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「うあああああ! どうしよう夕理!」
「どうと言われても……」

 今年はマシになると誓った矢先から情けないが、他に相談できる人がいない。
 駆け込んだ夕理の家で、つかさは頭を抱えていた。

「黙ってたのに感づかれるって最悪のパターンや……。
 こんなことなら、いっそ堂々と告白すればよかった……」
「その、ごめん……藤上さんが気付いたのって。
 もしかしたら初詣で私が、余計なこと言うたせいかも」
「ん? 何言うたん?」
「ええと……恋と友情の違い的なことを」
「ふうん」

 姫水のことで頭が一杯なので、特に追及はしない。
 とにかく、つかさの気持ちは姫水にバレてしまった。
 夕理に話したおかげで少し冷静になり、他人の部屋で勝手に寝転がる。

「あー、もう告白して玉砕するしかないんやな……」
「べ、別に玉砕すると決まったわけとちゃうやろ。
 予選が終わってからの藤上さん、つかさにベタ惚れやないか」
「友達としての話やし……勇魚の方が大事って言ってるし……」
「それは恋する気持ちを知らなかったから!
 人が恋に落ちるのなんて、その時が来れば一瞬なんやで!」

 言ってて夕理は泣けてくる。何でこんなことを力説してるんだろう。
 つかさも悪いと思ったのか、身を起こして頭をかいた。

「まあほら、ハードルは下げといた方がええやろ? 振られてショック死したくないんや」
「後ろ向きやなあ……。でも、告白すること自体は良いことやと思う」

 改めて、夕理はつかさを正面から見据えた。

「というか墓場まで持ってく方があかんやろ。
 一番大事な人に、一番大事な気持ちを隠したまま、表面だけで付き合おうなんて。
 そんなん恋人どころか、友達としてもどうかと思う」
「うん……そうやな。夕理の言う通りや」

 完全にすっきりして、つかさは勢いよく立ち上がる。
 少なくとも、これからしようとすることは間違ってはいないのだ。

「ありがと、夕理。そういう真っすぐなとこ、ほんまに尊敬してる。
 そして今度こそ! 本当に! 頼るのは最後にするから」
「別に頼ってくれていいけどね。ま、頑張って」

 夕理は敢えて軽く言って、帰っていくつかさを玄関まで送った。
 一人きりの家で、カーテンを開けて夜空を見上げる。

 いよいよ、四月から続いてきたつかさの想いに決着がつく。
 もちろん姫水にも選ぶ権利があり、夕理がどうこう言えることではないけど。

(上手くいってほしい……)

 つかさの一番にはなれなかったけど、友達ではあるのだから。応援するのは当たり前だ。

(上手くいってほしいんや……)

 勝手な都合だけど、二人が交際してくれれば、完全に夕理の恋は終わる。
 そうすれば、いつか他の誰かを好きになれるかもしれない。

(……上手くいかへんかったら?)

 もし万が一、つかさが失恋したら、自分の想いはどうなるのだろう。
 慌てて頭を振る。そんなの考える必要はない。
 もしかしたら、本当はそれを望んでるなんて、断じて思いたくない。

よこしまな人間になりたくない!)


 *   *   *


 翌朝までには、つかさは頭の中で段取りを立てていた。
 水曜日の校舎に登校するなり、まず隣のクラスへ行く。

「姫水、ちょっといい?」
「あ、うん」

 廊下に出てきてもらった彼女との間に、気まずい空気が流れる。
 でも大丈夫だ。昨日までの蜜月がもし戻らなくても。
 最低限、仲の良い友達にはまた戻れる。

「今度の日曜、天王寺の動物園に行こう」
「え……」
「もちろん、勇魚も一緒でいい。
 あたしはアンタたちの間に割り込むつもりなんや。
 せやから、あの場所が決着に一番いい」
「……分かったわ。勇魚ちゃんの予定を聞きに行きましょう」

