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 決戦の大阪城ホールを遠くに見ながら、歩いてすぐ右の石垣沿いが本日の会場だ。
 既に賑やかな人だかりの向こうで、光たちGolden Flagの五人が準備をしている。

(Saras&Vatiの倍は客がいる……)

 ユニットと単純比較はできないが、やはり光の人気は衰えてはいない。
 そして彼女たちの目論見通り、中学生らしき子が大勢来ていた。
 野外ライブには少し厳しい季節だが、光は元気に声を張り上げる。

「よし、始めよっか! みんな、今日は来てくれてありがとー!」
『イエーー!』
「寒さを吹き飛ばすため、まずは一曲!」

 流れたのは光のデビュー曲。既に光の定番となっている曲だ。
 金がかかっていた頃だっただけに、曲としても色あせていない。
 ぶすっとしている夕理を除き、観客たちは盛り上がった。
 曲が終わって姫水が耳打ちしてくる。

「コムズガーデンで歌ったときは、つかさと花歩ちゃんが聞いてたのよね」
「そうやな……夏の始めやったっけ」

 その後の地区予選では勇魚が飴玉を渡して。
 冬の今は、夕理と姫水が見学に来ている。
 Westaの一年生とそれぞれ関わりながら、ここまで来た光はMCを始めた。

「若い子がいっぱい来てるね! 中学生の子ー!」
『はーーい!!』
「中三の子ー!」
『はーーい!』
「受験勉強中にありがとう!」
「今日来てくれたこと、絶対後悔はさせへんでー!」

 話を引き継いだのは、部長の菅原ユカだった。
 青田刈りのため、光と一緒に学校の宣伝を始める。

「うちは商業高校やけど、それに留まらない最新の授業が受けられるんや。
 IT設備も充実してる! 資格も取れるで!」
「私は卒業したらプロアイドルじゃけんど、簿記とか取っておいた方がいいですか?」
「うーん、事務所から独立するなら役に立つかも?」
「うわ、事務所の人に聞かれたら誤解される!」

 場に笑いが起こり、中学生の心も掴まれているようだ。
 再び姫水が小声で話してくる。

「Westaも学校の宣伝をした方がいいんじゃない?」
「住女に宣伝するような長所はないやろ……ありきたりな学校や」
「生徒のノリが良くて、お祭り騒ぎが好きなところは?」
「それは長所なんやろか」

 と、次の曲の準備に入ったので、二人とも口をつぐむ。
 センターの光の後ろに、他の部員四名が並んだ。
 いつぞやのように隠したりはせず、堂々とした笑顔で。

「今日初披露の新曲です! 『ウィンター・メロディ』!」

 スピーカーから響く曲は、どちらかというと普通。
 光は相変わらず天才的だが、さすがに夏ほどの進化はもうない。
 夕理と姫水が目を見張ったのは、凡人のはずの他のメンバーたちだった。

(予備予選とは見違えてる……)
(瀬良さんには遠く及ばへんけど、ちゃんと全員でステージを作ってる)

 秋の悔しさをバネに、必死で努力してきたのだろう。
 その中で歌い踊る光は、仲間に囲まれ本当に楽しそうだ。
 曲が終わり拍手が鳴り響く中、前に出たのは一人の一年生だった。

「正直、光ちゃんがスカウトされてきたときは複雑でした。
 私とは才能が違いすぎる。本物のアイドルはこういう子なんやって。
 でも光ちゃんと一緒に、半年以上練習してきて……
 私の実力は、大いに引き上げられました!」

 強く言い切る彼女に、他の部員たちもうなずいている。

「自分で言うのも何やけど、以前の動画と見比べてもほんまに大違いです。
 私たちは天才にはなれへんけど、光ちゃんと一緒なら秀才にはなれると思う!
 瀬良光にはそういう力があるんです!」
「そうだよー。私が手取り足取り教えるけぇ、迷ってる子はぜひうちに!」

