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この作品は同人ソフト「月姫」(c)TYPE-MOON の世界及びキャラクターを借りて創作されています。
シエルシナリオ、アルクェイドシナリオのネタバレを含みます。

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「これ以上、遠野くんに近づかないでもらえませんか」

 自分でもぶしつけと思う申し出に、返ってきたのは案の定、殺意に近い敵意だった。
「なぁに? わざわざ殺されたくてそんなこと言いに来たわけ?」
 人気のない深夜の公園で、白と黒の姿が街灯に浮かぶ。片や純白の吸血姫、片や教会の異端狩り。この街での目的も行動も同じだが、その距離は果てしなく遠い。
 しかし、いつまでもそんなことを言ってはいられない。少なくともシエルの方には、達すべき目的があった。
「やだなぁ、そう邪険にしないでください。今日は平和的な話し合いのつもりなんです」
「ふん、あなたと話し合うことなんてないと思うけど」
「貴方は遠野くんを殺す気ですか」
「どういう意味よ!?」
「どうもこうもないでしょう。ネロ相手に彼がどんな目に遭ったか、忘れたとは言わせませんよ」
「う…」
 彼女は決まり悪そうに言葉に詰まった。ネロ・カオスという吸血鬼と戦った際に、遠野志貴が死にかけたことについて、一応は悪いと思っているらしい。
「いいですか。彼は凄い力の持ち主かもしれませんが、根はただの一般市民なんです。殺したり殺されたりなんていう世界とは本来無縁なんです。それを吸血鬼相手なんて、どうしてそんな危険なことに巻き込むんですか!」
「あ…あなたに関係ないでしょ! わたしと志貴の問題じゃない。だいたい先に殺されたのはわたしの方なのよ。その代償に手伝ってもらってるんだから、とやかく言われる筋合いないわよ!」
「ならネロを倒したことでちょうど釣り合いますよね。貴方の命を救ったんですから」
「う、うるさいなぁ…」
 困ったようにそっぽを向く。こんな顔をするなんて、今まではあり得なかった。その点ではここにいない少年に感謝せねばなるまい。
「あのですね、別にわたしは遠野くんに会うなと言ってるんじゃないんです。ロアの件が片づいて、危険がなくなってから好きなだけ会えばいいじゃないですか」
「むー」
 不満げに頬をふくらませる彼女。言いたいことはわかるが、シエルに言われるのが気に食わないらしい。目を合わせないままぶちぶちと不平を漏らした。
「でもねー。今回のロアは結構強力そうだし、わたし一人だとちょっと辛いんだけどな。やっぱり志貴がいないとなー」
「ああ、それなら大丈夫です」
「何がよ?」
 冷ややかな目がこちらを向く。今まではそれに黒鍵を投げつければ良かった。ある意味、その方がずっと楽だ。
 しかし、それではいつまで経ってもこの因縁は終わらない。延々と無駄な戦いを続ける余裕なんてない。
 シエルは多大な努力を払って、仕方なしにその言葉を吐き出した。
「代わりにわたしが協力しますから」
 アルクェイド・ブリュンスタッドを殺すには、これくらいの試練は必要なのだ。






