「まったく、何で地区予選で下から三番目の奴らと合同なんや」
「ち、ちょっと
「言うたけど、気に入るとは言ってない」
偉そうにしているのが向こうの部長で、なだめているのが副部長なのは、サイトのメンバー紹介で立火も知っていた。
いきなり傷をえぐられたWestaだが、立火は鷹揚に笑って反撃する。
「そっちだって下から六番目やないか。自慢できる順位でもないやろ」
「何ィ!?」
「と、とりあえず座りましょうか。私たちはこっちでええんですか?」
入口側に荷物を下ろした小都子に、相手の部長は引き続き偉そうに言う。
「当然や、私たちは地元の和歌山県民やからな。大阪人は下座に決まってるやろ」
「そうそう。そこの掛け軸と壺やけど」
面白そうに聞いていた僧侶が、上座にある床の間を指し示した。
「結構なお値段やから、間違っても壊さへんようにね」
「あ、はい。承知しました……」
「ほな、ごゆっくり」
僧侶は立ち去り、急に弱気になった向こうの部長が小声で言ってくる。
「お、おい、せっかく遠くから来てくれたんや。上座を譲ってやってもええで」
「いやいや滅相もない。地元民さんは好きなだけそっちを使ってや」
「まったくもう、旬ちゃんは……」
嘆く副部長は柔らかい雰囲気の、セミロングの女の子だった。
畳に腰を下ろしたWestaたちに、近づいてきて正座する。
「部長の
「あ、どうもご丁寧に。部長の広町立火や」
「副部長の木ノ川桜夜やでー。お互い部長には苦労してんねんなあ」
「ふふ、そっちもなん?」
いやいや、とWestaの部長が笑いながらツッコもうとした一方で、KEYsの部長は勝手にキレた。
「黙れ大阪人め、無礼な!」
「何なんですかあなたは。紀州の殿様気分ですか」
夕理のジト目を浴びながら、部長の
「いかにも、私たちには御三家の誇りがある!
八代吉宗公、十四代家茂公を輩出した紀州徳川家!
豊臣みたいな負け犬の大阪と一緒にするなよ」
「いつの時代の話をしてるんですか……」
「旬ちゃん?」
と、みゆきが笑顔のままゆっくりと振り返った。
その目は全く笑っておらず、かもし出されるオーラに旬は慌てふためく。
「あ、えっと、その」
「ええ加減にしやんと、そろそろ私も怒るで?」
「ご、ごめんみゆき。どうぞ話を続けて」
(あちらは、手綱を握っているのは副部長さんみたいね)
姫水が洞察した通り、すっかり縮こまった旬の前で、みゆきは白いレジ袋を差し出した。
「これ、つまらないものやけど、お近づきの印に」
「わわ! こんなに沢山ええの?」
桜夜が受け取ったのは、袋からこぼれ落ちそうなほどのみかんだった。
色も形も見事な果実に、花歩が納得の声を上げる。
「やっぱり和歌山いうたらみかんですよね!」
「フッフッフッ、そうやろそうやろ」
あっさり復活した旬が、ドヤ顔で高らかに統計情報を告げた。
「みかん生産日本一は愛媛でも静岡でもないッ! この和歌山やッ!ーーーッ」
「けど有名なのって有田とかやろ。和歌山市でも作ってんの?」
「和歌山駅から二つ隣の紀三井寺駅で降りたことがありますが」
立火の疑問に、KEYsよりも早く晴が答える。
「道端でみかんの無人販売をしていて、思わず買うたことがあります」
「へー、のどかでええな」
「くっ、田舎と言われている気がする……」
勝手に傷ついている旬はさておいて、Westaからもお返しせねばならない。
バッグを開けて何かの箱を出したのはつかさだった。
「じゃ、こっちからのお土産です。千円くらいって言われたから悩みましたよー」
「おっ、偉いでつかさ。結局何を買うたん?」
お土産が何かは立火も聞いていない。
三年生たちが何も思いつかなかったので、センスのあるつかさに丸投げしたのだ。
「大阪名物って案外日持ちするものがないやないですか。無難にお菓子でええかなって」
