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第24話 彼女に届く唯一の道


「なんで、本気でやらへんの……?」


 その問いに、つかさは皮肉めいた笑いを返す。
 必要以上に唇が歪んでいるように、花歩には見えた。

「気軽に楽しめばいいって話やったのに、結局そういうこと言われるんやな。
 あたし、ますます部に居辛くなるなあ」
「ち、ちゃうっ……! 責めてるのとちゃうねん!」

 夕暮れの中、花歩は慌てて弁解する。

「純粋に疑問なだけ!
 だってつかさちゃんが本気になれば、私なんて簡単に突き放される。
 きっとファンも大勢ついて、大人気になって……」
「買い被りすぎやって」
「でもっ……!」
「買い被りすぎ」

 つかさは花歩を見ようとはせず、暗い目で校庭を眺めていた。
 祭の後の、線香花火のような時間を精一杯楽しむ生徒たちを。

「花歩とは人種が違うんや。
 ううん、あたし以外のWestaのみんなとは、あたしは人種が違う。
 何かに打ち込んだり、目標に向かって頑張るなんて、あたしには一生できない」
「でもつかさちゃん、クラス中を敵に回しても夕理ちゃんと友達になったやないか!」

 花歩は必死で食い下がる。
 三年前のことを持ち出して主張する。憧れのあなたは、輝きを持った人のはずだと。

「私が最初に憧れたのは、その話を聞いたときや。
 そんな子と同じ部活になれて、私はほんまに嬉しくてっ……」
「ちゃんと、夕理の話聞いたの?」
「う、うん。一年間、二人きりで過ごして」
「その後の話」
「??」

 混乱している花歩に、つかさは苛立たしげに紙コップを潰す。
 吐き捨てるように言った声は、悲鳴のようにも聞こえた。

「あたし、最終的には夕理を裏切ったんやけど!?」


 ――数秒間固まってから、花歩は弱弱しく反論した。

「そっ……それは仕方ないやろ。クラスが別になったから……」
「仕方ない? 自分の保身を優先させたことが?」

 完全に地雷を踏んだことを花歩は自覚する。
 早口になったつかさは、矢継ぎ早に仮定を並べていく。

「アンタが大好きな部長さんやったら、絶対に夕理を裏切ったりしなかった。
 小都子先輩でも、藤上さんでも、勇魚でも、絶対に裏切ったりしなかった。
 だいたいクラス中を敵に回したって、まるで良いことみたいに言ってるけど。
 敵に回さずに、夕理とクラスの子を取り持った方がずっと良かったやろ!?」
「い、いやでも夕理ちゃんは難しいと思うで……まして中一の時に……」
「部長さんならきっとできた!」

 見事な反論の封じ方だった。
 花歩に立火を下げることなんて言えるわけがない。
 いや、それ以前に、悲痛な顔のつかさを見たら何も言えない。
 いつも器用で、飄々として、悩みなんてなさそうだった彼女が、そんなことを考えてたなんて……。

「……ずっと気に病んでたの? 罪悪感持って……」
「まさか! あたしそこまで善人とちゃうわ。
 ただ、自分の限界を思い知っただけ。
 あたしは、しょせんその程度の人間なんやって。
 できもしない背伸びをするより、最初から身の丈に合うことだけしてたらええんやって……」

 つかさの語尾が消えていく。
 喋りすぎた、と後悔しているようだった。

『別にフツーで良くない?』

 あの言葉の裏にあったのが、そんな想いだったのなら。
 それは悲しいこととしか、花歩には思えない。

「ね、ねえ。夕理ちゃんのためにも、そういう考えはやめない?
 結果がどうあれ、夕理ちゃんは今でも深く感謝してるやないか。
 あの出来事をつかさちゃんの限界にしちゃうのは、夕理ちゃんも不本意やろ……」
「別にどうでもええわ。あたしもう部活辞めるし」
「!!?」