 段取りの一つ目は終わり、並んで三組の教室へ行く。
 廊下を歩く生徒が、緊迫した雰囲気に何事かと振り返っていた。

「動物園? 行く行くー! 楽しみやー!」

 その空気には特に気付かず、笑顔で答えた勇魚は教室の中を向く。

「それやったら花ちゃんも!」
「待って勇魚。今回は三人だけの話にさせて」
「え……夕ちゃんもあかんの?」
「あかんねん。ごめん、今回限りやから」
「う、うん……」

 姫水の方を見る勇魚だが、幼なじみも黙ってうなずくので、何も言えなかった。
 花歩はクラスメイトの肩越しに怪訝な顔をしている。

「それで勇魚、物は相談なんやけど」

 ホームルームが始まってしまうので、つかさは急ぎ段取りの二つ目に移る。

「その前の日に、あたしの家に泊まりにきいひん?」
「ええの!? わーい! お泊り会や!」
「あはは、精一杯もてなすで。
 ……で、代わりと言うたら何やけど、あたしに教えてほしい。
 子供の頃からの姫水との思い出を、全部」

 幼なじみ二人が思わず息をのむ。
 つかさ自身もキモいとは思うが、それを知らないままでは戦いようがない。
 十五年間という圧倒的な積み重ねとの差を、少しでも埋めないと……。
 でないと勇魚には勝てないからと、恥を忍んで姫水に頭を下げる。

「ごめん、あたしストーカーみたいやな」
「……ううん、そんなことはないわよ。勇魚ちゃん、包み隠さず話してあげて」
「う、うん……あ、それやったら、つーちゃんがうちに来た方がええやん! アルバムいっぱいあるし!」
「いやいや、情報提供してもらうのに、ご飯までいただいたら悪いやろ」
「うちとつーちゃんの仲やろ! それに汐里も喜ぶで!」

 そこまで言うなら、とつかさが出向くことに決まった。
 教室に戻り、何の話やったんと花歩に聞かれて、説明に苦労する勇魚だった。


「つかさちゃんと姫水ちゃん、何かあったん?」

 勇魚からは詳細が分からなかった花歩は、当然ランチで夕理に尋ねる。
 聞かれた方は里芋を喉に詰まらせかけた。

「喧嘩とかではないから安心して。詳しくは……来週に話せるかもしれへんし、話せないかもしれへん」
「うーん、そっかあ。私って蚊帳の外になりがちやからなー。
 つかさちゃんの退部騒動のときもそんな感じやったし」
「……ごめん……」
「わわ、そんな深刻にならないで! あのときは後から説明してもらったから!
 あ、そういえばー」

 と、強引に話を変えつつ、花歩は小声になって周囲を見回す。
 一年二組の生徒たちは、夕理と無関係にそれぞれの昼休みを過ごしている。

「クラスの人とは最近どうなん? 全国行きが決まって、夕理ちゃんも一躍人気者やろ?」
「そんなん最初だけや。今はもう前と変わらへん」
「うーん、四月にはクラス替えなのに……。
 あの曲を誉めてくれた子たち、一緒に食べよーって誘ってみる?」
「やめて!」

 つい声が大きくなって、はっと目を左右するが、幸い誰にも気付かれなかった。

「私がまたキツいこと言って嫌われたら、私の曲まで嫌われる……。
 せめて曲だけは、好きなままでいて欲しいんや」
「そっか……しゃあないね」
「花歩こそ、三組の子とはもうすぐお別れなのに、ええの?」
「私は休み時間とかに話してるしー。今さら夕理ちゃんを一人にはせえへんって」
「う、うん……」

 少し赤くなって、夕理は上目で花歩を見る。
 今後、つかさと姫水が抱き合ったりキスしたりしても、何とか精神の平衡を保たないと。
 やはり花歩と小都子、勇魚を頼りに生きていくしなかない。

(かといって依存先がこの三人に変わるだけなら意味ないで……私自身がしっかりするんや……)
「ま、今は新曲作りに集中やな」
「そ、そうやで! 他のことを考える余裕なんてないんや!」
「わわ、どうしたの」

