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第32話 最後の欠けた輪


「ねえ夕理ちゃん。つかさちゃんと姫水ちゃんのことは残念やったね」
「ち、ちょっと花歩ちゃん」

 花歩のぶしつけな言葉を、はらはらしながら小都子が遮る。
 だが言われた方の夕理は、未だ心ここにあらずという感じで、もくもくとお弁当を食べていた。

 今日のお昼はこの三人。
 人に聞かれたくない話なので、夕理と一緒に部室にやってきた。
 念のため小都子にも来てもらって、これで態勢は万全である。

(夕理ちゃん、めっちゃ怒るんやろなあ……)

 しかし昨日一晩考えて、芽生にも相談に乗ってもらった上でのことだ。
 夕理の友達として、これ以上黙っては見てられない。
 バナナジュースを一口飲んで、花歩はおもむろに話し始めた。

「けどもう過去には戻れへん。私たちは先に進まなあかんねん」
「……?」
「夕理ちゃん、はっきり言うで……。
 つかさちゃんがフリーになった今こそ、告白するチャンスや! ずっと好きやったんやろ!?」
「アホか!!」

 案の定激怒した夕理は、椅子を蹴って立ち上がった。
 花歩も負けじと立ち、目の前の距離でにらみ合う。

「私は今まで、本気でつかさの恋を応援してきたんや!
 それが潰えた途端、手のひら返してつかさを狙おうなんて……
 そんなハイエナみたいな真似ができるわけないやろ!」
「ハ、ハイエナの何が悪いんや!
 ハイエナさんだって大自然の中で懸命に生きてるんや!」
「か、花歩ちゃん。何だか話がずれてるで」

 小都子に突っ込まれるが、花歩はそのまま話を続ける。
 このために信頼できる先輩に来てもらったのだ。
 やりすぎたら無理にでも止めてくれるだろう。

「私はずっと不満やったんや! なんで夕理ちゃんばっか我慢せなあかんねん!
 自分の気持ちを押し殺して、つかさちゃんに協力ばかりして……。
 そろそろ報われたってええ頃やろ!」
「なっ……何でや花歩! 今までそういう話、全然してなかったやないか!
 お昼のときも他愛ない雑談ばかりで、せやから私も安心してっ……」
「それは言っても仕方なかったから!
 つかさちゃんは姫水ちゃんに夢中で、どうにもならなかったから!
 けど今は状況が変わった! 夕理ちゃん、これ以上は単に、自分の気持ちから逃げてるだけやで!」
「なっ……私が、逃げ……!?」
「はい一旦ストップ。座ってご飯食べようね」

 小都子に言われて二人とも座る。
 もそもそとお弁当を食べてから、花歩の声は今度はしんみりと流れ出した。

「私たち一年生五人、誰の想いも上手くいってへん……。
 まあ、勇魚ちゃんは諦めて正解やったと今でも思うけど、それはともかく。
 せめて夕理ちゃんだけは、一番好きな人と両想いになってほしいんや……」
「花歩……」

 夕理の怒りが少し鈍る。花歩の想いはもう望みがない。
 それに比べて、夕理には可能性だけはあるのだから。
 が、小都子が横から冷静に指摘する。

「けどね花歩ちゃん、それって告白して成功すればの話やないの。振られたら夕理ちゃんが傷つくだけやで」
「うっ、そうではあるんですが。
 で、でも挑戦しない限りは、可能性はゼロかなって……」
「つかさはきっと、今でも藤上さんが好きや。私の入り込む余地なんてない」
「だったらなおさら!
 誰かがアタックしない限り、つかさちゃんはずっと姫水ちゃんを……引きずるんやない?」

 花歩もだんだん自信がなくなってきた。
 無責任に煽って、夕理まで失恋仲間に叩き込むだけかもしれない。
 でも、つかさだって夕理を特別に思ってはいるだろうし、そこまで望みがなくはないと思うのだけど……。

