ピピピピピ
「!」
なるべく迷惑はかけまいと、小都子の手は即座にアラームを止める。
晴もむくりと起き上がり、KEYsの方でももぞもぞと動きがある。
カーテンから朝の光が漏れる中、隣の花歩を揺すって起こし、小声でひそひそと挨拶を交わした。
「おふぁようございま~す……」
「おはよう花歩ちゃん。眠そうやねえ、耐えられる?」
「だ、大丈夫です。あれ、晴先輩も起きてる」
「私はカレー作りや」
「あ、お疲れ様です……」
「本来マネージャーの仕事やからな」
制服に着替え、小都子の感謝の目を受けながら晴は台所へ行く。
小都子が髪を丸めるのを、花歩が指をくわえてもったいなさそうに見ていた。
「さらさらロングヘアの小都子先輩、もっと見たかったなあ」
「わ、私はこれが似合ってるからええの。ちょっと寒いし、羽織借りてこか」
「ですねー」
普通は浴衣の上から着る羽織を、制服の上に重ねる。
準備万端、大広間を出ようとすると、布団からぼそりと声がした。
「行ってらっしゃい」
「あ、ごめんね夕理ちゃん。起こしちゃった?」
「いえ、何となく目が覚めたので」
「そう。疲れてるやろうし、ゆっくり二度寝してね」
枕の上でこくんとうなずき、二人が出て行く気配を感じる。
静かになった広間で再度眠ろうとしたが、何か違和感がある。
掛け布団をめくると、90度回転した勇魚が、足を夕理の方に突っ込んでいた。
(何が天使の寝姿や! もう!)
しかめっ面で勇魚の小さな体を戻し、布団をかぶせてやる。
再度寝ようとしたところで、つかさの姿が目に入った。
姫水と向かい合って、幸せそうに眠っている。
(――つかさと一つ屋根の下、なんて)
見るのがこんな光景なら、切られるような痛みしかないけど。
でも、同じ部にいてくれるだけで有り難いと思うべきだ。
柚のことも気になったけど、わざわざ見に行くのも失礼だと、そのまま目を閉じた。
* * *
途中の洗面所で顔を洗い、タオルで拭きながら花歩は何げなく尋ねた。
「小都子先輩も、文化祭でデビューやったんですよね」
「うん。まあ……四人でデビューするはずが、当日は一人になってたんやけどね」
「あ……」
勇魚経由でその話は聞いている。
夏休みの厳しすぎる練習に、一年生たちが一人また一人と辞めていったと。
どう声をかけたものか迷っている間に、小都子は遠い目をしながら歩き続ける。
「三人ともそれぞれ私に相談に来てくれて。
『楽しくない部活なんて、続けても意味ないやろ』って同じように答えたんやけど。
ほんまにあれで良かったのかなあ」
「い、いやでも、実際小都子先輩の言う通りですよ。
それで良かったから、ライブで手伝いに来てくれたんやないですか」
「……うん、そうなのかな。ありがとうね、花歩ちゃん」
OGの人たちも悪い人ではなさそうだったのに、少し歯車が狂うとこうなってしまうのだろうか。
今年の環境に感謝する花歩に、小都子は寄り添うようにして微笑んだ。
「花歩ちゃんと勇魚ちゃんは、絶対揃ってデビューできるようにしようね。
私にできることやったら何でもするからね」
「はいっ、先輩のことも頼りにしてます!」
本堂には既にKEYsの子が来ていた。
他に観光客が十人くらい。半数は外国人だ。
しずしずと前を横切り、二人で空いている椅子に座る。
視界の前は立ち並ぶ仏像と位牌。お喋りなどできるはずもない。
六時に住職が現れ、客たちにお辞儀をすると、さっそく読経を始めた。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多――」
(う……当たり前やけどお経やな)
内容はさっぱり分からない状態に、十五分ほどして花歩は飽きてくる。
ちらりと小都子を見ると、真剣な面持ちで聞いている。
(小都子先輩は分かるのかなあ……)
(そもそも、お経も誰かが考えたものやんな。どういう気持ちで書いたんやろ)
(そう、これも歌詞みたいなもんや!)
