このSSは「Wizard's Harmony」(c)アークシステムワークスを元にした2次創作です。



雪の中街は踊る (前) (中) (中の2) (後の1) (後の2)





 光の矢が天に昇る。
 魔術師が放った花火の魔法は、中空で弾け、音とともに夜空に色とりどりの花を咲かせた。

 冬祭りもこれで終わり。
 祭りの終わりはいつだってもの悲しいけど、今年は特にそうだ。
 三度目で、最後の冬祭り。卒業を目の前にして、何だかんだで、この一年が一番充実してたんじゃないだろうか。
 廃部寸前になって、必死でみんなに声をかけて…。
 それから始まった毎日は、俺の中で本当にかけがえのない時間だった。
(って、感慨にふけるのはまだ早いか)
 あと三ヶ月もあるんだものな。苦笑して、再び頭上に目を向ける。二発目の花火が放たれ、飛び散る光に湧く歓声。やっぱり魔法っていうのは人を攻撃したりするより、こういうことに使うべきだよなぁ。
 と、その間隙をぬって、聞き覚えのある声がした。
「ルーファス君!」
 顔を上げると、人混みをかき分けやって来る長い髪の少女が見える。あの紅い瞳は、確か――
「ラミカ!?」
「こんばんは。久しぶりよね」
 去年の霜森(11月)に俺たちと知り合った吸血鬼の少女は、笑いながらそう言った。
「ああ、久しぶり。一人? …じゃ、ないみたいだね…」
 その後ろからやってきた人物に、俺の語尾が消える。
 眼鏡を直し、不機嫌そうにこちらを見る顔。よりによって今日最後に会うのがこいつかよ。
「ふん、ルーファス・クローウンか。また変な騒ぎを起こそうとしてるんじゃないだろうね」
 生徒会長は相変わらずで、嫌みったらしい声を俺に投げた。
「ただ花火を見てるだけだろっ。まったく、今年度はまともに活動してきたんだから、いい加減評価してくれよ」
「何を虫の良いことを。過去二年の不祥事がそうそう忘却されると思っているのかね」
「え、なあに? 二人って仲悪いの?」
 きょとんとした顔で俺たちの顔を見比べるラミカ。いや、改めてそう聞かれると困るんだけど。
「まあ色々あって…」
「ラミカ、こんな屑アカデミーの連中と付き合うのは感心しないな」
「誰が屑アカデミーだ誰が!」
「そうよエリザったら。私が記憶喪失になったとき、助けてくれたのはルーファス君たちなのよ?」
「むむ…」
 会長が言葉に詰まったところで、次の花火が打ち上がった。
 三人とも会話を止め、しばらく空を見上げる。
「それより、なんでラミカが会長と?」
 光跡が消えてから、首を戻して質問した。
「うん、学園に留まったはいいけどやっぱり不慣れだし、困っていたところをエリザが色々面倒見てくれてるの」
「へー…」
「何だねその意外そうな顔は」
「い、いや別に」
 あの冷血無比な会長がなぁ。もしかして冷血無比なのは俺たちに対してだけなのか?
 と、そこでまた上がる花火。
 今度のは今までで一番大きく、かつ色も模様も工夫を凝らしたものだった。あれだけの魔法を使えるなんて、さすがこの街のギルドだけはある。
「…やっぱり、Skill&Wisdomに来てよかった」
 光が消えていくのを見つめながら、ラミカがぽつりと言った。
 そういえば、前に言ってたっけ。本来バンパイアは闇に生きる種族だけど、人間の生活に憧れて学園に入り込んだって。
 俺と会長の方を向いて、にっこりと笑うラミカ。
「あなたたちには感謝しなくちゃね」
「い、いや、別に大したことはしてないよ。なあ?」
「ま、まあ、こいつはともかく私は会長として当然のことをしたまでで…」
 でも、ラミカみたいな立場の子にそう言ってもらえるのは嬉しいことだ。
 俺だってこの街に、あの学園に来て良かったと思ってるし、他のみんなにもそう思ってほしいよ。
 そして最後の花火が上がり、しばらく余韻を味わってから、吹っ切るように俺は大きく伸びをした。
「あー、終わった終わった」
「綺麗だったわね」
 大勢いた観衆たちも帰り支度を始める。これで正真正銘、冬祭りは終わったんだ。
「じゃあラミカ、冬休み明けにまた学校で」
「うん、1年の教室にも遊びに来てね」
「やめなさいラミカ。こんな奴と付き合っていると程度の低さが移ってしまう」
「どうしたのよエリザったら。ルーファス君にだけはやけに厳しいじゃない」
「そ、そんなことはありませんっ! あー、えへん。用がないならもう行くとしよう」
 会長はすたすたと歩き出してしまったので、ラミカも俺にぺこりとお辞儀してからその後を追った。
 苦笑しながらそれを見送っていたが、ふと思いついて、後ろからラミカに声をかける。
「ラミカ! そういえばアカデミーには入ったのか?」
「え、入ってないけど」
「それならウィザーズアカデミーに入らないか!」
 会長がすごい勢いで振り向いて、俺に向かって猛然と抗議した。
「何を言い出すのだルーファス・クローウン! 彼女を悪の道に引き込むつもりか!」
「失礼な奴だな。俺はラミカにより充実した学園生活を過ごしてもらいたいと…」
「ふん。また潰れると困るから、一人でも多く部員をかき集めようという腹だろう」
「ぶぶ部員を勧誘するのはアカデミーとして当然だろっ!」
 いやでも別にそれだけが理由じゃなくて、ただジャネットやシスティナたちとあの部室にいるラミカを想像したら、何だか楽しそうだなと思っただけで…。
 そんな言葉が声になる前に、ラミカは紅い目を少し細めて、俺にこう質問した。
「…ルーファス君は、ウィザーズアカデミーに入って良かったと思う?」
「え…」
 一瞬、虚を突かれてしまった。
 そんなこと考えたこともなかった。アカデミーで過ごすことは、俺にとっては空気を吸うくらい当然のことだったから。
 でも間があったのはわずかな時間で、すぐに俺は断言する。
「もちろん、良かったとも」
「本当か? あんなアカデミーのせいで振り回されて、さんざん苦労してきたのに?」
 会長の意地悪な――いや、同情してくれたのかな?――質問にも、今となっては笑って返せた。
「それでも、本当だよ」
 先輩に拉致されて入部させられたときは、こんな三年間になるなんて予想もつきはしなかったけど。
 それでも、もしやり直せると言われたって、俺はきっと断るだろう。
「色々大変なこともあったけど、楽しかったよ。ウィザーズアカデミーがなかったら、きっとつまらない三年間だった」
「そっか…」
 ラミカは納得してくれたのか、柔らかく微笑んだ。
「うん、考えとく。確かに、ルーファス君たちのところって楽しそうだものね」
「頼むよ。今の一、二年生たちじゃちょっと心配だしさ」
「ほう。そう当人に伝えておこう」
「わわわ。余計なことを言うなぁ!」
 まあ実際のところは俺の心配なんてどこ吹く風で、ソーニャやセシルや、新しく来てくれるであろう部員たちがちゃんと盛り立てていってくれるのだろう。
 会長に睨まれるのはそうそう変わりそうにはないけど…。でもその新入部員の中に、ラミカの姿がありますように。
 挨拶して去っていく二人を見送りながら、そんなことを考えた。


