一日の間を開けて27日。
冬休みの部活動は、クリスマスの残り香から始まった。
「晴先輩、遅くなりましたがクリスマスプレゼントです!」
勇魚が差し出したマグカップを、晴は一応手に取り吟味する。
「ふむ……ハンブルグのイラストに市章か。大阪とは姉妹都市やな」
「そうやったんですね! 内側にはドイツの国旗も入ってますよ!」
「だがいらない。参加してもいないイベントの記念品なんて、戸棚に置きたくない」
「ぎゃふん!」
(やっぱり無理やって……)
花歩と夕理が危惧した通りだったが、それでも勇魚はめげずに顔を上げる。
「もしかして置き場所が問題ですか? 食べ物の方がいいですか?」
「受け取るとは言わへんけど、相対的に受け取りやすくはある」
「分かりました! バレンタインは楽しみにしててください!」
「ほんま懲りないやっちゃな……」
「というわけでこのカップは、桜夜先輩どうぞ!」
「やったー!」
(この先輩ってプライドないんやろか!)
流用品に大喜びする桜夜の器に、つかさは呆れつつも少し尊敬する。
自分が同じことを姫水にされたら、たぶんしばらく立ち直れないだろう。
そして友達としか思ってない姫水は、実際やりかねない……。
「あはは、一番根性あるのは勇魚かもしれへんな。よーし、本題に入るでー」
立火の声に、晴がノートPCをスクリーンに繋ぎ、大きな文字を映し出す。
『アキバドームで何をしよう?』
依頼人の夕理が、全員を見回して口を開いた。
「この際、抽象的な意見でも構いません。聞かせていただければ、私と花歩で形にします。
それでは、広町先輩からどうぞ」
「よし、始めるで」
<立火の意見>
「ちょっと哲学的なこと言うていい?」
「むしろ歓迎します。どうぞ」
「Westaらしさって何なんやろなあ」
「なるほど……哲学的です」
夕理は少しだけ部長を見直し、他の部員もそれぞれ考え込む。
いったい何がWestaらしさなのか。
立火は腕組みして、その問いに至った経緯を話した。
「全国大会いうたら、集大成となるライブを出してくるところが多いやろ」
「μ'sはそうでしたね!」
勇魚が嬉しそうに言及したのは『KiRa-KiRa Sensation』。
過去曲の振り付けやキャッチフレーズを取り入れた、μ'sの集大成として今も語り継がれている。
「私たちもあんな風にできたらと思ったんや。
けどヴィクトリアに言われた通り、今まで統一感が全然なかったからなあ」
「そうですね……全部をまとめたら闇鍋になるだけですね」
そういう状態にしてしまった夕理が気まずそうに答える。
例えばパステル色のセレナーデとDueling Girls!。ファンはどちらをWestaらしいと思っているのだろう。
「今年は仕方なかったし、それが最善やった。でも全国では観客に見せたいねん。
これが私たちの考えるWestaらしさ、軸になる一面やというものを!
……ってごめん。具体性が全くゼロやな」
「いえ、今は細かい曲の内容より、ラブライブへの向き合い方が重要やと思います。
ありがとうございました。次は木ノ川先輩、いかがですか」
<桜夜の意見>
「ちょっと後ろ向きの意見でもいい?」
「……どうぞ」
「あんまり練習しなくて済む曲がいい……」
「おいおい!」
立火が思わず声を上げるが、桜夜とてサボりたくて言ってるわけではない。
苦渋の表情で話を続ける。
「泉先輩の話やと、私の受験は割と本気でヤバいみたいなんや。
でもやっぱり、最後は立火と私でセンターをやりたい!
