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『ダンシン♪ ダンシン♪』

 体育の日もSaras&Vatiのライブ。
 さすがにそうそう新曲は作れないので、今回はA-RISEのカバーである。
 USJのパフォーマーを思い出しながら、夕理もバイオリンを弾きつつステップを踏む。

「ありがとうございましたー! 月末のラブライブもよろしくねー!」

 挨拶も終わって撤収中、つかさから奈々へと問いが飛ぶ。

「あたしの人気も上がってきたやろ。姫水のやつ、クラスであたしの話とかしてない?」
「それ聞くの何回目やねん。話してたら教えてあげるから!」
「そ、そう……」

 その姫水は、先日『女優が矢澤にこさんを演じてみました』なる動画を上げて人気を博している。
 全力で追いかけているつもりだが、本当に近づけているのだろうか……。
 思い悩むつかさに、香流は驚きと笑いの混合状態だった。

「つかさ、マジで変わったなー」

 晶はバンドのイベントがあるそうなので、代理で彼女が手伝いに来たのだ。
 近くのカフェで休憩中、その香流が複雑な顔を友人に向けた。

「頑張るのはええけど、少しは手加減したら? 花歩っちが可哀想やろ」
「いや、その理屈はおかしくない?」
「だって京都戦の花歩っち、三曲目は目立ってたけど、前の二曲は全然やったやん。
 あの三曲目ももうやらへんのやろ」
「……たぶんね」

 二人の話を横で聞く夕理も気持ちは分かる。
 自分も中学生の頃、推しているスクールアイドルがいまいち人気が出なくて歯がゆかった。
 その人はもう卒業してしまったが……。
 奈々がレモネードを飲みながら割って入る。

「だからってつかさに手ぇ抜けってのはちゃうやろー」
「それはそうなんやけど……。
 アタシは派手なナリしてっけど、やっぱ日本に大勢いるギャルの一人でしかないやろ。
 せやから唯一無二になりたいっていう、花歩っちの叫びにはズキュンときたんや」

 純粋な香流の目に、かつて花歩の願いを冷笑してしまったつかさは心臓が痛い。
 でも今は、自分の願いだけで精一杯なのだ。

「あたしにだって目的がある。今は全力でやる以外の選択肢はないんや」
「うん……悪ぃ、変なこと言って」
「いいって。花歩はほんまにいい奴やから、香流が気にかけてくれるのは嬉しいで」

 隣で夕理もこくこくとうなずく。
 そしてスマホを取り出して、画像を探しながら香流に話した。

「花歩も私もまだ一年生や。つかさや藤上さんが特別なだけで、主役になれない方が普通や」
「んー、それもそうか。他の部やったら補欠やねんな」
「せやから長い目で見てあげてほしい。
 二年生に地味な先輩がいるけど、次のラブライブではセンターや。来年の花歩の姿かもしれない」

 選んだ写真を香流に差し出す。
 確かに地味そうな姿に、香流も奈々も覗き込んで首をひねる。

「あー、いたのは覚えてるけど印象に残ってへんわ」
「名前なんていうたっけ?」

 分かってはいたが寂しい反応に、夕理は思わず大声を上げた。
 隣のつかさが驚くくらいに。

「橘小都子先輩!
 もうすぐ大阪中の注目を集めるから、覚えておいて!」


 *   *   *


 明日から部活禁止期間なので、今週の活動は今日しかできない。
 部活が始まるや、勇魚がスケッチブックを元気に見せた。

「今回はあまり姫ちゃんに頼らずに考えられました!」

 曲の雰囲気に合わせて、装飾の少ないワンピースドレス。
 さすがにこれなら勇魚にも描ける。
 部員たちが拍手する中、はにかみながら紙をめくる。

「で、ここからは姫ちゃんのアイデアなんですけど……」

 次の用紙にあったのは、落ち着いた感じのタキシード風衣装だ。

「立火先輩だけこの衣装にして、執事っぽくするのはどうでしょう!」
「ほほー。ええやないか」

 全員の頭に、小都子お嬢様を支える立火執事のイメージが浮かぶ。
 やる気の立火に小都子は照れくさそうで、桜夜は大事な後輩を相方に託す。

「なんや、そこまでしてもらってええんですかねえ。よろしくお願いしますね、立火先輩」
「立火、ちゃんと小都子をエスコートするんやで!」
「お任せや!」

 振り付けは少し変えねばならないが、なかなか良いコンセプトになりそうだ。
 配色は曲名通りのパステルカラーに決まり、晴が立ち上がった。

「タキシードはWestern Westaからある程度流用できそうですね。それ以外の布を買うてきます」
「あ、先輩。うちも!」

 ついていこうとする勇魚を、晴の手が押し留める。

「お前はもう裏方とちゃうんや。練習に集中しろ」
「で、でも……」
「まだまだ伸びしろがあると思うからこそ言うてるんや」
「!! は、はい!!」

 先輩の期待を受けて、勇魚は元気に練習の準備を始めた。
 花歩としては少し焦る。

(確かに勇魚ちゃん、どんどん上達してるなあ)
(ううっ。私ももっともっと頑張らないと)