 驚く花歩に、夕理はごまかすようにお弁当をかきこんだ。


 *   *   *


 言うだけあって、花歩は少しだけ歌詞を持ってきた。
 まだ自信はないけれど、立火と桜夜が漫才で何とかしてくれるはずだ。
 ノリがいい方の曲に合わせて、精一杯に明るく歌う。

『1、2、3、それ! ここから始まる楽しいフェスタ
 スクールアイドール 作ーる笑いのルート
 悩みは捨てて駆け抜けて 私たちと一緒に笑おうよ!』

「ううっ。苦しいダジャレですみません。
 笑おうよとかお願いする前に、お前が笑わせろよって感じではあるんですが」
「まあまあ。若手芸人さんの舞台でも、そういうお願いはあるからね。
 曲だけ、歌詞だけで人を笑わせようなんてそもそも無理や。
 プロを含めても、そんな楽曲はほとんど思い出せへんし」
「先輩たちのコントや、衣装、振り付け、MC……
 それら全部総動員して、面白い空気を作れればいいんじゃないかしら」

 小都子と姫水がフォローして、とにかくこれをベースに考えていく。
 ね、ね、音頭の方はどうなん? と勇魚に聞かれて、花歩は鉛筆で頭をかく。
 勇魚が好きそうな曲ではあるのだけど。

「やっぱりテンポが少し遅いから、勢いでごまかせなくて辛いねん」
「アイドルの音頭って、普通は既存のファン向けやしね」
「今回はパスで、次の夏に回す?」

 つかさと夕理が提案するが、異を唱えたのは晴だった。

「しかしお祭りの雰囲気は捨てがたい。ノリが良いだけの曲は、正直ありきたりではあるしな」

 頭脳明晰なマネージャーも、対象が笑いとなると正直なところ不得手である。
 それでも晴なりに頑張って案を出していく。

「夕理、この二曲を合体させて、勢いのある音頭にできひんやろか」
「な、なるほど、少し考えてみます。花歩、歌詞変えなあかんかもしれへんけど、ごめん」
「ええよー。本番まで一月半もあるんや」

 遅々としつつも少しずつ進む後輩たち。
 後ろで勉強する立火と桜夜は、頼もしく思いつつも、参加できない身が歯がゆい。

(最後の曲やのに、私はこんなとこで何してるんや。けど泉先輩の見込みやと、私は今まさに当落線上……)
(くそう、夏にもっと勉強していれば……いや一年生の頃から勉強していれば……)

(あーもう全部投げ出したい! どうせ私なんて頑張っても不合格なんや!)
(でも受からないと立火と一緒に暮らせへんしなあ……ううう……)

 そんな受験生へのご褒美というわけではないのだろうが。
 部活の終了後に、つかさが立火へ声をかけてきた。

「部長さん、ちょっとお家に寄らせてもらっていいですか?
 受験の追い込み中にすみませんけど、すぐ帰りますから」
「つかさが!?」

 もちろん立火は大喜びで、思わず後輩の手を握る。

「いやー、つかさってそういうの嫌なのかと思ってたで! 来てもらえて感無量やなあ」
「あはは、実は福袋で外れ品がありましてね。プレゼントしようかなって」
「外れかーい!」

 ツッコまれているつかさを、姫水の視線が黙って追う。

(つかさ、何か立火先輩に相談するのかな?)

 あのダサいTシャツを渡すだけなら、この場でも十分だ。
 わざわざ家に行くということは、何かあるのだろう。
 少し考えてから、帰ろうとする桜夜に声をかけた。

「先輩、天六まで一緒に行ってもいいですか?」
「え、来てくれるん? めっちゃ嬉しいで~。何なら泊まってく?」
「い、いえ、そこまでは。少しお話したいことがあるので」

 絶対に必要なわけではないけど。
 もうすぐ卒業してしまう今、ただの相談でも思い出になるはずだ。
 勇魚と花歩とは手を振って別れて、桜夜と帰っていく姫水を、今度は小都子の目が見送る。

(何や、先輩に相談するのが流行りなん?)
(夕理ちゃん、一年生の間で何か起きてるんやろ? いつでも相談に乗るで!)

