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 お腹もふくれたところで本堂にお参りに行くと、そこにいた僧侶から声をかけられた。

「朝の六時からお勤めがあるから、良かったら参加したってや」
「あ、はいっ」

 仏像に合掌し、戻る途中で晴が説明する。

「前に参加した時はお経が一時間、お坊さんの話が十五分でした」
「お経一時間は辛いなあ。正座苦手やねん」
「本堂の後ろに椅子が並んでたので、あそこに座れると思いますよ。最近は外国人の参加率が高いようですし」
「へー、お寺さんも色々サービス考えてるんやなあ」

 そう言いながらも気が進まなそうな立火だったが、花歩はちょっと参加してみたくなった。
 聖地にいるだけで、何だか自分も特別になった気分になる。

(せっかくこういう場所なんやから、一皮むけて帰りたい)
(魂のステージを上げるっていうか!)
(悟り系スクールアイドル……無理かなあ)


 大広間に戻り、胃が落ち着くまでは頭脳労働のターンになった。
 すなわち、文化祭用の新曲の作成である。

「花歩と佐々木さんのデビューということで、二人をイメージして作ってみました」

 夕理のスマホから流れたのは、元気、明るい、初々しい、そんな表現の似合う旋律だった。
 歌詞はなく、曲だけだ。

「二人のための曲やから、意見はできるだけ聞くで。どう?」
「すごーい! 夕ちゃんの曲っていつも素敵や! これはもう完璧やで!」
「佐々木さんは毎回参考にならへんな……」
「えっと……いい曲って前提で、敢えて言えばやけど」

 自分でも自信がない花歩だが、せっかく聞いてくれるのだからと答えてみる。

「ちょっと普通な感じかなあ。もう少し派手な方が……」
「……うーん」
「い、いやそんな気にしないでね。単に私が普通やから、目立ちたいって気持ちだけで」
「そういう気持ちは大事や。ちょっと待って」

 少し考えた夕理は途中から再生すると、数小節して止めた。

「ここからをタンタラララーン、みたいにするのはどう?」
「え、ええっと」
「もっと速い方がいい?」
「う、うん……ごめん、はっきり伝えられなくて……」
「それを汲み取って形にするのが作曲担当の仕事や」

 落ち着いて正解を探っていく夕理を、部員たちは少しの驚きと、頼もしさを感じた瞳で見る。
 特に小都子は、目頭が熱くなる思いだった。

(『羽ばたけ!』の一つだけのコール、やっぱり入れて良かったんや)

 菊間には散々に言われたけど、実際地区予選ではあまり効果はなかったけど。
 でもあれは、必要なステップだったと思う。
 夕理が少しずつ少しずつ、『Westaの作曲家』になっていくための。

 曲がおおむね固まったところで、立火が顔を上げる。

「さて……歌詞がないわけやけど、どうする?」

 全員の視線の向く先は、もちろん花歩である。
 自分たちのデビュー曲。やりますと言えば、今回は無条件で書かせてくれるのだろう。

(うう……書きたいのは山々やけど)
(文化祭までに、つかさちゃん達に見劣りしないようになって、夏休みの宿題もやって……)
(その上で作詞なんて、ほんまに私にできる……?)

 だが、花火の時にあんな大見得を切って、やっぱり無理ですは情けなすぎる。
 歌詞に定評のあるKEYsと合同なのも何かの縁だ。
 後で話を聞かせてもらえば、きっと作詞力もアップする! かもしれない!

「私が書きます! 勇魚ちゃん、絶対デビューに相応しい歌詞にしてみせるで!」
「うんっ、花ちゃん! うちも今度こそ、姫ちゃんに頼らず衣装考えてみる!」

 夏の敗北後初めての曲。
 色々な意味で新鮮なライブへ向け、最後にダンスについて部長が語った。

「いきなりセンターとはいかへんから、今回は私がやる。
 けど、二人にも十分見せ場を作る振り付けにするで!」
『はいっ!』


 *   *   *


 二時から歌唱練習を一時間。
 三時からダンス練習を一時間。
 適宜挟む休憩の途中、夕理の目がKEYsの方へ向く。
 一年生だけでライブ中のようで、柚もこの時だけは周囲に溶け込んでいた。

(実力は私と同じくらいやな)
(真面目に練習してきたんやと思うけど)
(あの性格のままで、ほんまに三年間続けてくれるやろか……)

