No Heart
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一括
この作品は「To Heart」(c)Leafの世界及びキャラクターを借りて創作されています。
土曜の早朝。研究所の玄関から、表情のない少女が現れる。
それに続いて、落ちくぼんだ目の研究員たちがぞろぞろ出てくる。知らない人が見ればぎょっとする光景だ。
少女に見えたそれは実はロボット。
ようやく開発が終わり、今日から学校でテストが始まるところ。そう説明されれば部外者でも納得したかもしれない。
開発の常で機嫌ぎりぎりまで作業する羽目になった開発者一同は、それでも何とか間に合ったことに胸をなで下ろしながら、最後の見送りに立っていた。
「どうだい品川君、首尾の方は」
「まあ…、一応大丈夫とは思いますよ」
AI部分担当の品川技師は、上司の質問に答えながら、今までの苦労の結晶をもう一度じっと見た。
あらゆる命令に対し、最適な行動を自分で判断して実行する、まったく新しいメイドロボ。
標準的な女子高校生の体型に、整った目鼻、流れる長髪。耳カバーがなければ人間と区別がつかない。
しかしその瞳を見れば、すぐに違うと判明する。周囲を写す眼球に、感情の色は少しもない。
ただの機械。心を持たないロボット。
HMX−13、通称セリオは、そういうものとして作られたのだ。
No Heart
家電業界の雄、来栖川エレクトロニクス。
成長著しいホームメイド市場の次世代を制覇すべく、この会社が本格開発に乗り出したのはほぼ2年前のことだった。
その頃には人工知能の研究も進んでおり、事務や家事一般が可能なロボットの出現は時間の問題と言われていた。
来栖川でも方針は定まっていて、あとはいかに性能を上げてコストを下げるかだけが問題のはずだった。
それがHM開発課、長瀬主任の一言で一変する。
「どうです、メイドロボに人間と同じ心を持たせるってのは?」
そう言って彼が見せた資料には、豊かな感情を持つシステムの設計図が詳細に書き込まれていた。
それから社内は百家争鳴。関係ない部局まで巻き込んで、顔を合わせれば議論議論の大騒ぎ。
「本当に可能ならまさに革命だ。他社製品など及びもつかない!」
「いやしかし、問題はないのか? ロボットに心なんか持たせて大丈夫なのか?」
こんな調子で話はどうどう巡りを続け、その間に他社も開発を始めたとの情報が届く。緊張が高まる中、ついに社長が大決断を下した。
「心を持つロボットと、心を持たないロボット。2体を作り、比較してどちらかを主力とする!」
こうして長瀬主任のA班は『心を持ったロボット』を、HM開発課のもう1つのライン、牧浦主任の率いるB班は、『心を持たないロボット』HMX−13を作り始めたのである。
もう2年になるのか…。品川技師は感慨深くそう思う。
いくら並行開発とはいえ、社内の視線が主に『心を持ったロボット』に向けられる中、B班には貧乏クジを引かされたような雰囲気が漂っていた。
しかしながら作り始めてみると、その難しさにそれどころではなくなった。
特に人工知能。命令を判断して実行するシステムは学者が研究しており、今回もアメリカの某大学が作ったものを買い取ったが、実際に動かすとなると机上の計算通りにはいかない。
AI担当者の品川志郎…入社6年目、27歳の彼にとっては初めての大仕事であり、最大の難行だった。一応専攻が人工知能だったのでこの役に回されたのだが、なにしろ想定される状況パターンが多すぎるのだ。
『セリオ、お茶』と言ったらお茶っ葉を持ってきたこともある。
『俺を殴れ』と言ったら本当に殴られたこともある。
トラブル続きに、参考にしようとA班の様子を聞いてみても
『いやあ、うちはマルチのやりたいようにやらせてますから』
と言われ、何の参考にもなってくれない。
それでも問題点をひとつひとつ潰し、ロボット三原則を守り、法律や道徳を守り、それでいて命令はできる限り忠実に実行するシステムがなんとか完成したのは半年前のことだった。
その後さらに紆余曲折を経て今日の試験開始。それなりに自負もあるし、愛着もある。だがそれ以上に不安もある。おまけに同じ課内で、自分の苦労を無に帰すかもしれないメイドロボが同時開発されているのだ…。