そのへんを考慮してもらえるとありがたいんやけど……」
「桜夜……気持ちは分かるけど全国大会なんやで。
今さら年功序列もないやろ。私たちにセンターが務まらないなら、また姫水とつかさに任せるしか」
「立火先輩、それは……」
姫水もつかさも、やれと言われればもちろん引き受けるが。
しかし心情的には、最後は三年生たちが締めてほしかった。
夕理が申し訳なさそうに顔を伏せる。
「神戸では無責任なことを言ってすみません……」
『最後にはしません! 必ず全国へ行って、そこで三年生にセンターを』
あのときは全国へ行けるかどうかだけ考えて、受験の追い込みまで頭が回らなかった。
小都子が横からフォローする。
「まあ時期が時期だけに、三年生メンバーがいるグループはどこも悩んでるやろうしね。
ひとまず要望として受け取っておけばええんちゃう?」
「は、はい」
夕理の首肯に桜夜が済まなそうにしている前で、小都子が話を続ける。
「ほな、次は私の番やね」
<小都子の意見>
「やりたいことと言うより、やりたくないことの話なんやけど。
ファンの期待に応えないととか、負けた学校の分もとか、そういうことは考えたくないです」
「……小都子」
息をのむ立火に対して、小都子は穏やかに微笑んだ。
「もちろん、結果としてファンや他校が満足してくれれば、それはとても嬉しいけれど。
そちらを主眼にはしたくはないです。
最後くらいは何も背負わず、ほんまに自分たちがやりたいライブをしたいです」
「まあ……それも一つの考え方やな」
いつも周りに期待されてばかりの小都子だから、そういう考えに至るのかもしれない。
先輩たちとの約束を果たした立火も、もう自由になっていいのかもしれないが……。
小都子は苦笑いを後輩に向ける。
「そのやりたいことが何やねんって話やね。そこはまだ曖昧なんや。ごめんね夕理ちゃん」
「いえ、気持ちは分かります。先輩の要望も大事な要素として……勇魚?」
先ほどから勇魚が、何やら気まずそうな顔をしている。
部員たちの視線が集まる中、いきなり小都子へ向けて勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい! うちは小都子先輩と正反対のこと考えてきました!」
「わわ、謝ることとちゃうで。今は誰にも遠慮せず、一人一人が正直に話すときや。
勇魚ちゃんの望むこと、聞かせてもらえる?」
「は、はいっ!」
<勇魚の意見>
「勝っても負けてもこれが最後なら、もう順位も評価も気にしなくていいと思います。
せやから、見る人に楽しんでもらうことだけ考えましょう!」
なるほど、小都子とは逆向きである。
利他主義を振りまきながら、勇魚は一切遠慮せず力説した。
「アイドルは笑顔を見せる仕事とちゃう、笑顔にさせる仕事やって、矢澤にこちゃんも言うてはりました!
うちはアキバドームで、一人でも多くの人に笑ってもらいたいです!」
「確かにネオμ'sの人たちも、最後は『にこにこにー』の精神で臨みそうね」
姫水が矢澤こころの心情を推測し、勇魚はぱっと顔を輝かせる。
「それやったら東京の笑顔と大阪の笑顔、両方で喜んでもらえるで!」
「そう簡単な話とちゃうで。目の肥えた全国の観客を笑顔にするのはな」
「は、はいっ、でもうちは諦めずに頑張りたいです!」
冷たい晴にも元気に返し、晴もまた、勇魚の意見をしっかり議事録に打ち込んだ。
これで半分の部員が語ったが、道はまだ漠然としている……。
<晴の意見>
「今回は勝ち目がない言うても、来年、再来年にそうとは限らない。
Westaに今できる最大の努力は、少しでも次に繋げることや」
立火がちょっとだけ困り笑いを浮かべる。
前にも似た話を聞いたが、却下してしまった。
