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『あけましておめでとうございまーす!』

 新年明けて二日目。
 元旦は近所で初詣を済ませた部員たちは、今日は住吉大社駅前に集合していた。
 今年初顔合わせの中、晴着を着てきた桜夜と小都子に、皆の称賛が集中する。

「お二人とも、とてもお綺麗です」
「ありがとー! と言いたいけど、何で姫水は着てないんや。絶対似合うのに!」
「ふふ。時代劇にでも出るのをお待ちくださいね」
「小都子はこの後、挨拶回りやったっけ?」
「はい、大鳥大社の方に。せやから仕事着みたいなものですね」

 立火に答えた小都子が、後輩たちに目配せする。
 せーので一気に差し出したのは、昨日買ってきた学業成就のお守りだった。

『先輩、合格をお祈りしてます!』

 あびこ観音から四枚、宿院頓宮しゅくいんとんぐうから一枚、三社さんじゃ神社から一枚。
 三枚ずつ受け取った三年生たちは、感謝感激でお礼を言ってから、自分たちもお守りを取り出す。

「はい立火! 大阪天満宮のや、めっちゃご利益あるで」
「はい桜夜。護国神社のやから、学業は分からへんけど厄除けにはなるで」

 笑い合う八人のメンバーだが、やはり一人足りない。
 寂しくなった勇魚が、迷わずスマホを出して電話をかけた。

「晴先輩! あけましておめでとうございます!」
『……新年早々うるさい』
「今年もよろしくお願いします! 先輩は住吉大社すみよっさんは行かないんですか?」
『おととい行った』

 スピーカーモードで聞こえてくる声に、小都子が驚いて口を近づける。

「おとといって、わざわざ大晦日に?」
『空いていて快適やからな。正月の混雑を想像して爽快な気分やった』
「さすが先輩、頭いいです!」
「勇魚ちゃん、誉めるとことちゃうで。ほんま、ひねくれてるんやから~」

 とはいえ電話を切って神社の方を向くと、雲のような人混みにうんざりしてくる。
 しかしこれこそが正月。根性を決めて向かうしかない。

 反橋そりはしを渡り、何とか人の波に乗って本宮域に入る。
 行列は第三本宮、第二本宮の横を通り、一番奥の第一本宮まで続いている。
 待つ間、立火は改めて先ほどのお守りを手にした。

「つかさはあびこ観音行ったんや。元旦から姫水に会いに?」
「いやあ、あっはっは。初めて行ったんですけど、ここほどでないにせよ結構並んでましたよ」
「日本最古の観音寺院ですからね!」
「いつもは猫ちゃんがいるんですけど、さすがに昨日は避難してましたね」

 近所の花歩と姫水が解説する傍ら、夕理は複雑な顔である。
 つかさがあっちへ行ったせいで、一人で三社神社に行く羽目になった。
 まあ、誘われたのに断った自分が悪いのだけれど……。
 そのことには触れず、立火は腕組みして述懐する。

「私は行ったことないねん。これだけ大阪に住んでても、まだまだ知らないとこあるんやなー」
「名古屋に引っ越す前に行っとこ? どうせ三月はヒマやし」

 そう言う桜夜は、当然のように一緒に行く気だ。
 そうやな、と答えながら、境内を埋め尽くす大阪の人たちに目を向ける。
 大学の四年間だけとはいえ、しばらくこの地を離れるのだ。今のうちに目に焼き付けよう。


『大学、受かりますように!』
『笑える曲が作れますように』
『全国大会で、満足いくライブができますように』
『春からのWestaも、素敵な部活になりますように――』

 それぞれがそれぞれの祈りを捧げ、第一本宮を離れる。
 門のところへ戻ると、おみくじにも長蛇の列ができていた。

「うーん。さっきの晴の話を聞くと、並ぶのアホらしなるな」

 どうせ普段は並ばずに買えるのだ。
 受験生には時間の余裕もない。立火は今回は諦めて、桜夜へと声をかける。

「私たちはこれで帰ろか。泉先輩も待っててくれてるし」
「ううう、正月二日から勉強かあ……」
「あ、それやったら私が、先輩たちの分も買うときますよ」
「え、いいの?」