 投げやりな爆弾発言に、花歩は自分の耳を疑った。

「な、何言うてんの!? 冗談やろ!?」
「冗談でこんなん言えると思う? 休み明けに退部届を出すつもり」
「わ、私のせい!? ごめん、謝るから!」
「……別に花歩のせいとちゃうって。前から考えてたことやから。
 もう飽きたんや。あたしにしては長く持った方やろ」
「夕理ちゃんは知ってるの!?」
「言ってない。言う必要もないし」

 絶句している花歩の前で、つかさは立ち上がって土を払う。
 上から見下ろす目は、もう何の熱も持っていなかった。

「デビューの余韻をぶち壊しにしてごめん。
 でも花歩も悪いんやで。無神経にずかずか踏み込んでくるから」
「ま……待ってよつかさちゃん! 考え直して! 何でもするから!」
「なら花歩に何ができんの」

 足にすがりついてくる花歩の手を、つかさの冷ややかな声が蹴り飛ばす。

「デビューに成功して皆から愛された花歩ちゃんは、あたしの退部を止めるために何ができるんや?」
「それ……は……」
「何もできひんやろ。だから身の程をわきまえろっての。
 前にも言うたけど、スクールアイドルなんかいくら頑張ったって、実生活の役には立たへんねんで」

 悔しくてどうにかなりそうだった。
 今日まで必死で頑張ってきたことを、頭から馬鹿にされて否定された。
 ようやく同じステージに立てた仲間から!

 だが怒っている場合ではない。自分に力がないのはその通りだ。
 花歩は歯を食いしばって、懸命に頭を巡らせた。
 立ち上がり、プライドを投げ捨てて言い放つ。

「ゆ……夕理ちゃんに言うからね! 先輩たちにも!」
「はあ!?」

 立ち去ろうとしていたつかさの目が、振り向いて花歩をにらみつける。

「何それ、チクるってこと!?」
「どう思われても構わへん! 私が今できることをするだけや!」
(こいつ――!)

 結局最後まで、花歩を見くびっていたのかもしれない。
 何もできない奴だと思ってたのに。自分の手に負えないと見るや、即座に他人に振ると決断した。
 こういうのが花歩の怖いところなのだと、今さら気付いたが……

「か、勝手にしたらええやろ! 知るのが早いか遅いかだけや!」

 きびすを返し、つかさは足早にその場を離れていく。
 花歩の目から逃れるように、夕闇の中へ消えた。


 つかさが見えなくなってから、花歩はぱしんと両手で頬を叩く。
 まずは夕理を探そう。一番に知る権利があるはずだ。
 が、校庭を探し始めた途端、まず会ったのは晴だった。
 後夜祭に興味はなく、もう帰るところのようだ。

「晴先輩! 夕理ちゃん見ませんでした?」
「あっちの方で、小都子と線香花火に興じてたで」
「あ、そうですか……」
「……何かあった?」
「い、いえ……」

 頭が少し冷静になる。
 せめて祭の最後くらいは、夕理には心静かに楽しんでほしい。
 他の先輩たちも同じこと。ずっと楽しみにしてきた文化祭なのだから……。

「後でメールします。絶対読んでください」
「分かった。委細漏らさず報告するように」

 事の重大性を察したのか、晴は厳命して帰っていった。
 ほうと息をついていると、手を振って近づいてきたのは1-3の生徒たちだ。

「丘本さーん、駄菓子ちょっと余ったから食べる?」
「あ、うん。もらおうかな」
「縁日、なかなか楽しかったよね」
「丘本さんのライブも良かったで」
「えへへ、どうもありがと……」

 駄菓子の中からきなこ棒を選んでいると、一人が不思議そうに質問した。

「ていうか私たち、いつまで丘本さんを苗字で呼んでるん?」
「言われてみれば……」

 きょとんとする級友たちには、特に悪意や隔意はない。
 今までは呼び方も気にされない程度の存在だったのが、今日変わっただけだ。
 花歩は思わず笑いながら、冗談めかして言う。

