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「皆さん! テストが終わったらUSJに行きませんか!」

 中間テスト前は三日間が部活禁止期間である。
 明日からその期間に入り、しばらく会えなくなる最後の日。
 ミーティングで花歩がそんなことを言ってきた。

 喜ばれるかと思いきや、桜夜が口をとがらせ愚痴り始める。

「花歩はええよねー、年パス持ってんねんから」
「で、でもあんまり行けてないんですよ。このままやと元取れへんし、みんなで行きましょう!」
「年三回行けば元取れるやろ? 割と簡単やない?」
「値上げのせいで、今は四回行かな取れませんよ」
「許すまじUSJ!!」

 今日も桜夜は運営会社に憤っている。
 立火が口を開くと、どうでもいい話を始めた。

「さっきからユーエスジェイユーエスジェイって、言い辛いやろ? 普通ユニバって言わへん?」
「えっ、私はUSJって言いますけど」
「どっちでもええやろそんなの!」
「いやいや、ユニバ言うた方が大阪っぽいやろ」

 桜夜と立火が言い合っているところへ、つかさが軽く手を上げる。

「あたしはユニバって言いますねー」
「ほーら、ナウいギャルはそうなんやで。ところでマクドはマクドって言うよね?」
「いえマックって言います」
「何でやねん!!」

 大声で突っ込む部長に、つかさは呆れたように根拠を述べた。

「マックが自分でマック言うてるやないですか。朝マックとか」
「いやっ、でもほら、何かのパソコンと紛らわしいやろ?」
「?」

 かつてよく言われた理由は、部の誰にも通じないようだ。
 唯一理解した晴が、冷ややかに時代の流れを告げる。

「マッキントッシュなんて若い子は知りませんよ。このiPhone全盛の時代に」
「くそう、大阪の伝統文化が廃れていく……」
「マクド呼びなんかを伝統文化にしないでくださいよ」
「………」

 花歩が困ったように視線をさ迷わせている。
 気付いた立火は、慌てて後輩に謝った。

「ごめん! 私はすぐ脱線してあかんな。えーと、みんなでユニバ?」
「はいっ、よかったら行きませんか?」
「行きたいのは山々なんやけど、金がなー」
「ふっふっふっ、実はそれなんですが」

 ドヤ顔で腰に手を当てた花歩は、びしりと宙に指を突きつけた。

「年パス持ちが誕生月の場合、5人まで1200円引きで入れるんです!
 私は5月生まれなので、今なら大変お得ですよ!」



「え、今月誕生日やったん? 何日?」
「あ、29日です」
「そっか、何かお祝いせなあかんな」
「そ、そんな、お構いなく……」

 花歩の声が徐々に小さくなる。
 焦った顔で、全員に向けて必死の弁解を始めた。

「いや……あの、ちゃいますよ? 決して自分の誕生日アピールのためにこの話題を持ち出したのではなく……」
「なかなかの策士もいたもんやな。一度教えを乞いたいくらいや」
「ちゃうんですうううううう!!」

 晴に皮肉られて花歩がのたうち回る。
 それと同時に、勇魚が両手を合わせて元気よく言った。

「せや! 部のみんなで花ちゃんのお誕生会をしましょう!」
「おいやめろ」

 皮肉っぽく笑っていた晴が、一瞬で真顔になった。
 勇魚がきょとんとして尋ねてくる。

「え、あきませんか?」
「一人で始めたら、全員分やらなあかんことになるやろ。茶番に八回も付き合わせる気か?」
「えー、でも花ちゃんが生まれた日ですよ?」
「生まれた日は16年前や。それ以外は地球が整数回公転した日でしかない」
「去年はどうだったんですか?」

 隣の姫水に尋ねられ、小都子は困り笑いで記憶を呼んだ。

「お誕生会なんて言おうものなら、ぶん殴られかねない雰囲気やったねえ」
「そ、そうなんですか……」
「まあ、元々あんまり馴れ合う部でもないんや」

 立火としては、嫌がる部員がいる以上は、部の行事として行うわけにはいかない。
 晴だけならともかく、夕理も露骨に嫌そうな顔をしている。

「てことで花歩は個人的なお祝いで勘弁してや。ごめんな」
「めめ滅相もない、催促したみたいですみません!」
「あ、でもどーしてもと言うんやったら、私の誕生会は開いてくれてええよ!」