 そわそわしてお声がかかるのを待つが、夕理はさっさと行ってしまう。
 慌てて追いかけて、昇降口を出たところで呼び止めた。

「ゆ、夕理ちゃん。何か悩み事があるんちゃう?」
「え。いえ、特には……。今の私は、傍観するしかないので」
「そ、そう……当事者になる予定はありそう?」
「……はい、もしかしたら。その時はご相談するかもしれません」
「うん、待ってるで」

 恵まれていることを改めて実感しながら、夕理は一人で帰宅する。
 もう自分のことは考えず、電車の中、ただ一心につかさへエールを送りながら。


 *   *   *


「婆ちゃん、たこ焼き焼けて……って、今日は店じまいか」
「いーっすよ、悪いですし。へー、ここが部長さんの家かあ」
「狭いとこやけど、上がって上がって」

 居間にいた立火の母と祖母に挨拶してから、色気のない部屋に通される。
 どうしても上下関係のある先輩だけに、なかなか遊びに来る気にはなれなかったけれど。
 いい機会が作れてよかった。

 どら焼きとお茶を出してもらって一息ついて、さっそくTシャツを進呈する。

「あはははは! ええなこれ!」

 『大阪ガール』の大きな文字に、立火は予想通りの大ウケだった。

「これ着て名古屋の町を歩いたら目立ちそうやな!」
「うーん。一緒に歩く桜夜先輩には、悪いことしたかなあ」
「どーゆー意味や! 何にせよ、大事にするで」
「一年生みんなでお金を出した福袋なので、五人の気持ちが入ってますよ」
「そうか……うん、これを着たら、みんなのことを思い出すようにする」

 しみじみとお茶を飲んでから、立火はTシャツを脇に置いて真面目な顔に変わった。

「さて、別にこれだけのために来たんとちゃうやろ。何でも言うてええで」
「はい、あの……決して非難しようとか、そんなつもりはないんですが」

 言い出しづらいが、ここまで来て躊躇しても仕方ない。
 つかさは立火の目を見て、はっきりと尋ねた。

「全国大会、何で優勝を目指さないんですか?
 何であっさりと諦めたんですか?」


 固まる室内の空気に、弁解のようなつかさの声が続く。

「あたしは別にいーんですよ! ラブライブとかそこまで熱心でもないし。
 でも部長さんは違うやないですか。
 無理って言われてた予選突破に挑んで、最後まで諦めずに成し遂げたやないですか!
 それが晴先輩に言われたからって、いともあっさりと……」
「……そうやな」
「戎屋さんにも結局一度も勝たれへんままですよね。それで卒業していいんですか」
「その通りや」
「すみません、責めてるわけやなくて……。
 聞きたいだけなんです。何で頂点を目指さへんのか……」

 立火はどら焼きの残りを胃に収めながら、しばし考えをまとめた。
 素直な花歩たちと違って、本当に一癖ある後輩である。
 だからこそ来てくれて嬉しいし、偽りない答えを返したかった。

「もちろん、口で全国制覇と言うだけなら私にもできる。
 せやけど実際の行動が伴わなければ意味はないやろ」

 うなずきながら、つかさは真剣に聞いている。

「本気で頂点を目指す気なら、私と桜夜は受験を諦めなあかん。
 時期的にも、大会のレベル的にもな。
 そして、何と思われようと、部活にそこまでの犠牲は払えない」
「……はい」
「京都戦の後、龍安寺に行ったの覚えてる?」

 つかさは思い出すと同時に、立火の言いたいことを理解したようだ。

『吾唯足知』われただたるをしる

 知足のつくばいに書かれた、その四文字のことを。

「あの言葉は、下手に使うと単に諦めることの正当化になるけれど。
 でも人の欲は果てしないし、上を見たらきりがない。
 予選を突破した今の場所が、私には足るを知る一線なんや」