 祭りの余熱も収まり、街は後片づけに入っていた。
 屋台はたたまれ、道行く人は満足げな顔で家へと帰っていく。
 部の誰かがいないかと探したが、人が多すぎて見つからなかった。真琴は優勝できたのかな。ジョルジュの屋台は儲かったんだろうか。ミュリエルとソーニャは…。
「おっ」
 まだ開いている屋台の前で思わず声を上げる。カシュトの実が半額になってるじゃないか。
 あれは美味な上に魔力を高める効果もあるが、高いし保存がきかないのでなかなか売ってない。でも保存がきかない分、売れ残りは安くなるわけで…。よし買おう。
「ル〜〜〜ファ〜〜〜ス〜〜〜」
「うわぁぁぁ!」
 いきなり後ろから締め上げられ、じたばたともがく俺。
「デデデイル先輩っ! これはまたお元気そうで…」
「よ〜く〜も〜システィナなんぞを押しつけてくれたなぁぁ」
「あ、あはは。女の子と冬祭りを過ごせて良かったじゃないですか」
「ええい、延々と神の話なんぞされても嬉しくも何ともないわ! さーてこの埋め合わせは、とりあえず花火の玉にでもなってもらおうか」
「いやだぁぁぁ!」
 俺の叫びを無視して呪文を唱え始めるデイル先輩。ああ、結局こんな運命なのか…。
「せ、せめて武士の情け。あのカシュトの実を買うまで待ってくれませんか。半額なんて滅多にないし」
「ほう、ついでに俺の分も買ってこい。それなら関節技で勘弁してやる」
「ハイ…」
 とほほ、結局1個分の値段じゃないか…。まあ夜空に打ち上げられるよりマシか…。
 がっくり肩を落とし、懐から財布を取り出しながら屋台へと向かう。
 懐から財布を…。
 ‥‥‥‥。
「ん? どうしたルーファス」
 怪訝そうな声で尋ねる先輩に、振り向いた俺の顔はさぞかし情けないものだったに違いない。
「…財布、落としました…」
「‥‥‥‥」
 デイル先輩は憐れんでいるのか笑いをこらえているのか、とにかく神妙な顔で俺の肩にポンと手を置いた。
「まあ、あれだな。今年一年のお前の運勢を象徴しているようだな?」
「ううう…。仕送りまでまだ半月もあるのに…」
「はっはっはっ、半月くらい食わなくても死にゃあしない」
「先輩、お金貸してくださいーーーっ!」
「バカヤロウ、俺が金持ってるように見えるかーーーっ!」
 結局先輩に見放され、衛兵の詰め所に行っても届いてないと言われて、俺は重い足取りで雪道を寮へ歩いた。花火大会で落としたんだとしたら、あの人混みじゃ出てきそうにないなぁ…。
 寮に戻り、真っ暗な部屋の中で一人立ち尽くす。
(ふっ…。しょせん俺の冬祭りはこんなオチなのか…)
 ‥‥‥。
 駄目だ、寝よう。
 考えていても暗くなるだけだ。明日になれば何かが変わって……変わりゃしないよなぁ…。とにかく寝よう…。