「夏に私のせいでできなかったことを、今度こそというわけやな」
「どのみち勝つ可能性はないので、捨て石というのは少々違いますが。
この貴重な機会、できるだけ経験値にしたいところです。
例えば実力不足の花歩をセンターにして、成長を促すとか」
「うええ!?」
椅子から飛び上がる花歩に、晴は皮肉っぽい笑みを浮かべる。
本当に、素直にリアクションしてくれる後輩だ。
「ま、私も心情的には三年生をセンターにしたい。この案は無しやな」
「驚かさないでくださいよぉぉぉぉ!」
「何や、目立ちたかったのとちゃうんか」
「物事には限度がありますよ! もう、心臓に悪い……」
「ということで、もう一つの案やけど」
花歩のことは流して、晴は本題に入る。
「少しでも知名度が上がることをするべきや。
残念ながら今のWestaは、全国的には全く無名と言っていい。
だがアキバドームで目立って、どんどん知名度を上げていけば……
いずれは全国上位クラスも夢ではない」
「おお!」
夢ではないと言いつつ夢のある話に、三年生たちは大いに沸く。
ただ桜夜の方は、呆れの成分も少し入っていた。
「それって、これから毎回全国に行けるって前提なん? 晴も自信家やなあ」
「一度突破できた壁を、二度三度と越えられないことはないでしょう。
次期部長がどう思ってるかは知りませんが」
「わ、私だって、今後は安定して通過できるようにしたいで。
できるかなあ……できるといいなあ……」
「それは来年頑張りましょうよ。
私の意見も晴先輩と似ているので、私からいいですか」
手を上げたのは、先ほど晴に遊ばれた花歩だった。
<花歩の意見>
「とにかく、何の印象も残せないのだけは嫌です。
順位は別にしても、Westaここにあり! というのを見せつけたいです!」
野心的な物言いに、つかさが横から茶々を入れる。
「花歩がステージで脱げばええんちゃう?」
「何でやねん!」
「えー、だって絶対印象に残るやろ」
「それただの炎上やから!」
こほんと咳払いして、花歩は真剣な目を仲間たちに向けた。
「もう私個人が目立ちたいとか、小さいことは言いません。
いやまあ、目立ちたいことは目立ちたいんですけど。
それよりWestaがグループとして輝くのが重要です!」
「おお……花歩ちゃん、視野が広くなったねえ。何かあったん?」
小都子に聞かれて、花歩と立火は照れ笑いを交わす。
別に隠すことでもないけど、何となく二人の秘密にしたかった。
「えへへ、少しだけ。はい次はつかさちゃん!」
「あたしー?」
<つかさの意見>
「あたしは別にラブライブに詳しくはないし、大したポリシーもないんやけど……」
「とかいって、すごい深遠な意見を持ってきたんやろ?」
「花歩~、さっきの仕返しやめて。ま、敢えて言うなら……」
軽さを装いつつも、実は昨日を使って真剣に考えてきた。
少しでも夕理の助けになることを。今の自分にできることを。
「思いっきり歌って踊りたいかな。
五万人の観客の前なんやろ? そんなん普通なら絶対できひんやん。
そういうレアな体験をやり切れば……あたしももっと、スクールアイドルを好きになれる気がする」
「つかさ……!」
夕理が嬉しそうに、姫水が頼もしそうに、両側から視線で包む。
彩谷つかさは相変わらず、スクールアイドルにそこまでの情熱はないけれど。
三年間続けると決めたのだ。もっと好きになれるなら、その方がいいに決まっていた。
「はい、最後は姫水や!」
「うん。病気が治ったおかげで、今なら言いたいことが言えそう」
<姫水の意見>
「ここ最近の全国大会を見返しましたが、もう普通の女の子が輝ける感じではないですね」
いきなりの辛辣な物言いに、皆の、特に夕理の眉がぴくりと動く。
もちろん姫水とて、全国のステージの素晴らしさは言をまたない。
