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(どうにも話がややこしくなってきたで……)

 それが顔に出てしまったのか、姫水は不安そうな表情になる。

「花歩ちゃんは、やめた方がいいと思う?」
「う、ううん、そんなことないって!」

 慌てて打ち消す花歩である。二人が仲良くなること自体はもちろん大歓迎だ。
 どのみち夕理とつかさの関係はクールタイム中。
 あと一ヶ月、先に夕理と姫水の関係を進めてもいいかもしれない。

「私にできることは何でも協力するで! ……あれ、つかさちゃん?」
「う~~ん」

 賛成してくれると思いきや、腕組みして難しい顔をしている。
 まさか、と心配になった花歩は恐る恐る尋ねた。

「や、やっぱり姫水ちゃんを誰にも渡したくないとか……」
「アホか、そこまで女々しい女とちゃうわ!
 ましてや相手が夕理なら、後押ししたいのは山々なんやけど……。
 やっぱり二人って、あんまり相性が良くないと思う」
「そ、そうかしら?」

 はっきり言われた姫水は、少し引きつった笑顔で食い下がる。

「病気が治って、つかさとも決着がついた今の私でも駄目?」
「相性が悪いんやなくて、『良くない』んや。
 夕理と桜夜先輩みたいに、仲が悪いなら逆にぶつかることもできるやろ」

 と、つかさは両拳を軽く合わせる。
 確かにしょっちゅう言い合っていて、二人の会話は何だかんだで多かった。

「けど姫水と夕理の場合はぶつかりもしないというか……ねじれの位置というか」

 つかさの両拳は微妙に角度の違う方向へ進み、すかっと空振りした。
 花歩も言われてみればそんな気がしてくる。
 二人とも本当に良い子なのに、どこか噛み合わない……。

「でも!」

 と姫水が声を上げたところでガレットが来たので、お腹を満たしてから話を続ける。

「このままだと、夏休みに天名さんだけ遊びに来てくれないでしょう?」
「そうやろなー。夕理は空気なんて絶対に読まへんから。
 『何で私が。行く理由ないやろ』って声が聞こえてきそうや」
「それはあまりに寂しいじゃない。
 抜ける私が言うのも何だけど、私たち一年生五人、ずっと一緒にやってきたんだから……」
「うん……姫水ちゃんの言う通りや。今度こそほんまの仲良し五人組になりたい!」

 USJで遊んだときは、まだ仲良くなる途中だった。
 あれから色々な経験をしてきて。
 そして終盤を迎えた今、どうにか五人の輪を切れ目なく繋ぎたい。
 何となくナイフを使いたくなくて、ガレットを端から食べながら、花歩はつかさに懇願する。

「つかさちゃんも諦めないで協力して!」
「するってば。ただ、あまり期待はしないようにってだけや。
 とりあえず花歩は、明日のお昼に夕理に話しておいてくれる?
 夕理に回りくどい策なんて不要やから。全部正面から」
「わ、分かった」
「お願いね、花歩ちゃん。私、天名さんの真摯なところが好きなの」

 姫水の優しい笑顔に、花歩は強く決意する。
 一年間とはいえ濃密な時間を過ごした、大事な友達。東京へ戻る前に、必ず願いを叶えよう。
 ……そして本人さえ良ければだけど。
 その後は、夕理とつかさの仲を取り持って欲しかった。


 *   *   *


「くしゅん」
「あらあら。誰か夕理ちゃんの噂でもしてるんやろか?」
「私の話なんて誰もしませんよ……」

 コンサートを聞き終え、喫茶店で感想などを話していた夕理と小都子。
 文化的な休日を過ごしつつも、夕理の自己評価は相変わらずである。

「もう少し自信を持っていいと思うけどねえ。全国行きを決めた曲の作者なんやから」
「ま、まあ……Dueling Girls!については私もかなり満足してます」

 観客受けする熱い曲でありながら、クラシック要素も入れて自分らしさを出せた。
 全国レベルとはまだまだ言えないが、世間の評価もかなり良い。
 しかし……だからこそ余計に、次の曲であるATFDには自信がなかった。

