8月○日 今日は縁日に行った。
「庶民はゴミゴミしていて嫌なものだな。そう思わないか外井」
「はっ、あちらにレイ様専用の特別縁日を開いてありますので…」
「それではそちらへ行こう」
「このバカっ!」
むっ、誰だこの私をバカ呼ばわりするのはっ!
と思ったら別に私じゃなかった。
「あやめってばすぐ怒るし…」
「当たり前でしょ!肝心の財布忘れてきてどうすんのよあーったく!」
「しょうがないじゃないバッグ間違えたんだから!…あ」
しまった目が合ってしまった。あの変な髪型は確かJ組の館林見晴…と隣の背の高い女は誰だっけ。
「伊集院くんも来てたんだ」
「え、ま、まあたまにはこういう庶民の集まりもいいかと思ってねぇ。はーーっはっはっはっ」
「ちょうど良かった!実は困ってたの!」
「え゛」
話を聞くと…宿題教えてもらったお礼におごってあげると縁日に来たのだが、財布を忘れてきたため一文無しなのだそうな。まったく庶民はこれだから。
「って、それで僕になにをしろと?」
「ううっ、見晴のお願い。お金貸してくださぁぁい」
「よしなさいよみっともない!」
「何よ、あやめだってただ見て帰るなんて嫌でしょ!」
いや別にお金のことはいいんだが…。やはり妥当に1万円程度か?それともポンと100万ほどおごってあげるべきだろうか?
「そういうことだから行こ行こっ!」
「え、ちょっとっ!?」
…私まで縁日に巻き込まれてしまった。外井も一緒だ。
「伊集院くんも縁日に来たんでしょ?」
「まあそれはそうなのだが…。ふっ、まあ仕方ない。今日は僕がおごってあげようじゃないか。ははははは…」
「ほんとっ!?見晴感激!」
「‥‥‥‥‥‥」
まあたまにはこういうのも悪くない(かもしれない)。しかし隣の紫ノ崎という女は私が嫌いなのかぶすっとしたままだ。失礼な奴だな、別にいいけどっ。
「あんたずいぶん固そうな浴衣ね」
「ん、これかね?」
一応私は男物の浴衣に下駄という伝統的な格好をしている。
「いやあパリの最新のデザイナーにデザインさせたものでねぇ。この浴衣だけで200万。こっちの下駄は…」
「バカみたい」
「んなっ!」
「あやめぇっ!ご、ごめんね伊集院くん!」
この浴衣にも苦労したんだぞ!見ただけじゃ体型がわからないし転んでも絶対にはだけない特注品なんだ!
「あ、ほらほら、射的しようよ射的」
「あ、ああ…」
「レイ様、なんでしたら伊集院家特別狙撃部隊をお呼びしますが」
「いやいい。世紀のガンマンと呼ばれた僕の力を見せてやろうではないか」
「…あんたらバカ?」
射的、輪投げ、ひもくじ…と全敗した。
「イ、インチキだ!だいたいなんだあの射的の銃は!」
「あはは…。ああいうのは最初からちょっと曲がってるんだよぉ」
「おのれそうだったのか!それにひもくじはあれだけ引いてぬいぐるみが取れないなんて…」
「あの大きいの?ただの客寄せの飾りでしょ」
「何ーーっ!戻るぞ外井!全部一度に引いてインチキだと証明してやる!」
「やめなさいよみっともない!」
「ほ、ほら金魚すくいやろうよ金魚すくい」
釈然としないまま腰を下ろす。いつかひもくじ一気引きは実現させよう。そう心に誓う私だ。
ベリ
「あーーっ!」
「下手ねぇ…。箸より重いもの持たないからそうなんのよ」
「うるさいっ!」
「あ、あははは…あ!」
いきなり館林が立ち上がる。何かあったのか?
「ごめん、ちょっと行ってくる!」
「え?あ…」
私に網とお椀を押しつけると、一目散に駆けていってしまった。なんなんだ…
「ああ、どうせあの男でも見つけたんでしょ」
「あの男って?」
「一目ぼれなんだって!そのくせ声もかけられずに後つけ回すだけだしまったく情けないったら…」
「ふーん…」
彼女はぶつくさ言いながら金魚を目で追っている。
…なんだ。
「機嫌が悪かったのは2人きりを邪魔したからか」
「んなっ!?」
「いや気づかなかったとはいえ失礼した。許してくれたまえ、ははははは…」
「あんた殴られたいのっ!?」
キンキン声の彼女に耳をふさぐ外井。くすくす笑いながら水面に目を走らせる。男の姿の私が、電灯の明かりに照らされていた。
「…ちょっと、羨ましいかな」
ベリ
2枚目の網が破けたけど、私はそのまま小さな波を撫でていた。
「貸しなさいよ、見てらんないわね」
「あ、ああ…」
ひょいひょいと金魚を椀に追い込む彼女。3匹目が捕まったとき館林が戻ってきた。
「ごめーん、別の人だったぁ」
「そんなこったろうと思った」
「なによぉっ」
金魚をビニール袋に入れてもらい、カラコロと4人で歩く。途中買ったりんご飴を口にしながら、色々な人間を見るのも楽しいものだと思った。
「レイ様、そろそろお時間でございます」
「そうか。それでは君たち、僕はそろそろ失礼するよ」
「え、そうなの?ごめんねなんか無理矢理おごらせちゃって」
「私の分は後で返すわよ」
「何を言ってるのかね君は…」
「うるさいわねあんたみたいに金持ち鼻にかけてる奴におごってもらうなんて真っ平なのよっ!」
「あ、あやめぇっ」
はっきり言う奴だな…。実際普段の私の態度を見ればこれが普通なんだろうけど、ね。
「気持ちはありがたいが僕も借りを作るわけにはいかないのでねぇ」
「何よ借りって」
「金魚をすくってもらったではないか」
手にさげたビニール袋に金魚が3匹泳いでいる。
「…おあいこ?」
「おあいこ」
「なら、いいけど」
外井が再度促したので私は別れを告げて車へと歩いていった。下駄がカラコロと音を上げる。
「また縁日で会ったら一緒に回ろうねぇーーっ!」
後ろで館林の声が聞こえる。また縁日に来るのもいいかもしれない。
「レイ様、水槽の準備ができました」
「ああ、ご苦労」
ぽちゃん、ぽちゃん
その日から金魚3匹が私の部屋に同居することになった。
つづく
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