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 富田林とんだばやし駅で降りて、バスに乗り換える。
 だんじり祭の季節なので、協賛者の名前を書いた提灯などを町中で見かける。

 南河内の地を走るうちに、車窓は田畑が増えてきた。
 いよいよ一行は千早赤阪村に入る。
 遠方には金剛山地が迫り、二車線の道をバスは進んでいく。

「のどかな田舎でいいところですね!」
「い、勇魚ちゃん。大声で田舎とか言うたら、気い悪くする人がいるかもしれへんから」
「え! もしかして、うちはまたデリカシーのないことを!?」

 何でも夕理からデリカシーに欠けると指摘されたらしい。
 夕理ちゃんらしいなあ……と思いつつ、人に気を遣ってばかりの小都子は、素直な勇魚が少しうらやましい。

「まあ、私の気にしすぎかもしれへんね」
「いえ、小都子先輩は誰よりも気遣いのできる方です。勇魚ちゃん、先輩を見習えば間違いないわよ」
「なるほど! 今日は勉強させてもらいます!」
「ひ、姫水ちゃん。さっきから評価してくれるのは嬉しいんやけど……っと、次のバス停やね」

 学校最寄りのバス停で降り、村の空気を吸う。
 車はそれなりに行き交っているが、現実には大阪府で唯一過疎地域に指定されている。
 学校へ向かう道は、ひっそりして人気はない。

「よし――行くで、二人とも」
『はいっ』
「私たちは普通の女子高生! 決して不審者とちゃうから、堂々としてようね」
「わ、分かりましたっ」
「誰にも会わなければ良いのですが……」

 スマホの地図を頼りに、急な坂を上ること数分。
 この村には棚田があるそうだが、ここからは見えないようだ。
 代わりに、少しくたびれた白い校舎が見えてきた。

「この学校が、そうなんや……」

 勇魚が見る限り、サイズは小さいが普通の鉄筋コンクリート校舎。自分たちの高校と変わらない。
 だが、奇跡が起きない限りはこの学校は消えてなくなる。
 校門は閉じられていて、小都子はほっと安堵する。

「やっぱり、誰もいてへんみたいやね。ねえ勇魚ちゃん、こうして実際に目にしたことで……」

 勇魚に心の整理をつけさせるべく、小都子が説得を始めようとした時だった。

「うちの学校に何か用ですか?」
(!?)

 声に振り返ると、制服姿の女生徒が怪訝そうに坂を上ってくる。
 小都子と姫水が一瞬迷う間に、勇魚が反射的に答えてしまった。

「う、うちはCamphoraに会いに来ました!」
「Camphoraのファン? うわあ、嬉しいなあ。呼んできたるからちょっと待っててや!」
「え、いや、あの、邪魔したら悪いですし……」

 小都子の制止も聞かず、その子は校門を手で開けると、校舎に走って行ってしまった。
 鍵はかかっていなかったらしい。
 今のは違う部の子だったようだが、校舎内にはCamphoraがいるのだ。

(まずいわね……先方の人と話したりしたら、勇魚ちゃんはますます感情移入しかねない)
(今のうちにこっそり逃げた方が……)

 ちらりと小都子を見る姫水だが、相手はゆっくりと首を振る。

「さすがに失礼なことはできひんよ。正直に話して謝るしかない」
「そ、そうですね……」

 そして勇魚は、不安そうながらも少しわくわくしている。
 姫水も諦めて、校門の前で待つこと数分。

「こんにちは~」

 現れたのはジャージ姿の二人だ。
 背の高い方は丸顔で柔和そうな人、低い方はショートカットで気の強そうな人。
 相手が何か言う前に、小都子は深々と頭を下げた。

「私たちは大阪市の住之江女子高校、『Westa』のメンバーです。
 すみません、ファンというのは先ほどの方の勘違いです。
 ぬか喜びさせたとしたら申し訳ありませんっ」
「え、大阪市のグループ!? てことは偵察に!?」
「い、いえ、そういうわけでもなく……」

