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この作品はKONAMIの「ときめきメモリアル」「ときめきメモリアル2」「ときめきメモリアル3」「ときめきメモリアルGirl's Side」「ときめきメモリアル ドラマシリーズVol.2 彩のラブソング」を元にした二次創作です。
各作品に関するネタバレを含みます。








『もしもし。館林です』

『このSSは途中に選択肢があるけど』

『単に読む順番が変わるだけで深い意味はないから、面倒な人はそのままスクロールしてね』

『話自体は全部の選択肢を読んだっていう前提で進むよ』

『あと、はば学やひび校は週休二日じゃないけど、このお話でだけは学校休みってことにしておいてね』

『それじゃあ…』














 十月の第二土曜日。校舎へと続く道を、この日だけは種種とりどりの制服が流れていく。
 今日はきらめき高校の文化祭。伊集院家をバックに持ち、色々な意味で有名なこの私立高校のお祭りには、きらめき市のみならず他市からの生徒も訪れていた。
 そんな中、校門前で校舎を見上げる制服姿の男子生徒が三人。
「ここかよ。思ったほど大きくねーな」
「せやけどきら校の女の子といえば、めっちゃ可愛いって評判やで。いやー楽しみやなー」
「ば、バカヤロウ! お、俺はんなもん興味ねえよ!」
 赤くなっているのは鈴鹿和馬。ケラケラ笑っているのは姫条まどか。どちらもはばたき学園の二年生で、今日は電車に乗ってきらめき市まで遊びに来ていた。そしてその後ろで…
「‥‥‥」
 眠そうにしているのは葉月珪。朝寝ていたところをまどかに叩き起こされ、無理矢理ここまで連れてこられた、世にも不幸な青少年である。
「なんや、シャキっとせえや。せっかく連れてきてやったんやから」
「頼んでない…」
「今さらゴチャゴチャ言うなよ。そりゃこの女好きがなんでお前なんか誘ったのか、俺にもよくわかんねーけどよ」
「人聞きの悪いやっちゃな。そらオレかて女の子と来たかったけど、羽音ちゃんがなあ」
 その名前にぴくんと反応する珪に、にやにや笑いながらまどかは続ける。
「葉月クンに男友達がおらんて心配しとったんや。せやから今日は特別に自分をお誘い申し上げたっちゅうわけやな。ああ、オレってばなんて友達思いなんやろ」
「空野がか…。あいつ、余計なことを…」
 小声で言って、内心で溜息をつく。名前の挙がった同級生は、入学以来何かと心配してくれてくれていたが、今回ばかりは有り難くない。珪がというより、この二人にとって。
「それはお前も災難だったな…。厄介事、押しつけられて」
「なーに、オレは友情に厚い男やからな。別に自分がおったら女の子が勝手に寄ってくるからウハウハやとか、そんなことは全然考えてへんで?」
「‥‥‥」
「軽い冗談やんか…。ま、こんなとこにつっ立っててもしゃあないわ。入ろ入ろ」
 まどかに背中を押されて、校門に建てつけられたアーチをくぐる。
 今は元気なこの二人も、たぶん帰る頃には疲れ切って、こんな奴を誘ったことを後悔するだろう。
 ぼんやりとそう考えながらも、それに対して珪は何をするでもなかった。
 見上げたアーチの向こうには秋の青空。
 昨日と何も変わらない。





ミックス! 文化祭





「いらっしゃいませ」
「きらめき高校へようこそー」
 歓迎の声とともにパンフレットを手渡され、校内へと足を踏み入れる。
 渡されたのが男からだったのでがっかりしていたまどかだが、すぐに気を取り直して周囲を見回した。入ってすぐのところに実行委員のものらしいテント。『案内所』の札がかけられ、青いセーラー服の女子たちと、黒い学ラン姿の男子たちが、忙しそうに出入りしている。
「おっ! ほら見てみい。あの子なんかめっちゃええと思わん?」
「さっそくかよ。ちったあ遠慮しろっての」
「いやレベル高いってホンマ。なあ葉月?」
「さあ…」
 まどかの指した女の子は、確かに世間一般ではかなりの美少女に分類されるであろう。綺麗な長髪にヘアバンドがよく似合う。数人の生徒と何か打ち合わせをしていたが、用が済んだらしくテントを離れて歩いてくる。
「おっ、こっちに来るで! 大チャンス! ここはナンパやろ!」
「一人で行けよ…」
「ええい、ノリの悪い奴らやな。よしわかった。ここはオレがひとつ、女の子に声をかける手本っちゅうもんを見せたるわ」
 気合いを入れて断言すると、スキップ気味に少女に近づき…
「なあなあ彼女! いやー、あんまり可愛いんでつい声かけてもうたわ。どや、オレらと一緒に回らへん?」
「えっ…。ごめんなさい、一緒に回って友達に噂とかされると恥ずかしいし…」
「キビシー!」
 あっさり玉砕して、よろよろと二人の元へ戻るまどか。
「何が手本を見せてやるだよ」
「やかましいわっ。くっ、それにしてもさすがはきらめき高校や。一筋縄ではいかへんなぁ…」
 悔しがっていたまどかだが、ふと誰かの視線を感じて振り向いた。
 じっと見ていたのは先ほどの少女だ。その瞳はまどかを通り過ぎ、まっすぐ珪へと向いている。
「‥‥‥?」
「‥‥‥!」
 珪に見つめ返され、はっと頬を染めると、少女は目を逸らして駆け去っていった。
(見た? 今の…)
(ああ、あの藤崎さんが…)
 ざわめき始めるきら校生たち。実は彼女は『変わった髪型だなぁ。どうやってセットしてるんだろう。もしかして寝ぐせ? やだ、私ったら何を考えているのかしら』などというどうでもいいことを考えていたのだが、周囲を誤解させるには十分だった。
「なんでやねん! なんでお前だけがモテんねーん!」
「たまたま目が合っただけだろ…」
「やめろよみっともねえ。周りの奴が見てるじゃねーか」
 三人がぎゃあぎゃあ騒いでいたその時である。
「いやー、まさか藤崎さんがねぇ。チェックだチェック」
「ん? 誰や自分」
 馴れ馴れしく声をかけてきたのは、メモ帳を手にした男子生徒だ。
「俺はきらめき高校二年の早乙女好雄。女の子のことなら俺に任せてくれよ!」
「なんや親近感を感じるやっちゃなぁ。てか藤崎さんってさっきの子?」
「ああ、藤崎詩織ちゃん。成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗で性格もよしって、まさに完璧なきらめき高校のアイドルだぜ。その分ガードも滅茶苦茶固いってのに、そいつ何者?」
「いや、別に大した奴とちゃうで。名前も山田太郎やし」
「…葉月珪だ」
 ぶすっとして名乗る珪に、好雄は額に指を当てて記憶を探り始めた。
「葉月珪、葉月珪…。どっかで聞いた名前だなー」
「そいつモデルだからよ。雑誌か何かで見たんじゃねえ?」
「おお! 朝日奈が騒いでた奴じゃねーか。悪い、ちょーっと待っててくれよ」
 言うが早いか、携帯電話を取り出してどこかへかける好雄。
「あー、もしもし朝日奈? 校門に葉月珪が来てるぜー。いやマジで」
 電話を切って、まどかたちの方を向いてにやりと笑う。
「うちの女の子に教えてやったからさ。ここにいればすぐ来ると思うぜ」
「おお、あんたええ奴やなぁ。心の友と呼んだるわ」
「そうかい? 後悔しても知らないぜ」
 後悔…なんでやねん、とまどかが聞く前に、好雄はじゃっ!と手を挙げて去っていった。
 それと入れ替わるように、校舎の方面から誰かが土煙を上げて走ってくる。
 セミロングの活発そうな女の子、そしてその右手に引きずられている、古風なお下げの女の子。あっと言う間もなく、珪の前へと到着する。
「あーっ! 本当に葉月珪じゃん、超ラッキー!」
「‥‥‥」
「こらこら、お嬢ちゃん。ええ男ならここにもおるのに無視はないんとちゃう?」
「あっ、こっちの人たちもカッコイイ! 超ついてるぅ!」
 女の子は居ずまいを正すと、えへへと笑って自己紹介した。
「ごめんごめん。私は朝日奈夕子、ここの二年生よ。んでこっちは古式ゆかり」
「はじめまして。本日はきらめき高校においでいただき、まことにありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします〜」
 のんびりと喋ってから深々とお辞儀するお下げの少女に、釣られて和馬まで頭を下げる。
「ど、どうも、俺は鈴鹿和馬と申します…って言葉うつっちまったじゃねーか」
「オレは姫条まどか。女みたいな名前やけど、こう見えても女やねーん」
「まあ、そうなのですか。それではまどかさんとお呼びしますね」
「…なあ、オレはどう対処すればええんやろ」
「ゆかりは箱入りお嬢様なんだから、変なこと言っちゃダメだよ。それより来たばっかなんでしょ? 私たちが案内したげるからさあ、一緒に回んない?」
「ホンマ? いやそらもちろん!」
 まさに願ったりかなったり。他校の文化祭における理想的な展開に、連れの二人の肩を抱いて耳打ちするまどかである。
「どや、オレについてきて良かったやろ」
「別にお前の力じゃないだろ…」
「まあええやん。いやー、こんなカワエエ子に案内してもらえるなんて今日はええ日やで」
「もう、上手なんだからぁ。じゃあ、どこ行きたい? 結構見どころ多いから、サクッと行かないとね」
「せやなー」
 今まで持ったままだったパンフレットを広げる三人。時間が早いため、バンドコンテスト、漫才大会、宝探し大会といった大きなイベントはまだ先である。文化部の展示がよろしいですよ、とゆかりが勧めるので、まずはそちらを見ることにした。
 行き先は――

文芸部へ行く
演劇部へ行く
美術部へ行く
科学部へ行く
電脳部へ行く
吹奏楽部へ行く












文芸部

「…文芸部がいい。俺」
 静かそうだから…という理由こそ省いたものの、珍しく自分から提案する珪だが…
「おいおい〜。なんでそない地味なとこ行かなあかんねん」
「祭りに来てまで勉強したかねーよ」
「超暗いって感じ〜」
 ボロクソに言われ、無表情のまま瞳を伏せた。
「…なら、いい」
「まあ、いけませんよ皆さん」
 しかしにこにこと、微笑みながら助け船を出したのはゆかりだった。
「文芸部の方たちも一生懸命準備してきたのですから、そのような言い方はよろしくありませんねぇ」
「うっ…。そ、そりゃまあゆかりの言うとおりだけどぉ」
「せやなあ。客の入りが少ないことほど悲しいもんはあらへんし、行ってみよか?」
 文化部の部室のためだけに部室棟があるきらめき高校。文芸部室では作文の展示である。
 ぞろぞろと連れだって入った五人の前には、製本されて机に並んだ文集と、壁に貼られた原稿。そしてそれを熱心に読む男子生徒の姿があった。
「あれ、守村じゃねえか」
 部屋の静かさにさすがの和馬も小声になるが、それでも届いたらしく、振り返った守村桜弥は笑顔でこちらへ歩いてくる。
「やあ、皆さんもいらしてたんですね」
「えっ、なになに? 知り合い?」
「おお、はば学一の秀才、メガネ君やで。ノートをタダで貸してくれる神様のような奴やねん」
「姫条くん、少しは自分で勉強してください…。それよりこの部の文章は素晴らしいですよ。特に如月さんという方の作品は上手です。読んで損はありません」
 桜弥に勧められ、じゃあ一応と座って文集を読み始める。が、案の定まどか、和馬、夕子の三人はすぐに飽きてあくびを始めた。
「葉月、そろそろ次行かへん?」
「…読んでる。まだ」
「配ってるみたいやから一冊もらったらええやん。他にも見るとこあるねんし。な」
「…わかった」
 渋々席を立って、受付の文芸部員から文集を受け取る珪。その間に、和馬は桜弥を誘ってみた。
「守村、一人で来たのか? 俺たちと一緒に回らねえ?」
「そうですね。僕はこれから環境問題の研究発表を見に行って自然と人間の共生について考えようと思っていたんですが、皆さんは?」
「は、ははははー! や、やっぱ邪魔しちゃ悪いから遠慮するぜ」
「そうですか? 残念です…」
 ぼーっと文集を見ていたゆかりは夕子が立ち上がらせて、一同は部室を後にする。
 …のだが、幽霊のように後をついていくだけの珪の姿に、桜弥の口から声がこぼれた。
「あ…、葉月くん」
「…ん?」
「…いえ…。楽しい文化祭になるといいですね」
「…ああ」
 かすかに翳った表情を隠して、珪はまどかたちの後を追うのだった。


演劇部へ行く
美術部へ行く
科学部へ行く
電脳部へ行く
吹奏楽部へ行く

見終わった












演劇部

「おっ、九伊豆戦隊カルトマンだって! こいつぁ見なくちゃいけねえぜ!」
 パンフレットを見て歓喜の声を上げた和馬を待っていたのは、まどかと珪の冷ややかな視線である。
「…自分、いくつやねん」
「ガキ…」
「な、な、なんだよ。い、いいじゃねえかよ、正義のヒーローは男の憧れなんだよ!」
「うーん、まあうちの演劇部ってけっこう派手だし、とりあえず行ってみよっか?」
「そうですね、まいりましょう〜」
 そんなわけで会場の体育館へとやって来た一同。開演まで少し時間があるので、その辺りで時間を潰そうとしたのだが…
「あれ、如月さんじゃん」
「それと、演劇部の部長さんですねぇ。なにか、お困りのようですよ」
 体育館横の裏口の近くで、眼鏡の女生徒とTシャツ姿の男子生徒が深刻な顔で話している。文芸部の如月未緒さんです、とゆかりが珪たちに説明している間に、夕子が声をかけていた。
「やっほー、如月さん」
「あっ。こんにちは朝日奈さん。他校の方の案内ですか?」
「まあねー。そっちは演劇部の手伝い?」
「ええ、脚本で少しお手伝いしたのですが、少々困ったことが…」
「実は戦闘員役の奴が、今日になって熱を出して休んでしまったんだよ」
 と、演劇部の部長が困り顔で言葉を引き継ぐ。
「そら難儀やな。せやけど戦闘員くらい誰でもできるんちゃうん?」
「まあ台詞は少ないけどね。ただ爆発で吹っ飛んだりするから、運動神経のいい人でないと。うちの部は人数ぎりぎりだし、知り合いもみんな忙しいしなぁ」
「すみません、私の体さえ丈夫だったら…。ああっ、めまいが…」
「わーっ! き、如月くんっ!」
 よろける未緒を部長が支えている間に、夕子とまどかが肘で和馬の脇腹をつつく。
「だってさ、鈴鹿くん」
「せ、戦闘員かよ。悪の味方ってのはちと…」
「アホ、女の子が困ってるのに助けん奴があるかい。それでも男か?」
「じゃあてめえがやれよ!」
「いやー残念やなぁ。オレの身長やったらたぶん衣装合わへんしー」
 調子よく逃げるまどかに悔しそうな顔の和馬だが、確かにこのまま見捨てては寝覚めが悪い。
「いいぜ。運動神経には自信があるし、俺でよければやってやるよ」
「ほ、本当かい! いやあ、助かるよ。すまないが如月くん、あとは頼んでいいかい?」
「はい、わかりました」
 他の準備でてんやわんやらしく、部長は転がるように体育館の中へ入っていった。
「それでは、衣装がありますのでこちらへ…」

 体育館の男子更衣室から出てきた和馬を待っていたのは、案の定爆笑の渦だった。
「あはははは! 超似合うー!」
「い、いやとっても素敵やん? 近未来和馬!っちゅう感じやで。うくく…」
「まるで煙突のようですねぇ」
「だーっ、うるせえうるせえ! 劇なんだから仕方ねえだろ!」
 とはいえ灰色の戦闘員服は正直言ってカッコ悪い。本番ではお面をかぶるので、顔が見えないのが救いではあるが…。
「……」
「ああっ、何だよ葉月! あからさまに笑いをこらえてるのもそれはそれでムカつくんだよ!」
「そ、それより時間がありません。台詞は2種類なので、さっき渡した台本通りにお願いしますね。いきます、『幼稚園のバスを襲い、我が幻魔帝国ナゾラーの戦闘員にするのだ』」
「なにぃ! いくら悪の組織でもやっていいことと悪いことがあんだろ!」
「‥‥‥」
「…悪い。『ナゾー』」
「カルトマン登場の後、カルトピンクの攻撃です。『100枚の色紙の99枚目の紙の色は何?』」
「え? うーむ…わ、わかんねえ」
「‥‥‥」
「え、ええと。『ナゾッ?ナゾッ?ナゾッ?』」
「爆発エフェクト」
「『ナゾー』」
 本人は吹っ飛んだつもりらしいが、他人の目からはカエルが跳ねたようにしか見えなかった。
 しかしあくまで臨時の代理。贅沢は言ってられませんね…と未緒が諦めかけたその時である。
「なってませんわね!」
 突如その場に響く声。見ればもえぎの高校の制服に身を包んだ背の高い美少女が、見下したような視線を向けている。
「あなた、それで演技のおつもり? まったく保育園のお遊戯以下ね。お猿さんだってもう少しましな演技をしましてよ」
「な、なんだといきなり出てきてこの野郎!」
 あんまりな物言いにさすがに切れる和馬だが、その女生徒の後ろからもう一人姿を現す。
「ごめんねぇ。万里ちゃんのこと悪く思わないでね」
 三つ編みを輪っかにして下げ、眼鏡をかけた女の子がすまなそうにそう言った。
「万里ちゃんはちょっと口が悪いけど、態度もでかくて偉そうなんだよ」
「フォローになってませんわよ理佳…」
「万里…? ま、まさかあなたはもえぎの高校の演劇マスター。女優と映画監督の両親を持つ、演劇界のサラブレッドこと御田万里さん! ああっ感動でめまいが」
「わああ! しっかりせえや!」
「少しは物を知っている方がいらっしゃったようね。どう、私の偉大さがおわかり?」
「全然わかんねーよ。そこまで言うならてめえがやってみろっての」
「はぁ…、仕方ありませんわねぇ」
 肩をすくめて大げさに溜息をつくと、万里は手のひらを上にして未緒へと向けた。
「そこのあなた、先ほどの台詞をもう一度おっしゃい」
「え? は、はい、『幼稚園のバスを襲い、我が幻魔帝国ナゾラーの戦闘員にするのだ』」
 その瞬間! 優美な女子高生のイメージは消え、万里は右手をぴんと挙げて高らかに叫ぶ。
「『ナゾー!』」
「え!?」
 ごしごしと目をこする和馬。
(い、衣装も着てねえのに本物の戦闘員かと思っちまったぜ…。俺の目がどうかしちまったのか?)
「『100枚の色紙の99枚目の紙の色は何?』」
「『ナゾッ?ナゾッ?ナゾッ? …ナゾーーッ!!』」
 大げさに吹っ飛ぶ万里。しかしそれはまさしく和馬が子供の頃に見た光景だった。圧倒的な存在感で、戦隊物の戦闘員がそこに表現されていたのだ…。
 ぽかんと口を開けていた和馬は、不意に地面へ両手をつく。
「あ、あんたすげえよ! ぜひ俺を弟子にしてくれ!」
「ウフフ、よろしいですわよ。でも演技の道は厳しくってよ!」
「あのー、開演まであと5分なんですけど…」
 かくして演技の真髄を叩き込まれ、身も心も戦闘員になって舞台へと立った和馬!
 しかし爆発の時に吹っ飛びすぎて客席に落下してしまい、後で万里にこってりと絞られたのだった…。

文芸部へ行く

美術部へ行く
科学部へ行く
電脳部へ行く
吹奏楽部へ行く

見終わった












美術部

「おお! 美術部はヌードデッサンやて!? こら見に行かなあかんがな!」
 パンフを見てついつい本音を漏らしたまどかは、代償として周囲の冷たい視線を浴びた。
「超さいてー…」
「ち、ちゃうねんで? あくまでオレは芸術的見地から深い興味を持っただけであって、決していやらしい気持ちとかそういうわけでは…」
「ふーん」
「ほ、ほらこいつらも行きたい言うとるし! 勘弁したってや!」
「言ってない…」
「お、俺はそんなの見たかねえよ!」
「いやまったく、素直になれんお年頃やなあ。ほな行こ行こー」
 強引に向かった美術部部室には、出し物が出し物なだけに黒山の人だかりができている。
「おおっ、この向こうには夢の楽園がー!」
 その人だかりのほとんどが女生徒であることに、少し注意すれば気づいただろう。しかし浮かれていたまどかはそのまま突入し、その向こうには――
「アッハハ! このポーズだよ。ボクはこのポーズがいいんだ」
「ビューティフル、とっても美しいわ! じゃあそのまま動かないでね」
 ……上半身裸の三原色がいた。
「何しとんねんお前はぁぁぁああ!!」
「やあ君たち。居たね?」
「あら、朝日奈さんに古式さんじゃない。ハロー、こんにちは」
「片桐さん、ごきげんよう〜」
「っていうか、美術部何してんの?」
 困惑顔の夕子に、後ろ髪を頭上で無理矢理しばった、変な髪型の美術部員は陽気に笑う。
「それがねえ。肌色の全身タイツでごまかすつもりだったんだけど、その人が『駄目だよ、そんなのは美しくない!』とか言ってきてモデルまで引き受けてくれたのよ。イットワズセーブド、とっても助かっちゃった」
「そ、そう。でもちょろっと恥ずかしいっていうかぁ」
「夕子さん? 先ほどから何をちらちらと横目で見てらっしゃるのですか?」
「い、いいじゃん別にー!」
 一方、下半身にはギリシア彫刻のように布を巻いただけの色に、まどかも和馬も頭を抱える。
「やめろよな頼むから。はば学の恥だぜ」
「うん、キミが恥ずかしがる気持ちはわかる。ボクの美しさを前にして自らの小ささに恥じ入るのは無理ないよ。でも大丈夫、美しくないキミにだって何がしかの存在価値はあるさ! 良かったね!」
「離せ姫条! こいつだけは一発殴らなきゃ気がすまねえ!」
「落ち着け! 気持ちはよーくわかるけど落ち着け!」
「ソーファン! とっても面白い人ね」
「いや、面白いですむ話とちゃうやろ…」
 ちなみに珪は、色の姿を見た途端にさっさとその場から逃げ去っていた。

文芸部へ行く
演劇部へ行く

科学部へ行く
電脳部へ行く
吹奏楽部へ行く

見終わった












吹奏楽部

 チャルメラの演奏をするというので、面白半分に聞きに来た一同だが…
「あかん!」
 屋外ステージへとやって来た途端、まどかが反射的に後ずさりした。
「まあ、どうなさったのですか?」
「そうだぜ、とっとと行こうぜ」
「いや、ホンマにあかんて。ほら、アレやアレ」
「何だよ一体…。げ!」
 言われた方向へ目を向けた和馬も、同様に首をすくめる。はばたき学園の冷血教師こと氷室零一が、腕組みをして開演を待っていたのだ。
「なになに、どーしたの?」
「いや、うちの先公がおんねん。えらい厳しくてなぁ、オレらを目の敵にしてるやな奴やわ」
「あーわかるわかる。そういう先生っているよねぇ。融通が利かないっていうかぁ」
「そうですねぇ。夕子さんが五日連続で遅刻しただけでひどくお怒りでしたしねぇ」
「…オレかてそこまで遅刻はせんで…」
「あ、あははは。まあ細かいことはいいじゃん、忘れよ忘れよ。じゃあここはやめといて他行く?」
「せやなぁ」

文芸部へ行く
演劇部へ行く
美術部へ行く
科学部へ行く
電脳部へ行く


見終わった












科学部

「え…。科学部行くの?」
 レーザーアートショー、という派手そうな演目がパンフレットには載っているにも関わらず、気乗りしなさそうな夕子である。
「なんや、なんか科学部にマズいことでもあるん?」
「って言うかぁ、紐緒さんっていう超怪しい人が一人でやってるのよ。まともな部員はみんな辞めちゃったらしいし、変な実験とかしてそうなのよねぇ…」
「まあそれはそれで面白そうやん。行ってみたらわかるやろ」
 しかし科学部部室へ来たまどか達は、入口で白衣の女の子に追い返されてしまった。
「残念だが準備に少し時間がかかるのだ。午後に屋上へ来るとよいのだ」
「あらら。って屋上でレーザーアートショーかいな」
「ふっ、それは実行委員会を欺くための偽の演目なのだ。実際は戦闘ロボットの展示だから、楽しみにしているのだぞ」
「へえ、そりゃすげーな」
「せやけどせっかく来たんやし、名前と電話番号教えてや〜」
「な、なんだ貴様!? 咲之進を呼ぶぞ無礼者ーっ!」
「メイ、そんな愚民は相手にしなくていいわ。さっさとこちらを手伝いなさい」
 不意に部室の中から聞こえる声。その冷たい響きに、白衣の少女は弾かれたように硬直する。
「は、はいなのだ。すぐ行きますのだ」
「あら?」
 そこでゆかりが、今頃になって相手の顔に気づいた。
「まあ、メイさんではありませんか」
「げげっ古式ゆかり! な、なんで貴様がここにおるのだ!」
「はあ、ここは私の学校ですので。メイさんこそどうなさったのですか?」
「め、メイは閣下の手伝いなのだ。お兄様には内緒だぞっ」
「そうなのですか? レイさんもお喜びになると思うのですけどねぇ…」
 ゆかりが首を傾げてゆっくり喋っている間に、メイは部室に入って扉を閉めてしまった。
「ゆかり、知り合い?」
「はい、伊集院さんの妹さんですよ」
「へー、あれが伊集院くんのねぇ…」
 ここにいても仕方がないので一同はその場を去り、後には人の寄りつかない科学部室が残った。
「この組立が終われば屋上へ運ぶだけね。少し人手が必要かしら」
「それなら、後で蒼樹でも呼んできますのだ」

文芸部へ行く
演劇部へ行く
美術部へ行く

電脳部へ行く
吹奏楽部へ行く

見終わった












電脳部

「やっぱゲームやろー!」
「うんうん、超賛成って感じ」
「よっしゃ、腕が鳴るぜ」
 盛り上がる三人が早足で廊下を行くので、ついていくのに一苦労の珪とゆかりである。
 はたしてコンピューターの並んだ電脳部部室では、『ツインビータイムアタック』の公開中であった。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」
「やっほー、千晴君。これ電脳部が作ったの? 超すごいじゃん」
「あっ、朝日奈さん。ありがとうございます、みんなで頑張りました」
 千晴、と呼ばれた電脳部員が、少し誇らしげに笑みを見せる。実際ディスプレイに映る画面は、プロ顔負けの作り込みだ。
「ゲームはタイムアタックです。三時の時点で最高記録の方は、部室に転がっていたスーパーカセットビジョンが商品として進呈されます」
「い、いらんわ…。けどまあ、いっちょやったるか」
 前方の黒板には現在の最高記録として、『3分30秒46 赤井ほむらさん(ひびきの高校)』と書かれている。とりあえずはそれを目標に、キーボードを叩き始める。
 そして珪だけはそれに加わるでもなく、少し離れた場所でぽつねんと画面を見ている。
「ええと…。その制服は、はばたき学園の方ですか?」
 そんな珪が気になったのだろうか。おずおずと話しかけたのは千晴だった。
「ああ…。よく知ってるな、うちの制服なんて」
 女子の制服ならともかく、隣の市の男子の制服なんてまどかでも知らないだろう。感心する珪だが、千晴は笑って種明かしする。
「実は僕、はばたき市に住んでいるんです。ここへは電車で通っています」
「そうか。…海外生まれか?」
「はい。あっ! 僕の日本語おかしいですか?」
「いや、十分だと思う…。俺もドイツにいた時があるから、何となくわかった」
「そうなんですか! 僕はアメリカです。ああ、なんだか心強いです」
 などと珍しく珪が他人と会話している最中、ゲーマーたちは襲い来る敵を前に大騒ぎである。
「ラッキー、分身ゲット! やっぱ分身ツイン砲よね!」
「ほんならオレはバリア3ウェイで…ってないやん!」
「けっ、パワーアップなんかいらねえ! 通常弾で十分だぜ」
「あら? もう終わってしまいました」
 そして計5回に渡るタイムアタックの結果――
 3分16秒のタイムを出し、勝負を制したのは夕子であった。
「へっへーん。ま、こんなもんよね」
「とほほ〜、クリアすらできへんかったわ。夕子ちゃん上手すぎや」
「ああ、ちと調子が出なかったぜ…」
「皆さんお上手ですねえ〜」
 新記録ということで黒板にあった数字を消して、夕子の記録を書き込む電脳部員。しかしその天下は一分と続かなかった。
「1分52秒03!」
 その声に振り向く一同。
「嘘っ! そんなタイム出るの!?」
 夕子の名前は消され、新しいタイムとともに『矢部卓男くん(もえぎの高校)』と名前が書かれる。その当人…眼鏡をかけた小太りの男は、得意げに鼻の下をこすった。
「へへへ…。悪いね君たち、スーパーカセットビジョンはボクのものさ〜」
「ううー。別に欲しくはないけど、超悔しいって感じ。こうなったら私が勝てるまで勝負よ!」
「ま、まあまあ夕子ちゃん。そこまで熱くならんでもええやん」
「はっはっはっ、そうですよお嬢さん。ゲームで矢部じゃあ相手が悪い」
「相手が悪いというか、タチが悪いというか…」
 そう言って矢部の隣から立ち上がったのは、連れらしい二人の男子。納得いかない夕子は、口をとがらせ槍先を向ける。
「あによぉ。あたしの腕が悪いって言いたいわけ?」
「と、とんでもありません。おい、失礼なことを言うんじゃない」
「白鳥が言ったんだろ…。うーん例えば、君たちってゲーセンはどれくらい行く?」
「あたし? そりゃもう、しょっちゅう行ってるわよ」
「俺だって気晴らしはいつもゲーセンだぜ」
「じゃあ、矢部」
「まあゲーセンは毎日通ってるね。本当に欲しいものは基盤買うけどね〜。家庭用機のソフトと合わせれば1000本は下らないかな。休みの日はほとんどゲームやってるし。模型作ってる時以外は」
「…負けたぜ…。ここまですげえ奴がいるとはな」
「うん、超敗北って感じ…」
「いや、自慢できることなんか? それ…」
 まどかが引きつった顔で突っ込みを入れる一方で、後ろでは千晴が勝手に感激していた。
「なるほど、あれがOTAKUなんですね! 日本文化って素晴らしいです」
「…日本文化じゃない…」