 空気を読まず、桜夜が両方の人差し指で自分を差す。

「11月11日やからね! 覚えやすいやろ? 1111!」
「お前なあ……そう言うなら、まず自分が主催して一年生を祝うべきやろ」
「えー、やだ、めんどくさい」
「最っっっ低ですね……」

 夕理の軽蔑しきった視線に、慌てて取り繕う桜夜である。

「じ、冗談に決まってるやろ! 全て一連の高度なギャグ!」
「全くそうは思えませんでしたが」
「おっと、喋ってる間に結構な時間やないか。練習始めるで!」

 時計を見た立火の指示で、部員たちはジャージに着替える。
 曲ができるまでは、基礎練習をして過ごすしかない。
 柔軟体操の後、花歩と勇魚は立火に呼ばれた。

「二人は私と特訓や。若葉の露に映りて。あれはそんなに激しくないから、二人にもマスターしてもらうで!」
『はいっ! よろしくお願いします!』

 聞こえた夕理の胸が少し温かくなる。
 練習用とはいえ、あの曲をまだ歌ってもらえるのだ。


 *   *   *


 練習終了後……

「しつこくてすみません! USJ行きましょう!」
「あ、その話途中やったな」
(よし花歩、よく覚えてた!)

 つかさが内心でガッツポーズを取る。
 練習中、この話はどうなったのかとやきもきしていた。
 テストが明けたら姫水を遊びに誘うつもりだったが、断られたら傷つくし、花歩がリスクを負うならそれに越したことはない。
 その花歩はお目当ての相手と頑張って交渉している。

「どうでしょうか部長!」
「えーと、1200円引きやったっけ? それでいくらになるの?」
「はい、6700円です!」
「ごめん無理! 金ない!」
「そ、そうですか……」
「ごめんなー」

 一番誘いたい人に断られてしまった。
 まあ花歩も高いとは思う。桜夜ではないが、値上げを恨みたい気分である。
 立火の隣で、その桜夜が血の涙を流していた。

「金ッ……金さえあればッッ……。
 後輩と楽しくUSJッッ……くそおおッッ……!!」
「ないもんはしゃあないやろ。きっぱり諦めろ」
「女子高生が手っ取り早くお金を稼ぐ方法はないの!?」
「お前は受験勉強をせえや!」

 騒ぎをよそに、花歩の目が小都子へと向く。
 一人だけ上級生が行くのも……と空気を呼んだ小都子が、やんわりと断った。

「私、この前友達と行ったばかりやねん」
「あ、そうなんですか……」
「今回は一年生だけで気兼ねなく行ってきたら?」
「うーん、そうですね」

 当然のように晴は対象に入っていないし、晴もスマホをいじって、話しかけるなオーラを発している。
 言われた通り、花歩は一年生たちに声をかけた。

「つかさちゃんは年パス持ってるよね?」
「もち。こんな近くに住んでて、持たない手はないやろ」
「くけーーー!!」

 奇声を上げる桜夜に一瞬驚くが、スルーして話を続ける。

「てことであたしはOKやで(せやから早く藤上さんを誘え)」
「やった! 姫水ちゃんと勇魚ちゃんはどう?」
「そうね。一度行ってみたいと思っていたし」
「うちはひらパー派やけど、みんなが行くなら行くで!」
(よっしゃー!……って勇魚も来るのか……そりゃ来るよね……)

 別に嫌なわけではないが、また幼なじみ同士でイチャイチャしないといいけど……。
 とか考えつつ、つかさは一番の問題児へ話を振った。

「夕理、どうする?」
「うーん……」

 夕理は悩む。高校に入ってから一度もつかさと遊んでいないし、できれば行きたい。
 他の一年生とも、仲良くしなければいけないのは分かっている。
 いるけれど……。

「せやけどああいう、映画のテーマパークというコンセプトを放棄し、よく分からないアニメだのゲームだのと無節操にコラボし、まさに大阪的な何でもアリ状態と化した、もはやテーマパークとは呼べないただの遊園地なんか行って楽しめるんやろか……行ったことないけど」
「行ったことない割に詳しいね……でもまあ、その無節操さのおかげで復活したんやで」

 花歩の言うように、一時は経営難に陥っていたUSJだが、映画にこだわらず何もアリに転換したことでV字回復した。
 今年はファイナルファンタジーやセーラームーンとコラボしている。

