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(うちはホンマは、何がやりたいんやろ?)

 翌朝のバスの中で、勇魚は腕を組んでうんうん唸っている。

「ご、ごめんね勇魚ちゃん」

 知恵熱が出そうなほど考え込んでいる勇魚に、姫水は逆に申し訳なくなってきた。

「かえって悩ませちゃったよね。別にそこまで考えなくても、気軽に入部していいと思うよ」
「そやでー。合わなかったら辞めたらええんやし」
「うーん、でもうち、いつも深く考えずに行動してばっかやから」

 勇魚は腕を解くと、朝日の中でにっこりと笑った。

「たまにはちゃんと考えてみる! これはこれで楽しいで!」
「そ、そう? それならいいけど……」

(うちはスクールアイドルが大好き!)
(でも見たり応援するだけで、自分がやるなんて考えもせえへんかった)
(別にやりたくないわけとちゃうけど……)
(何でやろうって思わへんかったんやろ?)

 一生懸命頭を回転させる少女を乗せて、バスは西へと走っていく。


 *   *   *


 まずは何はともあれ、ボランティア部の部長に相談に行った。

「掛け持ち? ええよええよ、もちろんOK!」

 三年生の教室で、部長は快諾してから済まなさそうな顔をする。

「うちの部、大した活動できひんでホンマごめんね……」
「そんなことないです! みんな優しい人ばかりで、うちはボランティア部のこと大好きです!」
「ううっ、良心が痛い。掛け持ち先はもう決まってるの?」
「まだです! これからじっくり考えようって」
「どこにせよ、そっちを優先してええからね」

 週二日しか活動しない上に、自主的にやっていたゴミ拾いもあらかた終わってしまった。姫水のことがなくても、どのみち掛け持ち先は探す必要があったのだ。
 走るのは得意だから、運動部もいいかもしれない。
 妹のためにぬいぐるみを作ったりもしているし、手芸部なんかもいいだろう。

 どんな部でも楽しそうな気がするが、勇魚の体は一つしかなく、高校生活は一度きりしかない。
 どれかを選べば、他の可能性は全て消えてしまう。
 少し怖くなって、小走りで教室に戻った。


 *   *   *


 昼休みになり、勇魚は元気な声で周囲に呼びかける。

「みんな、お昼食べよー!」
「あれ、今日は六組行かんでええの?」
「六組の人たちも姫ちゃんと食べたいみたいやから、うちはもうやめとく!」
「あー、なんかクラスの中で順番待ちが発生してるんやってね」
「藤上さんえらい人気やねー」

 友人たちが机をくっつける中、花歩は心配そうに勇魚に耳打ちする。

「それでええの勇魚ちゃん? せっかく七年ぶりに再会したのに……」
「ええねん。六組の子が姫ちゃんと仲良くしてくれるなら、その方が嬉しい!」

 本当に勇魚には、自分の欲というものが薄い。
 花歩のようにモブを脱却したいとか、輝きたいという気持ちはないのだろう。
 それはスクールアイドルには向いていないのかもしれないが……。

「げっ」

 隣のクラスから来た夕理が、勇魚の顔を見て渋い顔をする。
 勇魚は分かっているのかいないのか、満面の笑顔で横に椅子を置いた。

「夕ちゃん、こっちこっちー! ここ座って!」
「いや別にそこでなくても……」
「遠慮なんていらんで!」

 夕理の平穏なランチはあっけなく消えた。
 結局隣に座らされ、食事の代わりにマシンガントークを食らわせられる。
『部活楽しい?』『作曲できるってめっちゃすごい!』『うちの妹可愛いねん!』etc etc。
 うんざりした顔の夕理が、ぼそりと感想を漏らす。

「佐々木さんってさ……」
「もー、いつまで水くさい呼び方してんねん。勇魚でええで!」
「遠慮しとくわ、佐々木さん」
「夕ちゃんはいけずやなー。で、うちが何?」
「なんか大阪のおばちゃんって感じ」
『ぶっ』

 的確な表現に、周りの友人たちは一斉に噴き出した。
 花歩が辛うじて笑いをこらえる中、勇魚は目いっぱいおどけてみせる。

「もう、みんなひどいでー。こんなピチピチの女子高生をつかまえて!」
「ぷくくく……ごめんごめん」
「もしかしてポケットに飴ちゃんとか入ってるんちゃう?」
「そんなんあるわけ……」

 ごそごそと制服のポケットを探ると、指先に小さな包みが当たる。

「あ、入っとったわ」
『あははははははは!』

 とうとう花歩まで爆笑しだしたが、勇魚は気にする様子もなく、包みを破いて飴玉を取り出した。

「せっかくやから夕ちゃんにあげる!」
「いや全然いらんけど……」
「遠慮せんでええで! 夕ちゃんてなんか暗いから、飴ちゃん食べて元気出しや!」
「今お弁当食べてんねんけど……」
「はい、あーん♪」
(うぜえええええええええええええええええ!!)