 できた後輩の花歩に続き、勇魚も元気に手を上げる。

「うちもうちも! 大吉が出たら先輩にあげます!」
「あはは、おみくじってそういうもんやったっけ。
 でも嬉しいで。ほな、また部活で!」
「いい一年にするんやでー」
「私も挨拶回りに行くから、またね」

 上級生三人は帰っていき、一年生の五人が残った。
 花歩、勇魚、つかさはおみくじの列に並ぼうとするが、夕理は首を横に振る。

「おみくじなんて非科学的なもの、どうでもええわ」
「初詣はするのに?」
「こ、これは新年の心構えのためというか……花歩はいらんツッコミしないで!」
「私の特技が潰された!?」
「あ、私もおみくじは昨日買ったから、天名さんと待ってるわね」
(え゛)

 いきなり言い出す姫水に、三人はそれならと列に並ぶ。
 気まずそうな夕理に向けて、姫水はにこやかに微笑んだ。

「天名さん、今年もよろしくね」
「あと三ヶ月でお別れやけどね」
「それまでにあなたと距離を縮めるのを、今年の目標にしてるんだけど」
(えええ……)

 善意ではあるのだろうが、正直ありがた迷惑である。
 悪いとは思いつつ、背を向けて距離を取ろうとした。

「私は藤上さんが嫌いではないし、Westaのメンバーとしては頼れる人やと思ってる。それで十分やろ」
「ま、待って天名さん! それ以上に仲良くなってくれないのは、つかさのことがあるから?」

 ……それだけではないけど、それがないとは言えない。
 沈黙を肯定として受け取り、姫水は物理的に距離を詰めてくる。

「年末に、つかさとあちこちへ行ったけれど。
 私が時々勇魚ちゃんの話をするのと同じく、つかさも時々天名さんの話をしていたの。
 やっぱりつかさにとって、あなたはどこか特別なんだと思う」
「な――」

 思わず緩む頬を必死で抑える。ぬか喜びをさせないでほしい。
 そんな夕理の正面に回り込んで、姫水は真心をこめて気持ちを伝えた。

「つかさにとって、あなたも私も大切な友達。それで十分でしょう?
 私だって一番は勇魚ちゃんだけど、つかさや花歩ちゃんを大好きな気持ちに嘘偽りはなく……」
「藤上さん。あなたは根本的に勘違いしてる」

 きっぱりと言われて、姫水も一瞬たじろいだ。
 大阪最大の神社で、新年を祝う人々の喧騒の中。
 疎遠なはずの女の子に向けて、夕理は初めて、それを明確に言葉にした。

「私がつかさに抱いてるのは友情とちゃう。恋愛感情や」


 案の定、分かっていなかった。
 姫水は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてから、何とかして口を動かした。

「え、だって女の子同士……」
「だから何やねん!」
「そ、そうね、ごめんなさい。このご時世で気にすることではないわね」

 ご時世とか言われて余計にイライラする。
 時世がどうだろうと、つかさに対する気持ちが変わるものか。
 しかし姫水に悪気がないのも分かるので、何とか激情を抑えて淡々と続ける。



「私はずっと前から、つかさに恋してるし愛してる。
 せやけど欲望を制御できないようなクズとは違う。つかさが幸せならそれでええんや。
 お願い藤上さん、つかさを大事にしてあげて」
「天名さん、そんな……」
「……私はもう、つかさの役には立てへんから……」

 それだけ言って、夕理はぷいと横を向く。
 これ以上の会話を拒否されたまま、姫水は呆然と立ち尽くしていた。


「ただいまー……って、何かあった?」
「あ、ううん。何でもないわよ」

 つかさはもちろん勇魚も花歩も、微妙な空気にがっかりする。
 疎遠な二人に少しは仲良くなってほしかったが、今年も期待はできなさそうだ。
 夕理は無表情で横を向いたままなので、姫水が努めて明るく声を上げる。

「おみくじはどうだった? いいのは出た?」
「大吉と大凶やったで! これで先輩に大吉をあげられる!」
「勇魚ちゃんは大凶でいいの?」
「結んでくから平気や! それより花ちゃんが……」