しかし一方で、それがどうしても引っかかっていた。
「どんどん技術が進化して、素人はお呼びでなくなっていく。
クイーン・レイや羽鳥さんのように、高度になる一方です。
Aqoursも去年のWATER BLUE NEW WORLDは、プロに匹敵するほどの完成度でした」
「確かに、そこはスクールアイドル界でも議論になってるとこや」
夕理は腕組みしてうんうんとうなずく。
かといって解決策がある話でもなく、腕を解いてしょぼんとするのだが。
「進化は悪いことではないし、毎年ハードルが上がっていくのは止められへん。
アマチュアらしくするために、わざわざ下手にするのも本末転倒やし……」
「もちろん他のグループに文句をつける気はないわよ。
でも私たちだけでも、そういう流れと別のことができないかなって思う」
もうじき姫水はプロに戻る。全国大会が最後のアマチュア活動だ。
ラブライブがただ上だけを目指し、セミプロ化していくことでよいのだろうか。
一年間を過ごした世界。何か小石だけでも投じてみたい……。
* * *
「うーん、みんなの意見を総合すると」
スクリーンに映るメンバーたちの希望は、一見するとバラバラだ。
Westaらしさを見せたい。練習量は抑えたい。自分たちの願望を優先したい。見る人に笑ってほしい。知名度を上げたい。印象に残りたい。思い切り歌って踊りたい。高度化するラブライブに一石を投じたい。
しかし薄ぼんやりと、立火の頭には形が浮かんでいた。
特に晴と花歩の意見。
全国レベルには劣る自分たちが、それでも埋もれない方法があるとすれば――。
「これ、ネタに走って笑いを取るのが一番いいってことにならへん?」
「何言うてんねん、そんなことあるわけ……あ、ほんまや」
桜夜もスクリーンを見て同意する。それなら厳しい練習も必要なさそうだ。
勇魚の条件も満たすので、喜んで手を合わせる。
「この前のmahoro-paみたいな感じですよね! うちもあんな風に笑ってほしいです!」
「あれは半分くらい苦笑いだった気がするけど」
夕理はあまり気の進まない顔で、晴も厳しい見込みを部長に投げた。
「全国大会となると、そう簡単なことではないですよ。
今までも勝ち目のないグループが何校か、何とか爪痕を残そうとネタに走りましたが……
そのことごとくが滑りました」
「うぐっ。想像するだけで辛いで」
「しかもそれまで応援していたファンに、『最高の舞台で色物に逃げやがって』と手のひら返して叩かれたとか」
「や、やっぱり無理やなー。やめとこかー」
桜夜が逃げに転じるが、しかし他の方法があるのだろうか。
花歩が少し食い下がってみる。
「私たちは『なにわLaughing!』で一回笑いを取ってるやないですか。
それに笑いの殿堂・大阪のスクールアイドルですよ。他の学校と同じにはならないですよ」
「でも『なにラ!』はバトルロードで郷土対決、という前提あってのものよ。
大阪に興味のない全国の人たちに、あれ単体で笑ってもらえるかというと……」
「そう簡単に笑いが取れたら、あたしらM-1グランプリで優勝できるやろ」
「ぐふっ」
姫水とつかさの申し訳なさそうな連撃を受け、花歩はあっさり撃沈する。
確かに芸人さんが日々研鑽を積んで、ようやく取れるのが笑いというものだ。
とどめに小都子が、後輩を思って拒否を示した。
「私の条件は満たしません。私個人はお笑いは好きですけど、全員がやりたいことでないと。
夕理ちゃんは、やっぱり抵抗あるやろ?」
「それは……」
口ごもる夕理の前で、花歩が姫水へこっそりと教える。
「夕理ちゃんに最初に会うたとき言われたんやで。
『アンタ達はスクールアイドルとちゃう! ただの芸人や!』って」
「うーん、天名さんらしいわね」
「む、昔の話やろ!
