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(やった! やった! やった! やった!)

 自室へ駆け込み、ベッドに飛び込んで足をばたばたさせる。

『夕理を入部させられたら自分も入っていいって、あいつ言うてたんやで』

 部長は確かにそう言った。
 耳を疑って再度聞き直したけど、確かにそう言ったのだ。

(つかさと一緒にスクールアイドルができる! つかさと一緒に!)



 あの後は互いに軽く自己紹介して、地味な先輩に資料室に連れていかれたり、衣装に着替えさせられたりしたけれど。
 そのあたりの事はもうどうでも良かった。
 上級生が体力の限界のため、部活も早目に終わったので、スキップするように家に帰ってきた。
 枕に埋めた顔に、抑えきれない笑みが浮かぶ。

(もしかしてつかさも、ほんまは私と一緒が良かったんやろか……なんて)

 勝手な妄想に身をよじりながら、ベッドから起き上がる。
 今日はつかさのバイトの日。今は串カツ屋で働いている頃だ。
 後で読んでもらえばいいので、先にメッセージを送っておいた。

『スクールアイドル部に入った』

 夜も更けた頃。さっそく新曲作りに勤しんでいる夕理に、つかさから返信が届く。

『え、そうなの!? 何で!?』

(あれ?)
 夕理の笑顔が固まり、汗がひとしずく流れる。
 何だか雲行きが怪しくなってきた。

『先輩たちの実力見せてもらって納得したし』

 焦燥感に駆られながら、急いで文字を打ち込む。

『何だかんだで、曲を実演してもらえて嬉しくて』
『ふうん』

(あと、つかさの後ばかり追いかけるのはもうやめたいって理由もあったけど)
 つかさの方から一緒にいると言ってくれたのだから、そんな理由はゴミ箱行きである。
 であるのだけれど、何か行き違いでもあったのだろうか。

『つかさも入ってくれるんやろ?』
『それ、どのタイミングで聞いたの?』
『入部決めた後やけど……』
『そうやろなあ。ズルする人たちには見えへんかったし』
(せや! 別につかさが入るから入部決めたわけやない!)

 心の中で必死に言い訳していると、会話の打ち切りを示す文言が届いた。

『おっけ。詳しくは明日話すわ』
『うん』
『ほなおやすみ』
『おやsみ』

 動揺して打ち間違えてしまった。
 どういう事なのだろう。
 すっかり浮かれていただけに、逆流した不安に飲み込まれそうになる。

(か、考えすぎや。やっぱり気が変わったなんてこと、あるわけが……)

 結局その後は何も手につかず。
 早目にベッドに入って、頭から毛布をかぶった。


 *   *   *


「おはよ夕理。部長さんに謝りに行くから、一緒に来てくれへん?」

 朝一で教室にやって来たつかさの言葉に、夕理は絶望の淵へ叩き込まれた。

「え、え……?」
「ごめん、はよ行こ? ホームルーム始まっちゃうし」

 つかさに強引に手を引かれる。
 彼女が手を引いてくれたことは今までもあったけれど、こんなに不安になるのは初めてだった。

(何で!? どうして!?)
(やっぱり、私と一緒にいるのは嫌やったの……?)

 三年生の教室だろうと、つかさは堂々としたものだ。
 平然と入口近くの生徒に声をかけ、立火を呼び出す。
 彼女が廊下に出てくるやいなや、つかさは体を90度曲げて頭を下げた。

「深く考えず、軽はずみな約束してすみませんでした。何でもしますから、取り消させてもらえませんか」

 相手が受け入れやすいよう、下手に出て丁寧に。
 立火は少し固まっていたが、状況を理解して深くため息をつく。

「無理に入れとは言わへんけどなあ。そんなにうちの部嫌なん?」
「ちゃいますよ。スクールアイドル自体は別にやってもええかなって思ってます」

 じゃあ何で!と叫ぼうとする夕理の肩に、優しく手が置かれる。

「この子、見ての通りあたしに依存気味なんで」
「――っ!」

 心臓が止まりそうになった。
 それが理由……
 理解の刃が体中に突き刺さる。
 それが理由なら、夕理に抗弁する手段はない。

「あたしも夕べ悩みましたけど、部活でまで一緒にいるのはやっぱり良くないって思いました。もっとひどくなるだけやろうし」
「つ、つかさ、それは……」
「夕理が自分から入部するって決めたのを聞いて、驚いたのと同時に嬉しかったんです。夕理も成長してるんやなって。あたしのいない所でも一人でやってこうとしてるんやなって」
「いや、それは仕方なくで……つかさがいる所の方がいいに決まって……」

 口の中でごにょごにょ言うだけの夕理の声は、二人の耳には届かない。
 立火は真剣に、つかさの言葉だけを聞いている。

「せやから、それを邪魔するようなことはしたくないんです。あたしは夕理の友達ですから」
「つかさ、つかさ……そんな……」

 すがるような視線を部長に向ける。何とか理由をつけて、拒否してもらえないだろうか。
 何の理由も思いつかないけれど。
 それは立火も同じだったようで、軽く息をついて頭をかいた。

