。そのお返しや」

 言われた桜夜と深蘭はちょっと照れている。
 これで用事も済んで、Westaは帰りの扉を開ける。

「ほんまに感謝してる。格下の私たちと本気で相手してくれて」
「Westaが格下なんて、もう誰一人思ってないデース」

 その言葉に素直な笑顔を残して、立火たちは帰っていた。
 足音が遠ざかってから、ヴィクトリアは部員たちを振り返る。

「さ、反省会や!」
「カフェテリアがええんとちゃう? 電子レンジあるし」
「たこ焼きでエネルギー補給しながら、次の手を考えようか」

 湊と深蘭に言われて、サヤンが微笑んで立火の土産を手に持つ。
 広い講堂の後片付けは、ファンの子たちがやってくれている。
 彼女たちのためにも今すべきは、勝利に向けて一歩でも前に進むことだ。


 *   *   *


 ハーバーランドに戻り、手近な喫茶店に入った。
 とりあえず注文してから、スマホを見ていた晴が口を開く。

「ネットではなかなか好評です。『あのWorldsに善戦するとは思わなかった』と。
 シングルヒットは打てたと思っていいでしょう」
「せやけど、長打を打っておきたかったとこやな……」

 まだまだ戦況は不利なのだ。
 とはいえ絶望するほどでもない中途半端な状況、皆もどうしたものか考えあぐねている。
 まずは先ほどの助言について小都子が尋ねる。

「武器を使うという話、どうしますか?」
「週明けに景子に相談してみる。得物については新体操部やろ。
 他に誰か、ここをこうした方がって意見はある?」

 皆がスマホを開き、『バトル・オブ・オオサカ』の動画を改めて見直す。
 自分たちにできる最高のライブ。でもWorldsには勝てなかった。
 ぽつぽつと小粒の意見は出るが、画期的なものはない。
 このまま本番まで練習を続けて、それで全国へ行けるのだろうか……。

 コーヒーが届き、立火は一口飲んでから率直に尋ねた。

「晴、正直に答えてや。お前の見立てでは、私たちはこの先どうなるんや」

 夏に絶望の未来を聞かされたときに比べ、今回は本番まで一週間長い余裕がある。
 方針転換するなら今のうちだが……。
 参謀はコーヒーをブラックで口に流し、淡々と話す。

「今の私たちなら、十位以内には入れると思います」
「おお!」
「しかしそこまででしょう。四位までは届かず、よく善戦したねで終わるのが、最も可能性の高い未来です」
「……ううむ」

 そう悪い未来ではない。十位以内ならOGにも面目は立つだろう。
 でも、それでも……
 ちゃっかりケーキまで頼んでいた桜夜が、一口食べてからぽつりと言った。

「それでも、全国行きたいねん……」

 泣きそうな声に、後輩たちは、夕理ですら胸を突かれる。

「次が最後のライブなんて、そんなん嫌や……」
「は、晴ちゃん! 何か名案はないの!?」

 ないのが分かってて小都子は聞いてしまい、すぐに後悔する。
 だが晴は気にすることもなく、今の状況を正直に言った。

「私も今まで、できる限りのことはしてきた。これ以上は理詰めでは無理や。
 さらなる結果を求めるなら、理外の賭けに出るしかない。
 というわけで夕理、そろそろ話してええで」
『!?』

 一同の驚く目が向かう先で、さっきから黙っていた夕理の体は強ばっている。

 こんな勝手な話、つかさはどう思うだろう。
 姫水は怒るかもしれない。
 小都子や花歩にだって、今度ばかりは見放されるのでは――

 そんな恐怖に必死で立ち向かって。
 それでも自分は正しいと信じて。
 夕理は顔を上げると、頭の中の案をはっきりと口にした。

「センターの変更を提案します。
 つかさと藤上さん、この二人に。
 ……私は最初から、それを想像して曲を作りました」



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