「何にせよ、クールタイムが必要やね」

 小都子の穏やかな声が、一年生たちを落ち着かせる。

「傷心のつかさちゃんを今すぐ狙うのは、確かに行儀としてどうかと思うで。
 つかさちゃんやって、気持ちを整理する時間は必要やからね」
「な、なるほど! 夕理ちゃんも、時間さえ置けば倫理的には問題ないやろ?」
「まあ……倫理的には」
「先輩、具体的にどれくらい空ければいいでしょう!?」
「え? ええっと……一ヶ月くらい?」
「と、いうことは……」

 今日は1月16日。
 頭の中でカレンダーをめくり、花歩はおお! と声を上げた。

「バレンタインで決着をつけろということですね! さすがは小都子先輩です」
「え、別にそういうつもりは……。ちょっと短かった? 半年くらいにする?」
「そんなに待ったら、他の誰かがつかさちゃんを狙うかもしれないやないですか。
 バレンタインデーや夕理ちゃん! お菓子会社の陰謀とか言わへんよね?」
「断じて言うで。お菓子会社の陰謀や」
「まあまあ、クリスマスだって楽しかったやろ!」

 勝手に盛り上がる花歩だが、気乗りしなさそうな小都子の顔を見て、再び自信がしぼんでいく。

「あの……小都子先輩は賛成でない感じですか?」
「別に反対というわけでもないんやけどね。
 ただまあ、無理につかさちゃんを狙わなくても。
 夕理ちゃんは今でも十分幸せなのかなって、私は思ってるけど」
「も、もちろんです! 私は恵まれています。
 花歩。今度の日曜、私は先輩とクラシックのコンサートに行くんや」
「うっ、二人でそんな約束してたの……。
 でもそれは、つかさちゃんへのアタックと両立すると思うんやけど……」
「とにかく、一ヶ月待ってから、ね」

 小都子に言われ、はいと言うしかない花歩に、夕理は少し済まなそうに続ける。

「花歩が私のために言うてくれてるのは分かるで。
 でもつかさの頭の中には、もう私という選択肢はないと思う。
 元々私の方から、依存しないように、普通の友達でいられるように努めてきたんやから」
「そうやねえ。急に方向転換されても、つかさちゃんも戸惑うやろうねえ」
「で、でも夕理ちゃん」

 乗り気でない二人に、花歩だけ必死で方向転換を後押しした。

「今の夕理ちゃんなら、つかさちゃんと結ばれても依存なんて絶対せえへん。
 それだけは、友達の私が保証する!」
「……とにかく一ヶ月後までに、考えるだけはしてみる」

 夕理の返事でお昼は終わり、部室を出る。
 鍵を返すため別れた花歩は、小都子と並んで戻る友達を見送った。

(私の余計なお節介なんやろか……)
(でも姫水ちゃんも勇魚ちゃんも、あれから時々元気がない)
(つかさちゃんが幸せになってくれれば、二人も安心できると思うんや……)

 もちろんそのために、夕理に無理しろと言う気はないけど。
 でもこの機を逃したら、夕理とつかさの関係は完全に固定される気がする。
 中一のときからずっと続く想いが、何とか報われてほしかった。

(つかさちゃん、お願いや……。今すぐは無理でも、あの子を見てあげて)
(今の夕理ちゃんは一人ではないんや)
(せやから、安心して好意を受け取っても大丈夫や)

 小都子と花歩だけではない。夕理を取り巻く全てのことが、彼女を支えてくれている。
 全ての、ことが……。

(あ、ひらめいた)

 花歩に浮かんだのはもう一つの課題、新曲のことだった。


 *   *   *


「『オール・ザッツ・何ちゃら~』なんていいと思うんですが。どうでしょう曲名」

 一日置いて木曜日。三年生が参加する日。
 曲のタイトルを決めるべく、花歩はミーティングで提案する。
 その瞳の向く先で立火は破顔した。

「集大成らしいし、なんか漫才ぽくてええな! 年末にやってそう」
「あ、あはは、それはそれで。
 で、何ちゃらに当たるいい言葉はないでしょうか? smileとlaugh以外で」
「ふっふっふっ」

