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この作品はPS版「シスター・プリンセス」(c)メディアワークス の世界及びキャラクターを借りて創作されています。







S. Education (後)






 よく晴れた空を邪魔するような高い壁。こうしてお屋敷の前まで来ると、やっぱり違う世界なのかなって気もしてくるけど……
 ここで弱気になったらお姉様失格よね。私は手を伸ばすと、力を入れて呼び鈴を押したの。

 じいやさんに連れられて、これで何度目かの長い廊下を歩く。
「あのぅ、本気で亞里亞さまをお外へ?」
「あら、何か問題でもあります?」
「いえ問題というわけではありませんが、どうなることか…」
 なによ、どういう意味? 大人があてにならないんだから、私たちがなんとかするしかないじゃない。
「亞里亞ちゃんはどうしてます?」
「朝からそわそわしておりますよ」
「え、ほんとに?」
 ふふっ、少しは楽しみにしていてくれてるのかしら? そりゃあこんないい天気なのに、お屋敷の中に閉じこもっててもつまんないわよね。
 実際部屋の扉を開けると、いつものお人形みたいな感じとはちょっと違って、嬉しいような困ったような、複雑な表情の亞里亞ちゃんがいた。
「ハァイ、亞里亞ちゃん。今日は逃がさないんだから♪」
「くすん……ほんとにお外に遊びに行けるんですの?」
「うふふっ、当たり前じゃない。外に遊びに行くのがそんなに珍しいの?」
 部屋の入り口でおいでおいでをすると、ちょっと警戒気味ながらも廊下まで出てくる。
「くすんくすん……いじめない? いじめない?」
「ああもうしつこいわね! あ、こら逃げないのっ! うそうそ、いじめないから〜」
 無理に笑顔を作って亞里亞ちゃんを手招きする私。はぁ、お兄様の苦労が多少はわかる気がするわ…。
 それでも亞里亞ちゃんはおずおずと廊下へ出て、私の服の袖をきゅっと掴んだの。うふふっ、黙ってれば可愛いのよね。
「それじゃじいやさん、後はよろしくお願いしますね」
「え、ええ。なるべくそーっと出ていってくださいな」
「あら、どうしてですか? 出かけるときは行ってきますを言わせなくちゃ」
「いやそれどころでは…。ああっ、遅かったかっ!」
 急にじいやさんが大声を出す。ん? なによ、この足音は。
 ズダダダダダ…
「な、なにっ?」
 あれよあれよという間にわいて出てきたのは、全員黒服にサングラスで決めた男の人たち。一体なにごとっ!?
「くすん……やっぱり……」
 亞里亞ちゃんが涙を浮かべる間に、すっかり廊下の前後をふさがれて、これじゃ外に出られないじゃない。
「なんなのよこの人たちはっ!」
「はあぁ…。亞里亞さまの護衛のSPです」
「そ、そんなのまでいたの…」
 この家の人って何考えてるのかしら…。黒服の一団から、口ひげを生やした偉そうな外国人が進み出てくる。
「亞里亞さま、本日は外出の予定はありません。今すぐ部屋へお戻りください」
「‥‥くすん」
 いきなり何を言い出すのよ! 私の存在を無視するなんて失礼しちゃうわ。亞里亞ちゃんだって怖がってるじゃない。
「ねぇおじさま。女の子の用事に口出しするなんて、野暮というものじゃないかしら?」
「部外者は黙っていただきたいですな」
「なっ…。私は亞里亞ちゃんのお姉様よっ!」
「姉?」
 あ、今鼻で笑った! この私に向かって! 後で覚えてなさいよ…。
「我々がお仕えするのは亞里亞さまのご両親のみ。姉だか何だか知りませんが、この家の方でない以上部外者でしかありませんな。亞里亞さまはフランス貴族の家柄ですぞ。日本の馬の骨とをどうして同列に扱えます」
「な、な、な…」
「さぁ亞里亞さま、午後は大使と社交パーティですので、それまで部屋でお待ちください」
 私の常識から数光年離れた言葉に、もう怒りを通り越して、冷たい距離を突きつけられた感じだった。
 フランス貴族とか、社交パーティとか、やっぱり亞里亞ちゃんは私たちとは違うの…?
 そんな私の心を見透かしたように、亞里亞ちゃんは俯いたまま、私の服から手を離したの。
「姉や……もういいです……」
 小さくて、もう期待するのを諦めてしまったような……そんな声。
 …私のバカッ!
 何がお姉様よ。育った環境が違っても、ちょっと世間知らずでも、だったらなおさら私が知らん顔なんてできないじゃない。
 他人じゃないんだから。親よりも恋人よりも、姉妹は一番近くにいるんだから…!
 大丈夫よ、と、腰をかがめて亞里亞ちゃんを抱き寄せて、目の前の大人たちをにらみつける。
「どきなさいよ!」
 後ろでおろおろしているじいやさんを後目に、そう怒鳴る私。
「外に遊びに行くだけじゃない。なんでそれがいけないの? あなたたちヘンよっ! こんな家に妹を置いておけない。なんて言われようと一緒に行くからねっ!」
「では残念ながら力ずくになりますな。お前たち、亞里亞さまを部屋にお連れしろ」
 私の意見をあっさり一蹴して、男は部下へと指を鳴らした。
 不安そうに私を見上げてる亞里亞ちゃん。うう、現実問題としてどうしたらいいのかしら。ドラマならお兄様が白馬に乗って現れるんだけど、さすがにそうはいかないわよね…。
「さあ亞里亞さま。くっ、どけお前!」
「イヤよっ!」
 黒服の手が伸びて、亞里亞ちゃんを隠すように抱きかかえる。こんなことしてもどうにもならないけど。腕の中で『姉や…』って小さい声が聞こえた、その時…