 心配そうな勇魚の視線の先で、暗い顔をしていた花歩が、うがー!と両手を振り上げた。

「何で二枚引いて二枚とも凶やねん! ここの神様は私に恨みでもあるんか!」
「ま、まあまあ花ちゃん。ここで不運を使い果たしたから、今年はいいことあるで!」

 おみくじの意義を覆すような台詞に、夕理もようやく少し笑ってしまう。
 そしてつかさが、三枚の紙をひらひらさせた。

「念のため三枚買うといて良かったで。花歩、この大吉は部長さんに渡してあげて」
「つかさちゃんこそホンマの神様や!」
「あと一応、姫水にもあげる。中吉やけど」
「え、うん。ありがとう」

 さっきの今で生じるぎこちなさを、演技で隠して素直に受け取る。
 演技はせずに済むようになったはずなのに、少し心苦しい。

「つーちゃんの分は何やったん?」
「末吉ー。ま、こんなもんやろ」
「よし結んだ。これで凶のことは忘れる。
 みんな初売り行くで! 次は福袋で運試しや!」
「また外れ引いたらどうする気やねん」

 花歩と夕理が話しながら歩き出し、つかさと勇魚も続く。
 後からついていく姫水は、もらったおみくじに目を通した。

<恋愛:この人を逃すな>

 顔を上げると、勇魚と話すつかさの笑顔が目に入る。

『友情とちゃう。恋愛感情や』

 恋に鈍感な姫水だが、頭の回転が悪いわけではない。むしろ早い方だ。
 夕理にその意図はなかったが、疑念が生まれるには十分だった。

『好きや、姫水』
『こんなにも好きなのに!』
『あたしと勇魚、どっちが好き……?』

(もしかして、つかさも――?)


 *   *   *


 すし詰めの阪堺電車に乗って、天王寺に到着した。
 一人千円ずつ出し合って、大賑わいのあべのハルカスに突入する。
 夕理は例によってうんざり顔だ。

「何でみんなそこまで福袋なんか欲しいんや。ゴミになる可能性もあるのに……」
「それも含めての運試しじゃない? 最近は不要なものはネットで売る人が多いみたいね」

 何事もなかったように普通に話す姫水に、他の三人も何かあったとは気付かない。
 あれこれ悩んで、三千円の洋服と、二千円のお菓子の袋を買った。
 デパートを脱出してキューズモールに移動中、つかさが隣を歩く姫水に袋を掲げる。

「ま、この時間まで残ってた袋や。過度の期待はしないように」
「そういえばうちのお母さん、阪急の福袋を狙いに朝七時に出かけていったわよ」
「うわ、根性のある母上やなあ」
「勇魚ちゃんのお母さんまで巻き込んでごめんね」
「ううん、お母ちゃん、めっちゃ楽しそうにしてたで!」

 横で聞いていた花歩が、親に頼まれたハムの福袋を揺らして感想を漏らす。

「お母さん同士が仲良いのってなんかいいよね」
「花ちゃん、うちらも大人になったらそうなろうね!」
「もちろんや!」

 今年も仲の良い親友たちにほっこりしながら、姫水は今さらながら思い出していた。

(そういえば勇魚ちゃんも花歩ちゃんも、好きになった相手は女の人じゃない)
(あまり女性ぽくない先輩たちだから忘れてた……)

 もしかして、自分だけが恋を知らない状態なのだろうか。
 そのせいで、つかさを傷つけていないだろうか……。


 フードコートでたこ焼きやクレープを食べながら、さっそく開封の儀式を始める。
 まず服の方は……。

「うーん、微妙!」

 つかさが笑いながらばっさり斬る。
 他の皆も同意の苦笑の中、勇魚だけが店の人を擁護した。

「そ、そこまで悪くないと思うで。このブラウスなんて素敵やん!」
「そっちはいいとして、このダサいTシャツが値段に入ってると思うと……」

 つかさが広げたのは、『大阪ガール』と大きく書かれた無地のTシャツだ。
 夕理までつい笑ってしまう前で、つかさは折りたたんで袋に戻す。

「ま、これは部長さんにプレゼントするとして」
「部長を何やと思ってんねん!」
「えー、絶対喜ぶやろ。花歩も部長のこと好きなら、そういうとこ理解しないと」
「そ、そうかなあ?」