 いきなり腕組みして笑い出したのは桜夜である。
 自分では知的になったと思ってる目をきらりと輝かせる。

「受験勉強の成果を見せたるで! ここで使うべき単語は『funny』!
 意味は『こっけいに面白い』。私たちにぴったりやろ!」
「あ、はい、それも考えたんですが、形容詞なので……」
「え……形容詞だとあかん?」
「ちょっと文章としてどうでしょう」
「むむ……姫水!」
「はいはい。後ろに『days』をつけたらどうかしら。
 私たちの面白かった日々、その全てをライブに込められたらなって」

 おお、と沸く部員たちの頭に、そのタイトルが浮かぶ。
 『オール・ザッツ・ファニー・デイズ』、略してATFD!
 夕理の顔は少し明るくなり、クールなつかさと晴も特に異論はない。

「なかなかええんとちゃう。ちょっと長いけど」
「去年のAqoursも四単語で優勝した。長さは問題にはならへんやろ」

 Aqoursと同じと聞いて嬉しそうな勇魚に、立火は続けて指示を出した。

「よし、曲は一気に完成に近づいた。あとは勇魚! 笑える衣装を頼むで!」
「はいっ! 日曜に道頓堀へ行って、ちょっと取材してきます!」
「え……道頓堀に何かあったっけ?」
「えへへ、週明けのお楽しみですっ!」

 まさかカニかフグの衣装でも作る気じゃ……。
 と危惧する部員たちだが、本人が言っているのだ。楽しみに待とう。

 その後は歌詞の残りを詰めて、曲としてはいったん完成した。
 しかしこれだけで笑わせられるとは誰も思っていない。
 全国大会まで一ヶ月と少し。ここから笑えるライブを作る、試行錯誤が始まるのだ。

 部活終了後、立火から連絡があった。

「明日は三年生は半日授業やから、部活は休ませてもらうで」

 下級生たちに緊張が走る。
 明日はセンター試験前日。その次の日はいよいよ本番である。
 立火はどうでもいい情報を披露した。

「おととしまでは三年生を体育館に集めて、校長が激励とかしてたんやけど。
 それで風邪引いた奴が出て、去年から中止になったんや」
「この学校はアホしかいないんですか……」と呆れ顔の夕理。
「でも実際、風邪には気を付けてくださいね? では、校長先生とはいきませんけど……」

 そう言った小都子はそのまま立ち上がり、後輩たちに目配せした。
 立って次期部長の後ろに並ぶ一年生に、立火と桜夜はなんやなんやと目を丸くする。
 応援団のように手を掲げた小都子が、目いっぱい声を張り上げる。

「フレー! フレー! せ・ん・ぱ・い!」
『フレ! フレ! 先輩! 頑張れ頑張れ! 先輩!!』



 一年生たちも唱和し、冬の部室にエールが響き渡った。
 桜夜は滂沱の涙を流し、立火は風邪でもないのに鼻をすする。

「み、みんなあ……」
「お前たち、ありがとう……熱いエール、確かに受け取ったで!」

 感動シーンをカメラに収める晴の前で、立火は改めて決意した。
 センターで良い点を取っておけば、二次試験も余裕をもって臨めるだろう。
 逆にここでダメなら、全国大会への練習にはあまり参加できないかもしれない……。
 スクールアイドル生活の締めのためにも、必ず結果を出さねば!

「やるでー! ここまで応援してもらったんや、私はやったる!」
「うんうん、頑張るんやで立火」
「お前も来週後半から試験やろ! 何を余裕こいてるんや!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。六校も願書出したんやから、数撃ちゃ当たるって」

 フラグのようなことを言っている桜夜に、夕理は心底不安しかない。

「恥ずかしながら応援団の真似までしたんですから、しっかりしてください」
「あはは。フレフレ言ってるの、夕理にしては可愛かったで。もう一回やって」
「絶対に嫌です!」
(この二人、何だかんだで仲良くなってきてるのかな?)

