第21話 サマーダイアリーA面
(あんなにあった金がなあ……)
体育館の片隅に座り、暁子はパソコンに表示される残高に溜息をついていた。
スタジオ付きの合宿所で三日間の特訓を終え、光はまた一つレベルアップしたが、資金はほぼ尽きた。
理事長からすればはした金だ。おかわりを要求すれば、案外ポンと出してくれるのかもしれない。
だが五百万のプロジェクトとして始めた以上、その中で成果を出すのが商人の意地だ。
部員たちはその成果のため、すなわち全国大会のために今日も練習している。
「光ちゃん、夏休みでも元気やな~」
「だって最高の舞台に出られるんですからね! めざせ全国優勝!」
(いやいや……さすがにそこまでは無理や。十位以内に入れれば御の字やな)
暁子は脳内でそろばんをはじく。
初出場で十位以内なら、世間的には十分注目される。そうなれば……。
(ん、メールか)
通知にメーラーを開き、差出人に驚いた。まさかのWestaからだ。
最後に見たのが地区予選の絶望顔だっただけに、何事かと読んでみたら、マネージャーの丁寧な文章が飛び込んできた。
『全国大会へ向けてお忙しいところ大変申し訳ございません。
瀬良光さんの素晴らしいパフォーマンスから学ぼうと、我が部の部員が模倣してみました。
ぜひとも動画公開のご許可をいただきたく……』
書かれたURLの動画を再生し、暁子は思わず固まった。
面白そうに眼鏡を直し、部員たちを呼び寄せる。
「みんな休憩や。ちょっとこれ見てみー」
「……これがプロ女優の力か」
「地区予選では目立ってへんかったのにね。あの時は体調悪かったんかな~」
ダンスはもちろん、表情や雰囲気も含めて、見事に光が再現されていた。
葛とまゆらが感心する一方で、当の光はお気に召さないようだ。
「すごいことはすごいけど、藤上さん本人のライブが見たいのになあ。他人の演技なんかして何が面白いんじゃろ」
「こらこら、世の役者さんを全否定はあかんで」
「あ、ほうか。ドラマとか全然見んけん、つい」
部長にたしなめられ、てへへと笑った光は、こういう才能もあるのだと飲み込むことにした。
何にせよ、Westaはまだまだやる気のようで安心した。
公開に反対する者はなく、許可しますと返信する。
改めてメールを読むと、湖国長浜へも同様の連絡をしているそうだ。
「うーん、羽鳥先輩かあ」
「まあ、向こうも許可はするやろうけど」
苦笑し合う光と暁子に、まゆら達は不思議そうな顔をする。
あのとき客席にいた部員は知らない。自分の部が湖国長浜とひと悶着あったことを。
「実は表彰式の前にな……」
* * *
地区予選の結果が出て、失意のWestaが舞台裏に引っ込んだ後。
「羽鳥先輩、優勝おめでとうございます!」
近寄って明るく挨拶した光の目には、少しだけ強気の色が宿っていた。
朝は暁子に止められたが、結果が出た今ならいいだろう。
何よりたとえ関西の女王だろうと、一時的に脅えてしまった自分が許せなかった。
言われた相手はにこやかに微笑みながら、相変わらず超然とした態度で返す。
「おおきに。あなたも一年生なのに、大したものやねえ」
「ありがとうございます! でも学年とか関係ないけん、次は先輩を倒せるよう頑張りますね!」
葛たち京橋の三人は、挑戦的な光を冷や冷やしながら見ている。
そちらを一瞥して、静佳は小声で光に尋ねた。
「あちらの三人、観客から隠されてでもステージに上がるやなんて、えらい覚悟やねえ」
「そっ……それは」
「そうまでしてあの三人が必要な理由は何なん? あなたが一人やと寂しいから?」
「………っ!」
痛いところを突いてきた静佳は、自分の後ろにもバックダンサーがいたことなんて忘れているようだ。
今も、ライブの最中にも。
確かに光から見ても存在意義は感じられなかったが、それでも仲間だろうに。
(『私は一人でも平気なのに』って、そう言いたいの!?)