文芸部へ行く
演劇部へ行く
美術部へ行く
科学部へ行く

吹奏楽部へ行く

見終わった














*    *    *


「じゃあ次はぁ」
「あの〜、夕子さん」
 いったん外に出てきた夕子たちだが、校舎の時計を見たゆかりがのんびりと言う。
「そろそろ教室に戻りませんと、皆さんに怒られるのではないでしょうか」
「え? ああっ、超ヤバ! 急いで戻らなくちゃ」
「なんや、用事あるんか? せっかく仲良くなれたのになぁ」
「うーん、クラスの出し物の当番なのよ。私も残念なんだけどぉ」
「そうですねぇ。それに午後は」
「あ、そうそう。午後は私たちって漫才大会に出るのよ。絶対見に来てよね!」
「……。いいな、見に行く」
 不意にぼそりと言う珪に、一瞬周囲が沈黙した後、夕子は目をぱちくりする。
「そういや葉月くんもいたんだっけ」
「‥‥‥」
「ご、ごっめーん。なんか意外と影薄いんだもん」
「いやーすまんなぁ。次会う時までにちっとは笑いを取れるよう再教育しとくわ」
「大きなお世話だ…」
「あははは。それじゃあまったねー!」
「ごきげんよう〜」
 かくして来たときと同様に、夕子とゆかりは台風のように去っていったのだった。

 手を振って見送っていたまどかだが、二人の姿が消えると、腕組みしてうんうんとうなずき始める。
「いやー、やっぱ女の子はエエなあ。お前らも可愛い子と遊ぶ楽しさっちゅーもんが理解できたやろ」
「まあ楽しかったっちゃ楽しかったけどよ。やっぱ女ってうるせーよな。後は俺たちだけで回らねえ?」
「同感…」
「あ、あのなぁ…。お前らそれでも健康な男子高校生か!? オレはもう呆れてものも言えんわ」
「すぐ女、女言うお前の方がおかしいんだよ!」
 不毛な言い合いが開始され…その間にも、大勢の生徒たちが通り過ぎる。きら校生徒やその家族。あるいは喋りながら歩いている、二人組の他校生などが。
「うーん、なかなかええ男はつかまらんもんやな」
「ち、ちとせ〜。もういいから二人で回ろうよ〜」
「何言うてんねん、あんたそれでも健康な女子高生か? 他校の文化祭に来ておいて、ときめく出会いを求めんでどないすんねん」
「でも〜」
「おおっ、関西弁やん!」
 まどかが思わず上げた声に、そのヘアバンドの少女が顔を向ける。
「おっ、あんたも関西なん? こないな所で聞けるなんて嬉しいわ」
「ああ、オレは大阪やねん。いやー、なんかこう運命ってもんを感じるで。関西人は互いに引かれ合うっちゅう奴やな」
「あはは。なんやそれ、ナンパなん? おっかしー」
 手を叩いて笑う少女は、相沢ちとせと自己紹介した。連れの女の子は牧原優紀子。二人とも二年生で、もえぎの市から遊びに来たらしい。
「オレは姫条、そいつらは鈴鹿と葉月や。さて紹介も済んだところで、一緒にアバンチュールといきたいなぁ」
「ええけど、アバンチュールなら五人は多いんとちゃうん?」
「おっ、それもそうやな。オレもそろそろ少人数が恋しくなってたとこや」
「二人とか?」
「二人とか!」
「え?」
「え?」
 勝手に進んでいる話に、和馬と優紀子がついていけずにきょろきょろしている間に、まどかはポンと友人たちの肩に手を置いた。
「っちゅーわけで、お前らに修行の機会をやったる。協力してしっかり優紀子ちゃんをエスコートせえや」
「ち、ちょっと待て…」
「ほなちとせちゃん、行こか。楽しい文化祭デートの始まりやで〜」
「あはは、待ってぇな。それじゃあゆっこ、頑張りやー」
「ち、ちとせ〜! かずみちゃんももうすぐ来るんだよー!?」
「わかっとるって、11時半に校門で待ち合わせやろ? それまでさいなら」
「ちとせぇ〜」
 優紀子の哀願も届かず、ちとせとまどかは二人で人混みの中に消えていった。
 ひゅぅぅぅ…と北風の吹く中、取り残される和馬と優紀子。眠そうな珪。
(な、なんだってこんなことに…)
 ちらりと横を見れば、名前以外は何も知らない気の弱そうな女の子。別に意識しなければ良いのだけれど…。まどかがエスコートだの何だの言い残していったせいで、無駄に緊張する和馬である。
「と…とりあえずどこ行きたいんだよ」
「え、えっと。わ、わたしはどこでも…」
「んっだよハッキリしねえなぁ! そういうのが一番イラつくんだよ!」
「そ、そんな…。うぅ…」
「な、なんだよ泣くこたぁねえだろ!? わ、悪かったよちくしょう!」
 本人は謝っているつもりなのだが、端から見れば怒鳴っているとしか見えない。実際通りすがりの生徒たちが、眉をひそめて和馬を見ている。
「ひっどーい、女の子をいじめてるわ」(ひそひそ)
「あれってはばたき学園の制服じゃない?」(ひそひそ)
(うわぁぁあ…。そ、そうだ葉月! こいつなら俺よりは女に慣れて…)
「…眠い…」
(ああっ駄目だ全然役に立ちそうにねえ! 一体どうすりゃいいんだあ!?)





<つづく>





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(1) (2) (3) (4) (5) (6) 一括

この作品はKONAMIの「ときめきメモリアル」「ときめきメモリアル2」「ときめきメモリアル3」「ときめきメモリアルGirl's Side」
「ときめきメモリアル ドラマシリーズVol.2 彩のラブソング」「CDドラマ ときめきメモリアル」を元にした二次創作です。
各作品に関するネタバレを含みます。









 2−Aの出し物はお化け屋敷である。
 暗幕が張られた教室の出入口で、主人公(ぬしびと こう)は鬼太郎の格好で受付をしていた。
「あの…」
「あっ、美樹原さん。どう、恐かった?」
「は、はい。あの、ええと…」
「めぐー、先行ってるよ」
「あんたそろそろ動物園の当番でしょ? 早くしなさいよ」
「う、うん…」
 中から出てきた小柄な少女――美樹原愛は同行した友人たちに急かされつつも、お化け屋敷の感想を公に伝えようとするが…
「よー、公。大ニュース大ニュース」
 そう言って戻ってきた好雄によって、試みは中断されてしまう。
「あ、悪い悪い美樹原さん。公と話し中だった?」
「い、いえ…。いいです…」
「そうかい? それより公、大ニュースだぜ。実はモデルの葉月珪がうちに来たんだよ」
 それで大ニュースと言われてもピンと来ず、怪訝な顔の公。
「葉月珪…ってこの前朝日奈さんが騒いでたモデルだっけ? 俺にとってはどうでもいいなぁ」
「いや続きを聞けって。実は藤崎さんがな」
「し、詩織が?」
「…そいつに一目惚れらしい」
「なにぃっ!?」
 飛び上がった公の頭から、目玉親父の模型が落ちる。
 しかし愛の視線に気づくと、こほんと咳払いして無理矢理平静を装った。
「は、ははは。冗談だろ、まさか詩織がそんな」
「まー俺だって本人に聞いたわけじゃないけどな。けど葉月っていったら顔がいいだけじゃなくて、勉強もスポーツも完璧だって話だぜ。世の中って不公平にできてるよなぁ」
「な、な…」
「藤崎さんもまんざらじゃなかったらしいしなぁ」
「なんだってぇぇぇっ!」
 見せかけの平静さはあっさり消え、思わず声を上げる公。
 入学以来、詩織に相応しい男になろうと必死で努力し、前よりはかなり向上したと周りからは言われるが、まだ中の上レベルである。
 それでもこれからだと思っていたのに、あっさり横からさらわれるとは…。
「くそーっ、そんなに高パラメーター男がいいのかー! 詩織のアホー!」
 受付の机に片足を載せ、両手をメガホンにして叫んでみる。
「あのっ…!」
 しかし、小さいけれど厳しい声に、はっと我に返った。
「あ、あの…、早乙女さん、それって詩織ちゃんがそう言ったんですか?」
「え? いや、別にそーゆーわけじゃないけど…」
「そ、それならただの噂じゃないですかっ。早乙女さんはともかく…」
 普段のいい加減さがたたってともかく呼ばわりされる好雄だが、それよりも、涙目になった愛の目はまっすぐ公へ向く。
「主人さんは、詩織ちゃんのたった一人の幼馴染みじゃないですかっ。それなのにそんなこと言うなんて…。あ、あの、ひどすぎますっ…!」
 それだけ言って、愛は顔を伏せて走り去ってしまった。
「‥‥‥」
 しばらくの沈黙の後、がっくりと床に膝を落とす公。
 そうなのだ。
 藤崎詩織は公の幼なじみなのだ。それなのに、下らない噂に踊らされる側になってしまうなんて…。
「俺ってやつは…。俺ってやつは…」
「い、いや適当なこと言って悪かったって。そう落ち込むなよ、な?」


*    *    *


 鈴鹿和馬最大のピンチ!
(くそっ、だから女は嫌なんだよ! すぐ泣くし!)
 などと心の中で叫んでみても状況は好転しない。いっそ珪に押しつけて逃げ出そうかと、不埒な考えすら頭をよぎったその時――
「ハハハ…、いけないな。レディにはもっと紳士的に接しなくてはね」
「え…?」
 声に振り返り、まず目に入ったのは一輪の赤バラ。
 そしてそれを右手に持つのは、焦げ茶のスーツに身を包む、口ひげをたくわえた謎の紳士だった。
「すまないね、お嬢さん。彼らは女性の扱いに慣れていないだけなんだ。許してもらえるかな?」
 紳士はダンディにそう言うと、優紀子の側にかがみ込んで花を差し出す。
「は、はいっ。わたしは別にそんな」
「そうそう。レディに似合うのは涙じゃない。このバラのような華やかな笑顔だよ」
「…は、はあ」
 バラを押しつけられて当惑顔の優紀子をよそに、和馬は珪に耳打ちする。
「おい、誰だ? このおっさん」
「さあ…」
「…君たちの学園の理事長だよ」
「え! そ、そりゃどうも失礼しました」
「ハハハ…。始業式は寝ていたんじゃないだろうね?」
 図星だったが、とにかく天の助けである。和馬は珪の腕を掴んで後ずさった。
「じ、じゃあ後は女の扱いに慣れてるらしい理事長に任せます! 行くぜ、葉月!」
「ああ…」
「待ちなさい」
 しかし逃げだそうとしたところへ、二人ともむんずと襟首を掴まれる。
「君たち、みっともない男と思われたままでいいのかね。レディの前なんだよ? 少しは格好いいところを見せていきたいだろう」
「い、いやいいっすよ別にどうでも」
「そんな事ではいけないねぇ。どうだろうお嬢さん。彼らに名誉を挽回するチャンスを与えてもらえないだろうか」
「は、はあ。構いませんけど…」
「だから俺はいいって!」
「ハハハ…。我が校に紳士的でない男性はいらないからね。できなかったら退学」
「笑顔で無茶言ってんなよおっさんー!!」
 天の助けどころか、かえってピンチが深刻化してしまった。困り顔の優紀子の前に、再び押し出される和馬と珪。
「だから、どう話を進めりゃいいのか分からねーって…」
「男は決断力だよ。時には強引にレディを引っ張っていく…。それでこそ紳士というものではないかね?」
「…つまり、俺たちが行き先を決めていいらしい」
「そ、そうなのか? うーむ…」
「わ、わたしはどこでもいいよ〜」
 仕方なくパンフレットを広げる和馬と珪。行き先は――


バスケ部主催の3on3大会
伊集院家主催のミニ動物園
ガールズ1



















 
 
 焦りつつパンフをめくる和馬だが、その隅に小さく書かれた
『バスケ』
 の三文字が、彼に普段の自分を取り戻させた。
「おおっ、バスケ部が大会やってんじゃねーか! 早く気づけよ俺!」
「そっか〜。鈴鹿君ってバスケット得意なんだ」
「ま、まあバスケ部だからよ。もしかしてお前も何か運動…してるようには見えねえな」
「う、うん。運動は苦手だけど、一応サッカー部のマネージャーなんだよ。えへ」
「へ、へえ。マネージャーも結構大変だよな」
 なんとか話が繋がった…。そのことに和馬は心から安堵し、後ろの理事長もうんうんと腕組みして頷くのだった。
 パンフに従って第二体育館へやって来ると、ポニーテールにジャージ姿の女の子が呼び込みをやっている。
「いらっしゃーい! バスケ部主催の3on3大会はこちら! もうすぐ受け付け締めきりだよーっ!」
「あれかなぁ。三人って誰が出るの?」
「そりゃ俺だろ、葉月だろ」
「なんで俺が…」
「後は…ったく肝心な時にいねえんだからよ、姫条のヤロー」
「聞けって…」
 和馬と優紀子の視線が理事長へと向かうが、紳士は鷹揚に首を振る。
「ハハハ。確かにスポーツには自信があるが、若者の祭典に乱入するほど無粋ではないよ。優紀子くん、君が出なさい」
「ええっ!? わ、わたし運動は全然駄目で」
「苦手なことに挑戦してこそ青春というものだ。諸君、はばたけ!」
「そ、そんな〜」
「まあ他にいねえんだから仕方ねえ。なーに、俺が二人分活躍してやるって」
 かくして適当に決められた三人組は、呼び込みの女の子に声をかけた。
「よう、俺たちも参加させてもらうぜ」
「あ、はーい。この紙に名前を書いてくださいね。その制服って、もしかしてはばたき学園?」
「まあな、こう見えてもはば学のレギュラーだぜ。きら校バスケ部の実力を見せてくれよ」
「え? うーんと、バスケ部員は出ないです。出たら優勝しちゃうし」
「なにぃ!?」
 期待とは違う展開に、露骨にがっかりした顔を見せる和馬。
「ケッ、なんだよ。素人相手じゃ試合したってつまんねーよ」
「そんなこと言われても…」
「ったく、一人くらい部員が出てこいっつーの。まあきら校ごとき俺の敵じゃねえけどな」
「なっ…」
 腹立ち紛れに吐かれた暴言に、それまで明るかった少女の顔色がさっと変わった。
「い、言ったなぁ! わかりました、そこまで言うなら優美が相手してやるんだから! ついてきてくださいっ!」
 すっかり怒ってしまったポニーテールの少女は、肩をいからせ体育館内に入っていく。和馬は一瞬呆気にとられてから、同行者たちを振り返った。
「あんなに怒ることねえじゃんなぁ…」
「お前が悪い」
「す、鈴鹿君が悪いんじゃないかな」
「君ィ。我が校の評判を落とすような真似はやめなさい」
「す…スンマセン」
 仕方ないのでスリッパに履き替えて体育館に上がると、既にギャラリーがそれなりに入っている。コートの端には出場者らしき体操着姿の生徒たち。そしてその一画で、先ほど優美と名乗ったポニーテールの子が、先輩らしい女生徒と話していた。
 入ってきた和馬たちを見て、優美は興奮気味にそちらを指さす。
「ほら、あの人ですよ奈津江先輩! 優美に勝負させてくださいっ!」
「お、落ち着きなさいよ優美ちゃん。そうは言っても、そろそろ第一試合の時間だし…」
「あー、それなんだけどさ鞠川さん」
 困り顔の女生徒に、ひょいと顔を出したのは早乙女好雄だった。その隣には連れらしい、やる気のなさそうな男子生徒。
「色々作業が遅れてるとかで、伊集院がまだ来られないらしいんだわ」
「え、そうなの? あの人も忙しいものねぇ」
「そうそう。だから俺たちは棄権ってことで…」
「こら、勝馬! まったく、あんたはすぐサボろうとするんだから…。でもそういうことなら、エキシビジョンマッチとしてはば学の実力を見るのも悪くないかな」
「おう、そうしてくれよ。その間に伊集院も来るだろうし……って」
 そこまで言って、ようやく来客に目を留める好雄。
「あいつら葉月たちじゃん!」
「お兄ちゃんの知り合いだったの?」
 と、好雄に尋ねるのはむすっとした顔の優美である。
「いや知り合いっつーかなんつーか」
「取り込み中悪いけどよ」
 なかなか話が進まないので、しびれを切らした和馬がずかずかと歩いてきた。
「こっちは気が短いんだ。どいつでもいいからさっさとかかってこい……痛っ!」
 相変わらず無礼なことを言い、とうとう切れた理事長に後ろからげんこつを食らわされる。
「失礼、お嬢さん。我が校の生徒が申し訳ないね、後でよく教育しておくから…」
「い、いえ。こちらも選手が来ていないので、試合をしていただけるなら助かります。そちらの三人は全員バスケ部ですか?」
「俺は違う…」
「わ、わたしは運動が全然ダメで〜」
 と、珪と優紀子。
「じゃあこっちは戎谷くんと…」
「俺?」
 近くにいたオールバックの男子部員が自分を指さす。女生徒は頷き、さらに視線は横へ。
「勝馬と……」
 言われた相手は抗議の声を上げようとしたが、思い切り睨まれて諦めたように沈黙した。
「恵」
「ええー!? な、奈津江ちゃん。私じゃ無理だよぉー」
 最後に指名されたのは、大きなリボンを頭につけた、やはりジャージ姿の女の子。あまり運動は得意そうではないので、バスケ部のマネージャーかなぁ? と優紀子は内心で考える。
「向こうもそう言ってるんだから公平でしょ。じゃあこの三人で3on3を」
「ゆ、優美はどうなるんですかー!?」
「え? うーん、今回は見学で」
「ヤダヤダー! 優美があの生意気男をコテンパンにしてやるんだー!」
(俺かよ…)
 渋い顔の和馬だが、自業自得である。じたばたとわめく優美に、先ほど戎谷と呼ばれたバスケ部員は苦笑して肩をすくめた。
「やれやれ、泣く優美ちゃんには勝てないな。鞠川、いいんじゃないか別に」
「うーん、仕方ないわねぇ」
「やったー! よーし、見てなさいよ生意気男。あとで泣いても知らないからねーだ」
「おいおい…」
 かくして紆余曲折は終わり、はばたき対きらめきのバスケ対決が行われることになったのだった。

 上着を脱いだ和馬と珪が借り物の体育館シューズに履き替えていると、こそこそと好雄が近づいてくる。
「よう、さっきはどうも」
「おう、さっきの」
「ところで葉月クン。いやー悪いんだけどさ、やっぱり藤崎さんのことは諦めてくんない? こっちにも色々と事情があって」
「……? 何の話だ…?」
「こら、お兄ちゃん! 敵と何しゃべってるの!」
「やべっ。じ、じゃあそういうことで」
 珪が怪訝な顔をしている間に好雄は逃げ、そして選手を呼ぶ笛の音。
「それでは勝負を始めます。5分ハーフで、点の多い方が勝ち」
 コートの中央で、審判の奈津江がボールを持って宣言する。優紀子だけはさすがにスカートで試合はできず、やはり借り物のジャージに着替えていた。
 はば学とのバスケ部対決ということで、いつの間にかギャラリーも増えている中、奈津江の手が動き――
「始め!」
 ボールが空中に飛ぶ。
「でやあああ!」
 威勢よくジャンプする優美だが、さすがに身長の差は埋められない。ボールをはじき飛ばしたのは和馬だった。
「おし、行け牧原!」
「恵先輩、ボール取って取って!」
「え、えええっ?」
「そ、そんな〜」
 近かったばかりに必死でボールを追う女の子二人だが、手が届く寸前でお見合いになってしまう。
「あ、えーと、お先にどうぞっ」
「う、ううん。わたしはまた今度でいいよ〜」
「アホかーー!!」
 和馬が叫んでいる間に、ボールを奪ったのは勝馬。二人を置いてドリブルに入る。
「やったぁ勝馬、気合い入ってる!」
「やれやれ。真面目にやらないと奈津江にどやされるからなぁ…」
 優美の声援を受けて苦笑する勝馬だが、その前に珪が立ちふさがる。
「おっ、どうぞよろしく。お手柔らかにな」
「‥‥‥」
「何だかやりにくいなぁ…」
 しかし愛想は悪くても珪の実力は本物で、抜こうとする勝馬の手からボールを叩き落とした。
 慌てて拾い直す勝馬だが、厳しいチェックにその場から動くことができない。
(へっ、つくづく何をやらせても完璧な野郎だぜ)
 優美をマークしつつ心の中で感心する和馬。一瞬の隙をつき、珪のヘルプに向かう。
「あーっ!」
 優美が後を追うがもう遅い。二人がかりでは勝馬も逃げられず、ボールを奪った和馬がそのままシュートを決めた。
「まずは2点、と」
「うーっ、まだ始まったばっかりだもんっ! 勝馬、頑張ろうよっ!」
「へいへい。参ったね……っと!」
「うおっ!?」
 やる気のなさそうに見せかけて突然ダッシュ、という勝馬の行動に、和馬は虚を突かれ動けない。珪がディフェンスに回るが、俊足で追いついた優美との壁パスでそれも抜き去り、あっという間に勝馬が2点を返した。
「くそ、あいつらどっちも速えーな。葉月、ボール回してくぜ」
「…ああ」
 ちなみに残る女の子二人は
「やっぱり勝馬くん格好いいっ」
「うん、みんなすごいよね〜」
「あ、私は十一夜恵っていうの。よろしくね」
「こちらこそ。わたしは牧原優紀子だよ」
 などとお喋りを始める始末なので、実質2on2と化している。
 ここから本格的に点の取り合いが始まった。優美が背の低さを生かして二人抜きを決めたかと思えば、和馬がパワー溢れるプレイでゴールにねじ込む。奈津江にせっつかれた勝馬が堅実に点を返す。
 しかし前半5分間で最も目を引いたのは珪だった。バスケ部員たちも舌を巻く動きで、パスもシュートも自由自在。さらに前半終了間際には…
「3ポイントっ!?」
 あんぐり口を開けた優美の上を、珪の放ったボールは弧を描いてゴールに吸い込まれた。かくして前半終了、はば学チームが6点リード。
 コート外で見ていた戎谷と好雄も感嘆の声を漏らすしかない。
「おいおい、あれでバスケ部員じゃないのかよ。ったく詐欺だな」
(こ、こりゃ公には気の毒だけど勝ち目はねえや…)
 内心少し複雑な和馬だが、そこはスポーツマンらしく珪を讃える。
「大したもんだぜ。今日は随分とハッスルしてんじゃねーか」
「‥‥‥。そう言われれば…何でだろう…」
「は? お、おい、今の取り消し! 疑問を持つなっ!」
「いや…考えてみれば、熱心にやる理由なんてなかった…」
「うわーーっ!!」
 見事なやぶ蛇に頭を抱えるがもう遅い。
 その瞬間を境に、珪のプレイにやる気がなくなった。このチャンスを逃すきら校チームではない。
「おっ、なんだか動きが鈍くなったぞ。優美ちゃん、追いつこうぜ」
「うん! 反撃だー、ウォーウォー!」
 さすがの和馬も2対1ではどうしようもない。優美と勝馬のコンビプレイに、たちまち1点差まで詰め寄られる。
「おい牧原! てめーも参加しろ!」
「それでね、今週の乙女座のラッキーアイテムはね」
「ふーん、そうなんだ〜」
(ちっくしょぉぉぉ! い、いや、俺は天才バスケットマンだぜ。これくらい一人で切り抜けられねぇでどうする!)
 気合い充填。味方の珪からボールをもぎ取ると、猛然と相手陣内に飛び込んでいく。その先には優美。
「女だからって容赦しねぇ!」
「きらめきの実力を見せてやるんだからっ!」
 右へ抜くと見せかけて、瞬時に左へ切り込む和馬。
「くぅ!」
 一瞬反応が遅れる優美だが、必死でボールへ向け右腕を伸ばす。強引に突破しようとする和馬の首が交差して――
「ぐへっ!」
 見事にラリアットの形になり、直撃を食らった側は床に崩れ落ちた。
「わ、わあああっ! だ、大丈夫ですかーっ!?」
「た、大したことはねえ…。い、いいラリアットだったぜ…」
「さすがは優美ちゃん、華麗なプロレス技だなぁ」
「ふぇぇん、わざとじゃないもん! バ勝馬ぁ!」
 その場は優美のファールとなり、和馬は首をこきこき鳴らしつつ試合を再開した。
 しかしこれが勝敗の分岐点だった。さすがに悪かったと思ったのか、優美のプレイにいまいち勢いがなくなり、その後は和馬が押し気味に展開。
 結局そのまま、はば学が4点差で勝利した。
「うぅ…。負けちゃったぁ、悔しいよぉ…」
 糸が切れたようにコートに座り込み、涙を流す優美。
 しかしそこへ、和馬の手がすっと差し出される。
「いい勝負だったぜ。さっきは敵じゃないなんて言って悪かった」
「はば学の人…」
「お互い大会に向けて頑張ろうぜ! 言っとくがウチは女子バスも強いからな!」
「う…うんっ! 優美たちだって負けないよ!」
 がっしと手を握り合う二人に、それまで黙って観戦していた理事長が手を叩く。
「素晴らしい! スポーツに打ち込むことで培われる友情、これこそ真の青春というものだ!」
 拍手は体育館中に広がり、割れんばかりに響いたのだった。

「…疲れた…」
「お疲れさま〜」
「お前らもうちょっとやる気出せよっ!」
「うう…。ご、ごめんね…」
「いやいや、みんなよく頑張ったよ」
 成果に差はあれ、着替え終わった選手たちは理事長に出迎えられる。
 体育館を出る寸前、和馬は思いだしたように振り返った。
「おう、それからそこのそいつ」
「え、俺?」
 指さしたのは、先ほど戦った男である。
「それだけ実力があってバスケ部じゃねえのはもったいねえ。入部して俺たちと勝負しろよ!」
「あら、いいこと言うわねえ。私がびしばしと鍛えてあげるわよ」
「うへっ、勘弁してくれ…」
 嬉しそうな奈津江に、首を縮めてそそくさと逃げ出す芹澤勝馬だった。



伊集院家主催のミニ動物園
ガールズ1
ガールズ2

終了












 
 
「…動物園…」
「え?」
「動物園なんか…どうだ?」
 広げたパンフレットの珪が指さした箇所には、『伊集院家主催・ミニ動物園』と派手な字で書かれている。
「あ、行きたいな〜。わたし動物大好きなんだよ〜。えへへ」
「そうか…。じゃあ、行くか…」
(うむ、なかなか見事なエスコートぶりだ)
(くっ…。やるぜ葉月の奴!)
 理事長と和馬が勝手に感心していたが、珪としては単に自分が行きたいだけだった。
 場所は校舎裏。覗いてみると一画が白い柵によって区切られ、ふれあいコーナーのようになっている。中には犬に猫にヤギに羊、それからよくわからないイグアナらしき生き物がいた。
 しかしまだ入れないようで、数人のきら校生たちがあたふたと動き回っている。
「あ、あのっ。ごめんなさい、もう少し待ってください…」
 兎を抱えながらそう言ったのは、おとなしそうな背の低い女生徒だった。
「…しばらくかかるのか…?」
「い、いえっ。すぐに開きますからっ」
「やあ愛君、待たせたね」
 と、横から男子の制服を着た――と言っても学ランではなかったので、珪たちは他校生なのかと思ってしまったが――一人の生徒が声をかける。
「最後の便も到着したとの連絡が入ったよ」
「そ、そうですか…。良かったです…」
「おや」
 その目が珪たちへ…正確には軽く手を挙げている理事長へ向く。
「これはこれはミスター天之橋。我がきらめき高校へようこそ」
「やあ、伊集院君。今日は楽しませてもらっているよ」
 どうやら金持ち仲間らしく、慇懃な挨拶を交わす二人。優紀子のもの問いたげな視線に理事長が紹介しようとしたが、その前に本人が前髪をかき上げ口を開く。
「僕が理事長の孫の伊集院レイだ。男子諸君は僕を見て自信を喪失したかもしれないが、まあ仲良くやろうじゃないか。はーっはっはっはっ」
(何だかイヤミな野郎だな…)
 和馬が内心で嫌な顔をしていると、黒服を着たガタイのいい男が来てレイに耳打ちする。
「レイ様、お待たせいたしました」
「うむ、ご苦労だった。外井」
「道路の渋滞でトラックが通れなくなりまして、急遽ヘリコプターに移し替えて移送いたしました」
「おいおい、随分と大がかりだな。何が来るんだよ?」
「は、はい…。ライオンさんが…」
 何の気なしに聞いた和馬だが、先ほどの少女の答えに、一瞬きょとんとしてから苦笑した。
「ったく、わけわかんねえ冗談言うなって。こんなところにライオンが来るわけ…」
『グルルルル…』
 ……背後から低いうなり声。
 和馬がおそるおそる振り返ると――
 黒服たちに連れられた、立派なたてがみを構えた獣が、ぎょろりと彼を睨み付けた。
「う……うわあぁぁぁぁぁあああ!!」
 学校中に聞こえそうな大声を上げ、近くにあった雨樋によじ登る和馬。高笑いが追い打ちをかける。
「はーっはっはっはっ! どうした庶民、ライオンのポチ郎がどうかしたかね?」
「フレンドリーな名前つけりゃいいってもんじゃねえだろぉっ!」
「あの…、可愛いです…」
「…ああ、なかなかいいな…」
「待て待て待て、ちょっと待てお前らぁぁぁっ!!」
 かくしてライオンは柵の中に入れられ、ミニ動物園の開園となった。
 さすがに他の客たちもライオンに近づこうとはしなかったが、二人の黒服が脇を固めて警備していたので、安心して動物たちとの触れ合いを始めた。和馬も恐る恐る雨樋から下りてくる。
「鈴鹿くん、ライオンとか恐いの?」
「目の前にライオンがいりゃ普通こえーよ!」
「そ、そっか。うん、そう言われればそうかも」
「反応が遅いっての!!」
 そんな様子に満足そうなレイだったが、外井が背後から耳打ちする。
「レイ様、次のご予定が押しております」
「分かった。それではミスター天之橋、ごゆっくりどうぞ」
「うむ、そうかね。ああ、伊集院君」
「何でしょう?」
「…君も楽しんでいるようだね」
 その言葉に、一瞬レイは虚を突かれたように見えた。
 足を止め、少し考え込むように下を向く。
「そうですね…。そうかもしれません」
 けれど再び顔を上げたときは、何か納得したような表情だった。
「ここは僕の学校ですからね。はーっはっはっはっ」