「それにしても、A班の連中は遅いですね」
あくびをかみ殺して呟く品川。その声にもついつい棘を含んでしまう。
「あいつらはいつもそうなんだ」
苦い顔の牧浦主任。決して無能ではないし、真面目なのだが、A班の長瀬主任と比べるといまいち地味な存在である。
と、言ってるそばからのほほんとした顔で、長瀬とA班の面々が姿を現した。
「いやあ、すいませんねぇ」
「す、すみません〜。わたしが制服着るの遅くて、みなさんにご迷惑を〜」
その後から現れて、ぺこぺこと頭を下げるHMX−12、マルチ。
セリオの開発者たちも改めて驚かされる。文字通り人間そのもの…裏の仕組みを知らなければ、本気で人間と勘違いしたかもしれない。それほどの感情表現だ。
「あっ、セリオさん。おはようございます〜」
「――おはようございます、マルチさん」
セリオの挨拶ルーチンが作動し、マルチに返事を返す。マルチとは対照的な機械の反応だが、たかがそれだけでも品川は安堵の息をついてしまう。マルチを信頼しきって呑気に笑っているA班の連中が羨ましい。
「セリオ、とにかく安全第一にな」
「――了解しました」
「品川君、もう少しセリオを信用したまえよ」
「そうだとも。大丈夫大丈夫、何とかなりますって」
2人の主任がそう声をかけるが、牧浦の方は自分に言い聞かせている気がしないでもない。
「それでは、行ってまいりますっ」
「ああ、行っておいで。マルチ」
「――‥‥‥」
「…行きなさい、セリオ」
「――了解しました」
反応の違いを見せて、最初からB班の面々を不安にしながら、セリオはスムーズな足取りで歩道を歩いていった。
教室は朝からメイドロボの話題で持ちきりだった。
なにしろ来栖川の最新モデル、しかも世界初の画期的なシステムという噂だ。新しいもの好きの女子高生には格好の話題である。
「ねえ綾香、あんた見たことあるんでしょ?」
「どんなだった?」
「んふふ〜、それがね〜」
その中心にいるのが来栖川綾香。今回に限らず、明朗快活容姿端麗のこの格闘女王は、常に校内の中心だった。
「かなりスゴかったわよ。本当、頼めば何でもやってくれるって感じでね。私の場合『組み手しよう』って言ってみたんだけど」
「まーた、綾香らしいっつーか」
「それが色んな格闘家のデータ持ってて、全部忠実に再現してくれちゃったのよ。技術の進歩って大したもんよねー」
クラスメートに話しながら、その時のことを思い出す。
来栖川家の令嬢である彼女が、姉と一緒に見学に行ったのは2週間ばかり前だった。
その時会った2体のうち心のない方、セリオが寺女に来ると聞いたときは、正直少しばかり落胆した。見ているだけで楽しくなるようなマルチと比べ、セリオはいかにも機械的だ。確かに性能は凄かったが、あれではいまいち面白くない。
でも、と綾香は思い直す。マルチは最初から心を持っている。それはつまり、開発者が初期設定として入力したものだ。
それじゃあつまらない。心なんてものは、周りの人との関わりでみずから身につけるものじゃないのか。
セリオがあんななのも、生まれたばかりの初期状態だからだ。
なら綾香が笑い方を教えれば、笑えるようになるかもしれない。心を持ってくれるかもしれない。
そう考えると、がぜん彼女の来訪が楽しみになった。
そして今日がその当日。チャイムが鳴る。いよいよだ。
「はいはい皆さん、席につきなさいよ」
扉が開き、担任の白髪混じりの頭が現れる。定年間際のこの婦人は機械が大の苦手で、『なんだって私がこんな目に…』とはっきり顔に書いてあった。
それに続いて、姿を現す一体のメイドロボ。寺女の真新しい制服に身を包み、長髪がふわりと揺れる。人間と変わらぬ見た目、だがやはり、どこか機械っぽい。
教壇の横に少し下がってこちらを向く。軽く手を振ってみる綾香。振り返してはくれなかったが、気づいてはくれたようだ。
「えー、皆さん聞いているとは思いますが、今日からうちで試験することになったセリオさんです。えー……ご挨拶なさい」
「――了解しました」
担任の言葉に応じて、すっ…と一歩前に出る。
「――この度は当社の動作テストにご協力いただき、誠にありがとうございます。
