第16話 夏の始まり
「部長、お土産です! 受け取ってください!」
「おっ、ジュラシックパークのキーホルダーか。恐竜はええな! ありがとう!」
「小都子先輩。ただのメモ帳ですけど、良かったら……」
「まあまあ、私に? ほんま嬉しいわあ。ありがたく使わせてもらうね」
「晴先輩! うちの気持ちです!」
「いらない」
晴の言動にも慣れてきたとはいえ、やはり部の空気は凍り付く。
勇魚は涙目になりつつも必死で食い下がった。
「あの、でも、この前勉強を見ていただいたので!」
「私が勝手にやった事や。余計な気を遣う必要はないし、不要な物を受け取る理由もない」
晴には晴で事情がある。
部屋には掘り出し物の陶磁器を並べていて、余計なものは一切置きたくないのだ。
とはいえそれを話すことはないので、特に姫水の目には冷血極まりないとしか映らない。
「岸部先輩、あなたは――!」
「まーまーまー。これもらったんやからええやん」
晴の隣に座っていた桜夜が、机の上で開けられていた箱から一枚取り出す。
一年生全員でお金を出して買った、『USJに行ってきました』クッキーだ。
「さすがにこれくらいは食べるやろ?」
「いただきましょう」
「勇魚、晴はこれで十分やって」
「は、はい……」
勇魚はしゅんとしつつも引き下がり、姫水も仕方なく座り直す。
桜夜が先輩らしく場を収めるという、珍しい出来事かと思いきや……
本人は満面の笑顔で、一年生たちに手を差し出した。
「で、私の分は?」
………。
『やべえ!』
誰も桜夜個人に買ってない!
気落ちしている勇魚を除く一年生四人が、大慌てでひそひそ話を始める。
「どどどどないしょ!? 完全に頭から抜けてた!」
「あれ、当然もらえると思い込んでる顔やで。あたしとしたことがしくったなあ」
「別に正直に言うたらええやん。『あなたは人望がないので誰も買いませんでした』って」
「さすがにそれは……。クッキーを多目にあげてごまかせないかしら……」
密談がまとまらない間に、勇魚が元気を呼び戻し、桜夜に包みを差し出した。
「あの、使い回しですみませんけど、良かったら!」
「え、私にくれるん? やったーー!!」
細かいことを気にしない桜夜は、晴の拒絶品だろうと無邪気に喜んでいる。
袋を開けると、回転する砂時計のついたマグネットだ。
「へー。これ何やったっけ?」
「確かハリーポッターに出てきた……姫ちゃん、何やったっけ?」
「ハーマイオニーが使った逆転時計ね。一回転すると一時間過去に戻るの」
「わ、これがあったら受験も楽勝やん! ええもんもろたあ!
勇魚はほんまええ子やな~。晴、今さらよこせ言うてもあげへんからな」
「言いませんよ馬鹿馬鹿しい」
かくして土産物は収まるところに収まり、人間関係にしこりを残さずに済んだ。
はらはらと見ていた部長は、安堵しつつも桜夜に苦言を呈する。
「大体お前は何の土産もないくせに、厚かましいやっちゃなあ」
「う……しゃあないやん。完全に一文なしやってんから」
「まあ私も金なくて買えてへんけどな。しけた三年生で皆には申し訳ない」
「どこか行ったんですか?」
「生駒山の遊園地や。受験生やからすぐ帰ったけど、この写真使える?」
晴へとスマホごと差し出したのは、白馬に乗って笑う桜夜の一枚だった。
小都子と一年生たちも覗き込み、勇魚を除いて同じ感想を抱く。
(本当、黙ってれば美少女なのに……)
うなずいた晴がスマホを返した。
「ブログで使うので送ってください。一年生の方も誰か写真とコメントを頼む」
「人のプライベートまで宣伝に使われるんですか」
「アイドルってのはそういうもんや。他に人気を得る代案があるなら別やけど」
「ぐっ……」
夕理の不満は跳ね返され、いつものように反論できない。
全国に行くには、自分も不人気のままでは駄目なのは分かっている。
USJのことは五人だけの思い出にしたかったけれど……。
ファンに写真を見られる程度は、許容するしかないようだ。
* * *
話が終わり、予備予選に向けて『Supreme Love』の練習が始まる。
「サブセンターは姫水が適任でしょうね」
「まあ、そうなるやろな」
「承りました」
晴と立火の相談に、姫水が微笑んで桜夜の隣に立つ。
Westaのメンバーは偶数なので、左右対称にするには工夫がいる。
例えば最後の決めポーズでは、センターの隣にサブが一人並んだり、後ろに立ったり。
『若葉の露に映りて』ではサブを務めた立火だが、今回は曲の内容が内容だけに、端の方で大人しく踊るつもりだった。
「こうして並ばれると、美の暴力って感じやねえ」
「まあ……見た目はそうですね」