「いやあ、私もいつ名前で呼んでもらえるんやろなーって思っててん」
「もー、言うてくれたら良かったのに」
「花歩ちゃん。あの本気のMC、心に響いたで」
「私たちも花歩のこと応援するから!」
「う、うん……ありがとう……!」

 つかさのことは心配だけど、今だけ。
 今だけは許してほしい。
 ようやく手に入った成果なのだから。
 胸を詰まらせながら、明るく声を張り上げる。

「次は勇魚ちゃんのデビューや! 再来週のライブ、みんなも応援してあげてや!」
「もっちろん!」
「うちのクラス、アイドルが二人もいるなんてお得やなー」

 つかさが辞めるなんて聞いたら、勇魚がどれだけショックを受けるか分からない。
 親友が笑顔でデビューするためにも、絶対何とかしないと。
 決意の中で、激動だった文化祭は幕を下ろしていく。


 *   *   *


 翌朝、起きたつかさはスマホを見てうんざり顔をする。
 花歩は宣言通りに、夕理に全てを告げたようだ。

『つかさ、話がしたい』
『お願い、返事をして』

 昨日の夜から、これで三度目のメッセージ。
 夕理としては本当ならこの十倍は送りたいところを、自制心で押さえつけているのだろう。
 さすがにブロックは可哀想なのでしないが、かといって話すことなどない。

(先輩たちからは、今のところコンタクトはなしか……)

 今日は日曜で、明日は敬老の日。
 本来なら文化祭の疲れを癒す期間なのに、もし悩ませているなら申し訳なくなる。
 でも自分は休み明けに伝えるつもりだったのだから、花歩が全部悪い。

(ていうか、もうスマホから離れたい)
(誰もいない遠くに行きたい……)

 どのみち家にいたら、いずれ夕理が押しかけてくるだろう。
 スマホの電源を切って机の上に放置し、財布だけ持って部屋を出る。
 玄関で靴を履いていると、後ろから姉が声をかけてきた。

「つかさ、どこか行くん?」
「ちょっと能勢のせにでも……」
「えらい遠くに行くんやねえ。……車に気いつけるんやで」
「うん……夕ご飯までには帰るから」

 つかさに元気がないのは気付いただろうけど、姉は何も言わずに見送ってくれた。

(能勢って行くの初めてやけど……確かケーブルカーか何かがあったっけ)

 漠然とした頭で、傷心のつかさは大阪府北端の田舎へ向かう。


 *   *   *


 上級生四人は、難しい顔で立火の家に集まっていた。
 文化祭の楽しかった気分は吹っ飛び、まさに天国から地獄である。
 スクールアイドル部最大のピンチに、桜夜が現実逃避気味にへらへら笑う。

「な、何かの間違いとちゃうの? いくら何でも唐突すぎるやろ?」
「でも、花歩ちゃんがここまで詳細に書いてくれてますし……」

 小都子が示したスマホには、花歩が送ってきたテキストがある。
 自分にできる精一杯として、後夜祭での会話を記憶の限り書いてきたのだ。
 つかさのやさぐれた発言の数々には驚かされたが……
 逆に言えば自分たちは、今までつかさを何も分かっていなかったということだ。

「ううぅ……」
「立火!?」

 それまで耐えていた立火が、糸が切れたように畳に突っ伏す。
 桜夜が訪れた時から、目に見えて憔悴していた。
 部長として居場所を作ってやれず、熱くさせることもできず、とうとう退部を決意させてしまって。
 ずっと頑張ってきたことが全て無意味だったようで、立火は力なくうめく。

「私はどうすれば良かったんや。
 つかさともっと話をすれば良かった?
 つかさが喜びそうなところに連れて行けば良かった?
 もっと練習を減らせば良かった?
 もう……何が正しいのか、私には分からへん……」