*    *    *




『くえ〜』
『あははー。キミが見つけてくれるなんて、彼も運がいいよねー』
『くえ〜』
『え、運が良ければ最初から落とさない? あははー、そうかもしれないねー』
『くえ〜』
『ハイ、鍵は開けたよー。そのへんに置いておきなよー』
『くえ』
『じゃあねルーファス君。キミはこれからも小さな不運が続くだろうけど
 その分、大きな災いはやってこないから大丈夫だよ――』




*    *    *




「おにーちゃん、おはよー」
「おはよう、シンシア」
 あれから一週間。冬休みも終わり、今日から最後の学期が始まる。
 まだ雪の残る学園に、久々に集まってくる生徒たち。占いギルドの発表だと明日あたりまた雪らしいから、しばらくは白い風景が続くだろう。
 でもそれもいつかは消えて…それと同時に、俺の学園生活も終わりを告げる。
「そうだシンシア、誕生日おめでとう」
「え、わーい。おぼえてたんだー」
「もちろんだよ。でもこれから授業だから、プレゼントは放課後な」
「うんっ、おにーちゃん! なにかな、なにかなー」
 はしゃぐシンシアにこっちまで嬉しくなりながら、鞄の上からまたたびの包みをつい確認してしまう。
 それにしても、なんで財布が机の上にあったんだろう…。あの日の俺は寝ぼけてたのか?
 ああ、もしかしたら神様が俺を憐れんで、奇跡を起こしてくれたのかもしれない。
 …って、そんなわけないか。システィナじゃあるまいし。
「まあとにかく、財布があって良かった良かった」
「ほう、それは良かったねぇ」
「ああまったく…って先輩っ!?」
 目の前で、デイル先輩がぽきぽきと指を鳴らしていた。
「あ、デイルちゃんだー」
「やあオハヨウシンシア君。それよりルーファス、どうもタイミングが良すぎるとは思ったんだ。まさか財布を落としたというのが、俺の同情を引くための茶番だったとはなぁ」
「ええー!? ちち違いますよ、誤解ですっ!!」
「問答無用! 少し時期は外れたが、今日こそ花火としてこの街の空を飾れい!」
「待ちなさいデイル・マース!」
 ああっ助け船。校門の方から土煙を上げて、ソーニャが猛然と走ってくる。
「また馬鹿なことをするつもりなのね! わたしの目が黒いうちは許さないわよ!」
「ちっ、うるさい奴が来た。ソーニャ君、これは偉大な実験なのだよ」
「寝言は寝てから言いなさいっ!」
「じ、じゃあ俺はそういうことで」
「あ、こら待てルーファス!」
「話は終わってないわよ、デイル・マース!」
 後ろでわめく声を振り切って、全速力で校舎に駆け込む。
 すれ違う級友たちに声をかけながら、玄関で靴についた雪を落とす。雪が消えて春になれば、この騒がしい時間も終わり。俺のアカデミー活動は、卒業式をもって幕を下ろすんだ。
 …でもその前に、大事な後輩たちに……来年の主役になる彼らに、ちゃんとアカデミーを引き継がないとな。
 俺が卒業しても、ウィザーズアカデミーはいつまでも続いて欲しい…
 いや――きっと続いていくんだから。




<END>

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