 その時、もう面倒になったつかさが畳に寝転がった。

「もー。そろそろお開きにしましょうよー」
「つーちゃんつーちゃん! クタクタになるまでやる方が合宿らしいと思うで!」
「そんな世間的イメージはどうでもええわー」

 立火が壁の時計を見る。
 既に四時。いつもの活動時間は確かにオーバーしている。
 しかし隣のKEYsがまだ続けているのに、順位が低い自分たちが切り上げるのは気が引ける。
 練習嫌いの桜夜ですら、みゆきへの対抗意識か文句ひとつ言わないのに。

(……どうするのが、部長として正しいあり方なんや)

 菊間との話は小都子から聞いている。
 つかさの居場所をなくすことだけは断じてしたくない。
 かといって、つかさだけに合わせていたら全国へは行けない。
 答えが出る前に、晴から質問が飛んだ。

「そういえば部長、明日の朝食はどうしますか」
「あ、そうか。買うんやったらそろそろ行った方がええな」

 コンビニもあるというので、ノープランで来てしまった。
 しかしせっかく高野山まで来て、パンやおにぎりというのも寂しい気がしてくる。
 こちらの副部長があちらの副部長に問いかけた。

「そっちは朝ご飯どうすんのー?」
「めはり寿司を作ってきたから、それで済ますつもりやー」
「あー、高菜のおにぎりやったっけ? コンビニで買うても同じやない?」
「全然ちゃうわボケ! 紀州の特産品を侮辱するな!」

 また桜夜が余計なことを言って旬を怒らせ、みゆきが苦笑する。

「ほんまは熊野の方の特産品やけどね」
「ええの! 最近は紀北でも売ってるから!」
「熊野といえば……」

 八咫angelをどう倒す? という話にKEYsが移行してしまったので、桜夜は首を戻して仲間に宣言する。

「カレーが食べたい!」
「朝からカレー?」
「うちも食べたいです! やっぱり合宿いうたらカレーや!」

 勇魚の言う通り、確かにそんなイメージはある。
 何となくみんなもカレー腹になり、なし崩し的に決定する中、晴の目がつかさへと向いた。

「なら、つかさに材料の調達を頼んでええか」
「いいっすよー」
「え」

 言葉を失う立火だが、晴の目的は最初からこれだったようだ。
 納得した顔で立ち上がるつかさに、慌てて勇魚と花歩がすがりつく。

「つーちゃん、うちも行くで!」
「わ、私も!」
「二人はデビューしたいんやろ。練習頑張ったらええやん」
「でも……」
「適材適所、適材適所」

 制服に着替え始める後輩に、立火は申し訳なさそうに声をかけた。

「朝やから、そんなに具沢山でなくてええで」
「肉! 肉は買うてきて!」
「桜夜お前なあ……」
「あはは、了解っす。可愛い先輩の頼みですしね!」

 つかさは何の陰りもないような、屈託ない笑顔で広間を出ていく。
 廊下に出る瞬間、夕理の視線を浴びせられながら。

(……また、心配そうな目で見てる)


 寺で借りた自転車で、ひとり高野山の中を走る。
 すれ違うのは若いグループや老夫婦、外国人の一団等、楽しそうな人たちばかり。
 あの人たちには宝の山であろうこの聖域も、興味のない自分にはただの田舎でしかない。

(あたしは、何をしてるんやろな……)

 コンビニと商店を回り、カレー粉に野菜、米は揃ったが、先輩ご所望の肉がない。
 スマホで探して、メンチカツを売っている店を見つけた。
 小さめだったので九個買う。

(まだみんな練習してるかな……もう少し時間潰してこ)

 再度コンビニに入りアイスを買って、ぼんやり空を見上げながら道端で食べる。

『その子はもう、部の中に居場所はないやろ』

 言われて早々、こんなことになるとは思わなかった。

(まあでも、合宿って特殊な状況だからやろ)
(夜になればゲームとかお喋りとか、あたしの本領発揮やし)
(にしても、言うほど涼しくないねんな。めっちゃ晴れてるからしゃあないけど)
(汗かいたし、早よお風呂入りたい……)

 ようやく傾きかけた太陽の下で、アイスを持つ手が止まる。

(……ん? お風呂?)


