翌日、花歩は一人でバスを降り、校門へと急いでいた。
(うひゃー、遅刻遅刻……)
夏休みで来訪した親戚の腰が予想より重くて、来るのが昼過ぎになってしまった。
無理に来なくていいとは言われていたが、やはりOGの人にも会ってみたい。
小走りのまま、昨日の話を思い出す。
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「菊間先輩は芸術担当。去年は作詞作曲、衣装に振り付けと何でもやっていた」
へー、と感心する一年生たちに、晴は説明を続ける。
「今は関西芸大に通ってる。舞台芸術学科とか言うてたかな」
「芸大生ですか!」
自分が行けそうにない進路を言われ、夕理のテンションが少し上がった。
「それは、是非お会いしたいです」
「うん、菊間先輩の方は夕理ちゃんに助言してくれると思うで。
問題は伊達先輩やけど……」
「どんな先輩なんですか?」
つかさに聞かれた小都子が口ごもる。
三年生たちも同様の中、晴だけが遠慮なく説明した。
「まあ、端的に言うたらヤクザやな」
「端的に言い過ぎやろ……」
立火の渋面を見ながら、軽く手を上げたのは姫水だった。
「それは警察に通報した方がよいのでは?」
「いやいや、ほんまもんとちゃうから……」
「冗談です」
「お前の冗談は分かりにくいねん!」
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(要するにめっちゃ怖い先輩ってことなんやろなあ……)
恐れつつも、部長の後ろにいれば安心とも思う。
動画でしか見たことがない先輩たち。一体どんな人なのか……。
「おう、そこの一年坊」
「あっはい……って、ひいいい!?」
昇降口前で声をかけられ、振り返ると同時に花歩は震えあがった。
立火よりも背の高いオールバックの人物が、人を殺しそうな目(花歩の主観)でにらんでいる。
「お前、Westaの部員やな。何を重役出勤しとんねん」
「ちちちゃうんです! これは親戚が来ててですねえ!」
「こらこら伊達ちゃん。一年生が怖がってるやないの」
隣から口を出したのは、こちらは優しそうな女性だった。
ウェーブした髪が肩までかかり、楕円の眼鏡越しに花歩を見ている。
彼女にいさめられ、伊達はさらなる大声を上げる。
「ああ!? 私の何が怖いんや! 別に怖ないやろ!!」
「ひぃぃぃ!!」
「ち、ちょっと君たち何しとんねん!」
通りがかった教師が慌てて出てきたが、二人の顔を見て胸をなでおろした。
「何や、お前らやったんか。卒業したのに何してるんや」
「ちわス! ご無沙汰してます!!」
「どうも~先生」
「ちょっと後輩どもが腑抜けてるんで、喝を入れに来たとこです!!」
(うあああ~、やっぱりそういう理由で来たんや……)
「うーん、後輩想いなのは結構やけどな」
困り顔の教師が、負けたWestaのことをフォローしてくれる。
「あんまり高望みするもんやないで。関西予選に行っただけでも、うちの部活の中では優秀な方なんや」
「そういう問題ではありません! 立火は全国へ行くと約束したんや。守られへんのやったらヤキ入れなあきません!!」
「ま、まあお手柔らかにな……」
(ちょっ、先生~~)
泣きそうな花歩の前で、教師は諦めたように去っていった。
後に残された一年生は、首根っこを掴まれ部室の方へと向かされる。
「おう、行くで一年坊。シャキシャキ歩かんかい」
「は、はいぃ~~」
* * *
「――来た!」
廊下に響く足音に、立火の声に緊張が走る。
音を立てて開く扉に、全員が起立するが……
顔を出したのは、捕らえられた小動物のような花歩だった。
「花歩!?」
「おう、邪魔するで」
すぐ後から長身の伊達が入ってくる。
その言葉に反応してしまった勇魚が、いい笑顔で明るく言った。
「邪魔すんのやったら帰ってや~」
「あいよー……って舐めとんのかそこの一年!!」
「え、あ、あの、ネタ振りやと思て……」
「立火ァ! お前後輩にどういう教育しとるんや!!」
「すみません! すみません!」
必死で頭を下げる立火に、勇魚は涙目になってガタガタ震えている。
姫水がむっとして口を開きかけたが、それより前に夕理の声が響いた。
「何なんですか初対面の相手に。失礼な人ですね」
「ああ!!?」
「お前が言うかお前が……」
立火のぼやき声の中、後ろから顔を出したのは菊間だった。
「まあまあ伊達ちゃん。社会人なんやからもう少し落ち着いたらどうや」