(せっかくやから作詞させてもらおう。仏様も許してくれるやろ……)
仏花を見ながら考えていると、ポクンと木魚が鳴った。
木の魚。そういえば勇魚も魚だ。クジラだけど。
海外からのお客さんもいる中、芽生にもらった英単語の本が浮かぶ。
(私はFlowerで、勇魚ちゃんはFish……おっ、何かひらめきそう)
(そして私たちはFireを持ったFreshなFriend……そう、FFFFF!)
(って意味分からんわ! 三つくらいが限界かなあ)
(フラワー・フィッシュ・フレンド。んん? 結構良くない?)
先に曲名が決まってしまった。
チーン、と鐘の音を聞きながら、さらに中身を検討する。
(西浜先輩が言うてはったような、情景が浮かぶ歌詞にもしたい)
(水中花が咲く中を泳ぐ魚……)
(それとも、地上の花畑を飛ぶ魚……)
(後のはちょっと無理があるか……いや、むしろ無理のある方が印象に残るんやった)
(元気な曲やったしね。青空の下で花が開き、魚は空を飛ぶ……)
目はすっかり覚めて、お経をBGMに言葉を浮かべていく。
手元にノートがないのが口惜しい。
いつしか読経は終わり、住職は客たちに向き直って説法を始めた。
「皆様、ようこそ高野山にお越しくださいました。高野山の歴史と伝統は――」
(ううっ、ありがたい話なのは分かるんやけど、せっかく考えた歌詞がこぼれそう)
(頑張れ、私の頭!)
「人の縁とは不思議なもので――」
二十分ほど説法は続き、人生に迷ったら高野山のことを思い出して、との言葉で締められた。
感じ入って本尊を拝んでいる小都子はそっとしておいて、急いで広間に戻りノートを引っ張り出す。
「うおおおお! 作詞家として悟りを開いた気がするでーー!!」
「花歩ちゃん?」
「あ、ごめん姫水ちゃん、起こし……ってみんな起きてたか」
既にカーテンは開けられ、めいめい髪をとかしたり着替え始めている。
唯一寝息を立てている桜夜は、立火に布団をひっぺがされた。
「起きろ! 何時やと思ってんねん!」
「うーん、あと百時間……」
「晴ー、桜夜のカレーだけメンチカツ抜きでええでー」
「起きる! 起きます!」
目をこすっている桜夜の前で、花歩が猛然と書き物をしている。
「あ、あれ!? もう八月の終わりやったっけ!?」
「宿題の追い込みではないです! 作詞中です!」
「そ、そうやろなー。ああびっくりした」
朝から頑張っている花歩を、柔らかな目で見ている姫水に、後ろから声がかかる。
「ふ、藤上さん、おはよう」
「おはよう、彩谷さん」
朝起きて挨拶を交わす機会なんて、今後あるのだろうか。
そう思うのは夕理も同じで、すうと息を吸って発話した。
「おはよう、つかさ」
「ん、おはよ夕理!」
「つーちゃん、夕ちゃん、おっはよー!」
勇魚の元気な声に上書きされて、八月は始まった。
* * *
布団を片付けてスペースを作っていると、晴がひょいと顔を出した。
「カレーできてるから、取りに来て」
その姿に、勇魚が思わず歓声を上げる。
「晴先輩! エプロンしてたんですね!」
「カレーやからな」
「可愛いです!」
「そんなわけあるか」
すげなく扱われながらも、勇魚はにこにこしながら晴の後について台所へ行く。
そして戻ってきたとき、広間に漂うカレーの香りに、旬たちは恨めしげな目をするしかなかった。
「くそう……グルメ大阪人どもめ」
「うちもマネージャー欲しいよねえ。まあ、めはり寿司もおいしいやろ」
「そうなんやけどな……って、何やこの状況は!」
この頃にはもう両校の壁はグダグダで、勝手に混ざり合って朝食を始めていた。
旬が文句を言おうとすると、立火がカレー皿を手に立ちふさがる。
「まーまー、最後くらいええやろ。自分も一口どうや? カツはやらんけど」
「ふ、ふざけるな! 誇りある紀州の人間が、カレーなんかで買収されるわけ……」
「うわあ、美味しそうやねえ。みかんと交換でどう?」
「みゆきいいいいい!」
KEYsの子たちとお喋りしながら、桜夜はメンチカツに感涙して平らげる。
小都子は肉食に抵抗を持ちながらも、おいしいものはおいしいのでやっぱり平らげる。