 *   *   *


「はー、極楽極楽」
「おっさんか!」

 熱い湯に浸かって上機嫌の立火が、向かいの桜夜にツッコまれている。
 宿坊の浴場はあまり大きくなく、湯船は四人入れば一杯だ。
 つかさの目の前では、勇魚が気持ちよさそうに鼻歌を歌い……
 そして真後ろでは、姫水が体を洗う、湯の跳ねた音が伝わってくる。

(お……落ち着けあたし!)
(後ろを向きさえすれば、確かに一糸まとわぬ藤上さんがいるけど)
(藤上さんの裸に見とれたりしたら、マジで社会的に終わる!)

 アイドル衣装や私服に見とれるのとはわけが違う。
 たぶん凝視している間に、姫水のビンタが飛んでくるだろう。

「はーあ……」

 同じく洗い場にいる花歩の、投げやりな溜息が聞こえてくる。
 おそらく自分の胸と姫水の胸を見比べたのだ。

(うらやましい! あたしもサイズ知りたいのに!)
(いや、サイズ知りたいだけやで? ほんまに)
「花歩ちゃん、背中流してあげようか?」
「だ、大丈夫! それにしても姫水ちゃん、肌きれいやなー」
「そう? ありがとう」
(くっそおおおおお!)

 花歩と代わりたいが、代わったとき自分がどうなるか予測できない。

(落ち着くんや……部長さんの平らな胸を見て落ち着くんや)

 失礼極まりないことを考えながら呼吸を整える。
 何とか冷静さを取り戻したところで、視線は隣の勇魚へ向いた。
 髪をほどいている彼女は新鮮だが、それ以上に……。

「勇魚ってさあ」
「なーに、つーちゃん」

 視線は下に傾き、湯の中に隠れた体を捉えていた。

「背丈の割には胸あるよね」
「っ!」



 真っ赤になった勇魚が、慌てて両腕で胸を隠す。
 対照的に何一つ隠さない部長が呆れたように言った。

「お前ほんまにセクハラ好きやなあ」
「やだなー、JK同士のよくあるスキンシップやないですかー」
「そう、その通り! こういうのが青春の一ページなんや!」

 桜夜がざぶんと音を立て立ち上がり、まだ赤い勇魚を指さして力説する。

「それに女の子はこういう恥じらいが大事やねん! 立火も見習って!」
「全裸で仁王立ちしてる奴に恥じらいとか言われても……」
「というわけで勇魚。どれくらい大きいのか、お姉さんによく見せてごらーん」
「い、いえっ、人様に見せるようなものとちゃうんで……」
「……桜夜先輩」

 指をわきわきさせている桜夜の首に、後ろからすっと当てられた手は、もちろん姫水のものである。
 下手な動きをするとキュッといきかねない。

「勇魚ちゃんに何してるんですか……?」
「ち、ちょっと待って姫水! 最初に言い出したのはつかさや!」
「彩谷さん……」
「うわ、先輩きたなっ! あたしはただ感想を言うただけで……」

 弁解しながら慌てて振り向く。
 決して見ようとして見たわけではなかった。
 だが実際問題として……
 彼女が目の前に、生まれたままの姿でそこにいた。

(あ――)

 あまりの美しさに気が遠くなる。
 白い肌も、濡れて張り付いた髪も、ちょっと怒っている表情すら、湯で温まったつかさの血流には刺激が強すぎて――

「つーちゃん!?」

 ばしゃーん!
 目を回しながら、つかさの体は湯船に沈んでいく。


 同時刻。夕理はKEYsの人に場所を開けてもらって、掛け軸の前で正座していた。

(煩悩退散、煩悩退散……)
「おっ、禁欲に励んでるようやな。結構結構」

 風呂の順番を待っている二年生たちが、来なくていいのに近づいてきた。
 感心している晴の一方で、小都子が困ったように話しかける。

「無理せえへんで、つかさちゃんと一緒に入ってきたら?」
「いえ! 無理なんてこれっぽっちも!」
「明日は朝のお勤めに出るといい。友達に欲情するような奴には丁度ええやろ」
「欲情なんかしてません!!」