「菊間先輩!」
「みんな、おひさ~」
救いの女神が現れたとばかりに、小都子が夕理の両肩へ手を置く。
「この子が今の作曲担当です! ぜひ先輩の助言をいただきたく!」
「あら、そう?」
「べ、別の部屋でゆっくり話しましょう! 一年生たちもみんな来てや!」
切羽詰まった小都子に連れられ、一年生と菊間はぞろぞろと出て行った。
伊達はフンと鼻を鳴らすと、手近な椅子にどっかと座る。
残された立火と桜夜も、恐る恐る着席した。
晴だけは平然としている。
「おう、立火」
「ハイ……」
「地区予選の結果、一体どういうことや」
「す、すみません……」
「全国行くんとちゃうんか。逆に私たちの時より順位落ちてるやないか」
「そ、それは仕方ないですよぉ~」
引きつった笑顔を浮かべ、手もみで猫なで声を出したのは桜夜だった。
「去年の先輩たち、ほんますごかったし! あれをいきなり越えられるわけないっていうか……」
「何をヘラヘラしとんねん!! 舐めとんのか桜夜ァ!!」
「ひいいいい!?」
「お前ホンマ薄っぺらいな! 副部長になってマシになるかと思ったら、何も変わってへんやんけ!!」
「ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」
うあー、と泣き出す桜夜だが、先輩の前では立火も慰めてはやれない。
伊達は苛立たしそうに、追加攻撃を桜夜に加える。
「で、お前は副部長として何をしてるんや」
「ぐふっ。そ、それは……」
桜夜はもちろん立火も答えられない中、晴が冷静に助け舟を出した。
「いつものようにアホなことをやって、部員たちを和ませています」
「そうか。ならええわ」
(いいの!?)
「今回のことは申し訳ありませんっ!!」
会話に耐えきれなくなった立火が、机に頭を押し付け土下座する。
「全ては部長であるこの私の責任!
部員たちには何の非もありませんので、どうかどうかご容赦を……」
「……立火。お前何を勘違いしてるんや」
「え……」
「なら去年負けたのは泉の責任か? 全部あいつが悪いんか?」
「そ、そういうことでは……」
頭を上げた立火の前で、伊達は悔しそうに表情を歪める。
自分たちの部長を勝たせられなかった記憶を、卒業後も引きずるように。
「部のことは、部員全員の責任に決まってるやろ……」
「伊達先輩……」
* * *
化学室が空いていたので、菊間を囲むように着席した。
端っこのつかさが、少し部室の方へ顔を向ける。
(正直、あっちの方が面白そうやけど)
(ま、今日はおとなしくしとこ)
一方で正面の夕理は、芸大生を前に少し緊張していた。
音楽専攻ではないにせよ、芸術的な含蓄に富んだ話をしてくれるはずだ。
その菊間が、穏やかな声で話しかけてきた。
「夕理ちゃんやったっけ? 地区予選の曲、現地で聞かせてもろたで」
「来ていただいてたんですか!? あの、いかがだったでしょうか」
「いかがも何も、ねえ」
眼鏡の向こうで、菊間の目がすっと細まった。
「何やの? あの駄曲」
「え……」
「せ、先輩!?」
動揺する小都子の隣で、身動きできない夕理に冷たい声が続く。
「あんな中途半端な曲、よく恥ずかしげもなく地区予選に出せたもんやな。
特に一つだけ入ってたコール。何を考えてあれを入れたん?」
「あ、あれは……」
「入れてくれって頼んだんです! 私と立火先輩が!」
必死で後輩をかばう小都子に、菊間の舌鋒はそちらへと向いた。
「一つだけで十分って思った?」
「い、いえ、その……。お互いに歩み寄った結果がそれというか……」
「はあ……」
菊間はわざとらしく溜息をつくと、もう完全に夕理を無視して小都子だけに話す。
「去年のこと、覚えてる? 私が作った曲に、みんな自由に意見言うてたやろ」
「はい……」
「ほんまどいつもこいつも好き勝手言うてきて。何や思い出したら腹立ってきたわ」
「………」
「それに比べて、今年の作曲担当はずいぶん保護されてるんやねえ。
嫌なら辞めるとでも言われたん? 一年生にそんなん許してて、全国行けるって本気で思てんの?」
「それ……は……」
「お言葉ですが!」
耐えきれずに夕理は声を上げる。何で小都子が責められないといけないのか。
もう相手への尊敬は消え、代わりにファーストライブ中に感じたことを思い出した。
矛先は自分に向けろとばかり、それを矢として解き放つ。
「そうやって作られた昨年の曲に、哲学があったとは私には思えません!