(すごい人じゃけんど見習う気は起きない。そっちこそ寂しい人だ!)
いつも天真爛漫な光が、珍しくイラっとした。
気の毒な滋賀のバックダンサー達を一瞥すると、孤高の歌姫へ遠慮なく口にする。
「そう言う先輩は、後ろの人から嫌われてますよね! それで平気なんですか?」
「おわーー!!」
転がるように飛んできた暁子が、大慌てで光の口をふさぐ。
「むぐぐ」
「も、申し訳ない羽鳥さん! うちの光が失礼なことを!」
「いいええ、私の方もぶしつけな質問やったね。疑問に思うとつい探求してしまって、ごめんなさいね」
静佳は目を細めながら、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには表情を硬くしている、バックダンサーの片方がいる。
「雪江ちゃん、私のこと嫌いやったん?」
「やっ……やだなー羽鳥先輩! そんなわけないやないですか!」
湖国長浜高校二年生、
心の中に渦巻く憤怒は、事態を招いた他校生へと向けられる。
(ふっ……ざけんな瀬良!!)
(アンタみたいな天才に、私の気持ちなんか分からへんわ!)
(中学では結構可愛いって言われてて、自信もあったのに)
(高校に入った途端、一つ上にこんな化物が出てきた私の気持ちなんか……!)
せめて静佳が一年生の時から活躍していれば、この学校は避けていたのに。
才能に嫉妬した当時の上級生が、静佳を一年間干したのが実情というから、恨みのぶつけ様がないのだが……。
その隣で、部長の黒田椿は能天気に笑っている。
「あはは、私たちが静佳を嫌いなわけないやろー。
静佳にくっついてるだけで楽に全国へ行けるんやから。ねえ雪江?」
「部長は少し黙っててください!」
そうこうしている間に表彰式の準備ができて、雑談の時間は終わる。
光はさすがに少し反省して、神妙に表彰状を受け取っていた。
渋い顔の難波、敵対心を露わにした赤穂が見守る中、最後に静佳へトロフィーが渡され、会場は大きな拍手に包まれる。
これが、地区予選で最後に起きたことの顛末である。
* * *
その雪江は今、Westaから送られてきた動画にショックを受けていた。
(ここまで羽鳥先輩を演じられるなんて……)
(私もこんな才能があれば、先輩と並んで踊れたんやろか)
(くそ……何で世の中は不公平なんや……)
他の二年生たちは、そんな雪江を心配そうに見ている。
それに気づきもせず、椿の呑気な声が部室に響いた。
「静佳の真似っこがしたいなんて、可愛い一年生やなあ。Westaってどこやったっけ?」
「Worldsとテーマが重なってたとこやねえ。漫才が少し面白かった記憶があるで」
静佳は穏やかに答えてから、動画内の少女をじっと見つめる。
「再現率は七割ってとこやろか。まあ練習は一日二日しかしてへんやろうから、もっと練習すればまた違うかもね。惟月はどう思う?」
名を呼ばれたのは、三年生でマネージャーの
前髪と眼鏡で二重に隠した向こうから、深い瞳が覗く。
「……確かに数か月練習すれば、九割くらいの精度にはなるかも」
「おいおい惟月、静佳は一人で関西を制する奴やで。それの九割って……」
それだけで十分化物ではないのか、と言いたげな椿を遮るように、惟月の言葉は続く。
「でも、そこまで無駄な時間を費やすことはしいひんと思う。
ラブライブで人真似に意味はないもの。あくまで話題作りのネタ動画や」
「そういうもんかねえ。静佳、許可していい?」
「
椿に返した静佳の言葉により、惟月の手でメールは返信された。
そして立ち上がった惟月に、静佳が寄り添って部室を出て行く。
「ほな、私たちは空き教室で練習してくるね」
静佳についていける者は誰もいない。
練習はいつも一人で、そして惟月は雑用もこなすとはいえ、基本的に静佳だけのマネージャーだ。
椿もトイレに行ったので、部室には三年生が不在になった。