そして柚を含めたKEYsの皆に、カレーを勧めて回っていた勇魚が、旬のところへやって来た。
「旬先輩もどうぞ!」
「お前か……さっきから人にあげてばかりやないか。自分の分も食え」
「えへへ、代わりにめはり寿司をいただきましたから!」
「なら私からもやろう。ついでに南高梅もやろう。遠慮せず食べなさい」
「ありがとうございます! 旬先輩って優しいですね!」
照れ顔の旬から寿司と梅干しを受け取る勇魚だが、口に運ばずにじっと見ている。
「これ、カレーに漬けて食べたらおいしいやろか……」
「いらんことはせんでいい! どうして大阪の奴はそう食に挑戦的なんや!」
聞こえた立火もみかんカレーを試そうか考えていると、横から晴に耳打ちされる。
「部長。この後は朝食の消化も兼ねて、
高野山の中心にある大きな寺院が金剛峯寺だ。
晴としてはここへ行かないのは、大阪城へ行って天守閣に登らないようなものだ。
「そんなに早く開いてるん?」
「八時半開門です」
「せやけど、つかさは面白くないやろな……」
今はKEYsの子と楽しく話しているつかさだが、昨日を思い出して立火は逡巡する。
が、うっかり目が合ってしまい、察した後輩は皿を置いて近づいてきた。
「何の話か知りませんけど、余計な気は使わないでくださいよ。あたしも子供とちゃうんですから」
「い、いや、この後にお寺行こうかって話やねん」
「行きますよ。確かにあんまり興味はないですけど、みんなと一緒なだけで楽しいです」
「……つかさは、ほんまにええ子やな」
「あはは、やめてくださいって」
笑いながら食事に戻るつかさに、部長は考える。
(ちょっと菊間先輩の話を気にしすぎやった)
(つかさ自身は、雑用になっても部に残るって言うてくれてるんやし……)
(部長が部員を信じなくてどないすんねん!)
(つかさは何があっても最後までいてくれる! 私はそう信じるで!)
信仰に身を投じた立火は、以後この件は一切心配しないことに決めた。
皿洗いも終わり、外出準備のできた立火は旬に声をかける。
「てことでちょっと出かけてくるで」
「いちいち報告しなくていい」
「一緒に行く?」
「私たちは一度遠足で行ってるんや」
「ちょっと立火ー、早くー」
桜夜に呼ばれ、歩きかけた立火はもう一度振り返る。
「部長同士、もっと色々と話せたら良かったんやけどな」
副部長にいくら支えられても、部長にしか分からない悩みはやはりあるのだから。
複雑な顔の旬は、出て行く立火を見送ってから、食休み中のみゆきたちに話しかけた。
「みんな、帰りは九度山に寄る予定やったけど」
「真田ミュージアムやろ? 行くの初めてやもんね」
「いやでも、よく考えたら下界は暑いし、重い荷物持って歩き回るのも何やし……。
Westaと一緒に奥の院へ行くのもええかと思うんやけど、どうやろ……」
言葉が終わる前に、部員たちから歓声が上がった。
皆が大歓迎の中、柚もおずおずと手を上げる。
「わ、私も、行きたい……です」
「……そうか」
周りに便乗してとはいえ、柚が自分の意思を表明してくれた。
ならばもう迷うことはなかった。
* * *
豊臣秀次が切腹したという部屋も、立派な庭や襖絵も、やっぱりつかさは興味が持てない。
……のだが、最後に立ち入った場所だけは面白かった。
「へー、昔の台所かあ」
一気に高くなった天井の下、木でできた洗い場や、煤で黒ずんだ柱を見て回る。
煉瓦でできた何かを見て、勇魚がつかさの手を引っ張った。
「つーちゃんつーちゃん! 大きいかまどやで!」
「うわ、デカすぎやろ」
「これでご飯炊いたらおいしそう!」
「味は変わらへんと思うけど、ちょっと見てみたいなー」
勇魚と二人で写真を撮っていると、晴が解説してくれた。
「催事の時は今も使っているらしい。一度に二千人分のご飯が炊けるとか」
「μ'sの花陽先輩なら一人で食べられますね!」
「どんな人やねん!」
「いやホンマに、それくらいお米が好きやったらしいで。伝説のグループなら、それくらい朝飯前なんや!」
「μ'sの人たち、話に尾ひれつきすぎやろ……」
一応は楽しんでくれたらしきつかさに、夕理も安堵して宿坊に戻る。
後は十二時のチェックアウトまで、最後の練習である!