 桜夜と小都子が言葉を失う一方、晴はいつものように冷たく答える。



「つかさ一人のための部ではないし、媚びたところで仕方ないでしょう。
 私たちの目標は全国大会であり、ついて来られないなら切り捨てるしかない。
 ……が、そう諦めるのは誰でもできることです」

 おっ、と桜夜が期待に満ちた目を向け、立火も少しだけ顔を上げる。
 つかさを諦める気のない参謀は、座布団の上で居ずまいを正した。

「前向きに考えましょう。
 どのみちつかさの退部は、いつかは避けられなかった。
 ステージを降りたら雑用するなんて言ってましたが、私がいる限り雑用の仕事はあまりない。早晩来なくなったでしょう」
「そういえば……天神祭の日にも言うてたで。飽きっぽいから、来年まで続くかは分からないって」
「小都子、そんな重要な話は先に言ってくれ」
「ご、ごめんね。でも当分先の話で、冬のラブライブは頑張ろうとも言うてたんや。なのに何でこのタイミングで……」
「やっぱり、文化祭で何かがあったんやと思う」

 それが何かは晴にもさっぱりだが、原因があるなら糸口にもなるはずだ。

「徐々にフェードアウトされるくらいなら、今みたいに明確に表面化した方がいい。
 上手く解決さえできれば、逆につかさは部に定着してくれるかもしれない」
「解決いうてもなあ……結局原因は何なんや……」

 立火は何とか身を起こすが、未だに顔は浮かない。
 花歩との会話では『飽きた』の一言で、それだともう解決のしようがない。
 だが晴の言う通りなら、他に言ってない何かがあるのだ。
 どこかにヒントはないかと、目を皿にして会話録を読み直す。

『部長さんなら夕理を裏切ったりしなかった』

(こう評価してくれてるなら、少なくとも嫌われてはいなかったんやろか)
(まあ、花歩への当てつけで言うただけかもしれへんけど……)

 立火が内心ひとりごちていると、全員のスマホが鳴る。
 一番に反応した小都子が叫んだ。

「夕理ちゃんからや!」

 まず夕理が話させてくれというので、自分たちは連絡を控えていたのだ。
 ……が、ようやく来た報告には特に進展はなかった。

『つかさのスマホは電源が切られています。
 直接訪問しましたが、お姉さんの話では能勢に行ったそうです』

「つかさにしては渋いとこ行ったんやなあ」

 桜夜は呑気に言うが、他の三人はますますいぶかしむ。
 シティガールのつかさが、何故このタイミングでそんな山の方へ行ったのか。
 単に面倒になって辞めるだけなら、むしろせいせいしたと都会で遊ぶはずでは――。

「やっぱり、直接話さな分からへん。夜に帰ってきたら私も行ってくる!」
「部長はやめてください。そう思いつめた顔で行ったら向こうも構えます」
「……そんな顔してる?」
「してます。それに以前もバイト帰りを待ち構えて話したそうですが。
 今の状況を見る限り、つかさの深層には全く立ち入れなかったという事ですよね」
「ぐあああ……私はダメな部長や……」
「し、しゃあないですよ、つかさちゃんて気持ち隠すの上手そうやし。も~晴ちゃん~」
「悪いが部長の心情に配慮する余裕はない。ということで、桜夜先輩を推薦します」
「私!?」

 思わず自分を指さす桜夜に、立火はすがるように手を伸ばす。

「頼む桜夜、つかさの話を聞いたってや。たぶんアホの方が話しやすいはずや」
「アホは余計やろ! うーん、つかさ、私に心を開いてくれるかなあ」
「桜夜先輩、つかさちゃんと趣味が合ったやないですか。よくおしゃれの話をしてましたし」
「まあねえ」

 小都子にも保証されて、桜夜も仕方なくうなずいた。
 正直に言うと訳も分からず辞めると言われ、立火をここまで傷つけられて、何やねん!と思う気持ちもある。
 とはいえ可愛い後輩に違いはないし、このままサヨナラだけは絶対に嫌だ。
 立火の母が出してくれた麦茶を飲んで、桜夜はひとまず息をつく。

