○mightywings さん
- 001 アゲハ蝶〜哀シイ恋ノ唄〜 (採点:6)
- 感性には瑞々しさを感じる。語彙も豊富。だが、二次作品であり、その上更に出来合いの別作品
(表題と同名の楽曲)を何の加工もなく混ぜ込んでしまっては、世界観の追求度に欠けてしまって
いる。また、パラグラフ、エクステンド等は、表現方法として巧いやり方とは思えない。学術文の
ようで読書の惹き込み度を下げてしまうのではないか。センタリング、右揃えで対応できたのでは。
内容として、笑うという行為は感情発起の結果自発するのが自然であり、<必要がない>から
笑わない、というのは不自然。もっとも、久瀬が周囲に体裁を合わせる愛想笑いしかしない
人間だったのであれば納得だが。それはそれで哀れだ。
- 002 鈴の音よ再び (採点:4)
- どうにもオチが弱い。それと表現力はあるが、やや長々と書き過ぎかも。構成に工夫を。
- 003 お泊まりパニック! (採点:3)
- <生きようとさえ思えばそう簡単に死なない>のキメ台詞には妙に説得力あり。
- 005 プライベート・ハンター (採点:6)
- 話の味付けに統一感がない。シリアスなのかギャグなのかベタラブなのか、路線を明確に。
<おもちゃと電池>の比喩は本編と解釈が違うと思う。舞の出現は説得力に欠ける。
戦闘シーンはまずまず。表現力は評価できる。倉田嬢は本当に報われない設定だった。
- 006 「日課」 (採点:5)
- 若い。北川の論理は若さ爆発。自身にも(その昔だが)生々しく思い当たる節が幾つもある。
人生観についてだが、求められる事で沸く生の実感は、それだけでは本質ではないと思う。
これでは使徒と戦う14歳と同レベル。己の価値など己で試さねば誰も判らない。一歩先へ歩む勇気を。
北川が早くに登校する理由が、最後まで明確にされていない。それと行間開けすぎ。いつも
開けすぎだと、キメ所での効果が薄れる。
- 007 冬の夜の過ごし方 (採点:4)
- 艶文(あえてこう記してみた)は書き慣れているのだろう。リビドーに背かない、その姿勢と
表現力は評価する。秋子と祐一でなくても似た文章は作れるとは思うが。
- 008 激辛 (採点:3)
- タイトルが<甘>い。カレーがオチではあまりにも直球すぎ。
秋子に種明かしをさせるのもマンネリ化している。ヒネリが不足している。
- 010 スパイス・オブ・ライフ (採点:8)
- よく、<香里が受験失敗するのは変>という感想を見受けるが、受験は水物、香里も人の子。
こういうストーリーも個人的には少しもおかしくない。
主用4キャラは各自しっかり描けているが、エンディングのしっとり感を鑑みて、ここはあえて
香里単独の人称に絞ったほうが良かったのでは、と言いたい。構成を大きく変えないといけないとは
思うが、彼女への感情移入があと一押し押せそうな気がしたので。具体例が出せず申し訳ないが。
絞り込んで短編クラスにしても、クオリティーは高く維持できる力は感じ取れた。今後に期待。
- 011 残酷な代償のHappiness (採点:3)
- 代償という言葉で幕を開けた割には、冒頭に祐一が悲壮感滲むモノローグを一つ入れたきり、
何ら悲しむ気持ちも沸かず終わってしまった。余計な場面、余計な心情描写が多いのでは。
あゆの神秘性に頼るオチも、早くから先が見えていて味気ない。自己犠牲で締め括れば感動する、
というものではない。
- 012 空っぽのテクスト (採点:7)
- タイトルの所以が明かされる後半部の展開は結構好きだが、如何せんあゆの扱いがそっけなさ
すぎる。彼女の存在は栞ルートには特に深く関わってくるものなので、例えば手術中の昏睡状態時に
二人の意識がシンクロする、等の展開でアクセントをつけてみてはどうか。