 さて、希望通り動物園へ来られた珪だが、本人は柵内の隅でしゃがみ込み、黙って猫を撫でている。
「葉月くん、こっちのヤギさんも可愛いよー?」
「てめえちっとは団体行動しろよ」
 という優紀子と和馬の声にも
「…ああ」
 と生返事を返すだけ。気持ちよさそうだった猫も、飽きたのか立ち上がって移動してしまう。
 今度は通りがかった兎を撫でようとすると、不意に人影が日陰を作る。顔を上げると、先ほどの小柄な子が、おどおどと覗き込んでいた。
「あの…、葉月珪さん、なんですか?」

*    *

 美樹原愛は落ち込む暇もなかった。
 公にあんなことを言ってしまい、顔から火が出るほど恥ずかしかったが、動物園の準備が優先である。元々伊集院家が主催のこの企画に、動物好きが高じて思わず志願してしまった仕事であるので、手を抜くわけにはいかなかった。
 それでも何とか開園できて、ほっと一息ついていると、女の子の声が耳に飛び込んでくる。
「葉月くん、こっちのヤギさんも可愛いよー?」
(葉月…?)
 そういえば、好雄が言っていた名前が確かそれではなかったか。
 愛はよく知らなかったが、モデルだと言っていた。女の子が声をかけた相手は、確かに綺麗な顔をしている。
(ど、どうしよう…)
 しばらく逡巡してから、思い切って声をかけてみることにした。詩織のこともあったが……一人でぽつんと動物を撫でている彼に、何となく誰かが声をかけるべきだと思えたのだ。
「あの…、葉月珪さん、なんですか?」
「…そうだけど」
 怪訝そうな目で見られ、思わず『ごめんなさい!』と言って逃げ出したくなる。
 元々、男の子と話すのは大の苦手だった。必死で足をその場に留めて、何とか言葉を考える。
「あ、あの…、あの…」
「‥‥‥」
「あの…、ど、動物、お好きなんですね」
 ようやく出された一言に、珪は少しきょとんとしてから、兎へと視線を戻した。
「ああ…、そうだな」
「そ、そうなんですか。あの、私も…」
「…動物は、人を色眼鏡で見ないからな…」
 ぽつりと。
 辛うじて聞こえるくらいの声だったが、愛の耳には届いた。はっと少女は息をのむ。しばらく何も言えない時間が続いてから、人一人分離れた隣におずおずとしゃがみ込む。
「そ、そうですよね…。私なんか、すぐそういう目で見ちゃうから…」
「別にそんな意味じゃ…」
「い、いえ、あの…。その、私の友達にも有名な人がいて…」
 だんだんと緊張がピークに近づき、自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。
「べ、勉強でもスポーツでもなんでもできて、みんなから注目されてて、何かするとすぐに噂になっちゃって…。
 で、でも私はその人が大好きなんです。私は普通の友達でいようって、けどそういうのが、かえって特別扱いしてるのかもって…」
 そこまで言って、それで限界だった。
「ご、ご、ごめんなさいっ! わ、私ったら初めて会った人に変なこと…」
「いや…」
 と、珪がゆっくりと顔を上げる。吸い込まれそうな瞳の色。愛の心が、湖面のように落ち着いていく。
「…大丈夫だ。多分、その気持ちだけで相手には十分通じてるから…」
「葉月さん…」
 しばらくそうしてから、見つめ合っていることに気づいて、愛は見る間に耳まで赤くなった。俯いて、どもりながら辛うじて言う。ありがとうございます、と。
(いい人かも…)
 この人なら詩織ちゃんとでも……と一瞬考えてしまい、慌てて心の中で謝った。
(ご、ごめんなさい、主人さんっ)
 入学以来、彼が詩織のために頑張ってきたのを、ずっと見てきたのに。
 少し深呼吸して、あらためて珪を見る。
 愛の心は軽くなったけど、兎をじっと見ているこの人は、やはり少し寂しそうだ。
「あの…、葉月さんには、そういう人はいないんですか…?」
「俺…?」
「あ、あの、いえ、その」
 色眼鏡で見ないで、ありのままの自分を見てくれる人…。
 珪はしばらく考え込んでから、初めて気づいたように、静かに言った。
「そうだな…。いる……のかも、しれない」
 その言葉に、愛はほっと安堵の息をつく。
「あの…、良かったです…」
「‥‥‥」
「おーい葉月ー、そろそろ行くぜー!」
 背後からのいきなりの大声に、思わず飛び上がりかける愛。
 珪はじっと動かない。愛の心に、再び不安の雲が湧く。『行かない。ここで動物といる』と言い出しそうで。
 そんな彼女の視線に気づいて、珪は少しだけ微笑んだ。
「大丈夫だ…。サンキュ」
 ゆっくり立ち上がり、同行者たちの方へ歩いていく。
 最後に何か言いたかったけれど、そこまでは無理で、愛は口をぱくぱくさせて見送ることしかできなかった。
 ただ、後ろ姿だけでも、動物たちの中を歩いていく彼はすごく綺麗に見えた。
「美樹原さーん、犬とヤギが睨み合ってるんだけどー」
「あ、はーい。今行きまーす」
 呼ばれて向かいながら、愛は考える。
 この当番が終わったら、詩織のところへ行ってみよう、と。


バスケ部主催の3on3大会

ガールズ1
ガールズ2

終了












 
 
 文化祭の日とあって、普段は職員しか使わない駐車場も来客者で混雑している。
 そんな中へ、入ってきたのは人目を引く黒塗りの大型車。停車するやいなや、中から声が聞こえてくる。
「須藤の準備が遅いせいでこんな時間になっちゃったじゃない。ったくぅー」
「なによぉー! いいじゃないの、ミズキの車で送ってあげたんだから!」
「まあまあ。とにかく着いたんだし、降りようよ。ね?」
 扉が開き、中からぞろぞろと出てきたのは五人の女の子たち。
 そのうちの一人、ボブカットの中背の少女――はばたき学園二年、空野羽音(そらの はおと)は、友人が外に出るのを手伝ってから、車内の運転手に頭を下げた。
「ギャリソンさん、送っていただいてありがとうございました」
「いやいや、おやすいご用でございます。どうぞ皆様楽しんでらっしゃいますよう」
 白いひげを生やした老運転手は、にこやかにそう答える。他の少女たちも、一人を除いてめいめい感謝の意を述べた。
 その除外されるブロンドの少女――須藤瑞希は髪をかき上げると、にぎやかな声の聞こえる校舎の方へ目をやる。
「ふうん、思ったほど大した学校じゃないわね。もっとGrandな建物を期待してたのに」
「やれやれ、これだから世間知らずのお嬢はぁー」
 後ろ髪を上向きにして留めた少女――藤井奈津実は両手を広げてわざとらしく溜息をつき、当然ながら相手の怒りを買う。
「なによぉ、どういう意味よ!」
「あのね、歴史ある学校なんだから建物が古いのは当然。でも伊集院家がついてるのよ。バンドコンテストなんてスゴイ設備を用意してるって噂よ。もう少し情報を集めなさいよねー」
「ふんだ、伊集院家なんて須藤家に比べれば大したことないわよ。ま、品のないアナタにはわからないでしょうけど」
「なんですってぇ!」
「なによぉー!」
「ふ、二人とも喧嘩はやめようよ。ど、どうしよう羽音ちゃん〜」
「大丈夫だって、いつものことだしね」
 背は小さめ、気も小さそうなショートカットの子――紺野珠美に泣きつかれ、羽音は苦笑してそう答える。
「あのね、みんな」
 そんな浮かれている一同に、知的そうな長身少女――有沢志穂は、眼鏡を直して注意した。
「ここが他校ということを忘れずに行動してちょうだい。そもそも文化祭というものは…」
「またまた。ホントに真面目なんだから、有っちは」
「あ、有っちって…。藤井さん、変なあだ名つけないで」
「えー? いいじゃんわかりやすくってさ。有っち、はおとっち、珠っち、スドッチ、ヒムロッチ」
「ちょっとぉ、なによその東欧のサッカー選手みたいな呼び方は!」
「あーほらほら。ここで話してもしょうがないし、とにかく行ってみない?」
「それもそうね、それじゃレッツゴー!」
 言うそばから奈津実は校庭へ向けて駆け出してしまった。珠美が慌てて後を追い、志穂も溜息をついてそれに従う。
 残った羽音は、運転手と話している瑞希を待つ。
「じゃあギャリソン。ミズキたちは行ってくるから、電話したら迎えに来るのよ」
「はい、承知いたしました。それでは空野様、お嬢様をよろしくお願いいたします」
「ええ、任せておいてください」
 笑顔でとん、と胸を叩く羽音に、瑞希は少し赤くなってから、目を閉じてぷいと横を向く。
「ちょっと空野さん? 発言は正確にしてくださるかしら。あなたがミズキの面倒を見るんじゃなくって、ミズキがあなたたちの面倒を見てあげるんですからね!」
「うんうん、それじゃ行こっ」
「もーっ。ちゃんと聞いてるの?」
 文句を言いながらも、瑞希は羽音に手を引っ張られて校舎の方へと消えていく。
 それを目を細めて見送ってから、ギャリソン伊藤はおもむろに車を発進させるのだった。


バスケ部主催の3on3大会
伊集院家主催のミニ動物園

ガールズ2

終了












 
 
「にしても、女同士でよその文化祭なんてさぁ。つくづく色気がないよね」
 校庭の出店を見て回りながら、奈津実は頭の後ろで手を組んで、空を見上げてそう言った。
「そう? たまにはいいと思うけどな。そりゃ姫条くんたちも一緒に来られれば良かったけど」
「それが聞いてよ。アイツ誘ってやったのに、『お前がいたらナンパできへんやん』とか言いやがったのよ。ムカツクー」
「あ、あはは…」
 容易に想像できるだけに、羽音は思わず笑うしかない。と、その袖が横から引っ張られた。
「ね、ねえ、羽音ちゃん」
「ん? どうしたのタマちゃん」
「うん。あのね、何か買っちゃダメかなぁ?」
 遠慮がちにそう聞く珠美。そういえば、選ぶものが多すぎて誰も何も買ってない。一人で突出したくないあたりが珠美である。
「もちろんいいよ。私も何か食べようかな」
「おっ、いいねえ。あたしもあたしも」
「でも大丈夫なのかしら。こういうところのものって、栄養のバランスが…」
「もー、志穂さん。作ってる人に悪いって。お祭りなんだから気にしないの」
「そ、そうね」
 と、羽音の後ろでは瑞希が、声をかけてほしそうにわざとらしく咳払いした。
「瑞希さんもいいよね?」
「え!? そ、そうね。ま、まあ本来ならそんな下々のものは口にしたくないけど、ミズキは心が広いからつきあってあげる」
 やたら嬉しそうな表情に、あんた本当は食べたかったんじゃないんかい……内心で考える奈津実たちだが、敢えて言わないでおいてあげた。
「じゃあそこのお好み焼きで!」
 奈津実が指さした屋台は、『2年D組』の看板がかけられている。さらに近寄ると『アメリカンお好み焼き 300円』の札も。
「なに、アメリカンって…」
「ああそれ? フランクフルトをお好み焼きで挟んでホットドッグみたいにしたのよ。とってもクリエイティブ、創造的な料理だと思わない?」
「…それでアメリカン?」
「オフコース、もちろん! まあレッツイート! 食べてみなさいよ」
 自信満々にそう言っているのは、後ろ髪を頭上でシニョンにした変な髪型の女の子である。
 はば学女子五人は思わず顔を見合わせたが、結局羽音が思い切って注文した。
「じゃあ、それひとつ」
「あ、羽音ちゃんが頼むなら私も…」
「オーケーイ。望ー、アメリカン2つねー」
「はいよー」
 隣にいたボーイッシュな短髪少女がそう答え、鉄板で生地とフランクフルトを焼き始める。
「すぐにできるわ。ウェイトアモーメント、ちょっと待ってね」
「ねえ、ちょっとあなた」
 と、苛立たしげに一歩前に出たのは瑞希である。
「ホワット、何?」
「その英語よ! なんでわざわざ後ろに日本語訳をつけるのよ!?」
「ンー、そうねえ。まあ相手が意味分からないと困るし」
「中学生レベルの英語でしょっ!」
「まあまあ、細かいことはネバーマインド! 気にしないの」
 あっはっはと笑う相手に、気を削がれた瑞希は深々と溜息をついた。
「まったく、きらめき高校も思ったほどではないわね。ミズキにとっては…」
「へいお待ち!」
「あ、どーもー」
「ちょっと聞いてるの!? ミズキならこの美しいフレンチに、つまらない和訳なんてつけたりしないわよ。Comprenez-vous?」
「フーン、みんなフランス語なんてわかるの。そういえば私も勉強しなくちゃねぇ」
「いや、全然わかんない」
 何よ旅行でも行くの? と言いかけた瑞希の口は、割り込んだ奈津実の言葉にあんぐり開いてしまった。
「は?」
 瑞希が目を向けた他の同行者たちも、困ったように目を泳がせる。
「さ、さすがに私もフランス語は範囲外で…」
「えっと、ちょっとわからないかな…。ゴメンね?」
「ま、まあフィーリングで気持ちは伝わるから!」
「な、な…」
 何てこと、今まで得意げに使っていた仏語は、まったく通じていなかったのである。コミュニケーションの欠損に衝撃を受ける瑞希。
「AHAHAHA! それじゃ独り言と変わらないわよね〜」
「なによぉー! わかったわよ日本語訳をつければいいのね!? 『ボンジュールこんにちは』とか『トレミニョン可愛いわ』とか言えばあなたたちは満足なのね!?」
「てゆーか、そもそも無理にフランス語使わなくても…」
 アメリカンお好み焼きを食べながら、思わずつっこむ羽音だった。


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伊集院家主催のミニ動物園
ガールズ1


終了


















 
 
 次はどこへ行こうかと、渡り廊下を歩いていると、二つの携帯電話が同時に鳴る。優紀子のものと、和馬のものだ。
「あ、ちとせ? う、うん。そろそろ行こうと思ってたんだよ」
「なんだ姫条かよ。あ? ここは一階の東側の渡り廊下だな。来るなら早く来いよ」
 同時に電話を切って、顔を見合わせる。
「あのね、もうすぐ友達と待ち合わせなんだ」
「そ、そうかよ。あー、それじゃあ…」
「あまり連れ回すのも申し訳ないし、名残惜しいがここでお別れとしようか」
「は、はいっ。どうもお世話になりました」
 横から助け船を出す天之橋理事長に、ぺこりとお辞儀してから、和馬と珪にも笑顔を向ける優紀子。
「鈴鹿くんも葉月くんも、一緒に回れて楽しかったよ〜。もえぎのにも遊びに来てね」
「お、おう。気が向いたらな」
「…ああ」
「じゃあねー」
 優紀子は手を振ると、ぱたぱたと玄関の方へ歩き去った。
 和馬はほっとして息を吐き出す。考えてみれば、『女の子と一緒に文化祭を回る』という偉業を無事に成し遂げたのである。
「ハハハ…。よくやった君たち。なかなかのエスコートぶりだったよ」
「そ、そうっすか」
「…どうも…」
「今後とも女性には優しくしたまえ。それでは私もこれで」
 理事長は二人の肩を叩くと、ダンディに去っていった。
 数分後、まどかが駆け足でやって来る。
「いやー、お待たせお待たせ」
「さっきの女はもういいのかよ」
「ああ、ちょいと喧嘩になってもうてな…」
 暗い顔のまどかに、和馬は意外そうな表情をする。
「お前がか? 珍しい」
「それがなぁ。オレはタコ焼きのタコは2、3個が適量やと思うんやけど、あの子は多ければ多いほどええに決まっとる言うて譲らへんねん。まったく価値観の違いってのは始末に負えんわ…」
「…葉月、何かツッコんでやれ」
「どあほう」


*    *    *


「さてと、そろそろ昼飯にしよか」
 校舎内に戻って何カ所か見学してから、腕時計を見てまどかが言う。
「そうだな、ヤキソバでも買うか?」
「アホ! オレらは文化祭に来とるんやで!? 美少女ウェイトレスのいる喫茶店に入り、手料理を味わいつつアンミラ制服の女の子とお知り合いになる…っちゅーんが正しいあり方やろが。なあ葉月?」
「…同意を求めるな…」
「なんでもいいよ、腹さえふくれりゃあよー」
 しかしアンミラ制服の喫茶店などあるはずもなく、結局近くにあった『軽食レジェンドウッド』に入ることにした。看板によると1年B組の出し物らしい。
「いらっしゃーい……わっ、かっこいい人!」
「いやあ、おおきに。美少女は言うことも素直やなぁ」
「え、ええとっ。ちょっと今混んでるので、相席でよろしいでしょうかっ」
 初々しいエプロン姿の一年生に頼まれて、当然ながら快諾するまどか。
 案内された先は窓際の席で、おかっぱ髪の少しぽっちゃりした女の子と、背の高い暗そうな女の子が、スパゲッティを食べながらお喋りをしている……といってもおかっぱの方が一方的に喋っているだけだったが。
「あのーっ。すみません、席が足りないのでこちらの方たちと相席でいいですか?」
「え? あ、はい、もちろんっ。いいよね、花桜梨ちゃん?」
「…別に、いいけど」
 二人がテーブルの端に寄っている間に、まどかは和馬に耳打ちした。
(ついとるわ、他校の女の子と相席やで。オレらには幸運の女神が味方しとる!)
(ずいぶん安っぽい幸運の女神だな…)
 ウェイトレスは名残惜しげに去り、空いたスペースに三人が詰め気味に座る。
「無理言って堪忍な。せやけど、オレらはラッキーやったわ。こない可愛い子と相席なんて初めてやし」
「ええっ? や、やだあ、そんなことないよ。えっと…関西の人?」
「おお、生まれは大阪やねん。オレははばたき学園の姫条まどかや」
 続けて他の面々も自己紹介。おかっぱの方は佐倉楓子、背の高い方は八重花桜梨という名前だった。
「私たちはひびきのから来たんだよ」
「おお、そうなんか。ひびきのの男が羨ましいなぁ。オレもひびきのに転校したくなったで」
「も、もう。そんなことばっかり言わないでよ〜。恥ずかしいモン!」
(くうー!)
 赤くなってはにかむ楓子に、思わず生きる喜びを実感したまどかである。
 先ほどのウェイトレス一年生が再び来て、注文を取る。それからしばらくは互いの学校のことや、この文化祭について雑談。
 しかし主に喋るのはまどかと楓子、たまに和馬で、残る二人はほとんど口を開かなかった。
 まどかが気を使って時々花桜梨に話を振っても、返ってくるのは「そう」とか「別に」とか気のない返事ばかり。その度に楓子が慌ててフォローするが、花桜梨は暗い顔で俯いたままだ。
 さすがにお手上げになったまどかが珪を肘でつつく。
(おい、葉月、自分もなんか言えや。無口同士で気が合うやろ)
(無口が二人で会話が成り立つわけないだろう…。馬鹿かお前は…)
(開き直んなアホーーっ!)
 料理が来てからもしばらくはそんな調子で、話が和馬の部活に及んだ時、急に花桜梨は立ち上がり…
「ど、どうしたの花桜梨ちゃん。気分でも悪くなった?」
「…うん、ちょっと人混みに当てられたみたい。少し、外の空気吸ってくる」
 と言って、廊下に出ていってしまった。
 しょぼんとする楓子の前で、おもむろに珪も立ち上がる。
「右に同じ…。少し出てくる」
「おっ、そうか。よろしく頼むわ」
「別に、そういうわけじゃない…」
 素っ気なく言って、珪は務めてゆっくりと廊下へ向かった。
「どないしたん。楓子ちゃんに暗い顔は似合わへんで」
 皿の上のお好み焼きを平らげてから、明るく笑って取りなすまどか。ちなみに和馬はおかわりした牛丼を一心に食べている。
「う、うん…。あのね」
「なになに、何でも相談してや」
「私ね、本当は二学期から転校するはずだったんだ」
「は?」
「大門に行くはずだったの。でも、花桜梨ちゃんが心配だったから…。私がいなくなったら、本当に誰とも話さなくなっちゃいそうだったから……だから転校、延ばしてもらったんだ」
 予想外に大きな話に、さすがにまどかも和馬と顔を見合わせる。
「そらまた、えらい気合いの入った友達思いやなぁ」
「そ、そんなことないよ〜。元々急に決められちゃった転校だったから、少しはわがまま言いたかったし」
 打ち消すように手を振ってから、テーブルに目を落とす楓子。
「でも、花桜梨ちゃんにはかえって迷惑だったかもって。今日も無理矢理連れて来ちゃったし…」
(うっ…)
 無理矢理連れて来たことについては他人をどうこう言えず、言葉に詰まるまどかを、楓子は相談が悪かったと解釈したのか、慌てて謝る。
「ご、ごめんなさい〜! 気にしないで、ねっ」
「いやいやいや! まあホンマに嫌やったらそう言うやろ。意外と内心では楽しんでるかもしれへんし」
「開き直ってるぜ、この馬鹿…」
「お前にだけは馬鹿とか言われたくないわ! せめてアホにしといてや」
「?」
「あー、まあ、オレもさっきの葉月を無理矢理連れてきたようなもんなんやけどな」
 頭をかいてから、まどかはテーブルの上に右腕を置いた。
「まあ楓子ちゃんの言うこともわかる。
 せやけど、それならどないするん? ここでお別れにして帰るんか?」
「そ、そういうわけにも〜」
「せやろ、進むしかないんやったら、悩んでも仕方ないやんか。それならせめて笑顔でいようや」
「姫条くん…」
「楓子ちゃんが元気に笑っとったら、きっと花桜梨ちゃんの気持ちもいつか晴れるて。うん、このオレが保証するで。こう見えても女の子の笑顔についてはプロフェッショナルやからな」
 にかっと笑って親指で自分を指すまどかに、楓子は目を丸くしてから、とうとう我慢できず吹き出した。
「も、もう。そんなプロ聞いたことがないよ〜」
「おお、その顔や。いやー眼福眼福」
 嬉しそうなまどかに、丼を持ったまま呆れる和馬。
「つくづく口だけは達者だよな」
「やかましいわ、とっとと食えや。花桜梨姫を迎えに行くで。なあ楓子ちゃん?」
「う、うんっ」
「わかったわかった」
 そう言って、和馬は牛丼の残りを一気にかきこんだ。

*    *

「‥‥‥」
 珪が廊下に出ると、花桜梨は開いた窓の枠に手をついて、じっと外を眺めていた。
「迷惑なら…。はっきり言ってやったらどうだ…?」
 ぼそりと背後から言われ、びくっとして振り返る花桜梨。
 しかし先ほどの相席者と気づいて、再び視線を外に向ける。
「別に…。あなたに関係ない…」
「…なんだ、本当に迷惑してたのか」
「誰もそんなこと言ってない…!」
 少しむっとした顔で珪を睨むが、すぐに表情を打ち消した。珪は隣に行って外を見る。
「佐倉さんは…本当にいい人よ」
 誤解されたままが嫌なのか、隣からかすかな声がする。
「…それが重荷…?」
「…そうかも…。どうして構うんだろう。私なんて、何の価値もない人間なのに…」
 ぼそぼそと言って、横目がちらりと珪へ向く。
「あなたは…そういう部分、ないの…?」
「俺…?」
 何だかんだで、多少は同類と思われていたらしい。
「…さっきの人たちとか…」
 再び俯いて尋ねる彼女に、珪は少し考えてみた。
『別に自分がおったら女の子が勝手に寄ってくるからウハウハやとか、そんなことは全然考えてへんでー?』
「…いや、全っ然ないな」
「そ、そう?」
 何だか珪の眉間にしわが寄ってる気がして、花桜梨はそのまま黙ってしまった。
 …会話が進まない。
 珪も居辛い。あいつだったらこんな時どうするんだろう、とクラスメイトの少女のことを考えて、しかしそのようにはできそうになかった。
「じゃあ、俺はこれで…」
「あ…」
 去ろうとする珪に、花桜梨は一瞬だけすがるような目を向けたが、慌ててそれを外に戻す。
 珪は軽く溜息をつく。
 結局、救われたがってるんだろうか。…自分も含めて。
「それなら、恩返しってことにしたらどうだ」
「恩返し…?」
 怪訝な顔の花桜梨に、珪は軽く頷いた。
「お前がそこまで、そいつに悪いと思ってるなら、そいつの喜ぶことをするのが筋だろ…。今みたいに、傷つけるのは逆だ」
「そ、それは…! そんなの…」
「…分かってて分からない振りをするのは、卑怯じゃないのか」
 花桜梨は反論できなかった。
 彼女の身体が窓から離れ、暗い会議は終わった。
「ありがとう…。一応、お礼言っとく」
「別に…礼を言われることじゃない」
 二人が店の中に戻ると、残る三人もちょうどテーブルを立って、こちらに歩いてくる。
「おっ、葉月。お務めご苦労」
「‥‥‥」
 会計を済ませて廊下に出る。
 笑顔でいようとする楓子と、言葉を探す花桜梨の間に数秒の時が流れ、ようやく口を開いたのは花桜梨の方だった。
「あの…、佐倉さん」
「な、なあに?」
 俯き気味に、少し紅潮した頬で必死になって言う。
「見たいところがあるんだけど…。一緒に来てくれるかな」
 …驚き。
 それが通り過ぎた後の楓子は、嘘偽りなく心からの笑顔だった。
「う、うん、もちろん! 花桜梨ちゃんの行きたいところならどこでも!」
「自然環境についての展示…。佐倉さんは、つまらないかもしれないけど…」
「そんなことないよ〜! ほら、行こ行こっ」
 花桜梨の気が変わらないうちに、という勢いで手を引っ張ろうとして、ようやくまどかたちの存在を思い出す。
「あ、それじゃあね〜。どうもありがとう〜」
「じゃあ…」
「ああ、ほなな。また会うたら遊ぼうや」
「うんっ」
 にっこり笑って、楓子は花桜梨と一緒に廊下の向こうへ消えていった。
 珪は黙って見送っていた。一番正しい方法を、花桜梨は実際分かっていたのだ。
「さて、オレらも行こか」
「そうだな…」
 うっかり答えてしまい、まどかと和馬から意外そうな目を向けられる。
「何だよ、急に素直になりやがって」
「…もう、諦めた…」
「おっ、そうそう、それが一番。人間諦めが肝心やで」
「お前が言うな…」
 やっぱり少し後悔して、それでも彼らと同じ道を行く。
 様々な生徒たちが行き交う中を、はばたき学園の三人は午後の部へと繰り出していった。





<つづく>




# 説教連発になってしまった…。反省。
念のため…芹澤勝馬、鞠川奈津江、十一夜恵、戎谷淳の四人はCDドラマに登場したキャラです。(最近じゃ知らない人も多そうだなー)




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(1) (2) (3) (4) (5) (6) 一括

この作品はKONAMIの「ときめきメモリアル」「ときめきメモリアル2」「ときめきメモリアル3」「ときめきメモリアルGirl's Side」
「ときめきメモリアル ドラマシリーズVol.2 彩のラブソング」を元にした二次創作です。
各作品に関するネタバレを含みます。









 昼食後は、夕子とゆかりとの約束通り、二人の勇姿を見るべく講堂へ。
「それは大変よろしいですねぇ〜」
「違うでしょ!」
 どっと笑いの渦が巻き、まどかも和馬も膝を叩いて大爆笑である。
「いやホンマ、夕子ちゃんもゆかりちゃんも最高やで! なあ葉月……葉月?」
「……」
「お前なぁ、漫才の時くらいにこりとしても……ん、何ブツブツ言うとるん」
「ネタの練り込みが足りない…。古式のキャラクター性に頼りすぎだ…。お笑いを舐めるな…」
(ダメ出ししてるーー!!)

*  *  *


 講堂を後にして、イベント満載のスケジュール表を見る三人。
 行き先は――?


体育館のビューティコンテスト
伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会

ガールズ3
ガールズ4
ガールズ5
閑話


















 
 
「これ…なんだ?」
 校舎付近をぶらぶらしていた途中、珪が指さしたのは一枚の看板である。
『第1回ビューティコンテスト 参加者募集中』
「あ、それですか?」
 と、実行委員の腕章をはめたきら校生が、通りすがりに声をかけてきた。
「去年まではミスきら校コンテストだったんですけどね。時代は男女平等ってことで、男女混合のコンテストになりました」
「いらんことするやっちゃな…」
「あっはは、まあ実のところ男子の参加者が少ないんで、よかったら出てくださいよー。商品もありますから」
 実行委員はそう言い残して去っていったが、まどかも和馬もさすがに出たいとは思わない。
 そのまま立ち去ろうとしたのだが…珪だけが看板を見つめたまま、何か考え込んでいる。
「ん、なんだよ葉月、出てぇのか?」
「ちょっと顔がええと思ってこいつぅ」
「出たいわけあるか…。ただ、あいつが参加しやしないだろうか…」
「あいつ…?」
「あいつって、まさか…」
 ビューティ…。
 ビューティコンテスト…。
『アッハハ、ミューズがボクを呼んでるよ!』
 そんな声が聞こえた気がして、彼らの背筋に寒気が走る。
「あ、あんなのが美を振りまいたりしたら…」
「ああ…」
「はば学の恥だぜ…」

『阻 止 せ ね ば !!』

 その時初めて、三人の心がひとつになったのだった!