種の正義








「待ちなさい、アルクェイド!」
 背を向けてすたすたと歩き出す彼女を、小走りで追いかける。
「話くらい聞いてくれたっていいじゃないですか」
「寝言は寝てから言ってよね! あなたと組むくらいなら一人で戦った方がよっぽどマシよ。ああもう、ついてくるなっ!」
「あ、冷たいなぁ。貴方一人じゃまたロアを転生させるだけですよ。わたしの第七聖典なしでどうするんです」
「大きなお世話よ。ロアの魂ごとわたしに取り込めば済むことじゃない」
「17回も失敗したくせに…」
「うるさいっ!」
 足を止め、刺すような視線を向ける…それだけのことで、圧倒的な殺気に気圧されそうになる。
 こんな女にこんな力を与えるのだから、つくづく自然とは不公平だ。
 しかし不公平さにも限りがあるようで、知恵では人間も決して真祖に劣りはしない。それを使って、しつこく彼女に食い下がる。
「だいたい、貴方がロアを取り込んだらわたしは死ねないままじゃないですか。そんなの困ります」
「ふん、知ったことじゃないわ。そんなのはあなたの都合でしょ」
「そうですけど、そうなると貴方を殺す以外にわたしに未来はありませんね」
「‥‥‥」
「まあ勝てはしないでしょうけど、死ぬこともないので、朝晩構わず貴方のところに押し掛けます。城で寝ていても関係なく顔を出しますから、そのつもりでいてくださいね」
「うげ…」
 よっぽど嫌な未来図らしく、あからさまに顔をしかめるアルクェイド。こっちだって嫌です! と怒鳴りたいのはやまやまだが、これも仕事だ。あくまで穏やかな口調を使う。
「あのですね、わたしだって嫌なんです。でもロアを倒すのが最優先ですから仕方ないんです」
「そりゃそうかもしれないけどさぁ…」
「ロアの魂を消すまでの辛抱ですっ! 貴方が力を取り戻せば、もう吸血衝動に負けることもないでしょう? そうなればわたしが貴方を追う理由もありませんから、今後一切姿を現さないと約束しましょう」
 一瞬きょとんとするアルクェイドだが、シエルの言葉を理解するや、ぱあっと音の出そうな笑顔に変わった。
「そっかぁー。ま、悪くない取引かもね。ちょっと我慢すれば永遠にあなたの顔を見なくて済むんだもん。うんうん、こんな嬉しいことってないよねー」
「そうですよねぇ。わたしなんて貴方の声を聞くだけで胸くそ悪いですから、会わずに済むのは本っっ当に有り難いです」
「あはは」
「あはははは」
 およそ友好という言葉とは無縁の、乾いた笑い声があたりに響いた。


 彼女との付き合いは8年に及ぶ。
 その間殺すとか封じるとか、口では何度も言っていたが、正直なところ本気で実行できるとは思っていなかった。
 それほどまでにアルクェイドの力は圧倒的で、並の吸血鬼なら六度は殺せる黒鍵でも傷一つつかない化け物だった。
 勝てないと分かっているから、埋葬機関の誰もが不満を持ちつつも殺せずにいたのだ。

 しかし、今や彼女は弱っている。遠野志貴という少年に殺され、再生のために力を使いすぎて。
 信じがたいことではあるが、しかしこの機を逃す手はない。こんなチャンスは千年経っても巡ってこないかもしれない。
 それでも依然力の差は大きく、正面から戦ったのではやはり勝てない。ならば採るべきは謀殺だ。協力する振りをして、油断したところを背後から刺す。嫌われ者の埋葬機関では接近も難しいかもしれないが、なぁに所詮は一年足らずしか活動していない子供。上手く騙せぬものではあるまい…
「ちょっと待ってくださいっ!」
 そんな命令を埋葬機関の陰険局長ことナルバレックが下した時は、さすがにシエルも電話に向かってわめき立てた。
「冗談じゃありませんよ! なんでわたしがあんな吸血生物と仲良くしなくちゃならないんですか!? 振りでも嫌ですっ! あ、ちょっと局長!? もしもし、もしもーしっ…」
 それからアパートに返って枕に当たり散らしたり、カレーをヤケ食いしたりしたが、命令に従わないわけにはいかない。それにナルバレックの言うことも一理ある。他にあの化け物を殺す方法なんてないのだ。
 さんざん迷った末、結局は笑顔を作って真祖のもとへ赴くことにした。こんな姑息な方法で本当に上手くいくのか、自分でも半信半疑ではあったが。