「笑える曲……私にはまだまだ届かない境地です」
「そこはみんなの総合力で何とかね。あ! 立火先輩、試験終わったみたいや」

 届いたメッセージには『疲れたー』の文言とともに、本当に疲れ切った自撮りが添えられている。
 心の中で応援するしかない一方で、夕理は一年後のことが気にかかる。

「小都子先輩も、来年の今頃は大変ですよね」
「うん……何とか部活と両立できるように、しっかり実力をつけないと。
 そのためにも晴ちゃんに勝とうとか、無謀なことを試みてるんやけどね」

 旧帝大ということは、阪大あたりを受けるのだろうか。
 夕理はカップの紅茶を揺らしながら、固い決意を口にした。

「岸部先輩は当てにならないので、三年生は実質小都子先輩だけになりますが。
 でも大丈夫です。二年生になる私たちが四人もいます。あ、剣持さんも一応。
 部のことは私たちで力を合わせて、先輩の受験に負担がないようにします。絶対に!」
「夕理ちゃん……」

 小都子の手がテーブル越しに伸び、ベージュ色のリボンを愛おしそうに触れる。
 四月に贈られて以降、二人で過ごすときは常に夕理の髪を飾っていた。

「夕理ちゃんは、ほんまに優しい子やね」
「や、優しいなんて、後輩として当然のことです」
「……今の時間が、ずっと続いたらええのに」

 少し寂しげな呟きを、小都子は自分で驚いたように慌てて手を振った。

「なんて、ね。そうそう、大学行ったら楽器でも始めてみようかと思うんやけど、どうかな?」
「それは素晴らしいです! 近くに楽器店があるので、ちょっと見に行きませんか?」

 ティータイムを終え、いつものように割り勘で払って、二人は街へと歩き出す。
 今日一日、小都子はつかさのことは一切触れなかった。
 夕理としても一度は諦めた相手に、今さら見苦しいという気持ちもある。

 でも『逃げてるだけ』という花歩の言葉がむかっとくる。
 今が穏やかな幸せだからこそ、そこに逃げ込んで本当の心をごまかしているのだと。
 そう花歩に思われるのはシャクではあるけど……。


 *   *   *


 翌日、三年生の教室は朝から大騒ぎである。

「あれ絶対引っ掛け問題やろ!?」
「んなわけないやろ。できなかった奴は皆そう言うんや」
「足切りギリギリの点って、もう諦めた方がええのかなあ」

 受験生たちは自己採点を持ち寄って、あれやこれやと言い合っている。
 自由登校期間まであと十日。騒ぐのはこれが最後と思うと、少し寂しくもあるけれど。
 立火はといえば受験より、むしろラブライブを心配する級友たちに囲まれた。

「どう立火!? 全国大会出られそう!?」
「少なくとも一校は受かりそうや。もちろん二次試験次第やけどな」
「良かったー。立火がアキバドームで活躍しないと、私たちも落ちそうやから」
「そんな責任負わされてんの!?」
「ふっふっふっ」

 と、笑いながら教壇の前に立ったのは、未波たち三人の生徒である。
 心から解放された表情で、教室内へ高らかに宣言した。

「それでは私たちは一足先に抜けさせてもらうで! 諸君はせいぜい頑張ってくれたまえ」
「ずーるーいー!」
「そんな大学でほんまにええんか!」

 『センター試験だけで合否が決まる大学』で、安全圏の得点を取った三人だ。
 教室からは冗談半分のブーイングが飛び、立火もつい憎まれ口を叩く。

「自己採点でそこまで安心するのも危険やろ。もう少し勉強しといたらー?」
「やかましいわ、積んでるアニメやゲームがどれだけあると思ってるんや!
 うう……長い禁欲生活がついに終わった。四月までに消化できるやろか……」
「なんか知らんけど未波も大変やな」
「……おい、立火」