 夕理らしからぬ口調で脳が叫ぶほど、勇魚の行動はうざったかった。
 結局、弁当を食べ終わった後の口に飴玉を押し込まれ、夕理は疲れた顔で二組に戻っていく。

「夕理ちゃん、大丈夫やろか……」
「?」
「いや、うん……勇魚ちゃんはそのままでええよ……」
「それより花ちゃん、放課後見学に行ってもいい?」
「もちろん! って私が言うこととちゃうけど、部長に伝えとくね」
「よろしくね!」


 *   *   *


 放課後の部室に八人の部員が集う。
 姫水が加入したことで、改めて五月のライブに向け話し合いが行われていた。
 勇魚は部室の後ろの方で、活動の様子をうきうきと見ている。

「よし、セトリはこれで決まりや!」

 ホワイトボードに書かれたそれを、部長が手の甲で叩く。

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1.Western Westa 上級生のみ (入学式の日の曲)
2.星明りの未来 全員・ここで姫水をお披露目 (先日のPV曲)
3.灼熱のレゾナンス 上級生+姫水 (去年の地区予選曲)
4.新曲 全員・姫水センター (夕理が制作中)
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(……ちょっと露骨に姫水を推しすぎの気もするけど)

 とはいえグループの人気を上げるには、姫水の才能を生かさない手はない。
 夕理は馴れ合いより実力重視だから、納得してくれているはずだ。
 つかさはそもそも遊び半分なので、何も気にしないだろう――と立火は思っていた。
 当のつかさも姫水には何も触れず、別の感想を述べる。

「四曲しかやらないんですね」
「プロとはちゃうからなー。聞く人を飽きさせへんのは、これくらいが限界や」
「確かに自分が聞く側やったら、五曲はもうええわってなりそうですね」
「夕理の新曲の調子はどう?」
「連休中には完成させます。PVで批判してきた人たちを、絶対見返してみせます!」
「ま、まあ人それぞれ好みもあるから」
「そんなの関係ありません。本当に良い音楽は必ず人の心を打つんです!」

 真剣にそう信じているらしい夕理に、商業エンタメの世界を泳いできた姫水は内心で呟く。

(ずいぶん理想主義なのね天名さんは。現実の前に挫けなければ良いのだけど)

 その姫水から、まずは歌について手ほどきを受けることになった。
 立火は部員の輪を離れ、見学している勇魚に声をかける。

「これから歌の練習するけど、良かったら一緒にやってみる?」
「いえっ、お気遣いなく! そういうのはちゃんと入部したらにします!」
「そ、そっか。割と律儀やな」
「それより後で聞きたいことがあるので、お時間いただけると嬉しいです!」
「ん、別に今でもええよ。晴ー! 先に練習進めといてー!」

 立火は近くの椅子を引っ張ると、見学者の正面に向かって座る。

「さ、どんと質問してええで」
「先輩は、どうしてスクールアイドルをしてはるんですか?」
「おおう、いきなり本質的なとこを突くやないか」

 きらきらした目の一年生に、立火はしばし記憶を掘り返した。

「私な、中学の時は野球やっててん」
「え、女の子の野球部があったんですか?」
「いや男子に混じって。さすがに体力的にはキツかったけど、そこは根性で何とかね」
「どえらい中学生やったんですね!」
「で、高校は家に近いからここ一択やってんけど、野球部はもちろんソフト部もないやんか。どないしょー思て……」

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 二年前、入学したばかりの立火の前には、二つの道があった。
 何とかしてメンバーを九人集め、女子野球部を新設するか。
 新しい何かを始めるか。

(今でも野球は大好きやねんけど……)
(中学の三年間で十分やり切ったという気持ちもある)
(どうしたもんやろなあ)

 悩みながら下校の途につこうとすると、校庭で上級生たちが勧誘のため待ち構えていた。

「スクールアイドル部でーす。どうぞー」
「あ、おおきに」

 チラシを受け取ったのは何となくだった。
 そのまま歩きながら、可愛らしい女の子のイラストが描かれた紙を眺める。

(スクールアイドルか……)

 流行ってるので存在は知っているし、動画も何度か見たことがある。
 目立つのは好きだから、候補に入れても良い気はするが……。

「私、入部したいです!」

 背後から可憐な声がした。
 振り返ると、髪をツインテールにした一年生が、先ほどの上級生に話しかけている。

「え、ほんま? って、えらい可愛い子やね!」
「ですよねー! 私みたいな美少女、もうアイドルやるしかないやろって思て!」
「せ、せやな。視聴覚室に部長がいるから、そちらに入部届出してもらえる?」
「わかりましたっ!」

