昼食後は、夕子とゆかりとの約束通り、二人の勇姿を見るべく講堂へ。
「それは大変よろしいですねぇ〜」
「違うでしょ!」
どっと笑いの渦が巻き、まどかも和馬も膝を叩いて大爆笑である。
「いやホンマ、夕子ちゃんもゆかりちゃんも最高やで! なあ葉月……葉月?」
「……」
「お前なぁ、漫才の時くらいにこりとしても……ん、何ブツブツ言うとるん」
「ネタの練り込みが足りない…。古式のキャラクター性に頼りすぎだ…。お笑いを舐めるな…」
(ダメ出ししてるーー!!)
* * *
講堂を後にして、イベント満載のスケジュール表を見る三人。
行き先は――?
体育館のビューティコンテスト
伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会
ガールズ3
ガールズ4
ガールズ5
閑話
「これ…なんだ?」
校舎付近をぶらぶらしていた途中、珪が指さしたのは一枚の看板である。
『第1回ビューティコンテスト 参加者募集中』
「あ、それですか?」
と、実行委員の腕章をはめたきら校生が、通りすがりに声をかけてきた。
「去年まではミスきら校コンテストだったんですけどね。時代は男女平等ってことで、男女混合のコンテストになりました」
「いらんことするやっちゃな…」
「あっはは、まあ実のところ男子の参加者が少ないんで、よかったら出てくださいよー。商品もありますから」
実行委員はそう言い残して去っていったが、まどかも和馬もさすがに出たいとは思わない。
そのまま立ち去ろうとしたのだが…珪だけが看板を見つめたまま、何か考え込んでいる。
「ん、なんだよ葉月、出てぇのか?」
「ちょっと顔がええと思ってこいつぅ」
「出たいわけあるか…。ただ、あいつが参加しやしないだろうか…」
「あいつ…?」
「あいつって、まさか…」
ビューティ…。
ビューティコンテスト…。
『アッハハ、ミューズがボクを呼んでるよ!』
そんな声が聞こえた気がして、彼らの背筋に寒気が走る。
「あ、あんなのが美を振りまいたりしたら…」
「ああ…」
「はば学の恥だぜ…」
『阻 止 せ ね ば !!』
その時初めて、三人の心がひとつになったのだった!
さっそく体育館へ行って、中を窺ってみる。
「三原は…おらんみたいやな」
「なんだ、心配しすぎだったんじゃねーか?」
肩の力を抜く三人だが、しかし事態は、予想のさらに斜め上を行っていた。
受付の方から男子生徒の大声が聞こえてきたのだ。
「えーと、本当に出場するのね?」
「はい! このイケメン日比谷、はば学をしょって立つつもりで優勝を狙うっスよ!」
「そ、そう…。それじゃ控室はあっちだから…」
「何しろジブン、葉月先輩のクールさ、姫条先輩のトレンディさ、鈴鹿先輩のワイルドさを全て受け継いでるっスからね! いやーここでモデルにスカウトでもされたらどうしよう。困っちゃうっスねー」
「あ…、あ…」
しばし口をぱくぱくさせた後、まどかの叫びが館内に響く。
「アホかお前はーーー!!」
「あ、先輩がた。どーもっス」
「どーも、とちゃうわー! 何をしとんねん何を!」
「へ? ビューティコンテストへの申込みっスけど」
「素で答えんなぁー!」
「す、すごいな日比谷」
頭を抱えるまどかたちに、一年生らしき二人の男子がおそるおそる近づいてきた。どうやら渉の連れらしい。
「本当に葉月先輩たちと知り合いだったんだ」
「まあなっ。あ、先輩方、こいつらジブンと同じ野球部の奴っス。今日は応援に来てくれたっス」
「俺たちも日比谷と同じく、明日のイケメンを目指してるっスよ!」
「うちの野球部はこんなのばっかりか…」
「甲子園は夢のまた夢だな…」
引き留める気力も萎えている間に、渉たちは係員に連れられ控え室の方へ行ってしまった。
何とか気を取り直し、中空を見上げて拳を握るまどか。
「かくなる上は被害を最小限に押さえなあかん!」
「何か考えでもあんのか姫条?」
「あいつよりはマシな奴を出して、はば学の名誉を守るしかないんや! つーわけで行け、デルモ」
「俺、帰る…」
「本職なんだからいいじゃねーか。人助けと思えって、なっ!」
結局抵抗空しく、珪は両腕を掴まれて受付まで引きずられていく羽目になった。やっぱり来るんじゃなかった…と今日何度目かの後悔をしている間に、まどかが勝手にエントリーを行う。
「も、もしかしてあの葉月珪さんなんですかっ? うわー」
「おお、これがはば学の実力やで。さっきの奴のことは忘れて、賞品の準備でもしといたってや」
などと当人の都合そっちのけで調子のいいことを言っていたのだが…
「おーほほほほ!」
不意に響き渡る高笑い。顔を上げると、声は入口の方から来たようだ。
遠目にも美人とわかる女生徒が、頬に手を当てて笑っていた。
「随分と思い上がった方が来てらっしゃるようですわね。その程度の美しさで、この私にかなうと思っているのかしら? ね、みんな?」
『はい! 鏡さん!!』
一斉に唱和したのは、女生徒の後ろに付き従う十数人の男子たちだった。キーンと響く声に、耳を押さえた和馬が受付の生徒に聞く。
「だ、誰だ? あいつ」
「2年の鏡魅羅さんです。後ろにいるのは親衛隊」
「親衛隊って…。変わった学校だな」
「…反論できません…」
「いやいやいや、ナイスバデーな姉ちゃんやんか。オレも親衛隊に入りたくなったで」
「ほーほほほ。あなた、なかなか下僕向きの顔をしているわね。また私の虜になった男が一人…」
えらい言われようにまどかが苦笑している間に、女生徒は控え室の方へ行ってしまい、親衛隊の一人が代わりにエントリーを行った。
「あ、そろそろ始まりますので、葉月さんも控え室へお願いします」
「気合い入れろよー」
「帰りたい…」
控え室では参加者が鏡を覗き込んだり、服装を整えたりしていた。
実行委員はあんなことを言っていたが、意外と男子も多いようだ。
「は、葉月先輩も出るっスかーっ!?」
「なんでかそんなことになった…」
「ううう…、わかったっス。確かにジブンにとって、先輩はいつか越えねばならない壁っス。当たって砕けろっスよ!」
「ほーほほほほ」
と、またも高笑いが近づいてくる。
「あなた方みたいな不細工が優勝ですって? 男なんて、私の美しさだけを讃えていればいいのよ」
「な、なんスかいきなり失礼な! この人は現役高校生モデルっスよ!?」
「現役モデル…?」
顔色の変わった魅羅に、渉が勢いづいて言葉を続けようとしたが、その時舞台の方から『日比谷渉くん、どうぞ!』と呼ばれてしまった。いつの間にか始まっていたらしい。
そそくさと出ていく渉と入れ替わりに、魅羅が近づいて小声で話しかける。
「…ちょっと、あなた」
「…俺?」
「その…、モデルというのは、お給料はいくらほど貰えるのかしら?」
少し恥ずかしそうに尋ねる彼女に、怪訝な顔の珪。
「……。金が、欲しいのか…?」
「い、いいでしょう別に! あなたには関係ないことよ!」
自分から聞いておいて勝手な言い分だが、一応思い出してみる律儀な彼である。