 少し思うところのある姫水だが、今は心に秘めておく。

 そして――センター試験の日がやってきた。


 *   *   *


「おはよっす、広町さん」
「おはよ。お互い気合い入れてこ」

 隣の区にある大学で、同じクラスの子と挨拶する。
 家から近いし、祖母の言葉がなければここを受けるつもりだった。
 全身のポケットに入れた、初詣のお守りに護られながら建物に入る。

「隣やな。よろしくー」
「うん、よろしく……って!」

 試験会場に座り、隣の子に挨拶すると、向こうはいきなり驚いてきた。

「Westaの立火さん!?」
「おっ、知っててもらえて光栄やな」
「そら全国行ったスクールアイドルやん! え? 試験なんか受けててええの?」
「いやいや、いくら全国行けても、試験は受けないと浪人やで」
「あ、あはは、それもそうやな。アイドルと思うとつい」
『え、広町さんが!?』
『同じ部屋で!?』

 たちまち部屋は大騒ぎになり、握手やらサインやらを求められてくる。
 立火が気さくに応じていると、一画から声が上がった。

「ねー、ちょっと一曲歌ってもらえへん?」
「って何調子乗ってんねん! 試験官につまみ出されるわ!」

 即座に近くの子が突っ込み、場は笑いに包まれる。
 緊張なんて完全に吹っ飛び、皆は着席して試験開始を待った。

(ほんま、大阪人はノリがええなあ)

 他県の人からは不謹慎と見られるのかもしれないが、立火には心地よい空気だ。
 でも、だからこそ一度は離れねばならない。
 名古屋人というのはどういう人たちなのか……
 それを確認するためにも、立火は鉛筆を握って戦いを開始する。


 *   *   *


「部長から連絡、きいひんなあ……」

 土曜のお昼休み。スマホばかり確認している花歩に、つかさが呆れ顔を向ける。

「いちいち昼に報告なんかせえへんやろ。ちっとは信じてドンと構えたらどうやねん」
「ううっ、小心者でごめん」
「まあまあ。それより、明日の日曜だけど……」

 と、姫水がお弁当箱を置いて花歩に尋ねる。

「予定がなければ、アメリカ村と堀江に行かない? 服でも見に」
「あたしも一緒やでー」
「え、姫水ちゃんとつかさちゃんと? うん、大丈夫やけど」

 色々あったばかりの二人に誘われて、ちょっと緊張する花歩である。
 とはいえこの機に探れるかもしれない。今のつかさが夕理をどう思っているのか。
 花歩の視線はその夕理へと向く。

「で、夕理ちゃんは小都子先輩とコンサート」
「先輩がいてくれて助かったで。一年生はこういうの一緒に行く人いいひんから」
「あ、あはは。一時間くらいで終わるなら行くんやけど」
「うちは一時間も無理や! 三十分で寝るで!」

 自慢にならないことを笑顔で言う勇魚は、姫水がぴくりと反応したことに気付かない。
 その勇魚はボランティア部の人と道頓堀で遊ぶそうで、充実した休日に、花歩は少し後ろめたい。

「部長がセンター試験受けてる日に、私たちは遊んでてええのかなあ」
「あたしらが家でじっとしてたからって、部長さんの点数が上がるわけでもないやろ」
「来年、再来年は我が身やからね。今のうちに青春を謳歌しておかないと」

 つかさに続いて小都子の言葉に、皆も確かにと納得する。
 桜夜は講習に行っていて今日はいない。
 下級生たちは今はジャージ姿。一足先にライブの練習を始めているが、センターがいないとやはり締まらない。
 合格さえ決まれば、逆に授業がなくなる三年生の方が、練習時間は多く取れるのだけど……。


