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 千早赤阪での報告を聞き、三年生たちはほっと安堵する。

「小都子はもう立派な部長やなあ」
「ま、まだ気が早いですってば。そういえば立火先輩は、男子校の文化祭に行ったんですよね」
「ああ、猛も和哉もいいスクールアイドルっぷりやった。私たちも負けられへんで」

 そして勇魚は、きっかけを作った夕理に感謝していた。

「夕ちゃんのおかげで色々考えられたで!」
「なら良かった。私にも悪いところがあったら言ってええで。聞くかは別にして」
「うーん、夕ちゃんは優しいし頭いいし完璧や!」
「そう言われると逆に不安やな……」

 何にせよ、これで全員揃ってラブライブに出られる。
 部長が威勢よく号令を下した。

「よし、本番まであと五日や! ラストスパートやで!」

 この週は衣装作りから。
 今回は装飾が少ないため、翌日には完成した。
 さっそく着用した上でライブを試したところ、考え込んだ晴が立火に提案する。

「お嬢様と執事は、もう少しサービスをすべきですね」
「え、サービスって?」
「社交ダンス風に抱き合うとか」
「……あんまり露骨なのはどうなんや」
「そういう衣装を着た以上、観客はそれを期待します」

 小都子が何とも言えない顔をしている間に、姫水と夕理が客観的な意見を言う。

「確かに曲としては大人しいので、一つアクセントはあった方がいいかもですね」
「……まあ、小都子先輩が嫌でないなら、やってもいいんじゃないですか」
「も、もちろん私は嫌ではないですよ?」
「そ、そう……とりあえず一回試してみる?」

 二人が交互に歌うパート、背中合わせで踊っていたのを、向き合って腕を組んだ。
 小都子の目と鼻の先に、立火のきりりとした瞳が映る。

(うっ。改めて立火先輩って、ほんまイケメンやなあ)
「こらこら、お前が照れてどうするんや。やると決めたからには堂々とやるで」
「は、はいっ」

 覚悟を決めた二人の顔が、徐々に近づいていき……

(ぎゃわーーー!!)

 花歩の叫びは、何とか心の中だけで耐えた。

(ぐおおお! うらやましい!)

 そして隣では、桜夜が引きつり笑いを浮かべている。

「あ、あははは。立火、小都子に変な気を起こしたらあかんで~」
「するかアホ!」



 二人が振り付けを試行錯誤している間に、つかさの頭が下らないことでフル回転する。

(桜夜先輩、小都子先輩が相手なら動揺するんやな。嫉妬なのか、可愛い後輩を取られたくないのか……)
(花歩はドンマイ)
(でもうらやましいなあ。あたしも姫水にエスコートしてもらって……)
(ってアホか! もう姫水とは対等になったんや!)
(お嬢様の姫水を、執事のあたしがエスコート……うん、これで良し!)
「つーちゃん、何ニヤニヤしてるん?」
「はあ!? べべ別にしてへんけど!?」
(あ、これ聞いたらあかんことやったんやろか……デリカシーって難しいで……)

 すったもんだしながら、最後のブラッシュアップは続いていく。
 そして本番前日――
 小都子の髪形を最終的に決めることになった。

「ちょっとウェーブのかかったロング! これで決まりや!」

 一方的に断言する桜夜に、小都子は嬉しそうに微笑んだ。
 夕理も別に異論はない……というか、どれも似合うのでどれでもいいのだが、一応確認する。

「小都子先輩が自分で決めることなのでは?」
「ええんよ、夕理ちゃん。私は桜夜先輩に決めてほしいんや」
「そ、そうですか……」
「ううっ、小都子ぉ! なんて可愛い後輩なんや。ちゅっちゅっ」
「何してるんですかぁぁぁぁ!」

 これで準備は万端。いよいよ冬のラブライブに突入である!