 と、先ほどから机に伏していた景子が、ようやく顔を上げる。

「私がずっと落ち込んでるのに、慰めの言葉もないんかい!」
「何やねん、先週までは余裕の顔してたくせに」
「くそう、油断した……。まさか部活続けてるコイツに負けるとは……」
「危機感がちゃうんや危機感が。私がスクールアイドルを続けるため、いかにコツコツと努力してきたかという」
「ええいやかましい!」

 立火の演説を中断させた景子は、不意にぽんと手を打った。
 顔を近づけ立火に耳打ちしてくる。

「木ノ川さんの調子はどうや? 私と一緒に浪人やれそう?」
「人の相方を道連れにしようとすんな!」


 その桜夜はといえば隣のクラスで、恵と一緒に寂しそうにしていた。

「うう……お祭りに入れへん。私もセンター受ければ良かったかなあ」
「そ、そんな理由で受けてもしゃあないよ。でも、今の実力は把握できたかもね」
「把握して悪かったら落ち込むやろ。過ぎたことより目の前に集中しいや」

 級友の相談に乗っていた秀才の叶絵が、そう言いながら戻ってくる。
 彼女が桜夜に向ける目は、いつにも増して心配そうだった。

「六校も受けて大丈夫?
 センターで実感したけど、本番の精神的消耗は半端ないで。模試や定期テストの比ではない」
「か、科目少ないし大丈夫やって! たぶん」
「私は五校や……自信なくなってきた」
「もー恵、暗い顔しない! ほら、私の顔を見て元気出して!」

 桜夜の花のような笑顔に、恵はすぐに幸せそうなオーラに変わる。
 彼女は少し赤くなって、いそいそとスマホを取り出した。

「さ、桜夜ちゃんの写真、受験のお守りにしていい?」
「ええでー。効果抜群やから!」
「桜夜で受験って……大凶の効果しかないやろ……」

 呆れている叶絵は放っておいて、カメラの前でポーズを取る。
 撮影中も、視線は恵のほんわかした顔へ向いていた。

(この前は姫水の参考になりたくて、ちょっと話盛ったけど)
(やっぱり恵って、私の顔が好きなだけなのかなあ)
(それならそれでええんやけどね)

 あと数日で、桜夜にも地獄がやってくる。
 その中でも、せめて可愛さは失くさないようにしないと。


 *   *   *


 昼休み。花歩は予定通り、姫水の願望を夕理に話し。
 夕理は予想通り渋い顔をした。

「はっきり言って、ありがた迷惑や」
「そ、そう言わず。勇魚ちゃんやって最初はそんな感じやったけど、今は仲良くなったやないか」
「勇魚は……いい子やし、スクールアイドルがほんまに好きやったから」
「姫水ちゃんも優しくて性格良くて、練習にも熱心やろ?」
「そうなんやけど……」

 困り顔でお弁当を食べる夕理は、なぜ姫水と疎遠なのか、自らも明確に分からないようだ。
 やはりつかさの言う通り、単純に相性が噛み合わないのだろうか。
 しかし、何も挑戦しないまま諦めるわけにはいかない。

「とにかく姫水ちゃん、今日から夕理ちゃんにアタックするつもりやから! 心の準備をしておいて」
「面倒くさい……そうでなくても、つかさのことで悩んでるのに」
「おっ、ちゃんと考えてるんや」
「か、花歩が言うたからやろ! 現状維持って結論になっても、文句言うんやないで」
「それは夕理ちゃんの選ぶことやからね。でも……」

 花歩は友人をじっと見てから、少し煽りを混ぜ込んだ。

「姫水ちゃんは、好意をちゃんと口に出せて偉いなあ」
「……それが相手を困らせることも、少しは考えるべきやと思うけど」
「またまたー。歯に衣なんて着せたことのない夕理ちゃんが、それを言う?」
「ぐっ……」