 ということで、アルクェイドの住むマンションまで強引についてきた。
「殺風景な部屋ですね」
「ほっときなさいよ。ああもう、やっぱりストレスたまるなぁ。協力するにしても戦うときだけでいいんじゃない?」
 ベッド以外は何もない部屋で、そのベッドに腰掛けながら不満をぶつけるアルクェイド。シエルだって同じ空気を吸うのも嫌だが、それでは暗殺のしようがない。獣じみた戦闘本能を持つ彼女のことだ。できるだけ側にいて、何とか隙を見つけなくてはならない。
 単細胞吸血鬼と違って自分は思慮深い人間なのだ…と自らに一生懸命言い聞かせつつ、シエルは無理してにこやかに微笑んだ。
「そう言わないでください。できるだけ邪魔にならないようにしますから」
「何よ、ずいぶん下手じゃない」
「それはこちらが無理言って協力してもらってるんですからね。わたしにできることなら何でもします」
「ふーん。じゃあ鼻からスパゲッティでも食べてもらおうかなっ」
「嫌です」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「ねぇ、もしかしてケンカ売ってる?」
「こっちの台詞です、それはっ!」
 駄目だ。どんなに思慮深かろうが、こんな奴と仲良くなんてできそうにない…。
 早くも忍耐力が尽きかける中で、とにかく事務的なことを片づけることにした。まあ今までが今までなんだから、変に愛想良くしても怪しまれるだろうし。
「それでは作戦を立てますよ。まずロアの居場所ですが、わたしの調査した限りではやはり学校が怪しいと…って聞きなさい人の話を!」
 聞き手は大きくあくびをすると、いそいそとベッドにもぐりこんでしまった。
「もう眠いしー。あなたの声聞くだけで疲れるんだもん。悪いけど明日にして」
 聞こえてくる寝息に黒鍵を100本くらい投げてやりたい衝動に駆られるが、実行する前にはっと冷静になる。早くもチャンスが巡ってきた。敵の前で寝るとは低脳吸血鬼め。
 …が、見ればベッドの脇で一匹の猫が目を光らせている。使い魔を見張りに置いたようだ。さすがに警戒はされているらしい。
 シエルはため息をついて、仮眠を取るため壁にもたれかかった。
 今は耐えてチャンスを待つしかない。一度失敗すればそれまで、怒った彼女に八つ裂きにされて、二度と近づけてもらえないだろう。
 彼女のことはよく知っているつもりだ。


 純白の吸血姫。
 その存在はロアの意識の最も深くに閉ざされていて、体を乗っ取られたシエルにも覗き見ることはできなかった。
 だから初めて知ったのは、彼女自身が目の前に現れたときだ。

 その頃のシエルは地獄の中にいた。
 自分が誰かに浸食された。そんな不条理な現実に、抗いはしたものの徒労に終わり、意識以外に何も残らなかった。見ることも聞くこともできるのに、指一本も動かせない。
 そして家族や友人が、自分の手で殺されていく。
 血を吸われ、嬲りものにされ、恐怖と絶望のうちに死んでいく。間断なく続く血と悲鳴が、すべてシエルを直撃した。止めることはもちろん、目をつぶることも耳を塞ぐこともできず、ただ人々が自分に殺される様を見続けるしかなかった。
 平凡なパン屋の娘に耐えられるわけもなく、その時から、自分の心は壊れたのかもしれない。

 しかし、そこへ白い女性が現れた。
 身体は嬉々として彼女を殺そうとする。またひとつ死体が追加されると思われた、その時…
 彼女の赤い目が光り、その爪が一閃した。
 撃退されたのは自分の方だった。その場はほうほうの体で逃げ出したが、今度はこちらが狩られる側になった。
 死にかけていたシエルの心に、一筋の希望が差した。意識だけのシエルは必死で彼女を応援した。早くわたしを殺してください、と。
 ロアの魔術に苦労しながらも、彼女がその目的を達したのは数日後のことだった。
 間近で見た白い女性は本当に綺麗で、心臓を貫かれたシエルは涙を流して感謝した。天使であるとすらその時は思ったのだ。
 それで終わっていれば、さぞかし幸せだったに違いない。

 三年後に生き返ってしまったシエルは、一ヶ月間殺された後、埋葬機関の人間から一連の事情を聞いた。同時に彼女への感謝も吹き飛んだ。
 何のことはない、あの白い女がロアを吸血鬼にした張本人だった。
 しかも責任を感じてロアを殺したならまだしも、単に自分の力を取り戻したかっただけらしい。シエルの進む道は決まった。埋葬機関に入り、第七の位を持つ代行者が誕生した。
 その相手が、今は同じ部屋の中にいる――。