 *   *   *


 橘家では、久々に親子三人揃っての夕食となった。

「明日は見に行かれへんで悪いけど……」
「ううん、予備予選はどのみち満席やからね。後で動画を見せるから」

 小都子は箸を止めて、膝に手を置き丁寧に頭を下げる。

「お父さんお母さん。私のやりたいようにさせてくれて、ほんまおおきに」
「な、なんや急に。今さら水くさい」
「あなた、照れなくてもええやないの。小都子、後悔は全くない?」
「うん、私は住女に入って良かった。
 生徒会長も友達に押しつけてしもたけど、今しているのが私のやりたいことや。
 その分、大学受験の約束はきちんと守るからね」
「別にそっちも無理しなくても。ええ大学は他にいくらでもあるんやから。ねえ?」
「いやでも、小都子が言い出したことやからな。わしは小都子ならできると信じてるで」

 厳格な顔で言う父に、思わず笑みがこぼれてしまう。
 来年はステージで唯一の三年生。センターになる機会も多いだろう。
 だから立火と桜夜がいる今の間に、強さを身につけておきたかった。
 部活と勉強をしっかり両立できるように。


 *   *   *


 今回、Westaの出番は真ん中あたりだった。
 昼食を済ませ、地下鉄に乗って出発する。
 みんなはもう慣れたものだが、花歩は今回も悩んでいる。

(小都子先輩がセンターなんやから、私は大人しくしてた方が……)
(いやでも! 私みたいなのは最大限アピールするくらいで丁度ええんちゃうか!)
(けど声が裏返ったりしたらそこでラブライブは終わりやで……)
(やっぱり安全第一で……)
「小都子」

 吊り革を握りながら、立火が小都子に耳打ちする。

「花歩が固いみたいや。声かけてあげて」
「は、はいっ」

 自分のセンターで頭が一杯だった小都子は、慌てて花歩へ近寄る。
 こちらに気づかない後輩に、優しく話しかけた。

「花歩ちゃん、一番大事なことを伝えてへんかった」
「はっはい! なんでしょう!?」
「今回私がセンターに立候補したのはね。文化祭の直前、必死で頑張ってる花歩ちゃんを見たからなんや」
「え、そうやったんですか!?」

 他の部員たちも、ほほーという感じで耳を傾ける。
 特に、そのときコーチだった姫水が集中して聞く中、小都子の言葉は続く。

「私はいつも、自分は地味やからって一歩引いてた。
 でも同じと思ってた花歩ちゃんが、あんなに前に出ようとするのを見たらね。
 花歩ちゃんのおかげで私も開花できそうや。ありがとうね」
「い、いえ滅相もない! 私なんて、自分のことしか考えられなくて……」
「ふふ、それが周りに広がることもあるんやで。今日は一緒に頑張ろうね」
「は、はいっ!」

 花歩の顔から迷いが消え、小都子は安心して立火の隣に戻る。
 そして小声で、教えてくれたことにお礼を言った。

「すみません、気づかへんで……」
「あはは、こういうのは慣れやからな。来年は私以上に視野が広くなってるで」
「だと、いいんですけど」


 駅を降りて少し歩いたところで、出番を終えたGolden Flagに出くわした。

「あっ、Westaだ。おーい」
「光ちゃん!」

 勇魚が駆け寄り、お互い笑顔で手をつなぐ。

「なんか久しぶりに会うた気がするで!」
「そうかな? 遅くなったけどデビューおめでとう!」
「えへへ、おおきに!」

 暁子たち三年生は、もうここにはいない。
 年下だけになってしまったライバルに、立火は少し寂しく感じながら声をかける。

「そっちの調子はどうやった?」
「バッチリ、今の全力を尽くしました。動画をお楽しみにね!
 Westaも頑張ってくださいね!」

 明るく笑いながら、光たちは駅へ去っていった。
 つかさが焦り顔で晴を問い詰める。

「ちょっと、めっちゃ自信満々やないですか! ほんまに大丈夫なんですか?」
「瀬良がああいう性格なだけや。他の部員は少し固かったやろ。
 ま、この期に及んで気にしても仕方ない。目の前のことに集中や」

 確かにと気を取り直し、オリックス劇場へ歩を進める。
 晴が頭の中の出場リストを呼び出し、ライバル校の順番を確認した。

(タイミング次第では、帰りに聖莉守と会うことになるか……)


 会場前の広場は相変わらず混んでいたが、周囲の反応は夏と違っていた。

「見て、Westaや! 立火先輩カッコええなあ」
「今回も桜夜ちゃんの可愛いライブなのかな?」
「あれはプロ女優の藤上さん!」
「Saras&Vatiのつかさちゃんに夕理ちゃんも!」