感心した小都子に、夕理が渋々同意する。桜夜と姫水。Westa一の美少女コンビだ。
つかさは複雑な顔である。
自分はあんな風に、姫水の隣に並べる日が来るのだろうか。
(正直ちょっと手詰まりな感じやな。何かのチャンスを待つしかないか……)
そして今回も補欠の花歩と勇魚は、晴に部室の反対側へ連れていかれる。
「今日からは私が特訓担当や。容赦なくいくで」
「はいっ、うち頑張ります!」
「よ、よろしくお願いしまーす」
先週までは部長だったのに……と密かに落ち込む花歩だが、本番が近いとあっては致し方ない。
一方の勇魚は晴がコーチだし、夕理からの呼び方の件もあるしで、普段にも増して張り切っている。
花歩は置いていかれないよう、十五歳最後の練習を必死でこなした。
* * *
「花歩、明日の誕生日なんやけど」
部活が終わり皆が帰る中、真面目な顔の立火に声をかけられる。
「は、はい! いえそんな、気を遣っていただかなくても!」
「うん。さっきも言うたけど、ほんまに金ないねん。それで――」
「あ、はい……気を遣わないでください、あはは……」
「プレゼント、弁当でもいい?」
数秒固まってから、話を理解した花歩は飛び上がる。
「えええええ!? 部長のお手製ですかっ!?」
「まあ、中身はありきたりなもんやけどな」
「いります! 是非ともほしいです! 神棚に飾りますっ!」
「何でやねん! けどまあ良かった、引かれないかって少し心配やってん。ほな明日持ってくるわ」
(引くわけないです! うわー、手作りのお弁当、うわー……)
夢見心地に浸る花歩の脇で、野次馬で聞いていたつかさがニヤニヤと言う。
「部長さん相変わらずイケメンっすねえ。なんで料理までできるんですか」
「うちのおかん、ちょっと体弱いねん。少し前までよく入院してたから、家事はみんなで分担してたんや」
「あ……そ、そうやったんですか」
予想外に重い理由に、さすがにつかさも口ごもる。
そして夢から覚めて神妙な花歩に、立火はひらひらと手を振った。
「最近はだいぶ体調もええから、気にすることないで。ほら、鍵閉めるから外出て」
そう言って一年生たちを送り出そうとしたところで、石になっている桜夜に気付く。
青い顔で、その口が震えるように呟いた。
「え、花歩の、誕生日? 明日……?」
「おい……忘れてたんとちゃうやろな」
「ま、まままさかあ。せや花歩、私からのキッスでええやろ!? 立火の弁当より価値あるで!」
「お気持ちだけいただきますね! ありがとうございました!」
「いい笑顔で拒否られた!」
* * *
その日の夜、少し長目に起きていた花歩は、同じ顔の女の子と二人で時計を見ていた。
三、二、一……。
針は十二時ちょうどを指す。
「芽生、十六歳おめでとー!」
「誕生日おめでとう、花歩」
五月二十九日。奇しくも星座は双子座。
生まれる前から一緒の妹に、花歩はUSJの袋を差し出す。
「はいっ、お姉ちゃんからプレゼント!」
「ふふ、ありがとうお姉ちゃん。どれどれ……って、ハローキティ……」
「え、キティちゃん好きやったろ?」
「いやまあ好きやったけど、もう十六歳やねんで?」
キティのパスケースを手に苦笑いされ、花歩は不満そうに口をとがらせる。
「えー、微妙な感じ?」
「でも大丈夫、私の方も微妙なプレゼントやから」
「自分で言う!?」
「はいどうぞ。役には立つと思うんやけど」
芽生が差し出した包みは、明らかに本である。
開いてみれば、『できる英単語 高校編』……。
「この前勉強を見た感じ、花歩はそこが弱いからね」
「ほんまに微妙やな……」
「お互い様ってことで」
「あはは、そやね。ありがと芽生」
贈り物を大事に鞄に入れ、おやすみを言って二段ベッドの上下に入る。
一つの部屋を使っていると言ったら、この前つかさから呆れられた。
『その歳で姉妹同じ部屋!? ちょっとおかしいんちゃう!?』
『つーちゃんつーちゃん! うちのとこもそうやで!』
『勇魚の妹は小さいから分かるってば。けど高校生なら普通は姉なんて鬱陶しいやろ!』
そんな感じで妙に力説していたが、でも自分たちの場合は、今の状況が居心地がいいのだ。
学校が別でも、帰宅すれば片割れがいると思うと、どこか安心できた。
芽生が電気を消し、二人がともに目を閉じる。
十六年間一緒だった。これからあと何年、一緒にいられるのだろう……。
* * *
五月末とあって気温は高く、登校する生徒たちは上着を脱いでいる。
教室に入った途端、勇魚がクラスメイトに大声で叫んだ。
「みんな、今日は花ちゃんの誕生日やねん! お祝いしてあげて!」
(うわああああああ!?)
