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♪チャンララララララン ラララララララン

 オクラホマミキサーが流れる中、最後に自由参加のフォークダンスが始まった。
 疲れも何のそので輪に飛び込んだ勇魚に、ダンス相手が次々と話しかけてくる。

「勇魚ちゃんやったっけ? ほんま手に汗握ったで。大したもんやなあ」
「えへへ、ありがとうございますっ!」
「佐々木さん、早よステージに上がってや。私ファンになるから」
「はいっ! 練習頑張ります!」

 初対面の生徒たちが誉めてくれる。
 こそばゆいけれど、今は純粋に嬉しかった。
 そう思える機会を、姫水が作ってくれたことも。

(あ、次は花ちゃんや)

 親友は勇魚の手を取り、踊りながら笑いかける。

「なんか勇魚ちゃんに置いてかれちゃったなー」
「な、なに言うてるんや! うちらはずっと一緒やで!」
「あはは、まあ私はスクールアイドルで主役になるからね。その時は負けへんで!」
「う、うんっ。一緒に輝こうね!」

 そして何人かの交代を経て、桜夜が相手になった。

「私六組やから姫水を応援したけど~。ほんまは勇魚も応援したかったんやで~」
「はいっ、先輩の気持ちはめっちゃ嬉しいです!」
「あーもう可愛えなあ! 今度二人で遊びに行こう! ねっねっ」
「そうですね! 楽しみにしてますっ!」
「桜夜、交代やで」
「ちぇー、このまま家に連れて帰りたいのに……」
「よこせ!」

 犯罪的なことを言い出す相方から奪い取り、立火が手を繋いでステップを踏む。

「あの姫水に勝つなんてなあ」
「た、たまたまですから! 次は姫ちゃんが勝つと思います!」
「その性格やと、これからも苦労しそうやな」

 後輩の前途を思い、部長は困り笑いを浮かべる。
 負けて喜んでくれる姫水のような相手ばかりではない。
 ラブライブに勝つことは、他校を蹴落とすこと。
 他人の夢を断つことなのだから。

「けどまあ、今日は素直に称えておくで。ええ根性やった!」
「はいっ! 立火先輩も素敵な根性でした!」


 ダンスの輪を眺めながら、小都子はほっと一息つく。

(これで、後は締めの挨拶だけ。無事終わって良かった)
「小都子先輩」

 誰も見向きもしないはずの運営テントで、不意に話しかけてきたのは夕理だった。

「あれ、何かあったん?」
「今はお仕事はありませんよね? 私と踊ってもらえませんか」
「え? それは構へんけど……」

 言っては悪いが、夕理はそんな気の利く器用な子ではない。
 思い当たることといえば……。

「ははあ、さては晴ちゃんやな?」
「ま、まあ、労ってこいとは言われましたけど。でも私自身も踊りたいんです!」
「ふふ、ありがとうね」

 優しく後輩の手を取って、踊りながら質問する。

「夕理ちゃんは、体育祭はどうやった?」
「いえ……特に何も……」

 陣地では話す人もなく、競技では活躍できず、挙げ句二組は最下位になった。
 良かったのはつかさの学ラン姿、なんて断じて言えない。
 ここへ来る途中で、悩んでいる彼女を見てしまったから。

「すみません。小都子先輩が一生懸命運営してくれたのに」
「ええんよ、人には向き不向きがあるから。でも来年は、クラスに話す人ができてたらええね」
「まあ、なるようにしか……あ、でも一つだけ良いことがありました」
「へえ、なあに?」
「小都子先輩とフォークダンスを踊れたことです」

 あまりに真顔で本心から言うものだから、小都子は思わず吹き出してしまった。

「ほんまに夕理ちゃんは可愛ええねえ」
「か、からかわないでくださいっ!」
「うん。私も色々あったけど……一番の思い出は、今のフォークダンスやな」

 並んで肩越しに手を繋ぎ、前後にステップを踏んでから向き合ってお辞儀して――
 誰とも交代のないオクラホマミキサーは続く。
 夏の始まりの行事が終わるまで、二人の影はいつまでも寄り添っていた。


 *   *   *


「みんな、昨日はお疲れ様!」

 翌日の土曜日。七人の部員に立火は声をかける。
 つかさからは休みの連絡があった。

「体は疲れてるやろうし、今日は歌の練習にしよか」
「ラブソングやからな~。立火も可愛く歌わなあかんで」
「へいへい、善処します」
(うちも頑張って可愛くせな!)

 歌唱練習は補欠の二人も混ぜてもらえる。
 そして歌唱力では勇魚が最下位だ。
 昨日の栄誉から一日での転落だけれど……。
 でも、姫水に必死で手を伸ばし、そして届いたことは少しの自信になった。

(今日から心機一転、ステージ目指して練習あるのみや!)
(晴先輩も頑張ってはるし!)

 その晴は、今日もパソコンに向かって作業をしている。
 本番前のこの時期、どのグループもライブやPV作成は無理なため、ブログの更新等が唯一の発信になる。
 ランキングも大きな変動はなく、Westaは大阪市内で三位から六位のあたりをうろうろしている。

(安全圏とは言えへんな。ファーストライブがもう少しウケていれば……)
(しかし今さら言うても仕方ない。後は本番の出来次第や)

 そんなことを考えながら、体育祭の記事を作っていた時だった。

(……?)