 もはや正直に話すしかなかった。
 地区予選でぶつかるかもしれない相手が、負けたら廃校と聞いて練習できなくなったことを。
 その心の問題を解決するために来たことを。
 気の強そうな方の目がみるみる釣り上がっていく。

「なんや、要は都会の奴が同情心で物見遊山に来たんか!」
「ううう……」

 晴の言う通りになってしまった。
 先輩としてこの失態、どう取り返せばいいのか必死に考えていると……
 柔和そうな方が落ち着いて言った。

「あざみちゃん、私たちにそれを言う資格はないで。
 廃校を前面に押し出して、同情を買おうとしたのはこっちやないか」
「せ、せやけど部長っ!」
「そこまで私たちの学校のことを気にしてくれる人がいてくれるなんてね。
 ほんま嬉しいよ。あなた、優しい子なんやねえ」
「い、いえ! うちはただ、Aqoursやμ'sに憧れてたので……」

 うつむいてしまう勇魚に、彼女は校門を大きく開けながら自己紹介する。

「私は部長の丸山茜。この子は一年生の赤滝あざみです。
 せっかくここまで来てくれたんや。校内を見ていってくれへん?」
「でも予備予選に向けて練習中なんですよね? 私たちはおいとまを……」
「そうです部長! 都会の奴のために時間を取る必要はありません!」
「あざみちゃんは練習に戻って。
 私たちの学校を知ってくれる人を、一人でも増やしたいんや」

 そう言われてしまうと誰も何も言えない。
 あざみは悔しそうに小走りで体育館へ去り、Westaの気まずい三人に、茜と名乗った部長は向き直る。

「さ、どうぞどうぞ」
「そ、それではお邪魔します……」


 *   *   *


 来賓玄関でスリッパに履き替え、どこか寂しい校内を案内される。

「昔はもっと生徒もいたんやけどね。人が減って、今では空き教室だらけや」
「そ、そうなんですか……」
「まっ、おかげでどの部も部室には不自由せえへんのやけどね。あははは」

 小都子たちは笑うに笑えず、引きつった顔を返すしかない。
 ここは書道室、ここはレクリエーションルーム、ここは……。
 どこか寂しいのだけれど、それでもカラフルなポスターや標語があちこちに貼られ、何とか明るくしようという努力が感じられた。
 足を止めた茜が、思い出したように姫水を見る。

「そうそう。そちらのあなた、女優さんやったね。『演じてみた』の動画を上げてる」
「ご覧いただけてましたか。光栄です」
「Westa……そうや、京都と対戦してたところ! 結構な強豪やないの!」
「いえいえ、夏の地区予選では下位に沈みまして……」
「うちなんてこの前まで補欠でしたし!」

 謙遜する小都子と勇魚の一方で、姫水はずいと前に出る。

「いかにも、私たちは次のラブライブこそ全国に行くつもりです。
 Camphoraがその前に立ちふさがるなら、一切容赦はしません」
「ひ、姫ちゃん! それこそデリカシーないで!」
「自覚して言ってるんだからいいのよ。
 そちらのライブ動画も拝見させていただきました。
 決して廃校への同情心だけに頼っているわけではない、真剣な努力が感じられるものでした。こちらに手加減する余裕はありません」
「おおきに。そう言ってもらえると、頑張ったかいがあったなあ」

 言いたい放題の一年生に怒ることもなく、茜は嬉しそうに笑っていた。
 促され、近くの教室で一休みする。
 机の間隔が広いことを感じながら、誰かの席で小都子は尋ねた。

「Camphora……英語でクスノキですよね。やはり楠木正成にあやかって?」
「うん、そうそう」

 押し寄せる数十倍の敵軍に、大石や熱湯、油や火を浴びせかけ、ゲリラ戦術で対抗し。
 百日に渡って耐えたことで、各地での挙兵を呼び、鎌倉幕府を滅亡させた。
 七百年前にこの地で確かに活躍した、日本随一の名将である。