 さっそく体育館へ行って、中を窺ってみる。
「三原は…おらんみたいやな」
「なんだ、心配しすぎだったんじゃねーか?」
 肩の力を抜く三人だが、しかし事態は、予想のさらに斜め上を行っていた。
 受付の方から男子生徒の大声が聞こえてきたのだ。
「えーと、本当に出場するのね?」
「はい! このイケメン日比谷、はば学をしょって立つつもりで優勝を狙うっスよ!」
「そ、そう…。それじゃ控室はあっちだから…」
「何しろジブン、葉月先輩のクールさ、姫条先輩のトレンディさ、鈴鹿先輩のワイルドさを全て受け継いでるっスからね! いやーここでモデルにスカウトでもされたらどうしよう。困っちゃうっスねー」
「あ…、あ…」
 しばし口をぱくぱくさせた後、まどかの叫びが館内に響く。
「アホかお前はーーー!!」
「あ、先輩がた。どーもっス」
「どーも、とちゃうわー! 何をしとんねん何を!」
「へ? ビューティコンテストへの申込みっスけど」
「素で答えんなぁー!」
「す、すごいな日比谷」
 頭を抱えるまどかたちに、一年生らしき二人の男子がおそるおそる近づいてきた。どうやら渉の連れらしい。
「本当に葉月先輩たちと知り合いだったんだ」
「まあなっ。あ、先輩方、こいつらジブンと同じ野球部の奴っス。今日は応援に来てくれたっス」
「俺たちも日比谷と同じく、明日のイケメンを目指してるっスよ!」
「うちの野球部はこんなのばっかりか…」
「甲子園は夢のまた夢だな…」
 引き留める気力も萎えている間に、渉たちは係員に連れられ控え室の方へ行ってしまった。
 何とか気を取り直し、中空を見上げて拳を握るまどか。
「かくなる上は被害を最小限に押さえなあかん!」
「何か考えでもあんのか姫条?」
「あいつよりはマシな奴を出して、はば学の名誉を守るしかないんや! つーわけで行け、デルモ」
「俺、帰る…」
「本職なんだからいいじゃねーか。人助けと思えって、なっ!」
 結局抵抗空しく、珪は両腕を掴まれて受付まで引きずられていく羽目になった。やっぱり来るんじゃなかった…と今日何度目かの後悔をしている間に、まどかが勝手にエントリーを行う。
「も、もしかしてあの葉月珪さんなんですかっ? うわー」
「おお、これがはば学の実力やで。さっきの奴のことは忘れて、賞品の準備でもしといたってや」
 などと当人の都合そっちのけで調子のいいことを言っていたのだが…
「おーほほほほ!」
 不意に響き渡る高笑い。顔を上げると、声は入口の方から来たようだ。
 遠目にも美人とわかる女生徒が、頬に手を当てて笑っていた。
「随分と思い上がった方が来てらっしゃるようですわね。その程度の美しさで、この私にかなうと思っているのかしら? ね、みんな?」
『はい! 鏡さん!!』
 一斉に唱和したのは、女生徒の後ろに付き従う十数人の男子たちだった。キーンと響く声に、耳を押さえた和馬が受付の生徒に聞く。
「だ、誰だ? あいつ」
「2年の鏡魅羅さんです。後ろにいるのは親衛隊」
「親衛隊って…。変わった学校だな」
「…反論できません…」
「いやいやいや、ナイスバデーな姉ちゃんやんか。オレも親衛隊に入りたくなったで」
「ほーほほほ。あなた、なかなか下僕向きの顔をしているわね。また私の虜になった男が一人…」
 えらい言われようにまどかが苦笑している間に、女生徒は控え室の方へ行ってしまい、親衛隊の一人が代わりにエントリーを行った。
「あ、そろそろ始まりますので、葉月さんも控え室へお願いします」
「気合い入れろよー」
「帰りたい…」

 控え室では参加者が鏡を覗き込んだり、服装を整えたりしていた。
 実行委員はあんなことを言っていたが、意外と男子も多いようだ。
「は、葉月先輩も出るっスかーっ!?」
「なんでかそんなことになった…」
「ううう…、わかったっス。確かにジブンにとって、先輩はいつか越えねばならない壁っス。当たって砕けろっスよ!」
「ほーほほほほ」
 と、またも高笑いが近づいてくる。
「あなた方みたいな不細工が優勝ですって? 男なんて、私の美しさだけを讃えていればいいのよ」
「な、なんスかいきなり失礼な! この人は現役高校生モデルっスよ!?」
「現役モデル…?」
 顔色の変わった魅羅に、渉が勢いづいて言葉を続けようとしたが、その時舞台の方から『日比谷渉くん、どうぞ!』と呼ばれてしまった。いつの間にか始まっていたらしい。
 そそくさと出ていく渉と入れ替わりに、魅羅が近づいて小声で話しかける。
「…ちょっと、あなた」
「…俺?」
「その…、モデルというのは、お給料はいくらほど貰えるのかしら?」
 少し恥ずかしそうに尋ねる彼女に、怪訝な顔の珪。
「……。金が、欲しいのか…?」
「い、いいでしょう別に! あなたには関係ないことよ!」
 自分から聞いておいて勝手な言い分だが、一応思い出してみる律儀な彼である。
「…そういえば、いくら貰ってるんだろう」
「なっ…。あ、あなたねぇ、もう少しきちんと生活設計というものを…」
 と、舞台の方からどっと笑い声がする。
 何事かと幕の陰から覗いてみると、緊張した渉が盛大に滑って転んでいたところだった。
 客席では腹を押さえている和馬の隣で、まどかが遠慮なく笑い転げている。
「以上、はばたき学園の日比谷渉くんでしたー!」
 司会まで笑いをこらえて締める中、渉がとぼとぼと戻ってくる。
「とほほ…。もう最低っスよ…」
「ウケは取れたんじゃ…ないか…?」
「おーほほほ、所詮はそんなものですわね。私のステージをよく見てらっしゃい」
 司会から名前を呼ばれ、身を翻らせるように舞台へ出る魅羅。堂々とした女王っぷりに、客席から野太い声が飛ぶ。
『か・が・み・さーーん!』
「鏡さーん! オレも投票させてもらうでー!」
(姫条の野郎…)
 珪が渋い顔で見守る中、魅羅は舞台を一周すると、くるりと回って投げキッスで締めた。
「はー、確かに言うだけあって綺麗っスねぇ…」
「……」
 魅羅が戻ってきて、続けて珪の名が呼ばれる。
「どうでしたかしら?」
「…さあ」
「きーっ、頭に来る人ね! さっさと行ってらっしゃい!」
「…ああ」
「葉月先輩、ファイトっスよー!」
 渉の声援を受けても、やることはいつもの仕事と変わらない。
『キャーー! 葉月くーーん!!』
 女子たちの黄色い声援を受けながら、仕事場で教わったモデル歩きで舞台を回る。
 機械的にこなして、興奮の客席を後に控え室へ戻った。女生徒たちも司会も満足だったようだが…待っていた魅羅は、不機嫌そうに腕を組んでいる。
「…随分と、やる気のないステージなのね」
「…そうか…」
「い、いいじゃないっスか別に! 葉月先輩はこのアンニュイさが売りなんっスよ!」
「あ、そう。見せ方は勝手ですけど、やりたくないならおやめになったら?」
 彼女はそう言って、扉を開けて出ていってしまった。
 ネジが切れたかのように止まってしまった珪に、懸命にフォローを入れる渉。
「き、気にすることないっスよ。葉月先輩があんまりプロっぽいもんだから、嫉妬してるんスよ」
「…そんなことはないだろ」
 実際、成り行きでやってるだけのモデル業だから、ああ言われても仕方ないのだろう。
(ステージに立つべきは、あいつみたいな奴なのかな…)
 しかし考えても仕方ないので、まだ心配そうに見ている渉を促し、珪も外へ出た。


 投票の結果は親衛隊の組織票もあって、魅羅が優勝の座を射止めた。
 珪は二位になって商品のきらめきTシャツをもらい、ランク外の渉の肩を叩いて慰める。
「鏡さん、コメントを一言!」
「ま、当然の結果ですわ。ね、みんな?」
『はいっっ! 鏡さんっっ!』
 体育館が割れるような絶叫とともに、コンテストは終わった。
「姫条先輩〜、鏡さんに投票するなんてヒドいっスよ〜」
「アホ! 男が男に投票するなんて気色悪い真似ができるわけないやろ。そないなことすんのは変態くらいや」
「オイ…。じゃあ律儀に葉月へ投票した俺は何なんだよ…」
 その輪から少し外れて、珪はTシャツをどうしたものかと考えていたが…
 魅羅が通りすがりに、小声で言ってきた。
「卒業したらモデル界に殴り込むわよ。覚悟してらっしゃい」
「…勝手にしてくれ」
「あなたも自分のやりたい道へ進めるといいわね。おーほほほ」
 なんだか最後の高笑いは急で、ごまかしたようにも聞こえる。
(…励ましてくれたんだろうか?)
 体育館を出ていく魅羅と親衛隊を見ながらそんなことを考えたが、真相はわかりようもなかった。



伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会

ガールズ3
ガールズ4
ガールズ5
閑話


終了


















 
 
「バンドコンテストにでも行ってみるか?」
「『彩』っちゅうバンドが有名らしいでー」
 行き先を決めた一同だが、すんなり移動とはいかなかった。

 まず歩き出そうとしたところへ、廊下の向こうから知り合いがやって来る。
「やあ君たち、また居たね?」
 普段ならそそくさとすれ違う相手だし、実際和馬と珪はそうしかけたのだが…まどかの足が驚きに止まる。三原色の右側に寄り添うように、きら校制服の女の子が一緒に歩いていたのだ。
「な、な、なんでお前が女連れ…」
「アハハハ…。何を言ってるんだい、ボクのような美しい樹に可愛い小鳥たちが集まってくるのは当然のことだよ?」
「んなアホなぁ! そこの彼女、そんな変態のどこがええねん!」
「えー? だって三原くんって美形だしー、背高いしー(、お金持ってそうだしー)」
「うわああ世の中間違っとるわーー!!」
「泣くなよみっともねぇ…。いいから早く行こうぜ…」
 まどかの腕を引いて立ち去ろうとする和馬だが、その時事件が発生する。
「…ああっ!?」
 突然、色が両腕を広げて叫んだかと思うと、連れの女の子を残して前へと走りだしたのだ。
 その先には女子大生だろうか。彼らより少し年上らしき、ロングヘアの女性が教室から出てきたところだった。
「ミューズ!? ああ! こんなところでボクのミューズを見つけられるなんて!」
「…はい?」
「アナタを題材にしてこそボクの芸術は完成するんだ! そうなんだ!」
 色に話しかけられた大多数がそうなように、その女性もぽかんと口を開けて呆気に取られるばかり。と、その後ろから、髪をポニーテールにした同年代のお姉さんが面白そうに顔を出す。
「うわー、華澄ったらやるわねぇ。いきなり高校生をたぶらかすなんて、私には真似できないわん」
「ま、舞佳、変なこと言わないで。あの、あなた一体何を…」
「ボクの絵のモデルになってくれるね? いいね?」
「ち、ち、ちょっとっ!?」
 ようやく理解できる話になったが、言われた相手はかえって慌てふためく羽目になる。離れて見ている珪たちも、止めるだけ無駄なのは分かっているので固まったまま。
 その結果おさまらないのは、最初に色が連れていた女の子である。
「…ねえ」
「…ハイ」
「私いま、超むかついてんだけど」
「いや、オレら関係あらへんし…」
「あんたたちの知り合いでしょっ! 何とか言ってやるくらいしなさいよっ!」
「日本語の通じる奴とちゃうねん!」
「仕方ねぇなぁ…」
 放っておけなかったのか、和馬が渋々と色に近づく。
「おい三原、それくらいにしとけよ」
「なんで?」
「なんでって…周りが迷惑してんだろ! あそこのあいつも放置されて怒ってるし!」
「ボクは気にしないよ?」
「うわーっ、だからこいつと話をするのは嫌なんだよ!」
 頭を抱えて叫ぶ和馬に、とうとう切れた少女がポケットから携帯電話を取り出した。
「もうあったま来た。姉さんをぶつけてやるっ!」
 いずこかへ電話をかける彼女。色が女子大生にアートだのミューズだの身振り手振りを交えて言っている時間を挟んで、あっという間に相手らしき人物が到着する。
「あらあら真帆、一体どうしたんですか?」
(ふ、双子?)
 ひびきのの制服を着た、最初の女の子と同じ顔の子だった。ただぷんすか怒っている呼び手に対して、呼ばれた側は何が楽しいのかにこにこと微笑んでいたが。
「あそこの男が私をコケにしたのよーっ!」
「まあ…。妖精さんは純粋そうな人だと言ってますけどねぇ」
 ひびきのの少女はちょこんと首を傾げると、ゆっくり色へと歩み寄る。
「あのう、もしもし」
「うん? ボクと話したいのはわかるけど、今は忙しいんだよ。また今度ね?」
「そうですか、残念です。妖精さんもあなたと話したがっていたのですが…」
「なんだい、妖精さんって?」
 きょとんとして素直に聞く色に、少女はいきなり悲しげな顔で、思い切り気の毒そうに目を伏せた。
「可哀想に、あなたには妖精さんが見えないんですね…」
「な、なんだって? そ、それはミューズのようなものなのかい?」
「いえ、いいんです…。現代のように人の魂が汚れた時代には、見える人の方が少ないんですから…」
「ボクの魂が汚れているっ!?(ガーン) ち、ちょっと待ってくれ。ボクにも見えるようにしておくれよ!」
「うふふ、そうですか? それでは妖精さんの世界にご案内しましょう」
 すっかり狼狽した顔で、少女に連れられて階段の向こうへ消える色。その行き先は誰にも分からない。
 それを見送って、最初の女の子も満足そうに胸を反らす。
「あー、すっきりした。教室に戻ろっと」
 そう言って逆方向へ去ってしまい、後には呆然とした珪たちと、年長の女性二人が残されるだけであった。
「何だったのかしらね…。私たちも行きましょう」
「んー、残念だったわねぇ。男子高校生とロマンスのひととき、なんて素敵だったのにねぇ」
「も、もう舞佳っ!」
 その言葉にきゅぴーん、とまどかが我に返り、歩き出そうとした二人の元へ全力で駆け寄る。
「いやいやいや! お姉さま方、ロマンスやったら是非オレらにお任せやで!」
「おっ、積極的でいいねぇ少年。けど私たちをナンパするには、ちょーっと人生経験が足りないみたいねん」
「見た目で判断したらあかんで〜。一見軽そうに見えるけど、実はボク真面目な好青年ですねん」
 アホなことを言い始めるまどかだが、後ろから珪に袖を引っ張られた。
「…おい」
「なんや葉月、邪魔すんなや。嫉妬はみっともないで」
「…いや、後ろ」
 言われて後ろを振り向いてみると…
「げぇーっ!」

*  *  *


「何が『げぇーっ』だ」
 隙のないスーツに眼鏡姿。一番会いたくない数学教師が、絶対零度の視線を向けてそこに立っていた。
 言わずとしれたはばたき学園教諭、氷室零一である。
「我が校の生徒が女性に絡んでいると聞いて来てみたが、やはりお前らか」
「ち、ちゃいますちゃいますて! 三原です、あいつがさっきまで!」
「信用できんな。今まで何度その手の言い訳を聞かされたと思っている」
「そらまあ確かに……やなくて!」
「本当です。さっきまで三原がいました」
「葉月…。お前まで問題生徒の仲間入りとは」
 溜息をついて頭を振る氷室だが、助け船を出したのは先ほどの女子大生のお姉さんだった。
「あの…この子たちの言うことは本当ですよ。私に絡んでいたのは別の男の子でしたから」
「そうよん。なんだか髪の長い耽美な子だったわねぇ」
 む、と二人に目を向け、さらにまどかたちの顔と見比べてから、氷室は機械的に腕を組む。
「ふむ…まあいいだろう。しかしお前らが問題生徒であることに変わりはない。無用な疑いを招きたくなかったら、余計な行動は慎むことだな」
「ちょっと待ってください」
 そう反論してきたのはまどかたちではなく、少し眉を寄せた女子大生だ。生徒の方は腹は立ちこそすれ、適当に返事して逃げ出すつもりでいたのだが、これでは逃げるに逃げられない。
「そういう頭ごなしの言い方は、教師としていかがなものかと思います」
「うわ、華澄ったら…」
 もう一人が呆れたように呟いている間に、氷室も聞き捨てならなかったのか、体の向きを変えて彼女に相対する。
「君も教師かね?」
「実習生です」
「私の教育方針に問題があるとでも?」
「生徒の心をもっと汲み取るべきだと言ってるんです」
 バチバチバチ…!
 教師と教師見習いの間で紫の火花が散る。その迫力に、男子三人は声も挟めず固まっているしかない。
「なるほど…」
 しかし彼らの予想に反して、引いたのは氷室の方だった。
「確かに私にも理解不足の面があったかもしれん」
「おっ、ヒムロッチが改心するなんて! こら明日は雨やな」
「そこで!」
 まどかをじろりと睨んでから、氷室は有無を言わさぬ勢いで宣告した。
「今日は一日君らと行動を共にすることにしよう。常に監視…もといコミニュケーションを取ることで、より私の理解も深まるであろう!」
「な…」
「なんやてーーー!!」
 期待とは逆方向の展開に絶叫するまどかたちに、助けてくれるはずの教師見習いは、逆に感動したように手を合わせる。
「さすがです、そこまで生徒のために行動できるなんて。私も見習わなくてはいけませんね」
「うぷぷ…。良かったわねん、少年」
「お姉さまぁ〜! そら殺生ですやん〜!」
「元はといえばテメーのせいだ、この馬鹿!」
 まどかをぼてくり回す和馬だがもう遅い。お姉さんたちは感動しながら去ってしまい、眼鏡越しの冷たい視線が生徒たちに降りかかる。
「さあ、きりきり歩け。私が同行する以上、一秒たりとも無駄にすることは許さん」
「…俺、急用を思い出したんですけど」
「あ、オレもオレも」「俺も」
「却下だ!」

*  *  *


 校庭の特設ステージへ向かって、教師に連れられとぼとぼと階段を下りていく一同。
「バンドコンテストならば丁度私も行くつもりだった。諸君らも音楽を通じて、もう少し秩序と調和というものを養いたまえ」
「んなもん養うためにバンド聞く奴がいるかよ…」
 だが、二階まで降りたところで氷室の足が止まる。
「ピアノ…?」
 どこからかピアノの音色が聞こえてくる…。
 それは珪たち三人の耳にも届いた。透き通った、何かもの悲しい感じのする音だ。
「ふむ」
 氷室は呟いてから、腕時計を見て、三人へと向き直る。
「まだコンテストまでは時間があるようだ。まずはこのピアノを聞いて調和を学ぶとしよう」
「んなこと言われてもよ…」
「まあええやん。可愛い女の子が弾いてるかもしれへんし」
「…お前は根本的な性格改善が必要なようだな」
 音のする方へ行ってみると、当たり前だが音楽室があった。扉には『バンドコンテスト用 楽器置き場』の張り紙。しかしほとんどは既に運び出されたのか、人が大勢いる気配はない。
 扉が開いていたので、そっと覗き込んでみる。
「……」
 がらんとした室内に、二人の女の子がいた。ピアノを弾いている少女と、それを聞いている少女。どちらも髪が長く似たような雰囲気だが、片方はもえぎの高校の、もう片方はきらめき高校の制服だった。
 氷室は聞き入っていると同時に、何か考え込んでいるようだ。珪たちはどうしたものかと顔を見合わせたが、行動を起こす前に相手が気付いてしまった。
「…誰?」
 演奏が途切れ、弾いていた女生徒が顔を上げる。はっと息をのむほどの美少女だ。
 まどかの中でギアが入り、高速移動してピアノの上に両手をつく。
「どもー、オレははば学の姫条まどかっちゅーねん。良かったら名前と電話番号…」
「お前という奴は…風紀を乱すなと何度言ったらわかる!」
 氷室に襟首を掴まれ、哀れまどかは後ろに放り投げられる。
「失礼、邪魔をして悪かった。しかしこの学校の生徒ではないようだが、何故こんなところでピアノを弾いている?」
「……。たまたま通りがかったら、良さそうなピアノがあったので…」
「私がこの部屋にいて、良かったら弾いてみませんかって言ったんです。あ、私はこの学校の一年生で、美咲鈴音といいます」
 フォローを入れた子は対照的に優しく微笑んで、ぺこりとお辞儀をした。
「なるほど、ならば問題はないだろう。なお、私ははばたき学園で教師をやっている氷室という者だ。ついでに個人的な質問ではあるが…」
 こほん、と咳払いして、もえぎのの子へ問いを投げる氷室。
「先ほどの曲…もしや『月の雫』というホームページを知らないか?」
 その言葉に少女は驚いた顔で固まってしまい、代わりにもう一人の少女が、驚き半分喜び半分の顔で回答した。
「もしかしてあなたも…いえ、先生も月夜見さんのファンですかっ?」
「いや、まあ…ちくわだ」
「ええっ! いつも掲示板に緻密で論理的な感想を書き込むあのちくわさん!? まさか学校の先生だったなんて、びっくりですね月夜見さん!」
「え、ええ…。でも月夜見が私みたいなので、がっかりしたでしょう?」
「いや、そんなことはないぞ」
「はい、そんなことあるわけないじゃないですか。あ、私はラッキーベルです」
「ほう、君がそうだったとは」
 なんだか意味不明の会談で盛り上がる三人。横で聞いている男子たちは、すっかり蚊帳の外である。
「なんだ? ちくわって」
「…先生のハンドルネームじゃないか?」
「ほー、これからはちくわッチと呼んだらなあかんな。藤井に教えたろ」
「ええい余計なことを言わんでよろしい! それでは我々はこれで失礼する」
「…あの、ちくわ先生」
 加速度的に変な名前になっていく状況に苦い顔の氷室だが、特に気にもせず、もえぎのの少女は落ち着いた声で続けた。
「良かったら一曲弾いてくださいませんか? 一度あなたのピアノを聞いてみたいと思っていました」
「あ、私もです! この前掲示板で、ピアノ歴20年だっておっしゃってましたよね?」
「う…」
 美少女二人に見つめられ大ピンチの氷室。何とか逃げ口上を考えようとしたが、今度は横からぱちぱちと拍手が鳴る。
「おー、ええでええでー」
「氷室がピアノだぁ? 似合わねー」
「失礼だろ…。人間、なにか一つくらい取り柄があるもんだ…」
「貴様ら…。ええい、よかろう! 私の目指す完全な調和をその耳に焼き付けるがいい!」
 半ばヤケ気味になって、穂多琉と入れ替わりでピアノの前に座る氷室。えへんえへん、と咳払いし…
 しんと静まった音楽室に、ゆっくりと旋律が流れ出す。
 本当に弾くとは思っていなかったまどかと和馬は、しばらくぽかんとメロディーの渦に巻かれてから、認めたくないように顔を見合わせた。
「おい、本当に弾いてるぜ」
「CDプレーヤーでも内蔵してるんとちゃうか」
「お前ら、黙って聞けよ…」
 一曲終わったところで、氷室は左手だけで間奏を始める。空いた右手で何をするかと思えば、鈴音の前にあるキーボードを指さした。
 鈴音は少し驚いたようだったが、理解したのかキーボードに手を置き、すぅと息を吸って弾き始める。
 旋律が重なる。
 鈴音の腕は氷室に劣らず、繊細なメロディーがふたつ、音楽室の空気を満たす。
 もう一人の少女は胸の前でぎゅっと手を合わせていたが、背を押されたように、近くのオルガンの蓋を開け演奏に加わった。
(――――これは)
 三校の弾き手の合奏。音楽の奔流の中で、珪はものも言えず圧倒されていた。
 ドイツにいた頃も、これほどの音楽は滅多に耳にしたことはない。まさに氷室の言う完全な調和が今ここに…
「おい、今のうちに逃げちまわねぇか?」
「せやな。けど、あの子とお知り合いになる機会を逃すんも惜しいなぁ」
「聞けっつってんだよ…」
 長いようで短い時間の後、曲は大団円をもって終わる。
「…うん、やっぱり私、音楽が好きみたい」
 何かを吹っ切ったようなその小声は、まだ残響の中だったため、どちらの少女のものかは分からなかった。

*  *  *


 肝心のバンドコンテストは、着いてみると予想以上の人だかりだった。
 一名増えて五人になった一行は、やたらと巨大で気合いの入ったステージを見上げながら、既に熱気が伝わってくる人混みの後につく。

 もえぎのの少女は和泉穂多琉といった。
 気晴らしになればと思って来てみたが、一人きりで知り合いもなく、結局ふらふらと音楽室へ来てしまったらしい。
「ならば我々と同行しなさい。学生は団体行動が基本だ」
 との氷室の提案に(まどかは躍り出して教鞭で叩かれたが)、穂多琉も「先生ならナンパじゃないですよね」と承知した。今は珪の隣で、何とか親しくなろうとするまどかの接近から氷室の手で守られている。
 一方の鈴音はといえば
「私、『彩』のキーボードなんです。頑張りますから楽しみにしていてくださいね」
 と言って皆を驚かせ、キーボードを抱えて体育館裏の方へ姿を消した。
 少し引っかかったままの珪。終始笑顔だった彼女は、無理にそうしているようにも見えたが…結局聞きそびれてしまった。

 ようやく演奏が始まった。一番手はロック系。まどかと和馬はピアノよりこっちの方が好みらしく、ノリノリで腕を振る。
 逆に氷室はパフォーマンスが気に入らないらしくブツブツ言っていて、そんな彼に穂多琉が苦笑している。
 珪も一応曲に合わせて指を動かしたりしながら、サッカー部バンドの歌声には思わず聞き入ったりもした。

 たが、『彩』の番になってもメンバーが現れない。順番がスキップされ、期待を後回しにした観客の前で演奏は続く。
 そして結局、そのまま最後まで終わってしまった。
 ざわめく観客たちの前で、主催者の伊集院レイがステージ上でマイクを持つ。
「あー、諸君らが心待ちにしているであろう『彩』だが…。メンバーの一人が、今日外国へ出発する恋人を追って空港へ行ってしまった」
 とたんに会場は大騒ぎ。まどかたちも予想外の事態にさすがに呆気に取られている。
「な、何だよそりゃぁ」
「いや、きら校にもえらい気合いの入った奴がおったもんやなぁ」
「けしからんな。一人が秩序を乱すことで、全員が迷惑する」
「…そうでしょうか。好きな人のためにそこまでできるなんて、私は素敵だと思いますけど…」
「…右に同じ」
「む…」
 騒ぎは収まらず、レイはマイクをばんばん、と叩く。
「静粛に! しかし主催者としてこのまま済ますつもりはない。首に縄を付けてでも演奏させるつもりだから、楽しみにしていたまえ。はーっはっはっはっ、それでは解散!」
 そうしてレイは黒服たちに指示を出すべく壇を降りてしまったので、観客たちもぞろぞろと散っていくしかなかった。

「どうにも計画の完全性に乏しい文化祭だ。それでは気を取り直して、次の目的地へ向かうこととする」
「ま、マジでこっから先も先生と一緒っスか?」
「当然だ。お前らのことだから、学術系の発表はほとんど見ていまい。これからすべて回り、後でレポートを提出してもらう」
(うわぁぁぁぁ)
(いやや〜〜〜!)
 楽しいはずの文化祭は、このまま灰色の幕に閉ざされてしまうのだろうか? 彼らに待つのはレポートだけなのか。
「あのう、先生…」
 救いの手は、穂多琉の口からもたらされた。
「私、あまり人が多いのは苦手なんです。できれば先生と二人で回れると嬉しいんですけど…」
「ふむ、確かにこのような野獣どもと一緒に回りたくないという気持ちは分かるが…」
 不本意な言われようだが、まどかにとっては最後のチャンスである。半分逃げる用意をしながら一気にまくしたてる。
「せやな! 男四人に女の子一人は辛いやろ。ここは涙を飲んで、センセを男にしたるわ」
「な、な、何を言うか、不謹慎な!」
「ほなそういうことで!」
「待たんか貴様らぁぁっ!!」
 待てと言われて待つわけもなく、三人揃って大逃走。まどかがちらりと振り返ると、穂多琉が苦笑いしながら軽く手を振っていた。
(おおきに、穂多琉ちゃん。恩に着るでぇ!)