 屈託なく言う光の声は、スクドル志望の子にはきっと魅力的に聞こえているだろう。
 これは本当に、有望な新人を取られてしまいそうだが、その前に……
 優しい目を場に向けている姫水を、夕理はちらりと横目で見る。

(引き上げられたのは、私も同じや……)

 特に歌で、そしてそれ以外でも。姫水のおかげでどれだけ上達しただろう。
 一年間だけWestaにいてくれた、本物の一流の女の子。
 感謝は……している。
 夕理だって本当に、彼女に感謝はしているのだ……。

 と、そんな感傷を吹き飛ばすように、ゴルフラの五人の顔が不敵なものに変わった。
 その視線はこちらを直視し、光が指を突き付けてくる。

「さて、素敵なゲストがいるみたいだね。姫水ちゃん、来てくれて嬉しいよ!」
「あら、気付かれてたのね」
「そりゃ姫水ちゃんは目立つからね。あ。天名さんもいたんだ」
「いたわ! 悪かったな!」

 二人の前の観客は慌てて道を開け、周囲にはざわめきが巻き起こった。

『Westaの藤上姫水と天名夕理や!』
『全国大会に向けて忙しいはずやのに、わざわざ偵察に?』
『これは面白くなってきたで!』

 姫水はたおやかに、夕理は仕方なく、歩を進めてゴルフラの正面に立つ。
 客が期待する通りに、光は挑発を交えて誘ってきた。



「まさか黙って見て帰る気じゃないよね? 一曲くらいは歌ってくれるんじゃろ?」
「はあ……相変わらず強引な人ね。
 でも確かに、私たちも中学生にアピールしないとね。いいわよね、天名さん」
「いいけど、その前にひとつ聞きたい。さっきの曲は、業者に発注したんやな」
「うん。今回は安いとこに頼んだから、大した曲じゃないけど」
「はああ!? 金額で音楽に優劣をつける気!?」
「え? だって実際に値段違うし。天名さんの怒りポイントって、相変わらずよく分かんないや」
「~~~! もういい! 藤上さん、私たちの本気を見せたるで!」
「ふふ。本当に相性が良くないのは、あなたたち二人かもしれないわね」

 姫水が苦笑しながら、部長のユカへスマホを渡す。

「この曲を流していただけますか?」
「ええよー。何や、最初からやる気やったんや」
「瀬良さんなら予想はできましたから」
(え、ちょっ。藤上さん、どの曲?)

 勝手に決めてコートを脱ぎ始める姫水に、夕理も慌ててジャンパーを脱ぐ。
 ピンマイクを借り、姫水は優美に観客たちへ向き合った。

「今から歌うのは私の初めてのセンター曲です。
 私も思い入れがあり、個人的には最も天名さんらしいと思っています」
(えええええ!?)

 仰天する夕理の耳に、前奏が流れてくる。
 まだ作曲に慣れていなかった頃。四苦八苦して作った記憶が蘇りながら。
 何とかして、姫水と一緒に声を合わせた。

『若葉の露に映りて ~growing mind~』

『若葉の頃 心かすかに芽吹きて
 留まる露に 我と我が身を映す』

(藤上……さん)

 曲自体は夕理も思い入れはあるものの、今聞くと未熟で恥ずかしい。
 でも、それを覆すほどの、見事な姫水の歌声だった。
 ファーストライブのとき、皆が曲を理解して想いを込めた中、病気の姫水だけは何も変わらなくて。
 それを今こそ取り返すかのように、感情と現実感の全てを注ぎ込んで歌っている。

『伸び行く先 風の枷渦巻きて
 露は零れ落ち 映し身は霧と広がる』

(感心してる場合とちゃうやろ! 曲も詞も私が作ったんや!)
(世間受けはしなかったけど、私の大切な曲なんや)
(こんなところで、歌う機会に恵まれるなんて――)

 姫水に教わった歌唱技術を総動員して、精一杯の歌声を響かせる。
 観客もゴルフラの部員も、この芸術の発露に聞き入っている。
 暁子がいたら言ったかもしれない。
 光、今日はずいぶん嬉しそうやな、と。

