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〜 『チョピリチュアル』のすすめ 〜
『チョピリチュアル』とは、『ちょっとだけスピリチュアル』
という言葉を、可愛い感じで、略した言葉(造語)です。

『チョピリチュアル』のすすめでは、
スピリチュアルの世界で、語られている、
様々な事柄の中から、
スピリチュアルに興味のない方にも、
興味を持っていただけるようなテーマ、
誰にとっても、大切かもしれないテーマを、
5つだけ、とりあげさせていただきました。

私は書くことが上手くないので、
読みづらいところがあったり、
分かりづらいところがあるかもしれません。
ごめんなさい。

そんなこんなで、
『チョピリチュアル』のすすめを、
チョピっとだけでも、読んで下さったら、
ありがたいです。



その1「全ては波であり、全ては1つ」    
その2「誰もが完全無欠の存在」       
その3「誰もがパワフルな創造者」      
その4「この世は鏡」            
その5「引き寄せの法則」          

チョピリチュアルのすすめ、その2(チョピ2)

☆ 『誰もが、完全無欠の存在』 ☆


スピリチュアルの世界では、
「人は誰もが、
 完全無欠(かんぜんむけつ)の
 存在(そんざい)である」
と、言われています。

私は、最初、この言葉の意味が、
よく理解できませんでした。

私は、昔から、読む事、書く事、
話をする事、計算をする事、
記憶する事、などなど、
他の人と比べると、
劣(おと)る事が、たくさんあって、
それらは全部、自分の欠点、
足りない所なんだと、思っていました。
なので、自分が、“完全”であり、
欠けている所のない、“無欠”の存在
だとは、思えなかったのです。

でも、スピリチュアル世界で語られている、
「人は誰もが、完全無欠な存在である」という、
考えを、注意深く、読み進めていくうちに、
私は、あることに気付きました。

スピリチュアルの考えでは、
人と人とを、比(くら)べるような所が、
一切(いっさい)、出てこなかったのです。
スピリチュアルの考えでは、
人は、それぞれが、
宇宙の中で、唯一無二(ゆいつむに)の、
かけがえのない存在であり、みんな、
固有の個性を持っている。
その固有の個性において、人は誰もが、
絶対的(ぜったいてき)な存在であり、
完全無欠の存在である。
みたいな事を、言っていたのでした。

私は、せちがらい、競争(きょうそう)社会、
弱肉強食(じゃくにくきょうしょく)の
世界に、なれていたせいで、ついつい、
自分と、他者(たしゃ)とを比べてしまい、
その結果、他者より、劣っている事を
見つけ出し、自分が完全無欠だと、
思うことが、できなかったのです。

このように、自分が、
完全無欠の存在だという事を、
信じられない人は、多いのでは
ないでしょうか。
むしろ、競争社会の中で、
生きている人にとっては、
他と比べあい、その相対(そうたい)の差(さ)で、
それぞれの価値(かち)を判断(はんだん)するという、
習慣(しゅうかん)が、身に付いているので、
信じられなくて、当然(とうぜん)だと思います。






でも、スピリチュアルの考えは、
個々の存在を、
“相対”の観点で、語っているのではなく、
“絶対”の観点で、語っているのです。
“絶対”の観点から、個々の存在を見ると、
「人は誰もが、完全無欠の存在である」
ということが、理解できるのです。




なんか、ややこしくて、分かりづらい、
書き方に、なってしまいましたが、
この考え方を、簡単(かんたん)に、しかも、
美しく、表現(ひょうげん)されたと思われる、
一編(いっぺん)の詩があります。

童謡詩人(どうようしじん)の、金子みすず様の、
「わたしと小鳥と鈴(すず)と」という詩です。

  〜 わたしと小鳥と鈴と 〜

 わたしが両手(りょうて)をひろげても
 お空はちっとも飛べないが

 飛べる小鳥はわたしのように
 地べたを早くは走れない

 わたしが体をゆすっても
 きれいな音は出ないけれど

 あの鳴る鈴はわたしのように
 たくさんな歌は知らないよ

 鈴と小鳥と それからわたし
 みんな違って みんないい


私は、この詩を、読ませていただくたびに、
そうか、みんな違って、みんないいんだ!
自分も、みんなと違っているけど、
それでいいんだ!、と、
自分という存在を、全肯定(ぜんこうてい)
してくれたような気持ちになり、
安心します。大好きな詩です。

「わたしと小鳥と鈴と」という詩を、
スピリチュアル的に、勝手に意訳(いやく)させて
いただくと、、、
「この世に存在する、全てのものは、
 みんな、個性を持っているんだよ、
 わたしだって、小鳥だって、鈴だって、、、
 個性の違いは、比較(ひかく)して、
 優劣(ゆうれつ)を、競(きそ)いあう
 ものじゃないよ、
 個性の違(ちが)いは、それぞれがもつ、
 かけがえのない、素晴らしさなんだよ!
 この世界は、バラエティに富んだ、
 素晴らしい個性で、満ちあふれているんだよ!
 みんなだって、そうなんだよ!
 この世界って、素晴らしいね!」
と、なるように、私は思います。
これはまさに、
スピリチュアルの世界で言われている、
「人は誰もが、完全無欠な存在である」
という考え方と、同じ事を、言っているように、
私には思えるのです。
(ちがうかな?)


★ まとめ ★

競争社会の中で、自分と他者を、
比較する習慣が、身に付いてしまった人は、
信じられないかもしれませんが、
スピリチュアルの世界では、
『人は誰でも、欠けている所のない、
 完全無欠の存在である』
という考えが、あります。
人は誰もが、宇宙で唯一無二の、存在であり、
それぞれ、固有の個性を持っている。
その固有の個性において、人は誰でも、
絶対的存在であり、
“完全無欠の存在である”
と、スピリチュアルの世界では、いわれています。


(後で、読み返して、おかしな文章があったので、
 直しました)

最後まで、読んで下さり、
ありがとうございました。