「たぁぁぁーーーっ!」

 周囲をつんざく気合いの声に、はっと顔を上げた。
 なぜか黒服の一人が宙を舞って、頭から同僚の群れの中に落ちてきたところだったの。
「二人とも、ご無事ですかっ!」
「春歌ちゃん!?」
 男を投げ飛ばした態勢のまま、着物をひるがえしてにっこり笑う春歌ちゃん。
「水くさいですわ咲耶ちゃん。血は水よりも濃いと申します。身内の危機を黙って見過ごすこの春歌ではありませんわ!」
「何をするかこのくせ者が!」
「あ、危ないわよ!」
 春歌ちゃんの背後から、グラサンハゲの大男が捕まえようと手を振り上げたところへ…。
「鈴凛特製! 折り畳みバズーカ砲『暴発3号くん』!」
 横から何か飛んできて、瞬時に爆発した何かが大男を横へと吹っ飛ばした。
「ア、アハハ。ちょっと火力が強すぎたかな〜」
「り、鈴凛ちゃん…」
「や。まあ実地試験にちょうどいいかなってね」
 私と亞里亞ちゃんが唖然としてる間に、黒服たちはすっかり殺気だって二人の方へ矛先を向ける。
「こ、このガキどもっ! いくら子供でも容赦せんぞっ!」
「ほう、面白いことを言うね……」
 スーッ……と床に影が広がったかと思うと、中から腕組みした千影が出てきた……み、見なかったことにしよっと。
「私たち姉妹を敵に回すとは……よほど命が惜しくないとみえる……」
「悪党ども、覚悟なさい!」
「ってことで咲耶ちゃん、上手く逃げてね〜」
 そして始まる阿鼻叫喚。襲いかかる黒服たちをちぎっては投げ、武器を乱射し、変な魔物を呼び出して……この三人が揃えば一個中隊くらい相手にできそうね。
「あの姉やたちは本当に人間ですの…?」
「ちょっと自信ない」
 って感心してる場合じゃないわよっ。鈴凛ちゃんの言う通り、早く逃げなきゃ。手薄になった場所狙って亞里亞ちゃんの手を引く。
「ありがとうみんな! あなたたちの命は無駄にはしないわっ!」
「し、死んでない…」
「それじゃじいやさん、行ってきますねっ! って亞里亞ちゃん?」
 引っ張った手が動いてくれない。腰を抜かしているじいやさんの隣で、亞里亞ちゃんは信じられないように、千影たちの姿を見てる。
「亞里亞ちゃ…」
「姉や……どうして?」
 わからない、本当に何もわからないような、そんな顔の亞里亞ちゃんに、優しく微笑む春歌ちゃん、親指を立てる鈴凛ちゃん、そしてこちらに背を向けたままの千影。
「年下の者を護るのは、年長者として当然のつとめですわっ」
「少しはアネキらしいこともしなくちゃね」
「早く行くんだ、咲耶……」
 肩越しに静かな声が投げかけられる。
「邪霊を色々と放したから……巻き添え食っても知らないよ……」
「無茶なことしないでよっ! 行くわよ、亞里亞ちゃん!」
「は、はいです……」
 亞里亞ちゃんをお姫様みたいに抱きかかえ、乱闘の隙をぬって廊下を走る。なんで私が王子様役なのかしら…なんて愚痴るのは後にしなくちゃ。必死になって私にしがみついてる亞里亞ちゃんを見ると文句も言えないわ。
「二人とも、こっちデス!」
「四葉ちゃん!?」
 ロココ風の彫像のかげから、チェック柄の服が手招きする。
「そっちの廊下から外に出られるデス。忍び込んでいろいろ調べた甲斐がありマシタねー」
「いつか逮捕されないように気をつけてね…」
「おっと! こうしてはいられまセン。このチャンスに開かずの間をチェキしておかないと! それじゃ二人とも、シーユーアゲン!」
「あ…」
 戻ろうとする四葉ちゃんに、亞里亞ちゃんが何か言おうとする。
 でも何も言えなくて、口ごもるだけのこの子に、四葉ちゃんは振り向いて、いつもみたいに明るく言ったの。
「亞里亞ちゃん、いっぱいいっぱいチェキしてくるデス。世の中には面白いことがたーくさんあるんだから、知らないなんてもったいないデスよっ!」