 そう言って身を翻そうとした子と、思わず目が合った。
 にこっ、と笑いかけられ、少しどぎまぎする。
 美少女は校舎へ戻っていったので、立火も反対方向の校門へ歩き出す。

(……まあ、アイドルいうんはああいう可愛い子がやるもんやな)

 そんな思考に沈みながら。


「立火、まだ部活決めてへんの?」

 同じクラスの景子から聞かれても、立火はまだ悩んでいる。

「野球を捨ててしまってええもんやろか……」
「捨てるって大げさな。義理立てしてもしゃあないやろ。他に気になる部はないの?」
「……スクールアイドル部とか」

 昨日は諦めたはずだが、簡単に諦めるということ自体に抵抗があって、ついそんなことを言ってしまった。
 が、景子からは一笑に付されてしまう。

「あははは! 何それギャグ? 立火はアイドルなんて柄とちゃうって!」

 自分でもそうは思っているが、他人から言われると何だか腹が立つ。

「それ言うたら景子も新体操って柄やないやろ」
「新体操は結構ハードな身体競技なんやで。けどスクールアイドルで大事なのは愛嬌やろ。
 可愛さも女らしさもカケラもない立火には無理無理!」
「むかっ……」

 言い返してやりたいが、昨日会った女の子の姿が浮かぶ。
 あんな風にはどう逆立ちしてもなれそうにない。
 つい目線を落としたところに、机にかけた自分の鞄が映る。
 正確にはそこから下がる、豊國神社で買ったストラップに。

(――これや)

 立火は鞄を机から外すと、ストラップ部分を景子に押し付ける。

「これを見てみ!」
「え、何? ひょうたん?」

 豊臣秀吉の馬印といえば千成ひょうたん。
 秀吉が大坂の町を作り上げたこと、そして江戸徳川への反発もあり、大阪人には豊臣びいきの気風が強い。
 立火もまた、低い身分から天下人に登りつめた人生に痛快なものを感じていた。

「太閤はんは金も家柄もないのに天下を取った!
 なら可愛くも女らしくもない私でも、天下を取れるはずや!
 いやむしろ、それで天下を取った方がおもろいやないか!」

 断言した立火にもう迷いはなく、熱い野心が浮かんでいた。
 ぽかんとしていた景子は、むきになって反駁する。

「ひ、秀吉みたいなことが簡単にできるわけないやろ!」
「ははん、それをやってのけるのがヒーローってもんやで」

 すっかりその気になった立火は、放課後すぐに入部届を出しに行った。
 決して野球への情熱を失ったわけではない。
 だが一つのことを続けるのも人生なら、色々経験してみるのも人生。
 その時は、新しい世界に飛び込んでみたくなったのだ。

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「………」

 話し終えてから、全く一年生の参考にならなそうな内容に、立火は思わず頭を抱える。

「あれ? 要するに私、ただの売り言葉に買い言葉でスクールアイドルになったん?」
「い、いえっ! 難しいことに敢えて挑戦しようとしたわけですよね! 立派やと思います!」
「ううっ、物は言いようやな。勇魚はええ子やねえ」

 泣き真似をしてから、顔を上げた立火は苦笑して続ける。

「まあ入部してみたら私より漢らしい先輩はいるし、美少女と思ってたやつはただのアホやったしで、何を悩んでたんやって感じやってんけどな」
「聞こえてるで立火! 誰がアホや!」
「別に桜夜のこととは言うてへんやろ。桜夜のことやけど」
「めっちゃ言うてるやん!!」

 笑ってそれを聞く勇魚の視界に、並んだ部員たちの鞄が入る。
 そのうち一つには、今もひょうたんのストラップがあった。



「太閤はんのおかげでもあるんですね」
「せやな。晩年はちょっとアレやったけど、太閤秀吉は大阪の誇る偉人やからな!」
「ほんまにそうですね、って尾張の人ですやん!」
「いいツッコミや! 勇魚とは気が合いそうやし、やっぱり入部せえへん?」
「えへへ。でもまだ、ほんまにやりたいことなのか分からないので、もう少し探してみます!」

 明るく笑う小柄な女の子に、立火は昨日の長い話を思い出す。
 この子が七年間ロープを離さず、音信不通になっても友達を想い続けたのだ。
 年下といえど尊敬するし、できれば仲間になって欲しいけれど……
 勇魚が今迷っている、それが何のためなのか、立火も薄々感づいていた。

「ん、じっくり考えたらええよ。うちはいつでも大歓迎や!」
「はいっ! お話ありがとうございました!」

 練習に戻っていった立火は、桜夜と笑顔で口喧嘩している。
 明日はあの先輩に聞いてみよう。
 ツインテールの三年生の姿に、勇魚はそう思った。



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