翌日、いよいよ部はPV作成に向けて動き出す。
「去年は『今回はこんなテーマ』てのをみんなで考えて、それに沿った曲を作ってもろてんけど」
「そうですか、今年はその方法は無理ですね。曲は私に一任してもらいます」
動き出した途端に難関にぶち当たった。
何か言いたそうな部長に、作曲担当はむっとして反論する。
「私はそういう条件で入部したはずです! 嫌なら私をクビにしたらいいじゃないですか!」
「いやいや、そう極端に走らへんでも。分かった、任せるから」
「くそう、足下見やがって……」
「何か言いました木ノ川先輩!?」
「いーえいーえ!」
現に活動の首根っこを夕理に掴まれているので、桜夜も何も言えない。
つかさが入って少しは丸くなるかと思ったが、音楽に関しては一切妥協する気はなさそうだった。
とはいえ傲慢に振る舞う気もないようで、夕理は鞄からコピーした紙束を取り出した。
「一応、四曲作ってきました。この中なら自由に選んでいただいて構いません」
「え、四曲も!?」
「夕理ちゃん、大変やったんやない?」
「いえ、二つは過去曲の手直しですし……せめてこれくらいはしないと……」
小都子に労われ少しはにかむ夕理から、全員に楽譜が配られる。
さっそく晴の口頭演奏が作動し、全曲聞き終わった後でつかさが夕理に耳打ちする。
「昔あたしに聞かせてくれた曲、入ってないんとちゃう?」
「今聞いたらレベルが低すぎて使い物にならへんかった……あの時はあんなもの聞かせてごめん……」
「そうなの? まあ中一やったもんね」
全員で票決を取り、多数決で三曲目が選ばれた。
四曲中では一番明るくテンポも速い曲だ。
(やっぱりみんな、こういう曲が好きなんやな……)
夕理の複雑な内心はともかく、曲はこれで決まった。
歌詞付きなので、歌詞も同時に決まりはしたが――
立火は考え込んだ後、恐る恐る観測気球を上げる。
「歌詞の感想言うたらあかん?」
「それ事実上変えろってことですよね! 一字一句変えさせませんと言うたやないですか!」
「分かったごめん! 何も言いません!」
取りつく島もない。胃が痛くなってきた小都子が再び取りなす。
「ええやないですかこの歌詞で。夕理ちゃんが頑張って書いてくれたんやから」
が、何故かそれが夕理の逆鱗に触れたようだ。
「それ、どういう意味ですか」
「え?」
予想外にも夕理から厳しい声を投げつけられ、小都子の笑顔が固まる。
「頑張ったで済まされるんは小学生までです。私の歌詞は小学生レベルってことですか」
「ち、ちゃうんよ、そんなつもりじゃ……気に障ったらごめんね」
「なんで小都子にまで噛みついてんねん……」
「さ、小都子先輩だろうと言うべきことは言います!」
完全にめんどくさいモードに入った夕理が、腕組みしてクリエーターらしく言う。
「いいですよ、仕方ないので意見を聞くだけは聞いてあげます。採用するかは別ですけど!」
「そう? せやったら」
改めて歌詞を読んだ立火、桜夜、晴が、それぞれ感想を口にする。
「『もう迷わない』とか『一人じゃない』とかのフレーズ、いい加減耳タコなんやけど……」
「王道って言うてくださいよ!!! この前優勝したとこも使ってたでしょ!!!!」
「ぼっちのくせに『一人じゃない』とか書いてて恥ずかしくないの」
「ぼっちとちゃうし!!! 私にはつかさがいるし!!!」
「そもそも『一人じゃない』という歌詞は、私のような孤高を愛する立場を軽視している」
「知るかあ!!!」
「ま、まあそんなに興奮せんでも」
ぜーぜーと肩で息をしている夕理をなだめながら、立火は花歩へもボールを投げる。
「花歩も意見あったら言うてええんやでー」
「え!? い、いやあ、私は特には」
「歌詞は特別な技能がなくても、誰でも参加できる分野やからな。花歩だって自分が関わった曲の方が歌って楽しいやろ」
「それはまあ、そうかもですが……」
気遣ってくれるのは嬉しいが、状況が状況である。
案の定、プライドを刺激された夕理からギロリと睨まれた。
「何!? アンタも私の歌詞に文句あるの!?」
「ひい! け、決してそのような!」
「夕理、それくらいにしとこ?」
とうとう見かねたつかさが、軽いため息とともに割って入る。