 表の光が見える。廊下を走って、使用人のための裏口らしきところを抜けて――
 ようやく私たちは、外の空気を思いっきり吸うことができました。


 お屋敷の裏手の森で、亞里亞ちゃんを地面に降ろす。
「疲れたぁ…。亞里亞ちゃんて結構重いのね…」
「くすんくすん……亞里亞は重くないです……お洋服が重いの……」
「ふふっ、そうかしらぁ?」
 ま、確かに重そうな服よね。どこかで普通の服に着替えさせようかな。
 はぁ、それにしても遊びに行くだけで何でこんなことになるのかしら。まぁ千影たちなら大丈夫だろうし、とりあえずは早くこの場所を離れなくちゃね。
「あーっ、咲耶ちゃんだぁ」
 そんな声に振り向くと、花穂ちゃんが正門の方から走ってくるところだった。
「あら、花穂ちゃんも来てくれたの?」
「えへへ、心配だから見に来ちゃったんだぁ。亞里亞ちゃんっ、いい天気になってよかったねっ」
「くすんくすん……誰?」
「‥‥‥」
 ……亞里亞ちゃんって悪気がないだけにタチが悪いわよね……。
「いいんだぁ、どうせ花穂は影が薄いよ…」
「ま、まあまあ。とにかく今は先を急ぎましょ。追っ手が来ないとも限らないし」
「おって? そういえばさっきからお屋敷の中で悲鳴が聞こえるのはなんで?」
「あ、あははは。後でゆっくり話すわね。ほら早くっ!」
「う、うん」
 急がせたとたんに花穂ちゃんが転びかける。私が慌てて受け止めて、花穂ちゃんは照れ隠しに笑って……
 そんないつもの光景を繰り返して、ふと気づくと、亞里亞ちゃんはその場に立ったまま、遠くの風景みたいに私たちをじっと見ていたの。
「どうしたの、亞里亞ちゃん?」
「あ……」
「ほら」
 笑顔で亞里亞ちゃんに手を差し出して…
 それを小さな手が掴んだとき、ようやく歯車は回り始めた気がした。


 私たち三人はバスに乗って、ひとまず花穂ちゃんの家へと向かいました。
 服を買ってあげたいところだけど、ちょっと経済的に苦しいし、花穂ちゃんのお古だったらサイズも合うんじゃないかってわけ。
 窓に顔を貼りつけるようにして、きょろきょろと外を眺める亞里亞ちゃん。
「姉や、あれはなんですの?」
「あれはパチンコ屋。おじさんの遊び場ってところね」
「あれは?」
「あれはエステサロンね。女の人がキレイになるところ。ふふっ、まだ二人には早いかな」
「え〜っ、花穂も行ってみたいよぉ」
「亞里亞もキレイになりたいです……」
「ダーメ、私くらい大人になってからね。それにエステなんか行かなくたって、二人とも十分カワイイわよ」
「じゃ、じゅうぶんカワイクない人がエステに行くんですのね……亞里亞、行かなくていいです……」
「‥‥‥」
 一瞬首根っこをつかんで外に放り出したい衝動に駆られたけど、そこをぐっと押さえて、私たちは花穂ちゃんの家の近くでバスを降りました。
 さっそく花穂ちゃんのお部屋へ行って、お洋服を出してもらって……数分後にはブラウスにスカートと、普通の格好をした亞里亞ちゃんのできあがり。ま、ちょっと髪型とはアンバランスだけどね。
「なんだか足がすーすーしますぅ…」
「もう、花穂ちゃんたらっ。こんな短いスカートばかり持って、いったい誰を誘惑するつもり?」
「そそそんなんじゃないよぉっ。だって動きやすいから…。えーん、もう知らないっ!」
 なーんて、意地悪してる場合じゃないわよね。時計を見るともう10時半。今ごろ公園では雛子ちゃんたちが待ってるだろうし、私たちは再び外に出て、手を繋いで歩き出したの。
 そういえば可憐ちゃんが小さい頃も、よくこうして手を引いて歩いてたっけ…。