- 013 Conservation for Love (採点:6)
- 毒気が徐々に強まる辺りが、読み手を選びそうで不安。多数の人間に<評価>される事を
考えれば、当たりがもうすこし柔らかくてもよいのでは。情熱が暴走、やや暴力気味かと。別に
媚びろとか個性を出すな等と強制している訳ではない。しかしながら、愚物呼ばわりされるのは
どうにも戴けない。己の読解力不足をあえて露呈するが、省エネ断行時の天野の素振り、表情等に、
真琴を懐柔せんとする真意を推測させるような描写は皆無であったと読解したが、さて如何に。
文章のスピード感、キャラの個性の描き方は評価したい。
- 018 雪解け水 (採点:5)
- ストーリーその物に目新しさが無い。大きな仕掛けがあるのでもないし、もっと読み手を
惹きつける構成を考えてほしい。至って月並みな印象しか残らない。
- 019 FILE EPISODE 0 (採点:2)
- 文章は破綻していないが物語としてはまったく弱い。旅日記9割、戦闘1割のそっけない文章。
とにもかくにも一作品で完結させるように。読み切りが基本である。
- 020 私の望み (採点:4)
- 誕生日というイベントは、既にネタとしてお約束化している。しかも一人称で会話文が
多くを占めると、いくらキャラが上手く書けていても正直飽きが来てしまう。展開に工夫を。
いつも一緒にいたい、位のオチは当初から予想できる。
- 021 想いの果てに (採点:3)
- 中学時代に法術を勉強、と身も蓋も無い設定。師匠たる老人は臨終間際に都合良く現れ、
一同何の異議反論もなしに怪しげな術に没頭する。祐一は助かってめでたしめでたし。
はっきり言って、説明だけで展開する三文劇。文の運びに締りが無い。
それと幕開けのシーンが無意味で勿体無い。開き直ってもっと仰々しい話にした方が
盛り上がったのでは。
- 022 笑い声がきこえる (採点:6)
- 読み手を選ぶ一作ではあるが、出来映えは良いと思う。生々しい狂気がこちらに容赦無く
侵食してきた。まあダークというよりはホラーのような気もしないではないが。
さて、人化の術を二回も敢行した妖狐が、何の変哲もない人間の娘の残像に己が命を奪われる、
このオチがどうも納得できない。己自身が狂気なのだから無様に呑込まれてほしくなかった。
ラストは刑事沙汰となっているが、解剖学の知識皆無の祐一が、人体の表皮を完璧に剥離する
ことは常識で考えれば不可能と判るはず。そもそも名雪を殺める動機も、<妖狐が獲り込む前の
真琴>を誘拐する動機もまるで無いし、彼に猟奇性が無いことですら、真っ当な精神鑑定を
受ければ明白になるだろう。暗いネタほど理路整然と構築しないと、足元を掬われて結果として
どっちらけな印象を与えてしまう。グロテスクさだけでは真の恐怖は描けない。
- 027 ウエディングヴェール (採点:4)
- 真琴一本に話を集中させた方が良い。キャラを詰めこんだ結果、散漫な印象を受けた。
お別れの為だけの奇跡は何か取って付けたような雰囲気がする。<奇跡というにはひどすぎる>
位に身を徹して振舞ったのだから、真琴の思いを更に深く描いて欲しかった。
- 030 奇跡のかわりに (採点:7)
- 設定に意表を突かれた。よもや不確定性原理を逆手に取るとは。反京極的かも。
ギャグテイストをもう少し抑え、幕切れの弱さを補えば、今後本作は更に好感度が増すと思う。
- 031 グッナイ (採点:8)
- 秀でた風景描写、テンポのいい文体、淡々と物語は進むが各キャラの描写が丁寧なので飽きが来ない。
さて内容は、どうも尻切れトンボのような気がした。せめて旅行から帰るところまでは
書ききってほしかった。なずな一家のエピソードも、これではかなり後味悪い。
それと、この話の主人公は秋子で良いのだろうか。間違いではないと思うが、にしては