 失望されたやろか、と少し心配な立火だったが。
 つかさは微笑んで、「納得できました」と言ってくれた。
 そして、かけてきた迷惑について、今さらながら自供してくる。

「あたし、ずっと姫水に恋してました」
「……そうやったんか」
「退部騒動を起こしたのも、地区予選で暴走したのも、全てはそれが理由です。
 色々ありましたけど、次の日曜に決着がつきます。
 部長さん。いえ、立火先輩」

 つかさはきちんと正座をすると、深々と頭を下げた。



「あたしみたいな問題部員を、見捨てずにいてくれてありがとうございました」
「……つかさ、お前のおかげで楽しかったで。こちらこそ、ほんまにありがとう」

 立火もまた姿勢を正して、心から感謝の礼をする。
 つかさが足るを知れる一線を、間違わず見つけられますように。
 もうすぐ別れる先輩としては、そのことを祈るばかりだった。


 *   *   *


「ここで一駅だけ乗るのが毎回面倒やねん。直通してくれたらええのに~」
「さすがに地下鉄の路線は変えられませんよ。……あの、三年間ずっと一人だったんですか?」
「ううん、朝は途中まで地元の子と一緒やで。あと、他の学校のよく見かける子とはお喋りしたり」
「そうだったんですね。安心しました」

 ほっと息をついて大国町から動物園前へ一駅、そこで堺筋線に乗り換え天六へ。
 先日のつかさに続いて、桜夜の通学路も知ることができた。
 三年間、取り留めなくも楽しい日常があったのだろう。

「で、姫水が話したいことって?」

 並んで立って運ばれながら、桜夜が聞いてくる。

「まあ、その……個人的なことで恐縮なんですが。
 実は私に、本気で恋してる女の子がいるようなんです」
「ん? つかさやろ?」
「……はい」

 勉強は苦手な先輩だが、こういう方面では割と鋭い。
 というか、先日まで気付かなかった自分が情けない。
 恥じ入りながら、吊り革を握り直しておずおずと尋ねる。

「近いうちに告白されそうな気配なんです。どうしたら良いでしょう……」
「どうもこうも、受けるか断るかの二択やろ。
 そもそも、とっくにデキてるのかと思ってた。あれだけベタベタしてたくせに」
「わ、私は友達のつもりで……勇魚ちゃんの方が好きですし……」
「なら勇魚と交際したらええやん」
「勇魚ちゃんはそういうのじゃないんです。天使なんです!
 ……それに、つかさのことも好きなんです。病気を治してくれた恩もありますし……」
「あーもう優柔不断やな。ラブコメの主人公か!」

 しゅんとなる姫水に、桜夜はなけなしの頭を回転させて、自分のできる助言を考えた。
 小都子のような含蓄のあることは言えそうにないし……。

「うーん、私の体験談を話すしかないやろか」
「え、先輩も誰かから想いを寄せられて? ぜひ参考にお聞きしたいです」
「私の友達の椎橋恵しいはし めぐみって知ってる?」
「バレー部のキャプテンだった方ですよね。背が高いので印象に残っ……
 ええ!? あの人が桜夜先輩に!?」
「声が大きい! ちょっと興奮しすぎや!」
「す、すみません……」

 扉の前に移動して、小声で話を続ける。

「ここだけの話、恵って私のこと好きなんやと思う」

 かぶりつくように聞いていた姫水は、途端にがっかり色の溜息をついた。

「ただの憶測じゃないですか。よくそんな自意識過剰を堂々と言えますね」
「いやいや、絶対そうやって。あれは三年生になったばかりのことなんやけど……」

==============================================

 住女では三年生に上がる際にはクラス替えはない。
 代り映えのない同級生の間で、くじ引きで席を決めると、桜夜の隣は叶絵だった。

「ラッキー、勉強教えてもらえそう」
「ふざけんな。お前、何教えても三日で忘れるやないか」
「またまた、Westaのことはまだ好きやろ? 活動を応援すると思って」
「辞めたやつによくそういうこと言えるな……」