灼熱のレゾナンスなんて、ただファンに迎合するだけの曲やないですか!」
(うわああああ! 夕理ちゃんなんてことをおおお!)
花歩が内心で悲鳴を上げ、室内の緊張は極限に達する。
菊間はゆっくりと立ち上がり、夕理の隣へ近づいた。
全員が顔を上げられない中、夕理の耳付近でねっとりと声が響く。
「へえ~~え……」
「な、何ですか……正直な感想です……」
「アンタはよっぽど高邁な哲学の持ち主なんやねえ」
「と、当然です! スクールアイドルである以上は理念が大事です。
羽ばたけ!も表現力は足りなかったもしれませんが、崇高な精神を込めて……」
「表現力が足らんかったら何の意味もないやろ。このボケナス」
もはや取り繕いもせず、菊間は突き放すように言い捨てた。
「才能さえあれば、どれだけ性格悪くてもええけどね。
現実はアンタの曲、私の曲の半分も客を沸かせられてへんやないの。
はっきり言うけど、アンタ音楽の才能ないで。
無能のくせに態度だけは偉そうって、普通に最悪やと思わへん? ねえ?」
自分から売った喧嘩とはいえ、ボコボコにされて呼吸すら困難になる。
苦しい。
才能がないと、芸大生からはっきり言われた。
OG相手につかさも花歩も声を出せない中、菊間は一年を共にした後輩へ笑顔を向ける。
「小都子ちゃん、この子まるであかんわ。
全国行きたいんやったら、今後の曲は私が書いてあげようか?」
「お気持ちだけで結構です」
夕理が動揺する時間すら与えないほどの、瞬時の即答だった。
一年生たちが息をのむ中、次期部長は両手を机に突いて明確に言葉にした。
「今のWestaの作曲家は夕理ちゃんです。
私には才能は分かりませんが、この子が誰よりも努力しているのは知っています。
これからもっともっと成長してくれるはずです。
私たちは、夕理ちゃん以外の曲を歌う気はありません!」
言い切った。
去年からは考えられない剣幕に、さすがの菊間も多少たじろぐ。
そして夕理は――
目の奥から熱いものが湧いてくるのを、止めることはできなかった。
(先……輩……)
どうしてこの人は、無条件にここまで信頼してくれるのだろう。
どうしたら、非才の自分がこの信頼に応えられるのだろう。
どうしたら――。
小都子の揺るぎそうにない目に、菊間は肩をすくめて話を打ち切る。
「あれま、ずいぶん惚れ込んだもんやね。
そこまで言うんやったら、曲のことはここまでにしとこ。
次、姫水ちゃんやったね」
「……はい」
夕理の涙は引っ込み、場には新たな緊張が走る。
OGは再び穏やかな態度で、まずはニコニコと話し出した。
「いやあ、最初に聞いたときは嬉しかったで。プロ女優さんなんて、えらい戦力やないの」
「ありがとうございます」
「なのにねえ、ほんま期待外れやったねえ」
案の定、菊間は目を細めて嫌なことを言ってきた。
言われた側の表情は一切変わらない。
「地区予選のことは、完全に私の失態です」
「あれは論外としても、それまでも大したことなかったやろ。偉そうにプロや言う割に」
「ひ、姫ちゃんは女優です!」
「畑違いなのは知ってるで。けど、もう少しプロのオーラというか、凄みがあってもええと思うけどねえ」
勇魚の擁護は流されたが、言っても仕方ない話なのは薄々感じたのか、菊間もそれ以上の追求はしなかった。