 公園に着くと、当の可憐ちゃんが砂場で雛子ちゃんと遊んであげてるところでした。
「あーっ、亞里亞ちゃんだー!」
 雛子ちゃんがこっちに気づいて、元気よく走ってくる。
「雛子ちゃん、転んじゃうよー」
「エヘヘ、大丈夫だもーん。亞里亞ちゃん、こんにちはっ」
「こ、こんにちは……」
「今日はいっぱいいーっぱい遊ぼうねっ」
「‥‥」
「ねっ!」
 こくこく、とうなずく亞里亞ちゃん。あらあら、ちょっと圧倒されてるかも。
「お疲れさま、咲耶ちゃん」
 お行儀よく手の砂を払ってから、可憐ちゃんもやってくる。
「ありがと。あら、衛ちゃんは?」
「白雪ちゃんが荷物持ちがほしいって言うから、後で白雪ちゃんと一緒に来るの」
「荷物持ちって……一体どんなお弁当が来るのよ」
 いや、たぶん予想通りのものが来るんだろうけど。なるべく運動しておかないと後が怖いわね…。
「それでね。可憐、みんなで遊べないかと思って、こんなの持ってきたんです」
 そう言って可憐ちゃんが見せたのは、バドミントンの用具一式でした。
「ワーイ、テニスだー」
「違うよ、雛子ちゃん…。ど、どうかな?」
「えらいわ可憐ちゃんっ。実は何して遊ぶか全然考えてなかったのよ。助かっちゃった、いい子いい子」
「お、お姉ちゃん…」
 頭を撫でられて、顔を赤くして昔の呼び方で私を呼ぶ可憐ちゃん。ふふっ、やっぱり私の自慢の妹…よね。
「くすん……ばどみんとんって何ですの?」
 亞里亞ちゃんは落ち着かなげな感じで、きょろきょろと周りを見ながらそう聞いてくる。公園も初めてなのかしら? 
「ほら、このラケットでこうやって、羽根を打って遊ぶのよ」
「くすんくすん……羽根さんがかわいそうです……」
「は、羽根さんも空を飛べて嬉しいのよっ。ねえ可憐ちゃん?」
「う、うん。そうだね」
 そんなわけで私たち5人はぞろぞろと、スペースのある広場の方へと行きました。
 いい天気なだけにけっこう人が来ていて、なんとなく周囲から視線を感じたりする。やっぱり目立つわよね。
「亞里亞ちゃん、おいでおいで」
「‥‥‥?」
 動きやすいように、亞里亞ちゃんのロールした髪を後ろでしばってあげる。うん、こうして見ると普通の女の子じゃない。
 本人はなんだかまだ現実感がないみたいでぼーっとしてるけど、雛子ちゃんが楽しそうにはしゃいでるのを見て、とにかく遊ぼうって気になったみたい。手にしたラケットをぶんぶん振ったりしてる。
 で、さっそく軽く打ってみたんだけど…
 すかっ
「えい…」
 ぽてっ
「えい…」
 動作が2テンポくらい遅れてるわね…。地面に転がる羽根を見て、亞里亞ちゃんの目に涙が浮かんだ。
「くすんくすん……姉やは亞里亞をバカにするためにこんなものを用意したんですの……」
「んな手の込んだこと誰もしないわよっ! ほらっ、花穂ちゃんだって運動は苦手だけどあんなに頑張ってるじゃない……花穂ちゃん?」
「えーん、雛子ちゃんに負けちゃったよぉ!」
「やったー、ヒナつよーい! えいえいおー!」
「花穂、自分が情けないよぉ。きっとお兄ちゃまにも見捨てられちゃうんだぁ」
「あ、あのね」
「…可憐がバドミントンなんか持ってきたから…」
「ええ!? ち、ちょっと可憐ちゃん、誰もそんなこと言ってな…」
「ごめんなさい! みんな可憐が悪いんですっ!」(ダッ)
「ああもう! あなたたち少しはお姉様の言うことを聞きなさいっ!!」
 走り去ろうとする可憐ちゃんの襟首を捕まえつつ、亞里亞ちゃんに向かって雛子ちゃんを指し示す私。
「ほらっ、亞里亞ちゃん。雛子ちゃんはあんなに元気じゃない!」
「うん! ヒナはゲンゲンげんきだよー」
「くすんくすん……でも、でも……」
「あなたの方が雛子ちゃんよりお姉さんなんだから、しっかりしなくちゃっ」
「エー、そうだったの? ヒナの方がおねえたまかとおもった」
 雛子ちゃんの素直な暴言に、亞里亞ちゃんはちょっとムッとすると、両手でラケットを握り直したの。
「亞里亞、泣いてないです……姉やだから……」
「うんうん。ねえ花穂ちゃん、亞里亞ちゃんに打ち方を教えてあげてもらえるかしら?」
「う…うんっ! 花穂だってお姉ちゃまだもん。がんばるっ」
 やっぱり妹に負けるのは嫌なのか、二人ともなんとかやる気になってくれたみたい。『お姉ちゃんだから』かぁ…。私も昔はよくそうやってごまかされてたっけ。
 ま、おかげで今の私があるのかもね。

 亞里亞ちゃんのラケットにようやく羽根が当たるようになった頃には、もうお昼を過ぎていました。
 千影たちはどうしてるかしら。ま、じいやさんもいるんだし何とかなってるとは思うけど。
「おねえたま、おなかすいたー」
「くすん、雛子ちゃん……まだ勝負は終わってないですの……」
「も、もうヒナの負けでいいよぉ。ねえねえ、おねえたまー」
「うーん、そろそろ白雪ちゃんが来ると思うんだけど。可憐ちゃん、ちょっとみんなを見ててくれる?」
「はぁい、わかりました」
 ラケットも可憐ちゃんに渡して、白雪ちゃんを探しながら公園の中を歩く。腕を組んでるカップルを見て、私何してるんだろってちょっとブルーになったりもしたけど……まあいいわよね、こんな日があっても。
 あ、いた。
「衛ちゃん、急ぐですの! ああもうお昼を過ぎちゃうなんて、姫ったら一生の不覚ですわっ」
「こんなに作るからだよぉ…。ま、前が見えないよ〜」
 あの背よりも高い重箱を抱えてよろよろ歩いてるのは衛ちゃんかしら…。白雪ちゃんも両手に風呂敷包みを下げてるし、予想通り明日からはダイエットが必要そうね。
「ハァイ、二人ともお疲れ様。おちびちゃんたちが待ってるわよ」
「あら咲耶ちゃん。遅くなってごめんなさいですの」
「咲耶ちゃん、半分持って〜〜」
「はいはい」
 重箱の上半分を取ると、ようやく衛ちゃんの顔が出てくる。
「亞里亞ちゃんは来てくれた?」
「ふふっ、当たり前じゃない。みんなと楽しく遊んでるわよ」
 なんて話しながら元の場所に戻ったんだけど…。
「くすんくすん……おなかすいた……くすんくすん……」
「おなかすいたぁー!」
「も、もうすぐだからちょっと待ってよぉっ。ど、どうしよう可憐ちゃん〜」
「え、ええと、どうしよう。ううっ、咲耶ちゃんまだかな…」
 はぁ、ちょっと目を離しただけでこれだもの…。まだまだ私がいなくちゃダメみたいね。ふふっ。
「はい、お待たせ〜。それじゃお昼にしましょ」
「遅れてごめんなさいですの。でも、お腹を空かせた方がお弁当はおいしいんですのよ♪」
 みんなから上がる歓声。お弁当箱を持って広場の端の方に移動しながら、雛子ちゃんが匂いをかいだり、可憐ちゃんが白雪ちゃんにメニューを聞いたりしてる。そんな中で亞里亞ちゃんは、手に持った重箱を見ながら小声で言ったの。
「おかしだと、いいな……」
 ‥‥‥。
 さぁて、ここからが問題なのよね。