 鳥の声に自然と目が覚める。厚いカーテンから漏れる陽の光。もう朝だ。アルクェイドは死んだように眠っていた。
 思わず息を潜めるが、残念ながら黒猫は昨夜と同様シエルを見張っている。本当にこんな作戦でアルクェイドが殺せるのだろうか…。遠くヴァチカンにいるナルバレックに疑問を投げてから、アパートへ戻るべく彼女の部屋を出た。
 制服に着替えて、いつもの一日を始める。
 登校するやいなや周囲に暗示をかけ、教室を抜け出して校内を探索した。昼の間にロアを発見できれば簡単に倒せるのだが…相手もそれは承知しているようで、なかなか尻尾をつかめない。
 昼休みに、一応様子だけでもと、カレーパン片手に志貴の教室へ行った。
 アルクェイド抹殺が目的だが、志貴を巻き込みたくないのも本心ではある。彼はいつものように有彦と話していて、小さく安堵の息が漏れた。
「お、先輩。どうぞどうぞこちらへ」
 有彦に見つかってしまったので、せっかくだから中へと入る。近づくと、どうも志貴の顔が浮かないようだ。
「遠野くん、どうかしたんですか? なんだか元気がないみたいですけど」
「それが聞いてくださいよ先輩。このヤロウときたら一丁前に、女のことで悩んでるらしいんスよ」
「はー、青春ですねー」
「あのねぇ。間違ってはいないけど意味するところは全然違います」
 ふーん、と答えてカレーパンをかじってから、にこりと笑って志貴の顔を見る。
「よかったら話してもらえませんか? わたしもそっちには疎いですけど、一応女の子ですから参考になるかもしれませんよ」
「いや、本当にそんなんじゃないんだ。うーん、なんて言うか…ちょっと一緒に作業しただけなんだけどね。何だか放っておけない奴だったから、会いに行くか行かないかで悩んでる」
 一気にカレーパンがまずくなる。あの女のことか。そのせいで死にかけたというのに、このお人好し振りには呆れ返る。
 シエルがそんなことを考えているとはつゆ知らず、有彦は大袈裟に頭を抱えて天を仰いだ。
「かーっ、お前もつくづく下らないことで悩むね。考える暇があったら会ってくりゃいいだろうが」
「ちょっと事情が特殊なんだよ。でなけりゃ俺だって悩むもんか」
「そうですね。思慮深いのは遠野くんのいいところです」
 もっともらしくシエルは言った。
「そういう場合は無理に行動することはないと思いますよ? 縁があればその人とは自然と再会できるものです。無為自然、人と人の間には流れというものがあるのですっ」
「そういうもんスか?」
「そうです。わたしが言うんですから間違いありません」
 拳を握り、自信を持って断言した。これで何度目の嘘になるやら、自分でも見当がつかない。
「そうか…。まあ、先輩の言うとおりかもしれないな」
 志貴も勝手に納得してくれたようで、後はとりとめない雑談が続いた。
 これでいい。彼には恨まれるかもしれないが、あんな危険な世界にこれ以上近づけるわけにはいかない。
 志貴にはこんな風に、有彦と憎まれ口を叩き合うような平和な毎日を過ごしてほしい。
 それが偽りとはいえ、彼の先輩であった自分の務めだ。