 そして姫水の指導を受けながら、皆で一生懸命に歌唱力を上げていく。
 つかさもこの時ばかりは、渋々ながら姫水の言うことに従う。
 元々歌の上手かった小都子は、今は姫水に匹敵するほどの歌声を響かせていた。

『薄ぼんやりした私のパステル 鮮やかな原色は怖くて
 曖昧なままに甘い空 白黒の境は避けてきたけど――』


 帰りのミーティングで、買い物から戻った晴がおもむろに言った。

「心置きなく中間テストを受けられるよう、いくつか良いニュースを用意しました」
「おっ、なんやなんや」
「まず、赤穂四七義少女がラブライブ出場を辞退しました」
『!?』

 驚く一同に、晴は先方の声明を読み上げる。

『主力の引退後、残ったメンバーで次を模索していた我々ですが
 現在の状況では、皆様のご期待に応えられるライブは難しいと判断しました。
 断腸の思いではありますが、来年の雪辱まで雌伏の時とご理解ください』

「うっかり全国に出ると、次のハードルが上がって大変やなー」

 しみじみ言う桜夜に、立火が笑いながら次期部長に告げる。

「てことでうちも来年はハードルが上がるけど、堪忍したってや」
「あはは。そういうハードル上げなら大歓迎ですよ」

 何にせよ地区予選の四枠は一つ空いた。
 静佳が引退してくれれば一番良かったのだが、残念なことに冬も出るらしい。
 続けて晴の口から有利な情報が流れる。

「次にゴルフラですが、全国大会以降に目立った活動がありません。
 やはり新曲作りに難儀しているようです」
「とか油断させといて、裏で追加の資金を使ってるとかはないですか?」

 つかさがうがった見方をするが、晴は首を横に振る。

「作曲担当の一年生が、浮かない顔をしてばかりという情報がある。
 野球のイチロー選手でも、さすがにビニール製のバットでは試合には勝てない。
 瀬良も同じことになるやろうな」

 一緒にプールで遊んだだけに複雑だが、これまた一枠空くかもしれない。
 もちろんナンインやWorlds、KYO-烈などがまだまだ上にいるのだが……。
 そして三つ目、最後の情報が伝えられる。

「次、聖莉守やけど」

 小都子がついに来たと、そして花歩が驚く間に、晴が淡々と極秘情報を述べた。

「――無能な働き者が一人いる」


 *   *   *


「あうっ」

 彼女が転ぶのは、これで一体何度目だろうか。
 住女とは日程が異なり、今日で中間テストが終わった天王寺福音学院。
 地獄から解放された熱季を待っていたのは、また別のストレスだった。

「も、申し訳ありません。いつも私が足を引っ張って……」

 床に手をつく少女の名は紫之宮しのみや蛍。
 ほんまやで! と内心毒づく熱季とは裏腹に、部長は優しく手を差し伸べる。
 小白川和音の瞳は、今日も慈愛に満ちていた。

「重要なのは結果ではありません。諦めず舞台に立ち続けようとする、その姿こそが尊いのです。
 神様は決してあなたを責めはしないでしょう」
「ああ、和音さま……!」

 涙を浮かべる蛍に、他のメンバーたちも感激している。

「何という心の清いお二人なのでしょう」
「これこそが真なるスクールアイドルの形なんや」
(アホかぁぁぁぁぁ!
 物事には限度があるっちゅーねん! こんなん私たち、予備予選で落ちるで!)