 大きなシートを広げて、お弁当を並べて…
 みんながわくわくと見守る中で、白雪ちゃんが重箱とバスケットの蓋を次々と開けていく。トマトと鮭のサンドイッチ、ピーマンのレタス包み、豆腐のオニオンスライス&ブロッコリー和え、海苔巻きニンジン……あ、あはは、確かに栄養は申し分なしね。
「……くすん」
 案の定、顔を期待から落胆に変えて、しくしくと泣き出す亞里亞ちゃん……。
「あらどうしたんですの亞里亞ちゃん? ははぁ、あんまりおいしそうなので感激してるんですのね」
「くすんくすん……亞里亞、こんなの食べたくないです。おかし食べたいです。おかし持ってきてください……」
 止める間もなく、場の空気が凍りついたわ…。
 静寂の中で、なんかオーラを発しながらゆらり、と立ち上がる白雪ちゃん。
「ほう、姫の料理が食べられないって言うんですの…。三枚にオロしますわよ…?」
「包丁を握るのはやめなさいっ! ほ、ほら亞里亞ちゃん、絶対お菓子よりおいしいわよ。白雪ちゃんの料理はそれはもう舌がとろけるほどよっ!」
「そ、そうだよ亞里亞ちゃん! とにかく食べてみようよっ」
「花穂もがんばってニンジン食べるよぉっ」
 なんて言っても聞くはずもなく、亞里亞ちゃんは両手で顔を覆っちゃって……
「くすんくすん。やっぱり姉やたちはいじわるですの……じいやの方がいいです……」
 くっ、このガキ…。結局そういうこと言い出すわけねっ!
「ねえねえ。ヒナ、食べていい? 食べていい?」
「……いいわよ、みんな先に食べてて」
「ワーイ、いっただっきまーすっ!」
 お弁当に手をつけるみんなを横目で見ながら、私はため息をひとつついて、泣き続ける亞里亞ちゃんの前に座ったの。
 ま、これが私の役目よね……。
「ねえ亞里亞ちゃん。そりゃあお菓子はおいしいけど、そればかり食べてると病気になっちゃうのよ?」
「くすん……ご病気?」
「そう。病院に行って、いたーいお注射をするの。それにぶくぶく太って、ブタさんになっちゃうの」
「そ、そんなの亞里亞イヤです……」
「じゃあ好き嫌いはなくさなくっちゃね。それに……みんなと一緒に食べると、とってもおいしいわよ」
 顔を上げる亞里亞ちゃん。目の前では雛子ちゃんと衛ちゃんが幸せそうにお弁当を頬張って、花穂ちゃんがおにぎりを喉に詰まらせて、可憐ちゃんがびっくりしながらお茶を差し出して、そんな様子を白雪ちゃんは嬉しそうに眺めながら、ちらちらとこっちに視線を送ってる…。そしてやっぱり亞里亞ちゃんは、なんだか遠くのことみたいにそれを見ているの。
 もしかして、ご飯はいつも一人で食べてるのかな。 …なんてことは、ちょっと聞けなかったけど。
「ほら、亞里亞ちゃん」
 サンドイッチを白雪ちゃんに取ってもらって、亞里亞ちゃんに渡してあげる。
「‥‥‥」
 真っ赤なトマトのはさまったそれを、亞里亞ちゃんはしばらく見つめてたけど……白雪ちゃんの悲しそうな目に負けたのか、渋々と言った感じでようやく一口かじったの。
「あ……」
「どうですの亞里亞ちゃん! お味の方はっ!」
「し、白雪ちゃん落ち着いて…」
「……おいしい……かも……」
 なんだか煮え切らない物言いだったけど、白雪ちゃんにはそれで十分だったのか、感激に目を潤ませて亞里亞ちゃんを抱きしめた。
「やーん! 作った甲斐がありましたのぉ! ほらほら、たくさんあるからどんどん食べてねっ!」
「う、うん……」
 他のみんなも、これも食べて、これもおいしいよって、わいわいと話しかける。ちょっと戸惑い気味ながら、もぐもぐと口を動かす亞里亞ちゃん。白雪ちゃんはとっても嬉しそうで、それを見た亞里亞ちゃんはもう好き嫌いなんて決して言わなかった。
 さーてと、早く食べないと私の分がなくなっちゃうわね。