「ま、休業してるいうことは、本来のアンタとちゃうんやろ。早よほんまの力を見せたってや」
「はい……」
結局、そこに行き着いてしまう。
この場で唯一事情を知っている勇魚と、短く顔を見合わせる。
せっかく精神修養の山へ行くのだから、何かきっかけだけでも掴みたいが……。
そして事情を知らないつかさは、内心でびくついていた。
(うわあ、藤上さんですらこんな扱いか)
(あたしはどれだけボロクソに言われるんやろ……)
「補欠の二人やけど」
つかさの予想に反して、先にターゲットは花歩たちへ向いた。
「ステージにはいつ上がれるん?」
「は、はい。文化祭でデビューしてもらう予定です」
小都子が言う情報は、昨日全員に伝えられた。
みんなが拍手してくれたことを思い出し、勇魚は元気よく立ち上がる。
「うち、一生懸命頑張ります! 冬こそはみんなと一緒にラブライブに出ます!」
が、菊間の反応は冷ややかだった。
「アンタ、地区予選ちゃんと見てたん?」
「え、はい……」
「あそこで戦えるレベルでないと意味ないんやで。
そんな簡単やと思てんの? スクールアイドル舐めすぎとちゃう?」
「え、あ、あの、すみません……」
しょぼんと座る勇魚を見て姫水が憤慨する前に、目線は続けて花歩へ向く。
「そっちの子はどうなんや」
「え! あ、あの~……。
た、確かに地区予選は厳しいですね~。来年まで補欠ですかね~」
「へえ? ならアンタ一人だけ何も貢献せえへんわけ?
無駄飯食らいを飼う余裕なんてないはずやけどねえ。ええご身分やねえ」
(この人どっちにしろ嫌味言うやんけ!!!)
いい加減に部員たちがうんざりしてきたところで、菊間はくすくすと笑った。
とりあえず、言わねばならないことは言い終えたという感じだった。
「ま、これで帰ったら単なる迷惑なおばさんやからね。
少しは実になるアドバイスもしとこか。まず衣装やけど……」
(あれ?)
忘れられたのかと思い、つかさが恐る恐る手を上げる。
「あの……一応、あたしも出場してたんですけど……」
「ああ、そういえばいたねえ」
菊間は興味なさそうにしながらも、聞かれたからには遠慮なく答えた。
「でもアンタ、そもそも本気でやってへんのやろ?」
部員たちから血の気が引く。
それはつかさが入部する条件で、皆も承知の上のことだったが……。
改めて部外者から言われると、口ごもらざるを得ない。
「それ……は……」
「ああ、別にええねんで。たかが部活やし、適当に遊びでやるのも人それぞれや。
でも評価するとなったら、そんなん評価対象外に決まってるやないの」
「でっ……ですよねー! あははー!」
ごまかし笑いを浮かべながらも、沸き上がるのは強烈な後悔だった。
(アホかあたし! せっかくスルーしてくれてたのに、なに自分から地雷に突っ込んでんねん!)
横から夕理の視線を感じる。
直視こそできなかったが、心配そうな目で見られているのは感じ取れた。
ずっと保護する側だったはずのつかさが、心配そうな目で……。
「小都子ちゃん、その子これからどうする気なん?」
話題はもう取り消せず、菊間はつかさの存在に切り込んでくる。
「え。ど、どう……とは」
「遊び半分の奴が入ってるグループなんか、全国へ行けるわけがない。
その意味でも、今回の結果は妥当やった。
冬はどうするの?