 周囲から聞こえる声に、立火は桜夜と親指を立て合う。
 色々やってきたかいがあった。

(去年のWestaは、もう越えられたやろか……)

 全国に行くにはそろそろ越えないといけないが、去年のようなスパルタ練習はやめただけに、実力的には心もとない。
 しかしその分、部員は誰も欠けず、イベントをこなし、情報発信の手数を増やした。
 少なくとも匹敵はできていると思いたい。

 そしてこの状況でも注目してもらえない小都子だが、本人は落ち着いている。
 結果は後からついてくる。
 今は自分を信じて、精一杯歌うだけだ。

「No.45 Westa。劇場内にお入りください」

 今回は何のトラブルもなく中に入り、晴だけが客席へ向かう。
 前回は一緒だった花歩、不在だった勇魚に、別れ際に一声かけた。

「練習通りにやれば大丈夫。今まで登ってきた階段に、また一段追加されただけや」
「は、はい! しっかりやります!」
「晴先輩、うちを見守ってください!」

 微笑む晴を残し、フルメンバーのWestaは楽屋へと向かう。


 *   *   *


 着替えを終え、舞台裏で円陣を組み、手を火の形にして小都子は話す。

「立火先輩が考えた号令、私がやるとは思わへんかった。
 でも、機会をもらえてほんまに良かったと思う。みんな、ありがとうね」

 夕理のデート申込から始まった神無月、本当に充実していた。
 その夕理の尊敬の瞳が、桜夜の愛情の瞳が、心の薪となって……
 今だけ借りた号令を、小都子は思い切り放つ。

「燃やすで、魂の炎!」
『Go! Westa!!』

『続きましてはエントリーNo.45、住之江女子高校、Westa』

 舞台に飛び出したWestaに、夏より大きな声援が飛ぶ。

 花歩には初めてのラブライブ。体育館とは比べ物にならない観客の数だ。
 でも今さら緊張しいに戻ったりはしない。文化祭で自分がしでかした事に比べたら、単に人が多いだけ。
 嬉しそうな勇魚と一緒に、落ち着いて配置につく。


『誰や、あのセンター?』

 今まで地味だった上に髪形も変えた小都子に、観客の怪訝な目が刺さる。
 小都子は優しく微笑み返せた。
 だってタキシード姿の立火が、支えるように後ろにいてくれる。

 始まる音楽の中、歌声は会場を包むように響き渡った。


『懐かしい思い出の色は 淡くて遠いパステルカラー
 薄曇から差す柔らかな光が 少しずつ優しく照らすの』

 Westaのイメージとは違う、ゆったりした曲に客は一瞬戸惑う。
 だが即座に、耳は素直な感想を抱いた。

(このセンター、歌上手いやん!)

 サイリウムが揺れる前で、少しウェーブのかかったロングヘアの少女は、切々と歌い続ける。

『薄ぼんやりした私のパステル 鮮やかな原色は怖くて』

 スローテンポからミドルテンポへ。ダンスは大人しいながら、時にくるりと回って緩急をつける。
 全員の歌声の中、特に小都子と姫水の美しいハーモニーに、自分自身も浸っていく。

(ああ――歌うのって、こんなに気持ちいいものやったんやなあ)

 スクールアイドルになりたかったわけではなく、お笑い集団に入りたかっただけ。
 いつか勇魚にそう言った小都子は、今まで本当の意味では、ステージに向き合えてなかったのかもしれない。
 でも、ようやく想うことができた。
 面白いことは言えないし、人を笑わせることもできないけど……
 自分にできる精一杯のやり方で、聞く人の心を動かしたいと。

『曖昧なままに甘い空 白黒の境は避けてきたけど
 そのままの淡い色でも キャンバスはいろどれるかな』

 交差する桜夜が、最高に可愛いで、と目で言ってくれた。
 そうしてタキシード姿の立火へ、そっと身を寄せる。
 サービスとして入れたもので、実際黄色い声も上がったけれど。
 もっともっとこの人に甘えたいと、本心が胸に浮かんだ。

(でも、もうそんな時期は過ぎたんや)

 先輩たちが安心して卒業できるよう、自分の足で立たないといけない。
 立火もまた執事役として、今は補助の立場に徹する。
 彼女にそっと送り出され、ひとりセンターに立ちながら。
 仲間たちの歌声を背に、小都子はステージを完成させていく。