「これは……ポテチ!?」
みゆきが目を丸くした通り、箱に描かれているのは揚げたジャガイモである。
旬は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「フン、たかがポテチやと? これやから大阪人は品位というものが……」
「こ、これってもしかして!」
「梅田の阪急でしか売ってない、高級ポテチ!?」
「わー、初めて見た!」
KEYsのメンバーたちが旬の前を通り過ぎ、二つの箱に群がった。
大阪オンリーの高級品に、箱を掲げて大はしゃぎだ。
期待通りの反応につかさは鼻高々で、旬を大いに悔しがらせる。
「く、くそ、都会ぶりやがって……大阪人は毎日こんなものを食ってると言いたいわけやな!」
(えっ、私は食ったことない)
高級なんて単語とは無縁の立火が、こっそりとつかさに尋ねた。
「ちなみにそれ、いくらなん?」
「一箱580円です」
「ポテチに580円――」
理解できない世界に絶句する立火に、さすがにつかさも苦笑い。
「ちなみに部長さんやったら何をお土産にします?」
「え? 551の豚まんとか……」
「それ、和歌山でも売ってます」
「ううっ、やっぱりつかさに任せて正解やったな」
身の程をわきまえた立火は、密かに旬に近づき耳打ちした。
「な、なあ、後で一枚だけ食わせてもらえへん? 自分で買う気は全く起きひんし……」
「知るかアホ! 人の土産にたかるな!」
* * *
「ここ、動きがもっさりしてる! もっとスタイリッシュに!」
『はい!』
Westaがみかんの皮をむいている間に、KEYsは練習を開始していた。
立火たちも他校の練習を見るのは初めてで、なかなか新鮮だ。
動画で予習してきた夕理も、勉強のため真剣に見ている。
(KEYsが得意なのはクールで格好いい系の曲……あるいは和歌を入れた和風の曲)
今練習しているのは前者で、曲は少しありきたりな感があるが、一糸乱れぬ動きは見事だった。
だが、そんな彼女たちも地区予選では23位である。
一曲が終わり、一休みしているところへ立火が拍手する。
「いやー、カッコええな。見事なもんや」
「余計な口出しはするな! 合同言うても部屋が一緒なだけや!」
「つれないやっちゃなあ」
「ごめんねえ、ほんまうちの旬ちゃんは……」
みゆきが笑いながら謝るが、すぐに真剣な顔で練習を再開する。
ラブライブの結果は彼女たちも悔しかったのだろう。
それより順位が下の自分たちも、呑気にみかんばかり食べてはいられない。
「よし、私たちも練習や! 花歩と勇魚を徹底的に鍛えるで!」
『はいっ!』
「ほんなら、私たちはお昼の準備をしますね」
「おっ、よろしく頼むで」
食事係に立候補していた小都子が立ち上がり、同じく手伝いに立候補した夕理が続く。
食材を取り出しているところへ、つかさの期待が降ってきた。
「うわあ、小都子先輩何をご馳走してくれるんやろ。楽しみやな~」
「ただのうどんやって! こういう場所やから、肉も魚もなしやで」
「え~? パワーが出ない~」
「これも修行やと思ってくださいね」
桜夜の苦情を軽くかわして、二人は台所へ向かう。
そして晴が録画する前で、着替えた六人がライブを開始した。
両端に立った花歩と勇魚は、感情をこめて歌い始める。
地区予選の日、遠くから聞いているしかできなかった歌を。
『作ろう曲を ダンスを 衣装を 世界に一つのステージのため』
(両手をヤッホーの形で口の前に)
(両腕をしゃらんと下から振って、返す動きで衣装を持つ形に)
(右手人差し指を上30度の方向へ――)
覚えた振り付けを必死で再生しつつ、歌も表情も気を付けなければならない。
一方で既にマスター済みの他のメンバーは、難度を上げたダンスに挑戦している。
(あ!)