 ネットが妙にざわめき出している。
 震源地を探すと、一つの動画に行き当たる。スクールアイドルの新作PVのようだ。
 こんな時期に? と思いながら再生した晴の顔色が変わる。
 何度か再生し、集められる情報を集め、おもむろに立ち上がった。

「部長、緊急事態です」
「どしたん?」
「とんでもないダークホースが現れました」
「何やて!?」

 動画が視聴覚室のスクリーンに映し出される。

 その内容は、Westaの部員を残らず圧倒するものだった。
 曲、衣装、映像、全てにおいてレベルが違う。そして――

 そこで歌い踊る一人の少女は、紛れもない天才だった。
 海を思わせる深い色の瞳が、画面越しに見る者を強く捉える。
 その堂々とした歌声と、高校生の動きを越えた激しいダンスに、全員が魅入られる。

 よろめいた夕理が椅子に崩れ落ちた。

「ここまでの曲、私には逆立ちしても作れません……。Aqoursの桜内先輩をも越えているかも……」
「夕理、クレジットをよく見ろ」
「?」

 晴に言われてスクリーンを見ると、一時停止された画面にはっきり書いてあった。

『楽曲制作 (株)音楽工房』

「プロやないかい!!」

 激怒した夕理は、机に思い切り拳を打ち付ける。

「そんなん高校生より上手くて当たり前や! ふざけんな!」
「衣装制作、ドレスカンパニー。動画制作、大阪メディアクリエーターズ。これ、ウン十万円はかかってるやろな」
「どこからそんなお金が!?」
「分からん。午後に生放送で色々説明するらしいが」

 混乱の渦中にある部の中で、姫水が冷静に小都子に尋ねる。

「プロに頼むのはルール上どうなんですか?」
「公式ルールで禁止されてはいないけど、そこは不文律というか、美意識というか……ねえ?」
「スクールアイドルは生徒が自分の手で作り上げるものや! こんなの邪道中の邪道や!」
「でもルール違反でないならどうしようもないわね。それに、この生徒さんは紛れもなく本物よね」

 言われて夕理も言葉に詰まる。
 確かに、プロの技術に見劣りしない力を、この少女は持ち合わせているのだ。
 動画の最中に、その名がスタイリッシュに表示される。

『HIKARU SERA(15)』

 一同、思わず年齢を二度見する。

(この子が、私と同じ一年生……?)

 戦慄する花歩の一方で、勇魚は素直に称賛した。

「すごい子やね! それに、アイドルが好きって気持ちが伝わってくるで! ね、夕ちゃん!」
「そ、それは……」

 が、そんな感嘆も晴の言葉で打ち砕かれる。

「特待生として広島県からスカウトしてきたらしい」
「結局は金やないか! この銭ゲバ学校め!!」

 荒れまくっている夕理は、机を蹴飛ばしかねない勢いだった。

「他県からエリートを集めてラブライブに出る!?
 こんなん認めたら、高校野球みたいに有名私立しか勝てへんようになりますよ!」
「うーん、元野球人としては引き合いに出されるのはアレやけど」

 立火としては不本意だが、しかしこと大阪の高校野球では、大阪桐蔭と履正社ばかり勝っているのも事実だ。
 特に前者はレギュラーの半数は府外出身者と聞く。
 しかし、スクールアイドルでやり始める学校があるとは……。

「一体どこの学校やねん」
「京橋ビジネス学院です。部長はこの人」

六王暁子りくおう あきこ
 晴が映し出したホームページには、金縁眼鏡の女生徒が載っていた。

「あ! 英語を教えてくれた親切な人!」

 流れについていけなかった桜夜が初めて反応する。
 立火ももちろん覚えている。あの時の言葉が、現実として耳に響く。

『今は無名やけど、近いうちに大阪中を驚かせたるで』

 思い出しながら、苦い顔で天井を仰いだ。

「こんなやり方で驚かせて欲しくはなかったなあ……」


 *   *   *


「バズってるバズってる。第一段階は成功やな」

 京橋の一角にある狭い部室で、暁子は満足そうに眼鏡を直した。
 その後ろでパソコンを覗き込んでいた、お下げの生徒がのんびりと言う。

「世間って案外チョロいもんやな~。もう勝ったも同然ちゃう?」
「まゆら、世の中を甘く見たらあかん」

 と、たしなめたのはもう一人の、切れ長の目にロングヘアの生徒だ。

「話題になれば批判の声も大きなる。上手く処理せな、スクールアイドルを汚したとして炎上して終いや」
「カズラちゃんは心配性やな~。そのへんはアキコちゃんが何とかするんやろ?」
「まあ、世論対策は任せといてや」

 受け合ってから、暁子はぼーっと画面を見ている一年生に苦笑いする。

「光、もうちょっと喜んでや。お前の名がいよいよ全国に知れ渡ったんやで」
「ほうなんですか。私、インターネットはよく分からんけん」

 そう言いつつも、少女は柔らかく微笑んだ。
 瀬戸内海に降る暖かい陽光のように。

「何にせよ、大勢の人に見てもらえるのはぶち嬉しいです」

 その姿に、暁子は自分が正しかったことを確信する。
 金がなければ、彼女の才能は瀬戸内の小島で消えるしかなかったのだ。
 机の上に手を置き、部長として強い意志を込めて宣言した。


「金は天下の回り物!
 次のラブライブは、我ら『Golden Flag』が金の力で獲る!」





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