『私の未来を描き出す 淡く優しいパステルカラー
 柔らかな大気に包まれた 切なく映る私だけの風景――』


 万雷の拍手の中、何人かの観客が涙ぐんでいるのが見えた。
 胸にこみ上げるものを感じながら、最後まで穏やかに。
 ドレスをつまんでお辞儀して、小都子は初めてのセンターを終えた。


 *   *   *


「いや~、めっちゃ良かったで~!」

 駅に戻る途中、桜夜が無邪気に晴へと尋ねる。

「ねえねえ。私のときと比べて、拍手はどんなもんやった?」
「知名度が上がった分を差し引けば、同じくらいでしたかね」
「おっ、小都子も私と同格になったんやな。先輩として嬉しいで!」
「いえいえ、全員の力ですし……」

 会心の出来だった。
 前回もそう言った後にギリギリ四位だったので、油断はできないけど。
 でも今回はゴルフラが広告業者を使うこともない。ライブの出来に応じた結果がもたらされるはずだ。

「――ごきげんよう、広町さん。実際ご機嫌そうですね」

 浮かれた立火たちの耳に届いたのは、清らかな聖女の声。
 天王寺福音の制服たちが、会場へ向けて歩いてくる。

「小白川! そっちは今からか」
「はい。精一杯務めてまいります」
「ふふーん、私たちは最高の出来やったで。めっちゃ心にしみるから!」
「それは動画が楽しみや。私たちもそうありたいものやな」

 副部長同士も言葉を交わし、すれ違っていく。
 落ち着いた聖莉守の雰囲気は、とても問題が起きているようには見えない。
 芽生も今は会釈するだけで、黙って先輩たちについていく。
 でも熱季は……
 小都子に気づいてぺこりとお辞儀したが、表情は浮かなかった。

(熱季ちゃん、やっぱり無理やったんやな……)

 無責任なことを言ってしまったか、と小都子に少し後悔が浮かぶ。
 駅まで歩いた後、結局後ろを振り返った。

「みんな、先に帰っててもらえます? 私は聖莉守のライブを見ていきます」
「え、今から並んでもたぶん間に合わんで?」

 立火の言う通り、会場前は結構並んでおり、誰かが帰らないと中には入れない。
 一瞬ためらったが、花歩と目が合ってうなずき合う。

「それでも行きます。何があるか分かりませんし」
「先輩、私もご一緒します!」
「分かった。二人とも、今日はほんまに良くやったで!」

 部長のねぎらいを受けながら、小都子と花歩は会場にとって返す。
 予備予選はまだ終わらない。


 *   *   *


『ねーちゃん、お願いや! 私と二人でラブライブに出て!』

 そんな妹の願いを、凉世もすげなく撥ねつけたわけではない。
 この半月、色々と妥協案を出してはいたのだ。

『どこかで機会を作って二人でライブしよう! それでええやろ、なっ』
『嫌や! ラブライブに出たいんや!』
『お前の目的は勝つことやろ? いきなり二人で出て勝てるわけないやないか。本末転倒や』
『去年、北海道のやつが姉妹二人で全国行ったやろ!?』
『いや、あれは……』

 そのグループ――Saint Snowのあり方が、本当は熱季の理想だったのだ。
 芽生にも蛍にも悪いけれど、聖莉守なんていらなかった。
 二人だけでスクールアイドルをできれば良かったのに……。

『わがままばかり言うんやない!』

 結局姉に怒られて、この日を迎えてしまった。
 あと数十分後。ド下手糞を抱えたライブを世間に披露し、全ては終わる。

(これが最後のチャンスや……)