「…そういえば、いくら貰ってるんだろう」
「なっ…。あ、あなたねぇ、もう少しきちんと生活設計というものを…」
と、舞台の方からどっと笑い声がする。
何事かと幕の陰から覗いてみると、緊張した渉が盛大に滑って転んでいたところだった。
客席では腹を押さえている和馬の隣で、まどかが遠慮なく笑い転げている。
「以上、はばたき学園の日比谷渉くんでしたー!」
司会まで笑いをこらえて締める中、渉がとぼとぼと戻ってくる。
「とほほ…。もう最低っスよ…」
「ウケは取れたんじゃ…ないか…?」
「おーほほほ、所詮はそんなものですわね。私のステージをよく見てらっしゃい」
司会から名前を呼ばれ、身を翻らせるように舞台へ出る魅羅。堂々とした女王っぷりに、客席から野太い声が飛ぶ。
『か・が・み・さーーん!』
「鏡さーん! オレも投票させてもらうでー!」
(姫条の野郎…)
珪が渋い顔で見守る中、魅羅は舞台を一周すると、くるりと回って投げキッスで締めた。
「はー、確かに言うだけあって綺麗っスねぇ…」
「……」
魅羅が戻ってきて、続けて珪の名が呼ばれる。
「どうでしたかしら?」
「…さあ」
「きーっ、頭に来る人ね! さっさと行ってらっしゃい!」
「…ああ」
「葉月先輩、ファイトっスよー!」
渉の声援を受けても、やることはいつもの仕事と変わらない。
『キャーー! 葉月くーーん!!』
女子たちの黄色い声援を受けながら、仕事場で教わったモデル歩きで舞台を回る。
機械的にこなして、興奮の客席を後に控え室へ戻った。女生徒たちも司会も満足だったようだが…待っていた魅羅は、不機嫌そうに腕を組んでいる。
「…随分と、やる気のないステージなのね」
「…そうか…」
「い、いいじゃないっスか別に! 葉月先輩はこのアンニュイさが売りなんっスよ!」
「あ、そう。見せ方は勝手ですけど、やりたくないならおやめになったら?」
彼女はそう言って、扉を開けて出ていってしまった。
ネジが切れたかのように止まってしまった珪に、懸命にフォローを入れる渉。
「き、気にすることないっスよ。葉月先輩があんまりプロっぽいもんだから、嫉妬してるんスよ」
「…そんなことはないだろ」
実際、成り行きでやってるだけのモデル業だから、ああ言われても仕方ないのだろう。
(ステージに立つべきは、あいつみたいな奴なのかな…)
しかし考えても仕方ないので、まだ心配そうに見ている渉を促し、珪も外へ出た。
投票の結果は親衛隊の組織票もあって、魅羅が優勝の座を射止めた。
珪は二位になって商品のきらめきTシャツをもらい、ランク外の渉の肩を叩いて慰める。
「鏡さん、コメントを一言!」
「ま、当然の結果ですわ。ね、みんな?」
『はいっっ! 鏡さんっっ!』
体育館が割れるような絶叫とともに、コンテストは終わった。
「姫条先輩〜、鏡さんに投票するなんてヒドいっスよ〜」
「アホ! 男が男に投票するなんて気色悪い真似ができるわけないやろ。そないなことすんのは変態くらいや」
「オイ…。じゃあ律儀に葉月へ投票した俺は何なんだよ…」
その輪から少し外れて、珪はTシャツをどうしたものかと考えていたが…
魅羅が通りすがりに、小声で言ってきた。
「卒業したらモデル界に殴り込むわよ。覚悟してらっしゃい」
「…勝手にしてくれ」
「あなたも自分のやりたい道へ進めるといいわね。おーほほほ」
なんだか最後の高笑いは急で、ごまかしたようにも聞こえる。
(…励ましてくれたんだろうか?)
体育館を出ていく魅羅と親衛隊を見ながらそんなことを考えたが、真相はわかりようもなかった。
伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会
ガールズ3
ガールズ4
ガールズ5
閑話
↓
終了
「バンドコンテストにでも行ってみるか?」
「『彩』っちゅうバンドが有名らしいでー」
行き先を決めた一同だが、すんなり移動とはいかなかった。
まず歩き出そうとしたところへ、廊下の向こうから知り合いがやって来る。
「やあ君たち、また居たね?」
普段ならそそくさとすれ違う相手だし、実際和馬と珪はそうしかけたのだが…まどかの足が驚きに止まる。三原色の右側に寄り添うように、きら校制服の女の子が一緒に歩いていたのだ。
「な、な、なんでお前が女連れ…」
「アハハハ…。何を言ってるんだい、ボクのような美しい樹に可愛い小鳥たちが集まってくるのは当然のことだよ?」
「んなアホなぁ! そこの彼女、そんな変態のどこがええねん!」
「えー? だって三原くんって美形だしー、背高いしー(、お金持ってそうだしー)」
「うわああ世の中間違っとるわーー!!」
「泣くなよみっともねぇ…。いいから早く行こうぜ…」
まどかの腕を引いて立ち去ろうとする和馬だが、その時事件が発生する。
「…ああっ!?」
突然、色が両腕を広げて叫んだかと思うと、連れの女の子を残して前へと走りだしたのだ。
その先には女子大生だろうか。彼らより少し年上らしき、ロングヘアの女性が教室から出てきたところだった。
「ミューズ!? ああ! こんなところでボクのミューズを見つけられるなんて!」
「…はい?」
「アナタを題材にしてこそボクの芸術は完成するんだ! そうなんだ!」
色に話しかけられた大多数がそうなように、その女性もぽかんと口を開けて呆気に取られるばかり。と、その後ろから、髪をポニーテールにした同年代のお姉さんが面白そうに顔を出す。
「うわー、華澄ったらやるわねぇ。いきなり高校生をたぶらかすなんて、私には真似できないわん」
「ま、舞佳、変なこと言わないで。あの、あなた一体何を…」
「ボクの絵のモデルになってくれるね? いいね?」
「ち、ち、ちょっとっ!?」
ようやく理解できる話になったが、言われた相手はかえって慌てふためく羽目になる。離れて見ている珪たちも、止めるだけ無駄なのは分かっているので固まったまま。
その結果おさまらないのは、最初に色が連れていた女の子である。
「…ねえ」
「…ハイ」
「私いま、超むかついてんだけど」
「いや、オレら関係あらへんし…」
「あんたたちの知り合いでしょっ! 何とか言ってやるくらいしなさいよっ!」
「日本語の通じる奴とちゃうねん!」
「仕方ねぇなぁ…」
放っておけなかったのか、和馬が渋々と色に近づく。
「おい三原、それくらいにしとけよ」
「なんで?」
「なんでって…周りが迷惑してんだろ! あそこのあいつも放置されて怒ってるし!」
「ボクは気にしないよ?」
「うわーっ、だからこいつと話をするのは嫌なんだよ!」
頭を抱えて叫ぶ和馬に、とうとう切れた少女がポケットから携帯電話を取り出した。
「もうあったま来た。姉さんをぶつけてやるっ!」
いずこかへ電話をかける彼女。色が女子大生にアートだのミューズだの身振り手振りを交えて言っている時間を挟んで、あっという間に相手らしき人物が到着する。
「あらあら真帆、一体どうしたんですか?」
(ふ、双子?)