 つい大声で叫んでしまい、KEYsの子たちが振り返る。もちろん柚も。
 赤くなって下を向く夕理に、みゆきがみかんの皮をむきながら、心配そうに寄ってきた。

「大丈夫? みかん食べる?」
「は、はあ、いただきます……(いくつ持ってきたんだろう……)」

 一房を口に入れ、甘い果汁を舌の上で味わう。
 それを見届けてから、みゆきはにこやかに質問した。

「ところで、友達に欲情ってどういうこと? 私、そういう話大好きなんよ」
「ぶっ! あ、あなたに話す理由はありません!!」
「なら、今食べたみかん返して」
「それって卑怯やないですか!?」
「小都子! ちょっと座布団敷いて!」

 最後の声は、廊下から響いてきた立火のものだった。
 何事かと振り返ると、浴衣を着せられたつかさが部長に背負われてきた。
 その顔も手もゆで上がったように真っ赤になっている。

「つかさ!? 何があったんや!」

 悲鳴を上げる夕理の前で、座布団に頭を載せて畳に寝かされた。
 花歩が安心させるように落ち着いて言う。

「ちょっとのぼせちゃったみたいや」
「そんなに長く浸かってたわけでもないんやけどなあ」

 不思議そうな桜夜の前で、勇魚は横たわったつかさの体に泣きついた。

「うわあああん! ごめんねつーちゃん、うちが胸を見せなかったから!」
「いや関係ないし、つかさが変態みたいになるからやめてあげてや……」

 立火が後輩の名誉を守るのを、旬が呆れたように横目で見る。

「フン、大阪はろくな温泉がないからそういうことになるんや。
 その点和歌山は白浜に龍神、勝浦と温泉が豊富で……」
「旬ちゃん、ちょっと黙ってて」
「ハイ……」
(つかさ……)

 夕理としてはそばにいたいが、KEYsの厚意で先にお風呂をいただいている状態だ。
 後ろ髪を引かれつつ、二年生たちと浴場へ向かう。
 そして姫水も広間を出ようとして、桜夜に声をかけられた。

「姫水、どっか行くん?」
「ちょっと寺務所へ、うちわを借りてきます」



(あ、涼しい……)

 頬に当たるそよ風に、つかさはうっすらと目を開ける。
 誰だろう。
 長い髪。あまりに整った顔。
 最近は夢にもよく出てくるようになった――



 その相手を見て、弾かれたように起き上がる。

「藤上さん!?」
「あ、急に起きない方がいいわよ」

 優しい腕が、再度つかさを横たわらせる。
 また赤くなっていくその顔に、姫水は心配そうに話しかけた。

「大丈夫? 気分はどう?」
「……すごくいい」
「なら良かった。逆に寒かったら言ってね」
「うん……」

 姫水の綺麗な手で作られる、心地よい風。
 表情を見られないように、つかさは手の甲で目を覆う。

(何でいつも、優しくしてくれるんや……)

 特に今、OGのせいで心が弱っていた時に、こういうことをされると堪えきれなくなる。
 泣きそうになるのをごまかすように、寝返りを打って横を向いた。
 目の前には彼女の膝。
 少し手を伸ばせば届くのに、その距離があまりに遠い。

(チャンスやろ……聞いてみたらええんや)
(あたしのこと、どう思ってるの? って)

 ファーストライブの後のように、涙目にされるだけかもしれない。
 でも、あれから時間も経っているのだし……。

(話も少しはしてるし、一緒にUSJ行ったし、一緒に予選をくぐりぬけたし)
(普通なら、ちょっとくらいは情も湧いてるやろ……?)

 姫水の精神状態が普通でない、なんて知る由もないつかさは、自分の心を叱咤する。
 どのみち、このままでは何の進展もないままだ。
 鞭打つように、思い切って半身を起こした。

「藤上さん!」

 微動もしない相手の表情に怖じ気づきながら、それでも何とかを声を絞り出す。

「あ、あの、あのね、あたしのこと……」
「つかさ、大丈夫!?」

 入浴を済ませた夕理が、大急ぎで飛び込んできた。
 そして、顔が近い二人を見て瞬時に理解する。
 最悪のタイミングで邪魔をしたことを。

「あ……えっと」
「天名さんが来てくれたなら安心ね。後は任せていい?」
「え……その……」
「……ありがと、藤上さん」

 諦めたようなつかさのお礼に、微笑む姫水は夕理にうちわを渡し、勇魚の方へ去っていく。
 つかさが気落ちする以上に、夕理の方が落ち込んでいた。

「ご、ごめん……私よけいなこと……」
「しゃあないって。夕理やったら、しゃあない」

 笑いながら言う通り、つかさにとって夕理はそういう存在だった。
 それにやっぱり、何か決定的なことを知らずに済んで、ほっとした気持ちもある。
 不意に、自分たち以外の一年生三人の声が響いてきた。