 かくして教師の魔の手から逃れた三人。
 しかし校舎裏までたどり着いたところで、我に返ったまどかは自分の状況を知ったのだった。
「なんでヒムロッチが女の子と二人きりで、オレが野郎どもと一緒やねーん!」
「今ごろ言うなよ…」


体育館のビューティコンテスト

校庭のクイズ大会

ガールズ3
ガールズ4
ガールズ5
閑話


終了


















 
 
 その頃、二年生の教室が並ぶ廊下では…

「どうせ俺なんて詩織には相応しくない男なんだ…」
「まだ言ってんのかよ。ったく、文化祭だってのに辛気くさいったらありゃしねぇ」
 うなだれてとぼとぼ歩く公に、好雄は呆れ顔で歩調を合わせる。
「まあこの際だから藤崎さんは諦めたらどうだ? どうせ高嶺の花だったんだしさ、他にも女の子は一杯いるって」
「う…。いや、でもさ…」
「やっほー。二人とも、何暗い顔してんの」
 明るい声に顔を上げれば、夕子とゆかりの二人だった。
「なんだ、朝日奈かよ」
「あによぉ。ヨッシーになんだ呼ばわりされる筋合いはないわよ。ん、どしたの公くん。マジで暗いじゃん」
「そうですねぇ。お体の調子でも悪いのですか?」
「な、何でもないよ。はは、ははは…」
「実はかくかくしかじか」
「バラすなよ!」
 好雄が話した真相に、夕子の顔がみるみる不機嫌になっていく。
「何よそれ、超情けない!」
「やっぱりそうかな…」
「そうよっ! 落ち込んでたってしょうがないじゃん。そんな暇があるなら、葉月くんに勝ってやる!くらいは考えなさいよねーっ」
「で、でも詩織並の完璧超人なんだろ?」
「あーもうほんとに情けないなぁっ。勉強と運動ができるくらい大したことじゃないっしょ。午前中一緒だったけど、なんか影の薄い人だったわよ」
「そうですねぇ〜」
 ゆかりが引き継いで、窓の下に広がるお祭り騒ぎに目を向ける。
「本日は色々なイベントを行っていますし、ひとつくらいは主人さんでも葉月さんに勝てるものがあるかもしれませんねぇ」
 励ましてるのかコケにしているのか不明な言い草だったが、ゆかりのことだから励ましているのだろう。にこにこと笑うその顔に、公もなんだかその気になってくる。
「そうか…。その葉月珪に勝てれば、俺も詩織に相応しいって自信が持てるかもしれないな」
「お、おいちょっと待て。負けたら余計自信なくすってことだぞ?」
「んもう、ヨッシーってば盛り下がること言わないでよ。そーいえばさっき友達が、葉月くんがクイズ大会の方に行ったって言ってたわよ」
「よーし、やってやるぞっ。ありがとう朝日奈さん古式さん!」
「がんばってねー」
 夕子の無責任な声援を背に受け、公は校庭へと走り出す。好雄も仕方なしに後を追った。

*  *  *


「葉月珪は俺が倒す!」
「おいおい…。無謀って単語を知ってんのか?」
 バスケでの珪の活躍を知っている好雄だけに、ボロ負けして落ち込む公の未来が見える。溜息混じりのその声に、玄関で靴に履き替えていた公は、困ったように顔を上げた。
「そ、そりゃ無謀かもしれないけどさ。それを言ったら詩織に振り向いて欲しいなんてこと自体無謀じゃないか」
「ウン、まったくもってその通りだ。無謀の極地だな藤崎さん狙いは」
「肯定するなよ…」
「私がどうかした?」
「うわあ!?」
 3mぐらい飛び上がった背後で、当の本人がびっくりした顔で立っている。
「ど、どうしたの公くん?」
「あ、いや、あはは。いい天気で良かったね!」
「う、うん。確かに文化祭日和だけど…」
「あ、あの…、あの…」
 と、詩織に隠れるように愛もいた。
 先のやり取りを思い出し、一瞬気まずい空気が流れたが、弾かれたように愛が思いきり頭を下げる。
「さ、さっきはごめんなさいっ! ひどいこと言っちゃって…」
「い、いや美樹原さんの言うとおりだったよ。俺も心を入れ替えるよ」
「何の話?」
「な、何でもないの詩織ちゃん!」
「た、大した話じゃないから!」
「そう…。ちょっと寂しいな」
 しゅんとする詩織に罪悪感を覚える二人だが、かといって話すわけにもいかない。好雄が気配りを発揮して話を変える。
「あ、そうそう。藤崎さんたちはこれからどーすんの? 良かったら公の応援を…」
「うーんとね、校庭のクイズ大会に出るのよ。参加者が少ないから出てくれって頼まれちゃって」
「詩織もっ!?」
「きゃっ。ど、どうしたの?」
「い、いや、俺も出ようかなって。あはは…」
「そうなの? お互い頑張りましょうね」
 優しく微笑む詩織だが、葉月珪と戦うはずが詩織と戦う羽目になってしまった。さっきまでの高揚も消え失せ、重い気分で校庭に出る。
(詩織に勝てるわけないよなぁ…)
 昔からずっとそう。
 それでも子供の頃は優劣なんて気にしなかったけど、いつからだろう。「詩織と俺は月とスッポン」なんて考えるようになったのは。

 校庭の朝礼台の前には二、三十人ほどの人だかり。さらに少し離れて人の輪ができている。前にいるのが参加者で、周りは見物人だ。
「いたぞ。あいつだあいつ」
 参加者の一人を指さし、好雄が小声で耳打ちした。
「あいつか…。た、確かにちょっとハンサムかもな」
「ちょっとじゃねぇだろ…。ま、ここまで来たなら頑張れや」
 好雄は観客の輪に加わり、愛も詩織ちゃん頑張って、と声援を残してそれに続いた。
 詩織から珪の姿を隠すようにすすすと動く公だが、やはり不自然だったらしい。詩織が怪訝そうな目を向ける。
「公くん、どうしたの?」
「え、別に何も?」
「あっ、あの人は…」
(ぐあっ…)
 努力空しく、公の肩越しに珪の姿を見つけた詩織は、後ろで幼なじみが渋い顔をしているとも知らずに珪に近づく。
「朝はごめんなさい。失礼なことしちゃって」
「…どこかで会ったっけ?」
「う、ううん。覚えてないならいいの」
(なんて奴だ、一度会った詩織を忘れるなんて!)
 確かに顔はいいが、なんだかやる気なさそうだし、こんな奴に負けてたまるか…と気合いが戻ってきた間に、クイズ同好会員が朝礼台に上がる。
『参加者の皆さんありがとうございます。えー、それではきら校文化祭グレートクイズ大会を始めます』
 大会は二段階。まずは○×クイズで、上位三人にまで絞るらしい。
『それでは第1問! 新五千円札に描かれるのは与謝野晶子である。○か×か!』
(あ、あれ? どっちだっけ)
 女流歌人だったことは覚えているのだが…。思い出そうとしたところへ、その前に詩織と珪の姿が目に入った。どちらも迷わず×の方へ歩いている。
 少し悩んでから、後ろめたそうに×へと移動する公。
『はい正解は×です。正しくは樋口一葉ですねー。第2問。ハレー彗星の核を上から見ると琵琶湖よりも大きい。○か×か…』

 5問目までそんな調子で、公が答えを出す前に詩織と珪の動きが目に入ってしまった。そうなると敢えてそれと逆方向へ行くほどの自信は持てない。
(だ、駄目だこんなんじゃ。よし、目をつぶって考えよう)
 答えを決めてから目を開けて移動して、6問目、7問目は奇跡的に正解した。しかしその時点で既に残り三人、公、詩織、珪のみ。
「すごいね、公くん。見直しちゃった」
「あ、あははは…。はぁ」
 実質2問しか解いていないので、見直されてもばつが悪い公である。
『それでは三人の方、朝礼台に上がってくださーい』
 台上に上がると、眼下に広がる見物人の中から好雄と愛の応援が聞こえる。
「おー、いいぞ公。マグレでもすごいぞー」
「あ、あの、詩織ちゃんも主人さんも頑張ってください…。あの、葉月さんも…
 そして別方向から、はば学男子の声が。
「ええで葉月ー! その調子で商品ゲットやー!」
「狙いは優勝のヤキソバ食い放題券だぜ! 負けたら承知しねぇぞ!」
「……」
 小さく溜息をつく珪が少し気の毒に思えてきた公だが、情けは禁物である。
『ルールは挙手での早押しクイズ。正解は+10点、不正解は-10点で、10問後に得点の多い人が優勝です。0点未満になったらその場で失格』
(よーし…)
『では問題です。サッカーW杯で日本を破ったトルコ、主将は誰だった?』
 問題が公の頭で整理される前に、早くも詩織の手が挙がる。
「はい! ハカンシュキュル」
『正解です。藤崎さんに10点!』
 ぱちぱちぱち、と観客から拍手。公としては誇らしい気持ち半分、焦り半分である。ちらりと珪を見るが、別に感心した風でもなく眠そうな顔のままなのが腹立たしい。
『次の問題、アマゾ…』
「はい…ポロロッカ」と珪。
『正解です』
(ちょっと待てぇ!)
 敵は顔も頭もいい上に超能力者らしい。次の問題も次の問題も詩織と珪に取られてしまい、公だけ0点のまま。この二人と同じ所に立っていること自体間違いなんじゃ…と、そんな考えが頭に浮かんで、慌てて追い出す。
『第5問。きらめき高校の伝説…』
「はい!」
 ……。
 手を挙げた公に、その場全員の視線が集中する。
 沈黙の中で冷や汗が落ちる。つい焦ってやってしまった。
「で…伝説の樹?」
『残念でしたー。問題は”きらめき高校の伝説は樹ですが、ひびきの高校の伝説は?”で、正解は鐘でした。えー、残念ながら主人さんはマイナス点のため失格になります』
 …………。
 一点も取れないまま終了。詩織がどんな顔をしているのか、確認する勇気もないまま、とぼとぼと朝礼台を降りた。
 好雄のところへ戻ると、愛が拍手をして出迎えてくれたが、予想以上の公の落胆に困惑顔である。
「あ、あの、主人さん…。3位だったんですからそんなに落ち込まなくても…」
「あー、それがな美樹原さん。かくかくしかじか」
「どうして喋るかなぁ…」
「そ、そうだったんですか…」
 珪に勝つという無謀な試みには言及せず、代わりに愛はおずおずと公に尋ねた。
「あの、相応しいとかどっちが上とかじゃなくて…好きって気持ちだけじゃ、いけないんですか…?」
「……」
「ご、ごめんなさいっ。偉そうなこと言っちゃって…」
「いや…美樹原さんの言うとおりなんだろうけどね」
 そう言って、詩織の幼なじみは力なく笑った。
「でもやっぱり、それだけで止まっちゃうのは…俺が許せないんだよ」

 勝負は接戦の末、僅差で詩織が勝った。公としては喜んだものか悲しんだものか判断に困る。
 また詩織が励ますような目で
「公くん、焼きそば食べる?」
 なんてチケットを差し出してきたものだから、余計に落ち込んだ。
 お腹空いてないからと断って、重い足取りで校舎内に戻る。
「ま、世の中天才がいるから凡人もいるんだろ。諦めてナンパにでも行こうぜー」
「まだだ…」
「へ?」
「まだ決着がついたわけじゃないんだっ!」
 言い捨てて、早足で先へ行ってしまう公。
 好雄は頭を振り、「ほんと、俺って付き合いいいよなぁ」などと言いながらその後を追った。


体育館のビューティコンテスト
伊集院家主催のバンドコンテスト


ガールズ3
ガールズ4
ガールズ5
閑話


終了


















 
 
 午前中、一気にあちこち回った羽音たち。さすがに疲れて、喫茶店で一息入れる。
「意外と面白かったわね」
 眼鏡を拭きながらの志穂の言葉に、羽音と珠美も嬉しそうに頷いた。
「うんうん、来て良かったよねー」
「おっと、満足するのはまだ早いわよ。午後にもイベントは山ほどあるわよー」
「ちょっと藤井さん、あんまり大騒ぎしないでくださる。本当にコドモなんだからぁ」
「なーに言ってんだか。そう言う須藤だって、さんざん大はしゃぎしてたじゃない」
「そ、そそそんなことないわよっ。なによぉー!」
 言い合いを始める二人や、仲裁しようとする珠美や、呆れる志穂を見ながら、羽音は頬杖をついてにこにこしていた。
「なによ空野さん、何がおかしいの?」
「え? うん、みんなと来られて良かったなーって」
 あんまり素直に言うものだから、瑞希たちも言葉に詰まる。
「も、もう。急に何を言い出すのよ、まったくぼんやりダヌキさんね!」
「ま、はおとっちらしいけどね」
 仕方ないなぁという風の奈津実の言葉に、珠美と志穂も柔らかい表情で同意する。羽音はますます嬉しそうに、テーブルに手をついて身を乗り出した。
「ねえ、来年もこの五人で来ようね。たとえ同じ男の子を好きになるようなことがあっても、このままずっと友達でいようね!」
「……」「……」「……」「……」
「え? あれ?」
 急に重くなる場の空気と、目が泳いでる友人たちにきょろきょろと首を回す羽音だが…
 スパパパパーーン!
「あいたっ!」
 奈津実たち四人の頭上に、いきなりハリセンの嵐が落ちる。何事かと顔を上げると、長髪を後ろに流しておでこを出した女の子が、ハリセン片手に仁王立ちしていた。
「あんたたちねぇ。それでも日本女性なの!?」
「は?」
「友人の恋のためなら自らの気持ちなど押し殺して身を引く……それが大和撫子というものじゃあないの! まったく最近の若い者ときたら、ああほんとに嘆かわしいっ!」
「ていうか誰よあなた…」
 その時、後ろの席に座っていたショートカットの少女が暗い顔で呟く。
「そう…。そうだったんだね琴子…」
「え、光!?」
「でもね、そんなことされても私は嬉しくないよ? 私なんかのために、琴子が…」
「ち、違うのよ光。今のは単なる一般論であって…」
「私…私、やっぱり琴子のこと裏切れない! ごめんね、さよならっ!」
「光ーーーっ!!」
 勝手に完結して走り去っていくショートカット少女。琴子と呼ばれた少女はしばらく呆然としていたが……やがて目に涙を浮かべ、奈津実たちの方へ振り向いた。
「どうしてくれるのよ光が光がーーーっ!!」
「知るかーーーーッッ!!」


体育館のビューティコンテスト
伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会


ガールズ4
ガールズ5
閑話


終了


















 
 
「家庭科室で料理コンテストをやってるってさー」
「タマちゃん、出てみれば?」
「ええっ? わ、わたしなんて無理だよ〜」
「そんなこと言って、心の中じゃいい線行くかもって思ってるんじゃないのぉ?」
 なんてことを話しながら、家庭科室へ行ってみた。

「根性、根性、根性よ! 受けてみて、根性の炊き込みご飯!」
「さすがです虹野先輩!」
 きら校代表の手から次々生み出される料理! その熱気と気迫に、ひびきの代表はじりじりと後ずさる。
「くっ、なんて料理への情熱なんだ。ボクにはとてもかなわないよ…」
「あ、諦めんじゃねぇ茜! 諦めたらそこで試合終了だぜ!」
「ごめんね、ほむら。ああ、こんなときお兄ちゃんがいてくれたら…」
 しかし空を見上げる彼女の前に、学ラン学帽の兄の幻影が浮かんだのだ。
『茜…。根性ならワシらとて引けはとらんわい!』
(そ、そうだ。ボクはお兄ちゃんの妹なんだ、こんなところで負けるもんか!)
「おおっ、茜に火がついたぜ!」
「いくよほむら! うぉぉぉーーー!!」
 包丁を振るい始める料理人とアシスタント! その熱気はきら校代表のそれに匹敵し、あまつさえ押し戻し始めたのだ。
「なっ! こ、この根性は一体!?」
「どうしましょう虹野先輩!」
「みのりちゃん、私はうれしいのよ。これほどの料理人と競い合うことができるなんて…。今こそ私の命を燃やし尽くすわ!」
 そして加速度的に高まるボルテージ。押し合う熱気は許容量を越え――
 ちゅどーーーん!!

 一同は黙って会場を後にした。
「…タマちゃん、出場したかった?」
「ううん、出なくて良かった…」


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伊集院家主催のバンドコンテスト
校庭のクイズ大会

ガールズ3

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閑話


終了


















 
 
「格技場で格闘大会をやってるってさー」
「タマちゃん、見たいよね?」
「う、うん…。はじける汗、ぶつかる筋肉…って素敵だよね」
「こ、紺野さんってそういう人だったの?」
 眼鏡がずり落ちる志穂を引き連れ、格技場へ行ってみた。

「会長キーーック!」
「はっ!」
 背は低いもののパワー溢れる相手の蹴りを、ぎりぎりでかわす鋭い目の少女。その顔に笑みが浮かぶ。
「フッ…やるもんだね。ひびきのにこんな猛者がいるとは思わなかったよ」
「へっ、あたし程度で驚いてもらっちゃ困るな。そこにいる茜は…あたしより強いぜ!」
「ち、ちょっとほむらっ! 違うよ、ボクはか弱い女の子だよ〜!」
 リング外で顔を赤くして抗議する女の子だが、周りは誰も聞いてくれない。
「へえ、世の中は広いねと言いたいが…。あそこにいる恵美だって、あたしより強いかもしれないよ」
「まあ、芹華ったら…。お恥ずかしいです…」
 親指で背後を指した先にいた少女が、品よく頬を染める。友人自慢を交わした対戦者たちはしばし笑い合い…そして最後の攻撃に移った。
「今こそ燃え上がれあたしの気合い! 必殺バーニング会長キーーック!!」
 その言葉通り、宙を舞った少女の蹴りが空気との摩擦で炎を発する!
「(ほ、本当に燃えるなんてこいつ能力者か!? ならあたしも本気を出さないと!) はぁぁーーっ!!」
 赤い塊と白い光弾が激突し――
 ちゅどーーーん!!

 一同は黙って会場を後にした。
「…タマちゃん、見学したかった?」
「ううん、もういい…」


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終了


















 
 
(誰か気付かないかなぁ…)
 校舎の陰から顔を半分出して花壇を見つめているのは清川望。
 丹誠込めて育てたコスモスに誰かが気付いて、あまつさえ『なんて綺麗な花だ。きっと心の清らかな人が育てたに違いない』なんて言ってくれる少女漫画的展開を期待していたのだが……現実はそう甘くはないらしい。
(はあ、馬鹿らし…。教室に戻るか…)
「ああっ、この花壇は!? なんて美しいんでしょう…」
(やったかっ!?)
 すごい勢いで覗き込む望。相手の顔を見てなんだ女の子か…とがっかりしかけたが、よくよく制服を見ると男子らしい。
 眼鏡をかけたその面もちは期待とはだいぶ違うけど、花が好きな人に悪い人はいまい。気合いを入れ、できるだけさりげなく花壇に近づく。右手と右足が同時に出ていたが。
「や、やあっ。気に入ってくれた?」
「この花はあなたが? 素敵ですね、よほど心をこめて世話をしないとこうは咲きません」
「あ、あはははは。やだな、照れるじゃないか。君も花が好きなの?」
「ええ、一応園芸部員なんです。最近はコルチカムなんて育ててますよ」
「…へえ」
 何それ、花の名前? とは口が裂けても言えず、引きつり笑いを浮かべる望。
「い、いやまあ、花はいいよね」
「はい、僕も心からそう思います。特に秋の花は一抹の寂しさがあっていいですよね」
「う、うん。シクラメンとか好きなのよ。知ってる? シクラメンの花言葉は…」
「はにかみ・清純・内気・嫉妬・遠慮・切ない私の想いを受け止めて・疑惑などですね。赤、白、ピンクで花言葉を変えている本もありますけど、白を内気系の言葉にしているのが多いかな。可憐な花ですから、花言葉もそれに合ったものになったんでしょうね」
「……」
 ぽかんと口を開けている望の前で、にこやかに微笑む少年は花壇のコスモスへ目を向けた。
「ああ、コスモス君も可憐さでは引けを取りませんよ。ウフフ…そんなに恥ずかしがらないでください」
(花と会話してるーー!!)
 しかも言ってる本人が一番可憐だったりする。ガラガラと崩れる女の子のプライドに、望は涙をまき散らして走り去るしかなかった。
「ちくしょう悔しくなんかないぞーーーっ!!」
「ああっ!? あの人はどうなさったんでしょうねコスモス君?」


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校庭のクイズ大会

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終了


















 
 
 はば学の三人が校庭の出店を物色していると、柱の上の拡声器から女生徒の声が聞こえてきた。
『あーあー、愚民どもに告ぐ』
「な、なんや?」
『これから科学部が屋上で巨大ロボの実演を行うわ。馬鹿げたお祭り騒ぎの下らない出し物なんて見てる暇があったら、さっさとこっちを見に来ることね。これは命令よ』
 全校が唖然とする中、マイクを取り合うような音とともに、誰かの悲鳴が聞こえてくる。
『ひ、紐緒さん! みんなの反感を買うの良くないです!』
『蒼樹君は黙ってなさい。愚民に理解されないのも天才の証よ。ああ、燃えてきたわ!』
 そしてぶつん、と放送は切れてしまった。
 何じゃこりゃ、と周り全員が呆れる中で、和馬だけが興奮して拳を握る。
「き、巨大ロボだって!? そいつは男のロマンだぜ!」
「ホンマかいな。張りボテかなんかとちゃうか」
「ろくでもない予感がする…」
「何言ってやがる、こんなチャンスは滅多にねぇだろ。俺は行くぜ!」
 元気よく校舎内へ入っていく和馬。まどかも「ま、科学部いうたら午前中の女の子がおるやろ」と後を追い、珪も他に行くところもないのでそれに続いた。
 三者それぞれの表情で、屋上への階段を一歩一歩上っていく。
 その先に待つ、紐緒結奈という名の危険も知らず――。






<つづく>







Next


(1) (2) (3) (4) (5) (6) 一括

この作品はKONAMIの「ときめきメモリアル」「ときめきメモリアル2」「ときめきメモリアル3」「ときめきメモリアルGirl's Side」
「ときめきメモリアル ドラマシリーズVol.2 彩のラブソング」を元にした二次創作です。
各作品に関するネタバレを含みます。








”巨大ロボットの実演”という放送を聞き、屋上へと向かう珪たち。

 屋上へ続く階段には、既に生徒があふれていた。
 しかし見れば他校の制服ばかりで、この学校の生徒は見あたらない。危険を察知して近づかないかのように。
 どうにかして上を覗き込むと、何やら揉めているようだ。実行委員の腕章をはめた生徒が、白衣の少女と押し問答しているのが見える。
「事前に届け出のない出し物は禁止ですっ!」
「やかましいのだ! メイたちのやることはすべて許されるのだ」
「紐緒さん、許可取ったって言ったじゃないですか…」
「フフフ、敵を騙すにはまず味方からよ」
 物騒な会話に顔を見合わせる珪たちだが、そうこうしている間に上では決裂したようだ。
「ええいしつこいわね! メイ、少し脅かしてやりなさい!」
「はいなのだ! エネルギー充填120%、スパーーク!」
「わああああ!?」
 轟音、そして爆音と地響き。吹きつける熱風とともに、『しまったミサイルと間違えたのだ』という声が辛うじて聞こえる。
 当然ながら生徒たちは震え上がり、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 残ったのははばたき学園の三人のみ……正確には珪はぼーっとしていて逃げ遅れ、まどかは逃げようとしたところを和馬に捕獲されたのだが。
「おい、見たかよ今の! マジで本物だぜ!」
「喜んどる場合かアホー! あんなんに付き合うてたら死ぬわ!」
「あれ…葉月君じゃないですか」
「む、午前中のナンパ男なのだ」
 声に上を向くと、人がいなくなったお陰でようやく相手の顔が見えた。電脳部で会った蒼樹千晴と、科学部で会った伊集院メイ、そして右目を髪で隠した白衣の女生徒だ。
 女の子がいるとあって、まどかも覚悟を決めて階段を一段飛ばしで上がる。
「いよっ、お嬢ちゃんまた会うたな。きっとオレらは赤い糸で結ばれとるんやで」
「なんなのメイ、この無知蒙昧を絵に描いたような男は」
「はい、ナンパ男ですのだ。こらナンパ男、このお方は天才紐緒結奈閣下なのだぞ。頭が高いのだ」
「あのなあ、オレには姫条まどかっちゅー名前が…」
「うおおお! すげぇぇぇぇぇ!!」
 和馬の叫び声にまどかと、千晴と話していた珪が振り返る。そこでようやく給水塔の隣のロボットに気づいた。
 身長5メートルはあるだろうか。青を基調とした金属のボディと、長い手足にいくつか物騒な兵器らしきものがついている。
 白衣の女生徒――紐緒結奈は、小馬鹿にした態度ながらも少し嬉しそうに言った。
「フン、この程度で驚いてもらっては困るわね。これは世界征服ロボのプロトタイプ。本物はこの10倍になる予定よ」
「じ、10倍!? なんだか想像もつかねぇぜ…」
「蒼樹…お前らこんなもの作ってていいのか?」
「ひ、紐緒さんも伊集院さんも根はいい人なんですよ。ほんとに」
「これで全世界は私のものよ。ああ、燃えてきたわねメイ!」
「はいなのだ閣下!」
「……」
 千晴が屋上の隅で頭を抱えている間に、結奈は白衣を翻してリモコンを取り出す。
「観客が少ないのが気に障るけど、まあライト兄弟の初飛行時も観客は少なかったわ。それでは動作実演を…」
「ま、待ってくれよ。俺さ、一度でいいから巨大ロボに乗ってみたかったんだよ。俺に操縦させてくれねえか?」
「おい和馬ー!」
 まどかの制止を無視してなおも頼み込む和馬。結奈はその姿をじろじろと見ていたが…にやりとその口が歪む。
「フフフ。なかなかいい肉体を持っているようだから、特別に許可してあげるわ。ただし後で実験に付き合うのよ」
「お、おう。任せとけ!」
「安請け合いしてこのアホは…」
 結奈がリモコンを操作すると、首の下のコクピットが開いて梯子が降りてきた。
 大喜びの和馬が掴まると、梯子はするすると上昇して彼を運び、収納する。
 無線が繋がっているのか、結奈はリモコン裏のマイクに向けて呼びかけた。
「あなた、名前は?」
『はばたき学園の鈴鹿和馬たぁ俺のことだぜ!』
「鈴鹿君。くれぐれも言っておくけど、右手の赤いボタンは」
『ん、これか?』(ポチッ)
「戦闘開始ボタンだから押さないように…って言ってるそばから押してるんじゃないわよこの愚民!」
『うおおお!?』
 いきなり動き出すロボットの体! 目の前をぶんと通り過ぎる鋼鉄の足に、まどかたちは飛び上がって一目散に避難した。結奈も舌打ちしてそれに続く。
「まずいことになったわね…」
「あー、そんな心配せんでも。あのアホにロボットの操縦なんかでけへんって」
「アホはあなたよ。この私がパイロットの腕に頼るようなシステムを作ると思うの? メイ、説明してやりなさい」
「はいなのだ。このプロトタイプ世界征服ロボにはバーサークシステムが組み込まれているのだ。脳に直接刺激を与えることで、パイロットの潜在能力を限界以上に引き出すのだぞ。ちょっと廃人になるけど」
「むっちゃヤバいやん!」
『ぎゃああああ!!』
 リモコン越しに、脳を刺激されているらしき和馬の悲鳴が聞こえる。それが途切れて数瞬の後。
『皮のボールに願いをこめて、回せ正義のスルーパス! 勇者バスケマン鈴鹿和馬、ご期待通りにただ今到着!!』
「なかなかいい感じに壊れてるわね」
「感心してる場合じゃないです! Oh,my God!」
 ロボットは一歩、また一歩とフェンスに向けて歩くと、その金網に手をかけ、紙っぺらか何かのように引きちぎった。
 結奈たちが慌てて避けたその場所へ、投げ捨てられた金網が音を立てて落下する。その向こうではロボットが膝を曲げ、ジャンプの態勢を取っている。
「まさか――飛び降りるつもり!?」
 下では多くの生徒たちが文化祭と楽しんでいるのだろう。そこへ戦闘状態のロボットが舞い降りたとき、どんな事態が引き起こされるのか。
 このまま文化祭は破壊されてしまうのか――。

 しかし遥か下の地面から、思わぬ助けが現れた!

「あれー、万里ちゃん。あれ何かなぁ」
 もえぎの高校2年、河合理佳は、りんご飴と格闘している友人にのんびりと問いかけた。
「なんですの理佳? くっ、ナイフとフォークがないと食べにくいですわ」
「何だかロボット兵器っぽいねー。こっちに飛び降りてくるみたいー」
「あらそう…って、なんですってぇぇ!?」
 御田万里が見上げると、確かに何か人型の大きなものが金網を破って姿を見せている。
「ちちちょっと理佳、何とかなさい!」
「えー? 面白そうなのにぃ」
「そういう問題じゃないでしょっ!」
「うーん、万里ちゃんの頼みなら仕方ないっかぁ。おいで、ジャイアントメカふりくたー!」
 叫ぶと同時に、理佳は指をぱちんと鳴らす。ジェット音とともに、遥か天空より飛来するのは巨大な犬型ロボット!
 風を切って舞い降りるや、前足で理佳と万里をすくい上げ――
「あははは、いいよぉジャイアントメカふりくたー!」
「きゃあああ! お、おおお降ろしなさーーい!」
 驚愕する生徒たちを後目にそのまま上昇し、まさに飛び降りんとする科学部ロボに、華々しく頭突きを食らわせた。
「な!?」
 弾き飛ばされひっくり返るその機体に、メイは目を丸くし、結奈の目が鋭くなる。
 そして唖然とするばかりの男子たちは、それでも何とかして我に返った。
「な、なんやあれ…。お、おい和馬! 無事か!」
『光になれぇぇぇぇ!!』
「あかんわ…。無事やけどあかん…」
「くっ、私以外にこんなロボットを作れる者がいたなんて…。世の中は広いものね」
「で、でもパワーは互角っぽいですのだ。バーサークシステムがある分こちらが有利なのだ!」
「競ってどうするんですかっ! そこの方、緊急事態です。そちらのロボットを貸してください!」
「いいよー」
 千晴の言葉に、ひょい、と前足から降りる理佳と万里。
「でも、あっちのロボットってパイロットがいるんでしょ? こっちも誰か乗せないと不利かなぁ」
「あらそう。ならそのへんのを実験台に…」
 結奈、そして周囲の視線がまどかに集中する…が、和馬と同じ目に遭うのは御免な彼は、手近の珪を掴んでバリヤーにした。
「…任務、了解」
「結局声優ネタかいな…。ええい、こうなったらとっとと片づけたれや! エレガントにな!」
「命なんて安いものだ…。特に俺のはな」
 既に科学部ロボは起き上がって、攻撃態勢を整えつつある。急いで駆け寄る珪に、犬型ロボットは舌を伸ばして飲み込むように収納した。目が光り、二体のロボットが対峙する。
「ええとねー。ジャイアントメカふりくたーには、ゼロシステムという脳に直接情報を送るシステムが…」
「これもかい!!」
『お前を……殺す!』
『正義の力ぁぁぁぁ!!』
 そして繰り広げられる激闘の渦。
 人型のキックが犬型の胴を蹴り、犬型の牙が人型の腕を噛み砕く、そんな屋上での光景を、紐緒結奈は白衣をなびかせ別世界のことのように見ていた。
「どうやら、世界征服の道はなかなか険しいようね…」
「で、でもメイがいますのだ。きっとメイが閣下の役に…」
「…いいえ。あなたはいずれ私の下から去ってもらうわ」
「そんなっ!?」
「いつか私は伊集院家を敵とするかもしれない。その時にあなたは私と共に戦えるの?」
「そ、それは…。お兄様は……でも……」
「フ…覇王たるもの全てを切り捨てる覚悟が必要。あなたにそれは出来ないわよ…」
「ううっ……ぐすっ」
「…でも、今しばらくは私の所にいなさい。今しばらくは…」
「閣下…」
 などと師弟がウェットな会話を繰り広げている間に。
『でやぁぁぁぁ!!』
 どちらが叫んだのか不明だが、絶叫とともに2体は全エネルギーを費やして体当たりを敢行し、すさまじい激突音とともにそのまま動かなくなった。
「ここまでね…。よし、爆発よ」
「うんうん、ロボットの相討ちといえば爆発だよねー」
「何を馬鹿なこと言ってるんですかっ! 葉月君、大丈夫ですか!?」
「おーい和馬、生きとるかー」
 二体のロボットの胸部分が開き、中からボロボロになったパイロットが排出される。
 煙を上げている機体を滑り落ち、死んだ魚のように屋上に横たわる二人。慌てて駆け寄ってくる友人たちの声を耳に、その意識はしばらく途切れた。