「グループ名が決まったとき、あざみは喜んでたんや。
 わずかな手勢で中央を手玉に取った英雄。今の私たちにぴったりやって」
「そ、そうですか……」

 普通に返そうとしたのに、小都子の声が揺らいでしまう。
 その正成の最期は誰でも知っている。
 後醍醐天皇と無能な公家によって湊川の死地に追いやられ、足利尊氏の大軍の前に衆寡敵せず……。

「――ほんまは私も、廃校を阻止するのが無理なのは分かってる」

 ぽつりと話された真実に、勇魚は思わず息をのんだ。

「私たちにμ'sのような才能はないし、純粋な実力ではあなた達にも遠く及ばない。
 六人のメンバーの中で、どうにかなると本気で信じているのはあざみだけや」

 そして小都子と姫水は、何となく予想はしていた。
 存続条件が『生徒が集まったら』ではなく、『ラブライブで優勝できたら』だったのは。
 不可能な夢に、進路を決める中学生を巻き込まないようにではないかと。
 諦念と覚悟を織り交ぜながら、茜は笑う。

「それでもね。滅びる寸前のこの学校を、あの子は選んでくれたんやから。
 私たちは上級生として、できる限りのことをするしかないやろ?」
「丸山先輩……」
「ごめんごめん、暗くなってもうたね。付き合ってくれてありがとうね」

 廊下に出ながら、口数の少なくなった勇魚を小都子が心配そうに見る。
 こんな人たちを相手に、この子は戦っていけるのだろうか。
 来ようと言った自分の提案は失敗だっただろうか。
 でも来なければ、ここにこんな想いを抱えた高校生がいることを、一生知ることはなかった……。

「おい、都会人!」

 顔を上げると、廊下の向こうからあざみが大股で歩いてくる。
 目の前まで来たところで、勇魚に指を突き付けた。

「よく考えたら、同情してもらった方が都合良かったやん。
 好きなだけ同情してや! そして地区予選では、私たちに勝ちを譲ったらええんや」
「ち、ちょっとあざみちゃん。さすがにそれはどうなんや」
「この学校を守るためなら、私は何だってします!」

 部長に注意されても、あざみの意思は揺らがない。
 対する勇魚は、泣きそうになりながら何も言い返せない。

(よくも、勇魚ちゃんの善意につけこんで――!)

 キレかけた姫水を小都子が手で制し、後輩たちをかばうように前に出る。



「残念やけど、この子が戦えへん場合はステージから降ろすだけや。
 そして他のメンバーには、同情して手を抜くお人好しは一人もいない」
「ふん! 結局はそれが本音やな。
 しょせん廃校とは縁のない都会の奴に、私たちの気持ちは分からへんのや」
「赤滝さん、少し事実とちゃうよ。
 大阪市内の六つの高校で、募集停止と統廃合が決定している」
「え……!?」

 あざみはもちろん、勇魚も仰天して顔を上げた。
 こんな遠くへ来る前に、足元でそんなことが起きていたなんて!?

「ほ、ほんまですか先輩!? 人の多い大阪でどうしてそんな……!」
「それはもちろん、少子化や。
 子供が多い頃の高校数では、今は過多になってきたからね。
 現にいくつかの学校は定員割れが続いてる」
「そんな……」
「ラブライブに出て救おうってところはないみたいやけどね」

 この学校だけが特別なわけではなかった。
 子供が減り続ける限り、日本中のどこでも起きることなのだ。
 少しだけ、相手の境遇に脅えるのをやめて、勇魚は思い切って声を出す。