わたくしはHMX−13型、通称セリオと申します。
本日から来週の土曜日まで、ご試用のほどよろしくお願いします」
用意された文章を淀みなく言って、深く頭を下げるセリオ。
思わずみんなで手を叩く。別に歓迎の拍手ではないが、人間と変わらない自然な動きに素直に感心したのだ。
それに対しては意に介していないように、続けて口を開くセリオ。
「――使用上の注意事項などをご説明したいのですが、お時間の方はよろしいでしょうか?」
「ち、注意事項っ?」
「いいってセリオ。そんなもの使ってる間においおい分かるわよ」
席上から綾香の声が飛び、担任がはっと気を取り直す。
「い、いやそうはいきませんよ。きちんと説明しなさい」
「――了解しました」
生徒より教師の優先順位を高くしてあるため、そちらの命令を受諾する。
「――私の用途は日常雑務全般となっております。
どのようなご命令でもお受けしますので、お気軽にお申し付けください。
ただし私では不可能な仕事、時間がかかり過ぎて他のお客様の使用に支障がでる仕事などはお受けできないことがありますので、ご了承ください。
試験段階ですのでお望みの結果を出せないこともあるかと存じますが、その際はお叱りいただければ学習効果により次回以降の行動に反映されます。
また、試験ですので皆様との会話、作業内容はこちらで記録し、開発の参考にさせていただきます。プライバシー上問題がある場合はおっしゃっていただければ消去しますので、お申し付けください。
皆様からのご評価に対してはアンケート用紙を用意しております。いつでもおっしゃっていただければお渡ししますので、ご協力の程よろしくお願いします。
――以上です。何か質問等はございますでしょうか」
内部のテキストデータを一気に読み上げ、手早く周囲を見渡す。一瞬言葉に詰まる生徒と教師。
「え、ええと…。と、特にありませんよ」
「――それでは、配備する場所をご指定ください」
「は、配備?」
「こらこらセリオーっ」
苦笑した綾香が、空けておいた隣の椅子をばんばんと叩いた。
「そんな備品みたいなこと言うんじゃないの。ちゃんと席とってあるんだから、ここに座りなさいよ」
「――了解しました。他の皆様も、それでよろしいでしょうか?」
2秒待って特に意見がなかったので、そのまま移動すると音を立てずに席に着いた。
「(すっごいねー)」
「(マジで最先端って感じだねー)」
緊張から解かれたように話し始めるクラスメート。
なんとなく綾香も鼻が高い。
「よろしくね、セリオ」
「――よろしくお願いいたします、来栖川様」
「あらら、この前綾香って呼んでって言ったじゃない」
「――申し訳ございません。その時のデータはリセットされてしまいました」
「んじゃ、次からは綾香ね」
「――了解しました、綾香様」
「こら、そこ! 授業を始めますよっ」
「あちゃ」
少し舌を出して、教科書を広げる。隣の彼女はぴたりと前を向いて動かなくなってしまったが…これからのことを考えながら、綾香は耳半分で授業を受けた。
クラスメートにとっても、今回ほど休み時間が待ち遠しいことはなかった。
チャイムが鳴るやいなや、教室中の人間がセリオの席に集まってくる。それどころか他のクラスや学年からも人がやってきて、廊下に溢れる始末だった。
「ね、ねえ綾香。何か命令してみてよ」
さすがに初めてとなると気後れし、綾香に頼る生徒たち。
「んーと、そうねえ。それじゃセリオ、鉛筆削ってみて」
「――了解しました」
セリオは鞄からカッターを取り出すと、綾香から渡された鉛筆を削り始めた…目にも留まらぬ速さで。
シャカシャカシャカシャカ!
超高速の手の動きに綾香ですら唖然とする間に、鋭く尖った鉛筆を差し出す。
「――これでよろしいでしょうか」
「あ…うん。ね、すごいでしょこのコ」
綾香の言葉にどっと上がる歓声。別に鉛筆削りが超高速でも大した意味はないのだが、とにかく性能は伝わった。他の生徒たちも我も我もと手を挙げる。
「そ、それじゃこの数学の問題解ける? あたし今日当たるのっ!」
「――了解しました。解法をこちらのノートに書けばよろしいでしょうか」
「うん、それでお願い!」
カリカリカリカリカリ!