 …ふぅ。
 しばらく食休みしてから、午後は衛ちゃんのコーチで少し運動しました。走ったり鬼ごっこしたり…。普段運動してない亞里亞ちゃんはやっぱり一番遅かったけど、そこは私たちがフォローして、最後には夢中になって走ってた。
「亞里亞ちゃん、疲れちゃった?」
 ぜえはあ、と肩で息をしていた亞里亞ちゃんは、私の袖を握ってこくこく、とうなずく。
「じゃ、少し休憩ね。衛ちゃーん、ちょっとベンチで休んでるわね」
「はーい!」
 少し離れたベンチに、亞里亞ちゃんと並んで座る。
 私服姿の亞里亞ちゃんは、まだちょっと夢心地みたいにぼーっとしてる。お兄様と一緒のときみたいな笑顔は、なかなか見せてはくれないけど…。
「亞里亞ちゃん、楽しい?」
「……よく、わかんない……」
「んもう、素直じゃないわね。もっと正直にならなくちゃ♪」
「‥‥‥」
「あ、あはは……コホン」
 二人で前に目を向ける。衛ちゃんの持ってきたフリスビーで、みんな楽しそうに遊んでる。
 亞里亞ちゃんは何か焦るように立ち上がろうとして……立ち上がりきれずにぺたんと腰を落とした。急にこれだけ遊んで、小さな体はさすがにエネルギーが切れちゃったみたい。
「大丈夫よ、また来られるから」
「……ほんと?」
「ほんとにほんと。来られないわけないじゃない」
 こくん……とうなずいて、私たちはしばらく黙ってたけど、ふと亞里亞ちゃんがおずおずと聞いてきた。
「ねぇ、姉や…」
「うん?」
「姉やは、亞里亞のこと……しからない?」
「叱るわよ」
「……くすん……」
「姉妹ですもの、亞里亞ちゃんが本当に悪いことをすれば叱るわよ。ま、もっとも…」
 泣きそうな亞里亞ちゃんに、軽くウィンクする私。
「私も昔はそんなにいい子じゃなかったから、あんまり厳しいことは言えないんだけどね」
「……そうなの?」
「そ」
「……ふふっ……」
 二人で顔を見合わせてくすくすと笑う。本当、私も昔はよくわがままを言って、お兄様を困らせていたっけ。
 それでもお兄様は私の面倒を見てくれて、そして大きくなった私は可憐ちゃんの面倒を見て、可憐ちゃんは花穂ちゃんの、花穂ちゃんは雛子ちゃんの……そうやって、私たちの時間は続いてきて……
 そんな輪の中から、亞里亞ちゃんはずっと外れてた。
 ただ外国にいたってだけじゃなくて、なんていうか……当然受け取れるはずのものを、亞里亞ちゃんだけ受け取れなかった。
 だから今からでも、頑張って取り戻さなくちゃ、ね…。
 ‥‥‥‥。
「亞里亞ちゃん?」
 静かになった隣を見るのと、亞里亞ちゃんが寄り掛かってきたのは同時でした。
 すやすやと寝息を立てる妹の、額にかかった前髪をそっと払う…
「亞里亞ちゃん、寝ちゃったの?」
 様子を見に来た衛ちゃんが、小さな声でそう尋ねる。
「ふふ、みんなのパワーに追いつくのはまだ無理みたい」
「あ、あはは。ボクも雛子ちゃんのパワーには追いつけそうにないよ…」
 みんなの方へ目を向けると、へとへとになった可憐ちゃんたちの手を、雛子ちゃんがもっと遊ぼーって引っ張ってる。苦笑する私の隣に衛ちゃんは座って、亞里亞ちゃんの顔を見ながらふと言ったの。
「ごめんね、いつも咲耶ちゃんにばっかり押しつけちゃって」
「や、やあね。そんなことないわよ。みんなのおかげで助かったわ」
 今回のことだって、私一人だったら投げ出していたかもしれない。実際投げ出しかけていたもの。自分の妹なのに…。
「あーあ、お兄様みたいにみんなに好かれるのはなかなか難しいわね」
「そ、そんなことないよっ。ボク、あにぃと同じくらい咲耶ちゃんのこと大好きだよ!」
 真っ直ぐな衛ちゃんの言葉に、私は思わず目をぱちくりさせて、照れくさかったけど顔が勝手にほころんじゃった。
「ふふっ、ありがと。そう言ってもらえると助かるわ」
「うん…だからボクたちのこと、もっといっぱい頼ってね」
「そうよね。うん、わかってる」
 やっぱり私、今の立場が好きみたい。お兄様の妹で、みんなのお姉様。
 でも今日だって、妹たちに助けられてる。みんな私を助けてくれてる、だから余計に頑張らなきゃって思うの。ねぇお兄様。お兄様はどうかしら…?