笑うのが嫌いなわけではないし、きちんとライブに落とし込めるなら拒むものではないです。
とりあえず一案として保留にして、他の案も考えましょう」
「そうやなー」
それから喧々諤々の議論はしばらく続いた。
午前中に結論は出ず、立火はお弁当を食べながら夕理に話す。
「まあ私も正直、センター試験が終わるまではなかなか身動き取れへんねん。
それまでに曲ができてればいいから」
「1月の19、20ですよね」
「そうそう。あと一ヶ月ない」
(だったら本来は、こんなところで議論してる場合とちゃう……)
特に泉がコーチしてくれる今、一刻も早く結論を出して受験勉強に戻ってほしい。
だが午後になっても、話は堂々巡りで進まなかった。
『今のWestaで最大の武器はバトル曲や。最大限の努力を示すならそれを使うべきでは』
『でも似たような曲を二度続けるのも芸がない。今までやったことのないような曲をやっては』
『いやいやしかし……』
通常の終了時刻である三時を過ぎても終わらず、立火が延長しようとしたときだった。
夕理が両拳を握りしめ、どんと机の上に置いた。
「……『笑える曲』を考えてみます」
一同は、特に小都子は、心配の視線を向ける。
「ゆ、夕理ちゃん、ほんまにええの?」
「リスクは大きいですが、笑って終われるならWestaらしいと思います。花歩もええやろ!」
「う、うん! 時間はあるんや、難しくても今は挑戦や!」
「……分かった。ここは二人に任せるで」
各グループが厳しくしのぎを削る中で、ただ一校だけ、ひとときの笑いを提供する。
そんなことが本当にできるなら、それが現時点のWestaらしいのかもしれない。
夢想をしつつ、立火は2018年の活動終了を宣言した。
「明日から三が日までは、年末年始の休みにする。再開は新年四日!
夕理も花歩も無理はしないで、暮れと正月くらいはしっかり休むんやで」
「無理なんて今までしたことはありません」
「私も大丈夫です! それより部長、よかったらこれをどうぞ」
花歩は最後に、星のオーナメントを立火に贈った。
「どうか合格の一番星を掴んでください!」
「花歩……いつもほんまにありがとう。必ず期待に応えてみせるで。
受験生は年末年始が勝負! 桜夜、気合い入れてくで!」
「うう……勇魚のカップでココア飲んで頑張ろ」
* * *
翌日、花歩は朝から夕理の家にやってきた。
「一番大阪っぽくない私たちが、笑えるネタを考えるなんてねえ」
「笑いの殿堂のスクールアイドルって自分で言うたんやろ。
最近はツッコミの腕も上がってきてるから期待してる」
「あはは、喜んでいいのやら」
しかし何も思いつかず悪戦苦闘していると、つかさから自撮りが送られてきた。
映画館の前で姫水とピースしている。
『今日は二人で映画やでー』
『花歩ちゃんも天名さんも、あまり根を詰めないでね』
「くそう、リア充どもめ……」
「ようやく手に入れたつかさの天国なんや。大目に見てあげて……。
私たちも一休みしようか。ボウリングにでも行く?」
「行く行くー」
翌日には勇魚がやってきた。
「汐里ちゃんはええの? 冬休みで家にいるんやろ」
「今日は友達と遊ぶって! うちを気遣ってくれたんや。ええ子でお姉ちゃんは嬉しいで!」
「さすがは勇魚ちゃんの妹!」
(姉妹か……私にいたらどうなってたんやろ)
とはいえ曲作りにはあまり役に立たず、代わりに冬休みの宿題を進めたりする。
つかさと姫水は、京都の動物園と水族館へ行ったようだ。
「天王寺の動物園へは行かへんのやな」
「そこは思い出の場所やから、最後に行くみたいや!」
「姫水ちゃん、おいしいものは取っとくタイプかあ。
……勇魚ちゃん、幼なじみをつかさちゃんに取られて寂しくない?」
「何で? 二人が仲良しさんでめっちゃ嬉しいで!」
それを聞きながら、夕理は複雑な顔で鉛筆を動かしている。
さらに翌日、小都子が大量のお笑いDVDを持参してきた。
「私の厳選コレクションや! 絶対参考になるで!」
「あ、ありがとうございます。人が多くなったし……コタツでも出しますね」
コタツなんて何年ぶりに使うだろう。
花歩と勇魚も大喜びで、至高の暖房器具にもぐりこむ。
結局四人でDVDを見て笑いながら、一日が終わってしまった。