彼女の心情を書いた文章が少なすぎるのではないかと思う。書き慣れすぎてキャラへの思い入れが
今一つ伝わってこないのが惜しまれる。
- 035 復讐という名の代償行為 (採点:4)
- 主人公=犯人(とりあえず暫定とする)のオチは、登場人物の少なさ故容易に読み取れた。
本作の祐一はたいした狂気っぷりだが、その筋で有名な<月姫>の二番煎じ位にしかインパクトは
ない。秋子の死を隠蔽する理由もどうも不鮮明。プロットに更なる工夫を。
- 036 ずっと伝えたかった思い (採点:6)
- 話の重心が、名雪なのか、あゆなのか定かになっていない。この内容であれば、もっと名雪の
心情を丁寧に表すべき。海水浴の場面よりも、後半部の各場面に重きを置いてみた方が、作品と
して更に個性が出たのでは。キャラ萌えに陥らないように。
- 039 幻実、そして星 (採点:4)
- 多少脚色してあるものの、本編の舞展開と大筋は同じでは。舞が新たな存在を生み出し、それが
祐一と同じような行動をとったものと解釈する。作品各所に出現する、歌詞の引用はどれも浮いていて
雰囲気作りには失敗している。とにかく自分の言葉で伝えるように。
- 040 楽園日記 (採点:9)
- <男の友情>、正にこの話の核心はここにある。斎藤をストーリーテーラーにした選択は見事。
祐一、北川、久瀬といった曲者キャラを均等に評価し、かつ己も場を盛り上げる、味ある人材だ。
終盤の絶叫海ダイブシーンは抱腹絶倒もの。嗚呼、久瀬の、祐一へのわだかまりを解いたのは、
これへの布石だったのかも。作者はかなりの手練である。
ヘリが突拍子もなく降りてくるが、これが救助隊のものか、久瀬家のそれか、はたまた倉田家か、
このあたりの設定を補っておけば良かったと思う。そもそも、大学受験を控えた高3が海で遊び
呆けること自体強引な設定ではあったが。こんな夏の想い出なら一生ネタに出来そう。
- 041 また逢えたらいいね (採点:7)
- 十年待った、の一言に討たれた。ザックリと。
- 043 恋と素敵な魔法のはなし (採点:10)
- 軽快洒脱。タイトルを見て、少女漫画のような甘ったるい展開を想像したが、本作の恐ろしい点は
そうでないように見せかけて実はやはり少女漫画だった、というビタースウィートテイストを
貫いているところだろう。恋愛成就のお守り、などとベタな小道具をこれほどに巧みに用いる手際は
まずお目にかかれまい。物語後半にして早くもネタバレしているにも関わらず、その先の進展から
目が離せない。祐一の告白シーンで<来たっ!>と思いきや、更に上を行く天野の魔法、今後絶対
祐一は天野の魔法を破れないだろう。何度読んでもこそばゆく、かつ面白い。これはハマるかも。
- 046 ホワイト・ミュージック (採点:9)
- 祐一、名雪、あゆの関係をもう少し掘り下げて表して欲しかったのと、家での原因となった
あゆの癇癪が、かなり奇異な行動に見えた点がマイナスかと。
文章は抜群。あゆ、天野の感性は瑞々しく、軽快なやりとりは微笑ましい。場面の切り替えが多少
性急かと思えたが、再読する事無く読み終えられたので構成力も問題ない。
最終部のあゆモノローグが大変印象的。落ち着きのある口調に彼女の成長が覗え、また過去を
大切にしつつ新しい行動をとる、前向きな姿勢が何より心うたれる。
- 049 少年期 (採点:7)
- 何故ここで終わってしまう、つい叫んでしまうかと思うほどに後味が悪い。誰も何も
解決していないし、答えを求めようと行動してもいない。文章が優れているだけに、この
幕切れは欲求不満を引き起こす。是非続きを何処かで発表してもらいたい。
- 050 鮮やかなモノクローム (採点:9)
- 栞の出る中盤が、少しくだけ路線気味か。ラストの締め方もここだけ<狙って>いるような気も。