 亞里亞ちゃんが目を覚ました頃には、そろそろ日も傾きかけていました。
 お屋敷に戻る時間を考えると、もうお開きにしなくちゃね。
「くすんくすん……亞里亞いやです……」
 けっきょく最後の最後まで、というか今日一番の激しさで、亞里亞ちゃんは泣き始める。
「ダメですのよ亞里亞ちゃん、良い子は帰る時間ですの」
「……おうちになんて、帰りたくないです……」
「そんなこと言わないのよ、じいやさんだって心配してるんだから。さっきも言ったでしょう? また遊びに来られるって」
「‥‥‥」
 涙目で私たちを見上げる亞里亞ちゃんに、可憐ちゃんがすっと小指を差し出した。
「じゃ、指切りだね。亞里亞ちゃん」
「ゆびきり……?」
「フランスじゃやらないかな? 指切りした約束は、ぜったい守るって決まりなの」
 亞里亞ちゃんの手を取って、小指を絡める可憐ちゃん。
「また一緒に遊びにこようね。ゆーびきーりげんまんっ」
「あ、それじゃそれじゃヒナもー」
「花穂も指切りだよぉ」
 ひとりずつ、亞里亞ちゃんと約束を交わしていく。最初はぽかんとしていた亞里亞ちゃんも、その意味がわかったのか嬉しそうに指切りを続けたの。そして最後は私と…
「ただし、それまでいい子にしてること。好き嫌いもしないのよ。これも約束ね」
「くすん……」
「こらあっ、手を引っ込めるんじゃないの! まったくもう…」
 みんながくすくすと笑う中で、今日のお出かけはおしまい。手を振りながら帰っていく姉妹たちを、亞里亞ちゃんも肩の高さに手を挙げて、ばいばい……と小さな声で呟いていました。
「さ、それじゃ私たちも帰りましょ」
「……たぶんじいやたちは怒ってますの……」
「じいやさんは大丈夫だろうけど、護衛の人たちはね…。まあ、私がなんとかするわよ」
 そんなことを話しながらバスに乗って、眠そうな亞里亞ちゃんと一緒に来た道を揺られてく。
「あ! 着替えるの忘れてた! ドレスも花穂ちゃんの家に置きっぱなしじゃない」
「亞里亞、このお洋服の方がいいです……」
「うーん、そうね。花穂ちゃんには悪いけど、返すのは次に遊ぶときにしましょ」
「わぁい……」
 嬉しそうに、亞里亞ちゃんは着ている服をきゅっと抱きしめた。いいわよね、お屋敷の中へ持っていけるものが一つくらいあっても。
 あの現実離れした洋館は、私たちには夢みたいなところだけど…
 亞里亞ちゃんには、今日の出来事の方が夢みたいなものなのかもしれないんだから。
 バスを降りて、丘の上の洋館への道を、手を繋いで歩いてく。最後にいろんな話をしてあげた。学校のこと、友達のこと、お兄様や妹たちと過ごしてきた時間のこと…。
 だんだんと歩みが遅くなる亞里亞ちゃんをなだめながら、とうとう建物の屋根が見えてくる。
 門の前では、なぜか千影が私たちを待っていたの。
「やあ……そろそろ戻ってくると宇宙意志が知らせてくれたんでね……」
「そ、そう…。他のみんなは?」
「もう帰ったよ……それでは私も用を済ませるとしようか……」
 千影はそう言って、手にした瓶の栓をぽんと抜いた。何か白い塊がいくつもお屋敷の方へ飛んでいく。あれって黒服さんたちの……こ、細かいことは気にしない方がいいわね。
「あの連中の記憶は消しておいたから……亞里亞くんがどうこう言われることはないよ……」
「あ、有り難いんだけどもうちょっとこう……いや、いいわ」
「……?」
「亞里亞ちゃん、深く考えちゃダメよっ!」
 その時門が開いて、息を切らせたじいやさんが駆け寄ってきた。
「亞里亞さま、お帰りなさいませっ」
「じいや……怒ってる……?」
「とんでもございません、おかげで亞里亞さまのお部屋を思う存分お掃除できましたしねぇ。姉上様、お疲れ様でした」
「ふふっ。それじゃ次に来るときまで、この子をお願いしますね」
 繋いでいた亞里亞ちゃんの手を、じいやさんに渡そうとしたとき…
 亞里亞ちゃんは抵抗しなかったけど、かわりにうつむいたままぽつりと言ったの。
「じいや……どうして亞里亞はこの家の子なんですの……?」
 ‥‥‥。
「お、おっしゃりたいことはわかりますけど、私にはどうにもこうにも…」
「そうよ亞里亞ちゃん。あなたがこの家の子じゃなかったら、私やお兄様と会えなかったかもしれないのよ?」
「くすん……でも……」
 次に私たちと遊ぶとしても、たぶん一週間後。気軽に来るには遠すぎるし、結局亞里亞ちゃんの時間はほとんどがお屋敷の中。
 急に鞠絵ちゃんの言葉が浮かんできて、私は反射的にこう言っていた。
「亞里亞ちゃん、学校に行きたい?」
 きょとんとする亞里亞ちゃん。じいやさんがはっと息をのむ。
「あ、姉上様?」
「そうよ、なんで行ってないの? 教育上問題ありよ。姉として見過ごせないわっ」
「いやでも、亞里亞さまの教育は一級の家庭教師たちがついておりますので…」
「大人に囲まれて知識だけ叩き込まれたって意味ないじゃないですかっ! ね、亞里亞ちゃんはどう?」
「……学校って、おもしろいんですの……? メリーゴーランドはある……?」
「メリーゴーランドはないけど、みんなで今日みたいに遊べるのよ」
「わぁ……亞里亞、行ってみたいですぅ……」
「……いいのかい、咲耶?」
 黙って聞いていた千影が、急にぼそりとそんなことを言う。
「なによ、どういう意味?」
「学校だって良い人間もいれば、意地悪な人間もいるよ……。今まで外気に触れなかったその子が、傷つかないという保証はあるのかい……。
 この館の中の方が、亞里亞くんには似合ってるんじゃないのかい……?」
 とっさに言葉が出ない。そりゃあ、今の亞里亞ちゃんを見る限り千影の言葉を否定できない、けど…
「そんなことないわよ! 今日、みんなと遊んでた亞里亞ちゃんを見たならそんなこと言えない。それに亞里亞ちゃんは一人じゃないわ。私たちがついてるじゃない!」
「姉の陰に隠れているだけじゃ何も変わらないよ……私が言いたいのは、亞里亞くんにもそれなりの覚悟が必要ということさ……」
「はぁ、本当にあなたは人を怖がらせるのが好きね…。亞里亞ちゃん、もちろん最後はあなたが決めることよ。
 メリーゴーランドはないし、給食は食べないと怒られるけど、はっきりしてるのはこのお屋敷よりも色んな人がいて、色んなことがあるってことかな」
 亞里亞ちゃんは口に手を当てて、困ったように私の顔を見ていた。そりゃあ学校に行ったことのない子に、学校に行きたいかなんて聞くのは無茶なんだけどね。
 しばらく私とじいやさんの顔を見比べてから、亞里亞ちゃんはじいやさんに向かって口を開いた。
「あのね、亞里亞……今日、いっぱいいっぱい遊んだの……」
 途切れ途切れに、でも初めて生まれた何かを一生懸命紡いでる。
「公園も、バドミントンも、お弁当も、みんな初めてで……でも姉やや雛子ちゃんは初めてじゃなくて……。
 亞里亞、楽しかったけど……ちょっとだけくやしかったの……」
 この子はまだ何も知らない。
 四葉ちゃんが言ったように、面白いことをいくつも手にしてない。
「ねぇ、姉や……。亞里亞、学校に行ったら姉やと同じになれる……? もうさびしくなんてならないかな……」
「うん…。私や千影と同じになる必要はないけど、亞里亞ちゃんが外に出てきてくれるなら、私もみんなもすごく嬉しいわ。絶対に寂しい思いなんてさせない」
「じゃぁ……亞里亞、学校に行きたいです……」
 自然と手が伸びて、亞里亞ちゃんの頭を撫でてた。良かった。私一人だったら、すぐには扉を開けなかった。
 じいやさんの方を向いて、にっこりと笑う。
「と、いうわけですので、編入の準備をしておいてくださいねっ。できれば私と同じ学校だと嬉しいんですけど」
「で、ですが旦那様や奥様が何とおっしゃるでしょうねぇ…」
「フ……小学校は義務教育だよ……。亞里亞くんの両親も、さすがに法律は破れないと思うけどね……」
「そーいうことっ。今日は遅いからもう帰りますけど、ダメだったら亞里亞ちゃんをさらっていっちゃうんだから♪」
「はぁ…。ま、私は子守から解放されますから、その方が有り難いんですけどね」
 周囲はすっかり夕焼けに染まって、今日はもうこれでお終い。
 でも、新しい妹との時間はこれからようやく始まるの。
「じゃあね、亞里亞ちゃん。次はお兄様と一緒に来るわ」
「うん、ばいばい……。姉や、また来てね……」
 亞里亞ちゃんはかすかに微笑んで、小さく手を振って……私の前で、じいやさんに連れられて門の中へ消えた。
 信頼、してくれてる――。
 そんな実感があって、私は思わず隣の妹の腕を掴んだ。
「ね、聞いた聞いた? 亞里亞ちゃんがまた来てねって」
「……そんなに喜ぶようなことかい……?」
「当たり前じゃない! ああもう、ほんっと妹って可愛いわよねぇ」
 それだけで、今までのことは十分報われた気がした。妹が懐いてくれるのって……こんなに嬉しいことなんだもの。