「起きなさい、アルクェイドっ!」
「んにゃ?」
 調査の方ははかばかしくなく、アルクェイドのマンションへ行けば彼女は相変わらず寝たままだった。
 眠れば眠るほど彼女の力は回復するので、シエルにとっては非常に有り難くない。何より人が苦労してロアを探してるのに、平和な顔で高いびきなのが頭にくる。つい大声を上げて彼女を起こしてしまったが…
「っ!?」
 反射的に飛びすさった前を、嵐のような勢いで爪が通り過ぎる。
「どういうつもり? 人の部屋に勝手に上がり込むなんて、相変わらずあなたの性根は腐っているようね!」
「…そういうことは昨夜のことを思い出してから言ってくださいね」
「あ゛」
 ようやく目が覚めたらしく、きまり悪そうに視線を逸らすアルクェイド。
「で、でもチャイムくらい鳴らすべきだと思うなー」
「鳴らしました。三度も」
「あっはっはっ。で、これからどうするの? 毎日わたしの部屋に来るの? やだなぁ」
 まったく同感だが、聞き流すことにする。
「その前に、まずは情報を共有しましょう。現時点の調査結果を教えますからしっかり聞いてください」
「へーへー」
 あくびをする吸血鬼を心の中で殴ってから、シエルは今までの経緯を話した。
 当初は志貴がロアの転生体ではないかと疑っていたこと。しかしどうもそうではないらしい。調べてみれば彼は遠野の人間ではなく、遠野の長男は別にいる。その男…遠野四季こそがロアの転生体であり、しかもこいつは志貴に恨みを持っているようだ。
「ということで、なおさら遠野くんを巻き込んではいけないんです。分かりましたね?」
 先生っぽく講義を締めるが、当の生徒は険しい顔でシエルのことを睨んでいた。
「あなた…もしも志貴がロアだったら、彼のことを殺したの?」
 意外な質問に、思わず間が空く。何を怒ってるんだろう、吸血鬼のくせに。
 とはいえそれを口にするわけにもいかず、とりあえず当たり障りのないことを言っておいた。
「分かりません…。ただ、そうならなくてほっとしているのは確かです」
「ふ、ふーん」
 アルクェイドは意外そうな顔で黙ってしまった。死神まがいの異端狩りが、こんなことを言うとは思わなかったのだろうか。
 なるほど、つけ込む隙はあるかもしれない


 陽も落ちたので、二人で外に出る。敵と肩を並べて歩くというのは、どうにも間違ったことをしているようで気分が悪い。
 アルクェイドも同じようで、大通りへ出た時点でその足を止めた。
「ねぇ、何でわたしたちって一緒に行動してるわけ?」
「やっぱり駄目ですか?」
「駄目って言うか、理由が分からない」
「うーん…そうですけど」
 確かに、これ以上くっついていても怪しまれる。何より一緒に歩いたところで、彼女に隙なんてちっとも見つからない。
「分かりました。でもそろそろ夕ご飯の時間ですから、何か食べてから別れませんか?」
 あまり期待しないで言ってみた。食事を必要としないアルクェイドが同意するとも思えないが。
 しかし予想に反して、彼女は意外そうな顔で聞いてきた。
「え、あなたって夕ご飯食べるんだ」
「当たり前ですっ。わたしを何だと思ってるんですか」
「ふーん。何食べるの?」
「今月の活動費が振り込まれてないので、半額ハンバーガーですね」
「…可哀想って思ってあげた方がいい?」
「ほっといてくださいっ!」
 アルクェイドは少し逡巡して、結局好奇心が勝ったのか、気のない風を装いながら言ってきた。
「まあ、どうしてもって言うなら付き合ってやってもいいけど」
「そうですか。じゃあ行きましょう」
 喜ぶのも変なので、軽く微笑んで歩き出した。
 そういえば毒薬はアパートに置きっぱなしだった…。まあ、毒で死ぬような可愛げがあるとも思えないが。
 ファーストフード店の前まで来ると、アルクェイドは首を伸ばして店内を覗き込む。
「こういう所に興味があったんですか?」
「あははー。まあ、本当は志貴と来たかったんだけどね」
「そりゃあわたしで済みませんでしたねぇ」
「うん。すっごくレベルは落ちるけど、まあ我慢してあげる」
 こういう無礼なことを平気で言う奴である。またストレスが増えたところに、ぽつりと呟くような声が届いた。
「それに、考えてみたら志貴以外の知り合いってあなただけだし」
 思わず立ち止まるシエルを残して、アルクェイドの姿は店内へ消えた。
 嫌いな相手とでも、誰かと一緒の方がいいのだろうか。自分だったら一人で食べるが。
 中へ入ると、物珍しそうにきょろきょろと首を回す彼女がいた。元が美人なので目立つことこの上ない。
 深々とため息をついて、首根っこを掴んで列に並ばせる。
「何よー。人を物みたいに、シエル横暴ー」
「常識も知らないなら黙っていてくださいっ。ほら、何を頼むんですか」
「んー、ローストビーフチキンにしようかしら。でもメキシカントマトセットも捨て難いなー」
「(き、吸血鬼のくせにっ…)」
 余計な知識を習得しているアルクェイドは、結局一番高いセットを頼んだ。まったくもって憎たらしい。
 近くの席に向かい合って座り、包装紙の中身を口へと運ぶ。
 目の前でハンバーガーを食べる吸血鬼。
 こんな一面を見せられても現実感がない。それとも、今まで顔を見れば殺し合っていた自分が悪いのだろうか。
「何よ?」
 視線を受けて、アルクェイドは怪訝そうに顔を上げる。
「そうしていると普通の女の子みたいですね。貴方は」
「あ、失礼な言い方だなぁ。だいたい、わたしの事をいつも化け物とか言ってるけど」
 ポテトをかじりながら、アルクェイドは酷薄な…とシエルには思えた…目で言う。
「あなただって、十分化け物じゃない」
「…言われるまでもないですよ」
 不死の怪物。だからロアを消滅させなくてはならない。そうすることで、少しは「普通」に戻ることができる。
 今さらそんな事をしたって、何の意味もないだろうけど…。
「でも、そんな事を言うなんて、普通でないことに負い目でも持っているんですか。貴方は」
「まさか、ただの嫌味だよー」
 明るく言う。ああそうだろう。そんな事で悩むわけがない。人間じゃないんだから。
 殺される恐怖も、殺す恐怖も、どうだっていいんだろうから。
 ただ、生まれつき強い力を持っているというだけで。
「ねぇ、アルクェイド」
「ん?」
 自分の声は、驚くほど自然だった。
 その中に潜む冷たさなんて、こいつが気づくわけない。
「この戦いの間だけでも、仲良くしませんか」
 紅茶を吹き出しかけから、アルクェイドは椅子ごと後ろへ後ずさった。
「何よ、気持ち悪いなぁ! 一体何を企んでるのよ」
「あ、傷つくこと言われちゃいました。やっぱり嫌われてるんですね、わたし」
「わたしが悪いみたいに言わないでよ。あなたがわたしを嫌ってるんでしょ!」
 彼女が憤慨するのも無理はない。いつもいつも、攻撃を仕掛けてきたのはシエルの方だった。
 アルクェイドがシエルを嫌いなら、その原因の大半は自分にある。
「今までのことは謝りますよ。ただ、どうせなら楽しくやった方がいいと思っただけです」
「楽しくって…。ねぇ、気は確か? わたしって吸血鬼だよ」
「それはそうですけどね。でも…」
 頬杖をついて、シエルは笑う。
 パン屋の娘だった頃の、あの心はとうに死んでしまったけれど…。
 笑い方だけなら、ずっと上手になっているのだ。
「こうして見ると、貴方は悪い人ではなさそうだから」