ひびきのの制服を着た、最初の女の子と同じ顔の子だった。ただぷんすか怒っている呼び手に対して、呼ばれた側は何が楽しいのかにこにこと微笑んでいたが。
「あそこの男が私をコケにしたのよーっ!」
「まあ…。妖精さんは純粋そうな人だと言ってますけどねぇ」
ひびきのの少女はちょこんと首を傾げると、ゆっくり色へと歩み寄る。
「あのう、もしもし」
「うん? ボクと話したいのはわかるけど、今は忙しいんだよ。また今度ね?」
「そうですか、残念です。妖精さんもあなたと話したがっていたのですが…」
「なんだい、妖精さんって?」
きょとんとして素直に聞く色に、少女はいきなり悲しげな顔で、思い切り気の毒そうに目を伏せた。
「可哀想に、あなたには妖精さんが見えないんですね…」
「な、なんだって? そ、それはミューズのようなものなのかい?」
「いえ、いいんです…。現代のように人の魂が汚れた時代には、見える人の方が少ないんですから…」
「ボクの魂が汚れているっ!?(ガーン) ち、ちょっと待ってくれ。ボクにも見えるようにしておくれよ!」
「うふふ、そうですか? それでは妖精さんの世界にご案内しましょう」
すっかり狼狽した顔で、少女に連れられて階段の向こうへ消える色。その行き先は誰にも分からない。
それを見送って、最初の女の子も満足そうに胸を反らす。
「あー、すっきりした。教室に戻ろっと」
そう言って逆方向へ去ってしまい、後には呆然とした珪たちと、年長の女性二人が残されるだけであった。
「何だったのかしらね…。私たちも行きましょう」
「んー、残念だったわねぇ。男子高校生とロマンスのひととき、なんて素敵だったのにねぇ」
「も、もう舞佳っ!」
その言葉にきゅぴーん、とまどかが我に返り、歩き出そうとした二人の元へ全力で駆け寄る。
「いやいやいや! お姉さま方、ロマンスやったら是非オレらにお任せやで!」
「おっ、積極的でいいねぇ少年。けど私たちをナンパするには、ちょーっと人生経験が足りないみたいねん」
「見た目で判断したらあかんで〜。一見軽そうに見えるけど、実はボク真面目な好青年ですねん」
アホなことを言い始めるまどかだが、後ろから珪に袖を引っ張られた。
「…おい」
「なんや葉月、邪魔すんなや。嫉妬はみっともないで」
「…いや、後ろ」
言われて後ろを振り向いてみると…
「げぇーっ!」
* * *
「何が『げぇーっ』だ」
隙のないスーツに眼鏡姿。一番会いたくない数学教師が、絶対零度の視線を向けてそこに立っていた。
言わずとしれたはばたき学園教諭、氷室零一である。
「我が校の生徒が女性に絡んでいると聞いて来てみたが、やはりお前らか」
「ち、ちゃいますちゃいますて! 三原です、あいつがさっきまで!」
「信用できんな。今まで何度その手の言い訳を聞かされたと思っている」
「そらまあ確かに……やなくて!」
「本当です。さっきまで三原がいました」
「葉月…。お前まで問題生徒の仲間入りとは」
溜息をついて頭を振る氷室だが、助け船を出したのは先ほどの女子大生のお姉さんだった。
「あの…この子たちの言うことは本当ですよ。私に絡んでいたのは別の男の子でしたから」
「そうよん。なんだか髪の長い耽美な子だったわねぇ」
む、と二人に目を向け、さらにまどかたちの顔と見比べてから、氷室は機械的に腕を組む。
「ふむ…まあいいだろう。しかしお前らが問題生徒であることに変わりはない。無用な疑いを招きたくなかったら、余計な行動は慎むことだな」
「ちょっと待ってください」
そう反論してきたのはまどかたちではなく、少し眉を寄せた女子大生だ。生徒の方は腹は立ちこそすれ、適当に返事して逃げ出すつもりでいたのだが、これでは逃げるに逃げられない。
「そういう頭ごなしの言い方は、教師としていかがなものかと思います」
「うわ、華澄ったら…」
もう一人が呆れたように呟いている間に、氷室も聞き捨てならなかったのか、体の向きを変えて彼女に相対する。
「君も教師かね?」
「実習生です」
「私の教育方針に問題があるとでも?」
「生徒の心をもっと汲み取るべきだと言ってるんです」
バチバチバチ…!
