SSの鉄人2:早乙女優美編
テーマ:クリスマスプレゼント

玉、磨かざれば玉ならず




「先輩、早く早くー!パーティ始まっちゃいますよぉー!」
「はーいはい、そんな走らなくっても大丈夫だよ」
 はぁ、こう寒いのに優美ちゃんはパワー満杯だなぁ。
 好雄の奴は朝日奈さんと先に行ってしまって、俺は優美ちゃんと一緒に伊集院邸へと向かっていた。年に一度のパーティなだけに優美ちゃんもおおはしゃぎだ。
「そういえば優美ちゃん、その筒みたいなの何?」
「これですかぁ?えへへ…なぁーんだ?」
 うーん、リボンが巻いてあるところを見るとプレゼントだろうか。ポスターか何かを巻いたもののようだけど。
「ブー、時間切れでーす。実はねぇ、…はい、先輩!」
 優美ちゃんはとん、と立ち止まると、俺に向けてそれを差し出した。
「え、俺に?」
「うんっ!優美ねぇ、先輩のために一生懸命選んだんだよ」
「ううっ、ありがとう。嬉しいなぁ」
 はぅーなんていじらしい娘なんだ。俺は優美ちゃんに促されて、さっそくガサガサと包みを開けてみる。

 『97年 トラへもんカレンダー』

「‥‥‥‥‥‥」
「優美トラへもんダーイ好き!」
「そう…俺も好きだよ…」
「ホントですか!?ワーイ、絶対使ってくださいね!」
「(使えというか!俺にこれを!)」
 ああっこんなことだと思ったぁー! でも嫌な顔したりしたら優美ちゃんワンワン泣き出すだろうなぁ。仕方なしに顔で笑って心で泣いて。くぅ、これが男の優しさだぜ。
「くだらないわね」
 そんな俺に突如冷ややかな声。顔を向けると、通りがかりの紐緒さんが外の空気よりも冷たい目でこちらを見てた。
「ひ、紐緒さん…」
「な、なにがくだらないっていうんですか!?」
「何もかもよ。そんなカレンダー、使えるわけがないでしょう」
 あああっなんて本当の事を。断言された優美ちゃんは、泣きそうになりながら俺の方を見る。
「そ、そんなことないですよね?先輩嬉しいよね?」
「あ…ああ…」
「まだ嘘をつく気なの」
 びくっ
 紐緒さんに痛いところを突かれて、俺の顔が一瞬こわばる、それを優美ちゃんは見逃さなかった。みるみるうちに彼女の顔から元気が失せていって、天真爛漫な瞳が地面を見る。
「そっか…ごめんなさい先輩…」
「ち、違うんだ優美ちゃんーーー!」
「優美…帰ります!」
 俺の言葉も聞かずそのまま後ろを向くと、粉雪の舞う中を走り去ってしまった。せっかくのクリスマスがなんてこった…
「紐緒さん!」
「何よ」(ギロリ)
「…いえ…その言いたいことはわかるのでありますがもう少し言い方とかあるんではないかと愚考いたします次第で…」
「本当に愚考ね」
 鼻先であしらわれて、伊集院邸に向かう彼女を見つめながら呆然と立ちつくす。うう、冬の夜風が身にしみるぜ…
 ってんなこと言ってる場合じゃない!優美ちゃんを追わないと!