 アルクェイドは困惑していた。拒絶したいけど、本当にそうしてしまって良いのか、そんなことを考えているようだった。
「そりゃぁ…わたしだって、自分が悪人とは思ってないけど」
 微妙にピントのずれた答えを返して、アルクェイドはポテトを囓り続けた。
『こういうのは得意でしょう。シエル』
 ナルバレックの声が記憶に反響する。
 ああ、そうだ。志貴も騙したし、有彦も騙した。クラスメートや先生にも嘘をついた。
 今さらそれが増えたところで、躊躇う理由なんてあるものか。


 すっかり口数の減ったアルクェイドは、店を出ると会話もそこそこに、死者を狩りにと走っていってしまった。
 人がまばらとなった夜の街で、その背中をしばらく見送る。
 今まで何度、彼女の姿を目に焼き付けたか知れない。あの女のことを考えない日なんてなかった。
 悪い人ではないと知っている。
 吸血衝動を抑えるために、必死で自分と戦っていると知っている。
 ただ道具として生まれ、兵器としての目的以外の何も与えられず、楽しいことをひとつも知らなかった、そんな女の子だと知っている。
 ――だから殺す必要はないって? まさか!

 事が他の生物を含むとき、そこで優先されるのは種全体の原則だ。
 アルクェイドは血を吸うことができる。そこに悪意の有無は関係ない。人間という自種の生存に害となるという、その事実だけが全てだ。
 人という種にとっては、アルクェイドは存在自体が罪なのだ。







<つづく>



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