 好き、という単語に姫水がぴくりと反応する。
 しかし平然を装って、見た目は高級そうなハンカチを取り上げた。

「勇魚ちゃんは服はサイズが合わないから、これを持っていくといいわよ」
「うーん、うちにはおしゃれ過ぎひん?」
「そんなことないってー。このスカート、芽生が好きそうやからもらっていい?」
「どーぞどーぞ。後はブラウスやけど……」

 比較的当たりのそれを、つかさは真っ先に想い人へ差し出す。

「姫水、どう?」
「……私には少し小さめかな。天名さんが似合うんじゃない?」
「っ!」

 余計な気を使ってへんやろな、とにらむ視線が姫水へ向くが、つかさは気づかず夕理に服を当てた。

「うん、可愛い。夕理は服少ないんやから、持ってったらええやん」
「あ、うん、ありがと、つかさ……」
(なるほど……あれが恋する瞳なのね)

 そう言われるとあからさまで、今まで分からなかった自分に呆れてしまう。
 まあ、現実感がなかったから仕方ないのだけれど。

 お菓子の方はさすが有名店、なかなかの当たりだった。
 服を取らなかった姫水とつかさが多目にもらって、後は適当にお喋り。
 しばらく経った頃、花歩がもう一つの福袋を覗きこむ。

「あかん、ハムの保冷剤切れるかも」
「混んでるし、店の人にも悪いで。そろそろおいとまや!」
「そうやなー」

 勇魚の思いやりに同意して、一同はフードコートを出る。
 駅に向かいながら花歩が尋ねた。

「つかさちゃんと姫水ちゃんは、明日も二人で出かけるの?」
「ううん、明日は六組の子たちと初詣に行くわよ」
「さすがに奈々に怒られたんや。『つかさ一人で藤上さんを独占しすぎ!』って」

 笑って言うつかさは、姫水から見ても余裕が感じられる。
 実際ほぼ独占できているのだから、一日くらいはええよという感じだ。

(私がつかさの気持ちに気付かなくて、ずっと傷つけてきたんじゃないかと思ったけど)
(それはあり得ないわね……最近のつかさ、いつも幸せそうにニコニコしてるし)
(やっぱり私の自意識過剰なのかな……?)

「つかさちゃんは暇なんや。なら一緒にUSJ行こうよ」
「そうやなー、部活があってあんまり行けてへんし。年パスの元取りに行こか」
「夕ちゃんはうちに遊びにきいひん? 汐里に会ってあげて!」
「えっ、子供は苦手や……」

 全くできていない全国大会の曲については、皆も一切触れない。
 今はあくまでお正月。
 後はのんびりするべく、家に帰っていく。


 *   *   *


 三が日最後の日。

「京都の初詣にも行ってみたい」

 と姫水が言うので、六組の京都に詳しい子が先導し、御所の西にある神社に来ていた。
 クラスメイト三十人近くが、姫水との思い出を少しでも作りたいと同行する。
 ちょっとした団体観光客だ。

「すごい、狛犬でなくて狛猪なのね!」
「えへへ、喜んでもらえて何よりや」

 先導の子が嬉しそうにはにかむ。
 ここは上京区の護王神社。和気清麻呂が猪に救われた故事から、猪が祀られている。
 亥年である今年は賑わっており、猪の大きな絵馬も飾られていた。
 神社を参拝する姫水の美しさに、六組の生徒たちはそっちの方を拝んでいる。

「ううっ、藤上さんとお正月を過ごせるなんて……」
「最近ずっとご無沙汰やったからなあ」
「ごめんね。つかさとばかり遊んでしまって」
「い、いやいや、あのライブを見たら文句言う奴はいいひんて」
「悔しいけど、やっぱり彩谷さんは藤上さんの特別なんやなあ」

 姫水は微笑みながら、対外的なイメージを思い出す。
『出会った時から心惹かれ、ずっと執着してきた運命の相手』
 それは晴が宣伝のために作った、フィクションに過ぎなかったはずだ。
 でも、本当にそうだったのだろうか?


「藤上さん、次はどこ行きたい? 平安神宮とか?」
「あ、ごめんなさい。そこはつかさと動物園に行ったときに立ち寄ったの」
「近くやもんね。そうなると……」

 縁結びのところー! という声が級友の集団から上がり、京都に詳しい子は考え込む。

「東山の方は死ぬほど混んでそうやから……。
 下鴨しもがも神社にしよか。そう遠くないし」
「おお、世界遺産!」

 その行先を聞いて、集団の中の一人、三重野奈々は拳を握った。

(よし、チャンスや!)