「花歩は何も言うてへんやん。ちょっと頭に血が上りすぎ」
「う……」
「先輩たちも、そういうのは夕理ともう少し信頼関係を築いてからすることとちゃいますかね。結局言い合いにしかなってへんやないですか」
「まあ……確かに」
歌詞というのは好みもあるし、厳密な正解があるものでもない。現状そのまま使うしかないようだ。
つかさが不本意そうに髪の一房をいじる。
「あーあ、あんまり口出したくなかったんやけどなー」
「ご、ごめんね。つかさちゃんが口出さへんでも済むように頑張るから」
「今日のところは大目に見たってや」
小都子と立火が弁解する前で、夕理は頬をかすかに染めていた。
「あ、ありがとつかさ。ごめん……」
「ん、慣れるまではしゃあないけど、その先は自分で何とかしようね」
「うん……」
申し訳なさに俯きながらも、ちらちらと横目でつかさを見る夕理の瞳は、感謝と憧憬に潤み……
(ってこれやと今までと変わらへんやん!)
(はぁ……もっとしっかりせな……)
かくして、曲と歌詞が確定した。
* * *
「次はメンバーについてですが」
「あー! そういえばその前に」
晴の言葉を遮るように、立火が身を乗り出す。
「ラブライブについて説明しとこか。夕理は知ってる話やと思うけど、堪忍な」
「構いません。情報共有は大事ですからね」
夕理の上から目線にもそろそろ慣れてきた部長から、花歩とつかさに向けてレクチャーが始まる。
「ラブライブは夏と冬の年二回やけど、まずは夏の大会や。六月下旬に大阪市の予備予選、七月下旬に関西地区予選がある。これを突破するのがうちの悲願で、四位以内に入れば八月下旬の全国大会に進める」
「そうなんですねー」
「去年の地区予選は夏が21位、冬が13位で、徐々に上がってきてはいるんや。次こそ四位以内や!」
「関西で今一番人気はどこなんです?」
「滋賀の湖国長浜高校ってとこやな。前回も前々回もそこが地区予選一位」
「え、滋賀が一位やったんですか!? 何で!?」
花歩がつい驚きの声を上げ、立火の顔を困惑させた。
「何でって……ナチュラルに滋賀を見下すのやめーや……」
「あ! あわわわわわ、すみませんそんなつもりは……」
「琵琶湖の水止められんでー」
(危ない危ない、あたしも口に出すとこやった)
つかさが内心で冷や汗をかいている傍らで、晴がノートパソコンの画面を一年生たちに向ける。
「こいつが関西トップや。『LakePrincess』リーダー、”湖の歌姫”、天才スクールアイドル羽鳥静佳」
動画が開始され、予選一位のパフォーマンスに、一年生たちの目は釘付けになった。
琵琶湖を舞うコハクチョウのごとく優雅に。
神が住むという竹生島のごとく神秘的に。
そして何よりも、高校生とは思えない圧倒的な歌唱力。
なるほど自分が観客なら、即座にこの人へ投票する。
後ろで申し訳のように踊っている他のメンバーは、いる意味が分からなかったけど。
「め、めっちゃ歌上手いですね……」
「羽鳥なー、ほんまいい加減にしてほしいわー」
花歩の感嘆に、渋い顔の桜夜が非建設的な愚痴を言う。
「だいたい何が天才スクールアイドルやねん。そんなに天才やったらプロに行けっつーの!」
「本人にその気がないんやから仕方ないでしょう」
「どうせ次もその次もコイツが一位やで。あー! 何でこんな奴が同じ学年なんや」
「情けないこと言うもんやないで。強い敵ほど倒しがいがあるってもんやろ」
「私は立火みたいな戦闘民族とちゃうの!」
三年生の言い合いに、パソコンを閉じた晴が冷静に述べた。
「まあ現実的に勝つのは無理です。我々は二位から四位を狙いましょう」
「はぁ……努力が才能に勝てないなんて、思いたくないんやけどなぁ……」
少し重くなる空気に、小都子が一年生たちをフォローする。
「せめてもの救いは、この人は来年卒業やからね。一年生のみんなはあまり気にすることないと思うよ」
「それ、一年生は一年生で別の天才が出現するパターンでは?」
「あはは、そうかもしれへんけどね」
部長の話は終わったようなので、晴が少し補足を入れる。
「なおワンマングループの限界で、この天才さんも全国では優勝できてへん。今までの最高は三位やったかな」
「全国ではどこが強いんです?」
「やっぱり東京の学校が優勝することが一番多いな。前回は静岡やったけど」