善意でやってくれているのだろうが、あまりに気恥ずかしい。
おめでとう丘本さん、ハッピーバースデー、チョコ食べる? 等々と周囲の生徒たちに祝福され、引きつった照れ笑いを浮かべながら席に着く。
まあ、年に一回はこんな風に目立つ日があってもいいだろう。
嬉しそうにしている勇魚は、既にバス停で姫水と一緒にお祝いとプレゼントをくれた。
スヌーピーの人形と、スヌーピーのミニタオル。
帰りには家に寄って、芽生のこともお祝いしてくれるそうだ。
「よっ、花歩。十六歳おめー」
軽い声に顔を向けると、つかさが手を上げて教室に入ってきた。
その後ろから夕理も顔を出す。
「お、おめでとう……」
「二人ともありがと!」
「夕理、廊下でずっとウロウロしててさー。しゃあないから一緒に連れてきてん」
「だ、だって私、つかさ以外の誕生日なんて祝ったことないしっ」
「あはは、夕ちゃん。祝う気持ちさえあれば大丈夫やで!」
勇魚の言葉に押され、夕理は持参したプレゼントを差し出す。
箱に入れられ、きっちり包装されてリボンもかけられた物体に、花歩たちの驚きの目が集中した。
「うわ、気合いの入ったラッピング」
「あ、あれ、つかさは袋に入れただけ!? 普通ここまでせえへんの!?」
「いやいや、もちろんするに越したことはないで。夕理は偉いなあ」
「花ちゃんごめん、うちは真心が足りてへんかった……」
「私なんてUSJの袋のまま芽生に渡しちゃったし……。夕理ちゃんマメやなー」
「し、知らんわもう!」
だってつかさとはこんな感じで贈り合っていたから……と内心で言い訳するが、あれはつかさが自分に合わせてくれていたのだろうか。
世界が広がったせいで、知らなかった常識に色々気付かされる。
と、廊下の人影に気付いたつかさが、夕理の服を引っ張る。
「本命が来たから、あたし達は退散しよか」
「せやな」
「ほんまにありがとね!」
二人は教室の外に立つ上級生に、お辞儀して帰っていく。
花歩がその後を追って廊下に出る。
目の前には憧れの先輩。
互いに相対し、立火は笑顔で後輩を祝福した。
「誕生日おめでとう! また一つ大人になったんやな」
「ありがとうございます! 今後ともより一層励みます!」
「はは、そう固くならんでも。はいこれ。ほんま味は期待せんといてや」
「嬉しいですぅぅぅ!! 大事に大事に味わいます!!」
「なんや照れくさいなあ。箱は洗わず返してくれてええで」
受け取ると同時にチャイムが鳴る。
立火は急いで戻っていき、残された花歩は弁当箱を抱きしめ悶絶していた。
(きゃー! きゃー!)