 *   *   *


 つかさと姫水の関係の行く末に、やきもきしているのは夕理だけではない。
 奈々もまた、一体どうなるのかと気にかけていた。
 八合目の例えをつかさがしたことを、晶から聞いたので余計にである。

(最近のつかさ、すっかり腑抜けてる! 八合目で満足して終わりなん?)
(友達もいいとは思うし、責めることはできひんけど……)
(でもやっぱり、二人には本当の意味で結ばれてほしい)
(つかさやったら、絶対に藤上さんを幸せにできるはずや)

 電車と徒歩で下鴨神社の入口までやってきた。
 ただすの森を通りながら、まずは縁結びで有名な相生社あいおいのやしろへ直行する。
 二本の木が一本に結合された連理の賢木れんりのさかきの前で、何人かは割と本気で祈っている。

「彼氏ができますように!」
「今年こそ出会いがありますように!」

 そんな彼女たちに微笑しながら、姫水は無心で手を合わせる。
 参拝が終わったタイミングで、奈々は思い切って話しかけた。
 この場所なら不自然ではないはずだ。

「ふ、藤上さんは、誰か結ばれたい人とかいるのー?」
「――ううん、今はないわよ。友達と一緒の方が楽しいから」
「あ、そうなんや。でももし藤上さんのことが本気で好きで、付き合いたいって子がいたらどうする?」

 奈々にとって計算外だったのは、まず反応したのが取り巻く級友たちということだった。
 目を光らせ、怒りを込めて詰め寄ってくる。

「コラ奈々ー! まさかどっかの男から、藤上さんを紹介しろとか言われてるんちゃうやろな!?」
「はああ!? んなわけないって! そんなん私の拳で撃退するわ!」
「ほんまやろなー!? 藤上さんはみんなのお姫様なんやで!」
「いや、それはどうやろ……」

 弁解している奈々が、はっと息をのむ。
 姫水は流しもかわしもせず、真剣な目で奈々を見つめていた。

「三重野さん。誰か具体的な心当たりがいるの?」

 しまった――!
 一気に発言を後悔する。つかさのことだと感づかれたろうか。

「そ、その、えっと……」

 ああ……でも。
 五月のアメリカ村での、つかさの表情が忘れられない。
 いつも飄々としていた彼女が、初めての恋に真っ赤になり自暴自棄になり。
 あの時は、相手がまさか姫水とは思わなかったけれど。
 それでも協力すると言ったのだ。いっそこの場で、全てを教えてしまおうか――。

「……なんて、ただの一般論よね」
「あ、う、うん、そうやねん! 物の例えってやつ!」

 見かねた姫水が助け舟を出し、奈々も即座にそれに乗った。
 危ない危ない。暴走するところだった。
 自分みたいな部外者の脇役が、影響して良いことではなかった。

「もー奈々、あんまり藤上さんを困らせるんやないで」
「あはは、ごめーん」
「ふふ、別に困ってはいないわよ。
 もしそういう人がいるなら、正直に気持ちを伝えてほしいかな」
「あ、やっぱそうやなー。一般論として!」
「そうね、一般論として」

 クラスメイトたちもほっとして、自分に置き換えた場合に思いをはせる。
 恋の社を離れ、一同は楽しく話しながら本殿へ向かっていった。



(……やっぱり、そうなんだ)

 奈々の存在は影響なしとはいかなかった。
 その言動は、姫水の疑念を見事なまでに補強した。

(きちんと、つかさに確認しよう)

 重文の楼門をくぐりながら、姫水はそう決意する。

(友情であれ恋であれ、つかさは私にとって大事な人)
(なかなか素直になれなかった私たちだからこそ、もう隠し事はしたくない)
(私の自意識過剰ならそれでもいい。ちょっと恥をかくだけじゃない)

 二千年の歴史を持つという広大な古社で、姫水は三日目の初詣を終える。
 どんな結果になろうと、自分に嘘はつかないと誓いながら。

 明日から、新たな年の部活動が始まる。


<第30話・終>

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