*  *  *


 少しずつ目を開ける。
 珪の前にぼんやりと広がるのはどこかの天井。いや、光景よりこの匂いは……保健室?
「あ、目が覚めましたか?」
(空野…?)
 覗き込む顔に、一瞬珪はクラスメイトの顔を重ねたが、違った。ショートカットの、優しそうな女の子だった。
「虹野先輩、こっちも気がついたみたいですよ」
「本当、みのりちゃん? 良かったぁ」
『救護班』の腕輪をつけた女生徒が二人。そして隣のベッドで和馬が身を起こしている。
「いつつつ…。お、俺たち助かったのか?」
「たぶん…」
「おっ、なんや。気ぃついたんか」
 自販機にでも行っていたのか、缶ジュース片手のまどかが入ってくる。
「そのコたちが一生懸命看病してくれたんやで。お礼言うとけや」
「そ、そうなのか? 悪ぃな」
「…サンキュ」
「ううん、気にしないで。私たちはこれが仕事だから」
 にっこりと笑う女の子は虹野沙希、もう一人のバッテンの髪型をつけた子は秋穂みのりと名乗った。
「私は虹野先輩の手伝いをしただけですから。あとそっちの人、その顔の絆創膏、いい加減貼り替えた方がいいですよ」
「う、うるせーな。ほっとけよ」
「それなら寝てる間に優しく貼り替えてくれたら良かったのにぃ、とか内心で思っとるで」
「思ってねぇよ!!」
「なんで私がそんなことしなくちゃいけないんですかっ!」
「み、みのりちゃん落ち着いてっ」
 結局予備の絆創膏を何枚かもらって出ていくと、入れ違いで別の生徒二人が保健室に入っていく。
「虹野さん、秋穂さん、お疲れさま。そろそろ交代しよう」
「そう? それじゃあお願いね」
「おおっとラッキー!」
 中から聞こえる声にまどかは指を鳴らすと、出てくる二人を笑顔で出迎える。
「いやあ、偶然とは思えへんタイミングやなぁ。赤い糸で結ばれとるっちゅー証拠やで。てなわけで一緒に回ろ」
「また始まったぜこいつは…」
「え、ええっ? 私と?」
「そう、沙希ちゃんと。遠慮せんでもええんやで〜」
「ダメです」
「そう、ダメ…って、え、ダメ?」
「そうです。虹野先輩は私と一緒に回るんだから!」
 言いながら割って入ってきたのは、目を釣り上げたみのりである。
「いやいやいや。もちろんみのりちゃんも一緒に誘ってんねんで」
「うーん、そうね。大勢の方が楽しいかも…」
「イ・ヤ! ひどいです虹野先輩、二人で回ろうって約束してたじゃないですか。なのに朝から他人の世話ばっかりで、私はもういらない女なんですかっ?」
「あ、あのねみのりちゃん。誤解を招く言い方は…」
「せやでみのりちゃん。オレが清く正しい男女交際のあり方をぐほっ!」
「大きなお世話ですっ!」
 一年生にアッパーを決められているまどかに、待たされている二人は疲れた顔をしている。
「おい、もう行こうぜ。大体てめえはしつこいんだよ」
「右に同意見…」
「ええい、外野は黙っとれ! 今ええとこなんや!」
「え、えっと!」
 紛糾していく事態に、沙希が手を合わせてフォローに入った。
「あのね、この学校に来てくれたなら是非見ていってほしい場所があるの。そこだけ一緒に行きましょう? ここから近いし、ね?」
「まあ、虹野先輩がそう言うなら一カ所くらいは…」
「こない可愛い子たちと一緒にいられるんや。贅沢は言わへんで」
 そう言ってみのりに睨まれるまどかに苦笑しながら、沙希は一同を連れて玄関へと向かった。

 案内されてきたのは校庭の外れ。
 校門に向かって左手にある、一本の古木。常緑樹の緑に茂る葉を見上げ、沙希は優しい目で話し始める。
「この樹はね、伝説の樹って呼ばれてるの」
「伝説?」
「うん、きらめき高校に伝わる伝説。この樹のたもとで、卒業の日に女の子からの告白で生まれたカップルは、永遠に幸せになれる…」
 言ってからまどかたちに顔を向け、少し照れくさそうに笑う。
「私、きらめき高校でこの場所が一番好きなんだ。女の子の恋の味方をしてくれるこの樹は、すごく優しいんだなって思うから…。え、えへへ。ちょっと恥ずかしいね」
「虹野先輩…」
「ええな、そういうの…。せやけど、別に卒業の日まで待つ必要はないと思うで。さあ今すぐオレに告白して幸せな伝説をってがはっ!」
 まどかに右ストレートを叩き込んでから、沙希の腕を取って引っ張るみのり。
「さ、行きましょ虹野先輩。そーゆーナンパな人より私と幸せになりましょう」
「ち、ちょっとみのりちゃんっ。えーと、ごめんね。ゆっくりしていってね〜」
 ノックダウンされたまどかに謝りながら、沙希は校舎の方へ引きずられていった。
「ううう…。どうしてこう冗談っちゅうもんが通じんねん…」
「てめーは普段の態度からして冗談だから区別がつかねーんだよ…。それにしてもつまんねぇ伝説だよなー。どうせなら『この樹の下で百回ドリブルしたら全国優勝できる』とかにしろよ」
「まあ、お前に恋に憧れるロマンティックな気持ちを説明しても無駄やろな」
 せっかくだからと、まどかが樹に柏手を打って可愛い女の子との出会いを祈願していると、じっと樹を見上げている珪が視界の隅に映る。
「なんや葉月、告白されたい相手でもおるんか?」
「…別に、そういうわけじゃ」
 ぷいと横を向く珪に、まどかは少し柔らかい目をして再度樹を見上げた。
「ま、伝説っちゅうか、憧れが集まったみたいなもんなんやろなぁ。それと一人では告白する勇気のない子の、背中を押す役やな」
「…俺には関係ない…」
「まあまあ。そういえばはば学にも似たようなのあったやん。教会で逆立ちした男はモテモテになれる、だっけ?」
「ちげーよ。十字架にボールを当てるとパワーアップすんだろ?」
「どっちも違う…」
 教会で待っているお姫様のもとへ、王子様が迎えに来る。
 しかしそれを口にすることはなく、珪は頭上に茂る葉に、何となく伝説の重みを感じていた。

*  *  *


「葉月、そろそろ行くで」
 呼ばれる珪だが、今度は樹の根元を見つめて別のことを考えている。
「昼寝に丁度良さそうだな…」
「おいっ! 他校の文化祭に来て昼寝する奴がおるかい」
「でも眠い…。俺はしばらく寝るから、二人で回ってきてくれ」
「うわ、マジだこいつ…」
 呆れる二人の視線を浴びながらも、寝る気満々で樹の裏側へ回る…が。
 目的は果たせなかった。もえぎの高校の制服を着た女の子が、先客としてそこにいたのだ。
「ん…何だよ、騒々しいな」
 しかも起こしてしまった。どうしたものかと無表情に困っていると、女の子の声を聞きつけたまどかが後ろから肩を叩く。
「葉月、ようやった」
「何もしてない…」
「ども彼女、すまんなぁ。まさかこないな所に眠り姫がおるとは思わんかったんや」
「眠り姫ねぇ…。いいさ、そろそろ起きるつもりだったんだ。昼寝するなら使っていいよ」
 切れ長の目とボブカットの持ち主は、起き上がって大きく伸びをした。
「昼寝もええけど、せっかく会うたんやから交流を深めたいと思わへん?」
「何だよ、ナンパってやつか? 悪いけどそういうの好きじゃないんでね」
「ううっ、そのクールさがまたステキやで」
「お待たせしました、芹華」
 と、背後から別の女の子の声。
 振り返ると、綺麗な黒髪を後ろでまとめた、温和そうな女の子がにこやかに立っている。
「茶道部はもういいのかい?」
「はい、素敵な茶席でしたよ。芹華も来れば良かったのに」
「ああいう堅苦しいのは苦手なんだよ。じゃあ行くか」
「あの、でも、こちらの方は?」
 ようやく話を振ってもらい、まどかは気さくな笑顔を作って親指を立てる。
「オレ、姫条まどか言うねん。今から君たちをナンパしようと思うとるとこや」
「うふふ、面白い方ですね。私は橘恵美といいます」
「おい恵美、軽々しく名前を教えるなよ」
「まあ、でも自己紹介をされたら名乗らないと失礼に当たるのでは…」
「いやー、その出会いを大事にする姿勢は感動ものやで。ちゅーことで一緒に回らへん?」
「ごめんなさい。芹華がそういうのは好きではないみたいなので」
「あっさりダメかい!」
 と、後ろから和馬がまどかの肩を叩く。
「おい、姫条」
「お前なぁ…。そないにオレの邪魔したいんか」
「なんか変な奴らがこっち来るぜ」
 変な奴? と視線を向けると、確かに校門の方から歩いてくる…
 リーゼント。
 サングラス。
 だらしなく着崩した学ランの、ズボンに両手を突っ込んだまま大股で、その三人はコピーのように並んでガンを飛ばした。
「おうおう兄ちゃん、可愛い子二人連れたぁ見せつけてくれるじゃねぇか」
「……」
 あちゃぁ…と顔を覆うまどか。
 今どきこんな格好した連中にこんな所で絡まれるとは、よくよくついてない。
「悪いけど今取り込み中や。明日にしといてや」
「てめぇ、ナメとったらシバクぞコラ!」
「中途半端に関西弁使うし…。分かった分かった。なあ恵美ちゃん、すぐ済むから待ってぇな」
「だ、駄目ですよケンカは」
「なあに、ちょっと拳と拳で語り合うだけや。和馬、お前は部活があるんやから手出したらあかんで」
「ちっ、仕方ねぇな…」
「葉月、お前は顔だけやないとこ見せたれや。まあお前の分は一人でええわ。残り二人はオレが片付け…」
「Zzzz…」
「寝てるんかい!」
「いつまでゴチャゴチャやってやがんだコラァー!」
 短気な不良たちがいきなり殴りかかってくる。三対一だがやるしかないか…とまどかが身構えたところへ、すっと隣に誰かが並んだ。
「あたしもああいう連中は大嫌いなんだ」
「な、ちょっ!? 危ないて!」
「言ってる場合じゃないよ。来るよ!」
 眼前に迫るパンチに、まどかも芹華も互いの目の前の相手に対し――
 勝負は一撃。
 したたかに反撃をくらった不良二人は地面で目を回し、残る一人があわあわと後ずさる。
「何や、歯ごたえのないやっちゃ」
「はん、顔を洗って出直してきな」
「チ、チクショー…。こうなったら悪役のお約束で、女を人質に取ってやらぁー!」
「ああっ、なんちゅーお約束な奴や!」
 不意をついて、不良が恵美を目がけてダッシュする。芹華を間に挟んでいるため、まどかの助けも間に合わない。
 恵美へと伸びる不良の手!
 しかしその手が寸前で止まる。横合いから芹華が、目にも止まらぬ動きで不良の腕を掴んでいた。
「汚い手で恵美に触るんじゃないよ…!」
 言うが早いか、一本背負いで不良を投げ飛ばす。
「ぎゃうっ」
 先ほど倒された二人が起き上がろうとしたその上へ、見事に落ちて、三人揃って情けない悲鳴を上げた。
「く、くそっ。てめえら覚えてやがれぇー!」
「はいはい、おととい来てや」
 逃げていく不良たち。まどかは溜息をついて手を振ってから、くるりと女の子の方へ向き直る。
「やるやん、芹華ちゃん。オレは惚れ直したで…って、もしもし?」
 しかしその声は二人に届くことなく、恵美が芹華の手を取っていた。
「芹華…。私なら大丈夫ですのに」
「そりゃ、恵美ならあんな奴ひとひねりだろうけどさ。でも恵美にケンカなんかさせたくないよ…」
「でも、そのせいで芹華が危険な目に遭うなんて…」
「い、いいんだよあたしは…。恵美さえ無事なら、さ」
「芹華…」
「恵美…」
「芹華…」
「恵美…」
「なんでやねん! なんでここにおるええ男は無視やねん!」
「もういいから、行こうぜ…」
 完全な二人の世界に泣くしかないまどかと、まだ寝ている珪を引きずって、もしかすると俺が一番苦労人かもしれねぇとふと思う和馬であった。


ガールズ6  ガールズ7  そして…

















 
 
「うーん、噂は本当かも」
 きょろきょろと周囲を見回しながら呟く奈津実に、羽音が尋ねる。
「なっちん、噂って?」
「いや、きらめき高校は可愛い女の子が多いって」
「そ、そうかなぁ」
「そんなわけないでしょう」
 と、不愉快そうに眼鏡を上げながら志穂が言う。
「顔で合格者を決めるわけじゃあるまいし。理屈上は平均すれば同じような容姿になるはずよ」
「う、うん。理屈はともかく、うちの学校だって可愛い子は多いと思うよ」
「そうよねぇ。ミズキとか」
「……」
「なあに紺野さん? 『私の方が須藤さんより可愛い』とでも思ってるんじゃないでしょうね?」
「ちち違うよぉ…」
「まあそれはともかく」
 なんだか紛糾しそうなので、話を変えつつ奈津実はにやりと笑う。
「制服はあたしたちの方が可愛いよねー。きら校のってぶっちゃけ古臭いよね」
「うわ、なっちん。他の学校でそういうこと言うのは…」
「ほんと、超聞き捨てならないって感じ!」
 やば、と奈津実が首をすくめて振り向くと、そのきら校の制服に身を包んだ女の子が二人、そのうち片方が腰に手を当てて睨んでいる。
「あ、あははは。まあまあ、あたしの主観だから聞き流して」
「聞き流せるわけないっしょ! こういう伝統的なセーラーはかえって貴重なんだかんね。ねえ真帆?」
 同意を求められた隣の少女は、しかし予想に反して遠い目をしてぼそりと言った。
「ごめん夕子。ホント言うと私も古臭いと思う…」
「ああっ、何よ超裏切り者!」
「まだ姉さんの制服の方がマシよ…」
「あんなオレンジスカートのどこがいいのよぉ!」
 いきなりの仲間割れに顔を見合わせる奈津実たちだが…
「ふっふっふっ」
 と、そこへ第三勢力登場。
「ここはうちらもえぎの高校の出番のようやな。どや、この時代の最先端を行く制服は!」
「おばん臭い」
「何その地味色」
「なんやてぇぇぇぇ!! おどれらそこへなおれぇぇぇ!」
「ち、ちとせ〜」
「まあまあ、普通の服なだけいいよ。私のバイト先の制服なんて着ぐるみだよ。あはははは」
 明るく笑うツインテールの少女に、それは果たして制服なのか、と突っ込みたくなる一同だった。


ガールズ7  そして…

















 
 

 文芸部部室――。
「有っち、先行くわよ」
「有っちはやめなさい。今来たばかりじゃないの。藤井さんも少しは文学というものを…」
 文句を言いながら展示を見ていた志穂だが、その目が壁に貼られた紙に釘付けになる。
(こ、これは!)
『落ちていく太陽 波の音だけが耳に響く――
 運命の糸が赤いのは この心臓の鼓動のせいでしょうか?
 切なくなる時もあったけど
 信じてます 想いはいつか 二人を照らす星になるって…』
(な、なんという乙女心を存分に表したポエム! さすがきらめき高校、ここまでのポエマーがいたとは侮れないわね…)
 少し緊張しながら、壁に手をついて作者名を確認する。
『如月未緒』
(フフ…。如月さん、覚えておくわ…)
 眼鏡を光らせ不敵に笑う志穂に、一人待っていた羽音が声をかける。
「志穂さん。なっちんたち行っちゃったし、私たちもそろそろ…」
「そうね…。空野さん、どうやら私は生涯のライバルを見つけたようよ。詩人の血が騒ぐわ…」
「わあ、志穂さんて詩とか書くんだ」
「はっ! そ、そんなわけないでしょう。嫌ね、行きましょう」
「? 志穂さん、顔真っ赤」


ガールズ6  そして…

















 
 
「なんだその面ぁ…。情けねぇ、誰にやられやがった」

 とある路地裏。男臭い空気が漂うその場所で、リーゼントの三人は声の迫力に震え上がる。
「そ、それが奴ら卑怯なんで。こちとら何もしてねえのに、いきなり大勢で後ろから襲ってきやがって…」
「何ぃ? そんな汚ねえ奴らだったのか」
「へ、へい。だから負けるのも仕方なかったんで…へへへ」
「ぬうう…。子分の顔に泥を塗られたとあっちゃあ、黙っているわけにはいかねぇ。てめぇら、案内しやがれ!」
「お、押忍! よろしくお願いしますぜ――」
 割れた学帽の下で鋭い目が光る。その動き出した巨体に向けて、子分たちの声が唱和した。

「番長!」







<つづく>







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(1) (2) (3) (4) (5) (6) 一括

この作品はKONAMIの「ときめきメモリアル」「ときめきメモリアル2」「ときめきメモリアル3」「ときめきメモリアルGirl's Side」
「ときめきメモリアル ドラマシリーズVol.2 彩のラブソング」「ときめきメモリアル対戦ぱずるだま」を元にした二次創作です。
各作品に関するネタバレを含みます。








『もしもし。館林です』

『今回の番長戦の選択肢だけ、択一式になっているの』

『面倒な人はそのままスクロールしてね』

『話自体はどれか一つの選択肢を読んだっていう前提で進むからね』

『それじゃあ…』













「葉月珪! …君」

 いきなり呼ばれて振り返ると、きら校制服の男子生徒が、何やら思い詰めた顔で立っている。
 日もじきに傾こうかという時刻、校庭を歩いていた珪たち三人は、何事かと足を止めた。
「俺の名は主人公! 頼む、何も言わずにあれで勝負してくれっ!」
 彼が指さした方向へ目を向けると、『水泳部主催・ビーチフラッグス大会』の看板。幾人かの生徒たちが、走り高跳び用のマットに置かれた小旗に頭から突っ込んでいる。
「いきなり何やねん。葉月、知り合いなんか?」
「全然…」
「ワケわかんねえぞ。まず説明しろよ」
「う…。まあ無茶言ってるのは自覚してるけど、そこを何とか…」
 さすがに無理があったかと公が口ごもっていると、その後ろから助っ人が顔を出した。
「いやー悪い悪い」
「おっ、早乙女君やん」
 同類の登場に警戒心を解くまどかに、好雄が例によってぺらぺら喋り出す。
「実はかくかくしかじか」
「ほうほう。こいつの幼なじみが藤崎詩織ちゃんで、惚れてるけど月とスッポンやから葉月に対抗意識燃やしとると」
「そ、そんなあからさまに言わなくてもいいだろっ」
 落ち込む公だが、事情がわかれば話は早い。まどかと和馬が同時に珪の肩をぽんと叩く。
「葉月、ここは受けて立つしかないで」
「そうだぜ、男なら勝負してやれ!」
「面倒くさい…」
「お前はそうやって燃えるもんがないからあかんねん。ええで幼なじみ君、こいつに男の戦いっちゅうもんを教えたってや」
「え、ほんとにいいの?」
「なんで俺が…」
「ご、ごめんよ」
 まどかと和馬に引きずられていく珪に、ちょっと申し訳ない気分になる公。しかし避けるわけにはいかないのだ。目の前に突如現れた(公にとって一方的な)強敵・葉月珪! 彼を乗り越えない限り、詩織に相応しい男にはなれないのだから…。
「はい次の人ー…あれ、主人君に早乙女君じゃないか」
 校庭真ん中の会場では、水泳部の望が受付をしていた。
「やあ清川さん。実は二人同時に挑戦したいんだけど、いい?」
「え? 別にいいけど、どうかしたの?」
 後ろで「へい彼女、オレは姫条まどかっちゅうモガガ」と言っている男が和馬に口を塞がれている間に、かいつまんで事情を説明する。
「つ、つまり藤崎さんへの愛を賭けて二人で勝負ってこと!?」
「べ、別にそういうわけじゃ」
「さすがきらめき高校のマドンナだなぁ…。いいなあ、私も…」
「あのー、清川さん?」
「はっ! あ、あはは、何でもないって。じゃあ列の後ろに並んでね」
 言われた通り最後尾につきながら、あくびをしている珪に戦意をみなぎらせる公。
 しかし順番待ちの数分の間に、事態は勝手に動き出していた。隣で聞いていた水泳部の女の子が、交代したと同時に知り合いに報告に行ったのだ。
 話は知り合いから知り合いへ。瞬く間に校内に広がり、渦中の人物にまで届いてしまった。
「公くん!」
「し、しし詩織っ!?」
 ようやく順番が来てさて勝負、といったところで、いきなり出てきた幼なじみに狼狽する公。
「一体どういうこと? 私を賭けて葉月珪くんと勝負って…」
「ええっ!? い、いやあどういう事かなぁ。噂って尾ひれがつくもんだしさ。あ、あはははは」
「なぁんだ、デマだったのね。もう、心配かけるんだから」
「はは…はは」
 何とかごまかす公の傍らで、珪はあさっての方を向いて眠そうにしていたが…しかし周囲にできていたギャラリーの中に見つけたのだ。
「あの…。がんばってください…」
 詩織にくっついてきた愛…の胸に抱かれている、小型の犬を。
「ワンワン!」
「あ、駄目よムク。もう、勝手に学校に入り込んだりして」
「(犬が…犬が応援している…) よし、頑張ろう」
「おおっ、なんや知らんけど葉月が本気になったで!」
「それじゃ二人ともいいかい? 先にあの旗を取った方が勝ちだ」
 望が笛をくわえ、公と珪がマットの上にうつぶせになる。
 ピッ
(うおおおぉぉぉぉ!!)
 飛び起き振り向いて公は走った。死力の限りを尽くして。今まで積み重ねてきた詩織への想いをつぎ込んで。
 なのに生まれついての天才にはかなわないのだとしたら、なんと過酷な現実だろうか。
 その現実は、目の前であっさり旗をかっさらっていった。
「すまん…。勝ってしまった」
 呆然としている公に、少し困ったように旗を振る珪。
「は、はは…。そうだよな、そんな簡単に勝てれば苦労はしないよな…」
「そんな事はない…。締めなければいつか手は届くさ…」
「じゃあ俺が勝つまで勝負してくれぇぇぇ!」
「いい加減にしなさいっ!」
 スパーン!と頭の後ろで景気の良い音が響く。振り返ると、幼なじみがハリセンを手に仁王立ちしている。
「よく考えたら理由を聞いてなかったわ。結局、どうして葉月くんと勝負してるの?」
「ううっ! それはそのスポーツマンシップで」
「そうは見えなかったけど?」
「う…」
 問い詰められるが、まさか本当のことは言えない。だというのに隣では、ナンパ男たちが無責任にはやし立てる。
「これはもう告るしかないやろ!」
「そうだよなぁ〜。公、もう決めちまえって」
「ななな何言ってんだよお前らっ!」
「? コクルって何なの? 説明してよ公くん!」
 自分が蚊帳の外なのが寂しいのか、ちょっと怒った顔で詰め寄る詩織。
 焦って周囲を見回すものの、珪はムクを撫でに行ってるし、望はどきどきしながら見守るばかり。どこかに助けはないものだろうか?
「おい、誰か来たぜ」
 助けは来た…。
 ただし最悪の形で。
 好雄が言う方へ目を向けると、実行委員の腕章をはめた女生徒が息を切らせて走ってくる。
「た、大変よ藤崎さんっっ! 今、校門のところにっ…!」
「お、落ち着いて。一体どうしたの?」
「ば……番長が殴り込んできたの!!」
 一同はしばらくぽかんとしてから、一斉に唱和した。
「番長ぉ!?」


「俺様は、この世界の番長だ」
 学ランに割れ帽の大男は、そう宣言してずかずかと校舎内に入っていく。
 さらに三人の不良が、威嚇するように周囲へガンを飛ばす。
「オラオラ、見せもんじゃねぇぞコラァ!」
「邪魔だコラァ!」
 脅える生徒や来場者たち。実行委員たちも震えるだけで手を出せない。
 その時、光り輝く男が一人、前髪をかき上げながら学園の危機に立ちはだかった。
「はっはっはっ。世のお嬢さんたち、安心してください。不届き者はこの白鳥正輝が退治してくれましょう」
「フン!」
「ほげぁ!」
 番長の裏拳一発で、哀れ雑巾になって吹っ飛ぶ白鳥。
「無茶するなよ…。3には番長戦ないんだしさ…」
「ううぅ…無念」
「きゃーっ! 人が殴られたわ!」
「に、逃げろーっ!」
 逆に騒ぎを大きくしてしまい、楽しかった文化祭は一気にパニックになる。
 人々が我先にと逃げ去ろうとする中、逆流をかきわけ詩織たちが現場に到着した。
「な、何なんですかあなたたちは。乱暴はやめてください!」
「し、詩織っ!」
「詩織ちゃんっ!」
 公と愛が慌てふためく中、詩織は怯みもせず番長を睨み付けている。
 その姿に、感心したようにニヤリと笑う番長。
「ほう、大した女だ…。だがな、俺の子分に恥をかかせたんだ。落とし前はきっちりつけさせてもらうぜ」
「何のことですか」
「ま、まあまあまあ詩織ちゃん」
 さっきの喧嘩がバレてはまずいと、まどかが間に割って入る。
「こういう手合いには何言っても無駄やで。ここはオレに任せといてや」
「だ、駄目よ喧嘩なんて」
「ごちゃごちゃうるせーんだYO!」
 不良の一人が詩織に手を伸ばそうとするのを、公が冷や汗を垂らしながらも庇うように立つ。
「詩織、危ないから下がっててくれ」
「こ、公くん…!」
「そやで、彼にもええとこ見せてもらわなな。葉月、お前も手伝えや」
「仕方ないな…」
「くそっ、俺も部活のことさえなかったらよ!」
「ええから、和馬は女の子をガードしとき」
 まどか、公、珪が、三人の不良と相対する。
「さっきのお返しだコラァー!!」
 激突!
 一瞬の交差の後、不良たちはばたばたばたと地面に倒れ落ちた。
「ぬぅぅぅ…! あっさり負けおってぇ!」
「す、スンマセン番長!」
「ぐっ…」
 一方で公も、不良を倒しはしたものの腹にパンチを受けうずくまる。
「こ、公くん。大丈夫!?」
「は、はは。大したことないさ…」
「なかなかやるやないか。しかも女の子の介抱やで。いやー羨ましいわー」
「そ、そんなんじゃないって!」
「ええい、もういい! 後はこの番長が相手じゃあ!」
 地響きせんばかりの大声とともに、下駄で地を踏みしめ番長が立ちはだかる。
 詩織、公、愛、好雄、珪、和馬…とその場の一同に緊張が走る中、肩をすくめて前に出たのはまどかだった。
「こらまあ、オレが相手するしかないやろな」
「ほう、命知らずなことだ」
「甘く見たらあかんで。はばたき学園の姫条まどか言うたらオレのことや」
「はばたき学園…? フン、あの外見ばかりチャラチャラした、男の出来損ないばかりが集まる高校か。確かに軽薄そうなツラをしとるわい」
「ケッ、言うてくれるやないか。そないレトロな出で立ちで格好ええとでも思とるんかい。女の子にモテへんでぇ」
「真の漢にそんなもの不要じゃぁ!!」
 嵐のようなうねりとともに、番長の豪椀が振り下ろされる。
「姫条!」
 和馬が叫ぶと同時に、紙一重でかわしたまどかは、番長に蹴りを叩き込むが…
 効かない。さらに繰り出される拳に、まどかの目が鋭くなる。かつて荒れていた頃の目だ。
「お前の力はそんなものか!」
「しゃらくさいわ!」
 拳の雨をかわしながら、まどかは番長の後ろに回りこみ、相手の膝の裏に蹴りをくれた。これには番長もたまらず膝をつく。
「どや!」
「フッ、どうやら俺も本気を出さねばならんようだ…ぬうん!」
 番長が気合いをためると、その右腕が白く光り出す。
「はい?」
 目の前の超常現象に、まどかの思考が追いつかぬ間に…
「袖龍ゥゥゥーーーー!!」
「なんやそらーーーー!!」
 ツッコミは、番長から放たれた白い龍の中へと消えた。
 そのまま龍に飲み込まれ、消し炭になったまどかに和馬が駆け寄る。
「おい、大丈夫かよ! あっさりやられてんじゃねえよ!」
「オレが相手にできるのは人間だけやアホーー!!」
 最後の力でツッコミを入れ…それは実際最後の力だった。
「ふっ、どうやらオレもここまでのようや…」
「お、おい姫条、何言ってんだよ…」
「さ、最後に鈴木屋のお好み焼きを食べたかっ…」(ガクッ)
「姫条ーーーーっ!!」
 微笑んで力尽きる友に和馬は叫び、そして固まっているしかないきら高の面子の前で、番長の声が響く。
「ワハハハハ…。笑わせてくれるわ、何がはばたき学園じゃ。外面ばかりで中身のない男など、所詮はそんなものじゃあ!」
「テメェ…!」
 怒りの炎を燃やした和馬が、拳を握りしめて立ち上がるが…
「やめとけ…。出場停止になるぞ…」
 それを止めたのは珪だった。
「うるせぇ! あそこまで言われて黙ってられっかよ!」
「黙ってられないのは俺も同じだ…」
「は、葉月?」
 和馬が息をのむ。青い炎のような怒りをまといながら、番長の前に進み出る珪。彼がこんな表情を見せるなど、和馬は思いもしなかった。
「今度は俺が相手だ…」
「フン、お前のような優男なんぞ相手にならんわ。気取るのも大概にせんかい」
「気取ってんじゃねぇ…。喧嘩売ってんだ、買えよ」
「ほぅ…。ならばその力、見せてもらおうか」
 番長が右腕に力を込めると、再度白い光が集まり出す。
「や、やべえ葉月! またあの龍が来るぞ!」
 しかし珪もそのまま待ってはいない。両目を光らせ、裂帛の気合いを込めて叫んだ。
「葉月珪、とっておきの必殺技! モデルウォーク!!