 悲鳴を上げた熱季は芽生の方を見るが、当人は黙々と基礎練習を続けている。
 凉世に迷惑をかけたくはないが……
 やむなく休憩時間に、体育館裏に呼んで詰め寄った。

「ねーちゃん、蛍を外そう! このままやと聖莉守はおしまいやで!」
「できるわけないやろ……。
 才能がないからと切り捨てたら、それこそ聖莉守の理想はおしまいや」
「理想とか言うてる場合とちゃうやろ!? もうラブライブ始まるのに!」
「熱季。蛍はお前の友達やないか」
「そっ……そうやけどっ……」

 本人は真面目で親切だし、熱季も勉強を教えてもらった恩がある。
 だからこそ心苦しくはあるが、でもずっと待ち望んでいた瞬間なのだ。
 姉と一緒に、ラブライブの舞台に立つ。
 その夢が、たった一人の無能のせいでぶち壊されようとしている……。

 部活終了後も、蛍は着替えずに部員たちを見送った。

「蛍さん、今日も居残り練習?」
「はい。非才の私は、人の何倍も努力せなあきませんので!」
「なんて立派な人なんや……無理はせんといてね」
「ありがとうございます。頑張ります!」
(いやもう頑張らなくていいから! 舞台から降りろやホンマに!)

 ムカムカしながら通り過ぎようとすると、蛍が屈託ない笑顔で挨拶してくる。

「熱季さん、また明日!」
「………」
「あ……」

 どんな顔で返せばいいのか分からず、つい無視してしまった。
 しょんぼりする蛍に、途端に他のメンバーがひそひそ話を始める。

「熱季さん、なんて失礼な人なんや」
「いくら実力があっても品位がああでは……」
(なんで私の方が責められるんや!?)

 そんな様子を見ていた和音と凉世は、互いにうなずき合うと後輩を追いかけた。
 昇降口を出たところで声をかける。

「熱季さん、少しよろしいでしょうか?」
(げっ、部長)

 熱季は実のところ和音が苦手である。
 あまりに聖女すぎて、宇宙人を相手に会話してるような気分になる。
 現に今も後輩を叱るでもなく、ただただ清らかな笑みを浮かべている。

「何か現状にご不満があるのではないですか?」
「……部長に言ってもしゃあないことです」
「こら熱季! ちゃんと相手の目を見て話さないか!」
「ええんよ、凉世。
 ねえ熱季さん。最も悲しいことは聖莉守の心がバラバラになり、理解し合えないことです。
 あなたに納得していただけるよう努力しますから、話し合いませんか?」

 なんて言ってるが、どう話したところで部長が蛍を外すわけがない。
 和音にそのつもりがなくても、結局は熱季が信仰に染まるまで帰してもらえない。

(自分に嘘をつくのだけは嫌や……かといって私の主張は通らない)

 だとすれば、沈黙する以外に何ができるのだろう。

「特に話すことはないです。失礼します」
「熱季さん……」
「お、おい熱季! すまない和音、私からよく言い聞かせるから!」


 帰りの電車で、剣持姉妹の間に重い空気が流れる。
 周りに天王寺の生徒がいないのを確認し、熱季は小声で話し出した。

「ねーちゃんはこれでええんか」
「いいも何も……聖莉守はそういうところや」
「嘘つき」
「なっ……」

 驚く姉の目を、妹の視線が真っすぐ射抜いた。

「夏の地区予選で八位に終わって、ほんまは悔しかったんやろ」
「………」
「同じ血が流れてるんや。心だって私と同じはずや。
 もちろんねーちゃんに立場があるのは分かるで。
 せやから動くのは私がやる。何でもするから、今度こそ勝つ方法を考えて……」
「熱季」

 凉世の顔が苦渋に歪む。
 妹は昔から自分を慕ってくれて、絶対無理と言われた天王寺福音も、必死に勉強して合格した。

『やったでねーちゃん! 私はやったんや!』
『ああ……よく頑張った! 熱季は私の自慢の妹や!』
『へへへ……』

 あの喜びから半年、こんな事態になるとは予想しなかった。
 二人で一緒に出られる、最初で最後のラブライブ……。
 凉世は結局、官僚的な答えを返すしかなかった。

「蛍を入れることは部として決まったことや。
 個人のわがままを言える余地はない」
「……そーかよ!」

 勝ちたいことを否定はしなかったのは、姉のせめてもの誠意かもしれないけれど。
 状況が変わるわけでもなく、熱季は悔し涙を浮かべて家へ運ばれていく。


 *   *   *


「って話が出てるんやけど、もしかして蛍ちゃんなの!?」
「さすが岸部先輩は耳が早いなあ」

 帰宅するなり尋ねてきた花歩に、芽生は苦笑いを返した。
 暗に認められて絶句するしかない。
 蛍が来たのは夏休みの一度きりだけど、本当に性格の良い子だったのに……。

「花歩が心配してもしゃあないよ。テストに集中したら?」
「う、うん。確かに私とは直接関係ないか……小都子先輩はともかく」
「橘先輩がどうかしたの?」
「さっきミーティングで、ちょっとね」

『小都子は他人事とちゃうで』

 ミーティングの最後に、晴は三白眼を次期部長へ向けた。

『今年は大失敗して五人しか入らなかったが、本来その倍は入ってもおかしくない。
 人が増えれば才能のない者が来る可能性も増える。
 来年同じことになった場合は覚悟しておいてくれ』

 気まずそうな立火の傍らで、小都子は神妙にうなずいていた。
 グッドニュースとか言いながらこんな情報を投げてくる晴は、本当にタチが悪い。
 いやまあ、Westaの勝ちが堅くなったのは確かだけれど……。

(って、これ以上考えてもしゃあない! 勉強勉強!)