「あざみちゃん、うちはあなた達を本気で応援してる。
 でもやっぱり、Westaのみんなの笑顔も見たいねん。
 いい方法があるで! 二校とも四位以内に入って、一緒に全国へ行ったらええんや!」
「はあ!? 激戦区の関西で、そんな虫のええことが起きるわけないやろ!」
「諦めたら奇跡なんて起きひんやん!」
「くっ……もしそうなったとして、全国大会ではどうするんや!
 優勝できるのは一校だけやで! 私たちに譲ってくれるんか!?」
「それはっ……その時に考える!」
「あはは。さすがに、取らぬ狸の皮算用が過ぎるねぇ」

 茜は笑いながら、少し安堵する。
 現実的には二校ともに全国へ行ける可能性は低い。
 優しいこの子が、今回選択を迫られることはなさそうだから。

「さて、そろそろ練習に戻る頃合いかな」
「はい。こちらもおいとまさせていただきます」

 ここまでと察した小都子が、深々とこうべを垂れる。

「今日は、ほんまにありがとうございました。この学校に来たこと、忘れません」
「私も、色々と学ばせていただきました」
「いえいえ、来てくれてほんまにおおきに」
「ふん……」

 お辞儀をしている姫水の隣で、勇魚も頭を下げようとする。
 でも一つだけ、どうしてもお願いしたいことがあった。

「あ、あの、最後に……!」

 お前はデリカシーがないと言われた。
 自分には空気を読む能力が欠けているのかもしれない。
 今から言おうとすることが、相手を不快にさせないのか、傷つけないのか、いくら考えても分からない。
 なので――言ってみて、駄目なら謝るしかなかった。

「この学校の写真を、撮っていってもいいですか……?」

 小都子と姫水に思わず緊張が走る。
 だが勇魚の真剣な瞳に、茜は穏やかに表情を緩めた。

「うん、いっぱい撮っていってや。
 もし、私たちの願いが叶わなかったとしたら――
 こんな学校もあったんやなあって、いつか見返して思ってくれると嬉しい」

 彼女が本当は悲しくないのか、勇魚には知るすべはない。
 そしてあざみはそっぽを向いて、表情を見せてはくれなかった。


 *   *   *


 茜が勧めてくれた道の駅のカフェで、村の野菜を使ったランチを食べた。
 勇魚はもう廃校のことには触れず、明るくカレーの味の話などをしている。
 お土産を物色中、元気すぎて心配になる小都子に、姫水が近寄って耳打ちした。

「勇魚ちゃんの中で、先ほどの出来事を消化しているところです。もう少し待ってあげてください」
「そういうことなんや。やっぱり勇魚ちゃんのことでは、姫水ちゃんにはかなわへんなあ」
「ふふ。これだけは譲れませんから」

 再びバスに乗って山奥へ進み、終点からロープウェイに乗り込んだ。
 空中散歩をしつつ、景色にはしゃいでいる勇魚を、二人で温かく見守る。
 降りた場所は標高1000m。紅葉には早いが、空気は澄み渡っている。

「ここから山頂まで40分くらいや。あまり高低差はないから、のんびり行こうね」
「先輩は前に来てはるんですか?」
「うん、小学生の頃に両親とね。思えば、あれが最後の家族旅行やったなあ」
「そ、そうやったんですか」

 色々な思いを抱えながら、ゆるい上り坂を歩いていく。
 修験道の役小角えんのおづのが、16歳の頃から修業したという金剛山。
 古いお寺にお参りした後、石段を下りながら勇魚が言った。

「うちは、ハッピーエンドが好きです」

 前方ではハイキングの客たちが、売店で買ったソフトクリームを楽しそうに食べたりしている。

「みんなに幸せになってほしいし、どんな物語もハッピーで終わってほしいです」
「それは誰でもそうやと思うで」
「いえ、私は違います」

 驚いた目が姫水に向けられる。
 珍しく勇魚の言葉を否定した彼女は、優しい視線を仲間たちに向けた。

「もちろんハッピーエンドも好きですけど。
 でも古代ギリシャの時代から、既に悲劇は書かれていました。
 シェイクスピアも有名なのは四大悲劇でしょう?
 悲しい物語も、人の心を打つことはあると思います」
「そうやね……」