「くそっ東京め! いつか私たちが優勝して、目にもの見せたるからな!」
「今のWestaは全国優勝なんて語れるレベルではないですよ。まずは関西予選に集中です」
ラブライブの参加グループは全国で7000を越える。
上は全国トップクラスから、下は思い出作りで参加するところまで、それぞれの立ち位置がある。
Westaは結構上まで登ってはきたが、頂上の姿はまだまだ見えない。
晴の言う通り、まず目の前の岩壁をよじ登るしかないのだ。
* * *
「ではPVメンバーについて」
「そうそう! 転入生の噂、何か聞いてへん? つかさは噂に詳しそうやない?」
「あー、芸能人が来るっていう」
「え、ほんまに来るの?」
花歩も聞いていたが、与太話だと思っていた。
顔の広いつかさが、方々から集まった情報を整理して披露する。
「来るのはほぼ確定。芸能人なのもたぶん当たってる。けどアイドル『ではない』ってのが今のところの観測やな」
「ちゃうんかー」
部員たちががっかりする中で、夕理だけは晴れやかな顔である。
「いいことじゃないですか、ラブライブはアマチュアリズムの祭典です。プロだの元プロだのが参加すべきではありません」
「そういうもの?」
「広町先輩はもっとスクールアイドルの理念を考えてください!」
「分かった分かった、どうどう」
「もう!」
立火と夕理が戯れている一方で、小都子と晴が話し込でいる。
「そうなると何の分野なんやろね。漫才師なら大歓迎やねんけど」
「それ以前に入部させられるかどうかやろ。全校的に目立つやろうし、絶対他の部と取り合いになるで」
「それもそうやねぇ……」
「けど時期的に部員を増やす最後のチャンスや。何としても獲りにいくで!」
立火の気合に全員が頷いたところで、全ての話が終わってしまった。
いよいよ、PVメンバーの話をするしかなくなった。
* * *
「ほな、これからPVに向けて練習すんねんけど」
努めて明るく言おうとしたが、後が続かない。
言う内容が変わるわけでもないので、立火は諦めて、どうしても落ちるトーンで声を絞り出した。
「夕理とつかさには入ってもらう……花歩はその、今回は見送りということで……」
部内の空気が凍りついた。
花歩の意識がふっと暗くなる。
(あれ……何で私、こうなるって予想してへんかったんやろ)
昨日の無様さを冷静に考えたら、これが当たり前のことなのに。
なぜかPVの中に自分も映ると、勝手に思ってしまった。
だってこの前部長が、花歩のパフォーマンスにも期待してるって――
「け、けどな花歩!」
「ちょっと待ってください!」
慌てた立火の言葉を遮るように、机を叩いたのは夕理だった。
「ダンスが難しいからですか!? せやったらスローテンポの曲にする選択肢もあると思うんですが!」
「い、いや夕理、私の話を」
「あいにく、ファンに受けがいいのはハイテンポの方や」
夕理の激情を切り裂くように、晴が冷たい声を発する。
「部員集めに手間取ったせいで、人気ランキングが危険水域にまで下がっている。早急に世間受けのするカンフル剤を打つ必要がある」
「ランキングランキングって……あなた方はそんな数字のためにスクールアイドルをやってるんですか!?」
「もういいよ、夕理ちゃん」
「せやで夕理、私の話がまだ」
「でも花歩! この人たちは初心者への配慮より人気を優先して」
「もうやめてよ……私どんどんみじめになるやろ……」
「あ……」
夕理はようやく、泣き出しそうな花歩の姿に気付く。
いつも他人に正論をぶつけて、相手が泣こうがわめこうが意にも介してこなかったのに。
花歩とも仲良くなると、一昨日決意したばかりの今は、どうしたらいいのか分からない。
「ご、ごめ……」
「ああもう! 人の話は最後まで聞く!」
立火が大きく机を叩いた。
部員たちのはっとした視線が集まる中で、部長は声を張り上げる。
「花歩は私と一緒に、別途練習してもらう!」
「え……」
「サビのとこだけでいいから、できるようになろう。短くてもPVは撮る。世間に公開はできひんけど、私と花歩だけのPVや」
――花歩が状況を理解するまで、少し時間がかかった。
(え、つまり)
(部長が)
(私だけのために……?)