花歩の手が隣のつかさに当たった。
慌てて動きが崩れかけるが、晴ににらまれて必死で立て直す。
何とか最後まで終えてから、ぺこぺこと謝った。
「うう……ごめんねつかさちゃん」
「ドンマイドンマイ。だいぶ上達も早くなってきたやろ」
「つかさの言う通りや。入部した頃に比べたら、見違えるようやで」
録画を見ながら立火も請け合う。
一歩一歩少しずつでも、今までの練習は確実に力になっていた。
ミスせず通せるようになるのも時間の問題だろう、が……。
「……つかさちゃん達と比べると、まだまだ見劣りする」
録画を見ながら真剣に言う花歩に、周りも軽々しい慰めは言えない。
菊間に言われたような、地区予選のレベルを考えると絶望的になる。
でも、と花歩は頭を振る。今はとにかく文化祭まで頑張ること。それが最初のステップだ。
一方の勇魚は、落ち込んだ顔で尋ねていた。
「姫ちゃん、どうして歌いながら踊れるん?」
「ご、ごめんね勇魚ちゃん。私は逆に、どうしてできないのか分からない」
歌唱力はだいぶ上がったし、ダンスだけなら花歩を上回るが、両方を同時にやると相変わらずダメになる。
そして問題は、どうやったら直るのか、立火たちにもよく分からないことだ。
「こう、歌に合わせて体動かすだけやろ? 何でできひんのやろ」
「あうう……」
「こら立火! 勇魚が可哀想やろ!」
「べ、別に責めてるんとちゃうで」
怒った桜夜が、可愛い後輩を元気づけるつもりで甘い声を出す。
「ね、やっぱり録音して口パクでええやん。プロも結構やってるみたいやで」
「そ、それだけはご勘弁をー! うちの初めてのデビューなんです、納得いくものにしたいです!」
「うーん、勇魚は偉い子やなあ」
お手上げになったメンバーたちは、参謀へと視線を集中させる。
晴も確たる方法はなかったが、思いつく案を口にした。
「無心で踊れるくらいに、体に覚えこませてみろ。そうすれば歌に集中できるかもしれへん」
「はい! うち、とことんやってみます!」
そうしてまた、曲の頭から練習を再開する。
大広間の反対側で、一休み中のKEYsがその様子を見ていた。
(あっちは補欠を鍛えてるのか。うちもレベルの低い子をどうにかせななあ……)
「旬ちゃん、Westaが気になる?」
「べ、別にそういうわけとちゃうわ」
みゆきに言われ視線を逸らす旬だが、耳には流れる歌が入ってくる。
あの時は、よりによってWorldsとかぶるとは気の毒な、という感想しかなかった。
まさか同じように敗退し、同じ部屋で練習することになるとは……。
「おい、広町」
「立火でええでー」
「やかましい! 聞きたいことがある」
一曲終えたWestaに、飛んできた質問は痛いものだった。
「……その曲、地区予選で惨敗した曲やろ。何で平気で歌えるんや」
旬の表情は真剣で、別に嫌がらせで言ってるわけではない。
KEYsのメンバーたちも耳をそばだてている。彼女たちも、必死に練習した曲で下位に沈んだのだ。
立火は少し息を吸うと、自信に満ちた笑みで答えを返した。
「確かに関西レベルでは通じひんかったけど、今できる最高の曲には変わらへん。
このまま苦い思い出にするのは曲に申し訳ないやろ。
メンバーも増えてパワーアップした布陣で、必ず楽しい思い出に変える!」
「ふん……前向きなんだか後ろ向きなんだか」
KEYsは休憩を終え、練習を再開する。
その前に、みゆきがそっと親友にささやいた。
「私たちの曲も、いつか再演できたらええね」
「……機会があったらな」
そして花歩も、台所の方を見ながら感慨にふける。
(今の部長の話、夕理ちゃんにも聞かせてあげたかったなあ)
台所は遠く、今何をしているのかはうかがい知れない。
でも夕理なら、この曲が選ばれた時に意図も分かったのだろう。
* * *
KEYsの料理当番も二年生と一年生のコンビで、広い台所を一緒に使うことになった。
二年生同士が仲良く話し始める。
「そちらは何を作らはるん?」
「ラーメンやでー。青ネギにメンマ、チャーシューとかまぼこ」
「ああ、和歌山ラーメン。有名やもんねえ」
「ただの中華そばなんやけどね。大阪のうどんは何か特別なん?」
「うーん、普通のうどんやねえ」
夕理の方は他校と交流する気もなく、黙ってお湯を沸かしている。
と、同じく鍋をガス台にかけた、KEYsの一年生と目が合った。
「ひう!」
相手はいきなり小さな悲鳴を上げ、鍋から手を離して後ずさる。