その子がレギュラーから外れるくらい、全体がレベルアップせなあかんと思うけど。
そうなると、その子はもう部の中に居場所はないやろ?」
「そっ……それは……」
「放っておいてくれます!?」
つかさらしくもなく、思わず声を荒げていた。
「別にあたし、ラブライブに出たいわけでもないし! ……その時は雑用でもやりますよ……」
「ふうん、それで楽しく過ごせるならええけどねえ」
小都子と夕理が同時に、つかさを弁護しようと声を出しかけた時だった。
部室の方から、いきなり大きな怒鳴り声が響いた。
* * *
勇魚が菊間に責められている頃、伊達は腕組みして質問していた。
「で、これから先はどうするつもりや」
「私から説明します」
声を上げた晴に、伊達の眉間にしわが寄る。
在校していた頃から苦手にしていたが、当の晴は何も気にせず話し始めた。
「来週の火水に高野山で合宿を行います。地区予選にも出た和歌浦女学院『KEYs』と合同になりました。
その後の目標としては文化祭のステージになります。
花歩と勇魚のデビューを主な目的とし、曲は二人に合った新曲と、羽ばたけの八人バージョンの二曲。
それだけでは夏休みを持て余しますので、さらに次の計画を……」
「あー、もうええ、もうええわ」
伊達は手を振って話を中断させた。
途中一年生の名前が出てきたので、新入生の話を立火へと振る。
「そもそも、何で新人が五人しかおらんねん。十人くらい入ると思ってたで」
「それこそ完全に私の責任でして……」
「練習も怠け過ぎとちゃうか。何でもっと朝から晩までやらんのや」
(そういうブラック思考のせいで部員集まらなかったんです!)
とはいえ、去年のやり方が正しいと思ってる伊達に言っても仕方ない。
黙っている立火を怠惰と取ったのか、伊達は不満そうに毒づき始めた。
「その一年生も、もっとマシな奴は集まらへんかったんか」
「え……」
「二人は役立たず!
作曲はクソつまらん曲しか書けへん役立たず!
女優は澄ましてるだけで気合いが足りてへん!
あと一人は何や……あのチャラい奴か。あんな不真面目なの、とっとと退部させろ」
「そ、そこまで言わへんでも……」
桜夜が小声で抗弁するが、にらまれて首を引っ込める。
だが、そのとき既に、立火の中では何かが切れていた。
「やっかましいわ……」
「あ?」
ぼそりと言った声に、OGの怪訝そうな顔が近づいてくる。
自分はどれだけなじられても構わない。
だが、大事な部員たちをここまで侮辱されて……
これ以上黙っていられるわけがない!
立火は立ち上がると、自分にできる最大の声量で怒鳴った。
「さっきからゴチャゴチャとやかましいねん!!
OGは黙って結果だけ見とったらええんや!!」
「りりり立火ああ!?」
「ほお……言うてくれたな」
慌てふためく桜夜の前で、伊達も立って腕を伸ばす。
立火の胸倉を荒々しく掴みながら、負けじと気合いを叩きつけた。
「そこまで言うからには、冬に全国行けへんかったら覚悟はできとんのやろな!? ああ!?」
「おー! その時は逆立ちで通天閣のてっぺんまで登ったるわ!!」
「一番上まで行くと五百円余計にかかりますよ」
『それ今する話!!?』
真顔の晴に立火と伊達が同時にツッコむ。
そして扉が開いて、心配そうな菊間と小都子たちが戻ってきた。
「何やったの伊達ちゃん、大声が聞こえたけど」
「フン、何もないわ」
まだ自分をにらみつけている現部長を見て、伊達の表情はどこか満足そうだった。
「あんな結果になって腑抜けてるかと思ったが……。
まだまだ根性あるやないか。安心したで」
「え……」
立火の怒気は抜けていき、完全に消えた時、目の前にいたのはお世話になった先輩だった。
おずおずと、その真意を尋ねる。
「もしかして伊達先輩、私たちを心配して……?」