教師と教師見習いの間で紫の火花が散る。その迫力に、男子三人は声も挟めず固まっているしかない。
「なるほど…」
しかし彼らの予想に反して、引いたのは氷室の方だった。
「確かに私にも理解不足の面があったかもしれん」
「おっ、ヒムロッチが改心するなんて! こら明日は雨やな」
「そこで!」
まどかをじろりと睨んでから、氷室は有無を言わさぬ勢いで宣告した。
「今日は一日君らと行動を共にすることにしよう。常に監視…もといコミニュケーションを取ることで、より私の理解も深まるであろう!」
「な…」
「なんやてーーー!!」
期待とは逆方向の展開に絶叫するまどかたちに、助けてくれるはずの教師見習いは、逆に感動したように手を合わせる。
「さすがです、そこまで生徒のために行動できるなんて。私も見習わなくてはいけませんね」
「うぷぷ…。良かったわねん、少年」
「お姉さまぁ〜! そら殺生ですやん〜!」
「元はといえばテメーのせいだ、この馬鹿!」
まどかをぼてくり回す和馬だがもう遅い。お姉さんたちは感動しながら去ってしまい、眼鏡越しの冷たい視線が生徒たちに降りかかる。
「さあ、きりきり歩け。私が同行する以上、一秒たりとも無駄にすることは許さん」
「…俺、急用を思い出したんですけど」
「あ、オレもオレも」「俺も」
「却下だ!」
* * *
校庭の特設ステージへ向かって、教師に連れられとぼとぼと階段を下りていく一同。
「バンドコンテストならば丁度私も行くつもりだった。諸君らも音楽を通じて、もう少し秩序と調和というものを養いたまえ」
「んなもん養うためにバンド聞く奴がいるかよ…」
だが、二階まで降りたところで氷室の足が止まる。
「ピアノ…?」
どこからかピアノの音色が聞こえてくる…。
それは珪たち三人の耳にも届いた。透き通った、何かもの悲しい感じのする音だ。
「ふむ」
氷室は呟いてから、腕時計を見て、三人へと向き直る。
「まだコンテストまでは時間があるようだ。まずはこのピアノを聞いて調和を学ぶとしよう」
「んなこと言われてもよ…」
「まあええやん。可愛い女の子が弾いてるかもしれへんし」
「…お前は根本的な性格改善が必要なようだな」
音のする方へ行ってみると、当たり前だが音楽室があった。扉には『バンドコンテスト用 楽器置き場』の張り紙。しかしほとんどは既に運び出されたのか、人が大勢いる気配はない。
扉が開いていたので、そっと覗き込んでみる。
「……」
がらんとした室内に、二人の女の子がいた。ピアノを弾いている少女と、それを聞いている少女。どちらも髪が長く似たような雰囲気だが、片方はもえぎの高校の、もう片方はきらめき高校の制服だった。
氷室は聞き入っていると同時に、何か考え込んでいるようだ。珪たちはどうしたものかと顔を見合わせたが、行動を起こす前に相手が気付いてしまった。
「…誰?」
演奏が途切れ、弾いていた女生徒が顔を上げる。はっと息をのむほどの美少女だ。
まどかの中でギアが入り、高速移動してピアノの上に両手をつく。
「どもー、オレははば学の姫条まどかっちゅーねん。良かったら名前と電話番号…」
「お前という奴は…風紀を乱すなと何度言ったらわかる!」
氷室に襟首を掴まれ、哀れまどかは後ろに放り投げられる。
「失礼、邪魔をして悪かった。しかしこの学校の生徒ではないようだが、何故こんなところでピアノを弾いている?」
「……。たまたま通りがかったら、良さそうなピアノがあったので…」
「私がこの部屋にいて、良かったら弾いてみませんかって言ったんです。あ、私はこの学校の一年生で、美咲鈴音といいます」
フォローを入れた子は対照的に優しく微笑んで、ぺこりとお辞儀をした。
「なるほど、ならば問題はないだろう。なお、私ははばたき学園で教師をやっている氷室という者だ。ついでに個人的な質問ではあるが…」
こほん、と咳払いして、もえぎのの子へ問いを投げる氷室。
「先ほどの曲…もしや『月の雫』というホームページを知らないか?」
その言葉に少女は驚いた顔で固まってしまい、代わりにもう一人の少女が、驚き半分喜び半分の顔で回答した。
「もしかしてあなたも…いえ、先生も月夜見さんのファンですかっ?」
「いや、まあ…ちくわだ」
「ええっ! いつも掲示板に緻密で論理的な感想を書き込むあのちくわさん!? まさか学校の先生だったなんて、びっくりですね月夜見さん!」
「え、ええ…。でも月夜見が私みたいなので、がっかりしたでしょう?」
「いや、そんなことはないぞ」
「はい、そんなことあるわけないじゃないですか。あ、私はラッキーベルです」
「ほう、君がそうだったとは」
なんだか意味不明の会談で盛り上がる三人。横で聞いている男子たちは、すっかり蚊帳の外である。
「なんだ? ちくわって」
「…先生のハンドルネームじゃないか?」
「ほー、これからはちくわッチと呼んだらなあかんな。藤井に教えたろ」
「ええい余計なことを言わんでよろしい! それでは我々はこれで失礼する」
「…あの、ちくわ先生」
加速度的に変な名前になっていく状況に苦い顔の氷室だが、特に気にもせず、もえぎのの少女は落ち着いた声で続けた。
「良かったら一曲弾いてくださいませんか? 一度あなたのピアノを聞いてみたいと思っていました」
「あ、私もです! この前掲示板で、ピアノ歴20年だっておっしゃってましたよね?」
「う…」
美少女二人に見つめられ大ピンチの氷室。何とか逃げ口上を考えようとしたが、今度は横からぱちぱちと拍手が鳴る。
「おー、ええでええでー」
「氷室がピアノだぁ? 似合わねー」
「失礼だろ…。人間、なにか一つくらい取り柄があるもんだ…」
「貴様ら…。ええい、よかろう! 私の目指す完全な調和をその耳に焼き付けるがいい!」
半ばヤケ気味になって、穂多琉と入れ替わりでピアノの前に座る氷室。えへんえへん、と咳払いし…
しんと静まった音楽室に、ゆっくりと旋律が流れ出す。
本当に弾くとは思っていなかったまどかと和馬は、しばらくぽかんとメロディーの渦に巻かれてから、認めたくないように顔を見合わせた。
「おい、本当に弾いてるぜ」
「CDプレーヤーでも内蔵してるんとちゃうか」
「お前ら、黙って聞けよ…」
一曲終わったところで、氷室は左手だけで間奏を始める。空いた右手で何をするかと思えば、鈴音の前にあるキーボードを指さした。
鈴音は少し驚いたようだったが、理解したのかキーボードに手を置き、すぅと息を吸って弾き始める。
旋律が重なる。
鈴音の腕は氷室に劣らず、繊細なメロディーがふたつ、音楽室の空気を満たす。