 放課後の部活へ向かう夕理の足は、少し重い。
 部室の前には他の一年生が既に揃っていた。

「夕ちゃん!」

 姫水よりも先に、勇魚が尻尾を振って駆け寄ってくる。
 今回の件、当然ながら真っ先に相談されていたのだろう。

「あのね夕ちゃん、姫ちゃんはほんまに素敵な子やねんで!
 思いやりが深くて頭もよくて、うちと違ってデリカシーもあって!
 幼なじみから見ても、姫ちゃんと友達になるのは絶対おすすめ」
「あーもう喋りすぎや! 藤上さんがどういう人かは、私もよく分かってんねん!」
「天名さん、それなら……!」

 姫水が嬉しそうに前に出るのを、夕理の手が押しとどめる。

「けど仲良くなりたいかは別や。
 住女で過ごす時間は少ないのに、私なんかにかまける必要はないやろ。
 藤上さんを本当に好きな人を大事にしてあげて」
「またそれ? 私はね、天名さんと仲良くなりたいの」

 少しむっとしながら、姫水は明確に口にする。
 夕理も言い訳じみていたかと、少々反省した。やはり本気の言葉には本気で返さねば。

「私は藤上さんが嫌いではないけど、好きでもない。
 悪いけど、特に仲良くする理由がないんや」
「……そう」

 花歩はあちゃあと顔を覆い、つかさはやれやれと苦笑している。
 そして姫水と勇魚の悲しそうな目には、さすがに夕理も良心が痛む。
 が、姫水はすぐに不敵な表情になると、銃で撃つかのように指を突き付けてきた。



「最初から一筋縄でいくとは思ってないわよ。
 何としてもあなたに好かれるよう、精一杯努力するわ。覚悟してね」
「はた迷惑な……」
「動かなければ何も変わらないでしょう?」
「おっ、なんやなんや。盛り上がってるやないか」

 鍵を持った立火と、上級生三人も一緒にやってきた。
 部室に入りながら状況を話す姫水に、立火は大笑いし、桜夜は口をとがらせて夕理を責める。

「なんやもう~。ケチケチせずに仲良くしてあげたらええやろ」
「ケチとかそういう問題じゃありませんっ! 自分に嘘はつけません」
「大丈夫ですよ桜夜先輩。こうなったら私の意地にかけても落としてみせますから」
「おっ、姫水もやる気やな。面白くなりそう~!」
「でも先輩は受験に集中してくださいね。ところで小都子先輩」

 姫水がにこやかに笑いかけたのは、夕理が最も頼みにする上級生である。

「部員同士が仲良くすることは、どう思われますか?」
「え? も、もちろん望ましいことやと思うで」
「ありがとうございます。私と天名さんの仲、応援していただけないでしょうか?」
「う~ん、そうやねえ。無理強いするわけにはいかへんけど……。
 でも夕理ちゃん。姫水ちゃんとはもうすぐお別れなんや。少しだけ考えてあげたら?」
(ふ……藤上さんめ、外堀から埋める気や!)

 優等生面でにこにこしている姫水を、夕理は思わずにらみつける。
 しかし尊敬する小都子の言葉である。なかなか無下にもできない……。
 そんな緊張感ある攻防を、つかさは少し距離を置いて見ていた。

(昔の夕理やったら、こういう同調圧力的なことは逆に反発したろうけど)
(今は何やかんやでWestaのこと大事にしてるからなあ)

 とはいえこのやり方で夕理の心に届くのか、いまいち疑問だけれど。
 一方で花歩の視線は、あらあらという感じの小都子に注がれる。

(小都子先輩、姫水ちゃんなら歓迎なんやな。つかさちゃんは気が進まなそうやったのに)
(まあ、普通の友達になるだけなんやから、反対する理由もないか……)