「ア、アホ抜かせ! あまりに情けないから、文句言いたくなっただけや!」
焦った伊達はきびすを返すと、急いで部室を出て行こうとした。
が、菊間の涼しい声に引き留められる。
「こっちのアドバイスはまだ済んでへんねん。座って待ってて」
「ちっ……」
仕方なく座り、慣れ親しんだ部室の天井を眺める。
同期が後輩たちに芸術的な話をする中、伊達は早く立ち去りたかった。
三年間の青春を過ごし、そして終わった場所。
いつまでもここにいたら、また未練が生まれてしまう……。
「ま、そんな感じやね。しょせん引退した人間の言うことやから、話半分に聞いたってや」
『ありがとうございました!』
「お待たせ伊達ちゃん。ほな帰ろか」
「あ、あの、先輩!」
立火がまだ何か言おうとするのを、伊達の手が押し留めた。
「もう話すことはない。お前の言う通り、結果を見せてもらうで」
「……はい」
「ほなな」
お辞儀する気配を背後に感じながら、OGたちは振り向くことなくその場を去った。
「伊達ちゃん、こんなことはこれっきりやで」
校門を出たところで菊間に言われ、苦い顔でうなずく。
卒業生が口出しするなんて、みっともない真似なのは自分でも分かってる。
それでも、今回だけはいても立ってもいられなかった。
「立火に重い約束を背負わせた責任は、私たちにもあるやろ」
「真面目やねえ。後輩に後を託すなんて、それこそただのお約束やないの」
「お前、またそうやって適当な……」
「ま、せっかく出てきたんやから遊びに付き合うてや。うちの大学、周りに何もないんや」
「ふん……」
灼熱の太陽を浴びつつ駅へと歩く。
この気候が冬になる頃、Westaは一体どうなるのか――。
それはもう、彼女たちには手の出せない領域だった。
* * *
「小都子先輩」
嵐が去った後、夕理は決断を形にした。
小都子だけでなく、他の皆にも聞こえるように。
「どんな曲を書いて欲しいか、言うてください」
「夕理ちゃん……?」
「他の先輩からは嫌ですけど、小都子先輩に頼まれたら何でも書きます。
たとえ自分が書きたくない曲でも……
勉強やと思って、書きます」
「ま、待って夕理ちゃん。私はそんなこと……」
「そっかそっか! 夕理もようやく心を入れ替えたんやな」
「これで全国に行ける可能性が少しは上がったで」
満足そうな桜夜と晴に、イラッとした夕理は語気を強める。
「小都子先輩に頼まれたらの話です! あなた方からはお断りです!」
「そんなのは小都子経由で依頼するだけの話や」
「晴ちゃん、あのねえ……」
「ま、まあまあ、必要になった時に考えたらええやろ。今は夕理の書きたい曲を書いてるんやろ?」
「は、はい……」
立火の言う通り、文化祭用の新曲を作成中だ。
花歩と勇魚のデビューに相応しい、そして自分も書きたいフレッシュな曲を。
「合宿でお聞かせできると思います」
「よし、合宿の楽しみが一つ増えたな!
みんな、今日は厳しいことも言われたけれど、これも含めて地区予選の結果や。
合宿を機に、ひとつずつ解決していくで!」
『はいっ!』
「とりあえずは今日の練習や!」
練習のため着替えながら、夕理は言葉を反芻する。
他のメンバーはともかく、つかさの課題はどう解決しろというのだろう。
当人は何事もなかったように、平然としているけれど……。
「ね、ねえ、つかさ」
「ん、何?」
「……合宿、楽しもうね」
「あれ、行きたくないのとちゃうかったん?」
「き、気が変わったんや!」
「そっかあ」
つかさは上着を脱ぎだしたので、その表情は隠れてしまった。
どうあれ夕理が彼女のためできるのは、できるだけ楽しい部活にすることだけだ。
OGの襲来も過ぎ去り、これで夏のラブライブは本当に終わった。
次に行く先は高野山。
その合宿が、どうか楽しいものになりますように――。
<第19話・終>