「あ、あの、な、何か?」
「は? いや何もないけど」
「す、すみません、すみません」
脅えきった態度に、自分はあのOGみたいに怖いのかと気が滅入る。
が、その後もおどおどと料理を続ける姿に誤解と分かった。
単なる内気な子のようだ。
出汁を取る小都子もその少女は気になるようだが、それ以上に気になる後輩に小声で話しかける。
「夕理ちゃん、いつもちゃんとご飯食べてる?」
「栄養バランスは完璧に取っています。心配しないでください」
「あのね、もし良かったらうちに下宿したら……」
「大丈夫ですから!」
小都子だけならまだしも、小都子の親や使用人がいる家になんて行けるわけがない。
どうせ三組の時のように、空気を悪くして嫌われて出て行くだけだ。
しばらくして、ラーメンの方が先に完成した。
台に並ぶどんぶりにメンマを乗せ終わり、KEYsの二年生は一年生に依頼する。
「
「ひう!? あ、あの、私が……ですか」
「……仲間に声かけることも
「だ、だって、あの、みんな練習してて……私なんかが邪魔したら……」
「分かった。私が呼んでくるから、箸用意しといて」
「すみません……すみません……」
一人が出て行き、三人の台所に気まずい空気が流れる。
驚かせても大丈夫なよう、その子が台を離れたところで小都子が声をかけた。
「あなた、柚ちゃんて言うん?」
「へ!? は、は、はいっ」
案の定、びくりとした柚はわたわたと変な踊りを始め、箸を取り落とした。
台の近くにいたら、ラーメンをぶちまけていただろう。
「ごめんなさいね。驚かすつもりはなかったんやけど」
「その引っ込み思案な性格を直すために、スクールアイドルになったって口やろ」
「あ……はい……」
夕理にずばり言われて、柚は気まずそうに下を向く。
一学期を経過して、全く直せていないことは一目で分かった。
夕理はこういうタイプがかなり嫌いだ。
見てるだけでイライラして、はっきりしてや! と怒鳴りたくなる。
「夕理ちゃん?」
「……何でもないです」
さすがに会ったばかりの他校生にそれを実行することはなく、以降は柚を無視して料理を続ける。
冷やしうどんも完成し、先に自分たちの分だけ持って台所を出た。
「前に専門誌で読んだんですが」
KEYsの人たちと廊下をすれ違いながら、夕理は思い出したように話す。
「ああいう理由でスクールアイドルを志望する子は、結構多いそうです」
「ああ……やっぱり、明るく前向きになれそうなイメージなんやねえ」
「でもその雑誌のアンケートでは、上手くいったのは三割とのことでした」
「うーん、そんなもんなんやろか」
人の性格なんてそう変わらない。三割も成功したなら上々だと、その時の夕理は思ったものだ。
でも、と今は考える。
残りの七割は、スクールアイドルに失望しながら辞めてしまったのだろうか。
「なあ、良かったら一緒に食べ……」
「断る! 半分からこっちに入るな!」
あちらの部長のせいで、別れていただきますを言うしかなかった。
桜夜がどんぶりの中をまじまじと覗き込む。
「ほんまに肉入ってない……」
「嫌なら食べなくても結構です!」
「ごめんなさい! いただきます!」
いくら宿敵の夕理でも、昼食がかかっていては平伏するしかない。
小都子が困り笑いでフォローを入れた。
「代わりに、がんもどきが入ってるでしょう?」
「え? これ豆腐やん」
無知をさらした桜夜に、隣から姫水が説明する。
「雁の肉を食べられないお坊さんが、味を似せて作ったのが雁もどき、という説があるんです」
「え、ガン・モドキやったん!? ガンモがドキっとするからガンモ・ドキやと思ってた」
「何ですかガンモって……」
そんな会話はKEYsにも届いて、代わりにくすくす笑いが返ってくる。
「大阪の人ってやっぱ
「笑われてるやないですか! 恥ずかしい!」
夕理は憤慨しつつ、言い訳する桜夜を無視してKEYsの方を見た。
柚は一応周りと仲良くラーメンを食べていて、少しほっとする。
が、よく見れば周りが話しかけるのを待ってるだけで、柚からは何のアクションも起こしていない。
(そんなんやったら永久に内気なままやろ!)
(い、いや、落ち着こう。私には関係のない話や)
(別に不正や悪事ではないんやから、さすがに口出しはあかん……)
夕理は息を整えてうどんをすする。
せっかくの小都子との共同制作なのに、味はよく分からなかった。