育児の苦労は並大抵ではないはず。資金が充分でも、情熱が十二分でも難しいものだ。と思う。
世間を知らない、そして己の親の愛を平等に与えられてこなかった香里と名雪には、これからの
道程はすべて茨道となろう。彼女らと、そしてやがて生まれ来る命に、ささやかでも幸あらんことを。
- 053 艱難汝玉のボーイ・ミーツ・ガール (採点:10)
- 北川がやや堅く、名雪が僅かながら軽快か、とキャラの雰囲気に本編との多少のズレを感じたが、
この辺りは極めて主観に基づくものなので、勿論作品の質に関わるものではない。
バレンタイン、ラブレター等、恋愛物の必須アイテムが決め所の本作は、それにまつわる悲喜交々を
丁寧に描いているので、青臭さが少しも鼻に付かない。心の機微に各場面で共感させられた。
僕少年A!、に爆笑。本作の教師石橋は何気に良い味出していると思う。恋に受験に、頑張れ北川。
- 056 それ有る故に、それ在り。 (採点:10)
- 何気に名言揃いな文章。読んでいて幾度となく励まされた。Kanon3キャラと特に老人が、かなりいい
持ち味を出している。特に本作の佐祐理は、達観しているが冷めている風でもないといった、従来の
パターンから一歩路線を変えた趣を出しており、祐一との会話にでる彼女の個性がとても新鮮だった。
風の音、木々のざわめき、川のせせらぎ、月の輝き、世に満ちる自然の風景が愛しく思える一作。
- 057 移し火恋歌 (採点:7)
- 各事象発生の証拠付けに、あやふやな点を幾つか感じた。まず舞の二重見当識は、何故に<祐一の
存在>肯定でなければならなかったのかが不明。勿論ゲーム本編では、祐一を引き止める為の嘘が
<まもの>を実体化させたのは周知ではあるものの、本作では語られぬ過去であり、夜の学校と
祐一とを結びつける佐祐理の発想は、どうも展開上都合が良すぎではないか。
一弥誘拐偽装について、病院から二人で抜け出したのだから、まず彼女に事情を問うのが当たり前
であろう。そもそも年端もゆかぬ少女が衰弱した少年を連れて、夜闇深き森の奥へ踏み込み、
挙句碌な道具も無しに死体を埋め、誘拐偽装する。この状況、どう考えても尋常ではない。これで
仲の良い姉弟と言われても、祐一の思いこみが過ぎるというもの。誘拐するにしても、余命幾許も
無い病人よりは、健康体の姉をを攫った方が後々扱いやすいと思うのだが。
あゆを突き飛ばした祐一の行動が、自発なのか無意識なのか、はたまた森の意思なのかも結局の
ところ不明。願いの報酬であるところの命を奪う為に祐一を操った、と読解すれば良いのだろうか。
トリックの奇抜さを際立たせようとして、どこか強引に話を進めている感が払拭できない。地の文が
醸し出す雰囲気は古風でおどろおどろしく、見方によっては京極的ではある。本作の祐一にも、
中尊寺位に徹底して話の裏を取ってほしかった。
- 059 『姉妹、或いは繰り返されていく物語』 (採点:9)
- 正に大どんでん返し。再読しても、どこも破綻も矛盾もしていない。秋子が若作りな理由も本作の
設定では絶大な説得力を持っている。強いて言えば、会話の口調が大人三名結構似通っていて、
時折誰の台詞なのか困惑してしまったのが難かと。それと、Kanonを知らないとギミックがまるで
通用しない点も。まあ<KanonSS>と銘打ったコンペだから、読者は十中八九ラストでのけぞるはず。
ミスリーディングせずに完読するのは至難の技と思う。
- 062 壊れゆく世界の片隅で恋を歌った少女 (採点:9)
- 各医師の描写に力を注いだ点を大きく評価したい。また、専門用語の飛び交う文章だが、解説は
解り易い。医療の世界を書き慣れているのだろう。勿論心情描写も抜きん出て素晴らしい。
何より、<一つでも多くの命を救いたい>という作者の切なる願いがこちらにもダイレクトに