 姫水の言いたいことを理解して、小都子が言葉を続ける。

「楠木正成も最期は悲劇的やったけど、大勢の人の心に残っている。
 WestaとCamphoraのどちらか、あるいは両方が悲しい物語で終わったとしても……
 それは決して、意味のないことではないと思うよ」
「……はい!」

 勇魚の前方が明るく開ける。
 跳ねるように飛び出すと、そこは金剛山の山頂広場だった。



「ヤッホーーー!」

 眼下に広がる大阪平野に、白く立っているのはPL教団の塔。
 勇魚の大声が、山の空気に吸い込まれていく。
 そして一緒に来てくれた二人へ、元気よく振り向いた。

「うち、自分の全力をラブライブにぶつけます!
 どんな結果になったとしても、うちが今やりたいことはそれなので!」
「……うん」
「勇魚ちゃん……」

 割り切れたわけではないのかもしれない。
 結果としてあの学校が廃校になったら、やはり勇魚の胸はひどく痛むのだろう。
 それでも今やるべきは、逃げることではないはずだった。

『ヤッホーーー!!』

 小都子も一緒になって、秋空の下に声を響かせる。
 そんな二人を、姫水は少し離れて静かに見つめている。


 *   *   *


「前に来たときは、ロープウェイで帰ったんやけど」

 晴に千早城跡をお勧めされていたので、今日は徒歩で降りることにした。
 下りと思って甘く見たものの、さすが幕府軍に耐えた山城、かなりの急峻である。
 一時間半をかけて、ようやく城跡に到達したが……。

「うーん、晴ちゃんは好きそうやけどねえ」
「まあ、歴史的意義を感じましょうよ」
「うちは好きですよ!」

 神社と石碑以外は特に何もない、木々に覆われた広場だった。
 それでも三人で記念写真を撮り、最後の石段を下りる。
 これがまた輪をかけて急で、バス停まで下りた時には三人の足はがくがくしていた。

「これ、明日の部活大丈夫かなあ」
「明日からは衣装作りですから、問題ないと思いますよ」
「あの、小都子先輩、姫ちゃん」

 二人に向かって、勇魚はぴょこんと頭を下げる。

「今日はありがとうございました!
 うちは頭が悪くて、人の気持ちもなかなか分からへんけど。
 今日みたいなことを積み重ねて、ちゃんと分かるようにします!」
「うん……大事なのは経験すること。勇魚ちゃんはいっぱい成長すると思うで」
「先輩、私からもお礼を言わせてください。
 おかげで勇魚ちゃんと一緒に、ラブライブに出られそうです」
「いえいえ。私も二人のこと、もっと分かれて良かったよ」

 来たバスに乗り込み、帰途につく。
 勇魚との仲は深まったと思うが、姫水は相変わらず勇魚のことだけだ。
 だが想定内ではある。周りに客のいない後部座席で、小都子は最後のカードを切った。

「姫水ちゃん。休業している理由、私に教えてもらえへん?」


 数秒の沈黙の後、姫水の微笑はいつもと変わらなかった。

「自分から教えてと言ってきたのは、先輩が初めてです」
「無理強いする気はないで。でも何となくやけど、うちの部員はもう大体知ってるんやろ?」
「さすが、お察しの通りです。もう隠す意味もないのかもしれませんが、一応他言無用でお願いしますね」

 バスが走る音の中、姫水は静かに事実を話す。
 離人感・現実感喪失症。自分の脳が侵された病のことを。

(姫ちゃん、病気のことも言うんやな。この前のつーちゃんは何やったんやろ)

 勇魚が首をひねる間に話は終わり、小都子は腕を組んで考え込んだ。

「それやと私では、あまりお役に立てそうにないねぇ」
「すみません……正直なところ先輩たちの中では、小都子先輩が最も現実感がありません」
「ええんよ。こればかりは相性の問題や」

