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第2話 根性とブラック部活

「ここに三年間通うんやね!」
「せやで、はなちゃん!」

『大阪市立 住之江女子高等学校 第三十三回入学式』

 そう書かれた看板の前で、花歩は隣の友人と共に、改めて高校生となった事実を噛みしめていた。
 付き添いの母に記念写真を撮ってもらってから、少し緊張気味に校門をくぐる。

 丘本花歩おかもと かほ
 何の変哲もない高校一年生。
 無事この学校に合格し、今日から新たな日々が始まるのだけれど――
 周りを見渡すとさすがは高校生、誰もかれも大人っぽく見える。
 それにひきかえ自分ときたら、制服こそ真新しくなったけど、中学の頃と何かが変わった実感はない。

(やっぱり、高校デビューに挑戦すべきやったかなあ……)

 色々と考えはしたのだ。思い切って髪を染めるとか、ピアスを付けるとか。
 けれども何一つとして実行に至らず、結局地味なままこの日を迎えてしまった。

「花ちゃん花ちゃん! どないしたん、門出の日やで! 元気出してこ!」

 隣の勇魚がばしばし、と背中を叩いてくる。
 佐々木勇魚ささき いさな
 背丈は低いが、それを埋め合わせて有り余るパワフルさを持つ友達だ。
 その大きな声は、高校という場に負けない存在感を発していて、今は心強い。

「そやね。誰が何と言おうと、私は高校生やもんな」
「あはは、誰も何も言わへんって!」

 二人で笑い合ってから、後ろで大阪のおばちゃん同士盛り上がってる母親たちに声をかける。

「おかーさん、いつまで喋ってんの! はよ行くで!」
「はいはい」

 ちなみに父は別の学校で、双子の妹の入学式に参加している。
 向こうも始まる頃かな、などと考えながら、体育館の方へ歩き出そうとした時だった。

「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます!」

 メガホンを持った一人の生徒が、通行する新入生に向かって声を張り上げている。
 首から下こそ住女の制服だが、顔はパーティー用の鼻眼鏡をかけ、ギャグっぽい雰囲気を漂わせていた。

「私たちはスクールアイドル『Westa』!
 皆さんの前途を祝して、一曲披露させていただきます。
 ご用とお急ぎでない方は、どうぞお楽しみください!」

「花ちゃん、スクールアイドルやで!」

 勇魚が興奮気味に、花歩の腕を掴む。
 彼女はスクールアイドルが大好きで、特に前回のラブライブで優勝した静岡の学校のファンだった。
 花歩も別に嫌いではないが、勇魚ほど熱心ではない。
 へー、あれがそうなんや、と隣で母が呟く。花歩も同じようなレベルである。

♪チャッチャッチャララ チャッチャ

 地面に置かれたスピーカーから、軽快な音楽が流れ始める。
 それをBGMに現れたのは、タキシード風の衣装を着た三人のスクールアイドルだった。
 リズムに合わせたタップに、シルクハットを模した髪飾りが小さく揺れる。

『Welcome to Western Westa!』

 揃った声とともに三人がぱっと分かれ、左、中、右で踊り出す。
 スクールアイドルのライブを生で見るのは初めてだ。
 はきはきした歌声が、真っ直ぐに花歩の耳を打つ。

『ようこそ花咲く新天地へ!
 ここは住之江 西のパラダイス
 愉快な出会いがきっとある!』

 どちらかというとコミカルな、笑いを誘うような曲調だ。
 何より花歩の目を引いたのは――

(センターの人、キレッキレやな!)

 思わず感嘆するほど、俊敏で切れのいいダンスだった。
 三年生だろうか。ショートカットのスラッとした女生徒だ。
 明るい笑顔で楽しそうに歌っている。

『共に楽しもう 気苦労は投げ捨てて
 娯楽の殿堂 住之江女子高校!
 君らの前途に笑いあれ!』

 左右の二人の演技も素晴らしいのだが、どうしてもセンターに目がいってしまう。
 りっかせんぱーい! と黄色い声が周囲から飛ぶ。既にファンがいるようだ。
 付き添いの親たちも一緒に盛り上がって、門出に相応しい空間が作られていた。

 そんな中、ふと視界に違和感を覚えた。

(あれ、あの子……)

 自分と同じ新入生らしいが、なぜか親も友達もなく、一人で立っている女の子がいる。
 セミロングの髪の右側に、白く細いリボンが揺れている。
 しかし花歩が気になったのはそれではなく――

(な、何でニラんでるんやろ?)

 その視線は、真っ直ぐにスクールアイドルたちを見据えながらも険しいものだった。
 何か不服そうに、苛立たしそうに。
 素人の自分から見ても素晴らしいパフォーマンスだと思うが、何がそんなに気に入らないのだろう?