伝わる。自己体験によるところがあるのだろうか。いずれにせよ感動の一作。
圧倒的なリアリズムの追及ゆえであろう、奇跡発動者の<月宮あゆ>は、本作では思い出話の
一幕にしか出てこない。ゲーム本編の栞エンドと趣を異にする幕切れは懸念の対象となるかも
知れないが、これはこれで良いと思う。ただしタイトル、これは工夫が足りていないのでは。
ハーラン・エリスンの一作品から拝借したのは明白だが(エヴァンゲリオン最終話はタイトルを
完全に転用していた)、本作の栞は、自身の世界が壊れゆく物とは捉えていない。無論香里との
関係は悪化はしていたが、それが栞の<世界>すべてではない。むしろ、消え逝く間近の状態で
すら、彼女にとって世界は輝きに満ちた美しいものであった。本文とのずれをタイトルに
感じたのでここだけ減点。まあ何をリスペクトしているのかは良く判るのだが。
http://www.jmdp.or.jp/ 財団法人 骨髄移植推進財団
己がここにアドレスを記すのも無意味であろうが念のために(無論自分は作者自身ではない)。
常に行動の人物であろう。誰かを救えるのならば、我らが命、けして安くはない。
- 064 面鉄の奥の恋 (採点:9)
- 誠実さを感じる文体は純文学の様である。歯切れが良く、構成力もある。幕引きの余韻もなかなか。
久瀬の弟、という設定も面白い。脇キャラの、そのまた向こうの人物からの視点は、独自で
ありながらも、また一読者のそれでもあるようだ。真治の目を通じて、我々はまた新しい<Kanon>を
味わうことが出来た。粋な一作。タイトルだけ見るとスポ根ラブコメっぽく受け取られそうなので、
もう一歩工夫を。
- 067 風邪の一日 (採点:4)
- 病気ネタも、誕生日ネタと双璧を成すお約束の一品。新鮮さは感じられない。会話だけで片をつけすぎ。
- 068 名琴抄 (採点:8)
- 正に<唐突に>終わってしまった。読後の感想として、終盤部が解説不足である気がする。
アルバムを見ただけで明かされる真実。幕開けに仕掛けたギミックとこれだけで話のキモを
表わしても、どうにも口当たりが悪い。名雪(=妖狐)が妖術で周囲を化かした、としか
想定不可能。時折入るフラッシュバックが伏線であるのは判っていたが、それでもしっくりこない。
狐は祟るもの、と名雪(=妖狐)が口にするラストシーンでも、文脈上<狐>という単語は
唐突に出てきたはずなのに、祐一は何の疑念も抱かず受け流している。何故それほどに過去は
忘却されているのか、そのあたりも、この作品中でもう少し説明してほしかった。
タイトルは<めいきんしょう>と読めば良いのだろうか。表題と各章の小見出し、文学的では
あるのだが、こちらの読解力不足故か本文との絡みが読みきれず、ここも残念な点であった。
序盤や中盤で語りすぎだとはけして思わない。部活のシーンだとか、保健室に担ぎこまれる
前での登校シーンだとかは縮められなくもなさそうだが、日常描写の等身大さも減少しそうである。
緩やかに蝕まれる名雪(=妖狐)の心は、足早に表現してしまっては伝わらないし味気なく
なるであろうから、この辺りの線引きは好みの問題なのであろうか。
全体として、状景や人物像の描き方はとても丁寧。場の雰囲気が良く伝わって来た。印象的な
シーンは、まず保健室。寒さと静寂さが、名雪の内にたゆとう澱みを一時沈めるものの、香里の
心遣いにそれは再び滲み出す。嫉妬、憎悪、羨望、辿りつくは行く当ての無い自己嫌悪。独り
雪原に残された彼女の胸中は計り知れず、こちらまで押し潰されそうな気分になった。
そして終章部、登校シーン内の各描写は作者の真骨頂であろう。新雪を求める行為に喩えた
人生観には、己自身が雪に対して感じている<悲しみ>の原因が、この文章によって初めて