 歩き出した――。ステージ上のモデルのように。
 スポットライトが当たっているかの如き華麗な歩行だが、それが何の役に立つのか意味不明である。一同ぽかんとして固まるばかり。
 しかしすぐに、番長がその異変に気づいた。
「ぬうっ…!? ば、馬鹿な、体が動かんとは…!」
「このモデルウォークは、歴代のスーパーモデルたちが使ったという魅惑の歩行法…。それを目にした者は誰しも見とれて動けなくなる」
「なぬぅ! おのれい、この番長がモデルなどという軽薄なものに見とれるとは、何という屈辱!」
「凄いなぁ、あんな技まで使えるのか…」
 さらに差が開いて落ち込む公を、好雄が肩を叩いて慰める。
「まあまあ。お前も来年の夏休みくらいには、すごい技が使えるようになるって」
「そうなのか?」
「いや、そんな気がしただけ」
 その間も珪のモデルウォークは続く。が…
 ちっとも状況が変わらない。しびれを切らせた和馬が尋ねる。
「おい…。その後は?」
 その声に、困ったような顔を向ける珪。
「いや、これだけ…」
「って、単なる足止めだけかよ!」
「そのようだ…」
「そのようだ、じゃねぇだろ! 根本的な解決になってねぇよ!」
 番長の動きは封じたものの、誰かが攻撃しなくては倒せない。
 こんな時助けが来てくれればと、皆がそう思った時――


『私が準備するまで、持ちこたえなさい』
『天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ!』
助けは来ない。現実は非情である。
渉1




















 
 

「私が準備するまで、持ちこたえなさい」

(この声は――)
 珪が振り返った先は校舎の陰。白衣の一団が、何かを大急ぎで組み立てている。
 さっき酷い目に遭わされた、紐緒結奈と仲間二人だ。公も半ば不安混じりの声を上げる。
「ひ、紐緒さん!」
「情けないわね主人君。まあ、この天才の前では番長の一匹や二匹ひとひねりよ。蒼樹君、ペンチ!」
「は、はいっ!」
「蒼樹、こっちにはネジをよこすのだ!」
「あの、これって何を組み立ててるんですか?」
「そんなの、殺人レーザー砲に決まっているのだ」
 あっさり言うメイに、千晴はしばらく固まってからおそるおそる言った。
「あの、殺人はちょっと…」
「番長なんだから大丈夫よ」
「そ、そうなんですか。ええと、バンチョーって何ですか?」
「ジャパニーズヤングギャングボスなのだ」
「それってやっぱり当たったら死ぬじゃないですか!」
 千晴の抗議は無視され、見る間に装置は組み上がっていく。
「おのれぃ。そんなものを大人しく食らうと思うか!」
「モデルウォーク!!」
「ぐぬぅ!」
 ひたすらモデル歩きを続ける珪に動けない番長。手に汗を握る数分が過ぎ、そしてついに――
『ファイヤー!!』
 神に祈っている千晴の前で、結奈とメイの声が合わさる。
 閃光!
 世界が白く塗りつぶされ、番長の絶叫だけが響き渡った。
「ぐおおおおおお!!」
 ビームの束が番長を貫き、そして光が収まったとき…しゅうしゅうと白煙を吐く番長の体だけが、そこに残っていた。
 それと同時に、レーザー砲は鈍い音を立てて自壊する。
「想定強度に問題があったみたいね」
 呟く結奈。これで全てが終わったかに見えた、が…
「番長が…番長であるこの俺が…こんな所で負けるわけにはいかねぇ!」
「何ですって!」
「オーノー! これがヤマトダマシイですか!?」
 その身を焼かれながらも、なおも立ち上がる番長。レーザー砲は既に壊れている。もはや攻撃手段はない。
「かくなる上は仕方ないのだっ…」
 絶体絶命のピンチに、苦渋の表情で言ったのはメイだった。
「咲之進! 来るのだー!」
「はい、メイ様…」
 いつの間に現れたのか、銀髪にマント姿の男がメイの後ろに控えている。
「命令なのだ。あの番長を倒すのだ」
「こ、これはなんと醜い…。同僚の外井ならば見惚れそうな肉体ですが、私の趣味からは少々…」
「誰もそんなことは聞いてないのだっ!」
「何じゃおぬしは、気色悪い」
 心底嫌そうな番長に、咲之進はゆっくり頭を振った。
「駄目ですな。私だけの力ではこの男は倒せません」
「さ、咲之進でも無理なのか…」
「ああ、せめて甥の色くんがいれば…」
 と、その甥があっさりと歩いてくる。
「やあ咲之進おじさん。居たね?」
「おお、色くん! 我々の美の力であの暴漢を倒そうじゃないか!」
「アッハハ、それはいいね! 妖精の力を得たボクの美しさは無敵だよ!」
 番長の前に並んで立つ二人。咲之進のマントがはだけられ、色の服が投げ捨てられる…。

『三原アターーーック』

「め、目がくさるぅぅぅぅぅ!!」
 断末魔の悲鳴を上げ、ついに番長は地面に倒れた。
 笑って去っていく二人を、石化したー同は黙って見送るしかなかった。


渉1
渉2
渉3

Next


















 
 

「天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ! とうー!」
 叫びとともに飛来し、太陽の下を横切る影。
 着地したそれは、長い髪をなびかせた小柄な女の子だった。
「ひびきの高校生徒会長、赤井ほむらここに見参!」
「なんじゃあ、おぬしは」
「けっ、てめぇが番長か。たとえよその学校でも、平和を乱す奴はこのあたしが黙っちゃいねぇぜ! 勝負だ!」
 ぽかんとしている珪をよそに、勢いよく指を突きつける少女。が…
「俺は番長だ。女に手は上げん」
「え…。そ、そう言うなよぅ」
「漢の掟だ」
「く、し、仕方ねぇ…。じ…実はあたしはこう見えても男なんだよ!」
「何ぃ…! なのにスカートに『あたし』とは、噂に聞くオカマという奴か! おのれぃ、男の風上にも置けん奴め!」
「くそぅあっさり信じやがって…。まあいいや、かかってきやがれ!」
 そこでようやく我に返った珪が、必死に歩きながら頼み込む。
「頼む…。俺がモデルウォークで足止めしているから、その間に攻撃してくれ」
「はぁ? バッキャロー、そんな卑怯な真似ができるかよ。勝負はタイマンに決まってるぜ!」
「相手を見て言え…」
「ルッセー。お前はどいてろ!」
 味方のはずの少女に蹴り飛ばされ、影を背負って体育座りを始めた珪には目もくれず、ほむらは番長と対峙する。
 一陣の風が吹き抜け…
「会長…」
 ほむらの体が弾ぜた。
「キィィィィィック!!」
「ぬりゃあ!」
「キックキックキーック!」
「どりゃあ!」
 降り注ぐキックの嵐。なぎ払う番長の腕を踏み台にし、宙を舞いながらさらにキックを浴びせる。
 その時の様子を、後に早乙女好雄はこう語ったという。
「いやー、すげえキックだったぜ。でもおかしいんだよあの会長の子。あれだけ動き回ってんのに、ぎりぎりでスカートの中が見えねぇんだよ。チックショー」
 直後に好雄は、その場にいた夕子にハリセンで場外ホームランにされた。
 それはともかく、数十発の会長キックを放ったほむらは一時中断して着地する。眼前には変わらず立っている番長が。
「ちっ、さすがは番長だぜ…。あたしのキックがまるで効かねぇ」
「フッ、おぬしも思ったよりやるのう」
「こうなったら最大の必殺技を出すしかないぜ!」
「よかろう、受けて立ってやる」
「いくぜ必殺! ウルトラスーパードラゴンスクリュー・キーーック!!」
「金茶小鷹!!」
 錐もみ回転で飛んでいくほむらと、金色の鷹を無数に放つ番長。
 そろそろ嫌になってきた一同だが、それでも我慢してギャラリーを続けていると…
「あ、ほむらこんな所にいた!」
 突然、ひびきのの夏服を着た女の子が走ってきた。
「もう、勝手にどっか行っちゃわないでよ〜」
「あ、茜!?」
 ほむらのキックは失速し、金茶小鷹はその上を通り過ぎていく。
 そして番長は、こそこそと逃げだそうとしていたが…でかい体が見つからないわけもなく、茜と呼ばれた少女の目がその上に止まる。
「お兄…ちゃん?」
「うっ」
 そして視線は倒れている三人の不良や、閑散とした周囲、脅えた目で見ている詩織達へと動く。何となく事態を察知して、俯く茜。
「何…やってんの…」
「ま、待てい茜! これには深いわけが…」
「お兄ちゃんの…」
 小刻みに震える右手が、ぎゅっと握りしめられ…
「バカぁぁぁぁーーーーーーっ!!!」
「ぐはあぁぁぁぁーーーーーっ!!!」
 ほむらの目にすら止まらぬ速さで、番長の顔面に突き刺さった。
 右ストレートは番長の体ごと吹っ飛ばし、そして勝利者は泣きながら逆方向へ駆けていく。
「うわーん! ボクもう嫌だよこんな生活ーー!」
「ま、待てよ茜! じ、じゃあなお前達、後は任せたぜ!」
 しゅた、と手を挙げて、慌ててその後を追うほむら。
 人知を越えた戦いの後で、残された全員は『任されてもなぁ…』という心境だった。


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 誰も来なかった…。
 諦めた珪は、モデル歩きをしながら詩織に言う。
「仕方ない…。俺が食い止めてるから、あんた達は気にせず文化祭を続けてくれ」
「そ、そういうわけにもいかないわ」
「気にするな…。どうせ俺なんて…」
「ええい、何を勝手に話を進めている」
 苦い顔の番長の頭上に、突如電球が浮かぶ。
「そうか。体を動かさなくても攻撃できる手があったわい」
「何!」
「超眼力!!」
 学帽の下で、番長の目が凶悪に光った。
 数多の不良達をひれ伏させた番長の眼力…その威力が真っ直ぐに珪を襲う!
「く…!」
「危ない!」
「!?」
 炸裂する超眼力に、しかし無傷の珪。
 とっさに飛び込んだ公が、その生命力の全てを犠牲にして眼力を受け止めたのだ。
「お前どうして…。俺は敵じゃなかったのか…?」
「そんなの俺が勝手に思ってただけさ…。それに、きら校文化祭に来てくれたお客さんに怪我させるわけにはいかないだろ…」
「主人…」
「公くん!」
 崩れ落ちる公に、詩織が泣きそうな顔で駆け寄る。
「しっかりして公くん! 死んじゃダメー!」
「ああ、天使が…。天使が見える…」
 詩織に襟を掴まれがくがく揺すられて、半死半生でうわごとを呟く公。そんな幼馴染みの姿に、詩織は涙を浮かべて番長を睨む。
「よくも…よくも公くんを…」
「お、おい?」
 珪の言葉も届かず、詩織は怒りとともに立ち上がった。
「メグ、いくわよ!」
「し、詩織ちゃん。まさかアレをやるの?」
「ええ、アレをやるのよ!」
 勢いに引きずられるように、愛もおずおずと番長の前に出る。
「なんじゃあ? 女と子供と犬に用はねぇ。引っ込んどれい!」
「こ、子供じゃないです…。くすん…」
「メグまで泣かすなんて…。もう一片たりとも容赦はしないわ!」
 二人は並んで立つと、深呼吸してから声を合わせた。
「あっ」「あのっ」
「…?」
 番長の頭の上に、ぼとんと何かが落ちてくる。
 手にとってみると、赤い色をした球体。笑い顔のような線が書かれている。
「玉?」
「やったぁ」「ごめんなさい」
「大丈夫かなぁ?」「きゃっ」
 ぼたぼたぼた…と次々降ってくる玉。
 黄色、青、緑、無表情から赤面まで様々に描かれたそれは、次第に勢いを増していく。
「いっくぞぉ」「ムクよしなさい!」
「な、何じゃこりゃぁぁぁぁ!!」
 さすがに混乱して叫ぶ番長。何とか身を起こした公の傍らで、好雄が緊迫した表情で語る。
「あ、あれはまさしく退線派図流玉」
「たいせんぱずるだま? 知っているのか好雄!」
「ああ、かけ声だけで相手の頭上に玉を降らせるという恐ろしい技だ。中でも詩織ちゃんは最強の使い手と聞くぜ…」
 男子たちが唖然と見ている前で、詩織はくるりと身を翻し、ムクが牙をむいて吠えかかる。
「もう最高っ」(くるんっ) 「ワンワン!」
「もう最高っ」(くるんっ) 「ワンワン!」
「もう最高っ」(くるんっ) 「ワンワン!」
「もう最高っ」(くるんっ) 「ワンワン!」
「ぐわあああああああ!!」
 ドドドドドド…
 雪崩のように玉が降り注ぎ、哀れ番長は生き埋めとなった。
「言うことなしね♪」「怖かったぁ…」
 満足そうに微笑む詩織に、こいつだけは絶対怒らせるまいと心に誓う公だった。


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「あいつらどこ行ったのかなぁ…」
 校庭できょろきょろと周囲を見渡しているのは日比谷渉。一緒に来た野球部の友人達とはぐれてしまい、しばらく探していたのだが、この人混みでは見つかりそうにない。
「ああもう、仕方ないや。後はジブン一人でいい男をチェックするっスよ!」
「プッ」
 気合いを入れたところで、いきなり通りすがりの男子生徒に鼻で笑われた。
「な、なんスかあんたは! 失礼っス!」
「だって男をチェックするなんて馬鹿じゃん? 普通は女の子をチェックするでしょ。なに、もしかして男が好きなの?」
「ちち違うっスよ! 女の子にモテるためには、いい男を真似して自分もいい男になるという深慮遠謀っスよ!」
「へー。それで女の子にモテるようになったの?」
「そ、それはぁ…」
 口ごもる渉に、その可愛い顔の少年は馬鹿にしたように肩をすくめる。
「ま、せいぜい汗くさい男でも追いかけて、青春を無駄に使いなよ。その間に僕は可愛い女の子と仲良くするからさぁ」
「う…うわぁぁぁぁぁん!!」
 泣きながら走り去る渉を見送りながら、少年の連れの二人のうちの片方が呆れて言った。
「匠…。お前って本っっ当に性格悪いよな…」
「誉められたと思っておくよ〜」


『私が準備するまで、持ちこたえなさい』
『天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ!』
助けは来ない。現実は非情である。

渉2


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「はぁ…。やっぱりやり方が間違ってたのかなぁ…」
 確かに我に返ってみると、男ばかりチェックしたり、葉月珪の隠し撮りばかりしているのは、健全な男子高校生としてどうかと思う。
「ガハハハハ。悩んでおるようじゃのう、青少年よ」
「だ、誰っスか!?」
 現れたのはやたらとガタイのいい、和服姿の爺さんだった。
「ワシはひびきの高校校長、爆・裂・山!である!」
「は、はぁ…。実は女の子にモテるにはどうしたらいいのか悩んでるっス」
「情けないのう」
「そ、そんなハッキリ言わなくても…」
「モテたいモテたいと思うからかえってモテんのじゃ。男はバンカラ、女になんぞ目もくれない奴がかえってモテるのじゃい」
「な、なるほど、一理あるっス!」
 晴れやかな表情で同意する渉。やはり女より男をチェックするのが正しいように思えた、が…。
「待ちたまえ!」
 いきなりバラが舞い、口ひげの紳士が現れる。
「私ははばたき学園理事長、天・之・橋!だ」
「いや、対抗しなくても…」
「女性のことを考えない…それは単に粗暴なだけだ。常に女性の気持ちを考え、細やかに振る舞うことこそ紳士というものだよ。そうではありませんかね、爆裂山校長?」
「ふむぅ、さすがバラを持って話す奴は違うわい。しかしワシも自説を曲げる気はないのう」
「それでは、この少年に決めてもらうとしますか」
「それがよかろう」
「え? え?」
 話についていけない渉に、二人のヒゲ面がずいと近づいてくる。
「さあ、どっちを選ぶのかね?」
「ワシじゃろう?」
「私だろう?」
「いや、その…」
「さあ!」
「さあ!」
「なんで女の子じゃなくて、オッサン二人に迫られてるっスかー!!」


『私が準備するまで、持ちこたえなさい』
『天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ!』
助けは来ない。現実は非情である。


渉3

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「はぁ…。もう一体どうしたらいいのか…」
「何、しけた溜息ついてんのさ」
「ああっ、尽くん!」
 呆れた目を向けているのは、パーカー姿の小学生。渉のイケメンチェックの先輩、心の師匠の空野尽だった。
「実はジブンの生き方に疑問を持ったっス」
「お前の生き方なんてどうでもいいよ。あ〜あ、今日はついてないよな。姉ちゃんには会えないしさ…」
「え、空野先輩に会いに来たっスか?」
「ち、ちち違うよっ! え、ええと、何だよ疑問って?」
「それが、男をチェックすればいいのか女の子をチェックすればいいのか悩んでるっス」
「くっだんねぇ悩み…」
「ジブンは真剣っスよ〜。人生の一大事っス」
「両方チェックすれば?」
 あっさり答える尽に、渉はしばらく固まってから、手を合わせて拝み始める。
「さすが尽くんっス。天才っス!」
「お前バカだろ…」
「それじゃさっそく空野先輩をチェックに行くっス!」
「ちょっと待てこの野郎!」
 回れ右して走り出そうとする渉の襟首を、尽はジャンプして掴んで引き戻した。
「ぐえっ! な、何するっスか」
「ね、姉ちゃんなんかチェックしても仕方ないだろ? 天然だし、ぱっとしないしさぁ」
「そんなことないッスよ。空野先輩は素敵な女性っス!」
「とにかくダメ! 絶対ダメ! 今まで通りいい男だけチェックしなよ! でなきゃ破門!」
「そ、そんな〜。ああっ、ちょっと待ってほしいっス〜」
 ごまかすように歩き出す尽を、情けない顔で追いかける渉。しばらくは、今までの状態が続きそうだった。


『私が準備するまで、持ちこたえなさい』
『天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ!』
助けは来ない。現実は非情である。




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「ぐっ…」
 皆の攻撃により、ついに番長は倒された。
 しかしその心は挫けない。片膝をつきながら、なおも残された力で立ち上がろうとする。
「負けられねぇ…。俺の子分を訳もなく…大勢で後ろから襲うような奴らには、決して負けねぇ!」
「おい、ちょっと待てや!」
 いつの間にか目を覚ましたらしく、まどかが憤激して起きてきた。
「誰が訳もなく後ろから襲ったんや。因縁つけてきたんはそっちやないか!」
「何ぃ!」
 ギロリ、と番長の目が三人の不良達へ向かう。
「…おい、どういうことだ」
「あ、あっしらは知らねえです…」
 ふざけた返答に、和馬と珪も声を上げる。
「知らねえじゃねえだろてめぇ!」
「女と一緒にいただけで、女連れとか何とか絡んできたな…」
「う、うるさい!」
「お前達! まさか…俺に言ったことは、あれは嘘なのか!」
「ち、違うんです。これは…」
「俺は…、俺はお前達に、そんな男にだけはなるなと言ってきたはずだ!!」
「番長、だってあいつらが…」
「問答無用!!」
 怒声と、そして不良達を殴り飛ばす拳の音。
 思わず目をそむけた詩織が、おそるおそる視線を戻すと、夕陽の中でのびた三人を肩に担ぐ番長がいた。
「すまなかった。言い訳もできんな…」
「う、ううん。誤解が解けたならいいの」
「まったく…恥ずかしい話だ。だが理不尽な俺達の攻撃を、見事防いでみせるとは…ふっ、恐れ入ったぜ」
 どこか満足そうに微笑んで、番長は地響きを立てて帰っていく。
 その背中を見送りながら、一人で感動の涙を流す和馬。
「くっ、さすがは番長! 漢だぜ!」
「単に迷惑な奴やったけどな…」
(今、一瞬だけ夕焼けだったような…)
 珪と公が同時に目をこするが、日が傾く直前の青空が広がるばかりだった。


 学園に平和が戻り、逃げていた生徒も返ってきた。
 一息つくまどか達の前に、詩織が笑顔で進み出る。
「ありがとう。あなた達のおかげで文化祭も無事だったわ」
「いや、あんま大したことはできんかったわ」
「そんなことないわよ。それじゃ、あと少しだけど、文化祭楽しんでいってね」
 そう言って校舎の方へ歩いていき、ムクを抱えた愛が慌てて後を追う。
 取り残された公と好雄に、珪がぼそりと声をかける。
「そういえば、まだ勝負するのか?」
「おお、そういやそんな話の途中やったな」
「い、いや。さすがにもういいよ」
 文化祭に来てくれた人達を、これ以上拘束するわけにもいかない。
 それに、今の戦いを見た後では、そんな小さなことにこだわっていた自分が馬鹿馬鹿しい気がした。
「これから努力して葉月君を目指すことにするよ…」
「俺なんか目指されてもな…」
「そうだぜ、大事なのは熱いハートだろ。こんな寝てるか起きてるかわかんねぇ男なんか、目指しても仕方ないぜ」
「放っといてくれ…」
 拗ねる珪に苦笑する公に、まどかが親指で、遠ざかっていく詩織の後ろ姿を指す。
「ま、男を磨くんもええけどな。それとアタックは両立すると思うで?」
「あ…」
 一瞬だけ逡巡してから、公は意を決して、まどか達に一礼した。そうして全力で詩織の後を追う。
「し、詩織。よかったら今からでも一緒に回らないか?」
「えっ? でも、実行委員の方も心配だし…」
「そうやって朝から仕事ばかりだろ。少しは楽しまなきゃ」
「うーん…」
「あ、あの、それじゃ私はお邪魔みたいだから行くね」
「あっ…。もう、メグったら」
 少し嬉しそうな顔で愛は駆けてゆき、そして公と詩織は少し話してから、一緒に校庭の方へ歩いていく。
 それを見送り、好雄は満足そうに親指を立てた。
「サンキュ。お前らいい奴だよなぁ」
「いやあ、照れるやないか」
「ところでナンパの方はどうだ?」
「ぐっ…。いや、色んな子に会うてはいるんやけどな…」
「そうかい? 後はフォークダンスと宝探し大会くらいだから、急いだ方がいいと思うぜ。そんじゃ!」
 そう言って、校舎に戻ろうとしていた愛の方へ駆けていく好雄。
「みっきはっらさーん! だったら俺と一緒に回ろうぜー!」
「え…あの…その…ご、ごめんなさいっ!」
「いやいやそう言わずにさぁ」
「ワンワン!」
「うひゃあ!」

 ムクが守ってくれている間に玄関にたどり着いて、そこで愛は一度だけ振り返る。
 遠くに見える葉月珪は、友達二人と何かを話してる。
 もう会うことはないだろうけど、彼が一人でないことに、そして少し重なって見えた詩織が、今は一人ではないことに。
 安堵して愛は、自分のクラスへと戻っていった。


*    *    *


 そうして祭りも終わりが近づき、そろそろ帰る人達も目立ち始めた頃…
 今頃になって、ようやく到着した少女が一人。
「はにゃ〜。何とか生きてたどり着いたよ〜」
「良かったですね、美幸ちゃん」
 美帆は穏やかに微笑みながら、ボロボロになっている少女に肩を貸した。何があったかはいつものことなので聞かない。
「ごめんね美帆ぴょん〜。一緒に回るはずだったのに、もう文化祭終わりだよね…」
「大丈夫ですよ、まだ少し残っていますから。それに、占いでいい結果が出たんです」
「そーなんだー。どんなのー?」
「はい、この学校に王子様が来ているんですよ」
「ふーん?」
 いまいちピンとこない美幸に、美帆は変わらぬ笑みで歩き出す。
「それでは、早く行きましょう。何か食べますか?」
「うん、そうだね…って、お財布落としたよー!」
「だ、大丈夫ですよ。私がおごってあげますから」










<つづく>







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(1) (2) (3) (4) (5) (6) 一括

この作品はKONAMIの「ときめきメモリアル」「ときめきメモリアル2」「ときめきメモリアル3」「ときめきメモリアルGirl's Side」
「ときめきメモリアル ドラマシリーズVol.2 彩のラブソング」を元にした二次創作です。
各作品に関するネタバレを含みます。








「一体何が楽しいんだかよ…」
 グラウンドの端で、和馬はぶつぶつ言いながらフェンスに寄りかかっていた。
 眼前では音楽に合わせ、賑やかに踊る生徒たちの輪。『女の子と手を繋ぐという言ってみれば文化祭の主目的であるフォークダンス(まどか談)』だが、参加する気にはなれず、こうして二人を待つ羽目になっている。ちなみに珪はまどかに引きずられていった。
「くだらん。実にくだらん」
 と、不意に隣からそんな声がした。視線を向けると、眼鏡に短髪の真面目そうな男子生徒だ。
「あんたも待たされてる口か?」
「ん? ああ、友人たちがあの中なんだが、俺は行く気になれなくてな」
「だよな。女と手を繋いで何が面白いんだか分かんねぇぜ」
「同感だ。まったく不純な奴が多すぎる!」
 互いにうんうんとうなずきながら、仲間が見つかったと喜ぶ二人。
 しかしその連帯感は一瞬で終わった。
「あら、穂刈君じゃない」
「みっ水無月さんっ!?」
 通りがかった長髪の女の子に声をかけられ、男子生徒の体が針金のように固まる。
「あなたは参加しないの? あの盆踊り」
「盆…いやその、水無月さんは?」
「私は面倒くさいんだけどねぇ。光がどうしてもって」
「琴子ー! 早くおいでよー!」
「ハイハイ。それじゃまたね」
 立ち去る少女を未練がましく見送りながら、しかしさっきの今で行きますとも言えず。
 気まずそうにちらちらと和馬を見る彼に、和馬も大人の態度を取るしかなかった。
「…いいよ。気にしないで行けよ」
「ぬ、ぬおおおおおおーーっっ!!」
 叫びながらその姿は輪の中へ消える。呆れ顔の和馬の前で、ダンスの輪は回り続ける。



*    *    *



『陽射しがビルに反射して――』

 伊集院家特製の大型ディスプレイ経由で『彩』のライブを聞き終わると、空はもう夕方だった。
「後は何が残ってんだ?」
「宝探し大会が最後やなー。これで今日は終いや」
「おっ、面白そうじゃねーか。やっぱ男は宝探しだぜ!」
「ガキやなホンマ…」
 そんな二人の会話を聞きながらも、珪は別のことを考える。
 結局、最後まで付き合ってしまった。
 いつか向こうから愛想を尽かすと思っていたのに。何がどうしてこうなったのやら…
 ドン
 考え事をしていたせいで、誰かにぶつかってしまった。我に返ると、ひび高の制服を着た女の子が目の前で引っくり返っている。
「葉月〜、ちゃんと前見て歩けや」
「す、すまん」
「ううん、こっちこそごめんね〜。美幸ドジばっかりで…」
「美幸ちゃん、大丈夫ですか?」
 もう一人、別の少女が現れて手を貸す。美幸と呼ばれた子を助け上げたところで、その少女はいきなり珪に顔を近づけた。
「あなたは王子様ですね?」
「…は?」
「いいえ、王子様に違いありません。一目見て分かりました」
 思わず後ずさりする珪だが、逃げる前に少女の潤んだ目が立ちふさがる。
「お願いです王子様。一緒に宝探しをしていただけませんか?」
 ………。
 しばしの静寂の後、まどかが珪の首をひっ掴んで脇へ連れていく。
「最後までぇ! なんで最後までお前ばっかモテんねん!」
「そう言われても…。お前はあんな意味不明なモテ方をしたいのか」
「おい、よく見たら、さっき三原と互角にやり合ってた女じゃねーか。あいつと同じヤバイ気配がするぜ!」
「ええい、可愛い女の子なんやから正義や。ヤバいとかそんなのはどうでもええんや!」
「お前って奴は…」
 一方で美幸ともう一人――白雪美帆も、小声でひそひそと会話を交わす。
「み、美帆ぴょん今日は大胆だね〜」
「いえ、美幸ちゃんが一緒に行くんですよ」
「ふーん、そうなんだ…えええっ!?」
 再度珪に声をかけようとする美帆を、大慌てで引き留める美幸。
「ち、ちょっと、どーして? だ、ダメだよ美幸なんかが、あんな格好いい人と…」
「いいえ、このチャンスを逃してはいけません。妖精さんも賛成ですか? 賛成ですね。それでは多数決で決まりです」
「無茶苦茶だよ〜」
「いいですか美幸ちゃん、よく聞いてください…」

 結局美帆の人の話を聞かない強引さによって、珪と美幸は宝探しに送り出されてしまった。
「あのー、美帆ちゃん、やったっけ? なんで葉月とあっちの子が…はっ! さてはオレと二人きりになりたかったとか!」
「全然違います」
「俺の存在を無視すんな」
「二人ともごっつ厳しいで…」
「美幸ちゃんは…」
 そう言って美幸を遠くから見守る少女の目は、あまりに純粋だった。
「とってもいい子なんです。でも悲しいことに悪魔が取り憑いていて、ずっと辛い目に遭ってるんです」
「おい、やっぱこの女ヤバ」
「い、いやあ美帆ちゃんは友達思いやなぁ!」
「不幸なお姫様を救うのは王子様と昔から決まっています。だからあの人なら美幸ちゃんを救ってくれるかもって…。あなたもそう思いませんか?」
「葉月の奴にそんな甲斐性があるわけ」
「ま、まあ、その優しさは立派やと思うで!」
「うふふ。ありがとうございます」
 美帆は優しく微笑んでから、遠くの親友へと目を向けるのだった。
(美幸ちゃん、頑張ってくださいね)

 宝探し大会といっても、中庭に隠された紙片を探して、書いてある景品がもらえるというだけのものである。
 その真っ只中に放り出され、ぼーっとしている珪の隣で、美幸は一人でわたわたしていた。
 何しろモデルでもやっていそうな美少年である。というより実際にやっているのだが、美幸には知るよしもない。
「と、とにかく宝探ししようねっ。あ、そこに何かあるよ…って、わああ! 犬のウンコだぁ!」
「……」
「あ、そこの木の間に…はにゃー! 木のトゲが刺さったぁー! ああっ上から植木鉢が降ってきたー!」
「おい…大丈夫か?」
 ただならぬ不幸の連続に、さすがに珪も心配になって声をかける。
「う、うん、だいじょーびだいじょーび。こういうの慣れてるから…」
「慣れてるって…こんなことがそうそう起こるものなのか?」
「うん、今日も来る途中にダンプカーに轢かれたよー。でも大したことないよ」
「……」
 どうも冗談ではないらしい。しかもその間にもどこからか野球のボールが飛んできて、美幸の頭に直撃した。
「いたたたた…」
「事情は分からないが、大変そうだな…」
「ううん、そんなこと…」
 言いかけて、美幸は初めて珪を正面から見た。
 その深い水底のような目に、美幸は急に心配そうな顔になる。
「珪ぴょんこそ大丈夫?」
「珪ぴょんって誰だ…」
「なんだか不幸そうな顔してるよー。美幸も不幸だから何となく分かるよ」
「……!」
 珪は美幸の目を直視できず、視線を逸らした。
(こんな不幸な奴が明るく笑っているのに…。俺ときたらダンプに轢かれたわけでもないくせに、不幸そうな顔をしていたのか…)
 顔以前にダンプに轢かれたら普通死ぬやろ、とまどかがいたら突っ込んだろうが、さっきの美幸を見た後では、後ろめたさを感じざるを得なかったのだ。
 その深刻そうな顔を見て、美幸は慌てて取り繕う。
「あ、あの、美幸だってそんなに不幸ってわけじゃないよ。美帆ぴょんがいるもん」
「…さっきの赤ずきん頭の子か?」
「うんっ! 美帆ぴょんはとっても優しくて、一人ぼっちだった美幸と友達になってくれたんだよ。とってもハッピーだよー! 珪ぴょんもちゃんと友達がいるんだから、だいじょーびだよ」
 せっかくのフォローだったが、ますます珪の視線を逸らさせることになった。
「あいつらとは…今日初めて話した…」
「そ、そーだったの? で、でもそんなに格好いいんだし、ガールフレンドだって…」
「俺は、あの頃の俺とは違うから…」
「へ? え、えーと、じゃあ友達は?」
「いる…」
「そ、そーなんだ。よかったー」
「学校の裏庭にいる…猫…」
(み…美幸よりかわいそうーー!!)
 だーっ、と目の幅の涙を流した美幸は、涙を拭って決意の拳を固める。
「わかったよー! 美幸、珪ぴょんのために宝探しをがんばるよー!」
「お、おい…」
「いい宝物が見つかったら、きっと珪ぴょんにもラッキーがくるよねっ。あ! こんなところに紙が…って『スカ』って書いてあるよー!」
「………」

 まどかのナンパを笑顔でかわしながら待っていた美帆は、戻ってきた美幸へ小走りに駆け寄った。
「どうでしたか美幸ちゃん?」
「えーとね、チチビンタリカ変身セットとくさやのひものを見つけたよ。はい、珪ぴょんにプレゼント!」
「あ、ああ…」
「不幸に負けずに頑張ってね!」
 お姫様に励まされている王子様に、美帆が微妙に抗議の目を向ける。
「おとぎ話と違うじゃないですか」
「そう言われても…」
「まあ、葉月やったらこんなもんやろ。それより美帆ちゃんこんな時間やし……帰りに一緒に食事でもどや!」
 力の限り爽やかな笑顔をしてみせるまどかだが、美帆はじっと見つめると、無垢な瞳で問いかけた。
「姫条さん…。そこに真実の愛はありますか? とりあえず女の子なら誰でもいいと思っていませんか?」
「ぐはっ。い、一体何のことやら」
「妖精さん、あなたを見失った人類はこんなにも墮ちてしまいました…。私、とっても悲しいです…」
「うわぁぁーっ! なんや自分がえらい汚れた人間になった気がするでぇー!」
「それではさようなら」
「みんなバイバイー」
 手を振りながら、空いた方の手はしっかりと繋いで、美帆と美幸はその場を後にした。
 入れ違いに、宝探しに夢中になっていた和馬が戻ってくる。
「ちくしょう苦労して見つけたのに伊集院レイのブロマイドって何だーっ!」
「はあ、どうにも今日はついてへんなぁ…。ほな、そろそろ帰る時間やし」
 既に空は真っ赤に染まり、人の流れはほとんどが校門へ向かっている。
 終わりつつある祭りの中で、まどかは力強く言い放つ。
「最後のナンパに行こか!」

 珪と和馬はしばらく黙ってから、無言で校門へ歩き出した。
「ちょっと待てぇぇ! ええんか!? お前ら他校の文化祭に来て、女の子と知り合いになれへんまま帰ってそれでええんか!」
「てめえ、本当に汚れてやがるな…」
「今日一日、色んな奴と知り合っただろう」
「ちゃうやろ! 健康的な男子高校生っちゅうんはそれで満足せんもんやろ! ええい、とりあえず一時解散や。それぞれ女の子に声をかけてから、15分後にここへ集合。ええな!?」
「って俺たちもかよ!?」
「人と人の出会いは大切なんやでー!」
 勝手なことを言って走り去るまどかに、呆れた和馬が「放っておいて帰ろうぜ」と言おうと振り返ると、珪が何やらまじめくさった顔で考えている。
「出会いは大切か…。空野もそう言うかもしれない…」
「おい葉月?」
「鈴鹿。ナンパかどうかは別にして、せっかく来たのに急いで帰ることもないんじゃないか?」
「ま、まあそうかもしれないけどよ…。お前も極端から極端へ走る奴だな」
「じゃあ15分だけ回ってくる」
「ちっ、仕方ねーな」
 珪と和馬はそれぞれ別の方向へ歩き出す。終わり間際の文化祭で、最後に待つ何かに会うために。
 最終行動だ! 誰の動きを追う?