 *   *   *


 花歩よりは余裕のある小都子は、日曜日にお祭りに来ていた。
 堺市最大の祭りである、堺まつり。
 遊びに来たわけではなく、父がお偉いさんに挨拶する付き添いである。

「すまんな。テスト前日やのに」
「いえいえ。住女に行くのを許してくれたんやから、これくらいはね」

 堺の高校に進んでいれば、この祭りとテストが重なるなんてことはなかっただろう。
 その場合はどんな高校生活になったのだろうと、ふと考えてしまう。
 それでも、行きたかった学校がたまたま大阪市だったのだから仕方ない。

 来年四月の府議選に向け、愛想を振りまいて父への支持を訴える。
 最大の出し物である大パレードでは、鉄砲隊やふとん太鼓が行進していく。
 晴も見に来ると言っていたから、どこかにいるのだろう。

「挨拶はこんなもんやな。お疲れさん」
「うん。私は少しだけ友達と遊んでくね」
「そうか」
「一時間遊んだら帰って勉強するから、大丈夫やって」
「別に心配はしてへんわ」

 去年のボロボロの状態を考えたら、今の元気な娘には父も安心のようだった。
 そして久々に会った堺の友達と、一時間だけのお祭りを楽しむ。
 今日はロングヘアの小都子に、何があったのかと驚いていた。


「ほんなら、またそのうちにね」
「うん、ラブライブ頑張って!」

 ささやかな休息は終わり、友達と手を振って別れる。
 さて勉強や……と帰途についたところで、メッセージが届いた。

(花歩ちゃんから?)

 何事かと開いてみると……

『テスト前にすみません! 助けてください!
 熱季ちゃんが家に来てるんですけど、蛍ちゃんを殴って止めるとか言ってて!』
(!?)


 *   *   *


 長居駅の前で、焦り顔の花歩が待ち構えていた。

「す、すみません。こんな日に……」
「私は大丈夫。頼ってもらえて嬉しいで」

 成績のことを考えると三年生には頼めず、自分にお鉢が回ってきたのだろう。
 丘本家へ直行すると、廊下にまで熱季と芽生の声が聞こえてくる。

「殴るのがあかんかったら、蛍をどこかに閉じ込めたらええんや!
 とにかくあいつがラブライブに出なければいい!」
「拉致監禁やないか……。ただの犯罪やろ」
「せやから何か犯罪にならない方法はない!? 頭のいい芽生なら思いつくやろ!」
「無茶言わんといて。そもそも私は蛍の出場に反対してない」
「ぐぬぬ……」

 ノックして、花歩に連れられ部屋に入る小都子に、熱季の驚きと怒りの声が飛ぶ。

「な、なんでWestaの奴が来るんや!」
「初めまして橘先輩。他校のことで申し訳ありません」

 ほんま花歩ちゃんと同じ顔や、と感心している小都子に、芽生は深々と頭を下げた。

「ですが聖莉守の人に聞かれるわけにはいかないんです。
 熱季がこんなカス野郎と知られたら、もう部にはいられなくなります」
「ちょっ、芽生!? 私ってそんな評価!?」
「さっきからそれだけのことを言うてるんや。少しは自覚して」

 小都子は困り笑いを浮かべながら、花歩が差し出した座布団に座った。
 そっぽを向いている他校の後輩に、穏やかに話しかける。

「初めまして熱季ちゃん。Westaの次期部長の橘小都子です」
「……お説教なら結構っすよ」

 熱季が横目で見る限り、和音と同じく優しそうな人だ。
 どうせ和を重んじて周りに合わせろとか言うのだろう、と思いきや……。

「欲しいもののために戦うのは何も間違うてへんよ。
 もちろん犯罪はあかんけど、そうでなければ周りに忖度する必要なんてない」
「おお! 意外と話の分かる先輩や!」

 どうやら和音とは別種の人間らしい。
 笑顔で正面を向いた熱季に、しかし飛んできたのは厳しい戦いの提案だった。

「例えば……その子がどれだけ下手でも、熱季ちゃんがそれを覆すだけのパフォーマンスをすればいい」
「え、いや……さすがに私一人ではどうにも……」
「前回の予備予選、光ちゃんはそうしてたやろ?」
「ぐっ……」