もう一人の少女は胸の前でぎゅっと手を合わせていたが、背を押されたように、近くのオルガンの蓋を開け演奏に加わった。
(――――これは)
三校の弾き手の合奏。音楽の奔流の中で、珪はものも言えず圧倒されていた。
ドイツにいた頃も、これほどの音楽は滅多に耳にしたことはない。まさに氷室の言う完全な調和が今ここに…
「おい、今のうちに逃げちまわねぇか?」
「せやな。けど、あの子とお知り合いになる機会を逃すんも惜しいなぁ」
「聞けっつってんだよ…」
長いようで短い時間の後、曲は大団円をもって終わる。
「…うん、やっぱり私、音楽が好きみたい」
何かを吹っ切ったようなその小声は、まだ残響の中だったため、どちらの少女のものかは分からなかった。
* * *
肝心のバンドコンテストは、着いてみると予想以上の人だかりだった。
一名増えて五人になった一行は、やたらと巨大で気合いの入ったステージを見上げながら、既に熱気が伝わってくる人混みの後につく。
もえぎのの少女は和泉穂多琉といった。
気晴らしになればと思って来てみたが、一人きりで知り合いもなく、結局ふらふらと音楽室へ来てしまったらしい。
「ならば我々と同行しなさい。学生は団体行動が基本だ」
との氷室の提案に(まどかは躍り出して教鞭で叩かれたが)、穂多琉も「先生ならナンパじゃないですよね」と承知した。今は珪の隣で、何とか親しくなろうとするまどかの接近から氷室の手で守られている。
一方の鈴音はといえば
「私、『彩』のキーボードなんです。頑張りますから楽しみにしていてくださいね」
と言って皆を驚かせ、キーボードを抱えて体育館裏の方へ姿を消した。
少し引っかかったままの珪。終始笑顔だった彼女は、無理にそうしているようにも見えたが…結局聞きそびれてしまった。
ようやく演奏が始まった。一番手はロック系。まどかと和馬はピアノよりこっちの方が好みらしく、ノリノリで腕を振る。
逆に氷室はパフォーマンスが気に入らないらしくブツブツ言っていて、そんな彼に穂多琉が苦笑している。
珪も一応曲に合わせて指を動かしたりしながら、サッカー部バンドの歌声には思わず聞き入ったりもした。
たが、『彩』の番になってもメンバーが現れない。順番がスキップされ、期待を後回しにした観客の前で演奏は続く。
そして結局、そのまま最後まで終わってしまった。
ざわめく観客たちの前で、主催者の伊集院レイがステージ上でマイクを持つ。
「あー、諸君らが心待ちにしているであろう『彩』だが…。メンバーの一人が、今日外国へ出発する恋人を追って空港へ行ってしまった」
とたんに会場は大騒ぎ。まどかたちも予想外の事態にさすがに呆気に取られている。
「な、何だよそりゃぁ」
「いや、きら校にもえらい気合いの入った奴がおったもんやなぁ」
「けしからんな。一人が秩序を乱すことで、全員が迷惑する」
「…そうでしょうか。好きな人のためにそこまでできるなんて、私は素敵だと思いますけど…」
「…右に同じ」
「む…」
騒ぎは収まらず、レイはマイクをばんばん、と叩く。
「静粛に! しかし主催者としてこのまま済ますつもりはない。首に縄を付けてでも演奏させるつもりだから、楽しみにしていたまえ。はーっはっはっはっ、それでは解散!」
そうしてレイは黒服たちに指示を出すべく壇を降りてしまったので、観客たちもぞろぞろと散っていくしかなかった。
「どうにも計画の完全性に乏しい文化祭だ。それでは気を取り直して、次の目的地へ向かうこととする」
「ま、マジでこっから先も先生と一緒っスか?」
「当然だ。お前らのことだから、学術系の発表はほとんど見ていまい。これからすべて回り、後でレポートを提出してもらう」
(うわぁぁぁぁ)
(いやや〜〜〜!)
楽しいはずの文化祭は、このまま灰色の幕に閉ざされてしまうのだろうか? 彼らに待つのはレポートだけなのか。
「あのう、先生…」
救いの手は、穂多琉の口からもたらされた。
「私、あまり人が多いのは苦手なんです。できれば先生と二人で回れると嬉しいんですけど…」
「ふむ、確かにこのような野獣どもと一緒に回りたくないという気持ちは分かるが…」
不本意な言われようだが、まどかにとっては最後のチャンスである。半分逃げる用意をしながら一気にまくしたてる。
「せやな! 男四人に女の子一人は辛いやろ。ここは涙を飲んで、センセを男にしたるわ」
「な、な、何を言うか、不謹慎な!」
「ほなそういうことで!」
「待たんか貴様らぁぁっ!!」
待てと言われて待つわけもなく、三人揃って大逃走。まどかがちらりと振り返ると、穂多琉が苦笑いしながら軽く手を振っていた。
(おおきに、穂多琉ちゃん。恩に着るでぇ!)
かくして教師の魔の手から逃れた三人。
しかし校舎裏までたどり着いたところで、我に返ったまどかは自分の状況を知ったのだった。
「なんでヒムロッチが女の子と二人きりで、オレが野郎どもと一緒やねーん!」
「今ごろ言うなよ…」
体育館のビューティコンテスト
校庭のクイズ大会
ガールズ3
ガールズ4
ガールズ5
閑話
↓
終了
その頃、二年生の教室が並ぶ廊下では…
「どうせ俺なんて詩織には相応しくない男なんだ…」
「まだ言ってんのかよ。ったく、文化祭だってのに辛気くさいったらありゃしねぇ」
うなだれてとぼとぼ歩く公に、好雄は呆れ顔で歩調を合わせる。
「まあこの際だから藤崎さんは諦めたらどうだ? どうせ高嶺の花だったんだしさ、他にも女の子は一杯いるって」
「う…。いや、でもさ…」
「やっほー。二人とも、何暗い顔してんの」
明るい声に顔を上げれば、夕子とゆかりの二人だった。
「なんだ、朝日奈かよ」
「あによぉ。ヨッシーになんだ呼ばわりされる筋合いはないわよ。ん、どしたの公くん。マジで暗いじゃん」
「そうですねぇ。お体の調子でも悪いのですか?」
「な、何でもないよ。はは、ははは…」
「実はかくかくしかじか」
「バラすなよ!」
好雄が話した真相に、夕子の顔がみるみる不機嫌になっていく。
「何よそれ、超情けない!」
「やっぱりそうかな…」
「そうよっ! 落ち込んでたってしょうがないじゃん。そんな暇があるなら、葉月くんに勝ってやる!くらいは考えなさいよねーっ」
「で、でも詩織並の完璧超人なんだろ?」
「あーもうほんとに情けないなぁっ。勉強と運動ができるくらい大したことじゃないっしょ。午前中一緒だったけど、なんか影の薄い人だったわよ」
「そうですねぇ〜」
ゆかりが引き継いで、窓の下に広がるお祭り騒ぎに目を向ける。