もやもやを抱えた下級生たちは、自分たちのエースである雪江を一斉に慰める。
「ま、まあ羽鳥先輩ももうすぐ卒業や。来年は雪江の天下やろ!」
「羽鳥先輩みたいな雲の上の人より、雪江先輩の方が身近に感じます!」
要はお前は凡人やと言われているようで慰めになっていないが、それより現実的な問題があった。
雪江は苦虫を噛み潰した顔で、来るべき未来を語る。
「私たちだけでは予備予選すら突破できるわけないやろ。
来年は凋落したLakePrincessとか、後継者が無能とか言われるんや。
ホンマやってられへんわ……」
言葉に詰まる部員たちの中で、雪江の目には誰かの鞄についたマスコットが映る。
三成くん。石田三成の出生地があることにちなんだ、長浜のゆるキャラ。
別に嫌いではないが、二つ隣の彦根にいるのがゆるキャラ界のレジェンドなだけに、どうしても見劣りする。
(ひこにゃんに勝てるわけないやろ……)
(……それでも、地道にやってくしかないのかなあ)
椿の言った通り、本来なら全国なんて行けっこない自分が、静佳のおかげで行けるのは事実だった。
無意味なバックダンサーという屈辱に耐えても、アキバドームの舞台に立ちたいという願望はある。
この経験が、何かに生かせると良いのだけど……。
* * *
練習を終えた静佳と惟月は、寄り道して黒壁スクエアを歩いていた。
黒漆喰の伝統的建造物を活かした、湖北随一の観光スポット。
しかし真夏となると、黒一色の壁はどうしても暑苦しく感じる。
「長浜ってほとんど北陸やのに、全然涼しくないねぇ」
「北陸だって夏は暑いやろ……」
「それにしても、あの動画の子」
藤上姫水という大阪の少女が、一生懸命真似て歌っていた曲を思い出す。
『この
今も貴方を探している
罪も悪意もなくとも 決して許されぬ存在を』
「あれが琵琶湖の外来魚の話やなんて、知ったらどう思うやろね」
「し、静佳がその手の話ばかりしてるから、作詞のとっかかりにしただけや!」
曲を作った惟月がむきになる前で、静佳はくすくすと笑っている。
傍目には仲良さそうに歩く二人が、アーケードを抜けた時だった。
「……静佳」
惟月の足が止まった。
怪訝そうに振り返る静佳に、押し殺したような声が届く。
「あなたの三年間は……ほんまにこれで良かったの」
「惟月?」
「私が作った曲と衣装で、私が言う通りに歌って踊って。
私の理想のアイドルを体現してくれて……。
それは私には幸せな時間やったけど。
静佳は、ほんまにこれだけで良かったの?」
* * *
中学時代の羽鳥静佳は、琵琶湖の環境問題に心を痛める一介の生物部員でしかなかった。
ブルーギルを釣っては外来魚回収ボックスに放り込む彼女は、周りから変人と見られていた。
そんな静佳が湖国長浜高校に進み、入学式を終えて数日後。
ここでも生物部かなあ、と考えながら桜の下を歩いていると、突然目の前に人影が飛び出してきた。
思いつめたような顔で、静佳をじっと見つめている。
「は、羽鳥さん!」
「はい?」
「スクールアイドルに興味はない!?」
「あ、勧誘やったんですか。もしかして先輩?」
「影森惟月、一年生や。入部はこれからする……あなたにも一緒に来てほしい」
ぼそぼそ喋りながらも用件ははっきり言われて、静佳は困ったように頬に手を当てる。
「私がアイドルなんて、向いてるとは思えへんけどねえ」
「入学式の校歌斉唱で、あなたの歌声に身が震えた。率直に言って天才やと思う」
「うーん……確かに歌は昔からよく誉められたけど、天才は言いすぎやろ」
顔を知らないということは別のクラスで、校歌の時も距離は離れていたはずだ。
それでも静佳の声を聞き分けたのなら、耳は確かなようだ、けど……。
「ま、考えておくね」
軽くあしらって、桜の下を歩き去る。
少しだけ振り返ると、全く諦める気のない瞳がじっとこちらを見ていた。
すぐに生物部に入らなかったのは、その目が印象的だったからかもしれない。