「花ちゃん、良かったね!」
我が事のように喜ぶ勇魚に続き、他の友達が驚きの顔を見せる。
「お、お手製弁当? 立火先輩の!?」
「すっご! そこまでしてくれる先輩ってなかなかいてへんで」
「ええやろー? うちの部長はほんま最高やねん!」
得意そうに席に戻る花歩を、再び皆が祝福する。
一方で『え、なんか重くない?』と呟いた同級生は、周囲に睨まれ首をすくめた。
数十分後、花歩の浮ついた気持ちは、返ってきた英語のテストで現実に引き戻された。
(ろ、63点……。もっと頑張らな……)
さすが妹のプレゼントは的確だった。
休み時間に読むことにしよう……。
* * *
待ちに待った昼休み。
いよいよ弁当箱開封の儀式である。
勇魚と夕理、何人かの友達に加え、無関係なクラスメイトまで輪になって囲んでいる。
「ほな開けるで~。ジャカジャカジャカジャカ……」
「BGMはええから!」
周囲に急かされ、思い切って蓋を取る。
白米にかぼちゃの煮物、きんぴらごぼうに何かのカツ。
本人の言う通りオーソドックスなものだが、唯一右下のおかずが異彩を放っていた。
水で溶いた小麦粉に、卵とキャベツ、豚肉等を混ぜて焼いた料理。すなわち――
「お好み焼き! and ごはん!」
花歩が叫んだ通り、四つ切にされた小さ目のそれが二切れ、弁当箱に鎮座している。
残り二つは立火の方に入っているのだろう。
「さすがは立火先輩や! 大阪の魂が込められてるで!」
「炭水化物を重ねるって栄養バランス悪いやろ。何で大阪人はこうアホなんや……」
勇魚と夕理の論評に続き、クラスメイト達も口々に語りだす。
「他の県の人は笑うけど、結構合うやろ? ソースが濃すぎる時とかご飯で中和できるやん」
「異議あり! 味はともかくカロリー高すぎや、絶対デブるで!」
「別に食べる人を否定はせえへんけど、大阪の常識みたいに言わんといてほしい。私はちゃうし」
(難しいことはええやん。食べた人が満足ならそれで)
と、花歩も議論に参加しかけるが、そんなことをしている場合ではなかった。
周囲の音をシャットアウトし、両手を合わせていただきますを言う。
お好み焼きを一口サイズに切り、ご飯に乗せて、付属の小さい容器に入ったソースをかける。
そして二つの炭水化物を合わせて口に運んだ。
(うん……これは)
(ふわりとした生地にキャベツの食感。冷めてもおいしい、レベルの高いお好み焼きや)
(そして組み合わされたご飯)
(そもそもソースの染みたご飯は根本的に美味しいわけで、それが石垣のように全体を支えている!)
(これはまさに味の大阪城天守閣やーー!)
涙まで浮かべて自分の世界に浸っている花歩に、級友たちは邪魔しては悪いと、自分の席に戻っていく。
(部長、エプロンとか着て作らはったんかなあ……)
(男前な部長もええけど、家庭的な部長もええよね!)
(部長と結婚したら、毎日こんなご飯が食べられるんやろか……)
(って、何考えてんねんもー! 私ったらもー!)
(はっ、妄想しながら一口食べてしまった! 私のアホ! 味に集中するんや!)
そうやって百面相している花歩を、勇魚はほっこりと、夕理は気味悪そうに見ている。
一口ちょうだい、などとは誰も言えそうにない雰囲気だった。
* * *
名残を惜しみながら米の一粒まで食べ尽くし、花歩は弁当箱を持って流し台に来ていた。
(洗わなくていいとは言われてんねんけど、やっぱり洗っちゃうよね)
(はあ……それにしても最高の誕生日やなあ……)
「何あれ、見せつけてんの?」
不意に後ろから声がした。
びくりとしつつ振り向けない花歩に、刺々しい声は続く。
「立火先輩の手作りって、どれだけ価値があると思てんねん」
「あんなモブみたいな子にはもったいなさ過ぎやろ!」
(ひいい! 部長のファンの子や!)
明るく楽しい生徒ばかりの住之江女子と思っていたが、やはりこういう子もいるのだ。
調子づいてる、ステージにも上がれないくせに、などの口撃が次々襲ってくる。
背中に受けつつ最初は耐えていたが、だんだん腹が立ってきた。
(アンタら、部員が集まらなくて大変な時に何もせえへんかったやないか!)
(遠くから見てただけの奴が何で偉そうやねん!?)
(私は確かに実力はないけど、あのとき部長の誘いに乗ったことだけは誇りに思える!)