嬉しさと申し訳なさとが混濁して決壊しかけたところで、部室につかさの笑い声が響く。
「あっはは! いや、早くもギスギスかよって一瞬思いましたけど、さすが部長さんはイケメンや。あたしも惚れちゃいそう」
「いつでもウェルカムやで。つかさのお眼鏡にかなったようで何よりや」
「私は賛成できませんけどね」
こういう時に冷や水を浴びせるのはいつも晴だ。渋面の彼女に、立火はぺこりと頭を下げる。
「ごめん晴、仕事増やして。動画は二つ頼むわ」
「そちらは大した手間でないのでいいんですが、部長が花歩に付き合ういうことは、その分メインのPVの質は落ちます」
「そ、そうですよ! 私なんかに構うより、本来の練習をした方が……」
「私が頑張れば済む話や」
「で、でもっ……」
「花歩~、それ以上言うても無駄やで」
桜夜が笑いながら、親指で相方を指した。
「コイツ、こう言い出したら絶対聞かへんもん。諦めて付き合うてあげて」
「え、えと……は、はい……!」
「晴ちゃんも、もうええやろ? 長い目で見たら、これが一番やと思うけど」
小都子の言葉に、晴は肩をすくめて了承の意を示した。
そして盛大に梯子を外された夕理は、所在なさげに視線をさ迷わせている。
すぐに小都子が気付いて、花歩へと橋渡しする。
「ねえ花歩ちゃん。夕理ちゃんも一応、あなたのために怒ってくれたんやから」
「はっはいっ、そうですね! ありがと夕理ちゃん、さっきは嫌なこと言うてごめん」
「い、いやその……私も考えが足りなかったっていうか……」
慣れない状況に戸惑う夕理を、桜夜がジト目で眺めている。
「……ふうん」
「な、何ですか」
「意外と初心者に優しいんやな。『素人め!にわかめ!』とか言うタイプかと思った」
「い、言うわけないやないですか! 初心者が定着しないとスクールアイドル界は滅びるんですっ!」
いつもの元気を取り戻して、夕理は腕を組んで鼻を鳴らす。
「逆にそんなことを言う人がいたら、老害として徹底的に糾弾する所存です!」
「はいはい、結局誰かに文句言うのが好きなんやなー」
「好きとか嫌いとかの問題じゃありませんっ!」
そんな騒々しい部の様子を、つかさは一歩引いて見ていた。
(いい部やな)
心の重石が少し小さくなる。
いずれ自分が去った後でも。
夕理の部活動は、きっと幸せに続くだろう。
* * *
部室内に、立火と花歩を除いた五人が残る。
「とりあえずフォーメーションの確認や。部長の場所には私が入る」
「晴先輩はそういう仕事もあるんですねー」
「去年も風邪なんかで一人欠けた時は私が入っていた」
「でもあたし明日休みますんで、二人欠けますけど」
「……後で部長と相談する」
ジャージ姿の晴はまだ少し不満そうで、そんな晴に桜夜は不満そうだ。
「何やねん晴、まだ立火に文句あんの?」
「今回は仕方ありませんが、部長が特定の部員を贔屓するのは問題です」
「もー、誰も気にしてへんって。つかさも夕理も、花歩が贔屓されてるとか思わへんやろ?」
「そーですねー。むしろ花歩を見捨てる方が女がすたるって話でしょ」
「わ、私も同意見です」
普段いがみ合ってるのに、突然普通に話を振ってくる桜夜に夕理は少し焦る。たぶん何も考えていないのだろうけど。
逆に色々考えていそうな晴は、今は不満というより心配そうに見えた。
「そうだとしても、あの人は情に流され過ぎる」