「それはまた、反対のしづらい話やな」
「でしょう?」
「よく分かった。彩谷の人情に免じて、あの約束は聞かなかったことにしとくわ」
「ありがとうございます」

 つかさが再度、深々と頭を下げる。
 話が終わってしまった。
 こちらを向いたつかさの瞳に、絶望しきった夕理の顔が映る。
 少し躊躇した友人は、しかしその依存ぶりになおさら決意を固くしたのだろう。優しく微笑んで、突き放すように言った。

「頑張ってね夕理。あたし、遠くから応援してるから」


 *   *   *


「………」
「し、死んでる……」

 放課後の部室で、花歩が思わずそう呟くほど、夕理は机に突っ伏して負のオーラを放っていた。
 立火が困ったように大声を上げる。

「いつまで落ち込んでるんや! あいつに応えるためにも、しっかりせなあかんやろ!」
「分かってますけど、無理です……。もう放っておいてください、私は曲を作る機械になりますから……」

 つかさの言う通り、一度は彼女のいない世界で頑張ろうとしたのだ。
 彼女が入部するなんて話さえ聞かなければ、ブツブツ言いながらもこの部で普通に活動していただろう。
 でも、もう遅い。つかさと毎日一緒にいられるという夢を見てしまった。
 希望を与えられてそれを奪われるというのは、最初から何もないよりずっと辛い。

 使い物にならない夕理にイライラした桜夜が、つい憎まれ口を叩く。

「体よく厄介払いされただけとちゃうの? 部活でまでアンタのお守りなんかしたないやろしなー」
「つかさはそんな人やない!!!」
「ひいっ!」

 殺さんばかりの夕理の剣幕に、さすがに桜夜も後ずさる。
 立火が呆れたように取りなした。

「せやで、桜夜も彩谷と話したら分かるで。あいつは一見軽そうに見えて、実は友達思いのええ奴やったんや。泣ける話やないか」
「ううう」

 しょぼんとした桜夜が、仕方なく謝ろうとしたが……
 結局また夕理は机に顔を埋めて、うめくように言う。

「……いえ、私はそこのツインテ先輩を非難できません……」
「ツインテ先輩って……」
「だって私自身、心のどこかで思ってる。
 ほんまは迷惑してたんやないかとか。
 私が鬱陶しいだけなんやないかとか。
 いくら考えないようにしても、頭から消えてくれない。
 つかさはいつだって、真剣に私のことを考えてくれてるのに!」

 悲痛な叫び声はとうとう嗚咽に変わる。

「私は最低最悪の人間です……」
「夕理ちゃん……」

 震える彼女の背中に、優しく手を置いたのは小都子だった。

「時間をかけて少しずつ変えてこ? 私たちではつかさちゃんの代わりにはならへんけど、これからは同じ部の仲間なんやから」

 花歩もこくこくと頷いている。
 何となく温かい空気が形成され、部の全員が状況を受け入れようとした時――

「いやいや、何を言うてるんや小都子」

 部室内に響いたのは、晴の冷ややかな声だった。


 ぎょっとした一同の目が集中する中、晴は立火へも無遠慮な声を投げる。

「部長も、何で彩谷を諦める方向で進めてるんです? まだ新人二人しかいないんですよ。もう少し危機感を持ってください」
「い、いや確かに部員は欲しいけれども、義理人情ってものが……」
「彩谷の懸念を払拭できればええんでしょう。夕理、顔を上げろ」
「………?」

 スローモーションで上がった顔の前に、晴の人差し指が突き付けられた。
 数日前に夕理がしたことが、そのまま返ってきたかのように。

「要は、お前が彩谷に依存せえへんかったらええねん」



「………」

 上げた顔が、同じ速度で元に戻される。

「それはまあその通りですけど、それができたら苦労はないというか……」
「本気でやろうとしたことは?」
「な、ないですけど……」
「ねえ夕理ちゃん」

 小都子が夕理の隣に座り、少し逡巡しつつも質問を投げる。

「正直なところ、誰かに依存するって気持ち、私たちにはよく分からへんねん。中学の時に何があったのか、よかったら話してもらえない?」

 しばらくの静寂の後、ようやく夕理は体を起こした。
 周囲は心配そうな部員たち――正確には小都子、立火、花歩の三人の目と、戸惑っている桜夜、冷たいままの晴。
 迷惑をかけている自覚はある。
 話さないわけにはいかなかった。

「あまり面白い話ではないですよ……?」


 *   *   *


(かまへんよ、っと……)

 律儀にも過去の話をする許可を求めてきた夕理に、短く返事を送る。
 連れの一人がその様子を覗き込んできた。

「誰やのつかさ、彼氏?」
「そんなんいいひんって、友達や友達」

(あれを話すのかあ……ま、夕理が部の人と打ち解けるためやもんな)

 軽く頭を振るつかさは知る由もない。
 その部員たちが、まだ自分を諦めていないことを。


<第4話・終>

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