 光に対抗意識のある熱季としては痛いところを突かれた。
 再びそっぽを向いて、ごにょごにょと言い訳する。

「せ、せやけど瀬良の仲間は一応人並みにはできたやないですか。
 先輩は知らないやろうけど、蛍は常識外れに才能のないやつで……」
「そう。戦う前から諦めるんやね」
「うぐぐ……」

 はらはら見守る花歩は、さすが政治家の娘さんやと感心する。
 思えば阿倍野でつかさを勧誘したときから、言うことは言う先輩だった。
 うなってばかりの熱季に、小都子は次々と戦い方を示す。

「あるいは、熱季ちゃんだけ独立してラブライブに出るとかね。
 一校から何グループでも出てええんやから」
「私はねーちゃんと一緒に出たいんや!」
「それやったら、一緒に独立するよう説得することやね」
「………」

 優しい顔して、難題ばかり提案してくる。
 もちろん意地悪ではなく、それだけ自分の望みが難しいのは熱季も分かっていた。
 ふっと息をついた小都子の、雰囲気が少し和らぐ。

「もちろん戦って勝てるとは限らない。
 私たちも、夏の地区予選は惨敗やった。
 でも卑怯な手を考えるのに労力を払うなら、まず正しい努力を尽くすべきとちゃう?」
「……はい……とりあえず、最後の案で試してみます」

 副部長である姉が、聖莉守を捨てて妹を選んでくれるとは思えないけど。
 でも不可能な進学を可能にした自分だ。
 憑き物が落ちたように、立ち上がった熱季はぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございました。芽生も姉も、騒がせてホンマごめん」
「うふふ、根はええ子なんやねえ」
「ほ、ほっといてくださいよ!」

 最後は恥ずかしそうにしながら、他校の少女は帰っていった。
 お茶でも、と立とうとする芽生を小都子の手が制する。ここは長居だが長居はできない。
 聞きたいことだけ聞いていくことにする。

「蛍ちゃんいうのは、どんな子なん?」
「真面目で礼儀正しく、美人で成績優秀です。
 誰よりも努力家で、朝早くに来て夜は遅くまで練習しています。
 なのに致命的なまでにアイドルの才能がないという、何とも困った子です」
「う、ううーん。それは小白川先輩も悩むやろねえ」
「いえ、和音部長は全く悩まないですよ。聖莉守の理想を心から信じてますから」
「そっか……確かに、あの人はそうやな」

 自分が部長だったらどうしていただろう。
 花歩や勇魚のように、実力がつくまで練習させるのが基本だけど、いつまでも実力がつかなかったら?
 その花歩も身につまされて、おずおずと妹に尋ねる。

「芽生はこの件、どう思てるん?」
「むしろおいしいと思う」
「へ!?」
「三年生がほぼ引退して、聖莉守の実力は夏より落ちてる。
 普通にラブライブに出ても、夏以下の結果が待ってるだけや。
 けど全くダメな子を敢えて出して、理想に殉じたなら……」

 眼鏡をくいっとする妹が、姉はなんだか空恐ろしく思えてきた。

「稀代の聖女である和音先輩の終わり方としては、なかなか話題にはなるやろうね」
「……芽生ちゃん、来年はうちの岸部といい勝負しそうやね」
「いえいえ、内心で思ってるだけですから。清らかな聖莉守で表立っては言えませんよ」

 微笑む芽生に、小都子も笑い返しながら座布団から立つ。

「今日はおいとまするね。また何かあったらいつでも相談して」
「先輩、駅まで送ります!」
「大丈夫。それより花歩ちゃんは勉強頑張ってや」
「あわわわわ。も、もうこんな時間や」
「巻き込んでごめん。お詫びに私がビシバシ鍛えるから」
「それお詫びなの!?」

 そんな双子姉妹にお礼を言われながら、小都子は夕焼けの外に出た。
 地下鉄で帰る途中、天王寺駅を通過する。
 聖莉守の雰囲気も好きだが、笑いがないので進学の候補には入らなかった。

(熱季ちゃんにも、あんまり合ってへんのとちゃうかなぁ)
(勝利よりも理想を優先するグループ……うらやましくはあるんやけどね)

 いずれにせよ、二週間後の本番では聖莉守のライブも披露される。
 熱季の戦いが、彼女の納得するものになれば良いのだけれど。



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