 彼女は近所の公園で、うつむいたままブランコをこいでいた。俺は言葉を考えながら、白い息と一緒にゆっくりと近づく。
「あのさ優美ちゃん…」
 優美ちゃんは顔を上げない。うーん、どうやってフォローしよう。
「き、気にしちゃダメだよ紐緒さんなんだし! 紐緒さんがああなのはいつものことであって…」
 本人が聞いたら殺されそうな弁明に、優美ちゃんはようやくこちらを向いた。その目には涙が浮かんでいる。
「でも…紐緒先輩の言うとおりなんでしょ?」
「そ、そんなことないって! すごく嬉しいよ、うん」
「うそ! なんで優美にうそつくんですか!?」
「嘘じゃないってば…」
「ばかばか、先輩のうそつき!」
 むかっ さすがにこれには腹が立った。人が必死でフォローしてるってのに…。
「何だよ、俺は優美ちゃんのためを思って!」
 と、しまった。思わず怒鳴ってしまった。あわてて取り消そうとする俺に、優美ちゃんがいきなり立ち上がる。泣き出しそうになるのを必死でこらえてる。
「そんなの…そんなの優美全然嬉しくないです!」
「優美ちゃん…」
「だめなのはだめってちゃんと言ってください! そしたら優美直します。先輩に好かれるよう頑張りますから!」
「‥‥‥‥‥‥」
「優美…いつまでも子供のままなんて嫌だもん!!」

 こらえきれずに涙がこぼれ落ちる。粉雪が降る静かな公園で、優美ちゃんは声を上げずに泣きじゃくっていた。
「…ごめんなさい…」
「…いや」
 そっと彼女のポニーテールを抱きしめる。少しびくっとした小さな体に、すぐに温もりが伝わってくる。
「ごめんな…」
 馬鹿は俺の方だ。なにが男の優しさだ。結局心の中で、彼女をずっと子供扱いしてた。優美ちゃんは俺に喜んでほしくて、一生懸命選んでくれたのに。
 優美ちゃんは磨けばいくらでも光るのに。いや、俺の方こそもっと磨かないといけないのに。
「本当に、ごめん!」
「先輩…!」
 俺の胸に顔を埋める優美ちゃんを、もう一度抱きしめる。
 粉雪が舞って、しばし俺たちを包んでくれた。


「すみませんでした先輩、それ捨てちゃっていいです」
 気を取り直して会場に向かう。優美ちゃんの言葉に、俺はあわててカレンダーを握りしめた。
「そ、そうはいかないよ。優美ちゃんの気持ちがつまってるんだし…それに俺だって、昔はトラへもんが大好きだったよ」
「そうなんですか!? えへへ、嬉しいなぁ」
 優美ちゃんの涙もようやく乾いてくれる。俺はバッグからごそごそと包みを取り出した。
「はい、これお返し」
「え、そんなの悪いです」
 遠慮する優美ちゃんに無理矢理握らせる。えへっと恥ずかしそうに笑って、開いた中にあるのは小さなポシェット。
「わぁい! 可愛いなぁ」
「うんうん、それを持ってどこかへ一緒に遊びに行ければと」
「ホントですか!? 約束ですよ!!」
 まあ、ポシェットのひとつやふたつ持ってるだろうけど。プレゼントは気持ちだもんな。喜んでくれてるんだしさ。
「でも優美もちゃんとしたの贈らないとなぁ」
「いやいや、その熱い思いだけで十分よ」
「でもー…。そうだ! 出世払いってことにしといてください!」
「し、出世払い?」
 目を丸くする俺に、彼女がにっこりと笑った。
「そうです! 優美がもうちょっと大人になったら、今日の分もちゃんとお返しします! ね?」
 寒さなんて吹き飛ばすような元気な笑顔。もうお返しはもらったようなものだけど、でも
「楽しみにしてるよ」
 ぽんぽんと彼女の頭を叩く俺にも、ついつい笑みがこぼれてしまう。
「それじゃ先輩、早く行きましょう! パーティ始まっちゃうよ!」
「ち、ちょっと。そんな引っ張らないでよ」
 今の輝きは原石の輝き。磨かなければこれ以上は光らない。
 でも宝石は磨いたからって色が変わる訳じゃない。粉雪にも負けない元気な君は、きっとそれを失くさずに、でも輝きを増していく。
「…俺も、置いてかれないように頑張らないとな」
「えー、何ですかぁ?」
「いやっ、何でもないよ」

 子供のように無邪気な今の君と、少しだけ大人びた未来の君に…メリークリスマス。



<END>


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