「じゃあ夜までどうする? いったん解散?」
「せっかく集まったんですし、お勉強会にしませんか」
「ええー!? 文化祭が終わって休めると思ったのに」

 小都子の提案に桜夜は渋い顔だが、立火の目には決意が戻る。

「逆や逆! 今まで文化祭で忙しかったからこそ、遅れた分を取り戻さな。
 ……私はまだ全国を諦めてへん。後で部活に注力できるよう、今は勉強や」
「うー……分かった」
「私も手伝いましょう」
「え、晴も見てくれるの? 珍しい」
「私も全国は諦めてませんので。お二人の受験が上手くいってもらわないと困ります」

 無表情でさらりと言う晴に、他の三人に少しだけ笑顔が戻る。
 不安を押し殺して、今はできることを進めていく。


 *   *   *


 能勢電鉄の終点から20分歩いて、ケーブルカーに乗る。
 山の中腹の広場に降りて、リフトに乗り換え空中を散歩した。
 周りはハイキングの家族連ればかりだ。

(女の子一人でリフトに乗ってて、変に思われるやろか……)
(藤上さんと一緒やったら楽しかったのになあ)
(藤上さんなら、こういう場所も似合いそうやし……)
(って、あかんあかん! もう、あいつのことは忘れるんや!)

 勢いよく頭を振ったせいで揺れるリフトに、慌ててしがみつく。
 この五か月間、あの女に振り回され、ひたすら空回りして、本当に馬鹿げた日々だった。
 過去に戻って自分に忠告してやりたい。
『このまま進んでも、あいつが他の子を特別扱いするのを見るだけやで』って。

(最初から会わなければ良かった)
(会わなかったことにしたい……)

 リフトを降り、北極星を祀る能勢妙見にお参りすると、もうやることがなくなってしまった。
 仕方なくリフトで戻ってきて、広場の隅に腰を下ろす。
 観光用のミニ列車で、子供たちがはしゃいでるのが見える。

(藤上さん……)
(あたしが辞めたら、少しは残念がってくれるやろか……)

 膝に顔を埋め、時に肩を震わせながら、誰も知る人のいない場所で夕方まで過ごした。


「ただいまー……」

 電車で一時間揺られ、家に帰ってきてみると……

「こんなに可愛い先輩がいて、つかさは幸せ者やねえ」
「もーおばちゃん、お上手なんやから!」

 ツインテールの先輩が、居間で両親と談笑していた。

「何してんすか!?」
「あ、おかえり。お邪魔してるでー」
「桜夜ちゃん、夕ご飯食べてったらええわ」
「ほんま? やったー!」
(厚かましすぎやろ!)

 夕理なら遠慮して来られない時間帯に、平然と乗り込んできた。
 これだからアホは恐ろしい。
 親も親だ。ゆるい両親なのでいつもは助かってるが、こういう時は厳しくしてくれても……

「桜夜ちゃん、砂糖いくつ?」
「飲み物はいいから! 後にして!」

 コーヒーを持ってきた姉をすり抜けて、桜夜を自室まで引きずっていく。
 部屋に入れたくはないが仕方ない。
 翡翠のブローチは……大丈夫、しまってある。

「ここがつかさの部屋かあ」
「ジロジロ見ないでください。用が済んだらすぐ帰ってくださいね!」
「もっと早く来てれば良かったなあ。
 ……私、一年生大好きなのに。まだ姫水の部屋にしか行けてへんねんな」
(くっ……!)

 本人にその気はないのだろうけど、精神攻撃を食らわされた。
 ここで部を辞めたら、姫水を部屋に招くことも招かれることも永久になくなる。
 ……だが続けたところで、どうせそんなイベントはないのだ。
 嫌そうな顔のつかさを見て、桜夜はおずおずと聞いてくる。

「まだ信じられへんけど。ほんまに本気なん?」
「本気ですし説得しても無駄ですよ。
 去年だって大勢辞めたんでしょう? いいじゃないですか一人くらい。
 無理に引き留めて辞めさせないのって、一種のブラック部活なんですけど?」
「……ぐすっ……」
(いきなり泣く!?)