翌日から、惟月は毎日、静佳のクラスに押しかけてきた。
『あなたは絶対、スクールアイドルになるべきや』
『羽鳥さんなら全国へも行ける!』
何度も言われ、見ていた鳥類図鑑を閉じて溜息をつく。
「そこまで熱心なら、私に頼らずに自力で全国へ行ったら?」
「……私は見ての通り、根暗で不細工のアイドルオタクでしかない」
「不細工は卑下しすぎやと思うけど」
「努力を厭う気はないけど、そっちへ努力しても理想の半分にも届かへん。
私は、羽鳥さんを理想のスクールアイドルにすることに努力を使いたい」
ぼそぼそと言ってから、急に強気になって訴えかける。
「私に、あなたをプロデュースさせてほしい!」
クラスメイト達が変な目で見るのも一切構わず。
その熱意は大したものだけど、やはり静佳にはアイドルの自分が想像できなかった。
(要するに、私を使ってプロデューサーごっこがしたいわけや)
(世の中、色んな趣味の人がいるもんやねぇ……)
そんな調子で一週間が経ち、そろそろ部活も決めねばという頃だった。
「羽鳥さん、あんまり人間に興味ないやろ?」
一応周りに聞こえないよう、小声で尋ねてくる惟月に、静佳は意外そうに顔を上げた。
言われてみるとそうかもしれない。
人当たり良く会話はできるけど、特に親しい友達はいない身を省みて思う。
「別に人嫌いではないんやけどね。生物の方が興味深いだけ」
「でも、それやと高校生活楽しくないんとちゃう?
スクールアイドルになればファンと接したり、他校と競い合ったり、きっと面白いで」
「ご心配なく。オオヒシクイでも眺めてた方がええわ。
遥かロシアから渡ってくるんやで。一体どういう旅をして琵琶湖まで来たのか、実に面白いと……」
「それなら!」
渡り鳥の話を遮って、惟月はずいと身を乗り出した。
自分の胸に手を当てて、必死な心を言葉にする。
「私に興味を持って! 私も一応生物やから!」
静佳は一瞬固まってから、こらえ切れずに吹き出した。
確かに言ってることは間違ってない。
赤くなっている惟月を見て、可愛いと思ってしまった時点で、静佳の負けは決まった。
「しゃあないねぇ。そこまで言うんやったら付き合ってあげる」
「羽鳥さん……! い、いや、静佳!」
「でもあなたの理想通りになれへんでも、がっかりせんといてね」
「だ、大丈夫! 私が必ず、静佳を最高のスクールアイドルにするから!」
本気で嬉しそうな惟月にほっこりしながら、お互いに握手する。
静佳だって一つの生物。
自分を被験対象にするのも、なかなか面白そうだと思ったのだ。
* * *
あれから二年、色々なことがあった。
入部してすぐ披露した静佳の歌声に、三年生の目に恐怖と嫉妬が浮かび、それから一年間干されたのは惟月も大誤算だった。
しかしその間も、惟月が課す厳しいレッスンを、静佳は文句ひとつ言わずにこなしてくれた。
あの一年の下積みがあればこその今の彼女であり、才能だけで成功したように言われるのは惟月は不服である。
もちろん、才能がとてつもなかったのは事実だ。
二年生になり、先輩たちも渋々と静佳をラブライブに出した途端、それは一気に爆発した。
『滋賀県予備予選トップ、LakePrincess!』
『関西地区予選、一位は期待の新星、LakePrincessです!』
『全国三位、LakePrincess! 湖の歌姫、まさかの快挙だーー!』
他の部員たちも唖然とする中、惟月だけは得意満面だった。
やはり、自分の見る目は正しかったのだ。
滋賀に戻ってから、湖畔に並んで立って思い切り叫ぶ。
「ほら言うた通りやろーー! やっぱり静佳は最高なんやーー!!」
「ほんまに、びっくりやねぇ」
静佳は相変わらず、自分がアイドルと言われてもピンとこない。
それより、はしゃいでいる惟月が可愛かった。
冬はAqoursに話題をさらわれ四位に後退したが、静佳に順位は重要ではなかった。