つかさと姫水は、はるばる白浜まで行ってパンダを見てきたらしい。
そして翌日、今年最後の日――。
「やっほー、進んでる?」
「つかさ! ……と、藤上さん」
「こんにちは。私もお邪魔していい?」
二人も天名家を訪れて、総勢六名でコタツを囲むことになった。
土産のパンダどら焼きを食べながら、夕理には初めての賑やかな大晦日。
曲が全くできていないのを聞いて、姫水が弛んだ空気を引き締める。
「過去の曲で参考になるものはないの? 小都子先輩、去年もお笑い系の曲はあったんですよね?」
「あったけど文化祭とかの内輪向けやったからねえ。アキバドームでお出しできるものではないかなあ」
「もっと昔なら、μ'sのこんな曲があるんやけど」
♪チャンチャンチャーンチャカチャカチャカチャカチャーン
夕理のスマホから再生されたのは、やたらとテンションの高い曲だ。
「内部ユニットBiBiの『PSYCHIC FIRE』って曲」
「わー! めっちゃ楽しい曲や!」
「でもサイケって感じやね。私たちの笑いとはちょっと違う……」
勇魚と花歩の感想を聞きつつ、他に面白い曲を探しながら時間は過ぎていく。
適度なところで小都子が打ち切った。
「今年はこのへんにしとこ。年明けに新鮮な気持ちで、また考えよう?」
「そうですね……あ、お茶の葉を替えてきます」
夕理が台所へに行くと、つかさが手伝いに来てくれた。
今さら口出しすべきではないと夕理も思うけれど。
「結局、藤上さんに告白はせえへんの?」
「あはは。来年考えることにしたんや」
「来年って明日やないか!」
「うーん、最後まで夕理に叱られてばかりやな。
けど、今年はおかげで助かったで。来年はもう少しマシになるからね」
「う、うん……」
停滞していた頃と違って、今のつかさは毎日が充実している。
これを終点としてしまっても、何を言えるものでもないが……。
『よいお年をー!』
日が落ちて皆は帰っていき、家は静かになった。
晴は別にいいとして、立火と桜夜も来てくれてたらな、と思ってしまう。
(……せめて、今年一年の感謝を伝えよう)
自室でスマホをコルクボードに向け、写真を写真に撮った。
Westaに入って以来の、思い出の数々を。
阿倍野で小都子と花歩という、つかさ以外の人との初めての写真。
堺の反正天皇陵で曲を作りながら。
ファーストライブの打ち上げをみんなで。
一年生五人でUSJのパレード。
高野山にて、柚を含めKEYsとWestaで。
プールで水着の皆と、光も一緒に。
小都子と桜夜とボウリング場で。
神戸での最後の休日、眺めのよいランチ。
ついに予選を突破して祝勝会。
そして――花歩と勇魚とのクリスマス。
『本当に、思い出深い年になりました。
勧誘してくださってありがとうございました。
受験、応援しています』
(ううう……夕理のやつ、いつの間にこんなにいじらしくなってたんや)
涙を禁じ得ない立火だが、改めて写真を見ると、自分が少ないように思う。
仲が悪いはずの桜夜は、ボウリング場で楽しそうにしているのに。
(もっとプライベートでも付き合うべきやったかなあ……)
(もう一度、今年をやり直せたら……)
(……なんて、後ろ向きなことは思わへんけどな)
かけがえのない一年、二度とない一年だ。
と、桜夜から勝ち誇った電話がかかってくる。
『私の方が大きく写ってる!』
「お前、このときは小都子とのデートに無理やり乱入したんやろ」
『ふふーん、でも写真を貼ってくれてるってことは、夕理も楽しかったんや。
ね、ほんまに後輩って可愛いよね』
「……ああ、ほんまにな」
大きく伸びをして、置時計を見た。
今年もあと五時間で終わり。秒針は静かに動き続ける。
『受験生でも紅白くらいは見るやろ?』
「最近の紅白、知らない人ばっかやからなあ。ゆく年くる年は見るけど」
『私が去年ハマってたゲームのユニットが出るんやで! あと、なんかのアニメの声優さんも』
「分かった分かった、気い向いたら見るから。ほなまた新年にー」
電話を切って、再び問題集に取りかかる。
さすがに元旦は休むつもりなので、今のうちに進めないと。
一段落したら、家族と美味しい蕎麦を食べて、暮れゆく年を見送ろう――。