 などと軽口を叩きあっていると。

「か、叶絵ちゃん!」

 急に後ろから上ずった声がする。
 振り返ると、恵が切羽詰まった顔で両手を合わせていた。

「お願い! 座席替わってもらえへん?」
「え? 別にいいけど、何で?」

 叶絵は純粋に不思議そうな顔だ。
 クラスメイトの視線も向く中で、恵は少し逡巡していたが、枷が外れたように大声を出した。

「わ、私、桜夜ちゃんの顔が好きやねん!
 できれば一番近くで、ずっと可愛い顔を見ていたいんや!」

 教室内は数瞬固まってから、大爆笑に包まれる。
 耳まで真っ赤になっている恵に、叶絵は必死で笑いをこらえながら、黙って席を立った。
 頑張れ、というように肩を叩いて、座席を交換する。
 にこにこしている桜夜の隣に、恵は恥ずかしそうに腰を下ろした。

「ご、ごめん桜夜ちゃん。急に気持ち悪いこと言うて……」
「えー何で? めっちゃ嬉しいやん。
 私の美貌はそりゃ見たくなって当然やで。いくらでも眺めていいからね!」
「う、うん……えへへ」
「恵のそういうとこって、ほんま可愛えなー」
「……私の背丈でも素でそう言うてくれるん、桜夜ちゃんだけや」
「え、そう? 実際可愛いのに」

 ああ……思い切って良かった、という小声の呟きの後。
 恵ははっと気づいたように後ろの席の子へ向く。

「ご、ごめんねっ。授業中はなるべく背中丸めてるから!」
「いやいや、黒板なら十分見えるで。お幸せにね~」

 そう言われてはにかむ恵は、本当に幸せそうで……。
 以来、隣の顔をうっとり眺める恵と、見られて得意げになっている桜夜という光景が、六組でしばしば繰り広げられたのだった。

==============================================

「それは……何と言いますか」

 話を聞き終え、姫水は真面目に考え込む。

「ご本人の仰る通り、桜夜先輩の顔が好きなだけでは?」
「ちゃうって、私に惚れてるんやって! 少女漫画いっぱい読んでる私が言うんやから間違いなし」
「はあ、そういう事にしておきますけど。
 でも告白されたらどうするんですか?」
「告白はされへんやろなー。優しくて控えめな子やし、このままの関係で卒業しそう」
「もし仮に告白されたら!?」
「顔が近い! それはまあ、断るしかないけど……」

 花歩を犠牲にした以上、今さら『立火はただの相方』なんて言い訳はできない。
 ましてや同棲することまで決まっていては、恵の気持ちに答えることはできないが……。

「私が言いたいのはそういうことやなくて!
 人に好かれるのってほんまに幸せやってこと。
 姫水はもしかしたら、『気持ちは嬉しいけど』ってつかさに言うのかもしれへんけど。
 そのときは建前でなくて、本心から言うてあげてや」
「桜夜先輩……」

 確かに、と姫水は思う。昨日からずっと、困ったり悩んだりばかりだったけれど。
 つかさみたいな素敵な女の子が、こんな自分を好きになってくれたのは、まず喜ぶべきことなのだ。
 本当にこの先輩は、いつだって愛を謳歌している。

 天六の駅で降りて、せめて銭湯だけでもと連れていかれた。
 広い湯舟に並んで浸かりながら、桜夜は嬉しそうに笑う。

「それにしても、恋に悩む姫水も可愛えなあ。これが本当の姫水なんやな」
「……はい、そうですね。
 もし病気が治っていなかったらと思うと、ぞっとします」

 つかさがこんなに想ってくれるのを、きちんと現実として感じられて良かった。
 動物園デートまであと四日。どう答えるのか、一生懸命考えよう。
 冬の空気に冷えた体を、今は先輩と二人で目いっぱい温めておく。



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