これまた問題をちらりと見ただけで、速記のようなスピードで書き込むセリオ。
「――これでよろしいでしょうか」
「え、えっと、どう? 綾香」
成績もトップクラスの綾香に視線が集まり…
「…うん、バッチリ合ってるわ」
「すっごーい!」
「秒単位だったよね、今の!」
こんな調子でその後も命令が矢継ぎ早に出され、内容把握のため何度か尋ね返すことはあったものの、基本的に全ての仕事をセリオはそつなくこなした。
「――了解しました」
「――了解しました」
その言葉が発せられると同時に、既に行動は始まっている。一緒にくっついて回っていた綾香も、機能面では文句のつけようがなかった。
けどやはり、その言動は機械的だ。とことん的確なだけに、かえって冷たい感じを受ける。少しは迷ったり困ったりすれば可愛げもあるのに。
土曜なので、半日の授業はあっという間に終わり。廊下でポスターの貼り替えをさせられていた彼女に声をかける。
「セリオ、一緒に帰らない?」
「――申し訳ございません。現在別の作業中です。ご依頼内容をキューに登録いたしますか?」
「なら待ってるわ。それと『キュー』って単語、一般人には分かりにくいわよ」
「――ご指摘ありがとうございます。開発者にその旨伝えておきます」
それだけ言って、すぐに作業を再開する。無表情で画鋲を引き抜くセリオ。どことなくシュールだ。
「終わった? んじゃ帰るわよ」
「――了解しました」
ようやく自由時間がやってきた。この時を待っていたのだ。
通学路を並んで歩きながら、さっそく会話を開始する。
「ねえ、セリオ」
「――何でしょうか」
こちらを向く機械の瞳。左右の耳カバー。揺れる髪を除けば、完全な左右対称。
「どう? 学校の感想は」
「――動作環境としては良好です。特に問題はありません」
「…ふーん」
仕方ない。生まれたばかりなのだから。
いきなり『とっても楽しかったですっ』なんて言ってくれるわけがないのだ。
「そういえばさぁ」
だから、綾香が色々教えてあげなくちゃいけない。
綾香が周りから、特に姉から受け取った、人の心の温もりを。
「うちの姉さんってオカルト好きでね。魔術の本とか集めて、けっこう本格的にやってるのよ」
「――そうですか」
「この前もヤモリが必要とか言い出してさあ。一緒に庭を探し回ったのよ」
「――なるほど」
しばらくの間一方的な雑談が続き、セリオは時折相づちを挟みながら、いたって真面目に聞いていた。
そうこうしている間に分かれ道が近づいてくる。変化があったようには見えなかったが、今日はこんなものだろう。そろそろ直球を投げよう。
「それにしても、偉いわねー。仕事熱心だし、私が経験した中では一、二を争う真面目ぶりね」
「――ありがとうございます」
「でもね、仕事ばかりじゃつまらないじゃない」
「‥‥‥」
「だから、ね。セリオ」
足を止め、セリオの顔を覗き込む。手を後ろで組んで、タイミングを計って…
「私と…友達にならない?」
「――了解しました」
何もない道に、つまずいて転びそうになった。
「え、えーと…。本当にいいの?」
「――はい。特に禁止事項には該当しません」
それって単に開発者が想定してないだけじゃないのか?