「本日は色々なイベントを行っていますし、ひとつくらいは主人さんでも葉月さんに勝てるものがあるかもしれませんねぇ」
励ましてるのかコケにしているのか不明な言い草だったが、ゆかりのことだから励ましているのだろう。にこにこと笑うその顔に、公もなんだかその気になってくる。
「そうか…。その葉月珪に勝てれば、俺も詩織に相応しいって自信が持てるかもしれないな」
「お、おいちょっと待て。負けたら余計自信なくすってことだぞ?」
「んもう、ヨッシーってば盛り下がること言わないでよ。そーいえばさっき友達が、葉月くんがクイズ大会の方に行ったって言ってたわよ」
「よーし、やってやるぞっ。ありがとう朝日奈さん古式さん!」
「がんばってねー」
夕子の無責任な声援を背に受け、公は校庭へと走り出す。好雄も仕方なしに後を追った。
* * *
「葉月珪は俺が倒す!」
「おいおい…。無謀って単語を知ってんのか?」
バスケでの珪の活躍を知っている好雄だけに、ボロ負けして落ち込む公の未来が見える。溜息混じりのその声に、玄関で靴に履き替えていた公は、困ったように顔を上げた。
「そ、そりゃ無謀かもしれないけどさ。それを言ったら詩織に振り向いて欲しいなんてこと自体無謀じゃないか」
「ウン、まったくもってその通りだ。無謀の極地だな藤崎さん狙いは」
「肯定するなよ…」
「私がどうかした?」
「うわあ!?」
3mぐらい飛び上がった背後で、当の本人がびっくりした顔で立っている。
「ど、どうしたの公くん?」
「あ、いや、あはは。いい天気で良かったね!」
「う、うん。確かに文化祭日和だけど…」
「あ、あの…、あの…」
と、詩織に隠れるように愛もいた。
先のやり取りを思い出し、一瞬気まずい空気が流れたが、弾かれたように愛が思いきり頭を下げる。
「さ、さっきはごめんなさいっ! ひどいこと言っちゃって…」
「い、いや美樹原さんの言うとおりだったよ。俺も心を入れ替えるよ」
「何の話?」
「な、何でもないの詩織ちゃん!」
「た、大した話じゃないから!」
「そう…。ちょっと寂しいな」
しゅんとする詩織に罪悪感を覚える二人だが、かといって話すわけにもいかない。好雄が気配りを発揮して話を変える。
「あ、そうそう。藤崎さんたちはこれからどーすんの? 良かったら公の応援を…」
「うーんとね、校庭のクイズ大会に出るのよ。参加者が少ないから出てくれって頼まれちゃって」
「詩織もっ!?」
「きゃっ。ど、どうしたの?」
「い、いや、俺も出ようかなって。あはは…」
「そうなの? お互い頑張りましょうね」
優しく微笑む詩織だが、葉月珪と戦うはずが詩織と戦う羽目になってしまった。さっきまでの高揚も消え失せ、重い気分で校庭に出る。
(詩織に勝てるわけないよなぁ…)
昔からずっとそう。
それでも子供の頃は優劣なんて気にしなかったけど、いつからだろう。「詩織と俺は月とスッポン」なんて考えるようになったのは。
校庭の朝礼台の前には二、三十人ほどの人だかり。さらに少し離れて人の輪ができている。前にいるのが参加者で、周りは見物人だ。
「いたぞ。あいつだあいつ」
参加者の一人を指さし、好雄が小声で耳打ちした。
「あいつか…。た、確かにちょっとハンサムかもな」
「ちょっとじゃねぇだろ…。ま、ここまで来たなら頑張れや」
好雄は観客の輪に加わり、愛も詩織ちゃん頑張って、と声援を残してそれに続いた。
詩織から珪の姿を隠すようにすすすと動く公だが、やはり不自然だったらしい。詩織が怪訝そうな目を向ける。
「公くん、どうしたの?」
「え、別に何も?」
「あっ、あの人は…」
(ぐあっ…)
努力空しく、公の肩越しに珪の姿を見つけた詩織は、後ろで幼なじみが渋い顔をしているとも知らずに珪に近づく。
「朝はごめんなさい。失礼なことしちゃって」
「…どこかで会ったっけ?」
「う、ううん。覚えてないならいいの」
(なんて奴だ、一度会った詩織を忘れるなんて!)
確かに顔はいいが、なんだかやる気なさそうだし、こんな奴に負けてたまるか…と気合いが戻ってきた間に、クイズ同好会員が朝礼台に上がる。
『参加者の皆さんありがとうございます。えー、それではきら校文化祭グレートクイズ大会を始めます』
大会は二段階。まずは○×クイズで、上位三人にまで絞るらしい。
『それでは第1問! 新五千円札に描かれるのは与謝野晶子である。○か×か!』
(あ、あれ? どっちだっけ)
女流歌人だったことは覚えているのだが…。思い出そうとしたところへ、その前に詩織と珪の姿が目に入った。どちらも迷わず×の方へ歩いている。
少し悩んでから、後ろめたそうに×へと移動する公。
『はい正解は×です。正しくは樋口一葉ですねー。第2問。ハレー彗星の核を上から見ると琵琶湖よりも大きい。○か×か…』
5問目までそんな調子で、公が答えを出す前に詩織と珪の動きが目に入ってしまった。そうなると敢えてそれと逆方向へ行くほどの自信は持てない。
(だ、駄目だこんなんじゃ。よし、目をつぶって考えよう)
答えを決めてから目を開けて移動して、6問目、7問目は奇跡的に正解した。しかしその時点で既に残り三人、公、詩織、珪のみ。
「すごいね、公くん。見直しちゃった」
「あ、あははは…。はぁ」
実質2問しか解いていないので、見直されてもばつが悪い公である。
『それでは三人の方、朝礼台に上がってくださーい』
台上に上がると、眼下に広がる見物人の中から好雄と愛の応援が聞こえる。
「おー、いいぞ公。マグレでもすごいぞー」
「あ、あの、詩織ちゃんも主人さんも頑張ってください…。あの、葉月さんも…」
そして別方向から、はば学男子の声が。
「ええで葉月ー! その調子で商品ゲットやー!」
「狙いは優勝のヤキソバ食い放題券だぜ! 負けたら承知しねぇぞ!」
「……」
小さく溜息をつく珪が少し気の毒に思えてきた公だが、情けは禁物である。
『ルールは挙手での早押しクイズ。正解は+10点、不正解は-10点で、10問後に得点の多い人が優勝です。0点未満になったらその場で失格』
(よーし…)
『では問題です。サッカーW杯で日本を破ったトルコ、主将は誰だった?』
問題が公の頭で整理される前に、早くも詩織の手が挙がる。
「はい! ハカンシュキュル」
『正解です。藤崎さんに10点!』
ぱちぱちぱち、と観客から拍手。公としては誇らしい気持ち半分、焦り半分である。ちらりと珪を見るが、別に感心した風でもなく眠そうな顔のままなのが腹立たしい。
『次の問題、アマゾ…』
「はい…ポロロッカ」と珪。
『正解です』
(ちょっと待てぇ!)