怒鳴りつけてやりたいが、Westaのイメージ悪化になるだろうか……と逡巡していると。
「……こんなことなら、四月に入部しておけば良かった」
「しゃあないやろ。勇気が足りなかった私たちが悪いんや……」
急に、勝手に敗北して諦めた声が弱々しく届く。
振り返ると、二人の女生徒が肩を落として遠ざかっていった。
ぽかんとして見送った花歩は、体を戻して食器洗いを続行する。
『待って、まだ遅くはないで! 私と一緒にステージを目指そうやないか!』
(とかカッコ良く言えたら主人公ぽいんやけどな……)
でも立火のファンを勧誘するほど、お人好しにはなれなかった。
自分でも心が狭いとは思うけど……。
少なくとも来年三月までは、今の九人だけで過ごしたかった。
* * *
「花歩ちゃん」
授業が終わり、勇魚と一緒に部室へ向かっていると、小都子に声をかけられる。
彼女が差し出したのは細長い包みだった。
「お誕生日おめでとう。これ、つまらないものやけど」
「わ、ありがとうございます! 開けていいですか?」
「どうぞどうぞ」
中から出てきたのは、銀色に輝くペーパーナイフだ。
パッケージに大きく『堺』のシールが貼られている。
「打刃物は堺の特産品やからね」
「嬉しいです、使わせていただきますね!」
「………」
「………」
小都子はよろよろと廊下の端に行くと、こつんと壁に頭を打ち付けた。
「やっぱり手作りのお弁当の前では影が薄いよね……。立火先輩反則やで……」
「いえほんま嬉しいですってば!」
「小都子先輩! 大事なのは気持ちです!」
勇魚に励まされている先輩とともに、部室に入る。
既に来ていた立火に、空の弁当箱を渡してお礼を言った。
「ごちそうさまでした! 私のランチ史上最高のお弁当でした!」
「大げさやなあ。ま、口に合うて良かった」
「あ、あの、次は私がお弁当作ってもいいですか?」
「私の誕生日はだいぶ先やで?」
「いえそうではなく、単純な好意というか……ごにょごにょ」
口ごもる言葉は途中で中断される。
桜夜が大声で叫びながら、部室に飛び込んできたのだ。
「花歩ー! ハッピーバースデー!」
「は、はい。ありがとうございます」
「寝ないで考えたプレゼントや! 感動して泣くんやないで!」
渡されたのは紙切れだった。
ノートの切れ端に、汚い字で名称が書かれている。
『何でも言うことを聞きます券』
(どうしろと!?)
「いやー、我ながら太っ腹な先輩やな。私の好感度は立火を余裕で上回ったやろ」
「後輩を困らせるのはやめとこうや……」
「え、何で困るん? 私の愛が美しすぎるから?」
立火の苦言に本気でアホなことを返す先輩に、花歩は困り果てている。
と、助け船のつもりか知らないが、晴が手を差し出した。
「花歩、いらんのやったら百円で売ってくれ」
「ちょおお晴! 私に何させる気やねん!」
「色々と使い道は考えられますね」
「人身売買やないかい!」
「い、いえ、私がいただいたので私が使います」
何か、桜夜にして欲しいことがあるだろうか……。
色々考えてみたが、今は一つしか思いつかなかった。
「それじゃ、あの……予備予選、頑張ってください!」
「え? それが私にさせたいこと?」
「はいっ。補欠の私には、先輩たちにお任せするしかないので!」
「……花歩」
桜夜は近づくと、笑いながら花歩の額をちょんと突っつく。
「そんなん、逆に私へのプレゼントやん。可愛い後輩に応援をもらえたら、頑張れるに決まってるやろ」
「え、は、はい……」
「せやから、その券の使い道は別のにしてや」
可愛らしい笑顔に、うっかり心が揺れそうになる。
困った先輩だけど、後輩のことが本当に好きで、プレゼントも本気で考えてくれたのだ。
立火が優しく見守る前で、花歩はこくりとうなずいた。
「……はい。じっくり考えてみます」
「何でもええでー? メイド服着て一日奉仕しろとか」
「いりませんよ!」
苦笑しながら、券をなくさないよう大事に鞄にしまった。
他の部員も到着し、今日の練習が始まる。
一人を除き、暖かく祝ってくれたWestaのメンバーたち。
これから始まる十六歳の一年は、その想いに応えられるものにしないと!
* * *
「晴先輩、おめでとうの一言だけでいいので……」
「特にめでたいとは思わへん」
「い、勇魚ちゃん、別にええから!(その先輩に祝われても逆に怖いし!)」