 *   *   *


『一日目の自己採点は、やらん方がええんやって』
『もし結果が悪いと明日の試験にも影響するから』
『てことで二日目が終わってからまとめてやるで』

 昨晩届いた立火のメッセージを、花歩は姫水と一緒に地下鉄で読み直す。
 参考になるなあ……と言いたいところだが、残念ながら参考にできるのは小都子までである。

(なんで入試制度改革なんて、余計なことするんやろなあ)
(しかも問題点多いみたいやしグダグダになりそう……ってやめやめ。せっかくの日曜や)
「そういや姫水ちゃんは大学行くの?」
「どうしよう。一応行っておいた方がいいのかな。
 まあ、役者のお仕事が軌道に乗るか次第ね。乗らなかったら行くしかないし」
「うーん、芸能人も大変やなあ」

 待ち合わせの四ツ橋駅には既につかさが来ていた。
 会うなりじろじろと、花歩を値踏みするように眺めてくる。

「相変わらず大都会大阪の人間とは思えぬ、芋っぽい恰好やな」
「ほっとけ!」
「そんな花歩でも東京に行って恥ずかしくないように!
 今日は堀江のセレクトショップで、おしゃれを追求しようというわけや」
「うふふ。花歩ちゃんは磨けばもっともっと光ると思うわよ」
「ええ……今日ってそういう趣旨やったの。
 でも全国大会は部活なんやから制服やん」
「それ以外でも東京行く機会はあるやろ」

 堀江へと歩きながら、つかさの目がふと遠くなる。
 冬の空気の中で夏を見据えたかのように。

「夏休みになったら、あたしは姫水のとこに遊びに行くつもり。もちろん勇魚も連れてくで」
「私も今度こそ、東京の友達を紹介できると思う」
「つかさちゃん、姫水ちゃん……」

 本当にこの二人は、結ばれこそしなかったけど大切に想い合ってるんやなあ……と花歩が感じていると。
 お鉢は自分の方へ回ってきた。

「花歩ちゃんは来てくれる?」
「も、もちろんや! あ、でも予選突破できたら、夏休みも全国大会やで?」
「その場合は二、三泊延長する感じやな。交通費浮くし」
「あはは、それならお得やね。――帰りに、部長と桜夜先輩のとこに寄ってもいいかもね」

 その部長が試験と格闘中のところを心苦しいが、将来の旅に相応しいセンスのため、花歩は力強く歩を進める。
 が、目的地に着いた途端、その勇気も怖気づいてきた。
 アメリカ村の西に位置する堀江。
 特にオレンジストリートと呼ばれる通りには、おしゃれなブティックやカフェが建ち並び、道行く女子たちもハイセンスに見える。

「私にはハードルが高すぎる……。
 服なんてショッピングセンターでしか買ったことないのに!
 こういう店、何も買わずに出るのめっちゃ気まずいやん?」
「もう、花歩ちゃんは人を気にしすぎ。店員さんだって慣れてるし気にしないわよ」
「この前に奈々たちと来たとき、いい店があったんや。
 ほら、あそこ。店員が話しかけてこないから、花歩にはちょうどええやろ?」
「うーん、それは助かるけど……」

 観光地として混雑しているアメリカ村に比べ、堀江は落ち着いていて人通りもそこそこだ。
 だからというわけではないが、つかさが指し示した店内には客の姿はなかった。

「めっちゃ入りづらい……もっと人のいる店にしない?」
「ええい往生際の悪い! 人がいたら落ち着いて服選べないやろ!」
「さ、花歩ちゃん。入って入って」
「あうう」

 姫水に背中を押され、仕方なく店内に入る。
 普段の花歩ならまず買わない、おしゃれ度の高い服がずらりと並んでいる。
 まずは試着ということで、一番はしゃいでいたのは姫水だった。

「これとこれ、これなんかもいいんじゃない?」
「姫水ちゃん、楽しそうやね……」
「花歩ちゃんは可愛いんだから、もっとアピールすればいいのにって常々思ってたのよ」

 そう言って姫水が選んでくれた服は実際可愛くて、花歩も悪い気はしない。
 でもやっぱり……服に着せられてる気がする。
 しばらくファッションショーを楽しんでから、頃合いを見てつかさが口を出した。