敵は顔も頭もいい上に超能力者らしい。次の問題も次の問題も詩織と珪に取られてしまい、公だけ0点のまま。この二人と同じ所に立っていること自体間違いなんじゃ…と、そんな考えが頭に浮かんで、慌てて追い出す。
『第5問。きらめき高校の伝説…』
「はい!」
……。
手を挙げた公に、その場全員の視線が集中する。
沈黙の中で冷や汗が落ちる。つい焦ってやってしまった。
「で…伝説の樹?」
『残念でしたー。問題は”きらめき高校の伝説は樹ですが、ひびきの高校の伝説は?”で、正解は鐘でした。えー、残念ながら主人さんはマイナス点のため失格になります』
…………。
一点も取れないまま終了。詩織がどんな顔をしているのか、確認する勇気もないまま、とぼとぼと朝礼台を降りた。
好雄のところへ戻ると、愛が拍手をして出迎えてくれたが、予想以上の公の落胆に困惑顔である。
「あ、あの、主人さん…。3位だったんですからそんなに落ち込まなくても…」
「あー、それがな美樹原さん。かくかくしかじか」
「どうして喋るかなぁ…」
「そ、そうだったんですか…」
珪に勝つという無謀な試みには言及せず、代わりに愛はおずおずと公に尋ねた。
「あの、相応しいとかどっちが上とかじゃなくて…好きって気持ちだけじゃ、いけないんですか…?」
「……」
「ご、ごめんなさいっ。偉そうなこと言っちゃって…」
「いや…美樹原さんの言うとおりなんだろうけどね」
そう言って、詩織の幼なじみは力なく笑った。
「でもやっぱり、それだけで止まっちゃうのは…俺が許せないんだよ」
勝負は接戦の末、僅差で詩織が勝った。公としては喜んだものか悲しんだものか判断に困る。
また詩織が励ますような目で
「公くん、焼きそば食べる?」
なんてチケットを差し出してきたものだから、余計に落ち込んだ。
お腹空いてないからと断って、重い足取りで校舎内に戻る。
「ま、世の中天才がいるから凡人もいるんだろ。諦めてナンパにでも行こうぜー」
「まだだ…」
「へ?」
「まだ決着がついたわけじゃないんだっ!」
言い捨てて、早足で先へ行ってしまう公。
好雄は頭を振り、「ほんと、俺って付き合いいいよなぁ」などと言いながらその後を追った。
体育館のビューティコンテスト
伊集院家主催のバンドコンテスト
ガールズ3
ガールズ4
ガールズ5
閑話
↓
終了
午前中、一気にあちこち回った羽音たち。さすがに疲れて、喫茶店で一息入れる。
「意外と面白かったわね」
眼鏡を拭きながらの志穂の言葉に、羽音と珠美も嬉しそうに頷いた。
「うんうん、来て良かったよねー」
「おっと、満足するのはまだ早いわよ。午後にもイベントは山ほどあるわよー」
「ちょっと藤井さん、あんまり大騒ぎしないでくださる。本当にコドモなんだからぁ」
「なーに言ってんだか。そう言う須藤だって、さんざん大はしゃぎしてたじゃない」
「そ、そそそんなことないわよっ。なによぉー!」
言い合いを始める二人や、仲裁しようとする珠美や、呆れる志穂を見ながら、羽音は頬杖をついてにこにこしていた。
「なによ空野さん、何がおかしいの?」
「え? うん、みんなと来られて良かったなーって」
あんまり素直に言うものだから、瑞希たちも言葉に詰まる。
「も、もう。急に何を言い出すのよ、まったくぼんやりダヌキさんね!」
「ま、はおとっちらしいけどね」
仕方ないなぁという風の奈津実の言葉に、珠美と志穂も柔らかい表情で同意する。羽音はますます嬉しそうに、テーブルに手をついて身を乗り出した。
「ねえ、来年もこの五人で来ようね。たとえ同じ男の子を好きになるようなことがあっても、このままずっと友達でいようね!」
「……」「……」「……」「……」
「え? あれ?」
急に重くなる場の空気と、目が泳いでる友人たちにきょろきょろと首を回す羽音だが…
スパパパパーーン!
「あいたっ!」
奈津実たち四人の頭上に、いきなりハリセンの嵐が落ちる。何事かと顔を上げると、長髪を後ろに流しておでこを出した女の子が、ハリセン片手に仁王立ちしていた。
「あんたたちねぇ。それでも日本女性なの!?」
「は?」
「友人の恋のためなら自らの気持ちなど押し殺して身を引く……それが大和撫子というものじゃあないの! まったく最近の若い者ときたら、ああほんとに嘆かわしいっ!」
「ていうか誰よあなた…」
その時、後ろの席に座っていたショートカットの少女が暗い顔で呟く。
「そう…。そうだったんだね琴子…」
「え、光!?」
「でもね、そんなことされても私は嬉しくないよ? 私なんかのために、琴子が…」
「ち、違うのよ光。今のは単なる一般論であって…」
「私…私、やっぱり琴子のこと裏切れない! ごめんね、さよならっ!」
「光ーーーっ!!」
勝手に完結して走り去っていくショートカット少女。琴子と呼ばれた少女はしばらく呆然としていたが……やがて目に涙を浮かべ、奈津実たちの方へ振り向いた。
「どうしてくれるのよ光が光がーーーっ!!」
「知るかーーーーッッ!!」
体育館のビューティコンテスト
伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会
ガールズ4
ガールズ5
閑話
↓
終了
「家庭科室で料理コンテストをやってるってさー」
「タマちゃん、出てみれば?」
「ええっ? わ、わたしなんて無理だよ〜」
「そんなこと言って、心の中じゃいい線行くかもって思ってるんじゃないのぉ?」
なんてことを話しながら、家庭科室へ行ってみた。
「根性、根性、根性よ! 受けてみて、根性の炊き込みご飯!」
「さすがです虹野先輩!」
きら校代表の手から次々生み出される料理! その熱気と気迫に、ひびきの代表はじりじりと後ずさる。
「くっ、なんて料理への情熱なんだ。ボクにはとてもかなわないよ…」
「あ、諦めんじゃねぇ茜! 諦めたらそこで試合終了だぜ!」
「ごめんね、ほむら。ああ、こんなときお兄ちゃんがいてくれたら…」
しかし空を見上げる彼女の前に、学ラン学帽の兄の幻影が浮かんだのだ。
『茜…。根性ならワシらとて引けはとらんわい!』
(そ、そうだ。ボクはお兄ちゃんの妹なんだ、こんなところで負けるもんか!)