 そしてどうでも良さそうに、話を変えたのは晴だった。

「個人関係の構築は、部活を妨げない範囲でやってくれ。
 それより部長、センター試験の報告をお願いします」
「おっ、そうやな。結論としてはまあまあってところやな」

 後輩の参考になればと、立火は詳しく話し始めた。

「前にも言ったかもしれへんけど、私は私立と公立一校ずつの二校で勝負や」
「さすが男前っすねー」
「ほんまの男前なら本命一本勝負なんやろうけどな。
 で、センターの結果やと私立は受かりそうやけど、公立は厳しい」
「ならもう私立でいいんじゃないっすか」
「けど学費が百万円くらい違うからなあ……。
 ま、私立に受かってからの話やな。二次試験は再来週の日曜!」

 次の試練を見据えつつ、立火は真剣な顔で活動予定を語る。

「一月中は今まで通り、週二回だけ参加する。
 二月になって授業がなくなれば、毎日練習する余裕もできるはずや。
 綱渡りやけど精一杯やるから、どうか私にセンターを任せてほしい!」

 改めて頭を下げる部長に、部員たちは胸が締め付けられつつ、もちろん異論などあるはずもない。
 桜夜だけが我が身を省みて不安そうにしている。

「私はどうなるんやろ……」
「桜夜はサブセンターを頼むで。
 受験の結果がどうあれ、ステージでは私が完璧にフォローする。
 必ず一緒にアキバドームに立つんや!」
「う、うん、分かった。とにかく週末からの試験を頑張る」
「立火先輩だけではないですよ。後輩たち全員で支えます」
「受験も最後のステージも、絶対に両方とも成功させましょう」

 小都子と姫水にも言われ、桜夜は目を潤ませてえへへと笑った。
 全国大会まであと一ヶ月。
 気合いの入ったところで立火が号令を下す。

「よし、みんなジャージに着替えや! 本格的に練習を始めるで!」
「天名さん、柔軟体操は私としましょうね」
「何で藤上さんと……私には小都子先輩が……」
「先輩先輩! うちとやりましょう!」
「そうやねえ。私も今日は勇魚ちゃんの気分や」
(完全に外堀が埋められてる!)


 オール・ザッツ・ファニー・デイズ!
 元気にその曲名を歌いながら、笑えるライブを考えていく。
 もっとふざけた顔をしてみる?
 笑い声を合成して加えてみる?
 やっぱり少しは高度なダンスも入れる?

 今日も活動時間はあっという間に終わり、最後に勇魚が衣装案を披露した。

「うろ覚えやったので、道頓堀でもう一度見てきました!
 これやったら絶対笑ってもらえます!」

 そう言って掲げたスケッチブックにあったのは――
 赤と白の縞模様の服に、首の周りには飾り布。三角帽子に、顔には大きな丸眼鏡。
 皆が唖然とする中、晴が眉根を寄せて質問する。

「勇魚、これは何や」
「はいっ、くいだおれ人形です!」
「正確にはくいだおれ太郎や。株式会社くいだおれが商標を持っている」
「んん? もしかして、勝手に使たらあかんやつでしたか?
 分かりました、ちょっと使わせてやーって電話してみます!」
「そういう問題とちゃうわ!」

 机を叩いて怒ったのは、もちろん夕理である。

「確かに大阪のシンボル的な面もあるけど、あくまで企業が商業目的で作ったものやで!
 それをラブライブに持ち込もうとは言語道断――」
「夕ちゃん、何で怒ってるん?」
「あーもう! 勇魚はスクールアイドルの理念が全く分かってへん!」
「まあまあ、天名さん」
(げっ、また絡んできた)

 夕理が少し引く傍らで、姫水は優しく微笑んで説明した。

「ねえ勇魚ちゃん。人気の漫画やアニメの衣装でラブライブに出るグループがいたらどう思う?
 たとえ許可を取っていたとしてもね」
「うーん、うちは別に気にせえへんで!」
「さすが天使の勇魚ちゃんは心が広いわね。
 でもそれは、そのキャラクターの人気を借りてるだけじゃないかな。
 やっぱりスクールアイドルなら自力で勝負しないとって、天名さんは言いたいのよ」
「た……確かにその通りや! 夕ちゃんはほんまに真面目で偉いで!」
「それだけとはちゃうけど……まあ間違ってはいないしええわ」