「うーん……」
「一度くらいは後学のために行くのも悪くないで。一度行けば十分やけど」

 そう説いたのは、意外にも晴だった。
 桜夜がおののきながら、恐る恐る尋ねる。

「え、もしかして晴……」
「一人で行きましたが何か?」
「ゆ、勇者や! ここに勇者がおるで!」
「シングルライダー搭乗で快適でしたよ」

 しれっと言う晴に、夕理の心は決まった。
 一人USJを平気で敢行する人の前で、五人で行くことに尻込みなどできない。

「なら私も参加で」
「やったー! じゃあ再来週の日曜に、時間とかはまた後で!」
「楽しんでくるんやで~」

 歓喜する花歩に、立火が笑顔で軽く手を振る。
 一年生たちが仲良くなっていくのは、部長としても嬉しいことだった。
 自分もその場にいたかったが、懐の寂しさは根性でも解決できないのである……。


 *   *   *


 最後に業務連絡として、小都子から体育祭実行委員になったとの報告があった。

「なので、時々部活を休むかもしれませんが……」
「それはええけど、そういう委員とかもうやりたない言うてへんかった?」
「まあ一年間何の役職にも就かないのも、なかなか難しそうなので」

 立火に答える小都子の笑みは、既に諦めの境地だった。
 文化祭実行委員や修学旅行委員に比べたら、まだ体育祭の方が楽なので、自分から志願したのだ。
 桜夜が感心半分呆れ半分で言う。

「小都子ってほんまそういうの頼まれやすいなー」
「実は次の生徒会長もやってくれって、方々から言われてるんですけどね」
「ええ!? 小都子を生徒会に連れてかれたら困るで!」
「なので、私も無理ですとは言うてるんですが……」

 困っている小都子を捨て置けず、声を上げたのは夕理と勇魚だった。

「小都子先輩が断り辛いなら、私がきっぱり断ってやります!」
「でも生徒会長だって誰かがやらなあかんことやし! 何ならうちが立候補します!」
「ち、ちょっと二人とも落ち着いて。大丈夫、二年生の中で解決するから」

 慌てて取りなしてから、小都子は体育祭の話題に方向を変える。

「それより体育祭はクラス対抗やからね。勇魚ちゃんと花歩ちゃんは、三組同士よろしくね」
「そういう仕組みなんですね! うちは走るの得意です!」
「私は普通ですけど……でも頑張りますよ!」
「ふっふっふっ、そう簡単に勝利は譲らへんでえ」

 不敵に笑った立火が、がしっとつかさと肩を組んだ。

「この中ではどう見ても私らが最強やろ! つかさ、五組のために勝ちにいくで!」
「ええー、勘弁してくださいよ……。体育祭ではしゃぐとか子供じゃあるまいし」
「あーもうこの冷めた現代っ子は! 一位取ったらお菓子あげるから!」
「せやから子供じゃありませんってば!」
「五組が最強? それは聞き捨てならへんなあ」

 と、今度は桜夜がゆらりと立ち上がり、姫水の肩に手を置きポーズを取った。

「美しさでは明らかに六組が最強やで! ねっ、姫水!」
「体育祭とあまり関係ないと思いますけど……」
「いやいや、応援合戦があんねんで。私たちがチアの格好で応援したら、六組のテンションは爆上がりやろ!」
「そういうのがあるんですね。なら張り切らないといけませんね」
(1-6の連中、バーサーカーみたいになりそう……)

 奈々のテンションを知っているつかさは、想像して身震いする。
 そして1-2の夕理と2-2の晴は……

「………」

 居心地の悪そうな一年生の視線を、二年生が柳のように受け流す。

「まあ、クラスへの義理を果たす程度には汗を流すつもりや」
「そ、そうですか……。私は真剣にやりますよ。学業の一環ですから」
「それはお疲れ様。ところで部長、部活対抗リレーはどうします?」
「あ、それがあったか。去年はガチで勝ちにいったけど……」

 言いかけたところで下校時刻のチャイムが鳴った。
 今日は長々と喋りすぎてしまった。

「テスト明けに改めて考えよか。他に連絡はない?」

 部長が全員を見渡し、何もないことを確認する。

「よし、今日はここまで。みんな頑張って中間テストを乗り切るで!」
『はいっ!』

 明日からしばらく、部活のない日々が始まる。
 スクールアイドルの戦いは一時お休みし、学生の戦いが繰り広げられるのだ。
 花歩はそれに加えて作詞もしなければならない。
 こんなタイミングで、好き好んで余計な苦労を背負ってしまった気もするが……。

(でも、乗り切ればみんなでUSJや!)
(それを楽しみに両方頑張るで!)

 自分でぶら下げたニンジンを励みに、花歩の心は疾走を始めた。



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