「あ、それならですねー。歌詞が結構できてるので、新曲の練習を……」
言いながらノートを開いた花歩の顔が、だんだん青くなっていく。
『この地上に今開く 私は最高に美しいフラワー!
そこの空飛ぶお魚さん 寄ってらっしゃい見てらっしゃい
ヒレと葉っぱを合わせれば もう私たちは友達や イエー!』
早朝のハイテンションで書かれたそれは、読み返すとあまりにはっちゃけ過ぎだった。
「花歩?」
「あ、あの、そう、曲名が決まりました! 『フラワー・フィッシュ・フレンド』でいかがですか!」
「花歩と勇魚でフラワー&フィッシュか! なかなかええやないか」
立火も他の部員もええやんとうなずき、勇魚は大喜びで花歩に抱きつく。
「花ちゃん! やっぱりうちらは友達なんや!」
「あはは、当たり前やでー。じゃあ頑張って書き直すから……」
「それにしても自分の名前が前なんて、花歩も意外とちゃっかりしてんねんなー」
桜夜が余計なことを言ったせいで、花歩の顔は再び青くなっていく。
「そ、そうですね。厚かましかったですね……。
そもそも八人でやる曲なのに、何を私物化してんねんって感じですね……。
すみません、考え直します……」
「あ、あわわわ。ごめん花歩、そんなつもりとちゃう!」
「お前はほんまアホなことしか言わへんな……」
大慌ての桜夜に呆れながら、立火は両手で花歩の肩を掴んだ。
部長権限で決定事項を告げる。
「曲名はこのままでいい!
花を咲かせるんやろ? 一番目立つくらいの気持ちでいかなあかん!」
「部長……!」
「今から昼まで、花歩は作詞に専念してや。
空海といえば書の達人。帰る前にパワーをもらってくんや!」
「は、はいっ!」
かくして花歩は、最後の時間を日本語と格闘して過ごした。
借りてきた写経用の机は、何だかすごいものを書いている気分にさせてくれる。
目の前ではWestaが練習し、その向こうではKEYsが練習中。
スクールアイドルの熱量を感じながら、頭をフル回転させていく。
KEYsが一曲終わったところで、みゆきが頑張れと手を振ってくれた。
何だか、空海に匹敵するくらいのパワーをもらえた気がした。
* * *
「よし、練習はここまでや!」
立火の宣言で、合宿の終わりが迫ったことを嫌でも実感する。
時刻は十一時を回っていた。
部長に手招きされて、Westa全員が畳の上に車座になる。
「最後に、今後のライブ計画を考えたいと思う。晴、頼むで」
「分かりました」
聞こえてるけどええの? というKEYsの視線を意にも介さず、マネージャーは説明を始めた。
「冬は夏よりも日程に余裕がある。
おおむね二ヵ月に一回やから、合間の一か月ずつでイベントを起こせる」
「また校内でライブですか?」
「校内は文化祭があるから、重ねても効果は薄い。
関西全体での知名度を高めるためにも、外に出るべきや」
姫水の質問にそう答え、晴はタブレットの画面を見せる。
「というわけで、部長と相談してこういう企画を立てた」
そこには派手な色彩で、威勢のいい文字が躍っていた。
『関西スクールアイドルバトルロード!