「ありがとうございました、よい入学式を!」
(あ、しまった。終わっちゃった)
「私たちは視聴覚室で活動していますので、興味のある方は見学に来てください!」

 少女に気を取られている間に、ライブは終了していたようだ。
 一斉に歓声と拍手が湧き、慌てて花歩も手を叩く。
 目線を再度横に振ると、先ほどの子は既にスタスタと体育館へ向かっていた。

「すごかったね、花ちゃん!」
「そ、そうやね」

 スクールアイドルたちはうやうやしくお辞儀をすると、教室棟の方へと立ち去って行く。
 最後の方を見落としたとはいえ、花歩に鮮烈な印象を残したのは確かだった。


 *   *   *


(助かったぁ!)

 貼り出されたクラス分けで、花歩と勇魚は同じクラスだった。
 心から安堵し、隣の勇魚とハイタッチする。

「やったね花ちゃん!」
「うん! これで分かれてたら、知り合い誰もいなくなるとこやったで」

 自分たちの中学から受かったのはこの二人だけなのだ。ゆえに学校側も配慮してくれたのかもしれないが。
 入学式はつつがなく終わり、ほなしっかりやるんやで、との言葉を残して母親たちは帰っていった。
 二人は意気揚々と指定された教室へ向かう。
 目に飛び込んでくるのは玄関に廊下、天井に階段。あまり新しい建物ではないけど、中学の校舎と比べると、やはり重厚な感じがした。
『1-3』
 この学校は一学年六クラス。中央にある三組の教室が、これから一年間を過ごす場所だ。

「ねえねえ! うちら長居中から来たんやけど、自分どこ中?」

 黒板に貼られた座席表に従って席に着くと、さっそく勇魚が周りに話しかけている。
 ここで言う『自分』は関西弁では『あなた』の意味だ。
(相変わらずコミュ力高いなあ、勇魚ちゃん)
 結果として何となくグループができて、花歩は便乗するようにその輪に入った。
 入学早々友達ができないという事態は何とか避けられたようだ。

「そういや、朝にスクールアイドルがライブしてたの、見た?」

 先生が来るまでの雑談の中で、一人の子がそんな話をした。

「見た見た! めっちゃイケてた!」
「ここの学校強いんやろ? 関西予選まで行ったって」

 盛り上がるクラスメイトたちに、勇魚も頷きながら悔しそうに言う。

「せやでー。うちも去年の予選見に行きたかったんやけど」
(そういや勇魚ちゃん、そんなこと言うてたなあ)

 その時は自分も含め、高校受験でそれどころではなかった。
 無事受かった今となっては、いくらでもファンの立場を堪能できそうだ。
 さっきのかっこいいセンターの人を、追っかけするのもいいだろう。
 ただの一ファンとして。
 あの素晴らしいパフォーマンスの、背景にいるモブとして……。

「あんなライブ、私にできるわけないもんなあ……」

 うっかり口からこぼれた言葉に、面々の視線が花歩へ集中する。

「え、丘本さん、スクールアイドルやってみたいの?」
「ほんま!? 花ちゃん!」
「え、ちゃうちゃう。できるわけないって言うてるやん!」

 つい安易な考えが浮かんでしまった。
 高校デビューに失敗したから、代わりにスクールアイドルとしてデビューしようか――なんて。
 浅薄な自分をごまかすように、慌てて勇魚にボールを投げる。

「い、勇魚ちゃんこそ、スクールアイドル好きなんやから入部したらええのに」
「うちは誰かを応援する方が好きやねん。花ちゃんがアイドルやるならめっちゃ応援するで!」
「いや、気持ちは嬉しいねんけど、まあ……ねえ?」

 煮え切らない言葉に、クラスメイトたちはふうんと言うだけで、別の話題に移ってしまった。
 誰かもっと背中を押してくれたらいいのに、などと勝手なことを考える花歩である。

「佐々木さんは部活決まってるの?」
「うちはボランティア部に入るつもりや! あと勇魚でええで、水くさい! うちらもう友達やろ!」
「そ、そやね……」

 中学時代と同じくグイグイ行く勇魚に、クラスメイトは困り笑いを浮かべている。
 その後すぐに先生が来て、その場はいったんお開きとなった。



 その日の学校は午前中で終わり。
 家路につく一年生に向けても、スクールアイドル部は再びライブを披露したようだ。
 ようだ、というのは、花歩がトイレやら何やらでモタモタしており、遠くから聞こえる歌に慌てて外に出た頃には、既に終わった後だったからだ。

(ああもう、ほんま私って間の悪い)
「花ちゃん、そんなにもう一回聞きたかったん?」
「ま、まあね」

 朝は知らない女の子に気を取られていたとは、恥ずかしくて言い辛い。
 このままあのグループのファンになれば、何度でも聞く機会はあるのだろうけど……
 ライブ会場の片隅でサイリウムを振っている自分を想像して、何とも暗い気分になる。

(け、見学くらいはしてもええかな)