 元が穏やかな小都子に、壁を壊すほど熱い想いは見せられそうにない。
 ここは花歩と同じく、平穏を守る側に回るべきなのだろう。
 勇魚が安心させるように保証する。

「これでも姫ちゃん、少し良くなってきてると思います! 表情豊かになってきましたし!」
「そうなん? Westaが力になってるなら嬉しいけどね」
「なってますよ。スクールアイドルを始めたおかげで、色々な刺激を受けました。
 桜夜先輩や立火先輩は想いをぶつけてくれて、花歩ちゃんはいつも友達でいてくれて、それに……」

『いずれ分かるようにしたるから!』

 急に脳内へ響いた声に、姫水ははっとして頭を振る。

(……なんで彩谷さんが頭に浮かぶのよ)
「姫水ちゃん?」
「何でもありません。とにかく、ラブライブは治療のチャンスです。
 今度こそ私も完全燃焼してみせます」
「うん、私も全力で盛り上げるで」

 これでWestaの部員六人に伝えた。あと知らないのは一人だけ。

「あとは夕ちゃんだけやね!」
「うーん、天名さんは私に興味がなさそうだけど」
「夕理ちゃん、ほんまにいい子やで?」
「嫌いではないし、お互いリスペクトはしていると思います。
 でもやっぱり相性的に、今ひとつ噛み合わないんですよね。
 彼女に話すより先に、一年六組の皆に話したいです」

 人数が多いだけに、なかなか伝えるのは難しいけど。
 いつも慕ってくれるクラスメイトの方が、姫水には大切な人たちだった。
 小都子としては残念だが、知らせないからと怒る夕理でもない。今は仕方ないのだろう。


 富田林の古い町並みも晴のお勧めだったが、もう足が限界だった。
 帰りの電車に乗り込んだ勇魚が、廃校問題の根本的な解決方法を思いつく。

「うち、大人になったらいっぱい子供を産みます!」
「ぶっ」

 座席からずり落ちそうになった姫水は、慌てて勇魚に詰め寄った。

「ななな何を言ってるの勇魚ちゃん! 冷静になって!」
「え、何が?」
「ど、どこの馬の骨とも知れない奴が天使の勇魚ちゃんと……駄目よ破廉恥な! 許しません!」
「姫ちゃん、何言うてんのかよく分からへんで」
「絶対ダメー!」

 優等生の仮面はどこかへ吹っ飛び、きょとんとする勇魚に必死で訴える。
 そんな一年生たちに、小都子は大笑いするしかなかった。

「あなたたち、ほんま面白いねぇ」
「えへへ、先輩に誉められたで!」
「笑い事じゃありませんっっ!」


 *   *   *


 夜の自室で、勇魚は千早赤阪高校の写真を何度も見返す。
 そして先ほど別れ際に、幼なじみに言われたことを思い出した。

『子供を作るのは仕方ないから諦めるけど……』
『看護師になるのは、私は本音では賛成したくない』
『でも、勇魚ちゃんが本当にやりたいことなら、全力で応援するね』

 今なら姫水の言う意味も分かる。
 学校が消えるどころの話ではない。人の命が消えるところを、きっと何度も見ることになる。
 病院という場所が、ハッピーエンドばかりのわけがないけれど……
 一つでも幸せに変えられるなら、やはり頑張ってみたかった。

(まだまだ、諦めるのは早いはずや)
(いっぱい勉強して、デリカシーも身につけて)
(小都子先輩みたいな強くて優しい人になれたら)
(その時こそ、うちの夢を叶えるんや)

 逆にそうなれなかったら、患者さんを傷つける前にきっぱり諦めよう。
 目の前のラブライブと、その先の長い人生。
 色々なことを考えながら、勇魚の秋の夜は更けていく。



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