「まあまあ、そういう時のために晴ちゃんがいてくれるんやから」
「ふん……」
小都子の言葉はお世辞ではなく本心からのものだ。晴もそれは分かっているので、それ以上は何も言わずに定位置についた。
五人の準備が整ったところで、桜夜が疑問を呈する。
「ところで立火がいいひんわけやけど、誰が仕切るの?」
「それはまあ、副部長の桜夜先輩やないですか」
「ええ!? いや私そーゆーの苦手やし、ここは次期部長の小都子に」
「次期部長とか初耳ですよ!? 晴ちゃんとちゃうんですか!?」
「私は参謀であってトップにはなれへん。今回の件でも明らかや」
「私も小都子先輩が適任やと思います」
「小都子先輩の♪ ちょっといいとこ見てみたい♪」
「も、もう……あくまで暫定やからね?」
晴が数歩足を伸ばして、ノートパソコンのキーを叩く。
視聴覚室に音楽が流れる中、小都子から号令が下された。
「それでは始めます! 1、2、3、4!」
* * *
「あうっ」
校舎裏で踊っていたジャージの女の子が、本日何度目かの転倒をしかける。
すぐに立火の腕が伸びて、抱きとめたのも何度目だったろうか。
「あわわわ、すすすみませんっ」
「ええでええで、もう少しゆっくりやってみよか」
なかなか上達してくれない。
特別運動神経が鈍いわけではなく、これが普通なのだろう。ここが全国を目指す強豪校でさえなければ、普通にやっていけたはずだ。
昨年は、それができずに一年生たちが辞めていった。
「……私な」
「? はい」
呟くような立火の声に、花歩は素直に見つめてくる。
その素直さに胸が痛い。
「花歩にはスクールアイドルを好きになってほしい。今はおもろないかもしれへんけど、もっと上達すればきっと楽しくなるから……」
「何を言うてはるんですかっ!」
後輩の大声に、立火は思わず息をのんだ。
「今でもすっごく楽しいです! 上達したらもっと楽しいんですか!? 好きになりすぎて困っちゃいますね!」
「花歩……」
彼女の晴れやかな笑顔に、立火の中で何かがこみ上げる。
自分が入部したばかりの頃。初めて経験するスクールアイドルは新鮮で、何をやっても楽しかった。
あれから二年、楽しいだけでは済まなくなった。先輩たちとの約束を果たさなければならないし、ランキングの数字も気にしなければならない。
それが間違いとは思わない。楽しいだけで勝てれば誰も苦労はしない。
そうだとしても――
「よし、もう一回や! 根性さえあれば、いつかはゴールにたどり着くんやで!」
「はいっ! 私、諦めません!」
そうだとしても、今この子が楽しそうなことが、どれだけ救いであることか。
いつかは花歩も、変わらざるを得なくなる日が来るのかもしれないけれど。
今はただ、一生懸命な一年生と、ずっと練習していたかった。
「あ――」
できた。
少し速度を落としたとはいえ、何度も失敗した箇所を、ようやくクリアできた。
「部長……っ!」
「やったな! ほら、花歩はやればできる子なんや!」
「は、はいっ! ええっと、次は元のスピードに戻して、あと歌も歌わな……」
「そのへんは後でええよ!」
気持ちを抑えきれなくなり、立火は軽くジャンプして、花歩の隣に並び立つ。
「一緒に踊ってみよ! 失敗してもええねん、思い切ってやろう!」
「は……はい! 部長と一緒なら!」
「ほないくで、1、2、3!」
校舎裏に二人の姿が舞う。
今は何もかも忘れて、楽しく笑い合いながら。