まどか
和馬

GORO
ガールズ8
ガールズ9


















 
 
 出会いは大切…。
 といっても、珪が他人に声をかけるなどできるわけもない。自分でも後ろ向きとは思いながら、無意識のうちに目は動物を探していた。一応人間以外でも出会いには違いないし…
「キキッ」
 ――いた。
 しかし犬でも猫でもない。地面を走ってきて立ち止まったのは、帽子をかぶった小さな生物だった。
 小首を傾げて、じっとこちらを見ているのは――どう見てもアイアイなどの系統の小型の猿である。
「何でこんなところに猿が…」
 動物好きの珪だが、さすがに猿を相手にしたことはない。
 とりあえず猫にするように手を伸ばそうとすると、飼い主らしき人物の声が聞こえた。
「デイジー! デイジー、どこ?」
 校舎の影から姿を現したのは、かなり小柄な私服の女の子だ。
「あっ。良かった、あなたが見つけてくれたんですか?」
「いや…たまたま目が合っただけだ」
 少女が近づくと、小猿は素早くその体を伝って肩に上る。
「よその学校の生徒か?」
「え? えーと、そんなところです」
「そうか。俺ははばたきから来た」
「私は…ちょっと遠くから」
 曖昧に笑い、少女は自己紹介する。
「野咲すみれっていいます。この子はデイジー」
「キキッ」
「…葉月珪だ」
「葉月さん、今お時間ありますか?」
「15分くらいなら」
「それなら、私と一緒に回っていただけませんか」
 珪は一瞬戸惑ってから、暫くしてこくりと頷いた。
 明るく言う少女の言葉の中に、なにか切実なものを感じたのだ。

「葉月さんみたいな素敵な人と歩けるなんて、嬉しいです」
「……」
 どう返したものか分からず無言の珪にも、すみれは気にするでもなく、本当に嬉しそうに歩いていく。
 だが祭りの中で、15分はあまりに短い。
「実は」
 あっという間に終わりが来て、別れ際に少女は事実を明かした。
「私、サーカス団の団員なんです」
「…予想もしなかった答えだ」
「あはは。普通は予想できませんよね」
 苦笑するすみれの肩で、デイジーがキキッと鳴く。なるほど、サーカスなら小猿もいるだろう。
「だから今は学校に行ってなくて、今日も休憩時間にちょっとだけ抜け出してきて、すぐ帰るつもりでした。でも少しだけでも雰囲気を味わえて良かったです。こういうの、憧れていたから」
「俺なんかで良かったのか」
「はい! もちろんです」
「…いいのか。これっぽっちで十分なのか」
 迷いのないすみれの答えに、引っかかりを覚えてついそんなことを聞いてしまったが、返事はやはり明快だった。
「大丈夫です、サーカスは大好きですから。こういうのはたまに経験するからいいんです」
「…ならいいんだ」
「でも…」
 そう言って、おそらく珪の想像もつかない苦労をしてきたのであろう少女は、笑顔で珪に質問した。
「学校って、やっぱり楽しいですか?」

 思えば、今まで何のためにはばたき学園へ通っていたのだろう。
 小走りで自分の居場所へ帰っていくすみれを見送りながら、珪はふとそう思う。
 ただの惰性か、両親を心配させないためか、幼い頃の教会での約束のためか――
 いずれにせよ、すみれは珪の答えに満足してくれただろうか。
『楽しいのかもしれないって、今頃気付いた』
 そしてまた、珪も自分の世界へ帰っていく。

まどか
和馬
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LAST


















 
 
「さーてと、誰に声をかけよかな〜」
 周りを見回しながら歩いてみるが、そろそろ閉場とあって皆せわしない。
 タイミングを見計らっているうちに、屋台の一群まで来てしまった。
「いらっしゃーい! 安いよ、タイムサービスで半額だよー!」
(おっ、この声は可愛い女の子の気がするで!)
 人の流れに逆行しながら、声のした屋台を覗き込む、と。
 そこにいたのは長い二本のおさげを揺らしながら、元気に焼きそばを焼いている小さな少女。それも見覚えのある…
「かずみちゃんやないか!?」
「あーっ、姫条くんだ。おつかれー」
「お、おう。って疲れとるのはジブンやないかい」
「あはははは。そうだったかも」
 彼女、渡井かずみとは引っ越しのバイトで一度だけ一緒になった。元気でよく働く子だったのでよく覚えている。
 とりあえず店の邪魔になりそうだったので、屋台の向こう側へ回り込む。
「お邪魔するで。つーか、かずみちゃんここの生徒とちゃうやん。何で焼きそば焼いとんの?」
「それがね、きら校の人が二人いたんだけど、一人が気分悪くなっちゃって。もう一人が保健室に連れていこうとしたんだけど、そしたら誰もいなくなっちゃうでしょ。んで通りすがりのあたしが店番ってわけ」
「はぁー。相変わらず人のええ娘やなぁ」
「あははは。そんなことないよー」
 しかしそういうこととなれば、男としてそのまま立ち去るわけにはいかない。腕まくりをしてかずみの隣に立つ。
「ほれ、ヘラ貸してくれや。焼くのはオレがやるから、かずみちゃんは客の相手を頼むわ」
「え、悪いよ姫条くん。あたしが勝手に引き受けたんだし、姫条くんが付き合うことないよ」
「なーに、こんな可愛いい子と肩を並べて焼きそば焼けるんや。このチャンスを逃したら男がすたるってもんやで」
「も、もう〜、また冗談言って。あたしみたいな子供っぽいの相手にそんなこと思うわけないよ」
 とはいえ断りはせず、二人で分担して閉店間際の屋台を切り盛りし始めた。
 下心は…ないと言えば嘘になるが、まどかにしては珍しくそれだけではない。
「かずみちゃん一人で来とるん?」
「友達と一緒だよー。でもはぐれちゃって、下手に動くよりはここで待ってた方がいいかなって」
「携帯かけたらええやん」
「え、えーと…。お金払えなくて解約しちゃった。あはははは」
「う…」
 何余計なこと聞いてんねんオレのアホー! と内心で罵りながら、まどかは自分の携帯電話を差し出す。
「ほれ」
「え…悪いってば」
「ったく、電話の一本くらいで遠慮すんなや。でも電話帳は見たらあかんで、女の子の名前ばっかやからな、って自分でバラしてどうすんねーん!」
「ぷっ! あははははははっ。ありがと姫条くん、ほんとに優しいね」
 屈託なく笑って、素直に携帯を受け取るかずみに、まどかはどこかほっとする。
「あ、ゆっこちゃんー? 良かったー、今ね…」
 隣の声を聞きながら、初めて会った日のことを思い出す。
『かずみちゃん、何でこんなキツいバイトしとるん? 何や欲しいモンでもあるんか?』
「あ、えーと…実はね』
 その時も余計なことを聞いたと後悔したのだ。
 なので彼女の父親の病気がその後どうなったのか、気にはなったが、さすがにそれ以上は立ち入れなかった。
「いらっしゃーい、安いよー」
「そこのお姉さん! オレみたいなナイスガイの焼いた焼きそば、これは買わな損やで」
 それに元々、かずみとは正反対すぎて、他の女の子のように気軽に触れるのは躊躇われた。
 …病気の父親を想いながら一生懸命頑張っている彼女と、父と仲違いしたまま数年も会っていない自分とでは。

「すみませーーん!! ありがとうございましたー!!」
 屋台の持ち主であるきら校生が戻ってきて、二人は仕事から解放される。焼きそばはほぼ完売していた。
 同時にかずみの友達二人が、手を振りながら歩いてくる。
「かずみちゃん、見つかって良かったよ〜」
「ごめーん。この親切な姫条くんが助けてくれたんだよ」
「って、あんた午前中の男やん!」
「げ…何でまた会うねん」
「え、ちとせちゃん姫条くんと知り合いだったの?」
「こんなタコ焼きの何たるかを分かっとらん男なんて知らん」
「けっ、まあかずみちゃんの前やし今日はこのへんにしといたるわ」
「もう、下らないことで言い争うのよそうよ〜。ほら、ちとせもかずみちゃんもそろそろ帰ろう」
「せやな」
 優紀子とちとせは校門へ向かい、夕陽の下でかずみはおさげを揺らして振り返る。
「それじゃね、姫条くん」
「おう、何かあったら連絡してや。はばたきから駆けつけるで」
「あははは。うんっ、ありがと」
 元気な笑顔を見せて、かずみは友人たちの後を追う。ああは言っても、結局は誰にも弱音を吐かずに一人で頑張るのだろう。
 まどかも戻ろうとして、そういえばナンパしろと言って友人と別れたことを思い出した。
「…ま、あんなええ子をオレの毒牙にかけるわけにもいかんやろ」
 和馬と珪への言い訳を考えながら、まどかは待ち合わせ場所へ歩き出す。


和馬

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「まあ、きら校バスケ部の実力も見られたし、結構有意義な一日だったよな」
 と、心は既にバスケに飛びながらぶらぶらと歩いていた和馬。10分ほど経ったが何も起きなかったので、そろそろ引き返そうとするが…
「うおっ?」
 突然、背中に誰かがぶつかってきた。
 振り返れば変な髪型の――具体的には左右で輪っかにして頭上で結んでいる女の子が、目をつぶって体当たりしている。
「あっ、ごめんね。またぶつかっ…って、わああ! ごめんなさい人違いでしたぁっ!」
「お、おい!?」
 きら校の制服を着た少女は、いきなり叫んで走り出し……そのまま盛大に転んだ。

 膝をすりむいていたようなので、とりあえず近くのベンチに座らせて、ポケットの中の絆創膏を差し出す。
「ほらよ」
「あ、ありがと…。絆創膏持ち歩いてるんだ」
「いや、この学校の保健室で貰ったんだけどよ。で、ぶつかっておいて人違いってのはどういう事だ」
「うっ」
 さっさと放置して行かなかったのは、それを聞きたかったからである。
 少女は笑顔で何とかごまかそうとしたが、通じないと見て観念して口を開く。
「その、好きな男の子がいてね…」
「ほう」
「でも、話しかける勇気がなくて…」
「だらしねぇな」
「ほっといてよっ! だからわざとぶつかって、顔だけでも覚えてもらおうって…」
「はあ?」
 今の話を頭の中で反芻してみる和馬だが、彼の理解を超えていた。
「悪い。もうちょっと分かりやすく説明してくれ」
「あーん! だから何度もぶつかれば顔くらい覚えてもらえるじゃない!」
「アホか」
「ひどーーーい!!」
 耳をつく叫び声を聞いても、和馬の呆れ顔は変わらない。少女は顔を伏せ言葉を続ける。
「あなたは、誰かを好きになったことある?」
「バ、バ、バッキャロー! そんなもん興味ねーよ!」
「じゃあ恋する女の子の気持ちなんて分かんないよ…」
「ケッ、なに言ってやがる。恋する女の子とやらは、みんなお前みたいに体当たりしかできないのかよ」
「うう…」
 無駄な時間を過ごした、と和馬は立ち上がろうとして、そのまま固まった。
 隣の少女が、うっすらと目に涙を浮かべているのだ。
「お、お、おい! な、何も泣くことねぇだろ!」
「じ、自分でもっ…情けないって分かってるもんっ…。どうして私ってこうなんだろうって…」
「い、いや、だから…」
 午前中の優紀子の時と違って、今回は自分は悪くない…はずだが、さすがにそのまま立ち去ることはできない。今日一日で多少は和馬も丸くなっていた。
 何とかフォローしようとするが、その瞬間…
(!!)
 背後の植え込みから殺気を感じる。スポーツマンの勘で飛び退くと、元いた場所を何か爪のようなものが一閃した。
「な、なな何だぁ!?」
「ニヤリ」
 勢い余って尻餅をついた和馬の前には、目つきの悪い謎の生き物が爪を光らせている。
「やめてコアラちゃん! その人は悪くないの!」
「知り合いかよっ!」
「ニヤリ」
 コアラは不敵に笑うと、少女の腕の中に収まった。
「何だよそれは…」
「この子? コアラちゃん」
「いや、だから…もういい」
「あはは。あなたみたいに強そうな人でも、コアラちゃんに驚いたりするんだ」
「コアラが爪出して襲ってくりゃ驚くだろフツー!」
 そんな凶悪な顔をしたコアラを、少女は平気な顔で腕に抱いている。まったく勇気があるんだかないんだか分からない。
 そう言ってやると、彼女は苦笑しながらコアラの頭を撫でる。
「うん、そうかもね。すごく怖いことでも実際は大したことなかったり、その逆だったりするのかもね」
「…かもな。おっといけねえ時間だ」
 立ち上がり、走り出そうとする和馬の背に声が飛ぶ。
「私、館林見晴! あなたは!?」
「はばたき学園の鈴鹿和馬! じゃーな!」
 おそらく二度と会うことはないだろう女の子とコアラに別れを告げ、集合場所へと走っていく。
(もし、好きな奴ができたらか…)
 バスケならどんな強い敵にも敢然と立ち向かう和馬も、そんな相手ができたら臆病の虫に捕らわれるのだろうか。
 それは、その時でないと分からない。
 今はただ、あの少女がせめて卒業までには勇気を出せるよう願うばかりだった。


まどか

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「琴子、そろそろ帰らない?」
「もう少し待ちなさい。閉場間際だし、何か安くなってるかもしれないわ」
「琴子って本当におばさんくさ…ああっごめんね何でもないよっ!」
 光のほっペたをつねりながら、琴子物色するのはアクセサリーなどが並んだ雑貨屋である。
「毛唐風のものばかりね。もっとこう、印籠なんかは売ってないのかしら」
「相変わらず無茶苦茶言ってるね…」
「ン、アナタ、そこのアナタ」
「はい?」
 声をかけられ振り返る、そこにいたのは!
「ンフッ、おしゃれ道究めてる?」
 ショッキングピンクの上下にヘソ出しルック、割れたアゴの上でキュートな笑みを浮かべる謎のおっさんだった。
「何よ? この変態は」
「し、失礼だよ琴子。確かファッション業界の人だよ。花吹雪大五郎とかいう」
「あら、名前は和風でいい感じじゃない」
「花椿吾郎よッ!」
「ごめんなさいっ!」
「んモウ、このGOROを知らない女子高生がいるなんて信じられないワ…。そんなことだからオシャレさのかけらも感じられないのよ。特にそっちのセンスの古そうな髪の長い子」
「……。ふ、ふふふ、どうやら手打ちがお望みのようね!」
「琴子、日本刀なんか持ち出さないでーっ!」
「それにアナタも、元はいいんだからもう少し磨いた方がいいんじゃない?」
「え…そうですか?」
 言われて自分の服装を見る光。制服なのは仕方ないとして、確かに今ひとつ垢抜けないというか、イケてない気は自分でもする。
「仕方ないわね。このファッションリーダーGOROが特別にコーディネートしてア・ゲ・ル☆」
「本当ですかっ。よろしくお願いしますっ!」
「どうしてアンタはそう素直なのよ…」
「そうねぇ、アナタには…」
 と言ってアクセサリーを品定めする吾郎。その怪しげなオーラに、店番のきら校生も黙って見ているしかない。
「この指輪なんていいんじゃなーい。シンプルなデザインがアナタの指元にブリリアントな輝きを保証するワよ」
「え…」
 しかし差し出された指輪を見て、何かを思い出したようにたじろぐ光。
「なあに? アタシのセンスに文句があるって言うの?」
「光、嫌なら嫌とはっきり言ってやりなさい」
「そ、そうじゃないよっ! ただ…」
 そう言って、光は吾郎に思い切り頭を下げた。
「ごめんなさいっ! 私、この指輪をはめることはできません!」
「ぬあーんですってぇ!」
「だって…。私にとっての指輪は、子供の頃にもらった一つだけだから…」
 大事な想い出を抱きしめるように、光は自分の胸にそっと手を当てた。
「屋台で売っていたおもちゃだったけど…。私には、あれ以上のアクセサリーなんてどこにもないんです…!」
「ンまあああああ!」
 その純粋な想いに衝撃を受けた吾郎は、よろめきつつもそっと涙を拭うのだった。
「フフ…どうやらアタシの負けのようね。この時代にこんなピュアーな女の子がいたなんて…。まだまだ乙女心の研究が足りなかったみたいだワ」
「日本男児がそんなもの研究してんじゃないわよ」
「まあまあ琴子」
「勉強させてもらったワ! さっそく帰って新しいファッションに生かすわよ。それじゃアデュー」
 嵐のように去る吾郎を見送ってから、琴子は軽く溜息をつく。
「それにしても、本当、あなたの物好きも筋金入りよね」
「物好きじゃないよぉ」
「ま、それが光のいいところなんでしょうけど」
「えへへ。ありがと琴子」
「あのー」
 と、呆れ声で言うのは蚊帳の外だった店員である。
「結局、買うんでしょうか買わないんでしょうか」
「わわっ! す、すみませんー! え、えとえと、この鍋敷きくださいっ」
「小市民ねぇ…」


まどか
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 一日楽しんだ羽音たちも、そろそろ帰ろうということになった。
「ま、思ったほど大したことはなかったわね。イナカの高校じゃこんなものかしら?」
「須藤さんが一番はしゃいでたと思うけど…」
「紺野さん、あなたとは一度決着をつける必要がありそうね!」
「そ、そんなこと言われても〜」
「まあまあ」
 賑やかに校門の方へ歩いていく途中のことだった。
「ねえ、あれ氷室先生じゃない?」
 志穂が驚いたように指さし、皆がその方角を見ると、確かに氷室零一の背広姿がある。
 それだけならともかく、その傍らにはもえぎのの制服を着た、名も知らない美少女が連れだっていたのだ。
「ち、ちょっとどういうこと!? ミズキ達、スクープ現場に鉢合わせちゃったの!?」
「うーん、聞いてみよっか。先生、こんにちはー」
「わ、羽音ちゃんそんなあっさり」
「そ、空野!?」
 あっさり声をかける羽音に氷室はあからさまに動揺したが、すぐに咳払いして強引に普段の調子に戻す。
「うむ、お前達も来ていたのか。他校の活動を見学するのは良いことだ。これを刺激として自分達の学校生活も…」
「ところで先生、そちらの彼女とはどういうご関係ですか?」
「ぐっ! いや、話せば長くなるのだが…」
 と、きょとんとしていた当の彼女は、頬に手を当てにこやかに微笑んだ。
「別に大したことではないのよ。ただ落ち込んでいた私を、先生がとっても優しく慰めてくれたの」
「い、和泉君! 誤解を招く言い方は慎しみたまえ!」
「U-lala-.お固い先生だと思ってたけど、意外とやるのねえ」
「せ、先生が他の学校の女の子と…(どきどき)」
「氷室先生…。見損ないました」
「もう、みんな勝手に妄想しすぎ。それじゃ先生、えーと、和泉さん? お邪魔しました」
「う、うむ空野、君だけが頼りだ。くれぐれも妙な噂を立てることのないように!」
 くすくす笑っている穂多琉を連れて、氷室はそそくさと立ち去っていった。
 それを見送ってから話を続ける瑞希達だが、ひとり奈津実だけが、先ほどからずっと押し黙っている。
「なっちん? どうかした?」
「納得いかない…」
「え?」
「ヒムロッチを慌てさせるのはあたしのはずだったのにっ! 何で他の学校の生徒なんかに動揺させられてんのよっ!」
「な、奈津実ちゃん落ち着いて」
「あーら藤井さん、やきもち?」
「全然違うわよっ! もういい帰るっ!」
 頭から湯気を出して歩いていく奈津実に、(なっちんも複雑だなぁ)と心の中で呟く羽音だった。


まどか
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LAST


















 
 
 せっかくだから喫茶店でお茶して、それからギャリソンさんを呼ぼうということになった。
 入ってきた車用の門ではなく、生徒用の校門から出ようとすると、その左手、校庭の外れに位置する場所に大きな樹が見える。
「そういや、この学校の伝説って知ってる?」
 と、奈津実。
「なに? 伝説って」
「伝説の樹っていう樹があって、その下で女の子からの告白で生まれたカップルは、永遠に幸せになれるんだってさ」
「へー。どこの学校にもそういうのってあるんだね」
「Tresbien! いいわねぇ、ミズキもいつか色サマと…」
「それがこの樹なのかなぁ?」
 樹を珠美が見上げると、すぐ近くで声がした。
「はい、この樹ですよ」
 きら校の制服を着た、二人の女の子だった。片方は長い髪、もう片方は短い髪にバッテンの髪飾りをつけている。同じように見上げていたようだ。
「あ、えっと、ありがとうございます」
「いえいえ」
「いいわねー、この学校の女の子って。この樹を使えば恋愛なんて楽勝じゃん」
 冗談めかして言った奈津実の言葉に、二人の少女は顔を見合わせ、苦笑した。
「ん、なんか変なこと言った?」
「私たち二人とも、失恋したばかりなんです」
「え…」
「って言っても、私は相手にもう好きな人がいて、今日ようやく吹っ切ったって感じですけど」
「私の方は、告白する前に振られちゃいました」
「そ、そーなんだ…」
 さすがの奈津実もばつが悪くて口ごもるが、二人とも気にしないでください、と笑った。
「私たち一年生ですし、まだまだこれからですからね」
「今日は文化祭に来てくれて、ありがとうございました」
 ぺこりとお辞儀して、一年生たちは自分の校舎へと帰っていった。
「ま、世の中そんなに甘くない、か」
 奈津実が困ったように頭をかき、珠美と志穂も俯く。
「そうだよね…。恋をしても、失恋で終わることだってあるんだよね…」
「あんな可愛い子たちでも上手くいかないんじゃ、私なんてとても…」
「ちょっとぉ、何を弱気になってるのよ。ふ、ふん、ミズキは絶対失恋なんてしませんからね」
「須藤さんのその根拠のない自信が羨ましいわ…」
「ちょっと有沢さん、根拠がないとはなによぉ」
「まあ、でも」
 と、樹の幹に手を当てていた羽音が、他の四人を振り返る。
「だからって、恋するのをやめるわけにはいかないしね」
 真っ直ぐな笑顔で。
「…ったく、羽音は」
 友人たちは少し呆れ、でも少し勇気づけられて…
 そして奈津実が重大なことに気付く。
「って羽音、好きなやついんの?」
「え? ええと、どうなのかな」
「ちょっと空野さん! そんな大事な話をミズキに隠してたなんてどういうことよ!」
「あ、あはは。自分でもよく分からないし」
「興味深いわね。詳しく聞かせてもらいましょうか」
「羽音ちゃん、早く白状した方がいいよ?」
「許してよーっ!」
 わいのわいのと騒ぎながら、羽音たちは出口へ向かう。
 祭りが終わり、いつもの日常に帰るために。
 そして、校門の線をまたいだ時――


まどか
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LAST


















 
 
「さらばきらめき高校! 噂通り可愛い子の多いトコやったで!」
「やめろ恥ずかしい!」
 二人のやり取りを眺めながら、いつの間にか慣れてしまった自分に気付く。
 校門は目の前。あと数歩でこの学校を出る。
 その数秒の間に、珪はある言葉を言うべきかどうか迷っていた。
 言うにしても、上手く言えるだろうか。
「はぁ…。それにしても帰るときまで野郎二人と一緒かいな…」
「てめぇは最後までそれかよ」
 軽口と共に、二人は何ともなしに校門を横切る。
 珪だけが、その線の前で一瞬立ち止まってしまった。
 怪訝そうに、同行者たちが振り返る。
「ん、どうしたんや葉月」
「とっとと行こうぜ」
「あ…ああ」
 一歩踏み出して…
 やっぱり言うべきと思ったから、少しの努力を払って、珪は口にした。

「…今日、楽しかった。…サンキュ」


 恐る恐る顔を上げると、二人はきょとんとして固まっていた。
 また自分の言葉は届かなかったのだろうかと、不安にかられたその瞬間…
 いきなりヘッドロックをかけられ、頭を小突かれる。
「なんやなんや、可愛いとこあるやないか、こいつぅ!」
「痛い…」
「昨日まではただの根暗だと思ってたけどよ。今日からはダチってことにしといてやるぜ!」
「一言余計だ…」
 言いながらも、笑い出しそうになる。こんなに簡単なことだったなんて。
「あーーっ! 姫条ーっ!」
 大声が響き渡り、振り向くと、はば学の制服を着た女の子が5名、校門から出てきたところだった。
「うわっ、何でこないな所で藤井に会うねん。せっかく遠くまで来たのに」
「悪かったわねぇ、こっちだって見飽きたあんたの顔なんか見たくないわよ」
「何だ、マネージャーも来てたのかよ」
「う、うん。鈴鹿くんも…」
 そしてその中にはもちろん、珪の幼馴染みの姿もあった。
(羽音…)
「あ、葉月く…」
「おおっ羽音ちゃん! いやー奇遇やなぁ。これも赤い糸ってやつやで」
「あたしとのその態度の差はなんだバカーっ!」
「みんな、こんなところに固まっていたら通行の邪魔よ」
「仕方ないわね、これから喫茶店へ行くから、あなたたちも同行させてあげるわ。しっかりエスコートなさい」
「ケッ、これだからこのお嬢は苦手なんだよ」
「まあええやないか。男だけよりはよっぽどマシやで」
 こうしてぞろぞろと、計8人が喫茶店への道を行く中、羽音が珪のそばに近づいてくる。
 今までよりも少しだけ、珪は素直な視線を向けることができた。
「…お前なんだってな。姫条に、俺を誘えって言ったの」
「う、うん。ごめんね、余計なことだったかな」
「そうだな、あいつらには目一杯振り回されたな…」
 しゅんとなる羽音に、微笑してぽんと頭を叩く。
「…でも、それなりに楽しかった。お前のお陰かもな」
「……! 葉月くん…!」
 珪の前に回り込んで、そして視界の中に校舎の明かりを見た羽音は、笑顔で言う。
「来年は、一緒に回れるといいね」
「そうだな…」
 珪も校舎を振り返る。
 今頃あの中では、キャンプファイヤーの準備でもしているのだろうか。
 主人公や藤崎詩織や、他にも今日出会った人たちは、これからもそれぞれの学校で、残りの高校生活を過ごしていく。

 もしもまた会う時があれば、笑顔で会えるようにと願いながら…
 珪と羽音は歩き出す。瞬き始めた星の下で、はばたき学園の仲間たちと一緒に。








<END>






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ミックス! 文化祭:後書き


 終わったーーー!!
 GSが面白かったので書き始めたこのSSですが、世間では既にときメモオンラインやGS2のようで…。全員登場SSは配置を考えるのは楽しいけど、いざ書き出すと作業っぽくなっていかんなー。
 素で花椿せんせいを忘れていて無理矢理入れたとか(光の指輪の話は珪とするはずだった)色々ありましたが、何とか全員出せました。一話からお付き合いいただいた方、長いことありがとうございました。

 GSではやっぱり葉月がいいですね。
 成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗な社会不適合者というあのキャラクターは素晴らしいです。2も楽しみ。
 そしてときメモフォーエバー。めぐめぐ万歳。



(05/08/15)   





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