『growing mind 心は展伸する まだ見ぬ空へと――』

 あのとき六人で見せたポーズを、今は二人だけで決める。
 拍手はやはり、先ほどのゴルフラよりは小さかったけど。
 夕理も姫水も大いに満足して、深々とお辞儀をした。

「いやー、ファーストライブよりずいぶん良くなったね! 特に姫水ちゃん、別人みたい」
「ありがとう、瀬良さん」

 病気のことは隠してはいないが、特に発信もしていない。光までは届いていないようだ。
 と、ゴルフラの一年生が、少し目を逸らしつつ言葉を続ける。

「でも少し高尚すぎるというか……自分の趣味に走りすぎとちゃう?」

 嫌味っぽいが、どこか悔しさを含んでいるように夕理には聞こえた。
 確か予備予選で作曲して、その一回で諦めてしまった子だ。
 それを思い出してとっさに反駁できないでいると、姫水が微笑みながら返事をする。

「今日はあくまで貴方たちのライブだしね。私たちは自分の好きな気持ちを優先させてもらったの」
「そ、そう……」
「あはは、私たちだって好きな気持ちでは負けないよー! ゲストどうもありがとう!」

 光が空気を持っていって、姫水と夕理は上着を羽織りながら後ろに下がる。
 あとは光を中心に、世間受けするライブが続いていった。

「続いては全国大会十位の曲! 『海とマーメイド』!」


 *   *   *


「瀬良さん。これ、勇魚ちゃんから。今日は来られなくてごめんねって」

 ライブ終了後。撤収作業の合間を見て、姫水はチョコを差し出した。
 光は飛び上がって大喜びだ。

「やったー! もしかして勇魚ちゃんの手作り?」
「そんなわけないでしょ。私がさっき京橋で買ったのよ」
「ちぇー。ま、勇魚ちゃんには何度でも会えるからいいや。
 姫水ちゃんとは、多分これが最後だね」
「そうね。あなたが芸能界に来れば、お仕事でご一緒するかもしれないけれど」

 女優とアイドルの接点は、どれだけあるのだろう。
 あまり期待できない未来に、光は残念そうに眉を寄せる。

「地区予選の決闘、ばりすごかった。本当にやめちゃうの? スクールアイドル」
「……仕方ないのよ」
「そっか、仕方ないなら仕方ないや。芸能界で会えたらよろしくね」

 ひとまずの別れを告げてから、光の顔は夕理へと向く。

「天名さんとはあと二年競争だ。新人育成でも負けないよ!」
「瀬良さんは才能をそっちに使うんやな。羽鳥さんとは違って」
「羽鳥先輩は、あまり人間に興味なさそうだったよね。私は仲間のことが大好き!」
「その点だけは好感が持てるで」
「その点だけかあ。私は天名さんのこと嫌いじゃないよ。すぐプンスカして面白いし」
「んなっ……!」

 さっそく怒る夕理を、姫水がまあまあと押し留める。
 待ってくれている部員たちを気にして、光は話を切り上げた。

「私たちを負かして全国へ行くんじゃけぇ、十位以内には当然入るよね?」
「じ、順位の数字だけがラブライブとちゃうわ!」
「少なくとも面白いものは見せるから、期待してていいわよ」
「それは楽しみだ! それじゃね!」

 仲間と合流し、光は駅へ帰っていく。
 それを見送ってから、二人の足は何となく反対側へ向いた。
 大阪城ホール。あれから一ヶ月と少ししか経っていないのに、何だか夢のようだ。

「……楽しいな。スクールアイドル」

 噴水の前で、姫水はぽつりとこぼしてから、やるせなさそうに目を伏せた。

「私が二人いれば良かったのに」
「………」
「そうすれば片方は女優ができて、もう片方はスクールアイドルができて」
「何を子供みたいなこと言うてんねん」
「そうよね……でもそうすれば。
 片方は勇魚ちゃんと、もう片方はつかさと……」