学者肌の彼女の瞳は、実験台になりながら観察し続ける。
惟月が次に何をして、自分を題材にどれだけ情熱を燃やすのか。
なのに……。
この期に及んで『これで良かったの?』なんて。
「今さら何言うてんの?」
「い、いや……自分でもそう思いはするけど……。
でももうすぐ卒業や。方向転換するなら今しかない。
静佳、あなたは十分私に付き合ってくれた。もし他にやりたい事があるなら……」
「私を散々振り回しておいて、惟月はいつも勝手やな」
ぷいと怒ったふりの静佳に惟月は慌てるが、普段ほとんど怒らないだけに、長続きはしなかった。
困ったような、寂しいような笑みに転じて、静佳は尋ねる。
「私はもう、あなたの理想のスクールアイドルになれた?」
「……なれたと思う。
全国優勝させたかったけれど、やっぱり一人では不可能な領域や。
これより上はもう無理という意味では、既に理想に達した……」
「せやから、私はもう要らんいうことなん?」
「ち、ちょっと、何言うて」
弁解しようとする惟月の言葉が止まる。
静佳は両手を伸ばすと、柔らかく惟月の顔を包み込んだ。
至近距離で自分だけを瞳に映す彼女に、惟月の頬は紅潮していく。
「ひ、人が通るやろっ! 静佳は有名人なんやで!」
「私、惟月のためだけに頑張ってきたのに」
「わ、分かってるけど、私はこれ以上静佳に報いることが……!」
「あなたは、私が初めて興味を惹かれた人間なんやから」
切ない微笑を浮かべながら、静佳はより一層お互いの顔を近づけた。
「最後まで、あなたのアイドルでいさせてや」
――このまま時間が止まればいいと、惟月は思った。
だが現実は八月の昼下がりで、石畳の照り返しに、静佳は苦笑して手を離す。
「あっついねえ。ガラス館見て行っていい?」
「あ、うん……」
冷房の効いたガラスショップに入りながら、惟月は自分自身を悔恨する。
(うう……私としたことが)
(これ以上の順位が難しいのも事実やけど)
(何より、終わるのが怖くて逃げようとした……)
限られた時間の中でしか輝けないスクールアイドル。
この稀代の天才少女も、来年の春にはステージを放棄し、生物学へと道を変える。
後に何も残らないなら、いっそ……と思ってしまった。
無数のガラス細工を眺める静佳は、どんな彫刻よりも綺麗だと思う。
白鳥の置物を前にじっとしていたので、そっと手を伸ばして取り上げた。
「買ってあげる」
「え、どういう風の吹き回し?」
「変なこと言うたお詫びと、全国への激励や」
恥ずかしそうにレジへ向かう惟月の背後から、優しいくすくす笑いが聞こえる。
(静佳……)
(私の――私だけのアイドル)
ファンを増やし、全国の舞台まで連れて行きながらも、惟月の本音は結局それだった。
ガラス入りの包みを差し出され、静佳は嬉しそうにお礼を言って受け取る。
外で見せるような、どこか超然とした彼女ではなく。
大事な人からプレゼントをもらえた、至極ありきたりな少女の笑顔で。
駅へ向かう途中、静佳も言葉足らずだった自分を反省した。
「ちゃんと言うてへんかったけど、スクールアイドル界もなかなか興味深いで」
「え、そう? そう思ってくれるなら……良かったけど」
「瀬良さんみたいな面白い子もいるしね。Aqoursはまた強いのかなあ」
「六人になって、どう変わるか予想し切れへん……。
とはいえ廃校への同情心はなくなった。静真高校とかいう普通の学校になったし、付け入る隙はあるはず」
何だかんだで自分のアイドルを勝たせるべく、惟月は頭を働かせ始める。
そんな彼女に全てを委ねながら、静佳はぴたりと寄り添った。
「な、何? 歩きにくいやろ」
「ふふ。何もあらへんよ」
ラブライブという実験の場で、残る試行はあと二回。
うち三週間後の一回へ向けて、少女たちは並んで歩いていく。
運命と信じる相手の、理想を最後まで叶えるために。