 少し疲れながら、夕理は姫水の説明で良しとする。
 姫水がしてくれたことは昔のつかさと同じではある。
 コミュニケーションが苦手な夕理が、周囲と繋がれるよう橋渡ししてくれた。
 でも今の自分と勇魚なら、別に助けてもらう必要はない気もするけど……。

 それはともかく衣装については、三年生たちが拾い上げて晴に頼んだ。

「くいだおれ太郎のまんまは無理でも、何とかこれを生かせへん?」
「頼むで晴~。せっかく可愛い勇魚が考えてくれたんや」
「それなら縞の向きと配色を変えて……」

 晴がパソコンを操作して、少し違う衣装案を作る。
 やっつけのラフなものだが、勇魚はすぐに内容を理解した。

「ピエロや!」
「なるほど、大阪からやって来た八人の道化ってわけや!」

 立火がうなずき、部員たちも賛同する。
 最近は映画等でちょっと怖いイメージのピエロだが、だからこそ本来の、人を笑わせる役目をするのもいい。

「よし勇魚、この方向で全国大会に相応しい衣装に仕上げるんや!」
「はいっ! えへへ、晴先輩、ありがとうございますっ!」
「お前のためとちゃうで」
「勇魚、あたしにも手伝わせてや」
「つーちゃんも!? やったー、百人力や!」

 つかさの申し出に、他のメンバーも安心して任せられた。
 立火と桜夜にとっては最後に作る衣装。
 あまりアイドルらしくはないけど、だからこそ他のグループにはない衣装になるはず。
 最後に立火が部員を見回す。

「他にはない? それなら今日はここまで!」
「天名さん、一緒に帰りましょうね」
「何でやねん!」


 結局途中まで姫水と桜夜という、夕理が苦手な二人に挟まれて帰る羽目になった。
 大国町駅でようやく二人が下りて、車内にはぐったりした夕理が残される。
 つかさはケラケラと笑っている。

「攻めに回った姫水ってあんな感じなんやなー」
「笑い事とちゃうわ! ああまで強引な人とは思わへんかった」
「ま、とにかく時間がないからやろ。そのへんは汲んであげてや」
「むむむ……」

 もう一年、大阪に残ってくれれば、少しずつ仲良くなれたかもしれないのに。
 せっかく病気が治った今、もっともっとスクールアイドルの楽しさを感じてもらえたろうに。
 女優界の厳しさが、それを許さないのだから仕方ないけれど……。

「たぶん数日したら、デートに誘ってくると思うで」
「……正直、気が進まへん」
「まあまあ、一回だけ付き合ってあげてや。あたしの顔に免じて。
 それであかんかったら、はっきり言ってやっていいから」

 ここでも外堀が埋められている。
 ただ、気は進まないものの、行くべきとも思う。
 今まで姫水のことを、ろくに見ようともしなかったのは事実だから。

「一回だけや。それで気に入らなかったら、ほんまにはっきりキッパリ言うで」
「うんうん。夕理のそういうところは、姫水も結構好きみたいやで」

 朗らかに言われて、夕理は少し揺れてしまう。
 何で姫水は、それに花歩も勇魚も、こんな自分に好意的でいてくれるのか、未だによく分からない。

(つかさは……今は私のこと、どう思ってるんやろ)
(依存されそうで心配な子のままなんやろか)
(もし仮に、万が一、私が付き合って欲しいって言うたら)
(……迷惑やろか……困るだけやろか……)

 それを考えるためにも、姫水と一日だけ過ごしてみようと思う。
 つかさがあそこまで本気で、誰よりも好きになった人なのだから。



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