 声は冬の風の中に途切れていく。
 しばらくの間、言うかどうか逡巡していたようだけど。
 結局顔を伏せながら、姫水が口にした声は少し震えていた。

「ごめんなさい、天名さん。つかさの気持ちに応えられなくて」


 言われるかもしれないと思っていた。
 言われたら、自分は怒るのだろうと思っていた。
 謝ってどうなるんや、つかさの決断を侮辱する気か――と。

 でも、なぜか怒りは湧いてこなかった。
 理屈では納得したつもりでも、やはり割り切れていなかったのだろうか。
 姫水がつかさを選ばなかったこと、スクールアイドルを選ばなかったこと。
 けれどこうして、直接知れたから。彼女が深く深く悩んだことを。だから、もう――。

「……もう、ええんや」
「……うん……」
「………。梅、見に行く?」
「……うん」


 城ホールの横を通り抜けると、目の前には天守閣。
 外堀沿いを並んで歩く。
 二人とも口数は少なかったけど、特に不快ではなかった。

 青屋門を通り抜け、南へ歩けばすぐ梅林である。

「思ったより咲いてるんじゃない?」
「ほんまやな。このへんは早咲きの梅かも」

 もちろん蕾も多く、観光客もそこそこだが、おかげで落ち着いて歩ける。
 紅梅、白梅、蝋梅に枝垂れ梅。
 可憐な花に顔を近づければ、かすかに香りが漂ってくる。が……

 本来の目的はライブ見学でも観梅でもない。
 梅園の端まで来て、姫水は足を止めた。
 これで駄目なら潔く諦めようという、覚悟の表情で。

「天名さん、あなたと仲良くなりたい」
「………」
「あなたの真面目なところ、融通のきかないところが好き。
 スクールアイドルが大好きで、誰よりも真剣に努力しているのが好き。
 つかさを本当に愛していて、そのためなら身を犠牲にできるのが好き。
 花歩ちゃんと勇魚ちゃんを大事にしてて、何やかやで友達思いなところが好き。
 小都子先輩を心から慕っている、可愛らしい後輩なところが好き。
 それから――」
「わ、分かった、分かったから」

 さすがに恥ずかしくなってきて、夕理は慌てて制止する。
 こうまで率直に言われては、馴れ合いと断じるのは難しかった。それに……。

「正直、さっきの曲が――『若葉の露に映りて』がめっちゃ効いたで。狙ってたん?」
「効いてくれるかな? とは思ってたわよ。
 思い入れがあるのも、ファーストライブのリベンジがしたかったのも本当だけどね」
「そう……私も思い入れがあるし、嬉しかった。気が向いたら、また歌ってあげて」

 さて――もう逃げられないと、夕理も覚悟を決める。
 梅の花たちに見守られながら、今の気持ちを口にした。

「往生際が悪いけれど、条件が二つあるんや」
「どうぞ。今度こそ呑めるものだといいんだけれど」
「友達になったら、相談に乗ってほしいのが一つ」
「もう。条件とか関係なく、友達の相談には乗るものでしょう?」
「……そうかもね。それともう一つ」

 少し言い淀む。ここまでしてもらって、心苦しくはある。
 けれど、情に流されて嘘を言うことだけはできなかった。

「なれるのは友達の第一歩目までや。花歩や勇魚ほどには仲良くはなれへん。
 やっぱり、どうしても時間が足りなかった」
「……それが現実なら、呑むしかないんでしょうね」
「ごめん……」
「ううん、興味がない状態からはずいぶんな進歩よ。
 私からも条件というか、要望を二ついい?」
「どうぞ」

 完全には望みを叶えられなかった完璧少女は、それでも精一杯やったと満足そうだった。
 梅園を背景に、絵になる風景で頼みごとをしてくる。

「つかさ達は、夏休みに東京へ遊びに来てくれるんだって。
 天名さんも一緒に来て欲しい。そうして、もっと仲良くなれる可能性に望みを繋ぎたい」
「……全国大会に行くつもりやから、ついでに行く。でも、そっちからは大阪に来いひんの?」
「仕事がなくて暇なら行こうかな?」
「前言撤回。仕事取れるように頑張って」
「ふふ、あなたらしい。もう一つは……」