「さ、次は花歩が自分で選ぶ番やで。センスの見せどころやなー」
「うう、またそうやって難題を。そうやなあ……」

 じっと動かない店員を気にしつつ、店内を見て回る。
 花歩が手に取ったのは少し大人っぽい服で、姫水は目を丸くした。

「そういう方が好みだった? ごめんね、言ってもらえれば」
「う、ううん、さっきみたいな服も好きやで。
 でもやっぱり、もっとイカした女の子になりたいねん。つかさちゃんみたいな」
「あら、聞いたつかさ? こんな向上心のある子の目標になるなんて、幸せ者ね」
「もー、恥ずかしいことを堂々と……。まだ憧れとか言うてんの」
「当たり前やろ。変わるわけないやん」

 つかさと姫水の間に何があったのか、全てを知っているわけではないけれど。
 最後までつかさが、好きな気持ちを貫いたのは分かるし、憧れはますます強くなった。
 自分ではそんな風にできそうにないから、なおさら。



 いくつか試着して、二人のお勧めも聞いて、ひとつの服が候補に残る。
 今の花歩に似合うとは言えないけれど、似合うようになりたいと思える服。が……

(うげえ……七千円)
(普段の私なら即回れ右の値段や……)

 他の店も見に行く? と二人に聞かれたし、見てみたい気持ちもある。
 でも結局それをすると、いつもの優柔不断な自分で終わりそうだった。

(……ええい! 今はお年玉が残ってるんや!)
(お金をかければおしゃれになるとは思わへんけど)
(貧乏性でチャンスを見送るのはもう嫌や! 一期一会!)

「ありがとうございましたー」

 店員の声を聞きながら、袋を抱えて外に出た花歩を、姫水が心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫? とんでもなく深刻な顔をしてたけど……」
「清水の舞台から飛び降りたとこ! 私はまた一つ生まれ変わったんや!」
「あはは。そこまで気合い入れて買ったなら、その服も幸せ者やな。
 さて、あたしは今日は靴を見に来たんや。二人とも付き合ってや」
「私はちょっと家具を……」
「ええ!? 姫水ちゃん、家具買うの!?」
「見るだけよ。いいのがあれば後で母と来るけどね」

 改めて、引っ越しちゃうんやな……と実感しながら、二人の買い物に同行する。
 スタイリッシュな欧風家具店と同時に、老舗のタンス屋などもある堀江。
 あれこれ意見を交わす姫水とつかさに、花歩も大いに勉強になった。

(やっぱり持つべきは、センスのある友達やな)
(これで私も、堂々と東京へ行けそう!)


 *   *   *


 三人が入ったのはこれまたおしゃれな、オーガニックな感じのカフェである。

「この後にアメ村も行くんやから、食べすぎるんやないでー」
『はーい』

 つかさに返事してガレットなどを頼んでから、一息つく。
 花歩の当初の目的――つかさが夕理になびいてくれそうかは、正直何とも言えなかった。
 姫水とは普通に仲のいい友達に見えるけど。そう努力している感じがしないでもない。

(いっそ姫水ちゃんに協力を頼むとか……)
(って、先走りすぎやな。この服と同じで、まずは夕理ちゃんが選ぶことや)
「ねえ、花歩ちゃん、つかさ」

 と、少し低い声で話し始めたのは姫水だった。

「私とつかさは最高の結果とはならなかったけれど。
 過去には戻る気はないし、この結果を踏まえて先に進まないといけない」

 どこかで聞いたようなことを言ってから、姫水は決然と顔を上げる。

「Westaの八人の中で、一ヶ所だけ欠けている輪がある。
 それを繋いでこそ、全国大会に相応しいライブができると思うの。
 つかさと決着がついた以上、もう私と彼女の間にわだかまりはないはず」
「そ、それってまさか……」

 勢いに飲まれている花歩に向かって、願いが姫水の口から放たれた。

「何とか本番までに――天名さんと仲良くなりたい」

(どうにも話がややこしくなってきたで……)

 夕理が好きな人が好きだった人が、その夕理と仲良くなりたいと言う。
 この関係は、一体何と呼べばいいのだろう?



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