「小都子先輩の髪ほどいたとこ、初めて見ました!」
「いつにもまして美人さんやー!」
「たまにはイメチェンもいいんじゃないですか?」
「も、もう、みんな先輩をからかうもんやないで」

 風呂上りのロングヘアな小都子は、すっかり困り顔だ。
 部屋の端で髪の手入れをしていた桜夜が、ブラシを振って手招きする。

「小都子、こっちおいでー。髪やってあげるから」
「い、いいですってば。放っておけば乾きますし」
「何を立火みたいなこと言うてんねん。せっかくやからツインテにする?」
「高校生にもなってツインテはないでしょ!」
「………」
「あ、いえ、桜夜先輩くらい可愛ければ似合いますよ? ほんまに……ってうわあ!」

 笑顔で青筋を立てた桜夜につかまり、小都子の頭は好きなようにもてあそばれ始めた。
 すっかり元の顔色になったつかさは、立ち上がりながら夕理に尋ねる。

「あたし達もいじりに行く?」
「先輩に悪いやろ。むしろ助けに行く!」

 頼もしい後輩の顔になった夕理に、つかさは笑いながら歩き出そうとする。
 そうして衣ずれの感覚に、余計なことに気付いてしまった。

(ちょっと待って! あたしの体拭いて浴衣着せてくれたの誰や!?)
(………)
(考えないことにしよう……)


 *   *   *


 KEYsのお風呂タイムも終わり、いよいよお楽しみのディナーである。

(でも精進料理やったっけ。お腹ふくれなさそう)

 などと考えていた花歩だが、台所に並んだお膳は意外と豪華だった。

「鍋! 天ぷら!」

 思わず声を上げた通り、食材こそ野菜とキノコと豆腐と海苔だが、鍋と天ぷらは予想外である。
 喜んで広間に運ぶ生徒たちの中、唯一桜夜だけがぼやいていた。

「やっぱり肉か魚食べたい……」
「しつこいで! 明日の朝まで待て!」

 広間にお膳を並べてスタンバイしたところで、旬がおもむろに立ち上がる。

「えー、それでは両校を代表して私から一言。この自然豊かな紀伊の国において……」

 即座に立火と桜夜からブーイング。

「いらんわ! 早よ食わせろ!」
「ブーブー!」
「くそっ、食い意地の張った大阪人め。もういい、いただきます!」
『いただきまーす!』

 今回は一斉に唱和して、腹ぺこの生徒たちは腹を満たし始めた。
 勇魚の箸がかぼちゃと筍の隣にある、四角い何かをつまみ上げる。

「高野豆腐!」
「高野山が発祥の地やからな。ある僧がうっかり真冬に豆腐を凍らせて、仕方なく解凍して食べたらおいしかった、という説がある」
「そうなんですね!」

 晴に説明してもらって笑顔になりながら、半分かじってむぐむぐと咀嚼する。
 噛むたびに、歯ごたえのある豆腐からは出汁が溢れて口内に流れた。

「他とは味が違う気がします! さすが本場の高野豆腐や!」
「いや出汁の味しかせえへんやろ……」

 小都子はこういう和食が大好物のようで、幸せそうに舌鼓を打っている。
 そして夕理は鍋に火をつけてから、着火器を花歩に渡すついでにKEYsへ目を向けた。

(あの子は……)
「夕理ちゃん? 誰か気になるん?」
「な、何でもない」
「そっか。そういえば、この胡麻豆腐も名物なんだよね」
「胡麻豆腐なんて大阪でも売ってるやろ」
「いやいや、こういう場所なら絶対味ちゃうって」

 学校でのお昼と同じく、花歩は笑いながら話しかけてくれる。
 あの子と同じ、周りが優しいから一緒の食卓を囲めてるだけ。
 だったらこのイライラは、ただの同族嫌悪なのか……。

 煩悶のまま食事が半分くらい進んだ頃、広間に澄んだ声が響きわたった。

「それでは、宴もたけなわではありますが」

 勇魚とうなずき合ってから、立ち上がった姫水は中央に進み出た。
 浴衣の美少女にKEYsも目を奪われる中、微笑んで宣言する。

「このあたりで一つ、隠し芸をお見せします」



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