 躊躇なく最大の武器を使ってきた。
 しかも計算ではなく、本能で泣いてくるのだからタチが悪い。

「うちの部、そんなに嫌? 私たちと一緒に過ごしてきて、何も楽しくなかった?」
「……それなりには楽しかったですよ。先輩たちのこともまあまあ好きです。
 でも、それだけっす」
「立火、めっちゃ悩んでる。自分が部長としてあかんかったんやないかって……」
「それは……あたしがチャラいだけですってば!
 全国目指すんでしょう? 先輩たちみたいな立派な人とは違うんです!」
「わ、私も練習嫌いやし、辞めようと思ったこともある。つかさの気持ちも分かるで?」
「でも続けてるのって、部長さんのためですよね?」
「……うん……まあ」
「あたしには……そういう相手はいませんので」

 ぐすん、と鼻をすすって、桜夜は後輩の顔を覗き込んでくる。
 本当に可愛らしいのが無性に腹が立つ。

「夕理はちゃうの?」
「今の夕理は、あたしより花歩の方が好きなんじゃないですかね」
「そうは見えへんけどなあ……。
 そうや、だったらつかさは私を好きになったらええやん!
 部活続けてくれたらデートしてあげるで! これならやる気になるやろ!」
「どんだけ自意識過剰なんですか! ああもう、何でこんな人が藤上さんと仲良く――」
「え?」
「!!」

 しまった! 慌てて口をふさぐがもう遅い。
 桜夜は不思議そうな顔をしてぐいぐい詰め寄ってきた。

「姫水? 姫水が何か関係してるの?」
「何でもないです気のせいです! もういいでしょ帰ってください!」
「やっぱり仲悪かったん? 姫水めっちゃいい子なのに……」
「関係ないですってば!」

 背中を押して、どうにか桜夜を部屋の外に追い出した。
 やはりというか、部員たちは情に訴えて引き留めにかかってくる。
 絶対流されるわけにはいかない。粛々と退部届を出さないと……。
 と、階下から桜夜の声が聞こえてくる。

「おばちゃーん、今日の夕ご飯なに?」
「おでんやでー」
「やったー!」
(食べてくんかい!)


 *   *   *


桜夜『姫水が原因とすると、やっぱりマウント取られるのが嫌やったんやろか』
立火『上手くやってくって言うてたし、やれてるように見えたんやけどなあ』
小都子『内心で積もり積もったものがあったんでしょうか……』
晴『だとしても何故このタイミングで? という疑問は残りますね』

 桜夜からの情報に、トーク上の先輩たちは見当違いの推理を繰り広げている。
 唯一正解の分かる夕理としては心苦しいが、つかさの許可なく明かすわけにもいかない。
 ずっと姫水が好きだった、なんて。

(それにしても、やっぱり文化祭で藤上さんと何かあったんやな)
(明日、絶対聞き出さないと)

 そう決意していると、花歩から夕理だけにメッセージが来た。

『私も何かしたいんやけど、何も思いつかへん……』
『ごめん夕理ちゃん、つかさちゃんのことお願いや』

 友達から頼られて、意気込んで返信を送る。

『当たり前やろ、つかさを何とかするのは私の役目や』
『誰にも譲る気なんてないから、安心して待ってて!』

 そう大口を叩いたものの、後から不安になってくる。
 理はつかさの方にある。
 部活動は自主的にやるもので、いつどんな理由で辞めようが個人の自由だ。
 まして夕理には、無理に入部させたという負い目もある。

 だが今それを考えても仕方ない。
 つかさが入部してからの五か月間が、自分たちの間で無意味だったなんて思いたくない。
 とにかく今の気持ちを、正直にぶつけてみよう――。



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