第一戦 京都 VS 大阪!』
「………」
へえ……とか、ふむ……といった部員たちの反応は予想通りである。
最初に感想を言ったのはつかさだった。
「とりあえず、そのマンガみたいな企画名を考えたのが部長さんなのは分かります」
「ええやろ熱くて!」
「でも確かに、対戦やーってなったら盛り上がりそうですね!」
肯定してくれる勇魚に、立火と晴はうなずいて、交互に説明を加える。
「相手はもちろん天之錦。小梅にはまだ言うてへんけど、昔のよしみで受けてくれるやろ」
「どちらも地区予選は振るわなかったとはいえ、ブロック四位同士の対決や。
何より私たちは大阪らしいグループで、向こうは京都らしいグループ。
何やかんやで郷土対決は盛り上がる。いや、必ず私が盛り上げる!」
珍しく強く言い切る晴に、部員たちもだんだんその気になってきた。
勢い込んで、口々に立火へ質問をぶつける。
「勝負はどうやって行うんですか?」と小都子。
「お互いに何曲かずつやって、見た人に投票してもらう形がええやろな」
「来てもらうんですか? それともこっちから?」と花歩。
「出向くことを考えてる。大阪の外でも私たちの名を売るんや!」
「京都 VS 大阪で立火はええの? 大阪が後ろで」とどうでもいいことを桜夜。
「こっちから申し込むんやから、謙虚になるくらいの頭はあるで」
「第一戦とありますよね。京都、大阪ときたら次はやはり――」
姫水の言葉に、全員の頭に一つの都市名が浮かぶ。
『――神戸!』
「いえ、でもそれは……」
夕理が気後れしたように口ごもるのを、立火は正面から受け止める。
「確かにWorldsは格上で、今の私たちに勝ち目はない。
けど、あいつらは六位。いつかは越えない限り、全国へは行かれへんのや。
秋には必ずWorldsに追いつき、そして直接対決で勝つ!」
『――はい!』
厳しいロードなのは百も承知だが、少なくとも道は見えたのだ。
全員の――つかさはともかく――目に炎が灯り、未来を照らした時。
「ということで」
急に立火はトーンダウンして、済まなそうに切り出した。
「夕理には企画のテーマソングとして、大阪らしい曲をお願いしたいんやけど……」
「と、いうことを小都子から依頼してくれ」
「ちょっ、晴ちゃん!?」
「はああ!?」
大阪嫌いと知っててそういうことを!?という夕理の顔に、立火は手を合わせて頭を下げ、晴は悪びれる様子もない。
他の部員たちの視線は小都子に集中している。
小都子は少しの間困っていたが、今は八方美人になる時ではない。
決意を固め、大事な後輩が嫌がるのを承知で、直球を投げ込んだ。
「お願い夕理ちゃん。書いてもらえへんやろか。
私は大阪が好きやから、できれば夕理ちゃんにも好きになってほしい。
それが無理なら、せめて大阪の良いところを曲にしてくれるだけでも……」
「~~~分かりましたっ! これも勉強ですしね!」
先日言ったばかりのことを撤回できるわけがない。
小都子に頼まれた以上、根性を決めて取り組むしかなかった。
「そこまで言うなら、とことん大阪な曲を作ります!
でも覚悟してくださいね! 私にこんなことをさせる以上、京都や神戸に負けたら承知しませんから!」
「夕理ちゃん……ありがとう、ほんまにありがとうね」
「ぷぷぷ、夕理がお笑いとかド根性みたいな曲作るの? めっちゃ楽しみ」
「木ノ川先輩~~!」
大騒ぎのWestaを、帰り支度を始めたKEYsが笑いながら見ている。
柚もまた、夕理に憧れの目を向けていた。
(天名さん、頼りにされてるんやなあ)
自分には作曲みたいなスキルはないけど、歌とダンスを頑張れば、いつかあんな風になれるのだろうか。
と、近くで何か動くのが目に入った。
見れば部長が腕組みしたまま、苛立たし気に指を上下している。
びくりと後ずさる柚の耳へ、勇魚の声が聞こえてくる。
「京都と神戸はええんですけど」
おっ、という顔の旬だが、続く言葉は非情だった。
「奈良には行かないんですか? 鹿さんに会いたいです!」
「うーん、行きたいのは山々なんやけど、日程的になあ」
「ちょっと待てえい!!」
いきなり大声を出され、Westaの面々は振り返る。
立ち上がった旬が、大股で立火の方へ歩いてきた。
「和歌山は!? 和歌山VS大阪はいつやるんや!」
「え? 合同合宿も嫌そうやったのに……」
「そ、それとこれとは別や! やっぱり大阪人は和歌山を植民地と思てんのやな!」
「ち、ちょっと待て、誤解やって!」
「そうやで、そんなこと思ってへんで!」
相方をかばうため前に出た桜夜が、悪気なく燃料を追加する。
「そもそも大阪で暮らしてて、和歌山が話題になることなんてあんまりないし」
「なお悪いわ!!」
「リ、リゾート地とは思ってますよ!」
「そうやね! 海も山も温泉もあって、マグロの食べ放題もあって……」
花歩と小都子が必死でフォローするが、もう遅い。
旬は広間の中央にすっくと立つと、立火に指を突き付けた。
「勝負や広町! グループ対決が嫌なら、最後に部長同士の一騎打ちや!」