 少し恐る恐る、探るように尋ねてくる。

「下の名前で呼んで欲しいんだけど、そこまでは到達してない?」
「………」

 夕理は考え込む。
 花歩と勇魚ほどの近さではないのだから、同じようには呼べない。
 かといってちゃん付けするキャラではお互いにない。
 悩んだ挙句、選んだ呼び方は――

「姫水……さん」

 気を悪くするかと思いきや、姫水はおかしそうに吹き出した。

「懐かしいなあ。東京にいる大事な人から、そう呼ばれていたの」
「そ、そうやったん。どんな人?」
「箱入りのお嬢様。スクールアイドルに興味はなかったけど……クラシックが好きなところは同じかな」

 遠い目をする彼女に、まだまだ知らない部分が多いのだなと思う。
 でも、来月が今生の別れになるわけでもないから。
 夕理が差し出した右手を、姫水は幸せそうに握り返した。



「ありがとう、夕理さん。あなたと活動できて楽しかった。
 全国大会、必ず最高の思い出にしましょう」
「姫水さん。スクールアイドル部に入ってくれてほんまに感謝してる。
 この一年が、女優を続ける上でも意義あるものになりますように」


 最後に部への報告用に、梅の前で並んで写真を撮る。
 まだ咲きかけの、蕾も多い開花を待つ木。
 今の自分たちには、これが似合っている気がしたから。


 *   *   *


「それで夕理さん、私に相談って?」

 駅前に戻ってカフェに入り、紅茶で温まりながら夕理に尋ねる。
 どう言ったものか逡巡する彼女に、姫水は予想したことを口にした。

「つかさのことね?」
「何で分かるんや……」
「夕理さんがそこまで悩むなら、一番大事なことなんでしょう。でも、私でいいの?」
「姫水さんがええんや。つかさが本気で好きになった人やから」

 そう言ってくれた夕理は、三週前の話を説明する。
 花歩から告白しろと勧められたこと。
 小都子から一ヶ月のクールタイムを提案されたこと。
 紅茶の湯気を揺らしながら、姫水は宙を見て考え込んだ。

「動物園の出来事が1月13日だから、間に一ヶ月を置くと……2月14日」
「バレンタインはどうでもええねん! まず告白するかどうかの話や」
「しない理由を教えてくれる?」

 にこやかに、まず姫水は逃げ道を塞ぎにかかった。
 夕理は圧力にたじろぎながら、一つ一つ挙げていく。

「ずっとつかさを応援してきたのに、何を今さら……」
「論理的でない理由ね。感情的にも一ヶ月も置けば十分でしょう」
「つかさに迷惑かもしれないし……」
「あなたが尽くしてきた日々を考えたら、その程度を許容しないつかさではないわよね」
「つかさの眼中には私なんていないし……」
「断られるのが怖いということ? ただの保身じゃない。
 他の子なら気持ちも分かるけど、いつも強気なあなたが何を言ってるの」

 容赦なくずばずばと言われて、さすがに夕理も苦笑する。

「優等生の割に遠慮なしやな」
「友達として役に立ってるでしょう?」
「そうやな……やっぱり姫水さんに相談して良かった」
「一応、マイナスの情報も伝えておくわね。USJの帰りにつかさから言われたの」

 皐月の終わり、腕につかまっているつかさと交わした話を思い出す。
 思えばつかさを初めて評価したのは、夕理との関係性だった。

『夕理にはもっと相応しい相手がいるはずや。あたしみたいな不純な人間やなくて』

 あのときは失望したけれど、今ならそう簡単な問題ではないことも分かる。
 現に目の前の夕理は、話を聞いて複雑な顔をしている。

「五月の時点のつかさだから、今は違うかもしれないけどね」
「ううん、たぶん同じや。つかさはいつまで、中二の時のことを引きずってっ……」

 行き場のない憤りに、夕理は紅茶を一気に飲み干した。
 二人の中学生時代のことは、花歩経由で聞いただけだけれど。
 時計の針を進めるべく、姫水は思い切って踏み込んでみる。