具現化され自己認識可能となったので、最大級の感謝を表したい。他人が踏んだ汚れた道を、
だからこそ確実な道を選んで歩く。踏み固められた雪に己の思いの果てが朽ちているかに思える。
さらにラストの幻想的な雪のシーン、たった一行のセンテンス
<しかしそれは、ほんの一瞬だけの。>
この<の>の使い方が業物。余韻に打ち震えた。この感性を今後も大事にしてほしい。
蒼天に煌きながら降る雪は 嫁げぬ狐の凍える涙か
- 069 ふたつのねがい (採点:9)
- 随所に出現する小粋なジョークの所為かシリアス度はそれほどでもなかったが、かなりの傑作。
キャラはどれも魅力的。出番の多い少ないの差はあるが皆に味がある。栞のシーンは群を抜いて
格別。体操着はあざとく、やや腹黒い感もあったが。北川父の発言、命を守る男の重みに溜め息。
起伏に富んだストーリー、平素ではあるが質感の高い文体等、掴み所を心得ている。
- 070 ぷら☆ちな 〜the world of pain〜 (採点:6)
- 地の文中で、やけに口語体の個所が鼻につく。必要以上に<作者>の存在を目立たせるのは
作品への引き込みを妨げるので抑えた方が良いと思う。
中盤での、坂井と佐祐理(金縛り状態)の会話から、舞登場のシークエンスまではテンションが
高かったのに、続く祐一登場で一気に萎えた。暗示のみでしか人間を操れない神も迫力まるで無し。
オリジナルキャラを、ディテールまで付けて出した割には、話の展開に何ら関わってこないのも
問題では。使うならしっかりキャラを動かす。無駄キャラは読み疲れの元。
- 073 ガールズ・ブラボー!! (採点:7)
- 設定がやや難解では。誘拐劇の真相が二転三転するが、裏がありすぎて読み疲れしてしまう。
何の物的証拠もないまま犯人を決めつけ、押しかければ図ったように脱出しているのも、かなり
御都合主義が過ぎる気が。ドンパチはかなり迫力をもって表現されていたので表現力はある。
物語として破綻していないかどうかを、慎重に客観視してほしい。尤も見解に真の客観など
存在はしないのだろうが。
- 076 夢の劇場 (採点:4)
- せめて、<あゆの探し物>が何だったのか位は、本作なりの答えを出して欲しかった。
目新しさが何も無い。幸せな日常を夢見る場面も、多くの前人が用いたそれ(超有名同人ゲーム
でも使っていたもの)である。大筋本編とテイストが同じ。Kanonの呪縛から抜け出せていない。
- 077 女王陛下と騎兵隊長 (採点:10)
- スピード感溢れる展開にまず拍手。決戦前の緊張感を巧みに表現した幕開けにして既に手中に
落とされた。勿論後半部の戦闘では、こちらも心拍数を上昇させながら読ませて貰った。
数々の思惑が交錯する本作において、白軍女王名雪の個性が己には大変新鮮であった。
中盤部での衝撃の告白および一連の行動には、先の朝礼台での戴冠式に見せた体たらくぶりは
微塵もない。潔いこと感涙の極み。この一面が中盤部にしか出てこなかったのが惜しいといえば惜しい。
語彙力、表現力、構成力、どれを取っても卓越している本作には<ドラマティック>という
形容詞が尤も適していると思う。傑作。
- 078 「dearest」 (採点:6)
- 物語の展開は正直言って平坦。それと文体としては改行しすぎ。
香里の心境を丁寧に綴ってはいるが、どうも<香里萌え>だけで終わっている気もする。この
内容なら推敲して切り詰めても作品が持つエネルギーは変わらないはず。台詞はどれも良い感性を
していると思うが、起伏や緩急がないのでどれが殺し文句なのか今一つ判らない。
詩的な雰囲気は嫌いではないが、もっと惹き込む工夫を。状景描写も大事。
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