「おおっ、茜に火がついたぜ!」
「いくよほむら! うぉぉぉーーー!!」
包丁を振るい始める料理人とアシスタント! その熱気はきら校代表のそれに匹敵し、あまつさえ押し戻し始めたのだ。
「なっ! こ、この根性は一体!?」
「どうしましょう虹野先輩!」
「みのりちゃん、私はうれしいのよ。これほどの料理人と競い合うことができるなんて…。今こそ私の命を燃やし尽くすわ!」
そして加速度的に高まるボルテージ。押し合う熱気は許容量を越え――
ちゅどーーーん!!
一同は黙って会場を後にした。
「…タマちゃん、出場したかった?」
「ううん、出なくて良かった…」
体育館のビューティコンテスト
伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会
ガールズ3
ガールズ5
閑話
↓
終了
「格技場で格闘大会をやってるってさー」
「タマちゃん、見たいよね?」
「う、うん…。はじける汗、ぶつかる筋肉…って素敵だよね」
「こ、紺野さんってそういう人だったの?」
眼鏡がずり落ちる志穂を引き連れ、格技場へ行ってみた。
「会長キーーック!」
「はっ!」
背は低いもののパワー溢れる相手の蹴りを、ぎりぎりでかわす鋭い目の少女。その顔に笑みが浮かぶ。
「フッ…やるもんだね。ひびきのにこんな猛者がいるとは思わなかったよ」
「へっ、あたし程度で驚いてもらっちゃ困るな。そこにいる茜は…あたしより強いぜ!」
「ち、ちょっとほむらっ! 違うよ、ボクはか弱い女の子だよ〜!」
リング外で顔を赤くして抗議する女の子だが、周りは誰も聞いてくれない。
「へえ、世の中は広いねと言いたいが…。あそこにいる恵美だって、あたしより強いかもしれないよ」
「まあ、芹華ったら…。お恥ずかしいです…」
親指で背後を指した先にいた少女が、品よく頬を染める。友人自慢を交わした対戦者たちはしばし笑い合い…そして最後の攻撃に移った。
「今こそ燃え上がれあたしの気合い! 必殺バーニング会長キーーック!!」
その言葉通り、宙を舞った少女の蹴りが空気との摩擦で炎を発する!
「(ほ、本当に燃えるなんてこいつ能力者か!? ならあたしも本気を出さないと!) はぁぁーーっ!!」
赤い塊と白い光弾が激突し――
ちゅどーーーん!!
一同は黙って会場を後にした。
「…タマちゃん、見学したかった?」
「ううん、もういい…」
体育館のビューティコンテスト
伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会
ガールズ3
ガールズ4
閑話
↓
終了
(誰か気付かないかなぁ…)
校舎の陰から顔を半分出して花壇を見つめているのは清川望。
丹誠込めて育てたコスモスに誰かが気付いて、あまつさえ『なんて綺麗な花だ。きっと心の清らかな人が育てたに違いない』なんて言ってくれる少女漫画的展開を期待していたのだが……現実はそう甘くはないらしい。
(はあ、馬鹿らし…。教室に戻るか…)
「ああっ、この花壇は!? なんて美しいんでしょう…」
(やったかっ!?)
すごい勢いで覗き込む望。相手の顔を見てなんだ女の子か…とがっかりしかけたが、よくよく制服を見ると男子らしい。
眼鏡をかけたその面もちは期待とはだいぶ違うけど、花が好きな人に悪い人はいまい。気合いを入れ、できるだけさりげなく花壇に近づく。右手と右足が同時に出ていたが。
「や、やあっ。気に入ってくれた?」
「この花はあなたが? 素敵ですね、よほど心をこめて世話をしないとこうは咲きません」
「あ、あはははは。やだな、照れるじゃないか。君も花が好きなの?」
「ええ、一応園芸部員なんです。最近はコルチカムなんて育ててますよ」
「…へえ」
何それ、花の名前? とは口が裂けても言えず、引きつり笑いを浮かべる望。
「い、いやまあ、花はいいよね」
「はい、僕も心からそう思います。特に秋の花は一抹の寂しさがあっていいですよね」
「う、うん。シクラメンとか好きなのよ。知ってる? シクラメンの花言葉は…」
「はにかみ・清純・内気・嫉妬・遠慮・切ない私の想いを受け止めて・疑惑などですね。赤、白、ピンクで花言葉を変えている本もありますけど、白を内気系の言葉にしているのが多いかな。可憐な花ですから、花言葉もそれに合ったものになったんでしょうね」
「……」
ぽかんと口を開けている望の前で、にこやかに微笑む少年は花壇のコスモスへ目を向けた。
「ああ、コスモス君も可憐さでは引けを取りませんよ。ウフフ…そんなに恥ずかしがらないでください」
(花と会話してるーー!!)
しかも言ってる本人が一番可憐だったりする。ガラガラと崩れる女の子のプライドに、望は涙をまき散らして走り去るしかなかった。
「ちくしょう悔しくなんかないぞーーーっ!!」
「ああっ!? あの人はどうなさったんでしょうねコスモス君?」
体育館のビューティコンテスト
伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会
ガールズ3
ガールズ4
ガールズ5
↓
終了
はば学の三人が校庭の出店を物色していると、柱の上の拡声器から女生徒の声が聞こえてきた。
『あーあー、愚民どもに告ぐ』
「な、なんや?」
『これから科学部が屋上で巨大ロボの実演を行うわ。馬鹿げたお祭り騒ぎの下らない出し物なんて見てる暇があったら、さっさとこっちを見に来ることね。これは命令よ』
全校が唖然とする中、マイクを取り合うような音とともに、誰かの悲鳴が聞こえてくる。
『ひ、紐緒さん! みんなの反感を買うの良くないです!』
『蒼樹君は黙ってなさい。愚民に理解されないのも天才の証よ。ああ、燃えてきたわ!』
そしてぶつん、と放送は切れてしまった。
何じゃこりゃ、と周り全員が呆れる中で、和馬だけが興奮して拳を握る。
「き、巨大ロボだって!? そいつは男のロマンだぜ!」
「ホンマかいな。張りボテかなんかとちゃうか」
「ろくでもない予感がする…」
「何言ってやがる、こんなチャンスは滅多にねぇだろ。俺は行くぜ!」
元気よく校舎内へ入っていく和馬。まどかも「ま、科学部いうたら午前中の女の子がおるやろ」と後を追い、珪も他に行くところもないのでそれに続いた。
三者それぞれの表情で、屋上への階段を一歩一歩上っていく。
その先に待つ、紐緒結奈という名の危険も知らず――。
<つづく>