 再びバスに乗って、街に戻ってきた頃には、もうすっかり陽は落ちていました。
「ふふっ、それにしても丸一日潰しちゃうなんて、あなたもけっこう妹思いじゃない」
「秘術を使えるいい機会だっただけだよ……。君こそ、よく他人の面倒なんか見られるね……」
「あら、他人ってことはないでしょ。妹の面倒を見るなんて当たり前じゃない」
「……血が繋がっているとは、限らないのに……?」
「‥‥‥」
 …そりゃあ、ね。
 12人もいて、全員の血が繋がっているとは思わないけど。
「いいのっ、それでも」
 私は笑ってそう言った。
「血がどうこうなんて関係なくて、家族だって思うならみんな家族なのよ。きっとお兄様だってそう思ってる。大事な妹たちだって、亞里亞ちゃんも、一応あなたもね」
「私は除外していいよ……」
「もう、素直じゃないわね。あなたはそうは思ってないの?」
「……」
 千影は自分の内面を探るようにしばらく考え込んでいたけど……結局似たような結論だったみたい。
「まあ……皆のことは、それなりに気に入ってはいるけど……ね」
 その言葉に、私は思わずにやにやしながら、そっぽを向く千影の顔を覗き込んだ。
 本当、思えば奇妙な関係で、ふと不思議になることもあるけど…
 それでも私はみんなのことが大好きだし、この関係がずっと続けばいいなって…そう思ってる。
 ね、お兄様。

 千影と別れて、今日のことを報告しようとお兄様の家へ向かう。亞里亞ちゃんのこれからのことも相談しなくちゃね。
 今は隣に誰もいないけど、同じ空の下にたくさんの妹たちがいる。
 亞里亞ちゃんが私くらいの歳になったとき、それが幸せなことだと思ってくれますように。
 そんなことを考えながら、私はお兄様のところへ走っていきました。








<END>





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