一瞬そう思うが、OKと言ってくれているのだから文句を言うことはない。気を取り直して右手を差し出す。
「じゃ、握手握手」
「――了解しました」
出された手を握ってぶんぶんと振る。冷たい。感触は皮膚そのものだが、人間並の体温は必要ないのだろうか。
けどまあ、手が冷たい人は心は温かいとも言うし。
「んじゃ、さっそくで悪いんだけど、友達としてひとつお願い」
「――はい、何でしょう」
「『心』について考えてほしいの」
「――考えるだけで良いのでしょうか。何か答えが必要でしたら…」
「ううん、とりあえず考えてくれればいいわ。あ、辞書に載ってる意味とかじゃなくてよ。セリオがどう思うのかってこと」
「――了解しました」
一瞬…セリオがほんの少しだけ、小首を傾げたような気がした。よく見ると元のままの首で、単なる気のせいだったかもしれないが。
「じゃ、ね。セリオ、また明日」
「――さようなら、綾香様」
バス停まで送って、手を振って別れる。愛想はないけど、仕事熱心だし、いい子だと思う。
きっと仲良くなれるだろう。なにしろ一週間もあるのだ。
品川技師にとっては落ち着かない半日だった。
それがただの杞憂だったと分かり、安心すると同時に恥ずかしくなる。戻ってきたセリオが出力した実行結果を読む限り、彼女は十二分に期待に応えてくれた。
「いやあ、上出来だったよ。それじゃ皆さん、もう一仕事頼むよ」
牧浦主任の言葉に、技術者たちも明るい気分で今日の解析に取りかかる。最新機器が揃ったラボにて各所の点検、稼働状況の検討、衛星との通信状態についての分析…。ハード面が終わると品川の所に回ってきて、今日一日の思考記録をチェックする。
といっても実際は複雑・膨大な組み合わせであり、とても全部は見きれない。大まかなところを拾ってチェックするだけだ。
「案ずるより生むがやすしだよなぁ」
サテライトサービス担当の稲崎が、品川の後ろからモニターを覗き込む。
衛星を介して、来栖川の巨大データベースから情報を取ってくるのがサテライトサービス。万能ロボットとしては不可欠な機能だ。
「つっても、俺の方はあんまり嬉しい結果じゃなかったな」
「初日だからだろう」
画面を見たまま、そう分析する品川。せっかくの新機能だが、今日サテライトが使われたのは今週の星占いについて聞かれた一度きりだった。
「全体として、仕事内容も様子見っぽかったしな」
「だよなぁ。ま、初めて機械に触るときはそういうもんかな」
そう考えると、今日の成功も安心してばかりはいられない。慣れてくればより複雑な命令、あるいは曖昧な命令が出てくるかもしれないのだ。兜の緒を締めるべきだろう。
そんな品川の内心も知らず、軽い調子でセリオに話しかける稲崎。
「ようセリオ、調子はどうだい」
「――良好です」
「…あ、そう」
会話が続かず、手を口に寄せて品川に耳打ちする。
「なんつーか、相変わらず面白みのない奴だねぇ」
「そういうコンセプトなんだ、仕方ないだろう」
少しムッとしてそう答える。
今回が初めてではなく、開発中も何人かから同じ事を言われた。愛想がないとか、お世辞くらい言わせろとか…開発者のくせにコンセプトを理解してない奴が多すぎる。
セリオが心を持ってしまったら、マルチと比較する意味がないのだ。愛想が悪いことの不利は織り込み済み。その分マルチは機能面でハンデがついて、何でもドジるように設定してあるのだから。
「もういい、忙しいから向こうへ行け」
「ちぇっ、セリオの無愛想はお前譲りだな」
稲崎がぶつぶつ言いながら立ち去るのを見送り、あごに手を当てて少し考え込む。
ちょっと個人的に、気になる部分があった。
「セリオ、さっきの部分をもう一度表示」
『――了解しました』
回線経由で繋がれたセリオが、今日の会話データをテキストでモニターに写す。
仕事ぶりは問題なかった。気になるのは…
放課後の、とある女生徒との会話だ。
『私と…友達にならない?』
『――了解しました』
『え、えーと…。本当にいいの?』
『――はい。特に禁止事項には該当しません』
(んなもん想定しとらんわっ)
思わず画面に対してツッコミを入れる。
いきなりこんなことを言い出すユーザーがいるとは思わなかった。来栖川のご令嬢か。金持ちの考えることは分からん。いや、それはどうでもいいが。
『友達になれ』という命令――禁止事項に含めるべきだろうか?
考え込んでる間に主任の召集が飛ぶ。事務室に戻ってミーティングの開始。各担当者がそれぞれ結果報告を行い、品川も報告ついでに、さっきまでの懸案を挙げてみる。
「別にいいんじゃないか?」
とは主任の言。
「それでセリオが馴れ馴れしくなるとか、そういうことはないんだろう」
「それはないです。友達という単語は曖昧ですから、内部ではメイドロボとして一番無難な解釈…まあ、特に今までと変わらない関係ということになってました」
「ならいいよ。せっかく贔屓にしてくれるというのに、わざわざ断って相手の気分を害することもないだろう」
「そうそう」
相手が会長の孫娘なのも加わって、同僚たちも一様に頷く。品川もそれ以上言うことはなく、ミーティングは次の課題に移った。
しかしやはり引っかかる。自分たちは心を持たないロボットを作ったのだ。
(『心』について考えてほしいの)
そう言ったあの少女は、セリオに何を期待しているのだろうか?
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