「前提はこれくらいにして、根本的なことを聞くわね。
 夕理さん。あなたはつかさに想いを伝えたいの? 伝えたくないの?」
「私は……」

 単に知らせるかどうかの話ではない。
 恋心そのものの存在は、つかさはとっくに知っている。
 夕理自身が、自分の想いをどう扱うかの問題だ。
 蓋をして閉じ込め続けるのか、それとも――。

 五分くらいは悩んでいただろうか。
 膝の上でぎゅっと拳を握りしめ。
 夕理はとうとう、大きく心の舵を切った。


「ちゃんと――好きって言いたい。
 それが上手くいくかどうかは二の次や。
 失敗しようが傷つこうが、私は好きな人に好きって言いたい。
 姫水さんがそうしてくれたように!」
「うん――!」


 瞳を潤ませ、姫水は首を思いきり縦に振る。
 けれど自制ばかりしてきた夕理は、未だ自信のない目を向ける。

「だ、大丈夫やろか? 自分の欲望を優先して。
 姫水さん。私の行動は、正義にもとるところはない?」
「あなたは100%正義だと断言するわ。
 恋する女の子が告白するなんて、正しいに決まってるじゃない」

 言い切ってから、すっかり冷めた紅茶を、姫水は口に流し入れた。

「……私はあなたみたいになれないから、ずるいことを言ってもいい?」
「え……?」
「つかさを、幸せにしてあげてほしい」

 息をのむ夕理の瞳に、姫水の寂しそうな微笑が映る。

「私にはそれができなかったから。
 我ながらずるいとは思うけど、でも、夕理さんも初詣で言ったでしょう?」

『つかさが幸せならそれでええんや』
『お願い藤上さん、つかさを大事にしてあげて』

 もちろん当時は、夕理は自分を枠外に置いていたのだろうけど。
 告白すると決めた今、当事者として返ってくる。
 そして、それから逃げる夕理ではなかった。

「選ぶのはつかさや。約束はできひん。
 でも、姫水さんが譲れなかった条件――あれを満たすことだけは約束する。
 私は世界中の誰よりも、つかさのことが一番好きや!」
「うん……頑張れ、夕理さん」

 どんな結果が待っているのか、姫水にも予想はできない。
 今はただ、彼女の真っすぐな目に安堵する。
 夕理とつかさ。もう四年も続く、絡まった関係性。
 その決着に少しでも役立てるなら、それがつかさのためにできる、最後のことかもしれなかった。


 *   *   *


 店を出て駅に向かいつつ、姫水は楽しそうに夕理の顔を覗きこんだ。

「チョコは手作り? 手伝うわよ」
「うーん……気持ちは嬉しいけど、こればかりは小都子先輩に頼みたいところや」
「とほほ。仕方ないか、先輩のお菓子は絶品だものね」

 自然に会話してから、気付いた姫水は話を巻き戻す。

「って、つかさにチョコ渡すの?」
「ま、まあこの時期に手ぶらなのも何やから……。
 決して商業主義に屈したのとちゃうで! 単に告白の小道具がチョコなだけや!」
「はいはい。私はあなたに渡すつもりだけどね。
 お返しは当日でも、ホワイトデーでもいいわよ」
「選択肢を増やさないで! 悩み過ぎて頭がパンクしそうや!」
「ふふっ。本当、面倒くさいイベントよね」

 駅に入り、ホームに外回りの電車が来る。
 本来逆方向の夕理は、姫水と同じ車両に乗り込んだ。
 環状線なのだから、座っていればいずれ着くのだ。

 スクールアイドルのこと。役者のこと。μ'sのこと……。
 友達になったばかりの二人は、しばし会話を楽しんでいく。
 ようやく繋がった輪の中で。


<第32話・終>

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