 その他大勢はもう嫌だ。
 見学くらいなら……
 輝かしいスクールアイドルの、その入口を覗くくらいなら。
 試してもいいのではないだろうか。


 *   *   *


「というわけで勇魚ちゃん、一緒に見学来て!」

 翌日から本格的に学校生活が始まり、目まぐるしく一日のスケジュールが過ぎ去った後。
 放課後になると同時に、花歩は勇魚の手を握って頼み込んでいた。

「スクールアイドル部に? うちは入らへんよ」
「ついてきてくれるだけでええから! 一人やと不安やし……」

 高校生にもなって情けない話だが、親友は笑顔で快諾してくれた。

「ええよっ! ほな、うちは花ちゃんのファン第1号やな!」
「い、いや見学やからね? まだ入部するって決めてへんからね?」
「うんうん、ステージの花ちゃん、きっと可愛ええやろなー」
「ねえ聞いてる?」

 活動場所は視聴覚室と言っていた。
 初めての特別教室棟にきょろきょろし、吹奏楽部らしきトランペットの音を頭上に聞きながら、西の端の目的地へ向かう。
 幸いにも部室の扉は既に開いていて、中には見学らしき一年生が六、七人並んでいる。
 花歩は勇魚と手を繋ぎながら、目立たないように中へ忍び込んだ。
 アイドルをやろうという人間が、こそこそしているのもどうかとは思うけど。

 顔を上げると、昨日の先輩たちが部屋の真ん中で柔軟体操をしていた。
 元々あった机と椅子は、部屋の端へと寄せられている。

「あの衣装もええな!」

 隣で勇魚が称賛の声を上げる。
 昨日と違って、ラテン風の明るい衣装だ。
 耳に届いたのか、昨日のセンターの人が体操を中断して笑顔で立ち上がった。

「普段の練習はジャージやねんけど、今日はサービスってことで!」

 そう言って軽くステップを決める。
 周りから今日も黄色い声が飛ぶ。
 花歩も思わず拍手しようとして、すんでのところで止めた。
 ファンになりに来たわけではないのだ、決して!

 さらに二、三人増えたところで、部員たちが言葉を交わす。

「結構集まったし、そろそろ始めよか」
「せやね」
「みんな、スクールアイドル部にようこそ! 初日から大勢見学に来てくれて嬉しいで!」

 明るくそう言った部長らしき人は、簡単に説明を始めた。
 昨年は関西予選13位まで行ったこと。今年こそは予選を突破するのが悲願であること。
 そのためにやる気のある新人が必要なこと等が熱っぽく語られる。
 そして普段の練習内容や、自分の衣装は自分で作ること、体力作りも重要であること等々。

「質問があったら何でも聞いてええで!」
「あ、あの、それじゃ……」

 一年生の一人が、おそるおそる手を挙げる。

「具体的な活動時間をお聞きしたいです。休みはどれくらいとか……」

 それは確かに花歩も聞きたいところだ。
 が、問われた先輩は少し機嫌を損ねたように眉を寄せる。

「なんや、入る前から休みのこと考えてんの?」
「す、すすすすみませんっ!」
「別にええけど。そやなあ……」

 少し考えてから、その人は笑顔で堂々と言い切る。

「休みは盆と正月だけや。それ以外は土日も練習。朝練も六時くらいからやるかな!」

 場の空気が一気に重くなる。
(それはさすがにきっついなぁ……)
 花歩の気も落ち込むが、しかし全国を目指す強豪ならそうなるのだろう、と半ば納得していた。
 が、意外にも他の部員たちが急に慌て出した。

「ち、ちょっと立火、いつそんなこと決まったん?」
「は? 先輩たちが越えられなかった壁を越えるんやで。練習増やすのは当たり前やろ」
「そ、そうかもしれませんけど、でも」
「ブラック部活が問題になっているこのご時世に……」
「ご時世なんか知るかボケェ! ナニワゆうたら昔からド根性やろが!!」

 何やら揉めているようだ。
 動揺した一年生たちがどよめくのを見て、部長らしき人の目が険しくなる。
 花歩の中で目の前の人の評価が、かっこいい先輩からおっかない先輩に急転回したその場で、厳しい声が響いた。

「言うとくけどな、本気でない奴はうちの部には要らんねん!
 すぐ投げ出して辞めるくらいなら、最初からよそ行った方がええで!」

 彼女が言い終わるより早く、花歩は勇魚の手を引いて部室から逃げ出していた。



「ど、どしたん花ちゃん。もう見学はええの?」
「ムリムリムリムリ! 私なんかが入れる部とちゃうかったわ!」

 浅はかな夢を見てしまった。
 恐い先輩だったが、早目に現実を教えてくれて助かったとも言える。
 渡り廊下まで全力で走って、息が切れてようやく立ち止まる。勇魚が残念そうにこちらを見ている。

「スクールアイドル姿の花ちゃん、見たかったんやけどね」
「ご、ごめんね。せっかく付いてきてくれたのに」
「ええんやで。せやったら一緒にボランティア部の見学に行かへん?」
「ボランティアかぁ、私そんな立派な人間でもないしなぁ」
「もー、そんなんばっか言うてたら何もできひんよ」
「うう、そうやね……」
 
 結局、中学生の頃と何も変わらない。
 高校でもまた、単なるモブとして生きていくことになりそうだった。



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