 凉世が和音と話し込んでいる隙をつき、熱季は蛍に声をかけた。

「蛍、話がある。すぐ済むから来てや」
「……分かりました」

 二人が公園の人混みに紛れて消えるのを、横目で見た芽生が電話をかける。

「もしもし花歩。まだ近くにいるんやろ?
 熱季が蛍を連れ出した。追跡を手伝って。
 え、橘先輩もいるん?」


 路地裏に来た熱季は、いきなり蛍の前で土下座した。

「頼む! ステージを降りてくれ!」
「熱季さん……」
「私とねーちゃんの最初で最後のラブライブなんや!
 来年からは好きなだけ出ていいから、今回だけ、どうか!」

 熱季に恨まれていることは、蛍も十分わかっていた。
 だが自分にだって譲れぬ信念がある。
 そして聖莉守というグループにおいては、自分の方が正しい自信があった。

「ラブライブは高度化する一方です。
 誰でもアイドルになれるのがスクールアイドルのはずやったのに、結局そこでも才能の格差がある。
 持たぬものは輝く機会さえない。そんな世界になりつつあります」
「………」
「それに抗うために、私は出場しなければなりません。
 たとえ笑われようとも、後ろ指をさされようとも。
 アイドルになることだけは、諦めるわけにはいかないのです」
「……うっさい……」
「私にこれほど才能がないのは、逆に神様の賜物なのでしょう。
 和音さまという素晴らしい部長に出会え、ステージに立つのは運命であると……」
「やかましいわ!」

 長々と続く演説に、熱季は切れて立ち上がる。
 下手な奴は出られないなんて、聖莉守以外では当然のルールなのに。
 自分はそんなに間違ったことを言っているのだろうか?

「屁理屈なんか聞きたないねん! お前一人のせいでみんな迷惑してるんや!」
「みんなって誰ですか! あなた以外はみな私を受け入れています!」
「そういう空気やから言い出せへんだけやろ!? どいつもこいつも聖人ヅラして、内心どうだかなんて分からへんわ!」
「私はともかく聖莉守の仲間を貶めるなんて! 恥を知りなさい!」
「このっ……!」

 何も変えられず、目に涙を浮かべた熱季が蛍の胸ぐらを掴む。
 物陰から見ていた小都子たちが慌てて飛び出してきた。

「熱季ちゃん、そこまでや!」
「! なんで、橘先輩が……」
「時間切れや。あなたは誰も説得できなかった。潔く負けを認めなあかん。
 難しい戦いに堂々と挑んだんや。決して恥じることはないで」
「……うう……」

 芽生がそっと手を添え、熱季の両手が蛍の制服から離れていく。
 蛍も心苦しいながら、何もなかったように公園へ戻ろうとする、が……。

「いいや熱季。お前がやったのは許されへんことや」

 冷たい声が路地に響く。
 逆の物陰から現れたのは、険しい表情の凉世だった。

「ね、ねーちゃん……」
「思い通りにならないからと、暴力を振るうとは言語道断。
 お前こそステージに上がる資格はない。今回のライブからは外れてもらう」
「!?」

 厳しすぎる処断に、熱季の顔面は真っ青になった。
 蛍が慌てて抗弁する。

「す、凉世さま! 私は何ともありません!」
「そーですよ! 胸ぐら掴んだくらいで暴力って、大げさな……」

 花歩も思わずかばうが、凉世は首を横に振るだけだ。

「法的には十分暴行罪が成立する行為や。
 まして他の規範となるべき聖莉守では、メンバーたる資格はない。
 もう時間や。蛍、芽生、急いで戻るで」
「は、はい……」

 小刻みに震えて声も出ない熱季は、連行されるように姉に手を引かれていく。
 副部長の立場としては、身内に甘い態度は取れないのは分かる。
 他校のことに口出しすべきではない。
 それでもこの結末は、さすがにあんまりで……
 小都子は思わず声を上げていた。

「熱季ちゃん。行くところがなくなったら、うちに転校しておいで。
 戦う場所はいくらでもあるんや!」

 ぴくん、と熱季の体が反応する。
 なんで橘さんがここに? と怪訝な顔の凉世だが、時間がなく大急ぎで戻っていく。
 すまなそうに頭を下げる芽生を見送り、Westaの二人はその場に取り残された。

「……帰ろうか、花歩ちゃん」
「は、はい……」

 黙って歩き出す次期部長の顔を、同行する花歩は横から覗き込む。

(え、熱季ちゃんをWestaに招くんですか? あの性格と上手くやっていけるかなあ)
(まあ本人にその気があるか分からへんし、万一来るとしても来年度やろうし……)
(あ……でももし姫水ちゃんが、四月に東京へ戻っちゃったら)
(代わりにかなりの戦力になってくれるのかな)

 考え込んでいると、不意に小都子の足が止まる。
 こちらを向いたのは、いつもの優しい先輩だった。

「頭を切り換えに、ちょっとお茶してこうか。アメリカ村も近いしね」
「は、はいっ!」



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